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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情72

  紐解き離けず

   1983/08/26 吉田たすく

 

 

 紐の歌のつづきです。

柿本の人の旅の歌の中の一首

 

 淡路の

  野島が崎の

    浜風に

   妹が結びし

    紐吹きかへす

 

 舟旅の途中、淡路島の野島崎にさしかかったとき、妻が結んでくれた紐を疾風が吹きかえしている。この紐が浜風に吹かれるとなると下紐ではなく襟の紐であろうという説もあるが、妻が結んだという言葉に目を向ければ、 旅の出発前に結ぶのは下の事であろうと思います。 旅から帰るまでの長い日々を一人身で結んだまま旅をつづけなければならない紐。

妻の居る家をはなれて淡路島のあたりまでやって来て浜風が家の方に吹いてゆく。私の心も家の方へなびいている。 下紐も妻のもとへとなびくのです。

 同じように淡路島をすぎて西の方へ船旅をつづけて行き、筑紫の国へおもむく旅の人、丹比真人笠麿の作った歌一首

 

 臣女(たわやめ)の 匣(くしげ)に乗れる 鏡なす 御津の浜辺に さにつらふ 紐解き離けず 吾妹子に 恋ひつつ居れば・・・()・・・白雲かくる 天さかる夷(ひな) の国辺に 直向ふ 淡路を過ぎ・・・() 荒磯のうへに 打ちなびき (しじ)に生ひたる なのり藻()が などかも妹に告()らず 来にけむ

 

 歌の最初の文字はという文字を二つ割にして臣女"と書いてあるのです。おひめさまの意らしく、たわやめと読ませています。匣櫛など入れる化粧箱。

 たわやめのもっている化粧箱の上に置かれた鏡のように美しくすんだ御津の浜辺という詠い出しです。

 

 静かな海と美しい浜辺の表現になんとも艶っぽい言葉でしょう。 その美しい浜辺で愛しい妻を恋い思うのです。

さにつらうは、妹、モミジ、紐などにかかる枕詞ですが、は丹、ツラは頬の事で、ピンク色をした乙女の頬のように美しいという意味で、そのように麗わしい紐の事です。

 旅立つ前に二人で結び合った紐、そのように美しい色の紐であったのかも知れないが、それよりも妻の結んでくれた愛情のこもった紐という意と思います。

 旅の身であるから、紐を解いて妻との共寝も出来ず、家にのこした妻を恋しく思うのです。

 

 白雲にかくれる、 田舎の国辺に真向いになる談路を過ぎて….. 荒磯に生えるナノリン(海草のミルの事)の言葉のようにナノラないで、私はどうして妻にゆっくり別れの言葉も言わないで出かけて来てしまったのだろう。今となってはくやまれてならない。という長歌ですが、

この歌の重要な句は

 

 さにつらふ 紐解きさけず 吾妹子に 恋ひつつ居れば

 

という所でしょう。 恋いしさのあまり二人の愛のしぐさである「紐解」くと言ふ言葉で詠まれているのです。

 

                      (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

染めと織の万葉慕情71

  夫婦の心を結ぶ紐

   1983/08/019 吉田たすく

 

 

七夕も盆もすぎ残暑のころになりました。

ここでまた、七夕の歌を持ち出すのはちょっと季節おくれとは思いますが、七夕の歌の中に紐(ひも)を詠った歌がありますので読んでみましょ

う。

先週は

高麗錦(こまにしき)

  紐解き交はし

    天人の

  妻問夕ぞ

   我も偲ばむ

 

 という歌でした。二人が互いに結んだ腰紐を解き交わす歌です。

 

 今日は牛(けんぎゅう)と職女がおのおのが別々に紐を詠った歌を一首ずつ取りあげてみます。

 

 ま日長く

  恋ふる心ゆ

    秋風に

   妹が音聞こゆ

    紐解き行かな

 

 昨年の秋より一年間、長い長い日数を妹を恋いして来たから、秋風のなかに妹のふるまう気配(私を恋うようす) が聞こえて来る。 いよいよ会うタがやって来た。下紐を解いてすぐにも妹をだけるようにして出発しよう。

 このようにわかりやすく書いてしまうと、万葉歌はなんとも下品なあからさまな様子を詠ってるもんだなあと思われますが、歌というものは思議なもので、紐解く"という言葉でゆかしい気持ちに読ませてくれるのです。

