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fuyusunのfree time

長唄などの邦楽をこよなく愛する看護師のfuyusunです。
ナースの仮面を脱いだ、fuyusunの日常を綴っています。

身体抑制もそうですが、一般的に「えっ!!」という事が通常化している・・・悲しい現実である。

意思決定を示す事のできるその時からご自身の終末を考えた意思がありながらも、

意思をくみ取っていないご家族によって、ご本人のアドバンス・ケア・プランニングが損なわれてしまう事は多々ある。

ご家族の希望ならまだしも、医療者の誘導的な説明でそうなってしまう事も多々ある。

 

まだまだ、パワー的にものを率直に言えない看護師の伝統立場がなんとなく続いているので、治療的に最大権限を持つ医師には、そう思っても言えない現実がある。

それぞれ、違う専門職・・・と言われても、長い伝統があるので、なかなか崩れないのが現実である。

そんな中で、様々なジレンマで悩み苦しむのが看護師である。

身体拘束もそうであるが、

患者の自尊心等の尊重といった考え方と共に、患者の不利益な事がないように安全を目的とした看護の提供。と、相反する倫理があるからである。

簡単に解決するケースは、本当に不必要で身体拘束をしているケースで、私的には「最低の現場」である。

 

私たち看護師は患者の自尊心も守らねばならないし、安全を守らなければなりません。何を優先するか・・・。

やはり、安全ですね。しかし、考えて、考えての結果でなければならないと思います。

考えて、考えぬくと、不必要に身体拘束している場合もある。必要な時の予防的身体拘束で安全の確保もできている。

 

倫理的感受性の低い現場では、患者の自尊心等は全く無視して、安全の保障のみ注目するケースがある。

たしかに安全は大切であるが、その裏は看護師の業務優先で患者に目を向けていない看護展開が行われている事の証である。

だいたいそういった現場で聞かれる言葉は

「何かあったら、あなたが責任を取る事ができる」

「こんなに忙しいのに非合理です」

だいたい疑問に思う看護師は、新卒看護師が多く、「そんな事より、みんなに迷惑をかけない仕事を覚えなさい」といった先輩の心無い言葉が付随するのである。

それが故に、倫理観の感受性の低い看護師が育ったり、患者的にはありがたくない看護師が存在するようになる。

 

「手が激しく動くからミトンしました」とよく報告がきます。

私は、教育担当で、本当は身体拘束担当の看護師ではないのですが・・・。「身体拘束」の看護研究をしているので、そういった担当と認知されているのかもです。

「必要最小限派」ですので、報告があれば、一緒に代替策を考え身体拘束をしないように指示します。

。。。いやいや、私は身体拘束管理している人ではありませんよ。が、「私は違う」と言ったら、限りなく患者さんの自尊心をそこなう身体拘束だらけになりそうなので・・・なりすましを継続しています。

けっこう、皆さん・・・倫理的感受性は低いと思います。葛藤なく「抑制しよう」と考える看護師が多いです。

とっても悲しい・・・。

うちの看護師は倫理観が低い。。。なんですがね。さすがに、率直に「倫理教育が必要」とは言えない。

 

うちみたいに経験豊富の看護師を雇う病院は、基礎教育の段階で倫理観を潰されているので・・・。

私自身もそうでしたね。治療の為にバリバリ抑制してましたもの。倫理なんて考えていませんでした。

つまり、初心に帰ってが必要なのが我が病院かな。

 

何が何よりも、倫理観のある看護が提供できる。。。これが最高だと思います。

そういう、病院になってほしいです。

 

 

一週間前はこんな感じでしたが、昨日見たら巣が空っぽになっていました。みんな旅立ったのでしょうか。

暖かい季節ならではの光景。癒されます。

 

昨日の日曜の出来事です。

胃がん末期の患者さん。緩和目的の入院。

痛みに対してはオピオイド使用で何気にコントロールされつつありましたが、身の置き所のない倦怠感に欝々とした入院生活を送られていました。

ご飯は当然の如く召し上がるのも難しく、点滴で水分補給。が、「もう、十分に幸せな人生を過ごして来たから、すっと死にたいのです」と訴え、点滴も中止となった。何気にお好きな炭酸飲料を少々口に含まれる程度で週末を迎えた。

