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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

第18回美食の会

2023年自分へのプレゼントとして、仕事納めの翌日に絶品フレンチはいかがですか。

11月に皆様に感動していただいたベルエキップの会を年末ぎりぎり、12月29日(金) 17時より行います。

 

 

 

8名満席でしたが、昨日2名急遽仕事で欠員となり2名再募集いたします。

今回予定

フランス産の高級鴨やフォアグラは、もう日本には入ってきません。三つ星レストランにはもう在庫も切れていて食べられません。この貴重な品をまだあるうちに食べてしまおうという企画です。

 

●最高級の フランス ラカン産  生後60日のピジョン

●マダムビュルゴーシャラン鴨のアピシウス風ソースビガラード

 11月に食べたマダムビュルゴーシャラン鴨のローストですが、あまりにも上品で綺麗すぎる味だったので、それを更に上の世界へと昇華させるアピシウス風ソースビガラードです。

●「王様のレストラン」でも紹介された最高級オマールブルトンのびっくりムース11月に食べてその美味しさに、再度リクエストしました。

●オマールブルトン

「青い宝石」とも言われる世界最高級フランス ブルターニュ地方のブルーのオマール海老、甘みが濃厚で「海老の最高峰です。

これらに地元 瑞浪市の野菜を使った12~14品のコースです。

 これだけの贅沢な料理は、東京の三つ星レストラン等でも食べられないのじゃないかなっと思います。 東京で食べればおそらく50000円以上する料理です。

 

第18回美食の会

参加資格 私の知り合いの方か、FBで友達の方。

FB、メッセンジャー、インスタ等で連絡ください。

 

フレンチレストラン ベルエキップ 12月29日(金)17時

予算24000円位(飲み物別)

住所 岐阜県瑞浪市薬師町2-55-1

0572-68-2361

 

 

愛知県・岐阜県の方は大丈夫ですが、年末のため、交通要注意です。

 

電車の方

恵那駅16:30⇨瑞浪駅16:46着

JR名古屋発中央線 16:02⇨千種16:12⇨瑞浪駅16:52着

タクシー5分

 

帰り

瑞浪駅21:03⇨21:55

   21:24⇨22:20

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今年は美食の会も4回開催させていただきました。

参加された皆様ありがとうございました。

また来年 おいしいものの会を行いたいと思います、来年もどうぞよろしくお願い致します。

年越し蕎麦はいかがですか

 

 

 普段は「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」に、本年も東京や大阪、名古屋など日本各地から恵那まで来ていただき本当にありがとうございました。

 懐石では自家石臼手挽きで日本一粗挽きの超々粗挽き十割蕎麦を限定4名様分だけ打っているのですが、年末だけはこだわりの手打蕎麦屋さんの様な少し粒子の細かい蕎麦粉を使い、そして、そば屋さんより旨味を出すために太打ちで数十人前ほど打ちます。

 蕎麦粉は全て八ヶ岳山麓産の高級新蕎麦です。

この時期に新蕎麦?っと思われる方も多いと思いますが、秋に採りたての新蕎麦は色と香りは良いのですが、旨味がまだ乗っていません。だから私は秋に新蕎麦は使いません。

 使うのは数ヶ月寝かせて熟成し、新そばが美味しくなる今、丁度年末位からです。

 1種類だけ打つ方が楽ですが、それではつまらない。周之介っぽくないので、3種類の蕎麦を打つことにします。

 年越し蕎麦は皆さんご家族で食べられるのですから、食べ比べをしていただいた方が楽しいに決まっていますよね。

 沢山の量を打つには麺棒は1本ではなく3本使わなければ打てません。 久しぶりの3本棒での蕎麦打ちです。

お求めの方にはこの中から二種類か三種類を選んでお渡しします。

 今年の年越し蕎麦は3種類打ちます 

 ★1、粗挽き田舎蕎麦

玄ソバ(鬼殻のついたそばの実)を、殻付きのまま大型石臼挽きし、鬼殻で黒めの星(黒い点々)が入り、ザラついた超粗挽き粉。透明感があり、プリンとした食感、野趣あふれる田舎風蕎麦。

