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foo-d 風土

自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

家で映画はまず見ませんが、月に一度くらい映画館にいきます。

そして大抵2作品、多い日は3作品観ますが、今回はセンチュリーシネマで「ジャンヌ・デュ・バリー国王最期の愛人」と伏見ミリオン座で「軽蔑」と2作品観てきました。

 軽蔑 コダール作 ブリジッド・バルドー主演 106分

60年も前のブリジッド・バルドーが輝いていた頃の映画の4kレストア版 4kレストア版にしてまで放映したい魅力の映画ということです。

 子供の頃映画雑誌のバルドーのすばらしい脚線美を見て胸がドキドキした遥か遠い思い出が甦り、映画を観てきました。

今見てもバルドーの脚線美ボディーラインは、ここまでの女優はいないのではないかと思うくらいとても美しかったです。(残念ながら美しいボディーラインと脚線美の写真を探しましたが無くて載せられませんでした。)

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軽蔑(ジャン=リュック・ゴダール フランス/イタリア 1963年)

巨匠フリッツ・ラング監督が本人役で出演。日本初公開は1964年。2023年11月には60周年4Kレストア版で公開。

初期ゴダールの傑作メロドラマといわれる本作は、夫婦の愛憎劇と映画製作の裏話を交差させながら、美しいほどに残酷な愛の終焉を描く。60年代ファッションアイコンでありセックスシンボルでもあったバルドーは、鮮やかな衣装とともに美しい裸体を大胆に披露。“女優”役の彼女がベッドに横たわる冒頭シーンからその美しい姿態に目が離せなくなること必至だ。

 あらすじ

 新作映画『オデュッセイア』の脚本家ポールは、プロデューサーのプロコシュにスタジオへ呼ばれ、もっと一般受けする内容に脚本を書き直すよう頼まれる。その後、女優の妻カミーユも合流し、カミーユに惹かれたプロコシュが2人を自宅へ招待する。ポールだけが別の車で後から遅れて到着すると、なぜかカミーユが不機嫌になっていた。ポールとカミーユは撮影現場のカプリ島に招かれるが、2人の間にはずっと冷たい空気が流れ続ける。

ジャン=リュック・ゴダール監督が初期に手がけた傑作メロドラマ。芸術と商業の間に挟まれ、妻との関係にも苦悩する脚本家の姿に自らを投影する一方、ブリジット・バルドーの美しい姿態を鮮やかに刻み込んでいる。

■出演

ミシェル・ピッコリ、ブリジット・バルドー、ジャック・パランス、フリッツ・ラングほか

 ベルサイユ宮殿を借り切って撮影が行われた映画で、監督・脚本・主演 マイウェン 国王にジョニーデップ。

18世紀のベルサイユ宮殿にタイムスリップしたような映画で、

 私はヒロインは衣装は美しいと思い、それよりも、壮大なベルサイユ宮殿及びその景色の美しさ、そして衣装、音楽共にとてもすばらしく感じ、 いい映画でした。

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解説・あらすじ

18世紀のフランス 国王ルイ15世の愛人であったデュ・バリー夫人ことジャンヌ・デュ・バリーの生涯に迫る歴史ドラマ。

ベルサイユの宮廷を舞台に、庶民階級出身の女性が

 労働階級の庶民が国王の愛人となるのはヴェルサイユ史上、前代未聞のタブーでしたが、貧しい家庭に生まれたジャンヌ(マイウェン)は、その美貌と知性を武器に貴族の男性たちをとりこにしながらのし上がっていき、ついにベルサイユ宮殿で、国王ルイ15世(ジョニー・デップ)との面会を果たす。

二人は一瞬で恋に落ち、ジャンヌは国王の愛人となるものの、貴族階級ではない出自や、宮廷のマナーを無視したことなどから彼女は周囲に疎まれるが。

ジャンヌ・デュ・バリー国王最期の愛人 117分

2024年2月2日開始

大勢の皆様からの 誕生メッセージありがとうございます。

今日は、また新しい誕生の日。

 リセットして 今日から無垢の5歳児としてまた生まれ直し、新たな目で勉強していこうと思います。

記憶と忘却の追いかけっこの毎日。5歳児には世の様々なことを知って行くことが仕事。

 5歳の写真が生憎と無いので

私(幼名 昤) レイ坊の1歳の頃の写真です。

何よりも元気で、

あっちふらふら こっちふらふら 転んで怪我して 彷徨いながら

 雑学を楽しみ学んでいきたいと思います。

 どうぞご教授よろしくお願いいたします。

 

 (自分への備忘録として書いた、きつめの感想です、長文なので3回ぐらいに分けようと思いましたが、そのまま載せます。)

 


「ジビエと東美濃地酒の会」へ参加してきました。


 岐阜県中津川駅から車で30分 木の町 付知町にある「とこわか」の早川さんが新たに始められる「身土不二」「地産地消」で地元食材やそれに因んだ食材のみを使ったジビエ専門店「里山美食倶楽部」の杮落しで、Personal Sommelier パーソナル・ソムリエ兼国際唎酒師 石田陽介氏の選定による東美濃地酒をペアリングする会です。

 

 岐阜県の東美濃(恵那、中津川、瑞浪、土岐、多治見、御嶽、可児等)には11の日本酒醸造場があり、私も一応名前だけは唎酒師なので(全く不勉強ですが)、地元の酒を知っておきたいと、試飲会など機会を設けては毎年極力試飲をするようにしています。

 昔から続く小さな蔵が多く、各蔵共、大河 木曽川水系の綺麗め軟水の伏流水を使われていて、全体的に優しくこの地方らしくおとなしく飲みやすい酒となっています。そのかわり、強い酸味や強い旨みや苦味などの特徴が出難い地方です。

 私も何度かペアリングにチャレンジしようと思いましたが、この優しい飲みやすさ故に、辛味、脂味、酸味、甘味など様々異なるコース料理にそれぞれペアリングするということがとても難しく、まだできていません。