オピオイドが終末より増量となったが、補助薬となるものが中止となり、このまま苦痛を感じながら、欝々とこの方はエンドステージを迎えるのかなと感じていました。

ところが、想像とは反対に元気になってしまいました。「ラリっている」とある看護師が言っていましたが、まさにそのような感じでハイテンションの上に興奮状態。所謂せん妄を起こしている感じです。

土曜日、日曜日と元気というか、興奮している感じで怖いくらい。正気かと思えば訳の分からない事を言ってくる。

急にあれもこれも食べたいという意欲が出てきたり・・・。あまりの変化に看護師たちは戸惑ってしまった。

日曜のお昼に、見舞いに来た息子さんに「ビールを飲みたい」と希望したらしい。息子さんは、看護師に相談もなくビールを買ってきて・・・カンパーイ♪のところで担当看護師が発見。

その時、リーダーだった私に報告有り。

一般常識で病院内での飲酒などありえない事。過去に飲酒して強制退院の処置を行った病院もあった・・・。

えーっ!どう対応したらいいの?!

せめてノンアルコールビールだったらよかったのに・・・・。

土日は常勤医師もいないし、役職の看護師もいない。

休暇中で申し訳なかったけれど、師長に電話報告&相談。

「大目にみていいんじゃない」という回答・・・。さすが師長は女神だ。

 

彼はこの日の早朝に転倒して、前額部を打っている。つまり、頭部打撲しており・・・飲酒していいの?の状況。

また、オピオイドを使用している。相乗効果が生じて重大な副作用の出現が予測される。

・・・

が、彼はターミナルで「もう、安らかに死なせて下さい」と言っている。

そんな状況で

「○○したい」と希望はできる限り叶える事も重要叶える事も重要。

新橋や渋谷で飲み歩いた現役時代を思い出して、彼はビールを飲みたいと希望したらしい。

一週間の寿命が、三日になろうと・・・今更な事である。

出来る限り、やりたい事をやらせてあげたい。この方の場合はそれでいいのかな。

 

しかし、浅はかな看護師もいて、

この人の場合は・・・なのに、誰もかれもOKと勘違いする看護師がいる。

ここで線引きが乱れない事を願うばかり。

 

 

昨日は、母と歌舞伎座で新作歌舞伎の鑑賞。三谷幸喜演出でとても楽しみにしていました。

やっぱり、客席の雰囲気がいつもと違う。

三谷幸喜氏・・・。映画『ステキな金縛り』はとっても面白かった印象があるが、名前は知っているがよく知らない人で、期待ワクワクでした。

ストーリーテイラー松也丈。教授風・・・とあったが、中学や高校の先生という感じだった。しかし、大学の先生であろうと、小学校の先生であろうと、いい味を出していた。役名をただの「先生風」にしておけば良かったのにと思った。

猿之助丈の女王陛下の姿を楽しみにしていた。ベルバラ真っ青^^

とっても美しかった。白鷗丈も、さすがミュージカル俳優。板についていた。

ところどころで見られる、歌舞伎ならではの型。素敵だった。

歌舞伎の役者さん以外の人がやっても、こうは面白くないだろう。

 

長唄もリタイアして、行動範囲が狭まった母。

久々に大笑いして、楽しかったらしい。良かった♪

 

来月の海老様もよさそうだし・・・

八月も楽しそう。

お財布と相談しつつ、母を連れて歌舞伎鑑賞を楽しみたいです。

 

長編中国時代劇鑑賞終了。

何か聞いた事ある国々が出てきますが、きっとたぶんフィクションですね。

しかし、とっても鑑賞しやすく良い作品でした。ただ、ラストが悲しかったな。

 

主演の楚喬をやったのは、チャオ・リーン氏。可愛い。以前、『後宮の涙』のヒロインの陸貞をやった女優さん。そうそう、映画の『西遊記−女人国の戦い』にもご出演。あっ・・・EXILEの何とかさんが結婚した台湾の人気女優さんもこの映画に出ていたなァ・・・。