 ★2、バランスの良い上品な粗挽き蕎麦

玄ソバから鬼殻を取った丸抜きを、大きさ別に味の強い小粒までを9種類に分け、3種類の石臼で製粉された石臼製粉技術の粋を極めた蕎麦で、苦みのない、風味・甘み・絶妙なコシの三拍子揃った上品で優しい最高級の粗挽き蕎麦です。

 ★3、超粗挽き蕎麦

玄ソバから鬼殻を取った丸抜きを特殊石臼製粉で、手挽き石臼と同様な粒度分布の超粗挽き粉。

 香りよく、旨味の強い超粗挽き蕎麦です。

1.2.3の順番に粒子が粗くなっています。

申し込みされたお客様に家族で食べ比べできる様に二、三種類が入る様にお渡します。

さてどの蕎麦がお口に合うでしょうか。

 太打ちの方が蕎麦の旨味がよく出るので、どれも普通の手打ち蕎麦屋さんより太くしてあり、蕎麦屋では食べられない珍しい太打ちで旨みたっぷりの年越し蕎麦です。

 味より喉越しが何より好きな方には不向きです。

 旨みを一番大切にした蕎麦で、蕎麦本来の旨味をお楽しみください。

 

 

 少し数に余裕がありますので、FBのお友達で、

30日午後4時以降か、31日に直接取りに来られる方、

 ちょっと良い蕎麦粉なので材料費などで一人前700円でいかがでしょう。

(超粗挽き十割蕎麦なので 湯がき方も付けます)

12月27日の夜迄受け付けますが、ある程度数量限定ですので、お早めに注文ください。

FB、メッセンジャー、ライン、メール、TEL等で必要数をお知らせください。

 毎日使い続けて直しながら使い、ボロボロなった「アンクルリストウェイト 3kg」 の代わりに同じメーカーの新品をようやく2個購入しました。

 

 

1個4000円位ですが、ポイントやその他で最安値を探し1個2266円 両足分で4532円でした。

 

 アンクルリストウェイトは片足2kg (両足で4kg)ならスリムパンツ以外なら2kgだとなんとかスラックスの裾に隠すことができるので 会社員の頃、30年ほど前から仕事中も出張中も含めて一日中足首にはめていました。

アパレルを立ち上げて70店舗の経営(店舗開発・店舗運営・商品デザイナーなど)全てをこなしていて、毎日が休みもなく朝から夜遅くまで働いていたので、ランニングやジョギングなど運動する時間など全く取れない状態でしたから、足におもりをつけることを思い立ったのです。

(一般サラリーマンが仕事中に、この2kgを1日嵌めているだけで、4kmのジョギングに相当して、走らなくても運動効果はあり、緩やかな負荷なので健康にも良いです。)

仕事の日は2kg 。たまの休日は片足3kg (両足で6kg)をはめていましたが、今は会社勤めはしていないので、毎日朝起きたら3kgづつ 一日中嵌めています。

 

 私の体重は常時57.5kg±1.5kgなので、約1割の重さですね。これさえ嵌めていれば運動になり、ふくらはぎも太ももも筋肉質で、運動時間がいらないので楽ちんで助かっています。

 ところで、これを読み、興味を持たれた方、すぐに2kg等を行うと膝を痛めてしまいますから、始めるのなら500gで3ヶ月、1kgで半年と、500gずつ徐々に増やしていってくださいね。

染めと織の万葉慕情88

  玉の緒の歌

    1983/12/16 吉田たすく

 

 

 紐の歌を長い間取りあげましたが、紐には「高麗錦紐解き放けて」などの歌を読みますところ、大陸渡来の錦の布を細く切って紐に作っていた事がわかります。

 高麗錦でなくとも麻の布や倭文(しず) (日本古来の織物)の布などでも作ったものと思われます。細い紐に似かよった染織品に「緒(を)」があります。 今回からその緒の歌をひろってみたいと思います。同じような形態ですが、緒は縒(よ)り糸か組み紐のようなも

ので、織り布の細いものではなく、縄状のものであったようです。 それもそのはず、歌のほとんどが「玉の緒」を詠(うた)っています。

 下紐とくらべ用途も目的も身に着ける場所もまったくちがいます。 玉の緒ですから、今でいうネックレス、首飾りをつづるものです。 それと腕につけるブレスレットの緒とか今の風俗にはありませんが、足の飾りにした足玉などの緒の事です。

