foo-d 風土 -35ページ目

foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

 

今はコスモスが丁度満開になる時期

3月14日ホワイトデーに始まった愛から半年たった日に、恋人同士がコスモスを添えたプレゼントを交換して愛を確かめ合う日といわれています。

 僕も彼女と一緒にコスモス群生を歩き 一輪手折って 渡した

  遠い空の彼方の思い出です。

 原産は熱帯アメリカで、メキシコからスペインに渡りマドリード王立植物園に送られ「コスモス」と名付けられます。

 日本に渡来したのは、明治 12 年頃に東京美術学校の講師として赴任したラグ-ザという人によってヨ-ロッパから伝えられ「秋桜」と銘々されます。

 読み方は、「あきざくら」又は「しゅうおう」です。

 今では「秋桜」と書いて「コスモス」と読むのが一般的ですが、「薔薇」をローズとは読まないように、「秋桜」をコスモスとは読みません。

「コスモス」と読むようになったのは、昭和52年18歳の山口百恵が歌った「秋桜」の作詞作曲をしたさだまさしが「秋桜」を「コスモス」と読ませたところから始まりました。

いい歌で僕もコスモスを見ると自然にメロディが浮かんできてしまいます。

 

♫淡紅(うすべに)の

 秋桜(コスモス)が秋の日の

  何気ない 陽溜(ひだま)りに揺れている

この頃 涙脆(なみだもろ)くなった母が

庭先でひとつ咳(せき)をする♬

 

「今では「秋桜」を何の疑問もなく「コスモス」と読むようになりました。

 …………………………

「コスモス」が食べられるのをご存知ですか?

香りはシュンギクに似ていて、味はキクのように苦みがあります。

 私の「恵那の野山の 蕎麦懐石」ではこの秋桜が咲いている今だけのお楽しみで、秋桜の花びらだけをアレンジしてアミューズやアペリティフでお客様にお出ししています。

 

 秋桜の

  花びらの味

   恋の味

 淡くやさしき

  想いを胸に

 

 

秋風に

 海の憂鬱

   まといきて

  三すじ衣に

   託す不二山

 

 

 中津川市にある麹を使った料理店
 麹は日本古来の甘酒や味噌、醤油、漬物、日本酒など日本の食文化を担ってきた重要なものであり、調味料でも様々使える。そして発酵食だから健康にすごく良いのです。
麹料理 こちらではどんなものが食べられるのかどんな味なのか行ってみました。
 実を言うと、現在の店ではなく、引越しする前のお店に一度麹料理のお店があるというので8年位前に興味を持って一度行ったことがありました。その時は、家庭の料理上手な方が麹を使った料理という感じだったのでまあこういうものかと思っただけでした。
 今回 コロナ騒ぎを乗り越えて8年も続いているのだからどんな感じになっているのかな?っとお邪魔して見ました。
メニュー
こうじの恵みランチ1150円
こうじの恵みランチ ミニ600円 ミニミニ400円
こうじの恵み弁当1000円
3種類ですが、実質一種類ですね。
デザート
コーヒー・紅茶100円
甘酒フローズンヨーグルト400円
自家製シロップ400円
 ワンプレートランチでメインが日替わりで唐揚げやハンバーグに変わる様です。
 
左から
切り干し大根
昆布の炊いたの
納豆と人参と麹の煮物
卵焼き
おひたし
トマト
唐揚げ
中央に大豆の煮物
デザート付き
ほぼ全ての料理に麹、塩麹、醤油麹などが使われています
 
