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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

 

誰一人いない全ての美を独り占め

静寂の中

苔の美しさ

 日本人ならではの喜び

この あたたかな やわらかな 緑の段通

とてもうれしくなる

こんなにも美しいのに

紅葉の頃はさぞや更に美しいだろう

しかし その時は  人  人の山だろう

 人のいない

心に爽やかな空気を感じ

この美しい緑を愛でながら

紅葉を想う美しさこそ

  なお 美しいであろう

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箱根美術館・神仙郷

 箱根で最も古い美術館であり、MOA美術館を建てる前の原点の美術館

衣・食・住・生きとし行けるものすべてに対する美意識の美術館

館内は鎌倉・室町時代に製作された力強く重厚な六古窯の壺や甕などを中心に、「日本のやきもの」が陳列されている。

陳列品は全体的に地味だが、しっとりとしてどっしりとして大地から作られた いいものがある。

 そして、この美術館の最高の作品は敷地面積約3万坪にひろがるという庭「神仙郷」である。

箱根の山々を借景としながら約130種類の苔と200本のモミジの「苔庭」や、「萩の道」、「竹庭」など変化したお庭が広がっている。

先回は館内の作品を載せましたが、今回は真骨頂「神仙郷」です。

 

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 ちょっと一服

 

 

お抹茶 葛羊羹

 

 

 

目の前の緑の涼しさの様に

綺麗なさらっとした柔らかな葛のお菓子

お抹茶もいい味

ここも熱海のMOA美術館も創始者岡田茂吉の美学に則っとり上品で美味しい

とても美味しい

 

 

 

 

 

さすが岡田茂吉の美術館

衣・食・住・生きとし行けるものすべてに対する

美意識の素晴らしさが現されている

 箱根で最も古い美術館であり、MOA美術館を建てる前の原点の美術館であり、館内は鎌倉・室町時代に製作された力強く重厚な六古窯の壺や甕などを中心に、「日本のやきもの」が陳列されている。

陳列品は全体的に地味だが、しっとりとしてどっしりとして大地から作られた いいものがある。

 今回はこの「日本のやきもの」をのせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次回は、この美術館の最高の作品である、敷地面積約3万坪にひろがるという庭「神仙郷」を。

箱根の山々を借景としながら約130種類の苔と200本のモミジの「苔庭」や、「萩の道」、「竹庭」など変化したお庭が広がっています。

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箱根美術館

神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300

昭和27年(1952)神仙郷内に箱根美術館を建設して、日本の伝統文化の継承と発展、日本東洋美術品の収集と公開に力を注ぎました。

箱根美術館の開館時に次のような挨拶をしています。

「元来美術品なるものは、できるだけ大衆に見せ、楽しませて、知らず識らずのうちに人間の心性を高めることこそ、その存在理由といえましょう。日本本来の美の国、世界のパラダイスとしての実現を念願する以外、他意はないのであります」

「日本全土を打って世界の公園たらしめ、美術に対する弛まぬ努力によって最高標準にまで発達せしめるべきである。観光事業と美術工芸の二大国策を樹立し、それに向って邁進することである。この結果として人類に対し思想の向上に資する。一言にしていえば高度の文化的芸術国家たらしめることである」

「優れた美術品には、人々の魂を浄化し、心に安らぎを与え、幸福に誘(いざな)う力がある」と考え[1]、「美術品は決して独占すべきものではなく、一人でも多くの人に見せ、娯しませ、人間の品性を向上させる事こそ、文化の発展に大いに寄与」するとの信念のもと、戦後は東洋美術の優品の蒐集に努めて海外流出の防止を目指した。昭和27年6月に箱根町強羅に箱根美術館を開館しする。

昭和57年、姉妹館であるMOA美術館の開館以降は、鎌倉・室町時代に製作された力強く重厚な六古窯の壺や甕などを中心に、縄文時代の土器から江戸時代の作品まで、「日本のやきもの」を常設展示している。

建築物(鉄筋コンクリート3階建て)、内装、展示ケースはすべて創立者 岡田茂吉の設計。箱根強羅の箱根美術館のある一帯は、「神仙郷」(敷地面積約3万坪)として整備されている[3]。神仙郷には、約130種類の苔と200本のモミジの「苔庭」や、「萩の道」、「竹庭」などがあり、四季折々に美しい姿をみせる。特に11月は、庭園内のモミジが一斉に色づき、紅葉の名所として名高い。土日祝日と11月には通常公開されている庭園に加え、巨岩の石組みを中心とした庭園「石楽園」も、特別公開をしている。これら一帯は平成25年8月1日に国の登録記念物に登録され[4]、令和3年3月26日には国の名勝に指定されている[5]。

