fuyusunのfree time

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長唄などの邦楽をこよなく愛する看護師のfuyusunです。
ナースの仮面を脱いだ、fuyusunの日常を綴っています。

こんにちは♪メインブログの「fuyusunのfree time」もアメブロに移転しました。

長唄レポートブログ『花のほかには』 も引き続き宜しくお願いします。・・・と言いつつ、更新が途絶えていてすみません。


私自身の備忘録:『お稽古の記録』






お薦めの演奏会




準備中


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くだらないと思いつつ・・・ついつい借りてしまうパニックもの。

意外な出演者に遭遇。

いつも中国の時代劇で“皇帝”といえばこの人という俳優さん。ウィンストン・チャオ氏。

どこかで見た事のあるまなざしで気が付いた。中国の役者さんと思っていたけれど、台湾の方だったのですね。

いつも煌びやかな衣装を身にまとっているのに、今回は学者さんの役で衣装は普通。何か変な感じであった。

 

内容的には期待に反さずであった。


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平成最後の邦楽鑑賞会。思えば、この会に足を運び始めたのは平成に入ってからである。

昔は、二部制だった事もある。が、今や縮小されて・・・。

出演者の面々も大分変った。それでも昔からご出演の方々を観ると安心する。

堅田喜三久氏は今年歳男である。亥年のおとめ座と記憶している。亡くなった前の師匠は喜三久氏の幼馴染。同い年であった。亥年のいて座。「行ったら行ったきり」そんな人生のイメージだ。だからきっと早逝されたんだろうな。亥年といえば、今の師匠も亥年である。亥年に縁があるんだな。

 

さて、喜三久氏は御年八十三歳。すごい!八十三歳でよぼよぼでも舞台に出ている人はいらっしゃいますが、彼方はぜんぜん若々しい。

かもし出すパワーは脂がのった年頃だ。

奇しくも、前日のテレビの邦楽番組が彼方の特集であった。テレビは恐ろしい。

皮膚に刻まれた年輪をこと細かに映し出してしまう。「ああ、お爺さんになられて・・・」と感じてしまった。視覚の雑念が耳をも惑わして「年老いた芸」と感じてしまう。何か悲しくなった。

が、舞台というのは、ライトがその年輪を消し去ってくれる。その人のオーラだけを伝えてくれる。

視覚という雑念を消してくれて、素直にその方の芸年齢を受け止める。やっぱり舞台人の芸は舞台よね。

 

今年のこの会。師匠もご出演なのだが多忙な毎日で最優先のイベントではなかった。

そろそろ研究の方も佳境に入っている。チームでやっているので、私事はなるべく控えたい。

しかし、蓋を開けたらこの日がお休みだった。他のメンバーのスケジュールを確認しても、この日に集まる事はないでしょう♪

という事でチケットを入手した。売れ残りの席・・・。というか、以前だったら、あの時期に「売れ残りの席」なんて無かったのに。

チケットの売れ行きが以前ほどではない事を感じた。

 

考えてみたら、スーパースターの存在がないなぁ。

演奏が安定している。確かに、個々で見れば「上手い♪」と胸を躍らせてくれる演奏をしてくれる。しかし、安定しているが何かが足らない。

私が「今回は色々と多忙だし無理しなくても」と思った原因の一つかも知れない。

 

今日のメインの曲は『角兵衛』であった。以前も直吉氏の唄ったこの曲を聴いたことがある。

今まで聴いた『角兵衛』で「おや、きいたようだよ」というところ!心底「素敵♪」と胸にハートをマークをいっぱいいっぱいビームしてくれる唄方さんは彼だけである。直吉氏の色気も健在。本当に行った甲斐がありました。このワンフレーズにお金を払った甲斐があった。また、長唄を聴きたいという気分になった。ありがとうございます。感謝、感謝。

 

ワンフレーズのおかげで有意義な休日となった。明日は仕事。

来週は、最後のアンケートを配って、月末には収集して、来月初めには集計をとって・・・。

いよいよ、論文作成の予定。

 

