非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -15ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

昨日、絵本作家さんと非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやっていて、物質とは何か?という話になった。

 
物質が存在していると思っているなら、当然、肉体も存在していることになり、この世には、いろんな物や何十億もの肉体が別々に存在していることになる。
そして、私とは、その数ある肉体の中の一つの肉体、ということになる。
 
これが多くの西洋人が信じてきたマテリアリズム(唯物主義)の世界観だけど、昔、インドの人たちはそのようにはとらえていなかった。
 
マテリアル(物質)の存在を信じている人たちは、食べ物(物質)を得るためには、お金が必要なので、お金を得ようとする。
 
でも、働いてお金を得ても、食べ物を買えば、お金は減る。
そして、食べ物だって食べてしまえば、跡形もなく消えてなくなる。
 
そして、食べ物を得られなくなると、「私」だと思っている肉体も維持できなくなる。
 
だから、マテリアリズムを信じている人たちは、永遠に物質やお金が減ったり増えたりし続ける世界の中で、個人(単独)で生きていかなくてはならない、と強く思い込んでいるので、極端な話、死ぬまで心が休まる暇がない。
(日本で今、起こっている年金が足りない問題なんて、その最たるものだ)
 
でも、非二元性に目覚めると、物質など存在していないことがはっきりわかるようになり、状況は一変する。
 
生命のエネルギーは、まるで泉のように湧き出し続けているので、減ったり、不足したりすることはありえない。
 
「物質」「減る」「不足」というのは、思考上の概念としてあるだけで、実際に存在しているのは、生命エネルギーの絶え間ない充満(フルフィルメント)しかない。
 
だから、昨日のセッションでは、欠けることが絶対に起こり得ない色鮮やかでイキイキと躍動し続る生命の移ろいの素晴らしさと温かさをダイレクトに感じてもらえるよう話を進めた。
 
また、セッション中、マテリアリズムとは異なる唯我論に関する質問も出た。
「今、目の前に見えていないもの(例:自分の背後にいる猫)は、目の前に現れるまでは波動になっていて、実際には存在していない」という量子物理学者が言いそうな考えを鵜呑みにしている人もいるけど、それは唯我論であって、「非二元」とは何の関係もないことを伝えた。

唯物論。唯我論。
このどちらを信じていようが、それを信じている本人は、無自覚のうちにこのような考えを信じこんでしまっているので、自分では何が原因で窮屈な思いをしているかになかなか気づけない。

でも、これも過去の話で、非二元(ノンデュアリティ)の目覚めは、今、世界のいたるところで起きている。
 
お知らせ
独立して存在している物質もなければ、肉体もない。
つまり、何も分かれては存在しておらず、それでいて違いはある。
この非二元の感覚を直接、体験してみたい方は、ノンデュアリティのプライベート・セッションをお受けください。

 

関連記事:愚問に答えようとするマインドの鈍さ

 

「誰もいない森の中で木が倒れたら音がするか?」という哲学的な問いがある。

 
ちなみに英語では、「If a tree falls in a forest and no one is around to hear it, does it make a sound?」となる。
 
このように問われて、答えをあれこれ考え始めたなら、あなたは多くの西洋人が信じ込んでいた、ありもしない二元性(分離)の世界にはまり込み、生の歓びを見失うことになる。
 
しかし、非二元性に目覚めた禅師なら、この問いが考えるに値しない愚問であることをわかりつつ、雲水(修行僧)が悟ったかどうかを確認するための公案として、あえて逆利用する可能性はある。
 
そして、雲水がその答えを、二元性のマインドを使って、あれこれ考え始めたなら、すかさず警策(きょうさく)で肩を叩き、その音によって現実に引き戻してくれるだろう。
 
ブルース・リーなら、頭をパシッと叩き、「Don’t think.Feel」と一喝するだろう。
 
また、私が公案を考えるなら、両手を叩いて音を出しながら、こう問うだろう。
 
「この音は、どこに現れているか?」
 
追伸
世の中には、認識の誤解を「悟す」ための問いではなく、誤解を誤解と気づかないまま、逆に誤解を深めさせるような、どうしようもなくくだらない愚問や情報が溢れかえっています。
発せられた問いが、目覚めをもたらすものか、それとも眠り(催眠状態)に誘い込むものか?
この違いは大きく、前者の問いは、二元性の催眠状態に陥ったマインドからではなく、非二元性に目覚めている気づきから発せられます。

 