 「玉の緒」の玉は緒の装飾語で、美しい緒といった意味の場合もあります。これらが枕詞(ことば)に使われて、詠われてもいます。

 照左豆(てりさつ)が

  手にまき古す

    玉もがも

   その緒は替えて

    わが玉にせむ

  照左豆は古来難解とされ、猟夫とか玉商人とかいわれていますがはっきりしない言葉のようです。

  てりさつが手に巻いていた古くなった真珠が欲しいものだ。その古い緒は取りかえて自分の玉にしたい。

 この歌は万葉巻七の「玉に寄す」という一群の中の一首です。

 ついでにほかの玉の歌を読んでみましょう。

 秋風は

  つぎてな吹きそ

    海(わた)の底

   奥(おき)なる玉を

    手に巻くまでに

  秋風はつづいて吹かないでおくれよ、大海の真珠を私の手に巻きつけるまでは。

  秋風よ私の気持をじゃましなさんな、彼女を手に入れるまでは、という意味なのでしょう。

 「玉を「手に巻く」と詠うところを見ると当時のファッションに、腕飾りがはやっていた事が想像されます。

 世の中は

  常斯(か)くのみか

    結びてし

   白玉の緒の

    絶らく思へば

 世の中はいつもこうした無情なものなのか、きつく結んだ真珠の緒も切れてしまう事を思へば。

 色白の美しい彼女もとうとう私をはなれて行ってしまったなげきの歌なのです。

 玉の緒と聞けば、それを飾る当時の女性の首すじやふくよかな胸もと、またしなやかな腕、赤裳裾(すそ)からのぞく小鹿のようなすんなりした白き足もとを思わせてくれますが、玉の緒の歌のたいていが失恋の歌によまれているのがかなしい事です。

    (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

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 『染と織の万葉慕情』は、私の父で、手織手染めの染織家、吉田たすくが60歳の1982年(昭和57年)4月16日から 1984年(昭和59年)3月30日まで毎週金曜日に100話にわたって地方新聞に連載したものです。

 これは新聞の切り抜きしか残されていず、古いもので読みづらい部分もあり、一部解説や余話を交えながら私が読み解いていきます。

 尚このシリーズのバックナンバーはアメーバの私のブログ 「food 風土」の中の、テーマ『染と織の万葉慕情』にまとめていきますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

 https://ameblo.jp/foo-do/theme-10117071584.html

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吉田 たすく(大正11年(1922年)4月9日 - 昭和62年(1987年)7月3日)は日本の染織家・絣紬研究家。廃れていた「組織織(そしきおり)」「風通織(ふうつうおり)」を研究・試織を繰り返し復元した。

風通織に新しい工夫を取り入れ「たすく織 綾綴織(あやつづれおり)を考案。難しい織りを初心者でも分かりやすい入門書として『紬と絣の技法入門』を刊行する。

東京 西武百貨店、銀座の画廊、大阪阪急百貨店などで30数回にわたって個展を開く。

代表的作品は倉吉博物館に展示されているタペストリー「春夏秋冬」で、新匠工芸会展受賞作品。昭和32年(1957年)・第37回新匠工芸会展で着物「水面秋色」を発表し稲垣賞を受賞。新匠工芸会会員。鳥取県伝統工芸士

 尚 吉田たすく手織工房は三男で鳥取県染織無形文化財・鳥取県伝統工芸士の吉田公之介が後を継いでいます。

吉田たすくの詳細や代表作品は下記ウイキペディアへどうぞ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田たすく

染めと織の万葉慕情87

  忘れさりにし下紐の歌

    1983/12/09 吉田たすく

 

 紐の歌のつづきです。

紐の歌が長くつづき五カ月にもなりましたが巻二十の歌をのせて終わりたいと思います。

 巻二十には防人(さきもり)の歌が、八十数首のせられています。私が若い頃の戦時中には次のような歌をおそわったものです。

 

 今日よりは

  かえりみなくて

    大君の

   醜(しこ)の御楯(みたて)と

    出で立つわれは

 