 

 

 

 


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たぶん、うちの看護力はけっこう後進国かもしれない。

新しいという事は、やっぱり組織とかそういった大きな部分が影響しているか、なかなか個々の思いと言うのは伝わらない。

例えば、こんな問題を改善したいと思って病棟目標をたてても、組織自体が変わってくれないと変化しきれない事がある。

その組織を変える唯一の方法が研究である。研究とは思いつきとかひらめきの類ではない。

科学的に視点を向けて働きかけるものである。

研究は時間も体力も思考も使うので、なるべく関わりたくないものである。

が、昨年より、縁があって、

我が病棟から不要な身体拘束を減らしたいという問題提起から看護研究する事になってしまった。

私的には、看護学校の卒論程度の完成度を目指した研究であったけれど、アドバイザー的に医師の参加もあったりして、大事になってしまった。つまり、それだけ組織の期待が大きい研究にいつの間にか発展してしまった。

 

さて、そろそろ佳境に入った研究。かなり問題点が目に見えてきた。でもね、その問題点は私たち看護者が作っているもので、私たちの常識の改革が必要である。その改革自体が一苦労で一筋縄にはいかないと予想される。

が、試験的に、身体拘束の判断をツールにしたがって、問題を把握する事で我が病棟の24時間の身体拘束が激減した。

いかに、無駄に患者さんを拘束していたのだろうか。

「身体拘束必要性検討中」でインシデントレポートが通る事になって、スタッフの意識が改善されたのだと思う。

文献にもあったけれど、たぶん医療安全は私たちの保険であって、患者さん主体でなかったために不必要な身体拘束があったのだと思う。

 

さて、そんな中で私のデータを悪く悪くしてくれちゃう患者さんがいた。

必要最低限の身体拘束として、ミトンの必要性の検討を続けた患者さん。しかし、チューブを挿入されている事自体に拒絶感が強く、またまた苦痛の強い患者さんで。。。とにかくチューブ自抜頻回で身体拘束解除は困難と判断された患者さん。

しかし、今までの流れだと見過ごされていたんだろうけれど。。。

そんなにチューブ挿入されている事が難しいなら難しいなら経口摂取に移行する事を検討してもいいかも。

で、朝と夕が経管栄養で、昼のみ経口摂取のトライが始まった。

接触行動で特に問題の浮上は無かったけれど、当初は不安材料いっぱいであった。しかし、あっという間に経口摂取可能な状況になった。それは、ご家族の変化であった。遠巻きに関わっていた家族がある時から食事介助に参加したのである。それがきっかけで患者さんがもりもり食べるようになった。家族も、食べられるようになった患者さんを肯定的に受け止めた。

 

認知症があるので、本当の返事かは分かりませんが、

食べたい!美味しい!・・・

たった一週間の検討材料ですが、経管栄養から経口摂取に移行。よって、チューブを抜かないためのミトンは明日から解除となります。

このまま。経口摂取が継続してくれる事が最大の喜び事ですが、

とりあえず、試行錯誤して、やっとこの患者さんの代替策が浮上して、身体拘束が解除できた事がとても嬉しい次第でございます。

 

きっとたぶん、身体拘束をしていればとても地味な患者さん。

身体拘束に注目していなかったら、この患者さんは一生ミトンされたままでした。

ずっと人間としての自尊心を失った状態だったんでしょうね。

 

今後どうなるかは分かりませんが、とりあえず嬉しい出来事でした。

 

 


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『番町皿屋敷』。昨日初めて生でお芝居を拝見いたしました。