  石田陽介氏は、この難題をどのように解決されて料理に合わせられるのだろうと思い参加してみました。

 とても楽しみ。

 ですから、今回はいつもと違い、料理よりお酒をメインに書いてみようと思います。

 

さて、自宅から車で40分、とこわかさんに到着。

おおきな暖簾をくぐり、お店の更にその奥にある あたらしい食事処 「里山美食倶楽部」へ。

 

 出来立ての白木に鹿角のドアノブが野趣を現しています。

テーブルセッティングされた長テーブルに10人の客が着席しました。

 

  日本には季節を象徴する味があり、春は苦味。夏は酸味。秋は辛味。冬は厚味(厚味とは脂肪や味がこってりしていて、体が温まるもの)。

 今回の料理は冬の「厚味」と春を象徴する味「苦味」が共に供されることでしょう。

 

 

 お品書きは、お酒だけは銘柄だけの簡単なリストがありましたが、料理のものはなく、ちょっと残念。


 料理とお酒について、早川さんと石田さんがその都度話されて進んでいきますが、食べている最中は聞き漏らす事が多く大変。


今回出されるお酒のリスト


1、美濃天狗 純米活性にごり 「美濃のつらら酒」 林酒造

2、笠置鶴 上撰 大橋酒造

3、鯨波 純米吟醸 無濾過生 恵那醸造

4、オリジナルカクテル 「深く温かい森」

 ふかもり純米吟醸 山内酒造場、カモシカシロップ


5、生姜と市川製茶のほうじ茶

6、恵那山 純米吟醸 ひだほまれ はざま酒造

7、小左衛門 5年古酒 中島釀造

8、岩村醸造 Lady of Castle 9年古酒


 

 さあ書かれているこのお酒の順番でどのように料理が出されるのでしょう。

  料理とお酒について、早川さんと石田さんがその都度話されて進んでいくのですが、食べている最中は聞き漏らす事が多く大変。


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さあ 開宴です

 「里山美食倶楽部」亭主の早川さんと、国際唎酒師の石田陽介さんの挨拶があり、 さあ開催です。


一、鹿肉の煮凝り

鹿レバーペースト 萱の実 冬の芹(セリ)

 

ちょっと地味な盛り付け

味は少しフレンチ風イメージ

 美味しい。

 

鹿レバーペーストの上に載っている萱(かや)の実は独特の苦味があり、これが萱の実らしさですが、この苦味の元の黒い薄皮が取り去ってあるので、優しくなって食べやすくしてあり、何も言わないと気が付かずに食べられてしまいそう。多少一般向きではないかもしれませんが、最初の料理の一口なので薄皮を半分位残して独特の苦味を感じさせた方が面白いかなっと思いました。

 

 綺麗めの味のレバーペーストに冬芹を合わせると、その新鮮な苦味が生きている。

   煮凝りも春を象徴する味「苦味」が乗っていい感じ 

       おいしい料理です。

 

 ペアリングは、

⚫︎美濃天狗 純米活性にごり 「美濃のつらら酒」 林酒造

 

スパークリングワインと同じ瓶内で二次醗酵でシュワシュワのガスがさわやかな軽い微発泡性のやや辛口のスパークリング日本酒

いい感じでお料理に合っています。 国際唎酒師 石田陽介氏の選定の素晴らしさですね。

 

この林酒造は最近結構面白い酒を出すのでちょっと気になっている醸造元です。

 

 

 

二、合鴨とイクチの煮物

 合鴨の甘味とイクチの柔らかい旨みが美味しい。特に生口の旨みが鴨の脂を吸って更に美味しくいい味で食感も素晴らしくうまい。

 

 ⚫︎ペアリングは、

 笠置鶴 上撰 大橋酒造

 大橋酒造は30年以上前、桐箱入りの「幻の酒 笠置鶴」というのが、とても上品で優しい美味さだったので、それだけは買って飲んでいました。

しかしその後、杜氏が変わってから同じ名前のものは販売されているのですが、味が変わってしまい、それ以来大橋酒造のお酒は飲まなくなりました。

 その笠置鶴、普段飲まない酒だし、また、普段口にしない普通酒なので、大丈夫かな?っと思っていたら、これが温燗(ぬるかん)で出された。

 (日本酒とは、本来、米と米麹で作られるもので、精米歩合なども決められているものは「特定名称酒」とよばれ、特定名称酒の基準を満たさない精米歩合や原料、醸造法の規定なしで中には甘味料やアミノ酸まではいった清酒が「普通酒」と呼ばれます)

 

驚き! 

雑味もなく温燗でいい酸味とやさしい甘さがあり、合鴨といい感じで絡まって中々良かった、これは良い。普通酒でこれだけの味を出している大橋酒造を見直しました。(笠置鶴は吟醸などよりこれの方が魅力がありそうだ。)

こういうものを見つけられた石田氏は流石、素晴らしいですね。

 

 

 

三、 天魚と湯葉

 味付けは京風というより、ほんの少し山国の味 付知風

 

 ⚫︎ペアリングは、東濃の王道とも言える

 鯨波 純米吟醸 無濾過生 恵那醸造

流石、国際唎酒師 石田陽介氏抑える酒は分かっておられる。

 いかにも東濃の田舎の住民という感じの味で、コクも香りも軽い酸味もバランスよく、人の良いどっしりとした感じのお酒。

 東濃でお酒を飲む時に迷ったらこれを飲めば良いと言える位定番の 安定した旨みの酒です。

 

 

 使い勝手が良く、濃いめの料理にも合わせやすいので、天魚にこれを使ってしまうには後の料理の時に困らないかな?っと思ってしまう。

 

 

四、 土鍋に穴熊の煮もの

 今まで四つ足は熊、ヒグマ、鹿、蝦夷鹿、猿、山羊、羊などさまざま食べたが、穴熊は初めてですが、

アクをしっかり引いてあるのでしょうアナグマの独特な臭みというようなものはなく食べやすい結構美味しい鍋でした。

 穴熊らしさがどういうものかはわかりませんが、山国で食べるのだからほんの少し穴熊らしさを残されても良かったかもしれません。

 