 

 また、その歌に織女が答えることく

 

 天の川 

  川門に立ちて

    我が恋ひし

   君来ますなり

    紐解き待たむ

 

 天の川の渡り場に立って私がお慕いしていた君のおいでになる舟の()の音が聞こえて来る。紐を解いておまちしましょう、と。織女も下紐を解いて共の用意をしてむかえるのです。

 これはたのしい二人の恋の歌ですが、これとは反対にかなしい歌をひとつ紹介しましょう。朝廷にお仕えして遠い国へ単身赴任していたが、任をおえての帰路、病で死んでいった男をかなしむ歌、挽歌(ばんか)を一首。

 

 小垣内(をかきつ)

  麻を引き干し

    妹なねが

   作り着せけむ

    白栲(しろたへ)

   紐をも解かず 

    一重結ふ(ひとへいふ)

   帯を三重結(みえゆ)

    苦しきに

   仕へ奉りて

    今だにも

   国にまかりて

    父母も妻をも見むと・・・

  和膚(にぎはだ)

   衣寒(ころもさむ)らに

  ぬばたまの

   髪は亂れて

  大夫(ますらを)

   行のまにまに

  此所に臥(こや)せる

 

 垣のうち庭で麻を作り、その麻糸で織って彼氏のために作って、別れぎわに腰に結んだ紐(また会う日まで互いに解かないと約束しあって結んだ紐)。その紐も一度も解かないでとは、単身赴任での任地で他の女との遊びもしないで一生懸命に仕えてという意味の紐。 つまり下紐の事です。

帯は衣の上にしめる飾り帯(ベルトとかバンドの事)、役所仕事に疲れ彼の体は痩衰えて細くなり、任地に行く前は一重に結んでいた帯を(少々誇張だが)三重にも結ぶようになってしまった。任務とかれたのでしょう、郷に帰って父母にも会い、妻とも会おうと思っての帰りの途中、やわらかな膚に着た衣も寒そうに美しい黒髪も乱れて、ますらをは遠い旅路でここに伏せている、というかなしい歌です。

この歌に紐と帯が詠われていて、紐は衣をとめる帯ではなく、衣服とは関係のない紐で、別れて暮らす夫婦の間の心を結ぶ紐なのです。

 

 

                           (新匠工芸会会員、織物作家)

染めと織の万葉慕情70

  下紐の歌

   1983/08/12 吉田たすく

 

 

 袖と手本(たもと)の歌がずい分続きましたが、今日から当分の間“紐"(ひも)の歌をのせたいと思います。 染織品の歌を万葉からひろってみますと、衣の歌のほか袖、手本、裳()、裾、服、帯、衾(ふすま)、領巾(ひれ)などあらゆる服装の部分が恋歌に詠われています。衣や袖は今まで取りあげたように沢山ありましたが、これからとりあげる紐の歌の沢山あるのには驚きます。なんと万葉集の中に百首近くの紐の歌がのせられています。

 同じ言葉を扱った歌の中でこんなに沢山あるのは珍しい事です。 どうしてこんなに沢山の紐の歌がのせられているのか、その理由はこれから歌を詠みながらわかっていただけると思います。

 

 紐という衣服の一部が当時の生活に、愛人どうし、特に夫婦間では重要な意味を持っていたように思われるのです。

 今の生活での紐というと、物をくくる紐、荷造りに使うビニール紐くらいにしか思われませんが。

 万葉ではそのような紐の歌はひとつもありません。紐といえば必ず腰に結ぶ紐の事です。 そうすると衣の上を、又は裳(今のスカート)の上をとめるベルトかバンドのようなものとも取れますが、このように衣服の上にとめるものは帯なのです。帯の歌は別にあります。

当時は玉や金を使った美しい彫刻したバックルのついた帯です。 帯の歌は又別にあります。 そうすると紐とは何かということになります。 紐の上にはという字のついている歌がかなりあるのです。”(したひも)と読みます。 下紐というと衣服の内側に結ぶ紐という事になります。そうすれば、パンツかステテコの紐かと想像されます。