お味噌汁も発酵食品
お味噌汁は、茄子、油揚げ、榎茸
ご飯は白ご飯。 大盛り 中 小とあり、小をお願いした。
納豆と人参と麹の煮物
クラッシュした納豆。 粘りがありお箸では取りにくいがいい味をしている。
 切り干し大根はヒジキ、人参、蒲鉾か竹輪が入っている。
美味しい。
蒲鉾か竹輪は入っている量が少なめで、魚の練物特有の生臭みや生臭い匂いが出ていなくてよかった。塩麹で味付けをしているので、麹の作用で生臭みが幾分消えたのだろう。
デザート 甘酒フローズンヨーグルト
美味しくいただきました。 
8年という年月を経て 素晴らしく美味しくなっていました。
 この味で1100円とは!
とても安いですね。4割アップ1500円でも十分だと思います。
コーヒーを付けても1200円
美味しくて栄養バランスも良く健康食
素晴らしいですね。
 …………………………
 ご飯について
白いご飯も銘柄や炊き方によってすごく美味しいものですが、
今回の様に麹を使った様な大地の味に近い料理にはミネラル感のないサラッとした味の白米より、雑穀米や玄米入り、古代米、押し麦入り等ミネラル感のあるご飯の方が相乗効果で料理ももっと美味しくなっただろう。
 一番合うのは黒米や赤米等の古代米で炊いたご飯だが、これで食べると本当に美味しい高級料理になりますね。コストがかかりすぎるのであれば古代米を減らすか、白米に玄米30%くらい混ぜただけでもプリッとした食感とミネラルアップで美味しくなる。(三分搗きの玄米より白米に玄米3割の方が食感も良く美味しいです)
余談ですが
 最後にコップの水を飲もうとした。
コップは透明で傷もなく硬くてガラスの様で分からなかったが唇に触れた瞬間プラスチックだというのがわかった。たった唇に触れただけだが水が不味い。唇は特に敏感だから飲み物の器はガラスや陶磁器に限りますね。
 ワインを飲む時ワイングラスの形状で味が全く変わると言うことをご存知の方も多いと思いますが、プラスチックとガラス程の差は出ません。
 …………………………
こうじキッチンこぎちゃん
中津川市茄子川2033-1
営業時間:11:30~14:30(14:00ラストオーダー)
休業日:日・月・火 祝祭日

 

染めと織の万葉慕情75

  紐解かず

   1983/09/16 吉田たすく

 

 下紐の歌のつづきです。

共寝の朝、互に結びあって別れて行きつぎの夕、解きあう紐です。 翌日なり、数日後までの結びならばよいのですが、長い旅出の時など二人で結びあう気持ちはどんなだったでしょう。 その草枕の旅の夜長、妹は郷でまっている。 一人わびしく丸寝をして、妹を偲ぶ歌があります。

 

 

 うつせみの 世の人なれば 大君の 御命畏み 磯城島(しきしま)の 倭(やまと)の国の 石上(いそのかみ) 布留の里に紐解かず 丸寝をすれば わが着る 衣はなれぬ 見るごとに 恋はまされど 色に出れば 人知りぬべみ 冬の夜の あかしも得ぬを 寝()も寝() ずに われはそ恋ふる 妹が直香(ただか)

 

 「うつせみの世の人なれば 大君のみことかしこみ」の歌い出しは、笠朝臣金村(かさのあそんかなむら)の幾度も使う銘句です。

 この世の人ですから(平凡な私ですから)、大君の仰せをかしこみ承って、大和の国の石上の布留の里(今の天理市)に赴任して、妻も居ないから一人寝で、紐も解かず丸寝をしていると、衣はよれよれになってしまって、それを見るごとに妻恋ふ心はまさるけれども。その思いを顔に出せば、人に知れるだろうから。明しがたい冬の夜を、ちっとも眠らないで私は妹()を、その人自身を恋いこがれているのです。

 

 奈良の都からそんなに遠くでもない所であるのに、こんなに恋いしく思うのですという反歌が次につづきます。

 

 布留山ゆ

  直に見渡す

    京(みやこ)にぞ

寝()も寝()ず恋ふる

  遠からなくに

 

もとの歌に

()も寝()ずに われは恋ふる」

反歌に

「寝()も寝()ず恋ふる」と同意、同音の詞がつづき、恋ふる、ふる、と妹を思う気持ちが切々と詠われています。

 

もひとつ反歌

 

 吾妹子(わがもこ)

  結びてし紐

    解かめやも

   絶えば絶ゆとも

    直(ただ)に逢ふまでに

 