 ⚫︎ペアリングは、

 オリジナルカクテル 「深く温かい森」

 (ふかもり純米吟醸+カモシカシロップ)

山内酒造場のふかもり純米吟醸をベースにこのシロップをミックスしたカクテルです。

 カクテルを飲んでみると、日本酒の「ふかもり」の味は消えるが、ハーブの面白さがアナグマの野趣の富んだ味を包み込む。

このシロップを探し使われたのは流石ソムリエだっとおもわせるが、やはりこの甘味が邪魔。これさえなければいいカクテルなのにと思ってしまう。

 

 カモシカシロップはなかなかユニーク。

 ラベルを見ると、長野県軽井沢に生えているカラマツ、アカマツ、モミ、アブラチャン、ヒノキなどの木を蒸留・加工したしたエキスにグラニュー糖・酸味料を加えた新感覚飲料で、水や炭酸で割って飲む様に書かれています。

 中々面白い味。

以前私は日本酒にマタタビを漬けて数年間寝かせたことがありますが、これにも似たハーブ感があります。

 複雑で結構良いシロップですが、残念なのはグラニュー糖。シロップとして販売しているのだから仕方ないのだが、この甘味が表に出過ぎだ。

 僕がこのシロップを作り甘味をつけるのなら、こういう時こそ、同じ木の仲間の樹液から作られたメープルシロップ以外は考えられない。

そして軽く加えるだろう。

また、木の町付知町の、身土不二 地産地消であれば、付知町名産の檜やカラマツ、アカマツなど様々な木の樹液や木の味が使えると思う。

 

例えば、桂の葉

 「香りが出る」=香出(かづ)る」が名前の由来という説もあるくらい甘い香りのある桂の葉で、

 他の季節では香らないのに、秋に桂の木の側を通ると、心形(ハート形)の落ち葉からキャラメルや綿菓子のような甘く香ばしい香りがします。

これはカツラの葉に含まれるマルトールという香気成分によりますが、この香りは新鮮な葉からはせず、落葉して乾燥した葉から放出されます。

この甘い匂いの主成分はマルトールで(マルトース(麦芽糖)を加熱すると生成されること),砂糖を含む菓子等の製造過程でも生成される物質です。

この桂は、独特の香り、甘味を助ける働きがあり多くの食品に添加されているようです。桂ばかりでなくかなり多くの植物に含まれており、モミを含む針葉樹にも含まれていることが報告されています。

こういうものを付知の山から見つけてきて、天然のシロップを作って使えば最高だろうと思う。

 

 

五、ホイル包み焼き

   寒中筍 菜花

脂ものが続いたので、ここで春の装いで軽い感じへ

 蒸し焼きなので筍も菜花も香りよく 美味しい

 

 ⚫︎ペアリングは

生姜と市川製茶のほうじ茶

 茎や葉など5種類の部位を別々に焙煎したお茶

口腔がさっぱりとしてくるし、これがなかなか美味しい。

 流石 市川製茶である。

 

  市川製茶のほうじ茶は、私も炭酸に一晩漬けてカクテルを作り、「物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石』」で、お客様にお出ししたことがありますが、雰囲気がちょっと変わって箸休めの役をこなして良い感じでした。

 

 

六、下野(中津川市下野)で獲れた猪ウリ坊 焼きネギ

   ウリ坊とは猪の子供で、臭みもなく肉がとても柔らかくて美味しく、私の大好きな肉。しかし、猪を食べるならうり坊が良いですが、中々手に入りません。 ウリ坊が出されるだけで嬉しくなる。

 

 

 ⚫︎ペアリングは

 恵那山 純米吟醸 ひだほまれ はさま酒造

 ひだほまれ100%精米歩合:50%使用酵母:非公開 日本酒度:非公開 酸度:非公開アルコール度数: 16度

はさま酒造は、旧中山道の中津川宿の中心地で酒造りを200年以上おこなってきた醸造元。経営が変わり最近は地酒というより地域性を感じさせない今風の軽い飲みやすい酒中心に変わっています。美味しいのですが、僕みたいに何か特徴のあるちょっとかわった酒を求めるものには遠い存在です。

 

(現代の恵那山は「十四代」で修業した「東洋美人」の若当主、澄川氏が醸造コンサルタントを務められているそうですから、今風の酒になるのがあたりまえですね)
この恵那山 純米吟醸 ひだほまれ 果実感の香り。米の甘みの中にバナナ、メロンなどの甘味と酸味、かすかな苦味が軽やかで、なかなか良い酒ですが、多くの醸造元で作られている感じの酒に仕上がっています。

 

品質表示をネット検索してみましたら、案の定、使用酵母:非公開 日本酒度:非公開 酸度:非公開と、非公開が多すぎ。

 まだまだ多くの醸造元で非公開はありますが、隠さねばならない弱みがあるのでしょうか?。この程度後悔しても同じものは絶対に作れないのはプロならばわかること。

本気で自分の酒に自信があるのなら、真似ができるものなら真似してみよと、公開すれば良いのにと よく思います。

 秋鹿などの素晴らしい醸造元は、昔から堂々と使用酵母、日本酒度、酸度、アミノ酸度、もろみ日数まで公開して売られていますが、びくともしません。

 

 そこまでは無理なら、せめて日本酒度・酸度くらいは公開すべきです。この変な秘密主義が味も何もわからないまま販売するという現状であり、日本酒業界全体の首を占めている。全てを公開し、日本中の醸造酒が切磋琢磨して競争すれば全世界に強く売り出すこともできるのにね。

 