賢そうな美人さんで大好きです。うちの病院の看護師さんでそっくりな人がいて、やっぱり彼女も賢い。この手の顔はきっと賢いに決まっていると思い込む私でした。

楚喬の相手役の宇文玥は、ケニー・リーン氏。二枚目なのだが、時代劇の鬘姿が今一つな気がする。

『宮廷女官 若㬢』がデビューらしい。あれは、二枚目王子大集合だったから・・・あまり印象なし。しかし、時代劇が似合わない俳優さんが出演している印象がないので・・・きっと辮髪は似合っていたんでしょうね。

そうだ!
この人『西遊記2~妖怪の逆襲~』で、孫悟空をやっていたのよね。この映画、何回か観ているのですが・・・同一人物とは思えない。ちょっと吃驚です。

 

長編でしたが、あれよあれよと最終回に突入してしまいました。

華流ファンの方は必見ドラマです。

 

 

 本日も、東京都ナースプラザでの研修であった。

 以前より興味を持っていた「タクティールケア」。本来は、二日かけて基礎講座をクリアするようなものなので、今回のように、たった半日でどれだけできるのかと思っていましたが・・・やっぱり、触り程度でしたね。

 いやいや、マジに勉強したい。昨年末に変更に勉強したユマニチュードもそうですが、とにかくマジに勉強しようとするとあまりに高価でびっくり。職場に「出して」と言うのも憚られる値段で・・・何ゆえにと思うのですが。

 このケア方法をNHKで紹介された際に、「スウェーデン式タッチケア方法」というこ紹介されたらしい。

 天下のNHKが利害のあるものを「使えない」だったらしいが。。。

 しかし、ユマニチュードは「ユマニチュード」で特集していたな・・・とふと思った。

 まあ、色々な事情がある事だろう。

 

しかし、今回の研修を受けて、

ケアの神髄に出会った。つまり、認定を受けるための研修はいらないという事である。

「スウェーデン風」でいいんだなぁと思った。

 

大事なのは、患者さんへの影響。

お金ないですしね、職場に援助求めるだけの自身はないですし。。。

そっと手のぬくもりを伝えたいです。

 

 

あれよ、あれよと季節は移り変わりますね。もうアジサイの季節です。

この花には雨がピッタリ!・・・という事はもあすぐ入梅という事ですね。

雨が降らないのも困るけれど、あのジメジメがうっとおしい。一年で一番嫌いな季節です。

 

今日は東京看護協会で研修。

既卒の中途採用者に対する指導の仕方のお勉強でした。

うちは、療養型病院で応用的な看護が必要な事から新卒の採用はしません。

真っ白な新卒のナースを育てる環境や体制がないからです。

すべてのスタッフがどこかの病院で教育をある程度受けた人たちばかりです。

 

教育の中で

「統一性がない」、「人によって言う事が違って分からない」という新人の声が時々聞こえます。

そりゃそうです。みんな、様々な場所でその病院色に染められてここにきているのですから、同じ事でも、どこかがちょっとずつ違っているのです。

今日の研修の中でもそういった話がありましたが、

いくらやり方の統一を目指してマニュアルを作っても、それを読んで実践する人がそれぞれなのだから「一緒」なんて無理。

どんなに大ベテランの人も環境が変わればゼロである。よって、迎える側のサポートが無ければ「即戦力」なんていう人材はいない。

安心・安全という確信を持たなければ、人は「やれる」状態にならない。誰しも失敗したくないし、怒られたくないですからね。

確信を持つためには、指導された事に対して納得し、やろうという事を自己決定する。そして、その決定に対して責任を自分で持てる事を目指さないといけないらしい。

職場は個性の集合ですから、全く一緒など皆無。同じことを言っていても、人によって言い方も違うし・・・。

ある意味、「統一性が無くて分からない」とか、「人によって言う事が違うから分からない」というのは、自信のなさや不安という事を繕うためのに、自分を守り他人のせいにする典型とか。つまり、指導が悪いという事である。

指導は何を与えたではなくて、共に考え問題を解決していく対話が基本。フムフム。

研修を受けて、認知症看護の「快」を考えた対応に何か似ているなァと思った。例えば相手の目を見て傾聴とか・・・ポイント、ポイントが全く一緒だ。

確かに、新人も認知症の患者さんも「快」が必要ですね。

 

教育担当になって、色々勉強が必要。が・・・今まで全く興味を持たなかった分野のお役目なので、けっこう出会う事が新鮮な事ばかりである。ああ、今日は頭が疲れた!