 めされた今日からはかえりみないで大君の強い御盾となって戦へ出立するのであると。 この歌のような気持ちを持って、戦争へ兄弟や友を戦場へ送り、本人もそのつもりで征(い)き帰らぬ人となったのでしたが、口には言えない本心は、どんなであったのでしょう。 

 万葉の防人はこの歌のような忠誠を誓った勇ましい人達だったのかも知れませんが。歌を読んでみますとこんな益荒男(マスラオ)ぶりな歌は数首もないのでした。

 ほとんどの歌は家人を思い、父母の言葉に泣き、妻を思う、また子を思う歌がつづきます。

 

 から衣

  裾(すそ)に取りつき

    泣く子らを

   置きてぞ来ぬや

    母もなしにして

 

 衣の裾に取りすがって泣く子供たちを郷において戦に来てしまった。その子らの母親も今はいないのに。

 

 それから、妻を思う歌にこんなのがあります。

 

 難波道を

  行きて来までと

    吾が妹子(せこ)が

   着けし紐が

    緒絶えにけるかも

 

 東国の防人たちは陸路で難波へ集結をし、軍船で瀬戸内を九州へ、半島へと出征しました。難波は防人のいよいよ覚悟をおぼえる港だったのでしょう。

 難波へ行き帰ってくるまでと妻が着けてくれた下紐も切れてしまった事だ。 長い出征に疲れはてた歌です。

 

 わが妹子が

  しぬひにせよと

    着けし紐

   糸になるとも

    吾は解かじとよ

 

 わが妻が、私を思い出すよすがにしなさいよと結んでくれた下紐だから、よれよれになって糸になってしまっても私はこれを解くまいと思っている。

 防人たちの歌は益荒男(マスラオ)ぶりでなく手弱女(タオヤメ)ぶりの歌だったのでした。

 

 防人にかぎらず都からはなれた旅先での男子(おのこ)たちは、妻を思う歌に、妻の結んだ下紐をにぎりしめ泣いたのです。 そして紐に誓うのでした。

 

これにこたえて妻も同じく

 

 草枕

  旅行(たびゆく) 夫(せ)なが

    丸寝せば

   家なるわれは

    紐解かず寝む

 

 旅先で一人丸寝をしてるんだもの、私も紐解かないでわびしくあなたを思って一人寝しますよ。 元気で帰ってね。

 

 たくさんの紐の歌をとりあげてきました。東歌にある庶民のなまの歌、そうでなく家持のような都人までが妻恋の思いを下紐によせて歌っていたのでした。 中には旅先で妻に内しょで紐解いた歌もありましたが、紐の歌は万葉集中に、八十余首もあったのです。

 ところが次の時代の平安の歌集、古今集を開いてみますとただの四首だけでした。

 下紐を二人寝のあと結びあって別れ、再び逢う時二人して解くという男と女のやくそく事が、平安時代には無くなってしまったのか。それとも歌は都人、雲上人のあそびで、下紐などは下品な下賎(げせん)なことで歌になどのせるべきものでは無いと指導されて来たのか。 私にはわかりません。

 古今集の紐の歌は、形式的なきれいな言葉の中にはさまれた紐でした。

 

  紐の歌は以後まぼろしのようにきえさったのです。

 

   (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 

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余談です

 

防人(さきもり)

西暦645年、大化改新で律令国家建設を目指した大和朝廷は、西暦663年、百済を救う白村江(ハクスキノエ)の戦いで唐・新羅連 合軍に敗戦し、北九州の防衛体制を固める必要に 迫られます。

 防人は、当初は全国から徴用されたが、天平2年(730年)からは朝廷の東国掌握政策とも絡み、 もっぱら東国の民のみが徴用されるようになった。防人に召された民は、東山道を武蔵国 国府のあった府中(東京都府中市)に集合した後、国府の役人である防人部領使(サキモリノコトリヅカイ) の先導で遠い旅路についた。

 自分の食い扶持を自分で調達し背負って東海道を陸路野宿を重ねな がら難波津を目指します。難波津(大阪)からは、やっと官費が支給されて瀬戸内海を海路九州の太宰府へ行きます。そこで訓練を受け、筑紫・壱岐・対馬へと配属され、田畑を 耕し自給自足しながら、防備兵として3年の兵役を務めます。(壱岐には150人ぐらい配置されました)

 