 ところが男性の歌にも女性の歌にも紐の歌がありますが、どうも男性のパンツもステテコも、女性のブルマもパンティーの紐でもなかったようです。それらの歌は一首も見当たりません。 それなのに紐の歌が、下紐の歌が百首近くもあるのです。なんとも興味をそそる紐なのです。男も女もパンツもパンティーに関係なく紐を結んでいたようです。 又、その紐を互いに解きあってもいたのです。

 

 先にも言いましたように特に夫婦である御両人には紐は特別な意味を持っていたもののようです。 衣服の内の素膚の腰に紐を結んでいたのです。 結んでいたというよりも互いに結び合いをしていたのです。

 

 思わせぶりを言っていないで紐の歌を詠んでみましょう。

 

 高麗錦(こまにしき)

  紐解き交はし

    天人の

  妻問夕ぞ

   我も偲ばむ

 

 この歌は七夕の歌の中の一首です。 天人(牽牛(けんぎゅう)、織女)が高麗錦(大陸で織られた高級織物)で作った紐を互いに解き交わしとは、今まで相手の腰に紐を結びあっていた紐を互いに解きあって、いっしょに寝るのは今夜ですぞ、私たちも紐を解いてあやかろうと何ともほほえましい歌ですね。

 ところで牽牛と織女が互いに解きあった紐に意味があるのです。 一年前のこの夕も紐を解きあって二人でうま寝をしたのでしょう。その翌朝、別れるきわに互いに新しい紐で相手の腰を結んで牽牛は天の川を渡って別れて行ったのです。その紐を今日の夕、互いに解きあうのです。 紐とは何を意味していたのでしょうか。

     (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

染めと織の万葉慕情余話 5

    結ぶということについて 2023年8月24日

   

 父の書き進んでいる「染めと織の万葉慕情」は100稿のうち次回70稿から18回にわたって「紐」に関する歌が掲載されます。

「紐」とは主に結んで使うものであり、重要な要素ですので「結ぶ」という言葉を調べてみました。

 

 

「結ぶ、結び」は、人の日常生活に密接な言葉であり繋ぐという意味も含んでいて、日本の神事にもかかわる重要な言葉であり、日本人は古代から「結ぶ」という言葉に特別な思いを抱いているようです。

 紐を結ぶ、印を結ぶ、縁結び、夫婦の契りを結ぶ、願いを込めておみくじを「結ぶ」、神社のしめ縄で幾重にも結ばれた縄で結界を張ったりと、数え上げればきりがありません。

 

 

「結び」という言葉のルーツは、日本神話に出てくる「産霊」(ムスヒ・ムスビ)といわれています。

 

それは生命の誕生にかかわる言葉で

 

「ムス(産)」には「生(ム)す」、「産(ム)す」で生まれる、発生するという意味で、草や苔が茂って繁殖する意味でもあります。

「ヒ(霊)」には“神霊の神秘的な働き”という意味があり、ムスヒ(産霊)とは、「結びつくことによって神霊の力が生み出される」ことだと解釈されています。

 

従って男と女が結ばれて生まれた男の子はその「産(ム)す」に男性を表す「子」がついて「産(ム)す子」になり、女性は「産す女」になりました。

 更に産れた子は生きている。生きているものは息をするから息子ですね。

 

 

            (参考 中西進「日本語のふしぎ」その他様々な資料より) 

 

天地創造について

 

 『古事記』は712年、『日本書紀』は720年に完成した歴史書ですが、

日本最古の歴史書である『古事記』の冒頭には

 

「天地(アメツチ)初めて發(ヒラ)けし時

 高天原に成りし神の名は

 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)

 高御産巣日神(たかみムスヒのかみ)

 神産巣日神(かむムスヒのかみ)

 この三柱の神は

 みな獨神と成りまして

 身を隱したまひき」

 

   と記されています。

 

 

 

天地(アメツチ)初めて發(ヒラ)けし時とは

 ビッグバンが起き宇宙が出来てまだ間もない天も地もなく混ざり合っていた空間が、天と地に初めて分かれた時。

 

高天原に成りし神の名はとは

 森羅万象、大自然の中から神が成り(生まれ)ます。

 