 わが妻が旅立の朝わが腰に結んでくれた下紐、私は解こうか、いや(あそびめなどのために) 決して解きはしない。もし紐がよれよれになって切れるならば、切れることがあろうとも京へ帰って妹に逢うまでは。   純情そのものの妻恋歌です。

 

 その表現の媒体として、紐を使っているところに直接的で、まよいもなくそのものズバリの詠い方。 気持ちが滑らかに読者に伝わって来るのです。 現代の恋歌にはまねの出来ない歌です。

 

 万葉の若者は皆このように純情であったのでしょうか。私にはわかりませんが、とにかく紐を詠った歌がたくさんあるのです。

 

                        (新匠工芸会会員、織物作家)

 

染めと織の万葉慕情74

  紐の片方ぞ床に落ちにける

   1983/09/09 吉田たすく

 

 

 下紐の歌のつづきです。

 夫婦が互に結び合いって別かれ、また会う夕に互に解き合う腰膚にじかに結ぶ紐であれば、人目にはふれない内証の紐であるので、どのような布で作られていたのか知りたいところです。

 この数ある紐の歌の中に、「高麗錦」という文字が紐の上についている歌が数首あるのです。 先週ものせましたが

 

 高麗錦

  紐解き交はし

    天人の

   妻問ふ夕ぞ

    我も偲ばむ

 

のように「こまにしき、ひもときかわし」というのです。

 

 では高麗錦とはどんな裂なのでしょうか。 高麗は朝鮮半島の国で奈良時代の前に大陸文化をもたらした国の名前です。 つまり舶来の奉麗で優美な錦の裂の事を高麗錦と言っています。これに対し日本古来の織物の事は倭文(しづ) と言っています。

 倭文紐という言い方の歌は一首もありませんが、倭文の粗末な紐で結び合ったまずしい夫婦もあったと思います。

 人目にふれない夫婦だけの契りのしるしなのに、舶来の高級織物の裂で紐を作って使っているのもある、ということは、現代の婦人が人目に見えない下着のファッションに、 大変手のこんだ刺繍やレースが使われるのと同じおもいがあったのでしょう。

 そんなに高級な組を使っていても人生はままならない事があるのです。

 

 高麗錦

  紐の結びも

    解き放 ()けず

  斎(いわ)ひて待てど

   験(しるし)なきかも

 

 心こめて結び合った高麗錦の紐も一度も解き放たないで、潔斎をして清よく待ってるけれども主のおいでのしるしがない事です。

 もっともっと思いをこめて詠った歌もあります。

 

 高麗錦

  紐解き開けて

    夕だに

   知らざる命

    恋ひつつかあらむ

 

 こまにしきの下紐を解きあけてあなたのおいでをお待ちしているの。 夕まで知れない命で恋いこがれている私なのに。

 

  こんな歌もあります。

 

 紐解きあって共寝したと人々のうわさばかうるさくて、実は何事もないのに

 

 垣ほなす

  人は言へども

    高麗錦

   紐解き開けし

    君ならなくに

 

 こんな話が出るならばいっそ紐を解けばよかったのになあ。

 

 またこんな楽しいほのぼのとした歌あります。

 

 高麗錦

  紐の片方ぞ

    床に落ちにける

   明日の夜

    来なむと言はば

    取り置きて待たむ

 

「こまにしきのあなたの紐が片方 床の上に落ちてましたよ。おわすれてすよ。 明日の晩来るとおっしゃれば、取って置いてあげるわよ。 わすれないでおいでになってね」

 

 この歌は万葉時代に電話があっての会話のようで愉快な歌です。 当時夫婦は別々の家に生活して居て夜だけ、女の家に通って行ったのです。

 

         (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 …………………………

 

『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food  風土」の中の、テーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

 https://ameblo.jp/foo-do/theme-10117071584.html

 

 

 …………………………

吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタピストゥリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

 

昔 名古屋駅前の中央郵便局の前のビルで働いていた頃、昼食によく通った懐かしい界隈のビルのB1。

 