今回の恵那山 純米吟醸 ひだほまれは、きれいな味で飲みやすいですが、合わせた料理の猪肉は、瓜坊でも脂がありコッテリ系なので、もっと旨味や酸味のあるお酒の方が合わせやすいのではないかと思います。先ほどの鯨波 純米吟醸 無濾過生の方が私は合うと思いますが先ほど使っていますから 瑞浪市の創業 元禄年間の若葉株式会社の「若葉  純米吟醸 備前雄町」辺りをぬる燗で出したらどうでしょう。

 (雄町米の酒はふくよかな米の味に酸味や厚みのある旨みを出す味になります。)

(ただ、若葉  純米吟醸 備前雄町は今のものは飲んでいませんから多少味が違うかもしれません)

 

 

 覗きに入ったお野菜

  覗きは中が緑釉で、表の麦わら手の金と緑釉がいい感じ。袴も見事。

 

七、うなぎ

地元の天然うなぎ

 おいしい。

 

 

⚫︎ペアリングは

小左衛門 5年古酒 中島醸造

 いい酒ですが、もっと寝かせば更に美味しくなりますね。

 

  余談ですが、私は日本酒を数年~数十年寝かして熟成させて飲むのが好きで、小左衛門は、平成23BY(2011年)の山廃仕込み 本醸造 無濾過生原酒が、これは寝かせば化けるだろうと、数本購入し、自宅で13年寝かせていますが、これは私の熟成酒の中でも変態で、凄いです。
私が寝かせているものは古酒臭や色などがあまり出ない綺麗なまま熟成するものが多いのですが、これだけは、紹興酒とブランデーを足したような甘く深く角の取れた苦味風の味になっていて、まったりと濃厚でどんな日本酒にも負けない深い味。サーロインステーキでも合わせられるくらいの味わいになっています。また、先日もフレンチレストランに持参して、フランスのマダムビュルゴーの世界一のシャラン鴨にもあわせたり、サーロインステーキにも合わせましたが、負けていない良い感じでした。 

 

 古酒の奥深さ美味しさを大部分の日本人があまりにも知らないですが、日本酒は熟成させれば大多数のものが美味しくなります。

 日本中の酒蔵が、古酒をもう一度本格的に作るようになれば、日本酒の味の幅は更に広がり海外にも輪が広がると思います。

 

 

 

そろそろ外の釜のご飯も炊き上がりました。

 

八、竈門炊きごはん 猪

 地元のお米と清らかな水で 外の竈門(かまど)で薪で炊き上げた

 できたてのご飯


子供の頃、自分で米を研ぎ、羽釜で炊いたご飯を食べていましたし、


もうこれだけで美味しいご飯だということがわかります。

これだけでお客様を呼べますね。


ご飯にこだわる日本料理店は竈門と羽釜で炊いて出すのが当たり前ですね。


 椀は鯨波の酒粕を使った猪汁

粕汁は

色でわかるようにそれほど白っぽくはなく酒粕の味もやさしくさらっとした上品なとてもおいしい粕汁でした。

付知で食べるというよりちょっと京風の上手な味です。こういうのは早川さんは上手ですね。

 酒粕も細かい布でしっかり絞った板粕なのだろう、あまり酒の香りも出ないものでしょう。上品に仕上げるためにこうされたのでしょうが、せっかく山奥の付知で食べるのであれば、もう少し荒絞りの酒粕を使い、少し濃くした粕汁に、薄切りの猪肉をさっと湯通して椀の上に乗せて出せばどうだろう。野趣が出ながら、うまい猪肉の余韻も残り、晩餐の締めには一番だと思う。 最後の料理なのだからこれくらいして強い印象で帰っていただく方が良いような気がします。

 

 ⚫︎ペアリングは

⚫︎Lady of Castle 9年古酒 岩村醸造

 

私は古酒が大好きで自分でも押し入れや冷蔵庫などで20種類以上の酒を5年から最大20年寝かせて楽しんでいますが、

9年古酒がだされたので、長い年月で綺麗に角が取れて年を経た優しい旨みになっていることだろうと、随分期待していたのですが、古酒にしてはスリムスタイルの味で飲みやすいのですがこれならあと5年以上ねかせたものが飲みたいなっと思いました。

 

 

九、デザート

日本酒の鯨波を入れたチョコ

 アイスクリーム ベニハルカとリンゴの焼き

 美味しいデザートでした。

 

 

ご馳走様

  お腹いっぱい

 

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今回のお値段は地酒の飲み物込みで26000円 料理だけだと20000円位というところでしょうか。

その設定で見てきましたが、

 

 食とはあらゆる芸術を包含した総合芸術。

 視覚.聴覚..嗅覚味覚.触覚 五感の全てを使って表現する芸術は食だけしかありません。         

 「目で食べて 料理の音で食べて 香りで食べて 触れて 味わう」この全てが調和して更に美味しくなりますが、味覚だけでなく、最初の視覚は特に重要。

 

 どの料理も心を込めて作られていて、手が入っていてとても美味しいものでした。

この山奥の付知町でこういう素晴らしいランクの料理が食べられるのはいいですね。

 日本の一流料亭の味で、素晴らしい料理ですが、卒なく とてもうまくまとめられていてとても美味しい。これ以上のものはないかもしれません。

 

しかし 辛口で申しますと

 本当に美味しかったのですが、

今回は、どの料理の器も盛り付けも、よく考えてあり、質実剛健ともいうか、こじんまりまとまり、すっぱりすっきりと小気味良くまとまっていて、一つの世界が作られていて、いい感じ。

 これはこれでいい世界ですが、値段的には、付知らしさの演出でまず感動させ、器でももっと楽しませても良いのではとおもいました。

 

この綺麗にまとまった美味しい料理  付知町に行かなくても 名古屋や東京でちょっと良い気の利いた小料理屋さんとして出されたらすごく流行ると思いました。

 

 身土不二で名古屋から2時間はかかる岐阜の山奥まで客を呼び たべさせるのなら、そこに行きたいと思わせる「何か」日常とは違う山奥らしい野趣を入れられた方が良いのではないかと思いました。

 

 