 科学の進歩で、現代の我々はビッグバンから天地が生まれ、やがて海底の地殻の割れ目からマグマが噴出するとミネラルを多分に含んだ高温の水が出来、46億年昔に生命(バクテリア)が出現し、バクテリアが進化し動物や人間が生まれたということがわかりますが、2千年前古墳時代の口承神話を元に書かれた古事記の時代にどうしてこの事実がわかったのでしょうね。

 

「成りし神」大自然の中から神が成る(生まれる)のです。 自然の一部として生まれる三柱の神。そして自然の中から八百万の神が生まれ、大地も人も動物も何かしら自然の力で生まれます。だからこそ目に見えないものの働きを大切にして敬ってきました。日本で最長の12000年も続いた縄文時代も自然を敬い、生まれ、生き、死んでいく摂理を大切にしていたのでしょう。争いがなく、武器すら存在しませんでした。これが日本です。

 

 他方キリスト教やイスラム教、ユダヤ教の基である旧約聖書の創世記には次の様に記されています。

 

 はじめに神は天と地とを創造された(つまり、宇宙と地球を最初に創造した)。からはじまり、空、大地、海を作り、地に植物を、4日目に太陽と月と星を作り、魚と鳥を作り、6日目に獣と家畜、そして神に似たアダムとイヴという人間を作ります。

 神が万物の創造主であり唯一絶対無二の存在ですから、日本の様に自然から神が生まれた自然の中に神が宿るという考えは欧米人には理解できないようです。神よりも自然を大事にしてはいけません。聖書の解釈の違いで古代から争いが絶えず、肉食人種ですから殺し合いになります。神の名の下に権力が集中します。教会やそれを取り巻く権力の言いなりにならなくてはいけません、神(権力)に少しでも逆らうものは罰せられ、痛めつけられたり追放された歴史。

ですから、現代に至るまで争いや戦争が無くなりません。

 

  神は絶対神ではなく、自然第一で、縄文時代から戦争を知らず和をもって尊しとする倭の国日本ですが、古代から海外との交流が増えていくに従い、更に欧米との交流が密になるに従い、大きな争いをする国になってきて、更に現代は、建国以来戦争を誘発させ続けて儲けてきた最大国の子分に成り果て、戦支度を始める国になっています。

 もうそろそろ 国同士のエゴによる結びつきではなく、大自然と深く結び合う日本民族の原点に戻る時期だと思います。

 

ちょっと横道へ逸れてしまいましたね。

 さて、本題に戻って。

 

 天之御中主神は、「宇宙の中心(ミナカ)で宇宙を一様に統一している目に見えない本質」

高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)と神産巣日神(カミムスヒノカミ)の違いは陰と陽の違いで、「タ」がある方が高くあらわれ多く広がるということから陽の働き、ない方が陰の働きです。
この2柱の神名にも「ムスヒ」が見えることなどからも、「天地万物を生成する霊妙な力をもつ神霊」とも定義されています。

いかに「産霊」ムスヒ・ムスビが大事にされてきた観念であることがうかがえます。

 

 

 万葉集では草の根や松の枝を結ぶという用例もありますが「紐を結ぶ」という表現が特に多くみられます。

 

古代、男女が旅などで別れ別れになる時、下紐をお互いに結び合わせ、再会した時に解き交わすという習俗がありました。

お互いの魂を紐に結びこめて不変の愛情を誓い、一人で勝手に解くのは他の相手と関係することを意味していたのです。

 

 

 

 ふたりして

  結びし紐を

   ひとりして

  我(あ)れは解きみじ

   直(ただ)に逢ふまでは 

 

       巻12-2919 作者未詳

 

「解きみじ」の「みじ」は「見じ」で「かりそめにも解いてみたりはしない」の意です。

現代語訳

あの子と二人で結び合った着物の紐。再会するまでは決して一人で解いたりはすまいぞ。その紐を。

あなたと二人で互いに結んだ下紐をあなたに逢うまでは、けっして解くまいと思います。

 

 

 筑紫なる

  にほふ子ゆゑに

   陸奥(みちのく)の

  かとり娘子(をとめ)の

   結(ゆ)ひし紐解く

      巻14-3427 作者未詳

 

 筑紫の美しい女のお蔭で故郷かとりに住む恋人が結んでくれた紐をとうとうおれは解いてしまったよ

防人に派遣された陸奥男の歌。

 

