【全国編 東北の産業遺産①】雲上都市 松尾鉱山
1. 東洋一の硫黄鉱山「松尾鉱山」岩手山を望む八幡平の麓に「軍艦島」のような廃墟があります。八幡平に向かう途中偶然見つけました。産業遺産を小まめにチェックしていた私には衝撃でした。八幡平は何回も訪れているのになぜ気づかなかったのでしょうか?松尾鉱山は、19世紀末から1969年まで岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)に存在した鉱山で、おもな鉱物は硫黄で、黄鉄鉱も産し、一時は東洋一の硫黄鉱山でした。一時は日本の硫黄生産の30%、黄鉄鉱の15%を占め、東洋一の産出量を誇りましたが、高度成長期になると硫黄の需要減や輸入の増加で採算が徐々に悪化していきました。また、鉱山閉鎖に追い込まれた最大の要因は、1960年代の四日市ぜんそくなど深刻化する大気汚染防止のため、石油精製工場において亜硫酸ガスの脱硫装置の設置が義務付けられ、脱硫工程の副生成物として得られる硫黄の生産が活発化したことで、硫黄鉱石の需要がなくなったことです。2. 15000人が住んだ雲上都市鉱山には徐々に人が住み始め、大正時代に約1000人だった人口が、昭和時代になると4000人台となり、戦後になると労働者の確保を図るために家族も含めた福利厚生施設の充実は急務とされ、最盛期の昭和20〜30年代には都市化が進み、標高約1,000mの採掘地である元山地区には新たに街の建設が始まり、病院、小・中・高校、郵便局、会館などが完備され、ひとつの最先端都市が形成されていきました。この都市にはセントラルヒーティングや水洗トイレ完備の鉄筋コンクリートによる集合住宅、劇場など生活に快適な当時の最新設備が導入されました。この頃から松尾鉱山は「雲上の楽園」と言われはじめ、麓の人は松尾鉱山へ買い物や映画、演芸を観に行っていたということです。最盛期の人口は15,000人(従業員は4500人)だったということです。長崎の軍艦島の人口が5300人であったということなので、相当な規模の鉱山都市であったということがわかります。大正3年に設立された松尾鉱山鉄道は昭和9年には専用鉄道として営業を開始、昭和23年からは旅客営業も始まり、昭和26年には電化も実現し、上野駅から東八幡平駅までの直通スキー列車の運行なども行われていたということです。(昭和47年廃止)また、鉱山には巨大スキー場のような資材運搬用のゴンドラリフトが数本建設されていたようです。3. 鉱山による環境の影響鉱山には必ず環境問題のしこりが残ります。この鉱山では、大量の強酸性水が赤川~北上川を汚濁していたため、大きな社会問題となっていました。岩手県議会は昭和46年7月「北上川水質汚濁防止の恒久対策の樹立」を国に請願し、「北上川水質汚濁対策各省連絡会議」(五省庁会議)を設置して対策の検討が進められました。 昭和47年5月から建設省が暫定中和処理を行う一方、この五省庁会議においては昭和51年、新たな中和処理施設を建設することが決定され、岩手県が通産省の補助を受けて建設するとともに、昭和57年4月から維持管理を行うことになったということです。中和施設は、昭和57年4月に本格稼働を開始し、以来、pH2程度の強酸性で鉄分や砒素を多く含む坑廃水を、昼夜・季節を問わず、毎分約17tの中和処理を行い、殿物を分離・堆積し、上澄水を赤川に放流しているということです。平成18年には、岩手県が平成12年度から16年度まで行われた新中和処理施設省エネルギー総合実証試験設備を買い取り、効率のよい運転管理に努め、平成19年度からは、分散制御システムを導入するなど、さらに確実な坑廃水処理を行っているということですが財政負担は相当なもののようです。4. 岩手山と八幡平東北の一大観光地岩手山と八幡平を訪れる人は、鉱山の繁栄と事後処理についてほとんど関心がないと思います。岩手の最高峰岩手山は二つの外輪山からなる標高2,038mの成層火山です。岩手富士と言われていますが、見る角度でまったく別の山に見えるのが特徴です。八幡平は岩手・秋田両県にまたがる標高1614mの台地状火山です。頂上部には9000~5000年前に発生した水蒸気爆発によつ多くの火口があります。冬季は北西の季節風の影響により八幡沼などは結氷し、アオモリトドマツなどに付いた樹氷が大きく発達して日本最大級の樹氷群となり、日本有数のパウダースノーエリアで山スキーの聖地的存在にもなっています。通行止めになっている御在所駐車場からが山スキーエリアになっています。4月11日、まだまだ雪がたっぷり残っています。八幡平に向かうアスピーテラインの路肩に大きなパイプが見えます。5. 松尾八幡平地熱発電所2019年1月に本格運転を開始した。定格出力は7,499kWで、国内で7,000 kWを超える規模の地熱発電所としては22年ぶりの稼働ということです。2本の生産井を通じて取り出した地熱を用いて発電を行い、発電した電力は固定価格買い取り制度を活用し東北電力に売却するほか、特定卸供給先であるアーバンエナジー株式会社に売却しています。タービンを回した後の排熱水は岩手県八幡平市に提供しており、農業などに活用されています。松尾鉱山の負の遺産を残したまま新しく始まった地熱利用、これが新しい負の遺産とならないように・・・