「一枚・・・二枚・・・」と夜な夜な井戸から現れるお菊の幽霊・・・。私が小学校の頃から知っている怪談話です。

噂によると、麹町にあった旧日本テレビは、その番町皿屋敷・・・青山主善の屋敷があったらしい。という事で、女人の幽霊が出現すると心霊スポットとされているそうだ。

このお菊さんの話。江戸バージョンと姫路バージョンがあるらしい。姫路城にもお菊の井戸が存在する。

どちらもお皿を割ったお菊さんが井戸から夜な夜な現れるお話しである。

しかし・・・

昨日のお芝居を拝見して、江戸バージョンはあり得ないなぁと思った。

確かにお菊は主人に殺害された。

しかし、恋仲で主人に心から愛されていたお菊。外から聞こえる雑音についつい疑念を抱いて主人の愛を疑ったお菊。

家宝の皿が大事か、自分が大事か試そうと大切な皿の一枚を割ってしまう。

青山氏は皿を割った事に対してはちっとも怒っていなかった。でも、それが自分のお菊に対する愛を試すために故意に行われた事に非常に怒り狂った。

お菊に、割らなかったお皿をすべて箱から出させて、バリバリに全て自ら割ってしまう。よほどの怒りである。

もともと、喧嘩早い気性の荒い青山君。カーッとなってしまう。アドレナリン分泌急上昇。

 

お菊の気持ちは女性としてとってもよく分かる。特に身分違いの恋愛ですもの。

でも、彼氏の性格くらい分かるでしょ。地雷をすみすみ踏んでしまったお菊。気づくのが遅すぎです。

結局、青山氏の下男が止めるのも聞かず、お菊は成敗されるけれど、

お菊は手を合わせて覚悟を決めていた。

無念といえば自分に対する無念が残っているだろうけれど、

青山氏を呪うなら、それはお門違いの気がするし・・・、現代に至るまで夜な夜な「一枚・・・二枚・・・」なんてないだろうと思われてる。

姫路の方。お菊は謀反に巻き込まれてという感じ。話の筋から言うと出ても仕方がないかなと思いますがね。

 

あの辺りは、徳川家康の孫娘である千姫の屋敷があったらしい。

愛する豊臣秀頼と無理無理に引き裂かれ、本田忠刻に嫁がされた千姫。本田忠刻は姫路の大名・・・フムフム。それ系か。

けっこう速めに本田氏とも死に別れ。女ざかり30歳という年頃で後家となり、吉田御殿付近を歩くイケメンを屋敷に引き入れては欲求を満たし、男はその後口止めに殺してしまう。そんな非道な人生を送ったとか。

その吉田御殿も、この麹町界隈にあったとか。

なるなる曰くつきの地域。どちらかと言うと、この千姫の犠牲者の方が化けて出そうですがね。

ということで、あの界隈が心霊スポットであるのは変わりない気がします。

 

 

 

 

 


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皆さま、あけましておめでとうございます。

年末から患った副鼻腔炎。匂いも味もさっぱり分かりませんという悲しい状態+発熱とか色々。そして、お決まりの風邪系の後始末は喘息発作・・・。そんな年始年末でした。

今年はけっこうよいシフトだったのですがね・・・。何か体調今一つで遠出する気分にもなれず、どんよりした新年を迎えていました。

が、本日は楽しみにしていた初芝居。本当は演舞場のエビちゃんが観たかったのですが、悲しくもチケット入手できず・・・。第二希望の浅草歌舞伎に行ってきました。

去年、浅草の平成中村座で芝居おさめ。そして、新年迎えて浅草♪

新春浅草歌舞伎は若手の歌舞伎役者さんの登竜門。以前から行きたいと思いつつ行きそこなっていました。

今年は大好きな『乗合船』が出るという事で♪

今日のお席は一階の一番後ろの花道の真横。真後ろは揚幕という環境。観るにはちょっと不便な場所ですが、揚幕の中の空気が伝わって一味違う芝居見物の醍醐味を感ずる場所です。