私の大好きなお店が京都にあります。

 京都市内から細い山道を車で2時間ほどの山奥の花背の里に世界のグルメが行きたがる摘草料理の美山荘。

 京都市内には美山荘の弟さんのお店で、これも予約の取れない世界的に有名な摘草料理「なかひがし」。

どちらも地元のものを大切にした身土不二の世界。

 どちらも とても美味しく、両方とも数年に一度はお邪魔していますが、「なかひがし」の良さは京都市内という便利なところにあって大地に根ざした食が食べられるというすばらしさ。

 

 一方、京都市内から2時間もかかる辺鄙な美山荘へなぜ人は行くのかというと、行かなければ得られない素晴らしさがあるからです。

 細い山道をどんどん奥の方へ走り見渡すところ全て山。緑の花背の里

 もうこれだけでも満足してしまいそうなのに、佇まいから調度品、料理全てに花背の自然にしっくりと馴染んだ最高の料理が供されます。

自然と一体化した屋敷 佇まい 調度品から器に至るまでしっぽりと花背の自然にあるような優雅なひと時。この中でおいしい「つみ草料理」をいただくしあわせ。 だから人は行きたがるのです。

 

 もしも、こんなお店が岐阜県の山里の付知にあれば東京のグルメもニューヨークのグルメも行きたいと思うでしょう

 

とこわかさんの新しいチャレンジ ぜひ成功して世界中から客が来るような素晴らしいお店になって欲しいと思います。

 

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日時:1月31日(水)午後6時30分〜9時30分

会場:上見屋  とこわか 「里山美食倶楽部」

 中津川市付知町中広屋6955-8

  17:50に中津川駅から送迎有り

会費:26,000円(税サ込)

定員:限定10名

素敵な方から

  送られてきた

2月14日のチョコレート

 

 

「美味しい」と

 言ったことを覚えておられて

  この日を指定されて届いた

   BENOIT NIHAN(ブノワ・ニアン)のチョコレート

 

 世界を探し回りマダガスカルのアンボリカピキィ農園で見つけたという特別なカカオ豆100%の板チョコ

 

 

これ以上のシンプルさはない包みをハサミで切り

 板のチョコを取り出し

  力を入れてパリッと割る

 その瞬間

 香りがフワッと広がる

   無言で口に放り込む

 砂糖など子供騙しの甘味料は一切使用せず、深いカカオの味だけを頑なに感じさせる

 深い味なのにサラッとした小気味良いビター感

 

これに合わせて特別な飲み物をと

  40年以上前から常備していて、どれも自宅で20年は寝かせて飲んでいる

 ギリシャ王家御用達の40年熟成の

  メタクサ・グランドファイン40・ブランディ

 

実質60年以上前まだギリシャ王室がギリシャにあった1967年以前に製造されたもので、一般的なヴィンテージブランディと同じく深い味ですがより甘味があります。

これを棚から出し

グラスに注ぐ

 

  芳醇な甘い香りが部屋に広がる

チョコが口の中で少し溶けて 上品なビターで一杯になる頃

  メタクサを口に流す

 シンプルでダンディなビターチョコに

 妖艶でまったりと甘いレディが全てを包み込み

   完全に一体化する

もうそれは

 言いようのない世界

 なんと表現すれば良いのだろう

 至福 意外

  何もない

 深い余韻だけ残し

  去っていく

    素敵な時間

 こんな時は 

バッハの無伴奏チェロ組曲

第1番ト長調を聴きながら

https://www.youtube.com/watch?v=QsG-QP4IPOQ

 この演奏はカザルスだが、 

できればディープな味のヤーノ シュタルケルの演奏がいい

http://store.shopping.yahoo.co.jp/silent-tone.../2791.html

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ブノワ・ニアン

世界のカカオ農園を旅して出会った、 最高品質のカカオだけを使ってつくった、特別なチョコレートです。一つのカカオ畑から、その畑に最も適した一品種のカカオだけを栽培する、 「単一畑・単一品種」のカカオにこだわり、 常にカカオの純粋な香りと繊細な味わいを引き出すチョコレートづくりを心がけています。

 生産者の想いを大切に、産地からカカオを選定。�シングルオリジンにこだわったビーントゥーショコラを手掛ける、ベルギーのチョコレートブランド。

銀座4丁目に「BENOIT NIHANT GINZA(ブノワ・ニアン 銀座)があります。

https://benoitnihant.jp

立春になったとはいえ雪が積もり本当に寒い真冬の二月

 

 神代の時代から日本家屋は夏を想定した建物で、

平安の都の神殿造り屋敷は大きな御簾で仕切られてはいました壁というものがなく、風がよく通り、冬は それはそれは寒かったことでしょう。

 綿が流通するのは江戸時代からですから、厳しい寒さを凌ぐには麻等の薄い衣を 着て更に重ねて着るしかありません。

 ここから「衣(き)更(さら)着」というので二月は、「きさらぎ」とつけられたそうです。

そして、

春に向けて草木が生えはじめるから「生更木(きさらぎ)」ともいわれます。

 如月の漢字は、中国最古の辞書『爾雅(じが)』に「二月を如となす」とあり、厳しい冬が終わり春に向かって万物が動き出す時季という意味が込められているそうです。

 

 さて、

如月を詠み込んだ和歌といえばご存知の方も多いでしょうが、紹介しましょう。

作者は、平安時代から鎌倉時代にかけて歌聖として日本各地を歩き活躍した、 僧侶で歌人でもあった西行法師です。

 願はくは

  花の下にて

    春死なむ

   その如月の

     望月の頃 

 (ねがわくは はなのしたにて はるしなん そのきさらぎの もちづきのころ)