関連記事:地図を土地と勘違いする滑稽さ

昨日の「アンコンディショナル ・ラブ」では、冒頭、川崎の殺傷事件が「川崎で起きた」のではなく、実際にはどこで起きたのかを伝えることから始めた。

 
地図の上では、東京と神奈川は別々の地名として表記されているけれど、実際にはそんな境界線などどこにも存在していないこと。
 
他のものと分かれて単独で存在している土地もなければ、個人もいないことを伝えた。
 
それでも、多くの人は、地図を現実だと思い込み、地図に従って生きていること。
この勘違いこそが、苦しみの原因であることに気づけず、ひたすら古い地図を新しい地図に書き換えようとばかりしている不毛さ、滑稽さを、いつも私の講座に参加してくれているOさんと私の掛け合いによって浮き彫りにすることができた。
(厳密に言うなら、見かけの上ではOさんと私の二人が掛け合い漫才のような会話をしていたように見えるけれど、コミカルな掛け合いがひとりでに起きていた)
 
そして、皆さんに書いていただいた感想文にも、「Oさんがいろんなことを語ってくれたおかげで、地図と土地の違いがすごくよくわかって楽しかった」というコメントが目立った。
 
昨日の講座に参加していた誰が欠けても、昨日のような面白さは体験できなかった。
Oさんは、いろんな話をしゃべってくれたけど、他の人はあまりしゃべらなかった。
相対的に見れば、人それぞれ、まったく違っているけれど、誰もがそのままでよかった。
 
しゃべっていない人を、無理にしゃべらせようとするコントロールはどこにもなかった。
 
「これが、アンコンディショナル ・ラブ」と言葉で語ることなく、アンコンディショナル・ラブの完璧さをどこまで実感いただけたかはわからないけれど、とにもかくにも面白くと楽しかった。
 
お知らせ
7月末から非二元(ノンデュアリティ)のセッションができるようになる「ファシリテーター養成コース」を始めます。

今日の午前中、英会話の先生(フィリピンの女性)といろんな食べ物の話をして盛り上がった。

 
先生から好きな食べ物を聞かれて、「焼き餃子」と答えると、先生は「揚げ餃子」と「水餃子」しか食べたことがないという。
 
どうやって作るのかを聞かれ、頑張ってなんとか英語で説明すると、「ダイスケはシェフなのか?」と聞かれ、「僕は餃子とパスタとオムライスとお好み焼しか作れない」と答えた。
 
すると、先生が「私はカルボナーラが好き」と言ったので、「なんでカルボナーラというか知ってる?」と訊ね、先生が知らないと言ったので、カルボナーラの語源について説明した。
 
その後、話題はピザの話になり、マルゲリータとマリナーラの名前をあげると、「それはカクテルの名前か?」聞かれたので、「違うよ、ナポリでもっともポピュラーなピッツァの名前だよ」と答えると、「それはどんなピッツァなの?」と聞かれたので、マルゲリータとマリナーラに使われている具材の違いについて説明した。
 
そして、この会話から、どうやらフィリピンでは、一般的にアメリカ式のピザが食されていることがわかった。
 
それと同時に、食べ物の話になると、どの国の先生もテンションが上がり、会話が盛り上がることを再認識できた。
 
そして、お互いに「お腹、すいたね」と言い合い、レッスンが終わった。
 
レッスンが終わって視線を窓に向けると、清々しい青空が広がっていて、心地よいそよ風が吹き込んできた。
 
あまりに気持ちよかったので、そのまま昼寝をした。
 
そして、目が覚めると、1時間前に話していたピッツァの記憶が蘇り、私の足は近所のナポリピッツァの店に向かい始めた。
 
ピッツァはマルゲリータを注文し、食後にはババ ナポレターナを食べた。
 
そして、満腹になった後、銀行でお金を下ろし、固定資産税の支払いを済ませた。
 
今日は、住宅ローンの引き落とし日でもあったので、今日1日で18万円ほどの金額が銀行口座から差し引かれた。
 
英会話中にマルゲリータの話が出て、その後、心地よいそよ風が吹き込んできて、昼寝が起き、目が醒めるとか、本物のマルゲリータとババの美味しさが現れ、住宅ローンと固定資産税の支払いが起きている。
 
このどれもが、何もかもがひとりでに自然に起きている。
 
この直後に何が起こるかをまったく知らなくても、何もかも自然に見事に立ち現れてくる。
 
この現れ、この生の素晴らしさを避けて通る道はない。
 
生と呼ばれる「道なき道」がただあるだけ。
 
そして、この道のことを、英語では、「ダイレクト パス」という。
 
 
お知らせ
「ダイレクト パス」の方法を通じて、生のフレッシュさ、豊かさを感じてみたい方は、一度、ノンデュアリティ(非二元)のプライベートセッションをお受けください。