店内はカウンター8席、テーブル2席、個室2室の落ち着いた空間。

 

先回今年の1月に訪問して、今回と同じ様にカウンターでたべたが、正面に飾ってあった包丁の中に立派な鱧の骨切り包丁を見つけた。

 

 

 関西ならともかく、名古屋で鱧の骨切り包丁を持っている日本料理屋は無いかとても少なと思うので、これは、名古屋でも鱧が食べられそうだとおもい、季節の夏に来ようと決めていた再訪です。

 もう何十年も昔、名古屋に住む様になり、鱧の旬の梅雨から夏にかけて、何ヶ所か名古屋の日本料理店に行きましたが、ホロホロと口の中でとろけるようなきちんと骨切りのできたまともな鱧の湯引きや葛打ちが食べられないのです(元々名古屋には鱧の文化がなくて鱧切り包丁を持っている料理屋もないのでしかたないのですが。)

 ですから、毎年この時期になると京都へ行く仕事の後に川床や料理屋さんで食べていました。

鱧は小骨が多く、骨切りをしないと小骨が口に当たって食感が悪くなってしまうので、皮1枚を残し細かく切れ目を入れるという繊細な包丁技術が求められます。このときに使うのがこの太くて大きな骨切り包丁。

 庖丁は皮を切り離さない様にしながら皮までしっかり達するようにしつつ、一寸(3.03㎝)の幅に24本(1.26mm)以上の切り目を「ジャリジャリ」と入れていきますが、プロでも難しい技術で、「一寸につき26本(1.16mm)」入れて初めて一人前と認められるようです。しかし、それでは私は嫌で、もっと細かく30本は包丁を入れて欲しいのです。

今回は美味しい鱧が食べられそうだと期待して訪問しました。

 

お品書き

 

飲み物

 

まず 生ビール

旨いビールだ

 

次は日本酒 高千代 辛口純米 +19

すっきりとキリっとした中に米の旨みも少しあり中々良い酒だ

 

●渡り蟹 オクラ 酢橘

ワタリガニの脱皮直後のまだ柔らかい殻が敷き皿になっている

茄子が入り全体の味をまとめて なかなかいい味。

 

椀物

●鳢 玉葱 実山椒

大きく太い鱧 プリプリで美味しい 実山椒を噛むと

 

大きいと思ったら重さ1kgの鱧だといわれた

 

鱧 鱸(スズキ) 胡瓜

鱧の湯引き

 

粗塩を少し付けて

ホロホロと崩れながら皮の近くの身に腰がありいい味だ。

 

写真で箸で持っているのは、

鱧を包丁を入れないで毛抜きですべての骨を取った刺身

入店以来 大将が魚の骨抜きを懸命にされていたが、これだった。

鱧の骨はとても多くあり小骨で曲がっているからこの骨を一本づつ取るなんて大変な仕事なのに、見事に骨が全て抜いてある。 凄い!素晴らしい。

湯引きのホロホロではなく、しっかり腰のある少し甘みのある味。

鱸は鱸だね いいね!

 

 今まで、名古屋や中部地方の何十軒という日本料理屋で出された鱧を食べてきたが、この地方の鱧は骨切りもまともじゃ無いものばかりで諦めていた。

しかし、はじめて美味しいと言える鱧に遭遇した。

 

皿の縁が金継ぎ これは金箔張りの金継ぎ

 

●鰻 フォアグラ マンゴー 手巻き海苔巻き

海苔の手巻きで食べる

 肉汁が垂れてくるのを注意しながら 食べる。 美味しい。

 

だが、鰻の美味しさ+フォアグラの美味しさ=2になってほしいが1.5位

鰻だけ フォアグラだけでそれぞれ海苔巻きで食べたら1+1=2となってもっと美味しいだろいなっと思う。

 

次の酒

而今 純米吟醸 朝日

酒度等非公開 何故非公開にするかわからない。良い酒で美味しいけど、何が何でも真似をしたいと真似をしたいと思うレベルでもない同じ米おなじ酵母でどんなに似せようと思っても蔵が違えば水も桶も全て違うので味は異なってしまう。