「願いが叶うならば、花が咲く春に、その木の下で死にたいものだ。、如月の満月の頃に・・・という歌です。」

如月の満月の頃とは、 お釈迦様が亡くなられた2月15日を意味しているそうで、「自分もそのようにありたい」という、 西行法師の想いが伝わってきます。

 多くの学者の文献を読みましたが、どの有名な文筆家の方も、学者の方も、この春の花は申し合わせたように桜の花と訳されています。

花といえば「桜」と誰しも思い込んでいるのです。

 しかし、私は首を傾げます。

平安から鎌倉時代、桜といえば山桜のことで、和歌にも多く読まれています。

単純なことですが、如月2月15日は、2024年は3月24日です。

如月の2月15日にヤマザクラは咲きません。

ソメイヨシノが終わった頃からヤマザクラは咲き始めます。 

 現代では異常気象で3月24日はソメイヨシノなどの桜も咲いているところも多く、3月の卒業式にはもう満開になっていたりします。50年前は4月の入学式の頃に満開でした。

ソメイヨシノは江戸時代末期に生まれた新種ですし、平安時代に好まれた桜は山桜です。和歌で桜と歌われているのは、全て山桜です。

 山桜はソメイヨシノが散る頃から咲きますので、早くても4月になってから。西行が生きていた平安時代末期では、もっと遅かったであろうと思います。

 梅の開花時期

梅は1月下旬〜4月下旬にかけてが開花時期ですので、西行が詠んだ「花」はどう考えても梅としか考えられません。

桜も梅も共に日本の春を象徴する花で、どちらも素敵でどちらも好きですが、

 華やかな桜の花 淡くきれいで綿雪の様に咲き誇り、散り際の見事さは筆舌に尽くし難いですが、香りがありません。

 お淑やかな梅の花 早春に雪の中でも一番早く春を知らせ、微かな酸味のある芳しい香りをただよわせ香りでも春を感じさせてくれますね。

どちらも素晴らしい花ですが西行が歌った花は梅ですね。

 西行法師は歌で願った通り、桜の花が咲く如月の釈迦入滅の翌日、如月の16日に、この世を旅立ちました。

と各種文献におしなべて「桜と」載っていますが、私は梅の花の芳しい香りを愛でながら波乱の生涯を閉じたと思います。

自然を愛し、歌を愛した、 香り高い生涯だったのではないでしょうか。

 願はくは

  花の下にて

    春死なむ

   その如月の

     望月の頃 

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  西行(さいぎょう)

 元永元年〈1118年〉 - 文治6年2月16日〈1190年3月23日〉)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての日本の武士であり、僧侶、歌人。

 西行法師と呼ばれ、俗名は佐藤 義清(さとう のりきよ)。西行は号。

和歌は約2,300首も伝わる。勅撰集では『詞花集』に初出(1首)。『千載集』に18首、『新古今集』に94首(入撰数第1位)をはじめとして二十一代集に計265首が入撰。家集に『山家集』(六家集の一)、『山家心中集』(自撰)、『聞書集』。その逸話や伝説を集めた説話集に『撰集抄』『西行物語』があり、『撰集抄』については作者と注目される事もある。

 伊勢国に数年住まった後、河内国石川郡弘川(現在の大阪府南河内郡にある弘川寺に庵居し、建久元年(1190年)にこの地で入寂します。享年73歳

 かつて「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」と詠んだ願いに違わなかったとして、その生きざまが藤原定家や慈円の感動と共感を呼び、当時名声を博した。

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 恵那市長島町永田に西行が庵(いおり)を結んだとされる史跡梅露庵公園があります。

私が愛犬の散歩でよく行くところですが、地元住民の方々が整備に尽力し、水戸偕楽園の梅、京都祇園円山公園の枝垂れ桜の"子孫"などがあり、約200本が開花します。

 「桜切る馬鹿 梅きらぬ馬鹿」という位梅の木は剪定がとても重要ですが、市はあまり管理していない様で、どうも近所の方達任せですね。草刈りなどはよくできていますが、中々手入れの行き届いた梅の木はなく、風情のある梅の木はありません。 手入れは大変でしょうが梅園を市民の心癒す場所として、また、インバウンドや国内観光客誘致の為にももっと魅力ある公園づくりに市は積極的取り組んでいただけたらとおもいます。

 染めと織の万葉慕情95
  むし衾柔やが下に臥せれども
   1984/02/10 吉田たすく

 
 この冬ほど雪の降りつづく寒い冬は知りません。おこたの蒲団にでも、もぐり込みたい寒いこのごろですから、寝具の歌でもひろってみましょう。
 今の寝具はスポンジのマットレスに柔らかい綿の入った蒲団にパンヤのまくらといったところですが、 万葉の当時日本には綿は無くて今のような蒲団は有りませんでした。 歌に出てきますようにせいぜい麻の布をかむって寝るのがやっと、といったところでした。

 京職藤原大夫(不比等の四男、参議兵部郷 従三位)が、大伴郎女((おおとものいらつめ(注1))大伴旅人の妹で後に不比等の子、麻呂に嫁し坂上郎女という)に贈った問答歌にこんなのがあります。

 むし衾(ふすま)
  柔 (なご)やが下に
    臥せれども
   妹とし寝ねば
     肌し寒しも

 ムシはカラムシ(苧麻)(注2)の繊維のことです。 「衾」と書いてフスマと読み当時の寝具のことでした。
麻で織った綿も入らない布の寝具です。 それでも柔、やわらかいと言っています。これが京職である高官の寝具だったのです。庶民の夜はどんなに寒かったことでしょう。 それをそっかむり、中に伏してるけれども、あなたと寝ないと肌寒いよ。はやくいっしょになりたい、という歌です。

郎女これに答えて

 千鳥鳴く
  佐保の河瀬の
    さざれ波
   止む時も無し
    わが恋ふらくは

に続いて今一首

 来(こ)むといふも
  来ぬ時あるを
    来じといふを
   来むとは待たじ
    来じといふものを

 「千鳥の鳴く河瀬に立つ小波のとまることのないように、貴方をまつ恋心は止むときがありません」と歌って、それに続いて「来る来ると言っても来ない時があるのに、来ないつもりだと言うものを来てくれると待つことはありませんよ。 来ないつもりだと言うものを」と言ってすねてみせている歌だと思います。
ここと「来む」、「来ぬ」、「来じ」、「来む」、「来じ」と同じ言葉を五回繰り返して詠い、来ない来ないと言っていないで、早く来てよ、早く来てよと体をくねらせながら、いやいや言っている姿が見えるような歌です。