十二月中旬も過ぎてお正月気分がそろそろの時節に購入したチケット。大当たりでした。

浅草公会堂には著名人の手形が名物です。数年前に亡くなった母の大尊敬するお師匠さんもここに手形を残していらっしゃいます。

その手形と手を合わせて喜ぶ母。まるで子供です。

我が役者時代。演劇学校の校長先生の手形もありました。思わず「社長の手形もある」と言っちゃいました。

やっぱり浅草公会堂はローカルな雰囲気である。

歌舞伎座などに比べて、やっぱり華やかさに欠ける。しかし、若手の歌舞伎役者を応援したいという底力を感じるな。

練馬とか調布は歌舞伎の巡業が来るのですが・・・

近辺でも、うちの方は来ない。立派な公会堂があるのですが・・・何かつまらないなァと思いました。

ナンチャラフィルハーモニーはいいから歌舞伎に来て欲しい。

そりゃ地方の人に比べて歌舞伎座は身近ですが、やっぱり巡業の味わいとは違いますよね。

・・・ついでにお相撲も来て欲しいな。

 

本日の演目は

『寿曽我対面』

『番町皿屋敷』

『乗合船恵方萬歳』

 

イケメンの中村隼人丈にワクワクでした。そして、やっぱり坂東巳之助丈の踊りの上手さにため息。

 

尾上松也丈は若手一番の人気者のようである。

彼目当てのお客様が多いように・・・。

確かにカッコいい。

今日の歌舞伎役者の若者諸君の悩みかも知れない。足が長い・・・。

短足日本人文化。現代人は腰が不安定。せっかくのカッコよさが・・・。難しいよね。

若かりし頃の玉様は長身の自分が悩みだったらしい。

女形らしく見せるのに非常に努力したそうです。

現代人の骨格は歌舞伎役者だからという事も考慮せずに進化した。

しかし、ご本人たちは気付かない。だって、自然に成長したのだもの。

若手の役者さんの多くが腰が決まっていない。やっぱり、足長さの弊害。腰高さんは薄っぺらく感じる。

坂東巳之助丈の踊りは本当にうまい。さすがに、坂東という踊りの流派を背負っているだけあると思う。

 

中村又五郎丈の次男の種之助丈もすごいなぁと思う。踊りに定評があるらしいけれど、本当にそうだと思う。生き生きしていた。

最後の乗合船の彼は本当に輝いていた。

人気の若手俳優に出会え満足。彼らの成長が楽しみ。特に種之助丈の成長が楽しみです。

外に出たらすっかり夜でした。浅草の夜は早い。

最近は、それでも普通になったけれど・・・五時をすぎると閉店。寂しい街というイメージの浅草である。

何十年来あこがれていたお店でお蕎麦をいただきました。

浅草に行くたびに気になるお店。なのに、何故か入らないこのお店。

先月、平成中村座の帰りはお休みで・・・違うお店に入ったのです。

あこがれて40年以上。。。今日初めて入ったのが

雷門 満留賀さんのお蕎麦。老舗らしく、平凡だけれど美味しかった。

今度は天せいろをいただきたいと思いました。

 

 

 

 


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数時間で終了です。

常にお囃子重視の人生だったのですが、、、、。今年はそんな感じではなかった。

そもそも、私が疑問に思ったのが間違いのもとであった。

「この病院は治療ではなく、生活に視点を置いた医療現場である」はずなのに、

認知症で、我々を手小突かせるじい様、ばあ様が医療提供を名目で人権を侵害され自由を奪われているのは変。。。

と思ったのが事の始まりだ。

そして、バリバリの大学病院でも、身体拘束ゼロに到達しているところがある事を知って、

ますます・・・。うちは生活の場なのにと・・・。

そんな疑問から研究する羽目に・・・。

きっと専門職・・・疑問を持つと仕事が増える。その鉄則を忘れていた。き

 

どういう効果か分からないが、

他の病棟では進まない身体拘束解除。なのに、うちは試験的に介入しただけで、必要最低限の身体拘束で24時間縛られる事がほとんどなくなった。いやいや、それではサンプルが取れないという嬉しい喜び。

 

 

研究班が介入して変わったんですよね。

それを来年早々は実証しなくちゃ・・・。難しい課題ばかり。

 