 

関連記事:「私は不完全」というジョークのおかしさ

 
 
 
 
 

先週末に開催した「お金を求めて働き続ける欠乏サイクルからの解放」には、愛知方面から3名の方が参加してくださった。

 
浜松にお住まいのIさん(女性)が、2ヶ月ほど前に、非二元(ノンデュアリティ)のプライベートセッションを受けてくださり、そこで長年の苦しみからの解放が起きたので、2人の友人に声をかけてくださり、今回、3名で講座に参加してくださったのだ。
 
講座の冒頭、「不思議の国のアリス」の話をして、時間に追われる白うさぎの後を追いかけてしまうと、数字(トランプの兵隊)に追い回される現代社会のような落ち着けない世界に落ち込んでしまうことを指摘した。
 
そして、私自身、40代の10年間、大量のお金(数字)と時間を費やし、どれだけコーチングや心理学などを学び続けても、まったく思うように収入を得られず、とうとう行き詰まってしまったことをお話しした。
 
すると、Iさんの紹介で愛知県から参加されていた女性が、突然、大笑いしはじめ、笑いが止まらない状態が数分間続いた。
 
なぜなら、この女性もまた、未来に幸福を求める探求が続いていて、私の40代の頃の物語を聞いたことで、自分がやり続けていたことの滑稽さに気づいたのだ。
 
そして、彼女は、覚醒を求めてインドにも2回行ったことがあることを笑いながら話してくれた。
 
私には何か足りないものがあって、その何かを見つけなければ私は完全になれない。
幸せになれない。
 
この宇宙一のジョークに気づくと、人はそのバカバカしさに大笑いしはじめる。
 
そして、彼女の笑いの嵐が収まったところで、私がしょっちゅう通っている毎日満席になるバーの話をした。
なぜ、そのバーにお客さんが絶えずやってくるのか?
どのような体験に人はお金を支払うのか?
また、提供しているサービスはそれぞれ違えど、私も、私の父も、バーの店主と同じことをやって、お客さんと喜びを共有しているのかを、マインドの機能を通しても理解できるようにお伝えし、楽しい会を終えた。
 
お知らせ
非二元のセッションができるようになるファシリテーター養成講座の受付を開始しました。
また、次回のお金を求めて働き続ける「欠乏サイクル」からの解放は、8月25日(日)に開催します。
 

今日、オンライン英会話で、フィリピンの先生とこんな会話になった。

 
「今日は、どんな感じ?」
 
「今日は朝から大雨です。
このところ日本は大雨で、屋久島では大雨のため、下山できない人がたくさん出て、ニュースになりました」
 
「フィリピンでは、大雨になると、床上浸水するほどの被害が出るので、自然とのつながりの大切さをいつも思い出させてくれます」
 
「どういうことですか?」
 
「私たちはこれでに多くの山の木を伐採してしまいました。そして、山間部にはたくさんの雨が降ります。山に雨が降っても、多くの木の根が水分を吸収してくれていたのですが、今は山に木がありません。だから、山の水が洪水のように街に落ちてきて、多くの家が胸の高さまで浸かるほど浸水してしまうんです」
 
「そんな高さまで浸かるんですか」
 
「はい、だから今、フィリピンの多くの人たちが、植樹の活動を行うようになりました」
「日本では、経済をどう発展させるかにばかり関心があって、自然災害が増えていても、フィリピンの皆さんのように自然とのつながりを見直す必要がある、という考えになかなか至っていないようです。今日は、とても有意義な話ができて、とても楽しかったです。ありがとうございました」
 
追伸
今日はこんな会話から、私たち日本人が見落としがちな重要な問題に気づくことができました。
英会話のレッスンを毎日受けていると、英語をだんだん話せるようになること以上に、私たちが見落としている、いろんな「盲点」に気づけるようになります。
決まり文句を覚える英会話ではなく、外国人の先生とフリートークを楽しみながら、会話力を磨きたい。
そう思っている方は、オンライン英会話を始める前に、下記の講座に参加してみてください。
 

昨日、50年ぶりに「不思議の国のアリス」を観た。

 
保育園児の頃、私はこの映画を観て(映画館で観たのか、テレビで観たのかは覚えていない)、とてもおびえた記憶がある。
 
不思議の国から家に戻ろうとするアリスが、トランプの兵隊に追いかけられるシーンを観て、まるで私自身がアリスになり(自己同一化が起こり)、リアルにトランプの兵隊に追いかけられているような感覚に陥ったからだ。
 