当時防人の任期は3年。故郷から遠く離れている男は寂しさを紛らわすためついつい魅力ある筑紫女に心を奪われ禁を破ってしまったのでしょう。男の偽りのない心情を吐露した一首です。

 

 これらの歌の紐とは、多くの学者や研究者が、肌着の下紐や着物の紐の如く解釈していますが、様々読んで見ますと、約束の期日や再会するまでは解かない約束の紐ですから、着物や肌着を脱ぐときに解かないで済むものでなければなりません。

ですから、下着の紐でも着物の紐でもなく肌に直接結んだ紐だと思います。(これについては和歌が残っているだけで実際の紐も資料も見つかっていなくてまだ解明されていません。今後の歴史的発見を待ちましょう)

 

 結び方も前結びの紐、リボン状のもの、腰紐のようなものなど諸説ありますが、約束の結びの紐ですから簡単に溶けてしまっては困るので、特殊な縛り方や、止め方をしていたとおもいますが、これも今後の歴史的発見を待つしかありません。

 

 

歴史とは過去を巡りながら未来を想わせる素晴らしいものですね。

すじ雲の

 刷毛で追われし

     夏の雲

 

 

すじ雲は秋に現れる刷毛で軽く掃いたような雲です

歳時記の今

 処暑とは暑さが止むと言う意味ですが、残暑はまだまだ。

一雨ごとに涼しくですね。

夏雲の

  風の誘いに

    秋あかね

    〈周之介〉

 

箱根ガラスの森美術館2023.6.19

  備忘録として

 

箱根ガラスの森美術館は、緑豊かな箱根仙石原にある日本初のヴェネチアン・グラス専門の美術館です。

庭園は生きている花たちとガラスの花を組み合わせたものや、ガラスのオブジェなどを多用したヴェネチアン風の庭園でした。

 

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箱根ガラスの森美術館より、ヴェネチアン・グラスとは

紺碧のアドリア海に面した北イタリアの水の都ヴェネチア。ヴェネチアン・グラスは、古代ローマ時代のローマン・グラスにその起源を発するともいわれ、当時すでにイタリア半島全域には多くのガラス工房が作られていました。ガラス生産の中心地は、1291年の「ガラス製造業者および工人・助手、家族等のすべてをムラーノ島に移住させ、島外に脱出する者には死罪を課す」というヴェネチア共和国の強力な保護政策により、ヴェネチアの本土であるリアルト島から隣のムラーノ島へと移ります。そして今日に至るまで、ムラーノ島はヴェネチアン・グラスの中心地であり、ムラーノ島の人々は、ヴェネチアン・グラスと運命を共にしてきました。

 箱根のポーラ美術館で開催中の「部屋のみる夢ボナールからティルマンス、現代の作家まで」展

パンデミック下で誰もが見つめ直した“部屋”という空間をテーマにキュレーションされた展覧会で、19世紀から現代に至るまでの様々なアーティストが切り取った作品が集結しています。

その中に、現代の写真家で一番注目されているヴォルフガング・ティルマンスの作品も10点陳列されていました。

 

 (ヴォルフガング・ティルマンスは1968年、西ドイツ、レムシャイト生まれ。現在、ベルリンとロンドンを拠点に活動する写真家です。

2000年にはイギリスの現代美術でもっとも重要な賞の一つとされる、ターナー賞を受賞しています。

 今年の6月11日までフォンダシオン ルイ・ヴィトン(パリにあるルイ・ヴィトン財団の美術館)が主催した「Hors-les-mur(壁を越えて)」プログラムの一環として、東京のエスパス ルイ・ヴィトンでもドイツ人アーティストのヴォルフガング・ティルマンスによる個展「Moments of life」が行われていました。)

 

 

 

 

 

 

 

himmelblau(スカイブルー)

 

以下のものはこの展覧会にはなかったのですが、ネット投稿されていたティルマンスの作品から3点。

 

 

 一般的に写真というものは二次元的で平面的なイメージになり易いのですが、ヴォルフガング・ティルマンスの写真は三次元に近いというか立体的な奥行きがありますね。

 

 

特にこの「himmelblau(スカイブルー)」という作品、

ちょっと変わった場所ですが、モノトーンとブルー

 カラーバランスといいすべてを計算し尽くした様な構図。 イイですね。

 

 このスカイブルーのドアを開けると

    どんな世界が開けるのでしょう

 

