染めと織の万葉慕情91
玉の緒の絶たる恋
1984/1/13 吉田たすく
玉の緒の歌です。真珠の玉をつづる緒も今のようにナイロンやテトロンのような強靱(じん)な繊維がなかった当時の事ですから、玉の摩擦に耐えかねてよく切れ、真珠の玉もばらばらに乱れ散る事があったのです。
この事から、破れた恋の二人の仲が絶えた言葉の枕詞(ことば)や、心の乱れの枕詞に使われるようになったのでしょう。
巻十一の「物に寄せて思をのぶ」歌の一群の中に、玉の緒を枕詞に使った歌が数首並んでいます。
天地(あめつち)の
寄り合ひの極(きわみ)
玉の緒の
絶えじと思ふ
妹(いも)があたり見つ
空間的にも時間的にも極めて遠いごとく、永久に仲を断つまいと思うの家のあたりをながめたことである。
生(いき)の緒に
思へば苦し
玉の緒の
絶えて乱れな
知らば知るとも
命を賭けて恋しているので苦しい。いっそ玉の緒が切れて乱れるように心乱れてしまいたい。人が知るなら知ろうとも。
そうとうな恋の苦しみかたです。染織品をあつかった歌のほとんどが恋の悩みや苦しみの歌ですが、玉の緒の歌はことさらそんな歌がつづきます。
玉の緒の
絶えたる恋の
乱れなば
死なまくのみぞ
また逢(あ)はずして
玉の緒の切れたように仲の絶えた恋に心が乱れて収まらないならば、もはや死のうと思うばかりです。もう逢ったりはしないで。テレビドラマを見るような情景です。
片糸もち
貫(ぬ)きたる玉の
緒を弱み
乱れやしなむ
人の知るべく
より合わせていない一本の糸でとじた玉の緒が弱くて乱れるように、私は心乱れるであろうか。人が気づくほどに。
玉の緒の
間も置かず
見まくほり
わが思う妹は
家遠くして
玉の緒の間もあかないでとじられているように、絶えず逢いたいと思うあなたは家が遠くて。
玉の緒の
うつし心や
年月の
行きかはるまで
妹に逢はざらむ
正気でいて、長い年月の移り変わるまで妹に逢わずにいられるだろうか。 いられないだろう。
タマノヲ、という美しい言葉のひびきと対照に絶えたる恋の乱れが詠(うた)われていきます。
(新匠工芸会会員、織物作家)