しかし、我らが介入していない病棟のインシデントレポートを拝見して悲しくなった。

誰も患者さんに目を向けていなくて、事故を起こした自分しか攻めていないのよね、
・・・
・・・
 
来年も、認知症の患者さんの心地よさに対して研究心が続くだろう。
24時間。本当に短すぎる。
 
 
 
来年もよろしくお願いいたします。ちなみに。。。元旦は日勤。通常営業。
病院の仕事は四季などがなく、本当につまらない仕事です。
元旦でも患者さんは普段と変わらずです。

 

 


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八日・九日とユマニチュード入門編の研修に行ってきました。

ユマニチュードは1979年にフランスで、体育学者であるイヴ・ジネスト氏らによって開発されたケア方法。

2012年に国立医療センターの本田医師によって日本へ紹介されました。

関連の書籍が何冊出版され、またまたNHK等マスコミでも紹介されているので、ご存知の方もいらっしゃるかもかもですね。

認知症関連の研修でユマニチュードという言葉に出会い、書籍等を通じて俄知識を持ち。とにかく興味津々という事でこの研修に参加した。

ユマニチュードは「見る」・「話す」・「触れる」・「立つ」と四つの柱で成っているけれど、一見当たり前の事と感じるのよね。

けれど、研修に参加して、

いやいや、やっているつもりだったんだなぁという事に気が付くのですね。

今回は入門編で、ユマニチュードのさわりを勉強したという感じなのですが、ぜひ上のコースも受けたいと思いました。

ほんのさわりでしたが、けっこう私的には衝撃的なほどの多くの学びで、明日からの実践に取り入れていこうと思いました。

 

さて、研修初日。偶然来日されていたジネスト氏が姿を現して吃驚仰天。

今回の研修参加者は創始者にお目に掛かれる機会を得られてラッキー♪

 

今年最後の研修はとてもとても勉強になりました。

 


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ハンサムすぎて、兵隊の士気が落ちるからと仮面をかぶった王子・・・。

本当?!

彼を題材とした雅楽が日本にもあるとか・・・。

ハンサムで強くて・・・が、どこか抜けていて、最終的には賜死に至った王。

この方は古い、古い北斉の将軍。悲劇の人として有名。

 

さて、北斉といえば・・・・。

 

以前より、大好きだった中国後宮ドラマ。この陸貞が大好き♪が、調べると、とんだ悪女。乳母として育てた皇帝の後ろ盾として最大の勢力をもって、結局は失脚して死罪となる。・・・こんなにお利口さんなのに信じられない。

 

蘭陵王は、この北斉の王族であった。時代的にもかなり重なる。

もともとは、ドラマでいう高湛の家来であった蘭陵王。のちに、陸貞が乳母として育てた高緯に阻まれて賜死する。

蘭陵王は、高湛にとっていとこである。つまり親族。なのに・・・なんですね。

 

この時代は複雑怪奇である。結局は北周が実力をもって、隋になって唐になるのかな。

蘭様・・・。単にハンサムだったのではなく、かなりの実力者。この方を死に追いやって、北斉は強国から弱小国になり下がったらしい。

焼きもちが自分の首を絞めるという感じだ。

陸貞!教育が悪い!!

 

しかし゜、かわいい陸貞が、春日局を超える悪女ぶりだったことに吃驚です。

 


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なんとか社会復帰しつつも、まだまだ喘息が落ち着かない。

喘息って、何故かけっこう天気とか気候に左右される。

元気に慣れそうと思うと、何気にお天気が悪く気圧が低くなって調子が悪い。

もう一か月になろうとしているのに・・・。

あの超重症は過ぎたけれど、ずっとずっと咳が続いているし、ずっとずっと咳のし過ぎで胸が痛いのが続いている。

はあ・・・

・・・

・・・

・・・何とかならないかな。


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浅草寺の裏手に仮設で建てられた劇場。平成中村座昼の部に行って参りました。