 このような繰り返しの言葉が歌でこそのおもしろさです。
衾の歌からはみ出してしまいましたが、その当時、蒲団の無い衾を掛けて寝る夜はどんなだったのでしょう。 来週また衾の歌を読んでみましょう。

   (新匠工芸会会員、織物作家)



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(注1)
郎女(いらつめ)とは上代、若い女性を親しんで呼んだ語です。いらつひめ。⇔対語は郎子(いらつこ)

(注2)
苧麻(からむし)
麻には、大麻【たいま】、苧麻【ちょま】、亜麻【あま】等があり、なかでも苧麻の一種で「からむし」は、その細く長い繊維が強靭であることや光沢に富むなどの理由から、高級な麻織物である上布などの材料として古くから重視され、
現代でも、からむしを原料とする上布の生産地では、越後(越後上布・小千谷縮布)や宮古(宮古上布)、石垣(八重山上布)などがあります。

各地から梅の便りが届いていますが、今日は陰暦1月1日

 本来の日本の正月ですね。

 皆様明けまして

   おめでとうございます。

 

 日本のお正月は

  季節に合わせて梅の花咲くころが一番ですね。

 

今日もいつものように

    ティータイムはお抹茶

 

 旧正月の今日は、今一番気に入っている

  江戸時代の志野茶碗

絵志野 檜垣 山文 志野茶碗

    口径11 高さ8.5  底径6.5

 

 里山と檜垣(ひがき)をさらっと描き、作家が釉薬を掛けた時の指の跡も景色となっていて、時代感もあり、どんとして温かい碗になっていますね。

 そのまま置いていても絵になる感じです。

 

掌(たなごころ)に気持ちよく、お抹茶が更に美味しくいただけます。

 

 今日のお茶のお菓子は、

 地元の無農薬有機栽培の黒豆を、三年熟成醤油とメープルシロップでじっくりと三日間かけて作った手作りの黒豆。

 じっくりと炊き上げた福福と丸く膨らみ美しい光沢でツヤツヤとした黒豆。  

 コクのある熟成醤油がメープルの優しい甘さと絡まってふわっと優しい甘辛さの美味しさです。

 

 梅園の

  梅の香りを

   思いつつ

  初春の午後

   お茶点てる福

今日2月4日はもう立春 暖かい春が待ち遠しいですね

 昨日はその季節を分ける日 節分ですが大晦日ですね。

 


 遊び心の 物語のある料理『野の花料理・恵那の野山の蕎麦懐石』では
立春の月 今月来られるお客様へお出しする一品として、節分にちなんで黒豆を召し上がっていただきます。

 

 

 黒豆の黒色は、魔除けの色、悪気をはらう色とされ、更に髪も黒々としていて健康的な不老長寿をもたらす色として、信じられていました。
 また、皺のないふっくらと甘く煮た黒豆はしわが寄らないように、長生きできるように、という意味があります。

 

 用意した黒豆は、地元の無農薬有機栽培農家さんの安心安全で元気で豊かな味わいのある黒豆を分けていただきました。

 サラッと上品なやさしい甘辛ふくめ味に作りたいと思います。

調味料
メープルシロップ
地元の三年熟成醤油
揚浜式製塩の粗塩少々

 砂糖は直接的な鋭い味ですし、基本的に体に良くないので使いませんし、私の所には存在しません。


 蜂蜜も良いのですが、今回は蜂蜜の独特の甘味と舌にねっとりと来る感じを出したくないので
木の樹液で作られ優しいサラッとした味のメープルシロップを使用しました。

 たっぷりのお水に1日浸け、
味付けをして落し蓋をして
水分が減って黒豆がのぞかないように何度も水を加えて三日間弱火で煮ていきます。

福福と丸く膨らみツヤツヤとした黒豆
メープルの優しい甘さと、コクのある熟成醤油がふわっと優しい甘辛さです。

 

 器は
色絵金彩 鳳凰 牡丹図 小鉢

 

 

鳳凰、牡丹という吉祥を描いた とても古い貴重な品です。

 

 

恵那の野に出かけて、ヒイラギと南天、蝋梅をひと枝 手折り、
飾らせていただきました。

 

 

柊にも南天にも魔除けの意味があります。 

 

 身土不二 地産地消

 


飾り物もお豆も皆 地元の恵那で調達できるという 豊かな里に感謝しながら

大切なお客様へお豆もお飾りも 器も、使用したすべてのものが

 お祝いを表し

   心を込めて一品をお出しできる幸せです。

 優しい甘辛味に包まれた

  ふわーっとした黒豆の旨みを

      どうぞお楽しみください

 『毎年2月3日が節分の日」と思っていませんか?

 節分は字のごとく季節の分かれ目、『立春』『立夏』『立秋』『立冬』の代り目の日ですが、特に重視されたのは冬から春へ代わる立春の節分。
昔は、冬から春になるのを1年の始まりと考えており、 今でいう『大晦日』のように「明日から新しい年」というように特別な日と捉えられていました。

 立春は年によって日にちが変わることがあるので、それに伴い節分の日にちも変動します。ここ30年程はずっと2月3日ですが、 実は2月2日になったり2月4日になったりします。

 2024年は、2月3日が節分です。
最近は節分というと豆まきよりも恵方巻き(えほうまき)の方が有名で今年の恵方(えほう)はどちらだ、等と話題になります。しかし、30年ほど前から岐阜県に住んでいますが、生まれ育った鳥取県でも、大学時代の東京でも 恵方巻きなど、聞いたこともありませんでした。