 

●玉蜀黍の冷やし茶碗蒸し

雲丹 玉蜀黍 海苔 紫蘇の花散らし

 

●揚物

穴子 新銀杏 山椒

薄い衣を付けてあげてある

この為揚油と衣で穴子の旨みが少し消える

 

 

●箸休め

蝦蛄 イクラ 水茄子

🍺蝦蛄の氷 

シャーベット状で面白い食感

 

次は牛肉だったので赤ワインを注文 

●牛肉 万願寺唐辛子 白髪葱の素揚げ

ランプ肉に万願寺唐辛子の餡 白髪葱の素揚げ

 

牛の下腰部からとれる部位「ランプ」。赤身でありながらも旨味が強く、肉質がやわらかい。それでいてサーロインやヒレ肉よりも安いため、注目が集まっています。

 

ややあっさり系の味で赤ワインより日本酒の方が良く合った😅

 

 

 

 カウンターの中で亭主が懸命に長時間鍋を捏ねておられる、

 

 

何ですか?と尋ねたら

ワラビ粉100%のわらび餅を作っているとのこと 何十回も練って更に練って 100回などでは無いもっともっと練っていく 写真でも手元の動きが早くてブレている。とても大変な作業だ。

 

 

●蛸飯

 蛸 枝豆 生姜

美味しい 蛸が沢山入っていてちょっとご飯の邪魔 蛸の出汁だけとって 蛸は半分位でいいかな(贅沢な事)

美味しいね

 

●かき氷

スイカ パッションフルーツ マスカルポーネ レモン

 

●わらび餅

ちょっと前に亭主が懸命に100回以上捏ねていた

贅沢に本わらび粉だけで練りに練って作り上げたわらび餅

さすがあれだけ熱心に粘りが出るよう何度も捏ねられたもの、

 

トロトロですご〜く美味しい。 こんな美味しいわらび餅ははじめてだ。

これだけでも食べにきたいと思う、

この二つのわらび餅だけで1500円くらいはお支払いせねばと思うくらい おいしい。

 

●やぶきた茶の烏龍茶

色は緑茶と烏龍茶を足した感じの淡い色で、

これはとても美味しい。

 

わらび餅のお皿

金箔の満月に秋色の大地にススキ

 なかなかいい皿だね

 

 十五夜に

   尾花そよぎて

    秋待ちの月 

 

ごちそうさま おいしかった

いいお店です。

…………………………………………

 

創作和食 眞

名古屋市中村区名駅3丁目25-9
堀内ビルディング地下1階
ユニモール直結(U6

染めと織の万葉慕情73

  この紐解けと言うは誰がこと

   1983/09/02 吉田たすく

 

 

 万葉の巻第四は、全巻相聞歌でまとめられています。 恋の気もちを贈る歌と、贈られた人がこれに答える歌で構成されているのです。

先週の歌はこの中の一首ですが

又一首、紐の歌をひろってみました。

 

 獨り宿(ね)て

  絶えにし紐を

    ゆゆしみと

   せむすべ知らに

    音のみしそ泣く

 

 これは、中臣朝臣東人(なかとみのあそみあづまびと)の歌で兵部や刑部卿になった人です。 この人が阿倍女郎(あべのいらつめ) に贈った歌です。

かの女と互に結びあった紐を、二人して解きあう事もなく別々の地での生活も長く、獨り寝に結んだ紐もよれよれになって絶えて切れてしまった。不吉に感じられてどうする事も分らずにただ泣けるばかりであります、と会いたい心を歌で贈ります。

これに答えて

 

 わが持てる

  三相(みつあい)に

   よれる糸もちて

 付けてましもの

  今そ悔しき

 

 そんな事ならば、私の持っている三本より合わせた丈夫な糸で縫ってあげるのだったのに。 今になって後悔されます事。

互に結んだ紐が長い別れの間に絶え切れても心の紐は切れないようにむすばれているのです。

三相の糸でとありますが、当時の糸には木綿糸は有りませんでした。麻糸か、葛藤の糸です。

又高級なものには絹糸もありました。 この歌は貴人の歌ですから絹糸であったかもしれません。 糸をあつかう私はこんな歌が目につくのです。

 