 やっとの思いで兵 役を終えた防人達の帰路はまた厳しいものでした。官の援助はなく自力で帰 るしかなく、途中で諦めるものも出て、無事に故郷に帰れるという保証はなかったのです。

 

防人の歩いた道 東山道

東山道(とうさんどう)は、五畿七道の一つ。日本海側も太平洋側も通らず、本州内陸部を近江国から東へ貫いて陸奥国出羽国に至る行政区分であり、幹線道路。

 古代から中世にかけてはその範囲の諸国を結ぶ幹線道路も指したが、江戸時代になると、江戸からの道ができて江戸を起点として西側の中山道と東(北)側の奥州街道などに再編されます。

 

 古代に作られた東山道(とうさんどう)の

神坂峠(みさかとうげ)は、岐阜県中津川市長野県下伊那郡阿智村の間にある標高1,569 mで、木曽山脈南部の主稜線の富士見台(富士見台高原である)と恵那山との鞍部です。 険しい道程から東山道第一の難所として知られ、荒ぶる神の坐す峠として「神の御坂」と呼ばれた(「御坂峠」という別表記はここに由来する)。神坂峠は、急峻で距離も長かったため、峠を越えられずに途中で死亡する者や、盗賊が出ては旅人を襲ったとの記録が、いろいろな古典に書かれている。後に、東山道(中山道)は神坂峠を避けて、木曾谷を通るようになったため、神坂峠を越える者は減少します。

 

日本武尊が東征の際に通り、平安時代初期に、伝教大師最澄は、この峠のあまりにもの急峻さに驚き、旅人のために峠を挟んで両側に広済院と広拯院という「お救い小屋(仮設避難所)」を設けた。『叡山大師伝』に記載あり。

 

『今昔物語集』の巻二十八に、信濃国司の任期を終えて都へ帰る途中の藤原陳忠が神坂峠から谷底へ転落したものの、救出の際にヒラタケを抱えて生還したとの逸話。

 

神坂峠の近く、富士見台高原は北アルプス御嶽山南アルプス、中央アルプスの360°の大パノラマが楽しめる絶好の場所で、私は年に一度位行っています。

染めと織の万葉慕情86

  手枕まかず紐とかず

    1983/12/02 吉田たすく

 紐の歌のつづきです。

万葉巻十八には大伴の家持が越中の国に単身赴任をしていたおりに作った歌が多くのせられています。

 その中の一首に五年もの長い間、都に花の妻をおいて一人越中の国でナデシコを庭先に蒔(ま)いて花をめでて心をなぐさめた歌があります。

 大君の 遠の朝廷(みかど)と 仕(ま) き給ふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越に下り来 あらたまの 年の五年(いつとせ) 敷栲(しきたへ)の 手枕まかず 紐解かず 丸寝をすれば いぶせみと 情慰 (こころなぐさ) に なでしこを 屋戸(やど) に蒔き生し 夏の野の さ百合引植えて 咲く花を 出で見ることに なでしこが その花妻に さ百合花 後は逢はむと 慰むる 心し無くは 天離(あまさかる) 鄙(ひな)に一日も あるべくもあれや

 大君の遠い田舎の役所として、御任命になる役目のままに、御雪降る越の国に下って来て、五年の間、妻の手沈もまかず、結んでくれた下紐も、郷の娘と解くでもなく、一人丸寝をしているので、気持がふさいでしまい、心を慰めようと、 ナデシコを庭先に蒔いて育て、夏の野の百合を引き植え、咲く花を出て見るごとに、ナデシコのように美しい花の妻(都にのこした妻)に後にでも逢えようと、思いを慰めることができなかったら、都から遠い田舎に一日でもいることができるだろうか、 できはしない。 という歌です。

 国造としての家持が、都に妻をおき、単身赴任をして五カ年の間み雪降る越の国で生活、そのわびしさを詠います。

 「敷栲(しきたえ)の手枕まかず紐解かず 丸寝をすれば」と、都においている妻と共寝、うま寝を思い出し鄙(ひな)にいる心がせつなくきかれるのです。

 家持もこのような思いであったから、同じように旅先でのおのこたちも詠っています。

 海原を

  遠く渡りて

    年経とも

   児(こ)らが結べる

    紐解くなゆめ

 これは防人(さきもり)の歌です。 さきもりは東国の人達が徴兵されていました。 関東地方から九州へ半島へと海をわたって行きました。郷にのこした妻の結んでくれた下紐をにぎりしめ、 この紐はとかないよとちかうのです。雄々しい姿の防人なれども心の中はおなじ人の児なのです。

