非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -16ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

昨日は、大阪の女性と電話で非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

 
話を聞くと、彼女は、入退院を繰り返す母親の介護に疲れていた。
 
彼女は長年、母親の病状の推移をはじめ、様々なことを心配し続け、今よりも状況が悪化すれば、ますます自分が苦境に陥ってしまうと危惧し、苦しんでいた。
 
そこでセッションでは、まず「次々に浮かんでくる心配事を考えているのは誰か?」を問い、それを考えているのは彼女ではないことを、はっきりさせた。
 
続いて、介護をしているのも彼女ではなく、介護の行為もまたひとりでに起きていることがわかるようにセッションを進めていった。
 
何もかもがひとりでに起きているのに、彼女は、何もかも自分でうまくコントロールしていかなければ、人生が大変なことになるという、思考がつくりだしたエゴのストーリーを信じ込んでいた。
 
でも、その悪夢はあっという間に解け、セッションが終わる頃、「私は今まで何十年も、何を信じてきたんでしょう」と言いながら彼女は笑った。
 
その考えもまた、今、ひとりでに現れている。
そして、この会話もまた、ひとりでに起きている。
コントロールしなければいけないことは、何もない。
この自由さを確認して、楽しいセッションを終えた。
 
追伸
これを実践すれば、あなたはラクになる。
苦しみから解放される。
このようなメッセージを鵜呑みにして、その教えを実践すると、苦しみからの解放は遠のきます。
なぜなら、そのような教えには、「解放は今ではなく未来に起こるもの」という前提が含まれているからです。
解放が起こるのは、今です。
苦しみからの解放を未来に先送りする必要はありません。

 

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Who are you?(あなたは誰?)

存在を問うこの質問に、思考を通して答えることはできない。

なぜなら、あなたは、思考(言葉)によって定義できるような「概念」ではないからだ。

算数の問題の答え(概念)なら、思考を使えば導きだせる。

でも、あなたという「存在」は、概念なんかではない。

それゆえ、「本当の自分とは何か」を、思考(言葉)を使って延々と考え続けても、答えが見つかるはずがない。
(哲学者は、この不毛な努力を延々に繰り返し続けているけれど…)

もし、思考を通って、自分が何であるかがわかったとしたなら、あなたは思考(言葉)によってつくり出された概念となってしまう。
これこそ、偽の自己(エゴ)の正体だ。

あなたは、思考によって(思考された後に)構成されるような偽の自己(エゴ)ではなく、なんらかの考え(概念)が浮かぶ前から存在している「存在」そのものだ。

今、この文章を見ているのも、存在であって思考ではない。

思考は思考であって、思考に「何かを見る」能力などない。

この文章を見ている存在。

この存在に気づいているのは、存在そのものであり、思考ではない。

つまり、あなたは、思考が現れる前に存在している存在そのものであり、「この文章を目撃しているこれは何なのか?」と考えはじめる以前に、これは存在している。

追伸
先日、ノンデュアリティ のプライベートセッションを何度も受けてくれている常連さんから、「矢沢さんのようなセッションを私もやれるようになりたい」という要望をお聞きしました。
どのようにセッションを進めれば、思考によって定義された「分離した自分がいない」ことに気づけるようになるかは解っているので、その手順を詳しくお伝えする機会を、夏くらいに一度、設けようと思っています。
非二元のセッションは、アメリカではドラッグやアルコール依存(中毒)からの解放にも役立っているので、今後は、医療関係者と連携してセッションができるようなファシリテーターが日本にも増えていけばいいかなと考えています。

昨日はオンライン英会話で、フィリピンの先生とこんな会話を楽しんだ。

 
フィリピンでは、給料が月2回支給されるけど、もらった給料の一部は、両親に手渡しているので、お金が溜まらず、日本に旅行したくてもなかなかいけないんだよね。
 
両親は、働いてないの?
 
2人とも働いてるけど、子供が親にお金を送るのは、当たり前でしょ。
 
日本では、あまり、そういう習慣はないよ。
 
え、どうして?
 
親の世代の方が、子供よりお金持ちだったりするから。
 
どうして?
 