 糸を作る場合二本コにすることはよくありますが、三相という三本コの糸はめづらしい糸と思われます。 こんな歌の中に糸の作りを知る事が出来るのです。

 この歌の次に(紐に関係はないが) おもしろい歌がありますので読んでみます。

 

 神樹(さかき)にも

  手は触るとふを

    うつたへに

   人妻と言えば

    触れぬものかも

 

 神木にさえ手を触れるといふのに、人妻というと決して手も触れてはならないものなのかなあ? そんな事、いわないでね、とちょっとふざけた歌です。

 

人妻の歌が出ましたので今一首

 

 人妻に

  言ふは誰がこと

    さ衣の

   この紐解けと

    言ふは誰がこと

 

 人妻である私にあれこれ(やさしい言葉を言うのはどなたのお言葉?この紐(主と互に結びあっている下紐)を解け(主にないしょで)と言うのは、どなたのお言葉? 万葉の紐の歌にはゆかしい色がありますが、こんなに艶っぽい歌もみられるのです。 現代の私達でも、人妻に「さ衣のこの紐解けと」言ってみたいものです。

 

                   (新匠工芸会会員、織物作家)

 

染めと織の万葉慕情72

  紐解き離けず

   1983/08/26 吉田たすく

 

 

 紐の歌のつづきです。

柿本の人の旅の歌の中の一首

 

 淡路の

  野島が崎の

    浜風に

   妹が結びし

    紐吹きかへす

 

 舟旅の途中、淡路島の野島崎にさしかかったとき、妻が結んでくれた紐を疾風が吹きかえしている。この紐が浜風に吹かれるとなると下紐ではなく襟の紐であろうという説もあるが、妻が結んだという言葉に目を向ければ、 旅の出発前に結ぶのは下の事であろうと思います。 旅から帰るまでの長い日々を一人身で結んだまま旅をつづけなければならない紐。

妻の居る家をはなれて淡路島のあたりまでやって来て浜風が家の方に吹いてゆく。私の心も家の方へなびいている。 下紐も妻のもとへとなびくのです。

 同じように淡路島をすぎて西の方へ船旅をつづけて行き、筑紫の国へおもむく旅の人、丹比真人笠麿の作った歌一首

 

 臣女(たわやめ)の 匣(くしげ)に乗れる 鏡なす 御津の浜辺に さにつらふ 紐解き離けず 吾妹子に 恋ひつつ居れば・・・()・・・白雲かくる 天さかる夷(ひな) の国辺に 直向ふ 淡路を過ぎ・・・() 荒磯のうへに 打ちなびき (しじ)に生ひたる なのり藻()が などかも妹に告()らず 来にけむ

 

 歌の最初の文字はという文字を二つ割にして臣女"と書いてあるのです。おひめさまの意らしく、たわやめと読ませています。匣櫛など入れる化粧箱。

 たわやめのもっている化粧箱の上に置かれた鏡のように美しくすんだ御津の浜辺という詠い出しです。

 

 静かな海と美しい浜辺の表現になんとも艶っぽい言葉でしょう。 その美しい浜辺で愛しい妻を恋い思うのです。

さにつらうは、妹、モミジ、紐などにかかる枕詞ですが、は丹、ツラは頬の事で、ピンク色をした乙女の頬のように美しいという意味で、そのように麗わしい紐の事です。

 旅立つ前に二人で結び合った紐、そのように美しい色の紐であったのかも知れないが、それよりも妻の結んでくれた愛情のこもった紐という意と思います。

 旅の身であるから、紐を解いて妻との共寝も出来ず、家にのこした妻を恋しく思うのです。

 

 白雲にかくれる、 田舎の国辺に真向いになる談路を過ぎて….. 荒磯に生えるナノリン(海草のミルの事)の言葉のようにナノラないで、私はどうして妻にゆっくり別れの言葉も言わないで出かけて来てしまったのだろう。今となってはくやまれてならない。という長歌ですが、