 

 帰りに、ミュージアムショップに寄ってみました。普通のところのミュージアムショップはどこに行っても似たり寄ったりのものが多いのですが、ここは流石ポーラ美術館、センスの良いものがあります。

 

なんと、あの気に入ったティルマンスの作品himmelblau(スカイブルー)がプリントされたTシャツがありました。

白と黒の半袖があり、首の後ろに同じスカイブルーでティルマンスの名前と作品名が大きすぎず小さすぎない大きさでさりげなく入れてある。

 ロゴもなかなか上手な入れ方ですね。

丁度ターコイズかスカイブルーのTシャツを探していたので、秋などにもインナーとして私のワードローブとコーディネートし易いと思い黒いTシャツをゲットしました。

 

家に帰って

 

 

同じカラーフレームのメガネを合わせ

 

早速試着。

 

このスカイブルーのドアを開けると

   どんな世界が開けるのでしょう

 

このドアを開けてあたらしい世界に入った次は

 

 

そして、

 ちょっとイタズラ。

 

ドアの向こうに

 新しいドアを描き入れました

 

また別の世界へ続くドア

 このドアの向こうは

  何があるのでしょう

 

  6月16日から3日間にかけての小田原と箱根の美術館巡りは、交通渋滞もあり小田原の江の浦測候所へ5時間もかかって しまい初日はここだけになってしまい→小田原泊まり

翌日小田原城→芦ノ湖→岡田美術館→オーベルジュオーミラドーでディナー

19日ロープウェイで大涌谷→竹やぶ箱根店で蕎麦→ポーラ美術館→箱根ガラスの森美術館

 

食事は毎回美味しそうなところを探して予約を入れて行くのですが、小田原で夜行った店はお造りは良かったですが、他は可もなく不可もなくと残念。

次の夜は、日本最初のオーベルジュで、フランスのシャトーの様なオーベルジュオーミラドーにいき、シャトー見学と超有名シェフ勝又登氏のフレンチをいただきました。また、次の昼は蕎麦の超有名店、阿部孝雄氏の柏の竹やぶの箱根店にお邪魔しました。ここは柏本店よりさらに阿部孝雄ワールドが爆発した様な面白い館でした。

 

それぞれの美術館が大きくお庭なども広いので数は少ないですが、充実した学びの3日間でした。

 

江の浦測候所、小田原城、オーベルジュオーミラドーについては別途投稿していますから、そちらをご覧ください。

竹やぶの箱根店については後日投稿予定です。

 

 

それでは、ポーラ美術館

 

 

 

 

 


 

 

 

 

箱根、仙石原に2002年開館。印象派など西洋絵画を中心に約1万点を収蔵

 

ポーラ化粧品の鈴木常司が1950年代後半から40数年かけて集めたコレクション。

西洋絵画、日本の洋画、日本画版画、彫刻、東洋陶磁、日本の近現代陶芸、ガラス工芸、化粧道具などを含む。収集品の中核を成すのは19世紀以降の西洋絵画および近代日本絵画で、5つある展示室のうち3室がこれらの絵画にあてられている。残り2つの展示室のうち2室は東洋陶磁、ガラス工芸、化粧道具の展示にあてられている。

主な収蔵作品

 

開催中の「部屋のみる夢 ― ボナールからティルマンス、現代の作家まで」展。パンデミック下で誰もが見つめ直した“部屋”という空間をテーマにキュレーションされた展覧会です。19世紀から現代に至るまでの様々なアーティストが切り取った作品が集結して、作家それぞれの部屋を訪れるような感覚で、9組のアーティストの作品

ベルト・モリゾ(1841-1895)

ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916

ピエール・ボナール(1867-1947)

エドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940

アンリ・マティス(1869-1954

草間彌生(1929-

ヴォルフガング・ティルマンス(1968-

アンリ・マティス(1869-1954

髙田安規子・政子(1978-

佐藤翠(1984- + 守山友一朗(1984-

 