今、70才以上の人たちは、会社を辞めたときに、たくさん退職金をもらってるし、毎月、年金も受け取ってるから。
そして、そのお金を活用して、老後に日本よりはるかに物価の安いマレーシアやバリ島に移住する人もいたりするし。
 
あ〜、私も日本に生まれたかった。
 
でも、今の若い人たちは、昔に比べたら、そんなに高い給料も、退職金ももらえなくなってきてるよ。
 
どうして?
 
外国人の労働者がどんどん増えてきてるから、それに伴い、日本人の給料もだんだん減ってきてるんだと思う。
 
このような内容の話を、フィリピンの先生と、実際にはすべて英語でやり取りしたわけだが、こうやってそのやり取りを書き出してみると、先生がいかに私から言葉(英語)を引き出そうとして質問してくれているかがよくわかる。
 
私は昨年まで、自分の言いたいことがなかなか英語になって口から出てこない状態だったのだが、外国人の先生と毎日こんなふうに世間話を楽しんでいるうちに、いつのまにか、自分の言いたいことを英語で表現できるようになってきた。
 
より多くの英単語を記憶すれば、英語を話せるようになる。
中学レベルの文法を学び直せば、英語を話せるようになる。
 
こんな謳い文句に引っかかったら、英語を話せるようになるどころか、ますます口から英語が出てこなくなる状態に陥ってしまう。
 
普段、日本語で物事を考えている私たちが、英語を話せるようになるには、どんな思考法を採用し、英語に触れていく必要があるのか?
 
それを考えながら、毎日、外国人の先生と英会話を楽しめるようになった今の日々は、1年前の自分から見れば、想像もつかないほどエキサイティングなものになった。
 
お知らせ
英語を話せるようになるには、どんなふうに考え方や学習法を切り替える必要があるのか?
それを知りたい方は、こちらの講座にご参加ください。
 
昨日は、渋谷で非二元(ノンデュアリティ)のフォローアップ講座「ウェイクフルネス」を開催しました。

一昨日開催の「非二元入門」に参加してくださった方々が2日連続で昨日のウェイクフルネスにも参加してくださり、また、いつも遠方(鹿児島、愛知)から参加してくださる常連の方々も来てくださったおかげで、満席で講座を終えることができました。

昨日のウェイクフルネスでは、仏陀が悟った「空即是色、色即是空」の意味を言葉で説明するのではなく、直接的な体験を通して腑に落としてもらえるよう、私がいつもプライベート・セッションで行っている会話のやり取りを実演してお見せしました。

人それぞれに、抱えている問題やモノの見方は違っているけれど、世界や他人と切り離されて存在している個別の私など、どこにも存在していないこと(空)を直接的に体験いただき、その上で「私がいない」というのは、中道ではなく、二元性の極論に陥った状態(還元主義)てあることを指摘して講座を終えました。

そして、講座終了後、桜ヶ丘の満開の桜を眺めながら、近くの串焼き屋さんに繰り出し、夜の宴を楽しみました。

お知らせ
次回の非二元入門、ウェイクフルネスは、7月に開催する予定です。

昨日、近所のスーパーに行ったら、賞味期限が近くなったモレッティ(イタリアのビール)がなんと150円で売られていた。

とりあえず1本買って、家で飲もうとしたら、栓抜きが見当たらない。
何か代用になるものはないかと15分ほど探してみたのだが、どれも栓抜きにはなりそうにない。

「今夜は飲むのをあきらめて、明日、栓抜きを買ってきて飲もう」

そう思った直後に、スマホで何か方法はないか調べてみようと思いたち、「栓抜き 代用」で検索してみたら、テコの原理を利用すれば、スプーンで栓を抜けることがわかった。

右手にスプーンを持って、栓のギザギザの下にスプーンの先を引っ掛け、その真下の首の部分を左手で握りしめ、そこを支点にして、右手を下方向に押し下げると、シュボンという気持ちのいい音とともに、栓が簡単に抜けた。

但し、あまり強く押し下げると、栓が上に向かって勢いよく跳ね上がるので、目などに当たらないよう注意が必要であることもわかった。

とにもかくにも、栓が抜けたことで、昨夜はビールを飲みながら、テレビをゆっくり観て過ごせたのだが、ここで、こんなことに気づいた。

このテコの原理は、何かに似ているぞ。

道具をうまく活用して、テコの原理が働くように工夫すると、小さな力を加えるだけで、実用的に役に立つ結果がラクに得られる。

そうだ、これは、私が今、英語学習の講座で皆さんに紹介している内容と同じだ。

数多存在する英語教材(道具)の中で、どの道具を使えば、それまでまったく英語を話せなかった人が、ビール瓶の栓が突然抜けるように、話し出せるようになるのか。

テコの原理を実感できる優れた英語教材はどれで、その教材をどのように使えば、さらにテコの原理を数倍高められるようになるのか?

