情欲に溺れ死ぬたぬきは未来の作者自身か?
太宰氏の「カチカチ山」では、美少女うさぎの慕っていたお婆さんを酷い目に遭わせたタヌキに彼女が仕返しをするというのが主軸である。「カチカチ山」は子供の頃に絵本で読んだ記憶があるくらいで、うさぎが人間で言うところの見目麗しき娘であるとか、たぬきが同じく薄汚い中年男とか姿かたちに関する詳細な描写はなかった覚えがある。
嫌われないように卑しい所作を隠そうとするが、本能には逆らえずに表に出てしまう愚かなたぬきである。そして、話の端々から矛盾が生じてバレバレにも関わらず年齢もごまかして美少女うさぎに近づいて好かれようとする。それどころか好かれているとの自惚れさえある。鈍感なたぬきは、度重なる仕返しにも気づかないで最後は泥舟に乗って溺死するのである。
史実によれば、太宰治と言う人は異常なほど何度も自殺を試みているらしい。しかも異性との心中もあって、その度に生き延びていたが最後の心中では意図が叶ったか逃れようとするも脱出不可能だったか、どちらにせよ玉川上水路にて彼の生涯は終わったそうである。
そこで、美少女うさぎを愛人に、泥舟に乗って溺死したたぬきを太宰氏に置き換えると「カチカチ山」はかなりシニカルな話に読める。違うと言われるだろうし、違うとは思うが自惚れではなく本当に惚れられていたからこそ、最後に現れた運命のうさぎは自らと共にたぬきを情念の沼に引きずり込んだ、そんな風に太宰治の心中事件を想像しながら読み終わった。
借り物で名をあげたのは誰?
「舌切雀」も何やら男と女の関係が主題になってしまっている印象。大して所帯に興味もない男が独り身では不自由だからと世話する女をあてがわれ、形式上は夫婦ではあるが、男は相も変わらず妻に関心がない。妻の方は全く逆であって、一向に振り向いてくれない夫が恨めしい。
そんな素っ気ない男が何やら嬉しそうに話している気配があるのを妻は気づく。どうやら若い女の声がする。「こんなに尽くしているのに私には見向きもしないで、浮気相手がいるんだわ。」とばかりに問いつめると、相手は雀だと言うのである。「そんな馬鹿な話があるかい!」と思いつつ、それらしい雀とやらを捕らえては舌を切り取ってしまうのである。
読み返していないので、ここまでがそしてこの後も正確かどうか怪しいが、やがて男は雀のお宿に導かれて帰途に着く前にお礼に駕籠を受け取ってくれとせがまれる。しかし、荷物になりそうなそれを嫌った男は稲の穂を代わりにと土産のつもりで持ち帰るのである。こんな冬の寒い時期にあるはずのない稲穂を夫が持ち帰ったのをみて「何処へ行ってたの?」と問いつめる妻である。
「そんな訳あるかい!」と反論するも、言われた通りに行ってみると確かに雀のお宿は存在した。泉鏡花風に書けば要するに魔窟みたいな領域だろう。夫と同じく妻も持ち帰りを促され、予定調和のごとく件の駕籠のうちで最も重いのを選んで帰路へ向かう妻であったが、あまりの重さに背負ったまま倒れては立ち上がれずに哀れ凍死体で発見されるのだった。
駕籠には金銀財宝ざっくざっくであり、それは遺族である夫の財産となる。それが効を奏したからか世捨て人さながらだった男はそれから名を成して世に尊ばれる人になるのである。「こうなれたのも亡くなった妻のおかげ。あれにはずいぶんと苦労をかけた。」なる皮肉っぽい一文で終幕。
お伽草紙執筆より後年に一躍流行作家として名を成したのが「斜陽」だとすれば、先の「カチカチ山」と同じく、この「舌切雀」も未来予知の匂いがするのである。同作品の種本とされる日記を提供したのは太宰氏の愛人であり、「流行作家になれたのも**のおかげ。彼女には悪いことをした。」と言えそうだからである。色男よろしく日記目当てに近づいて、目的を達すればバイバイらしき図式が見えそうである。
太宰治をよく知らないのに非礼に過ぎるかもしれないが、彼は生き残り、心中相手だけが亡くなってしまったという限りなく黒に近いグレー事件を題材にした初期の「道化の華」も似たようなもの。他にもオンナから得た種本や体験が作品に結実した事例がきっとあるに違いない。世にも比類なき天才ろくでなしここにありとでも言うべきか、太宰初心者としてまだまだ興味深く読めそうである。


































