アンリ・マティス(1869-1954

1905年に大胆な色使いと筆致により「フォーヴ」(野獣)と称されたマティスは、1921年以降、明るい日差しに惹かれ南仏ニースを拠点として活動し、晩年には病や戦争によるさまざまな制限を乗り越えながら制作を続けました。ときに窓を通して差し込む地中海の光や眺めを取り入れつつ、壁掛けや調度、モデルの衣装にまでこだわって演出した室内空間を描いています。マティスにとって部屋とは、モデルと相対する親密な場であり、またあらゆる要素を自由に操作し、絵画における色彩や空間の表現を探究することのできる制作の現場でした。

 

 

 

 

ベルト・モリゾ(1841-1895)

モリゾは、近代生活の情景を素早い筆致で描き出して、高い評価を得た印象派の女性画家です。娘のジュリーをはじめとする近しい人物たちの登場する室内の場面とともに、彼女が好んで取り上げたのが、ベランダやバルコニーといった空間でした。室内と屋外のあいだにあるこれらの場所では、家族や友人たちの織りなす親しみに溢れた情景を、外光の降り注ぐなかで描くことができたためです。社会に参加する機会の限られていた時代に、大半の女性は室内、すなわち家庭で長い時間を過ごしていました。そうした当時の状況が映し出された、室内と屋外の境界を捉えたモリゾの作品は、現代の家庭や暮らしのあり方を見つめ直すうえで、示唆に富んだものと言えるでしょう。

 

 

ピエール・ボナールの部屋

ピエール・ボナール(1867-1947

世紀末のパリでナビ派の一員として活躍したボナールは、生涯にわたって、恋人や家族、友人などの身近な人々や、自宅の室内や食卓といった身の回りの対象をモティーフとし、その情景の記憶を描きとめました。伴侶であったマルトは一日に何度も入浴する習慣があり、画家は浴槽や化粧室で身づくろいをする彼女の姿をさまざまな構図や光のもとで描いています。そこには、閉じられた空間のなかで、きわめて近しい人物同士が過ごす親密な時間が流れています。ボナールはモデルがポーズをとることを好まず、マルトをはじめとする身近な人々が過ごす日常そのものを見つめました。

 

ピエール・ボナール

 

 

佐藤翠+守山友一朗の部屋

佐藤翠は、色とりどりの洋服や靴が並ぶクローゼットや花々を、あざやかな色彩によって描いてきました。コロナ禍で佐藤にとっていっそう重要な存在となった、部屋から最も近い屋外としての庭は、クローゼットという部屋の内奥とつながり、自然の植物とドレス、室内と屋外、日常と想像が混じりあい、新たな展開を見せています。長年にわたってパリを拠点とした守山友一朗は、自らの心が惹かれた日常の場面や旅先の風景を観察して、その奥に潜むもうひとつの世界を描き出します。透明感のある薄い油彩の連なりによる眩いばかりの煌めきのなかに、愛着のあるモティーフや自然の織りなす思いがけない瞬間を描き留めています。2021年に初めて二人展を開催した作家たちが、本展において共作を含んだ新作の数々によってひとつの空間を構成します。

 

 

 

佐藤翠+守山友一朗

 

 

 

 

 

 

高田安規子 • 政子の部屋

髙田安規子・政子は一卵性双生児のアーティストユニットで、身近な物や日常風景のスケールを操作し、モノの大きさの尺度や時間感覚における人々の認識を問い直す作品を制作してきました。本展では、部屋を構成する普遍的な要素である窓や扉をモティーフとして、展示室の特徴を活かした新作のインスタレーションを展示します。ところどころ開かれた無数の窓、鍵を挿したままの扉は、閉鎖から開放へと段階的に向かっている現状を示唆し、その奥につながる世界について想像を掻き立てます。また室内と屋外をつなぐ窓や扉を取り上げ、ステイホーム以降変容してきたパブリックとプライベートの境界のあり方を問いかけます。

 

すべて形の違うドアノブ達

 

 それぞれの

  ドアノブの

    向こうには

   どんな世界が

    待っているのでしょうか

  

 

 

 

 

 

それぞれの窓

 窓を開けると

  それぞれの世界が

   始まり

 それぞれの世界が開いている

 

 

 

ヴォルフガング・ティルマンスの部屋

 

 

 

このドイツ出身のヴォルフガング・ティルマンス(1968-)の絵の様な写真、すっきりとして構図もよく、けっこう気に入りました。 これがなんと、

ミュージアムショップでTシャツを販売していたので、購入してしまいました。

 

 

 

 