でも、世の中には、テコのように見せかけて、実際に使ってみると、実用的にまったく役立たない(英語を実際に話せるようにならない)教材が山ほど存在する。

私が興味があるのは、「テコの原理」が実用的に機能した瞬間に感じる喜びであって、実用性を感じられない見せかけの教材にはまったく興味がない。

自分が日々、取り組んでいるのは、「テコの原理」の実用と応用の実践。

自分が面白いと思えることが、こんなにも明確に言葉としても表現できるようになり、私は今、ビールの栓がシュポンッと抜けた瞬間のように気持ちいい。

お知らせ
「英語を話せる脳をつくれる科学的学習法」のアドバンスコース、6月2日(日)開催を目指して、今、いろいろ実験中です。
どの教材をうまく活用すれば、オンライン英会話を徹底活用して、話せる能力をさらに数段階、引き上げられるか、それを確かめていて、まもなくお申し込みの受付を開始できそうなので、参加ご希望の方はもうしばらくお待ちください。
ベーシックコースの詳細はこちらから

一昨日、近所を散歩していたら、駅の反対側にパイの店が開店しているのを見つけた。
そして、昨日、その店にランチを食べに行った。

店に行く途中、甲州街道の横断歩道を渡っていると、向こう側から若いカップルが手をつないで歩いてくるのが見え、彼女の方が不思議そうに私を見ていることに気づいた。

花粉が飛んでいる時期なので、私はマスクをしていたのだが、彼女はずっと私の顔を見つめ続けていた。

そして、スレ違いざまに、やっと彼女が誰なのかを思い出せた。
私がしょっちゅう飲みに通っている恵比寿のバーで働いているY子ちゃんだった。

「なんで、こんなところにいるの?」と訊ねると、彼女は「私、幡ヶ谷に住んでるんです」と応え、お互い、隣町に住んでいたことがわかり、二人で驚きあった。

そして、別れ際、「じゃあ、また来週、お店で」と笑いながら彼女が声をかけてくれたので、私は凄くほっとした。

実は、数週間前、私は自分が開催した講座が終わった後、3人の受講者の方と一緒に、彼女が勤めている恵比寿のバーに行ったのだが、その時、かなり酔っ払っていて、大声でしゃべり続けてしまい、再三、彼女から「静かにしゃべってください」と注意されていたのだ。

その時、彼女は相当、怒っていて、私は家に帰ってから、「もしかしたら、もうバーに行っても入れてもらえないかもなぁ」と思っていた。

ところが、昨日、私が暮らす街に彼女が現れ、「また、来てくださいね」と声をかけてくれたのだから、私が感じていた心の重荷は、たちまち解けてしまった。 

そして、パイの店に辿り着き、店のドアを開けると、今度はお店の女性がずーっと私の顔を見て、「来てくださったんですね」と親しげに声をかけてきた。

この人、誰?
どっかで見たことあるぞ!

そう思って、記憶を辿りながら、女性の顔をよく見ると、先月までランチタイムにお邪魔していたエスニック料理屋さんの女性であることがわかった。

その店は、先月末で閉店となり、「あー、あのパクチーたっぷりのガパオライスをもう食べられないのか」と残念に思っていたのだが、なんと厨房で働いていた男性までもが、パイの店に移って来ていて、メニューを見ると、パイの店でも、同じガパオを食べられることがわかり、興奮してしまった。

もう、あのバーには入れてもらえないかも。
もう、あの料理は食べられないのか。

そう思っていたことが、連続して覆される出来事が起こり、自分の思い込み(内側)の崩壊に伴い、世界の様相(外側)も合わせて変わりだすこと(内と外が分かれていないこと)が見事なまでにきれいに見えて面白かった。

お知らせ
世界や他人と切り離されて存在している孤独な自分、不安だらけの自分、何かが欠けている自分がいる。
この嘘を見抜けるようになるまで、足りないものを追い求めて満たそうと不毛な探求がいつまでも繰り返されます。
不完全な私など存在していない。
この事実に気づくのに時間は必要ありません。
探求が続いている方は、一度、ノンデュアリティのプライベート・セッションをお受けください。

