むし衾柔やが下に臥せれども
1984/02/10 吉田たすく
この冬ほど雪の降りつづく寒い冬は知りません。おこたの蒲団にでも、もぐり込みたい寒いこのごろですから、寝具の歌でもひろってみましょう。
今の寝具はスポンジのマットレスに柔らかい綿の入った蒲団にパンヤのまくらといったところですが、 万葉の当時日本には綿は無くて今のような蒲団は有りませんでした。 歌に出てきますようにせいぜい麻の布をかむって寝るのがやっと、といったところでした。
京職藤原大夫(不比等の四男、参議兵部郷 従三位)が、大伴郎女((おおとものいらつめ(注1))大伴旅人の妹で後に不比等の子、麻呂に嫁し坂上郎女という)に贈った問答歌にこんなのがあります。
むし衾(ふすま)
柔 (なご)やが下に
臥せれども
妹とし寝ねば
肌し寒しも
ムシはカラムシ(苧麻)(注2)の繊維のことです。 「衾」と書いてフスマと読み当時の寝具のことでした。
麻で織った綿も入らない布の寝具です。 それでも柔、やわらかいと言っています。これが京職である高官の寝具だったのです。庶民の夜はどんなに寒かったことでしょう。 それをそっかむり、中に伏してるけれども、あなたと寝ないと肌寒いよ。はやくいっしょになりたい、という歌です。
郎女これに答えて
千鳥鳴く
佐保の河瀬の
さざれ波
止む時も無し
わが恋ふらくは
に続いて今一首
来(こ)むといふも
来ぬ時あるを
来じといふを
来むとは待たじ
来じといふものを
「千鳥の鳴く河瀬に立つ小波のとまることのないように、貴方をまつ恋心は止むときがありません」と歌って、それに続いて「来る来ると言っても来ない時があるのに、来ないつもりだと言うものを来てくれると待つことはありませんよ。 来ないつもりだと言うものを」と言ってすねてみせている歌だと思います。
ここと「来む」、「来ぬ」、「来じ」、「来む」、「来じ」と同じ言葉を五回繰り返して詠い、来ない来ないと言っていないで、早く来てよ、早く来てよと体をくねらせながら、いやいや言っている姿が見えるような歌です。
このような繰り返しの言葉が歌でこそのおもしろさです。
衾の歌からはみ出してしまいましたが、その当時、蒲団の無い衾を掛けて寝る夜はどんなだったのでしょう。 来週また衾の歌を読んでみましょう。
(新匠工芸会会員、織物作家)
(注1)
郎女(いらつめ)とは上代、若い女性を親しんで呼んだ語です。いらつひめ。⇔対語は郎子(いらつこ)
(注2)
苧麻(からむし)
麻には、大麻【たいま】、苧麻【ちょま】、亜麻【あま】等があり、なかでも苧麻の一種で「からむし」は、その細く長い繊維が強靭であることや光沢に富むなどの理由から、高級な麻織物である上布などの材料として古くから重視され、
現代でも、からむしを原料とする上布の生産地では、越後(越後上布・小千谷縮布)や宮古(宮古上布)、石垣(八重山上布)などがあります。