草間彌生の部屋

幼少期から幻視や幻聴を体験し、網目模様や水玉が増殖する絵画を制作し始めた草間は、平面のみならずソフト・スカルプチュアと呼ばれる立体やインスタレーション、ハプニングなどジャンルを横断する展開を見せ、前衛芸術家として精力的に活動を続けています。ベッドをモティーフとした作品はこれまでに2点制作されており、《ベッド、水玉強迫》はそのうちの1点にあたります。白地に赤色の斑点がプリントされた布地で覆われたベッドの内側には、同じ模様の布製の突起物が増殖し、穏やかに心身を休めるはずの空間は、異様さを湛えた対極の存在へと変容しています。

 

 

 

 

 

 

 

次からは常設展です。

 

 

セザンヌ プロヴァンスの風景

 

ジョルジュ・スーラ グランカンの干潮1885

緻密な点描 これもあまりにも有名な絵ですね

 

 

 

イヴォンヌ・ド・ブレモン・ダルスの肖像 1927年

 

ベッドの上の裸婦と犬 1921年

 

 

ゲルハルト・リヒター

ゲルハルト・リヒター

 

 

 

今回は載せませんでしたが、とても大きな美術館で、日本画、洋画、彫刻、更に東洋陶磁コレクションもあり、その他、ガラス工芸、化粧道具など 

ゆっくり見ていると1日かかります。

 

ミッション インポッシブル

 ハラハラ ドキドキ

     やっぱ 面白い

 1996年第1作からもう30年近くなるが、先週、シリーズの第7弾デッドレコニングが公開され、早速観てきました。

 

 内容は、スパイ組織IMF(Impossible Mission Force)所属の腕利きエージェントであるイーサン・ハントに課せられた究極のミッションは『全人類を脅かす新兵器が悪の手に渡る前に見つけ出すこと』

 しかし、IMF所属前のイーサンの“逃れられない過去”を知る“ある男”が迫るなかで、世界各地でイーサンたちは命を懸けた攻防を繰り広げる。

映画を観る方がおられるでしょうから、これ以上は書かない方が良いですね。

 

 「悪役に取り囲まれて殺される直前の人物のところへ、偶然にもトム・クルーズが突っ込んできて、勢いで悪役を吹き飛ばして何とかなってしまう」なんて無茶苦茶なストーリーでも、「でも、トム・クルーズだからなぁ」と思ってしまう面白さで頭を空にして見ることができます。

 

 ところで、ミッション インポシブルのテーマ曲はとても印象に残る 5拍子ですが、この曲の元になったのが日本でも放映されて大流行したアメリカのテレビドラマスパイ大作戦のテーマです。マッチをすって火がスーッと横に流れて行く中で始まる有名なリズム。

そしてこのスパイ大作戦のテーマ曲の元となったのがジャズの名曲テイク・ファイブです。

 

  テイク・ファイブはジャズサックス奏者のポール・デスモンドが作曲し、デイヴ・ブルーベック・カルテットの1959年のアルバムに収録されたジャズ曲ですが、私が初めて聞いたのは中学2年生の時。

 「これ何拍子かわかるか?」といわれて、 リズムをとってみると なんか変

 三拍子や四拍子の曲はわかるのですが、  わからなかった。


でも、リズムにすごく乗るんですね。

 そして5拍子とわかった。

 

 高校生になり、普段はテナーサックスでしたが、テイクファイブはアルトサックスで最初に吹きたかったのが「テイク・ファイブ」

でもまだ未熟でこの早いテンポに指が動かないんです。

指使いがちょっとややこしく

何度も何度も100回以上練習しても指がついてこない、そしてそしてノレないんです。

ようやく高校3年生の頃 通してなんとか吹くことができる様になった 大好きな5拍子。

でも下手だった。

本当に苦労したが。

 もう大昔のことで、今はサックスの指使いも忘れていますが、5拍子の曲は内面からノッてしまいます。

だから映画ミッション インポッシブルのテーマもノッてしまうんですね。

そして、映画を見て、終わり方が気になり、今回のミッションの続きがいつ作られるか、とても待ち遠しくなります。

 

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これはデイヴ・ブルーベック・カルテットの名曲テイク・ファイブの演奏です。

https://www.youtube.com/watch?v=KbcIBcuubpI