昨日は愛知の男性と電話で非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

彼は、勤めている会社の業績が厳しい状況に置かれていて、自分の物事の捉え方が変われれば、現状を打破できるのではないかと期待し、セッションに申し込んでくれた。

社長や部長から、さらなる活躍を期待されているにもかかわらず、その期待に応えきれない自分がいる。

期待に応えられている点もあるけれど、応えられていない点もあり、上司から見て「物足りない社員だ」と思われているのではないかと、彼は思い込んでいた。

そこで、セッションでは、「力不足の自分」が本当に存在しているかどうかを、1時間半かけて、ダイレクト・エクスペリエンスの手法を用い、丁寧に調べていった。

「あせり」の感覚や「このままではヤバイ」という思いは見つかるものの、最後まで力不足の自分を見つけることはできず、「力不足の自分がいない」解放された気づきに、さまざまな思考や感情がひとりでに現れては消えていく自然さを認識できるようになったところでセッションを終えた。

そして、昨夜、彼から「何か掴めそうなところまできているので、来月のウェイクフルネスにも参加したい‘」という旨のメールが入った。

「私には、まだ掴みきれていないものがある」という不十分さを表すような文面だったけど、来月、また彼と会った時、「まだ不十分な自分」が本当に存在しているかを確認して、ありのままでくつろげるようになったら、その後、うまい神泡ビールを飲みに行こうと思う。

お知らせ
来月のウェイクフルネスは、残席1席となりました。
非二元の本を読んでも、非二元性を感覚的に実感できない方は、プライベート・セッションか、非二元入門にお越しください。

昨日は、わかりやすいプレゼンの仕方と効果的な本の読み方を同時に学べる「言葉の科学」を初めて渋谷で開催した。

鹿児島、京都、愛知からも来てくださった方がいたので、往復の交通費の分も元をとってもらおうという思いで準備を進め、この日に望んだ。

午前の部では、TEDの17分間のプレゼンを聞いてもらった。
話の中にどのような表現技法が含まれていたから、話に引き込まれ、最後まで飽きることなく話を聞けたのか?
言葉を使って仕事をしているプロたち(村上春樹やスティーブ・ジョブス)が書いたり、話したりする際に意識的に使い込んでいる表現技法を紹介し、なぜ、その技法が有効なのかを、人間の「理解」のメカニズムを合わせて解説することで、理解を深めてもらった。

午後の部では、小学生の頃、学校に通えず、フリースクールに通っていた親戚の子供が私と30分会話した後、再び小学校に通い出し、今年、早稲田大学に現役合格をしたことを話し、脳には明らかに個人差があり、その個人差をありのままに活かすことの重要性を伝えた。

本を読んでも内容を忘れてしまうのは、記憶力が悪いからではなく、自分の脳がそのような特性を持っているからで、そうであるならば、読むべき本をどのように選びだし、どんな読み方をすれば、本のエッセンスを人生や仕事に活かせるようになるのかを解説していった。

読書用の教材として、AIに関する本をお配りし、AIが人間の言葉をどのように解釈し返答しているのか、人間の脳とAI の「理解」の違いを読み取ってもらいながら、今、なぜ、「理解の階層(ディープラーニング)が注目されているのかを、午前中の話と絡めながら、「理解」についての理解を深めてもらった。

世の中には、「こうすれば、あなただって私と同じようにできるようになる」と謳う情報が溢れかえっているけれど、その大半は、個人個人の脳の違いを無視した非科学的なものであり、そんな情報の洪水に流され、惑わされることなく、地に足をつけて人生を歩んで行くには、どのように知能を使っていけばいいのか?