天井を見て気が付きましたが、大きなテントなんですね。でも、大変居心地のよい劇場でした。

所謂一等席(松)は平場に座椅子があってちょっとだけゆったり座って観る感じのお席。が男性のように胡坐とかだったら良いけれど、長時間正座はきついな・・・。という事で所謂二等席(竹)長椅子席のチケットを取った。しかし、靴を脱ぐというのは解放感があって良い。なんかとってもリラックスした気分で芝居見物ができたぞ♪

 

一、源平布引滝実盛物語

 

二、近江のお兼

 

三、江戸みやげ狐狸狐狸ばなし

 

『実盛物語』、勘九郎丈のご次男(五歳)である長三郎丈の演じた太郎吉はとても可愛かった。子供らしく伸び伸びとした太郎吉の演技に笑顔となった。ついこの間、お父上があのような年頃であったのに、時間の進みの速さに吃驚する。

今日は残念な事に昼の部にご長男の勘太郎丈の出演がなく拝見できなかったが、二人の成長がとても楽しみ。

しかし、歌舞伎の世界もどんどん次世代に受け継がれている。飽きることなく、ずっとずっと楽しみが続く感じである。

お話しも「えっ!」と歌舞伎らしいどんでん返しだらけで面白かった

 

『近江のお兼』。七之助丈の舞踊。先日の十月の歌舞伎の感想にも書いたが、彼は最高権力者の御台所から超プアな百姓まで、そして老人から娘まで何をやっても型にはまる凄い役者さんだと思う。

近江のお兼はお父様がお好きな舞踊の一つなんですね。私は十八世中村勘三郎丈の踊りが大好きだった。残念な事に彼が踊るお兼を拝見した事がないのですが、きっとおきゃんで逞しい可愛いお兼であったのではないかと想像した。

今更気が付いたのですが、七之助丈はお母様によく似ていらっしゃるなぁと思いました。つまり母方のおじい様である七世中村芝翫の面影を何となく感じました。

そうそう、長唄連中。タテ三味線は亡き杵屋五三吉氏のご長男である杵屋五吉郎氏であった。すっかり立て三味線の風格だ。タテ小鼓はご次男の「望月・・・あれあれ」。プログラムを拝見して合点がいった。五三吉氏のお父様は田中傳一郎氏であった。その名前を発見。おじい様の名跡を継がれたんですね。

しかし、あちらこちらにご兄弟。素敵ですね。

 

『狐狸狐狸ばなし』。まあ、とにかく楽しいお芝居でした。歌舞伎初心者の方でも分かりやすくて楽しめる作品だと思います。

タイムスケジュールを見て一時間半くらいのお芝居。途中で飽きてしまうのではないかとちょいと心配してしまいました。

ところがテンポのある展開で飽きるどころかどんどんお芝居に引き込まれてしまいました。
・・・御簾から聞こえる長唄。どこかで聴いた曲。歌詞が違うと思うのですが“喜撰”とか“まかしょ”系。楽しそうだった。

 

幕間のお弁当は浅草名大らーめん与ろゐ屋の中村座限定弁当“焼豚と玉子の三色重”でした。

時間を読み間違えて会場に着いたのがけっこうギリギリで手元にあったお弁当を選んだ。

お弁当を開ける時、箸袋に「らーめん」の文字を見て、ラーメン屋の弁当?!と思いましたが・・・いやいや美味しかったこの上なし。

 

芝居上演中から降り始めた雨。激しい雨がテントの天井を打ち付けたのですごい音だった。こういう劇場ならでは体験。雨漏りするのではないかとちょっと心配になった。それから、かすかに浅草寺の御祈祷の太鼓の音も聞こえちゃったりして。という事はこの芝居小屋の音も外でかすかに楽しめるのかもしれないですね。

芝居が跳ねても雨は続いていた。

『狐狸狐狸ばなし』でそばを食べるシーンを観て・・・あまりに役者の皆さんが美味しそうに蕎麦を食べるので、どうしてもお蕎麦が食べたくなっちゃった。

という事で手打ちそば十和田というお店にドボン♪

夕食にはちょいと早かったですが・・・おいしゅうございました。

炭水化物摂取オーバー。またデブになります。

 

 

 

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