苔庭に面した茶室「真和亭」では、無農薬で栽培された抹茶と季節ごとに変わる和菓子が楽しめる。

 

秋風に

 楚々とゆらめき

     燃える火は

  彼岸へさそう

    松明の花

 

染めと織の万葉慕情76

  旅にすら紐とくものを

   1983/09/23 吉田たすく

 

 

 下紐の歌のつづきです。

 夫婦のちぎりのしるしに結ぶ下紐であれば長い草枕の旅の夜でも、下紐を解かないで一人で丸寝をする事が、当時の夫が妻への恋心というものであったのです。

 二人して

  結びし紐を

    ひとりして

 我は解き見じ

  直に逢ぶまでに

 妻と二人で結びあって旅に出た君にないしょで、一人で別の女と紐を解くような事はしないよ。 直接に君にあうまではという歌があるように、二人のちぎりは純情の清い心でむすばれた歌です。

 万葉の男たちは皆このような人たちばかりだったのでしょうか。万葉を読んでるうちに次のようなおもしろい歌が見つかりました。

先週ものせた 笠朝臣金村の

 紐解かず

  寝(い)も(寝)ねずに

   妹をただかに恋ふる

と詠ったその人の歌ですが、実はなかなか粋なあそび心のある人だったのです。

 三香の原旅の宿りに

  道の行き逢ひに 天雲の 外のみ見つつ 言間はむ よしのなければ 心のみ せむつつあるに 天地の 神の言寄せて しきたへの 衣手かへて 自妻(おのつま)と 頼める今夜 秋の夜の 百夜(ももよ)の長さ ありてこせぬかも

 旅のかり寝のおり、道で出あって、遠くに見るだけで言葉をかける。きっかけがないので、心の中でむせび泣きしてばかりいたところ(旅先きの土地で美しい娘子に一目ぼれしたのでしょう)、天地の神の口添えで(勝手なうまいことを言うものです)。

 袖を交わして、かりの妻として思い頼んだ春の今夜は、秋の夜の、

百夜分の長さであってくれればいいがなあ。旅さきで娘子との出会がよほどよかったと思われます。

 このような男の気持ちは万葉時代も現代もちっとも変わらないのがおもしろいところです。

この歌の事を頭にうかべて読むと、歌人の気持ちのわかる歌がもうひとつありました。

問答歌です。

 旅にすら

  紐解くものを

    言繁み

  丸寝ぞ 我がする

   長きこの夜を

 郷では妻と夜ごと紐解くのだが、旅先では人は、他の女と紐解くものらしい。 けれど私は人のうわさがうるさいので、この長い夜を一人丸寝をするんだよ。

妹(妻)これにこたえて詠う。

 しぐれ降る

  暁月夜(あかときつくよ)

    紐解かず

  恋ふらむ君と

   居らましものを

 しぐれ降る暁の月夜に紐を解かないで、恋してくださるというあなたと、いっしょにいられたらどんなによいのにね。

 紐結ぶ紐解くと小さな織布をつかって夫婦の愛の問答歌がくりかえされるのです。

 

   (新匠工芸会会員、織物作家)

 

昨日は雨でした

 

 長月の

  しぐれの雨の

   山霧の

  いぶせき我が胸

   誰(たれ)を見ばやまむ

      〈詠人知らず〉

 

長月の時雨の雨で山に霧が立ち込んでいる

 そんな風に鬱々としている私の胸の内は、誰を見れば晴れるのでしょうか

 

 憂鬱な雨 どこにも行けない

 

 今来むと

  言ひしばかりに

    長月の

  有明の月を

   待ち出でつるかな

 

 あなたが「すぐ行くよ」と言われたので私は九月の夜長を待ち続け、そしてとうとう明け方になり有明の月が出てきてしまいました。

長い秋の夜長を、空が白々と明けるまで待っていて、ついに待ち人が来てくれなかった女の寂しさを表現していますが、

女性にこんな思いをさせては行けませんね。

 

 あなたの待ち人は現れましたか?