 恵方巻きの起源はいくつもの説があり、その一つに江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事としてはじまったようです。
 その後、恵方巻きは一反廃れましたが、1973年から大阪海苔問屋協同組合が、海苔を使用する巻き寿司販促キャンペーンを始め、大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙い、「丸かぶり」「丸かぶり寿司」という名で海苔巻きの早食い競争をはじめ、復活することとなりました。
 この道頓堀で行われた販売促進イベントがマスコミに取り上げられて関西に広がり、その後コンビニのファミリーマートが先駆けとなり販売するようになり、1989年にセブンイレブンが最初に非関西圏の広島県の一部店舗で「恵方巻」と名付けて売り出したことから全国に広がったようです。このように、商魂に乗ってひろまったものですが、2月3日はスーパーやデパートの食品売り場では恵方巻きを山のように積んで販売し、山のように売れ、山のような売れ残りの廃棄模様も毎年テレビで放映していますが、資源の無駄遣いなのにこれでは恵方が泣くだろうと思ってしまいます。

 食べ方が太巻きを切らずにかぶりつくという ちょっと下品な食べ方ですから
50年以上前ではちゃんと躾をされた家では許されない食べ方ですね。

(子供の頃 瓶のコーラを口で直接飲もうとすると、「はしたない」といって母に怒られましたし、ハンバーガーに大きな口で食らいつくのもみっともないといわれていましたが、現代ではそれも普通になり時代も変わりました。)
 


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節分の口上




さて、実家の鳥取県倉吉の節分では、まず初めに家の門の所に「やいかがし(焼嗅)を飾ります。
 (やいかがしは、柊鰯(ひいらぎいわし)のことで、割り箸に焼いた鰯の頭と柊の小枝を付けたものです)

 柊の葉の棘が鬼の目を刺すので門口から鬼が入れず、塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らないと言われています。

次に行うのが豆まきです。
私の生まれ育ったのは鳥取県倉吉市です。
 子供の頃 吉田家では節分の日にはまず、柊と鰯の頭を串に刺したものを家表と裏玄関の角角と、部屋の入り口に刺して飾りました。
 
 そして台所で大豆を煎り 四角い木の升に入れます。
 
男の子供は羽織袴を着させられます。 足には白足袋か黒足袋。

 


 四人兄弟の内その年の年男(としおとこ)の男の子は羽織袴に着替え、足袋を履き正装をします。腰には本物の脇差しを差して武士のような出で立ちです。
 刀は大江山の酒呑童子を切ったと言われる第一名刀国宝、童子切安綱((どうじぎりやすつな)平安時代の伯耆国の大原(現代の鳥取県倉吉市)の刀工・安綱作の日本刀(太刀))の流れをくむものだとおもわれます。

 子供ながら、とても重い本物の切れる刀を腰に刺し本当の武士のようで、とても格好良く感じ、身のしまる緊張感と共にとても嬉しい時間です。

写真は、現在、織物で鳥取県無形文化財となっている弟の子どもの頃のものです。こんな感じですが、節分はもう少しきちんとした羽織と羽織の紐をきちんとして、刀を差し升を左手に持ちます。

 年男がいない場合でも 我々兄弟が羽織袴に着替え、升に大豆の炒ったものを入れ、台所もトイレもお風呂もすべての部屋を中から外へ向かって豆をまいてまわります。

 その時、豆をまく前に江戸時代から続いている 口上(こうじょう)を述べるのです。
 



その口上は 
 「新瑞の年の初めに豆打てば 福は内 福は内 福は内 鬼は外   鬼は外」  
 
述べ方は具体的には 謡(うたい)の様に抑揚をつけて うたうようにいいます。

 あらたまのとしのはじめにまめうてば ふくわうちふくわうちふくわうち (ここで豆を手で握り)おにはーそとー(といってここで豆をまく)  おにはーそとー(といってここで豆をまく)

羽織袴など一年間でこの時ぐらいしか着ませんから、子供ながら凄く緊張しています。
さらに口上を一言も間違えないように言おうと より緊張する時間です。
 玄関からお風呂、トイレまですべての部屋でこの口上を言ってから撒きます。全部の部屋13とお風呂、トイレ、庭にも向かって撒くので15回もこの口上を言いながら家中を撒いてまわりますから一時間ほど掛かってしまいます。

 子供で 羽織袴で腰には刀を差しているので、格好良いし、最初は緊張して張り切っているのですが、後の方の部屋ではもうくたびれてくるし飽きてしまいます。
10部屋もまわった頃にはもう 口上も豆まきも嫌だと思うが
子供ながら大切なことだからと我慢して
どうにかすべての部屋などに巻き終わって終わったころにはもう
へとへと。
 普段着たこともない羽織袴は格好良いが風通しがよくて2月の大寒には寒い。 
  小さい頃は途中で嫌になり泣き出したこともあったそうです。
それが終わってからようやく皆で晩ご飯になり、家族全員がその年齢の数だけ豆を食べます。

僕は年が若いので6個
大豆は炒ってあり、予想より旨いが
たった6個では数が少なすぎてすぐに食べ終わり、物足りない。
 
それと引き替え
お母ちゃんは沢山だ。ばあちゃんは60才以上だから多すぎて下痢でもしないかと心配。
 
少し僕に分けてくれればお互いに丁度良い数 食べられるのにと思いながら
いつも分けてもらった。
 
炒りたての大豆は香ばしくて旨かった。
 
次の日
各部屋のいたるところに豆まきの豆が転がっている。
 
昨日あまりたべられなかったから
もったいないから拾って食べた。
美味しくなかった
豆まきの大豆は 炒りたてじゃないと不味い
と つくづく実感した。

倉吉の他の家でもこういう風に行ってるかと思って
友達に聞いたが
どの子の家もそんなことはしない
ただ 鬼は外 福はうち というだけ。
逆におもしろがって自分もやりたいという。

昔は庶民 武士 貴族、また地方事にやり方もいろいろあっただろうと思いますが、

 皆さんの家では どうですか
少し かわった口上のある方は教えてくださいませんか。