それを伝え終え終わったら、昨夜も、参加されていたお医者さんの陣頭指揮のもと、計4名で飲みに行き、道元が正法眼蔵で指摘したインドの「外道」の教えとは何なのか、などを話して二次会も盛り上がった。

お知らせ
次回の言葉の科学は、6月23日(日)に開催します。
昨日は、2歳のお孫さんがいる女性と、カフェで非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

彼女の要望は、これまでにわかっちゃった人(悟った人?)の話を何度聞きに行っても、自分にはわかる日が訪れず、疑問が増えるばかりで、考えが止まらなくなる悪循環にハマっているので、今日こそラクになりたい、というものだった。

彼女は、自分も「わかっちゃった人」になれたら、すべての疑問がなくなり、毎日、スッキリした気分で生きられるようになる、と疑うことなく信じていた。

信じていたからこそ、わかっちゃた人の話を聞きに行く探究がとめどなく起こり続けていた。
そして、いつまでたってもわかる(悟る)日は訪れず、ますます「わからない人」というアイデンティティを強め、苦しんでいた。

私は「わからない人」で、ある人は「わかっちゃった人」。

彼女は、この考えを通して、この世界には、「私(わからない人)」と、「私とは別の人(わかっちゃた人)」とが別々に存在している、という分離感を疑うことなく信じ、そして苦しんでいた。

そこで、セッションでは、現実に見えているものや聞こえている音を一つ一つ確認していきながら、分離して別々に存在している肉体や物質が本当に存在しているかどうかを本人に確かめてもらった。

別々に存在しているものなど、どこを見渡しても見つからず、「非二元性」に気づくのに努力も探究もまったく必要ないこと。
「わかってない人」と「わかっちゃった人」の二つが別々に存在しているというのは、思考がつくりだした「二元的な物語」であり、それは「非二元」ではないことに気づけたところで、セッションを終えた。

お知らせ
非二元性に気づくのに、あらたに何かの知識を得る必要はありません。
「二つの物や人が別々に存在している」というのが、思考によってつくりだされたフィクションだと見抜けたなら、完全性を求めて動きまわる探究の苦しみは自然にゆるみだします。
苦しみから解放されたい、という探究が続いている方は、一度、ノンデュアリティのプライベート・セッションをお受けください。

昨日は、「アンコンディショナル ・ラブ」という講座で、自分と他人、肉体と物質とが別々に存在していると信じている限り、人間関係における対立、争いは終わらないことを語った。

 
13時15分スタートの講座だったのだが、始まる直前に、大阪の母親から電話が入り、姪(妹の娘)が京都大学に合格したことがわかった。
 
姪は、神戸女学院高校で生徒会長を務めながら、学業にも熱心に取り組んでいた。
 
センター試験の成績で早稲田大学の合格が決まっていたので、「まあ、これで心に余裕を持って第一志望の京大受験に望めるだろう」と私は思っていたのだが、本人は、入試当日の朝、あまりの緊張から体調を崩し受験会場に向かうのも大変な事態に陥ってしまったらしい。
 
それでも、試験が終わると、本人は手応えを感じていたそうで、姪の基礎学力の安定感と粘り強さに、あらためて驚かされた。
 
そして、昨日、講座を終えてから、受講された皆さんと飲みに出かけたら、昨年12月の英語の講座に参加してくれた男性が、こんなシェアをしてくれた。
 
スマホのアプリを使って、毎日30分、学習していただけで、ある日、突然、JRの車内に流れる英語のアナウンスの内容を聞き取れるようになっていたこと。
 
その後、「そろそろ、オンライン英会話でフリートークの練習を始めた方がいいんじゃない」という私の提案に従い、オンライン英会話を活用し始めると、わずか2、3週間ほどで、アフリカ人の英会話教師と、かなり込み入った内容のフリートークを楽しめるようになったこと。
 
さらには、駅で道に迷っている外国人に声をかけ、英語で手助けできるようにもなったことをシェアしてくれた。
 
3ヶ月前まで、英語で外国人と会話できるなんて思ってもいなかった彼が、その3ヶ月後には英語を使って外国人と会話している。
 
このような変化は、外国人と会話できる場さえあれば自然に起こるもので、私自身もオンライン英会話で、毎日、陽気な外国人と会話しているうちに、自分の性格までラテン化してしまったことに驚いている。
 
固定化された肉体も物質も存在していない。
気づきに現れるあらゆるものが変化し続けている。
 
日中、アンコンディショナル ・ラブで語ったことを、二次会では、体験談としてシェアしあえたことが、凄く面白かった。
 
お知らせ
スマホで英語を話せる脳をつくれる科学的学習法は、次回、5月26日(日)に開催します。
 
また、アンコンディショナル ・ラブは、次回、6月9日(日)に開催します。