トランプの兵隊に追いかけられたアリスは、最終的に元の場所に戻れるドアを発見するのだが、鍵がかかっていてドアが開かない。
 
鍵穴を覗くと、ドアの向こう側で、自分がすやすやと居眠りをしている姿が見え、アリスはやっとドアの内側が夢の世界であることに気づく。
 
この話を観ていると、私自身、アリスと同じように、時計を持った白ウサギを追いかけ、うさぎの穴(概念のトラップ)に陥ったことで、体が小さくなったり、大きくなったりする相対性(二元性)の世界の中に入り込み、元いた安全な場所(非二元性)に戻ろうとしても、なかなか元の世界に戻れない窮地に追い込まれる夢を40年以上に渡って見続けていた滑稽さを思い出すことができた。
 
「不思議の国のアリス」では、夢の中のアリスが、現実の自分が眠っていることに気がつく。
 
でも、実際には、そんなことは起きえない。
 
夢の中のキャラクターが、本当の自分を目撃することなど、実際には起こりえないからだ。
 
夢の中のキャラクターが夢の創造物であることを見抜けるのは、本当の自分だけだ。
 
夢物語を目撃している自分は、けっして夢の中のキャラクターになったりはしない。
 
しかし、白ウサギ(概念)を追いかけ、夢物語の中に入り込んでしまえば、あっという間に自己同一化が起こり、人は夢物語の中をさまよい続けるようになる。
 
それが夢だと気づけるようになるまで、人は分離(二元性)の夢物語を現実だと思い込み、夢の中でもがき続ける。
 
夢物語(悪夢)からの出口は、どこにあるのか?
 
それは夢物語への入口に気づけば、もうそこは夢の外、つまり現実だ。
 
だから、夢物語からの脱出など試みてはいけない。
それを試みている私こそ、夢の中の私なのだから。
 
追伸
不思議の国のアリスに出てきたうさぎのように、あなたが絶えず時間に追われて走り回っていたり、トランプの兵隊(数字)に追いつめられているように感じているなら、あなたは夢物語の中にはまり込んでいます。
この悪夢から目覚めたい方は、一度、非二元のセッションを受けてみてください。
まあ、先日もお知らせしましたが、非二元のセッションを行えるファシリテーター養成コースを、7月末から開催できるよう、今、準備を進めています。
会場の確保ができ次第、詳しい日程をお知らせします。
参加してみたい方は、7月末までに、ウェイクフルネスの受講を終えておいてください。
 

今日は、京都の女性と電話でノンデュアリティ(非二元)のセッションをやった。

 
彼女は最近、どこかで開催されたリトリートに参加し、ダグラス・ハーディングの実験をやっても「自分が悟れない」ことに落胆していた。
 
そこでまず、「悟りを求めいる自分が、これから何かを行うことで、未来のどこかで悟れるようになる」と思い込んでいるなら、それこそ思考がつくりだした夢物語であり、「気づき」はその夢物語の中に迷い込むことなく、今も完全に目覚めていることを本人が確認できるよう、セッションを進めていった。
 
悟りとは、修行の後に訪れる特別な境地ではなく、「悟れない私が、未来のどこかで悟れるようになる」という思い込みが、イリュージョン(幻想)であることに、気づくこと。
そして、それに気づけるのは、今しかないこと。
さらに、どんなイリュージョンも、気づきの光(エンライトメント)によって照らされたなら、たちまち力を失い、消え失せてしまうことを確認できたところで、セッションを終えた。
 
追伸
2人が向かい合い、筒の中を覗き合うダグラス・ハーディングの実験を行うと、「こちら(スペース」と「あちら(色の世界)」の違いを認識できるようにはなりますが、「こちらとあちらが離れて存在している」という二元性(分離)の思い込みを逆に強めてしまうので、今日セッションをやった彼女と同じような混乱が生じてしまいます。
そこで、対話を通して非二元(ノンデュアリティ)へのシフトを起こせるファシリテーターを養成する講座を7月末から始めようと、今、準備を進めています。
ファシリテーターとして、非二元のセッションをやってみたい方は、養成講座開始前までに、ウェイクフルネスを受講し終えておいてください。

 