      (新匠工芸会会員、織物作家)

 

 今週は京都などの平野でも紅葉が一番の見頃のようですが、私はここ20年程は12月の第一週に京に行くようにしていました。永観堂やその他京都市内で1番の見頃時期なのに、12月と言うので客数が少し減り、1番のチャンス。この12月第一週が一番です。

  生憎と今年は都合が付かず来週になってしまいますが、落ち葉の京もいいもんですね。

 

 紅葉の美しさには濃い赤、赤、朱、黄など様々な色が共演してこそその美しさがさらに膨らみますね。

 

 なぜモミジというのでしょう、

紅花(べにばな(万葉集の紅(くれない)))を 揉んで、絹布を紅色に染めたものを「モミ」と言い「もみづ」と呼んだものを、秋になって紅葉した樹木の葉が赤や黄色に染まっていく様子をこの「もみづ」に例えて言われるようになったのです。

 もみじは現代は真っ赤な紅葉が好まれ、紅葉と書くと思われているようですが、実は紅葉(もみじ・こうよう) と黄葉(もみじ・こうよう)という字がありました。  紅花染(べにばなぞめ)には染め方により黄色から紅色までありますが、それと同じように平安時代はモミジとは赤・紅・黄など多様な色の木々の総称でした。

そしてそれは時代によって好まれるものが変わっていったのです。

 万葉集には「もみじ」の歌が百首ほど詠まれていますが、現代では和歌の表記はモミジが黄葉ではなくて紅葉と変えて書かれているものが多く、気が付かなかったのですが、実は、黄葉と記したものばかりで、赤葉が一首、紅葉も一首しかないそうです。次の古今和歌集でも黄葉が圧倒的に多いそうです。

 平安の雅の時代には現代のように派手で鮮やかな赤よりも、落ち着いた黄葉が好まれていたのですね

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あしひきの

 山の黄葉(もみじば)

   今夜もか

  浮かび行くらむ

   山川の瀬に

     大伴書持

山のもみじは、今夜もまたはらはらと散っては、山川の深い谷間の川に浮かんで流れて行くことであろう

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経もなく

 緯も定めず

   娘子らが

  織る黄葉に

   霜な降りそね

     大津皇子

縦糸もなく横糸も定めずに、少女たちが織った紅葉の錦に、霜よ降らないでおくれ

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黄葉(もみじば)の

 過ぎかてぬ子を

   人妻と

  見つつやあらむ

   恋しきものを

     読み人知らず

忘れられないほど恋しい女を、人妻ゆえに、見るばかりで手を出せない切なさよ

手折(たお)らずて

 散りなば惜しと

   わが思ひし

  秋の黄葉(もみじ)を

   かざしつるかも

     橘朝臣奈良麻呂

手折らないでいて、散ってしまったら惜しいと思っていた、秋の黄葉を、手折って髪にかざることができました。

 美しい娘をそっとしておいておきたいと思いつつ、他所へ行ってしまったら惜しいと思い 手折って私の元へ

 岐阜県でジビエといえば、「かたつむり」 「柳家」 「いろりの郷 奈かお」がビッグ3でどれもミシュランですが、

この秋はこのビッグ3三軒の食べ歩きをしました。

柳家(瑞浪)さんはちょっと前ですが、2023.10.14に行きました。

 

 世界の優れたレストランを紹介するフランスのガイド「ラ・リスト」で4位にランクインし、ミシュラン東海3県の2019特別版で2つ星を獲得。グルメサイト「食べログ」では、過去に総合ランキング10年連続1位というほどの偉業を成し遂げているという店。

 

 柳家さんのネットの案内では

「岐阜県瑞浪の市街地からさらに離れた山奥に、郷土料理の名店「柳家」はある。江戸時代後期の古民家を移築したという趣のある空間で味わえるのは、春は山菜、夏は天然の鮎や鰻などの川魚、秋は松茸などのキノコ、冬はジビエなどその時期にしか食べられない、地元の里山の食材をふんだんに使ったおまかせコースだ。土地、空間、料理――そのどれもが唯一無二の"野生の宴"に、感性を丸裸にして身を委ねたい。」このように記載されている。

