淡江大学国際事務戦略研究所の翁明賢所長に聞く 上
中台安定維持へ第一投 蔡英文総統
台湾の核武装はあり得ず
日本版台湾関係法に期待
米国の台湾政策は不変
台湾では5月20日、民進党の蔡英文総統が就任し、国民党の馬英九前政権時代に推進した対中傾斜に歯止めをかけ、中台関係の現状維持を求めることで台湾政局がどう変化していくのか、新政権に求められる課題は何かを中台関係に詳しい台湾の私立大学の名門、淡江大学の翁明賢国際事務戦略研究所長に聞いた。(聞き手・深川耕治、写真も)
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――対中融和に傾斜した国民党から8年ぶりに政権を奪還した民進党を与党とする蔡英文総統は就任演説で中台が一体不可分の領土だとする「一つの中国」の原則に関する合意内容について「1992年の中台窓口機関による会談は若干の共通認識に達した歴史的事実を尊重する」と述べるに留まった。その真意は何か。
「共通認識」が「一つの中国」で合意したかどうかついては、あえて言及を避け、間接的に中国の主張する「一つの中国」が考え方として存在していることは理解しているとの立場を取った。現状維持からの変化を求めない米国に対して、蔡氏が訪米した際、あらかじめ同じ内容を米高官に伝えている。「一つの中国」を認めさせようとする中国に対して微妙な言い回しで中台の現状維持を継続したい一定配慮であり、中国への政治的メッセージだ。
――米国大統領選で民主党のヒラリー・クリントン候補、共和党のドナルド・トランプ候補のいずれかが当選した場合、米国の台湾政策はどう変化していくか。
現状ではドナルド・トランプ候補が当選する確率は低いだろう。かりに当選したとしても、日本や韓国に対する安全保障問題について過激な発言をした後に微妙に変化させたりしている。台湾に対しては、トランプ氏と言えども台湾関係法による中国の軍事的脅威から台湾を守る法的堅持は不変だ。ヒラリー・クリントン候補が当選した場合、もともと、対中政策に対しては厳しい(親台湾派の)立場なので、台湾政策に大きな変化はない。どちらの候補が当選しても、台湾関係法を堅持し、米国の豚肉や農産物などを台湾に輸入する動きが加速するだろう。
――トランプ候補が当選した場合、台湾も核武装することを進めるような動きはないか。
蒋経国時代、核開発する動きがあったが、米国は阻止した。中国も望んでいない。以来、核武装はありえないはずだ。核武装はたとえ日本や韓国に求めたとしても台湾には求めない。
――台湾関係法は台湾にとって安全保障上、台湾海峡危機を防止するためにきわめて重要な意味を持つが、日本版「台湾関係法」の立法化の声もある。どう見るか。
蔡英文政権は台湾周辺の第一列島線(九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるライン)、第二列島線(伊豆諸島を起点に小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るライン)での防衛で日本や韓国、フィリピンなど近隣諸国の協力が重要であることを打ち出している。軍事面では、中国の軍事拡張著しい中、台湾の国防費はほぼ横ばいで米国が介在しても中国優位が進む。安倍晋三政権が親台湾の立場であることから日本の政府次第で大きく進む可能性もあると期待している。
――野党に下野した国民党は3月末、洪秀柱元立法院副院長が1919年の結党以来初の女性の党主席に選出された。党内情勢から見て、再び政権奪還に向けて党勢挽回できるか。
女性初の国民党主席となった洪氏は、外省人(戦後、台湾に住み始めた子孫)グループで馬英九前政権主流派よりも中台統一寄りの非主流派。惨敗した今回の選挙後、いち早く立候補した立場であり、党内求心力は、さほどない。立法院(国会=113議席)のうち、国民党は35議席しかないし、地方議会では民進党が与党となり、議長、副議長が辛うじて国民党という党勢のところが多い。党勢が回復できるかどうかは、党内の結束次第だ。ただし、国民党内も本省人(戦前から台湾に住んでいる子孫)による本土派が増える中、党内基盤が弱い洪氏がリーダーとなった国民党が中台統一派である新党のように急速に路線転換することはありえないだろう。むしろ、民進党の暴走を監視する役割を持つようになる。単独過半数を占めて与党となった民進党も、常に民意に添った改革、変革をしていかないと国民党と同じ運命をたどる。
【翁明賢(おう・みんけん)】台湾のカトリック系大学の輔仁大学ドイツ文学学士を経て淡江大学欧州研究所修士、独ケルン大学で政治学博士取得。台湾戦略研究学会理事長、国家安全会議諮問委員などを歴任し、現職。専門は中国の国家安全戦略と政策など。
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同性婚を認める米国最高裁判決をきっかけに中華圏では同性婚の合法化をめぐり、賛否が先鋭化しつつある。とくに5月に発足した台湾の蔡英文政権は総統選で蔡氏が同性婚容認を掲げたため、与党・民進党の立法委員(国会議員)らが性的少数者(LGBT)による同性婚推進派の意向を反映する形で合法化に向けた法案準備を本格化させている。香港でも同性愛差別撤廃条例案の制定の動きが強まり、中国でも性の乱れを抑止できず、欧米型の同性婚推進や性交避妊教育の推進が市民権を得始めている。(香港・深川耕治)
同性婚を認めている国は22カ国、同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は29カ国・地域。アジアでは台湾以外にタイ、ベトナムも国会での法案審議が準備されつつある。
同性婚が認められる国・地域は以下の通り。
オランダ、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン 、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、南アフリカ、アルゼンチン、カナダ、ニュージーランド、ウルグアイ、イギリス、ブラジル、米国、メキシコ、ルクセンブルク、アイルランド、グリーンランド(デンマーク自治領)、エストニア、コロンビア、フィンランド(2017年より)
登録パートナーシップなどを持つ国・地域は以下の通り。
フィンランド、グリーンランド、ドイツ、ルクセンブルク、イタリア、サンマリノ、アンドラ、スロベニア、スイス、リヒテンシュタイン、チェコ、アイルランド、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、オーストラリア、イスラエル、ハンガリー、オーストリア、クロアチア、ギリシャ、マン諸島(英王室属領)、ジャージー諸島(英王室属領)、ジブラルタル(英国領)、マルタ、エストニア
※デンマーク、スウェーデン、ノルウェーにおいては登録パートナーシップ制度にあるカップルが同制度にとどまることは可能だが、新規にパートナーシップを登録することは不可。
アジアではこれまで同性婚が認められた国ないが、タイ、台湾あるいはベトナムにおいて法案が可決されればアジア初となる。
写真は香港での同性愛差別撤廃条例を通過させるための民主派デモ。
中国共産党一党独裁に反対し、民主化を求めるデモのはずが、2014年7月1日の民主化要求デモでは、先頭に同性愛差別撤廃を求める巨大なレインボー旗が広がり、民主化デモを完全に乗っ取る形になったため、同デモに毎年参加していた、同性愛に反対するカトリック香港教区の陳日君枢機卿らは2016年のデモに参加することを取りやめた。