関連記事:一時的な満足を追いかけ続ける徒労さ

「英語を話せるようになりたい」と思い続けている人は、とても多い。

 
しかし、そう思っている人の多くが、とても奇妙なことを繰り返し続けている。
 
その奇妙なこととは、「英語を話さないようにする努力」だ。
 
英語を話せるようになりたいのなら、シンプルに今日から英語を話す練習を始めれば良いだけなのに、どういうわけか、人はそれを先延ばしにする。
 
例えば、英単語をもっとたくさん覚えれば、英文法をしっかり学び直せば、未来のどこかで英語を話せるようになるだろうと考え(幻想)、話す練習を後送りにしてしまう。
 
こうして人は「英語を話せるようになりたい」と思いつつ、いつまでも英語を話す練習を避け、学生時代に慣れ親しんだ英単語記憶や英文法の勉強、TOEICのスコアアップのための学習に時間を費やし続ける。
 
あなたの英語学習の目的がTOEICのスコアアップであるなら、そのための勉強に時間を費やしても、何も問題はない。
 
しかし、TOEICのスコアが高くても、英語を話せない人は、たくさんいる。
 
あなたが、英語を話せるようになりたいのなら、外側の評価(TOEICのスコア)など気にする必要はない。
 
そんな脇道に逸れることなく、毎日、オンライン英会話を活用して、外国人の先生とフリートークを楽しんでいれば、数ヶ月もすれば、自分の言いたいことを英語で表現できるようになる。
 
外国人との会話を繰り返さない限り、英語を話せるようになるわけがない。
 
進むべき道はこれほどシンプルなのに、人は脇道に誘い込もうとする看板にまんまと騙され、ひょろひょろと脇道に迷いこんでしまう。
 
あなたが英語を話せるようになりたいのなら、月額6000円程度のオンライン英会話を使って、毎日25分、英語を話す練習を続ければ、2、3ヶ月で、自分の言いたいことを英語で表現できるようになる。
 
英語を話せるようになるために必要なのは、自分の言いたいことを英語で表現する練習時間であって、英単語の記憶や英文法の学び直しの時間ではない。
 
お知らせ
どんなふうにオンライン英会話を活用すると、途中で挫折することなく、英語を話せるようになるか。
その効果的な学習法をを知りたい方は、下記の講座に参加してみてください。
 

これが手に入れば、きっと幸せになれる。

そう思って人は行動を起こす。
 
願っていたものが、うまく手に入ることもあれば、どれだけ努力しても手に入らないこともある。
 
だから、願っていたものが手に入った瞬間に感じる喜びは、この上なく大きなものになる。
 
ところが、どうしたことか、それから数日経つと、感じていた喜びは消えてしまう。
 
あれだけ強く望んでいたものが、手に入ったというのに、喜びを感じられなくなる。
 
そして、何か物足りない感じが再び、心に押し寄せて来て、「自分の人生にいったい何が足りていないのだろうか」と考え出す。
 
きっとこれに違いない。
 
足りなかったものがわかると、人はまた、それを求めて動き出す。
 
そして、それが手に入ると、一時的に喜びを感じるものの、またもや、その喜びは消え失せ、何かが物足りない感覚が蘇ってくる。
 
自分が本当に求めているものは、いったい何なんだろうか?
 
自分が繰り返し続けてきたことを、正直に見つめ直してみると、答えは見えてくる。
 
もう何も求めなくてもいい充足感。
 
この充足感は、欲しかったものを全て手に入れられたから感じられるものではない。
 
もし、充足感が、欲しかったものを全て手に入れた後に感じられるものなら、充足感を感じられるのは、未来ということになってしまう。
 
つまり、今は満たされていないということ。
何かを求めて、動く必要があるということ。
そして、それをやれば、またもや一時的な喜びを感じ、再び不足感を感じては行動を起こす、求めることをやめられないループに入ってしまう。
 
一生かかっても、何も求めなくていい充足感を感じられることのない、この終わりなき探究の不毛さ、徒労さに気づくだろうか?
 
これに気づけたなら、何も求めなくていい充足感は、未来にやってくるものではなく、今、ここにあることが明らかになる。
 
お知らせ
もっとお金が手に入れば、幸せになれる。
素晴らしいパートナーに出会えれば、もしくは、パートナーが自分の願い通りの人になってくれれば、幸せになれる。
マインドがつくりあげたこの不足の物語のウソ。この言葉に従って行動を起こせば、どれだけ前進し続けても、永遠に本物の充足感を感じられることのない日々が続く、この徒労さに気づけるだろうか?
何も求めなくていい充足感。
この充足感は、何かを求めることによってもたらされるものではありません。
興味のある方は、下記の講座に参加してみてください。
 
また、スピリチュアルの探求(追いかけ)にハマってしまっている方は、非二元(ノンデュアリティ)のプライベートセッションを受けてみてください。