 

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 今回は常連の友人達と訪問。

 

瑞浪駅に着くと、50人ぐらい乗れそうな大きめの柳家のマイクロバスが待っていてこれで向かう。

 火が暮れて真っ暗の中 どんどん山奥へ入っていく。


 江戸時代後期の古民家を移築した建物で創業70年を超える100人ぐらい入れる店。

 

 

ジビエ大好きなので、こちらではどんな味のジビエが出るか楽しみで、また、100人程も客が入れる大きなお店で地元の里山の食材をふんだんに出し切れるのか、そこにも興味が湧く。

  

 

店内は全て個室の囲炉裏部屋。

 

部屋に通され囲炉裏を囲んで座る。

炉端では火の周りに串を刺した鮎が焼焼かれていた

 

 当家の三男の方がつきっきりで料理の説明をしながら焼いてくださる。

毎日こうしてお話しされているからだろうが、とても話し上手

 

 

まずビールを注文

 

 

●突出し三品

あみたけ インカのめざめ 高野豆腐

 アミタケは独特なぬめりと旨味があり美味しい

 

 

●鮎

 

キノコを炉端 火の周りに串を刺して焼き始められた

 

 柳家でしか飲めない限定の日本酒があるというので注文した。

ラベルに「For Gibie 薬食い」と書かれている岐阜県恵那市 岩村町にある岩村醸造の 女城主 純米吟醸生原酒で、使用米は北海道産きたしずく。

 

女城主はほぼ毎年6種類くらい試飲等で飲んでいるが、その中では一番の出来。きれいめだが味のバランスも悪くないいい味の酒。

 

後日岩村醸造へ行ったら店頭限定で瓶詰めして販売されている純米吟醸と同じものだと言われたが、こちらは岐阜県岩村産のひだほまれだった。

 

●鯉の洗い

 信州 佐久産

 泥臭くなく まあ良い感じ

 

●蜂の子

 甘すぎるところが多いが、甘みが抑えてあり良い味だ。

秋 丁度キノコの季節だが、地物は全くなく、今回は全て岩手産とのこと

 

 

サケツバタケ

「裂け鍔茸」と書く。

 

ツエ茸 杖茸

松茸と椎茸を足して微かに苦味を入れた感じ 汁が多く 旨い

 

どのキノコも肉も、いろりの火の横に串を刺して焼いていくのだが、そのうち、炎の上でも焼かれ、炎が当たり部分的に焦げすぎができている。 忙しいから、時間通りに進めねばならないからだろうか黒く焦げ目が付いてしまっている

 

●茸の天ぷら

キノコというと どこでも天ぷらがだされ、美味しいのだが、小麦で衣をつけて油で揚げると繊細な味のキノコ本来の味が弱まってしまう。少しなら良いが、たくさんの種類のキノコを楽しむには天ぷらより他の方法がいいな。

 

●松茸

 岩手産 傘も開いていなく、良い形だ。

   一本1万円に近いそうだ。

 

丁度いい焼き方

 とても瑞々しくて美味しい

  とても瑞々しいが、瑞々しいというより水分が多く水っぽく感じる。

今まで採りたてや自分で採った新鮮すぎる松茸を何度も食べているが、ここまで水分が多い松茸は初めてだ。しかし、こういう水っぽさもなかなか良く柔らかく美味しい。

 

 

日本酒 天領特別純米 飛切り 飛騨産ひとめぼれ 精米60% 岐阜県下呂市天領酒造

サラッとした甘みに旨みがあるが

米臭さが多い

 

 

●イノシシの心臓

ボチボチ

 

 

●鹿のヒレ

 囲炉裏で焼くにしても、

   私には少し焼き過ぎ、もう少しレアがいいな。というより低温でジックリがいいな。

 

 

●イノシシのロース

直火の炎で焼いているのだが、上に持っていって炎にくぐらせたり近づけすぎて、燃えた油煙が付いてしまっている。 これはちょっとね。

 