 

さて、長月の生花

 

 

花材

孔雀草

ハナトラノオ(花虎の尾)

クルクマ

鶏頭

八手

 

 クジャクソウの花言葉は「いつも愉快」「ひとめぼれ」「可憐」です。たくさんの花がつく様子から、「いつも愉快」「ひとめぼれ」。

「可憐」は花自体の小さくかわいらしい様子からつけられました。

ハナトラノオ(花虎の尾)

花言葉は「希望」「望みの達成」。

「クルクマ」花言葉の「あなたの姿に酔いしれる」や「乙女の香り」は、美しく幻想的な雰囲気を持つハスに似ていることからつけられました。

ケイトウは「鶏頭」と書き、雄鶏のようなトサカに似ていることから個性を象徴する花言葉がつけられました。花言葉は「風変わり」「おしゃれ」「気取り屋」「個性」「風変わり」「色あせぬ恋」です。

それぞれに特徴のある花々

下手な活け方ですが、

あなたはどの花がお好みですか

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 花器 銘 「双龍」 2015年作

大地に眠る二頭の竜が目覚めて頭をもたげようとしているイメージで造りました。

落書きT

孔雀

世界を飛び活躍する孔雀明王の様に

 飛翔しすぎたいとは思わない

もっと素朴に

  大地を彷徨い

   野を彷徨い

 四季七十二候

  この永遠の変化と共に

   野に塗れ(まみれ)

    野の花達と生きていきたい

  下手の下手絵もまた楽し

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クジャク等キジの仲間は卵や雛を守るために毒蛇やサソリ等の毒虫を攻撃する習性から、邪気を払う象徴として「孔雀明王」の名で仏教の信仰対象にもなっています。

ヒンドゥー教では、孔雀はスカンダという神の乗り物であり、インドの国鳥ともなっている。クルド人の信仰するヤズィード派の主神マラク・ターウースは、クジャクの姿をした天使である。

 また、ギリシア神話においては女神ヘーラーの飼い鳥とされ、上尾筒の模様は百の目を持つ巨人アルゴスから取った目玉そのものであるとする説がある。

苔の緑の美しい公園

  苔独特の湿り気を帯びた草の冷たさの香り

   心の癒しの香りだ

  ここに

   パフュームの臭い

どんなに美人でも

どんなにスタイルが良くても

どんなに綺麗な服を着ていても

 これ以上の醜はない

 美を完全に駆逐してしまう

  世界の破壊者だ

なぜ こうなるのだろう

 トイレをきちんと掃除しなくて汚いから消臭剤や芳香剤を使ってごまかす

気をつけて掃除すれば臭いなど付かないのに

不潔の冴たるものだ。

体も同じ。

 食事と生活に気をつければ変な体臭などしない

臭いがないということは

 何よりも重要で

  何よりも高貴で

様々な良い匂いをいつでも感じられるということなのに

 どんなに素晴らしいことかを知ってほしい

 

今はコスモスが丁度満開になる時期

3月14日ホワイトデーに始まった愛から半年たった日に、恋人同士がコスモスを添えたプレゼントを交換して愛を確かめ合う日といわれています。

 僕も彼女と一緒にコスモス群生を歩き 一輪手折って 渡した

  遠い空の彼方の思い出です。

 原産は熱帯アメリカで、メキシコからスペインに渡りマドリード王立植物園に送られ「コスモス」と名付けられます。

 日本に渡来したのは、明治 12 年頃に東京美術学校の講師として赴任したラグ-ザという人によってヨ-ロッパから伝えられ「秋桜」と銘々されます。

 読み方は、「あきざくら」又は「しゅうおう」です。

 今では「秋桜」と書いて「コスモス」と読むのが一般的ですが、「薔薇」をローズとは読まないように、「秋桜」をコスモスとは読みません。

「コスモス」と読むようになったのは、昭和52年18歳の山口百恵が歌った「秋桜」の作詞作曲をしたさだまさしが「秋桜」を「コスモス」と読ませたところから始まりました。

いい歌で僕もコスモスを見ると自然にメロディが浮かんできてしまいます。

 

♫淡紅(うすべに)の

 秋桜(コスモス)が秋の日の

  何気ない 陽溜(ひだま)りに揺れている

この頃 涙脆(なみだもろ)くなった母が

庭先でひとつ咳(せき)をする♬

 

「今では「秋桜」を何の疑問もなく「コスモス」と読むようになりました。

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「コスモス」が食べられるのをご存知ですか?

香りはシュンギクに似ていて、味はキクのように苦みがあります。

 私の「恵那の野山の 蕎麦懐石」ではこの秋桜が咲いている今だけのお楽しみで、秋桜の花びらだけをアレンジしてアミューズやアペリティフでお客様にお出ししています。

 

 秋桜の

  花びらの味

   恋の味

 淡くやさしき

  想いを胸に

 

 

秋風に

 海の憂鬱

   まといきて

  三すじ衣に

   託す不二山