 

 

 

小鼓の胴を入手した。

私の目利きも今一つですが、明治か大正のものだろう。。。

蒔絵の図柄は今一つですが、雰囲気というか、状態というか・・・何気に心惹かれて買ってしまった。

 

商品が到着して、内側の汚れやカビを除去するのに一苦労。

しかし、ひと手間掛けると、命が蘇るようで、

これが骨董品の醍醐味である。

 

思った通り、やっぱり内側に漆を・・・。そうすれば多少は響きが増すように思います。

機会があったら手を加えた手と思う。

 

もともと使用している胴が、やや軽め。それより重い胴を入手できた。

嬉しい。本当は皮つきが良かったのですが・・・
なかなか、良い皮にはたどり着けない。

 

 

身体拘束の研究の延長で、その研修会を予定して、スライドをつくった。

初体験に着き、品評会を。

医師と所属病棟の管理職を招いてのプレゼン。緊張した。

 

医師の意見を聞くと、やっはり病院は専門職の集合体で、その立ち位置で意見は出る事を確認した。

「身体拘束ゼロ」は難しい。が、努力次第で「身体拘束極最小化」が可能になる事を確信した。

何故なら、

「難しい・・・」の根拠が、我々ケアで改善できるであろう問題であるからだ。

「スピーチロック」。あって当然の意見があった。

いやいや、認知症の患者に対してスピーチロックはBPSDを増長するばかりの事である。

数年前に話題になった「一宮事件」もそうである。

患者の行動は理由あってのことだから、抑制はせずにその理由を明らかにして対応する。

「いけません」「だめでしょ」のような上から目線は認知症看護の世界ではタブーである。

医師的に身体拘束ありきは当然である。それは、看護に対する不理解があるからである。

看護師や介護士の対応の改善で「変化」がある事を知らない、あるいは認めたくないからであると思われる。

ユマニチュードの動画とかお見せしたい。というか、これだけ天下のNHKが推進しているのに知らないのは勉強不足である。

ユマニチュード、パーソン・センタード・ケア、カンフォードケアなどなど、多くのケア理論があり、それらが身体拘束削減にいかに有用か知って欲しいものである。

 

ゼロは無理でも、最小化は可能である。しかし、治療という観点のない療養型病院に身体拘束があることが不思議である。

身体拘束をしなくても済む医療提供の開発が求められる。「それがなければ起こらない事故」・・・。我々看護は努力はしますが、医師は身体拘束を必要としない医療の開発を考える事が大切です。我々は医療に対しては専門外。よって医師が考える事である。

医師と看護の協働があれば身体拘束はゼロに容易に到達できる。

容易ではない金沢大学付属病院が達成できているのが不思議。看護師の数ではないと思う。「身体拘束ゼロ」の理念こそが大切。

 

研究助言のドクターがかなり口下手の私を助けて下さいました。ありがとうございます。

 

さて会合前に業務改善の意見交換。いやいや、参加者は我が病棟の人ばかり。意見交換にはならない。

担当者は業務統一化を目指している。

 

“褥瘡”か“睡眠”か。

私は睡眠第一と思う。睡眠にも働きがある。記憶の整理と耐え難い苦痛の緩和。

認知症の人は「忘れる」というが、エピソードは忘れても体感したいやな記憶は残る。その記憶を緩和してくれるのだから大切である。

相反するように褥瘡管理という観点がある。高齢者を扱っているとすべての患者に対応は必要である。

しかし・・・本当にそうであろうか。というか、不必要な人も高齢者という事で体動の自由を奪っているのは看護師である。

介護用品は、在宅で介護する人のために開発されている事がある。我々は、勤務時間内の管理に過ぎないが、在宅の場合は24時間、365日の対応が求められる。真面目に教科書通りにやったら疲れますよね。そうならないように介護用品は進化している。