この歌の重要な句は

 

 さにつらふ 紐解きさけず 吾妹子に 恋ひつつ居れば

 

という所でしょう。 恋いしさのあまり二人の愛のしぐさである「紐解」くと言ふ言葉で詠まれているのです。

 

                      (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

染めと織の万葉慕情71

  夫婦の心を結ぶ紐

   1983/08/019 吉田たすく

 

 

七夕も盆もすぎ残暑のころになりました。

ここでまた、七夕の歌を持ち出すのはちょっと季節おくれとは思いますが、七夕の歌の中に紐(ひも)を詠った歌がありますので読んでみましょ

う。

先週は

高麗錦(こまにしき)

  紐解き交はし

    天人の

  妻問夕ぞ

   我も偲ばむ

 

 という歌でした。二人が互いに結んだ腰紐を解き交わす歌です。

 

 今日は牛(けんぎゅう)と職女がおのおのが別々に紐を詠った歌を一首ずつ取りあげてみます。

 

 ま日長く

  恋ふる心ゆ

    秋風に

   妹が音聞こゆ

    紐解き行かな

 

 昨年の秋より一年間、長い長い日数を妹を恋いして来たから、秋風のなかに妹のふるまう気配(私を恋うようす) が聞こえて来る。 いよいよ会うタがやって来た。下紐を解いてすぐにも妹をだけるようにして出発しよう。

 このようにわかりやすく書いてしまうと、万葉歌はなんとも下品なあからさまな様子を詠ってるもんだなあと思われますが、歌というものは思議なもので、紐解く"という言葉でゆかしい気持ちに読ませてくれるのです。

 

 また、その歌に織女が答えることく

 

 天の川 

  川門に立ちて

    我が恋ひし

   君来ますなり

    紐解き待たむ

 

 天の川の渡り場に立って私がお慕いしていた君のおいでになる舟の()の音が聞こえて来る。紐を解いておまちしましょう、と。織女も下紐を解いて共の用意をしてむかえるのです。

 これはたのしい二人の恋の歌ですが、これとは反対にかなしい歌をひとつ紹介しましょう。朝廷にお仕えして遠い国へ単身赴任していたが、任をおえての帰路、病で死んでいった男をかなしむ歌、挽歌(ばんか)を一首。

 

 小垣内(をかきつ)

  麻を引き干し

    妹なねが

   作り着せけむ

    白栲(しろたへ)

   紐をも解かず 

    一重結ふ(ひとへいふ)

   帯を三重結(みえゆ)

    苦しきに

   仕へ奉りて

    今だにも

   国にまかりて

    父母も妻をも見むと・・・

  和膚(にぎはだ)

   衣寒(ころもさむ)らに

  ぬばたまの

   髪は亂れて

  大夫(ますらを)

   行のまにまに

  此所に臥(こや)せる

 

 垣のうち庭で麻を作り、その麻糸で織って彼氏のために作って、別れぎわに腰に結んだ紐(また会う日まで互いに解かないと約束しあって結んだ紐)。その紐も一度も解かないでとは、単身赴任での任地で他の女との遊びもしないで一生懸命に仕えてという意味の紐。 つまり下紐の事です。

帯は衣の上にしめる飾り帯(ベルトとかバンドの事)、役所仕事に疲れ彼の体は痩衰えて細くなり、任地に行く前は一重に結んでいた帯を(少々誇張だが)三重にも結ぶようになってしまった。任務とかれたのでしょう、郷に帰って父母にも会い、妻とも会おうと思っての帰りの途中、やわらかな膚に着た衣も寒そうに美しい黒髪も乱れて、ますらをは遠い旅路でここに伏せている、というかなしい歌です。

この歌に紐と帯が詠われていて、紐は衣をとめる帯ではなく、衣服とは関係のない紐で、別れて暮らす夫婦の間の心を結ぶ紐なのです。

 

 

                           (新匠工芸会会員、織物作家)