炎にくぐらせたりのパフォーマンスはせず焼けばいいのに。

 

タレを付けるから誤魔化せるので多少はいいかな

焼き具合は丁度良い

 

 

 

●天然鰻蒲焼き

 美味しい 

なかなか良い鰻でした。ただ山県市のかたつむりで旨すぎの鰻を食べたので、それさえ食べていなければすごく美味しいと思っただろうが、ちょっとかわいそう。

  

 

●茸汁

 

濃厚で美味しい。

  塩分過多で辛い。

大勢のお客様用に大鍋で作られているのだろう、濃厚で美味しい出汁が出ているが、ちょっと煮詰まったのかな。

 

●松茸ご飯

美味しい 美味しい でも塩分強め

 

 

 

全体的にまずまず美味しかった。

 

お酒飲まない人 19000円

飲んだ人22000円

 

焼き方はもっと改善の余地がありちょっとと思うところもあったが、つきっきりで食べさせなければならず、大勢の客を相手にしなければならない店だから時間を守って進行もせざるを得ないのに、きちんと説明や冗談を交えながら楽しく進行されたのはみごと。

 でもそれがなんとなく感じられてしまうのは残念。

 

 郷土料理で地元の食材をうたっている割に、地元のものがちょっと少ない感じ。ただ、気候が不安定だから仕方ないとも言えるが、近年は気候不安定が当たり前になってきているし。

 

  大勢が入れる店だし 気候変動だから仕方ないかな。

    でもなんかちょっと寂しいね。

 

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柳家

完全予約制

岐阜県瑞浪市陶町猿爪573-2

 

0572-65-2102

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サケツバタケ(裂け鍔茸)

「サケ(裂け)・ツバ(鍔)・タケ(茸)」という名前がついているように、柄の上部が星形に裂ける厚いツバが大きな特徴のきのこ。

 

ツエタケ(杖茸)
細長い柄が杖に似ていることからそのように呼ばれます

 

青空に

 紅の衣を

  惜しみつつ

  白き衣を

   誂える今

 

 

 

燃える様な紅の世界が

 散りゆきて虚ろいを感じさせると

  やがて白い無垢の世界が始まります

 

 

 白く冷たい世界の

  その下は

 次に始まる新緑の世界の

  装いの用意が始まります

 

 

 日本の四季は

   美の変化

    心に染みる

     ありがたさ

 

 

 

 

森の隠れ家という意味で、

木々の中をせせらぎが流れるレストラン。

窓からこの情景を眺めながら食事をいただくのが好きで時々お邪魔しているイタリアンレストラン

 紅葉を眺めながらランチをしようと今回はお昼に予約し、一番軽めのランチを注文しました。

 

 

メニュー

●Antipasti misto

シェフおもてなし前菜

● La minestra

南瓜と西京味噌のポタージュ

● Primi piatti

本日のパスタ

● Seconde piatti

旬魚のポワレ

自家製白ワインソース

● Piccolo Dolce

石川県産 五郎島金時のさつまいものブリュレ

● Dolce

林檎タルトの再構築

ジェラート添え

珈琲または紅茶と共に

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まず

 いつもの様に 赤ワイン

タンニンが少し効いた味わい

 

●Antipasti misto

シェフおもてなし前菜

 

 モアレがせせらぎっぽくていい感じのお皿

 

● La minestra

南瓜と西京味噌のポタージュ

 カボチャの甘味が十分出ている

 

 

本日のパスタ

● Seconde piatti

パスタのソースが美味しい

 

 

窓の外

 紅葉の様な

  小さな手をした女の子

   紅葉で遊んでいる

   可愛い情景

 

 

 

●旬魚のポワレ

 自家製白ワインソース

 

 

 

● Piccolo Dolce

石川県産 五郎島金時のさつまいものブリュレ

 


 

 

● Dolce

林檎タルトの再構築

ジェラート添え

 

リンゴのジェラートが美味しかった ジェラートのおかわりがしたかった

珈琲または紅茶を尋ねられ

いつもの様に エスプレッソを

 

 秋空に

  美しい紅葉

  気持ちよく頂いたランチ

     ごちそうさまでした。

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La tana nel BOSCO

岐阜県多治見市小名田町小滝 5-6