なのに、それに反する意見で患者の睡眠を妨害する意見もある。そりゃ、やっていけば「自己満足」につながるさ。

が、日々の病棟の患者さんを見て下さい。

うちの病棟の患者さんは穏やかな夜間を過ごしています。途中覚醒しても、トイレに行って入眠しています。

が・・・お宅はどうですか?とにかく一晩中うるさい。

向精神薬で眠らせても・・・深夜にうるさい。

この結果で、睡眠の重要さを感じました。

 

まあ、統一され事はよい事ですが、患者さんを中心において、患者さんにとっての幸せを考えるべきです。

辛ければ患者さんは覚醒しています。その時に体位変換をして差し上げればよいのではないですか。

もし自分だったら・・・

私は起こされたくない。もし、その介助者が気に食わなければ人けりしていますね。

褥瘡の原因も考えてみれば、睡眠を諦めてもコロコロが大切なんですかね。

私は、自分で動ける患者さんを動けないくらいに体位調整して満足する方が、よほどいけないケアに思います。

適材適所のケアは集団においてはむずかしい。特に夜勤は難しい。

巡視はしっかりして観察するというのが重要だと思います。

 

超古いDVDを借りてしまった。

今風でなくて、超ケチケチで制作されたドラマ・・・。ダサいの極み。

砂漠近くの撮影らしくて、すべての画面が砂ぼこりの印象・・・。

20世紀末期の中国ドラマ。

これを見ると、あっという間に中国ドラマ界が進化したんだなぁと思う。

恐るべし!中国。

 

さて、劉邦は漢という帝国を作った人物。このドラマだと、とても良いおじっん。40代後半のおじさん。

項羽は二十代の若者。若く戦にたけた武将だったらしい。無敗の帝王だったらしいが・・・

彼は、結局はおじさんに負けたわけである。

劉邦は実は戦下手だったらしい。戦上手の項羽は絶対に劉邦より強いはずである。しかし・・・負けた・・・。

 

項羽は自分の強さに酔いしれていたところがあったらしい。

戦は個人プレーでなく、集団の力の結果である。

しかし、彼は己の力に自信満々。他者の事なんてぜんぜん評価しなかったらしい。

全て「僕が強いから勝った!」なのだそうだ。

よって、手柄をたててもきちっと評価しなかったらしい。

それでは人の心は離れるよね。

 

今でも、ボーナスの査定とか、

上司が部下の評価をして結果を出すわけだけれど・・・

きちっと評価しなければ、部下の心は離れるよね。

その結果は例え優秀な自分の携わったプロジェクトでも、支えた暮れた他者がいての結果という事を忘れちゃいけない。。。。

そういうことなんだろうね。

 

中国の時代劇。けっこう勉強になる。

 

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 今や中年太りのおばちゃんになり下がった私ですが・・・実はタップが踏める。

タップは、普通のダンスと違って、年齢不問。痩せでもデブでも可という特性のある素敵なダンスである。

ミュージカルをやろうという人は、クラッシックバレエと共に必須のダンスである。

 

この映画中で、

「ねえねえ、あのタラッタタタタ」で合わせなくちゃ・・・。そんな台詞に懐かしさを感じた。

そうそう、タップの振り付けは唱歌で覚える。

邦楽囃子のようも唱歌で覚えるものですが、邦楽囃子の唱歌は確実的で洗礼されたものである。

タップの場合は雰囲気。が、そういう覚え方しかない。

一応、基本があるけれど、その応用ばかりですからね。結局は「タラッタタタタタ」で覚えるしかない。

後進にも、実際に踊って唱歌を伝えるしかない。

お囃子は唱歌だけで伝わるけれど。

 

タップ。大好き。

やり続けたかったけれど、やらなかった一つ。

タップより、小鼓を選んだ私。

何故かは秘密。

 

水谷豊さんのこの映画。とっても素敵でした。

が、

やっぱり、ジーンケリーはいても、フレッドアステアがいないのが寂しい。

タップの神様。彼のようなタップを踏むダンサーに出会いたい。