源九郎稲荷神社の秋
関東から帰宅の時に、大和郡山駅へ寄り道しました。
駅から、商店街をずいっと下ると、洞泉寺町です。
そこはかつての花街でした。
こちらは、旧川本邸。
初夏から、なにかと訪れることがありました。
稲荷通りの夏・花街のなごり
1.奈良三大遊郭のひとつ洞泉寺町・旧川本邸
2.今はむかし豪華絢爛!!遊郭の跡
3.ハートの小窓?
はじめて見たときには黒くて重々しい雰囲気でした。
幾度か訪れ、建物のことを理解するたびに、建物に明るさを帯びているように感じるようになりました。
この日は、玄関の両脇には、コスモスが飾られていました。
もしかすると、「旧川本邸保存活用プロジェクト」の彼かな?
源九郎稲荷神社に訪れました。
今年の6月頃から、なにかとお世話になりました。
横浜・崎陽軒の月餅をお供えにおいていきます。
社務所には、色とりどりの花が飾られています。
こちらは絵馬掛けでしたかな。
一枚一枚が、狐さんの形をしています。
なんでしょうね。
久々におとずれたせいでしょうか。
随分とあらゆるものが明るく、色づいてみえました。
源九郎稲荷神社のホームページ
http://www.genkurou-inari.com/
>大和郡山 洞泉寺町 源九郎稲荷神社 社伝
「神仏おそれぬ羽柴秀長、 白狐源九郎に折伏される」
源九郎稲荷神社のとよさんのブログです。
「とよの源九郎稲荷塾 ~絆~」
日本三大稲荷の源九郎稲荷神社 関連記事
源九郎稲荷神社とは・・・?
「源九郎さん出番ですよ!―日本三大稲荷の「源九郎稲荷神社」」
異聞 源九郎稲荷神社
とよさんをはじめとする源九郎稲荷神社復興の軌跡(ダイジェスト)
「序・幸運論と奇蹟」
「1.はじまりは、とよさんでした。」
「2.大和郡山の町中に響く法螺貝の声」
「3.闇の中からいずるものたち」
「4.ひろがるキセキ。 還るべきところ」
「5.源九郎さんのヒミツ」
「語り部~伏見稲荷大社と源九郎稲荷神社」
「キツネさんの受難! お色直しキツネさん。」
「ええ!そんなことしちゃったの!?」
奈良、早くいろんなところにいきたいですね。
(-^□^-)
↓↓↓↓↓
駅から、商店街をずいっと下ると、洞泉寺町です。
そこはかつての花街でした。
こちらは、旧川本邸。
初夏から、なにかと訪れることがありました。
稲荷通りの夏・花街のなごり1.奈良三大遊郭のひとつ洞泉寺町・旧川本邸
2.今はむかし豪華絢爛!!遊郭の跡
3.ハートの小窓?
はじめて見たときには黒くて重々しい雰囲気でした。
幾度か訪れ、建物のことを理解するたびに、建物に明るさを帯びているように感じるようになりました。
この日は、玄関の両脇には、コスモスが飾られていました。
もしかすると、「旧川本邸保存活用プロジェクト」の彼かな?
源九郎稲荷神社に訪れました。
今年の6月頃から、なにかとお世話になりました。
横浜・崎陽軒の月餅をお供えにおいていきます。
社務所には、色とりどりの花が飾られています。
こちらは絵馬掛けでしたかな。
一枚一枚が、狐さんの形をしています。
なんでしょうね。
久々におとずれたせいでしょうか。
随分とあらゆるものが明るく、色づいてみえました。
源九郎稲荷神社のホームページhttp://www.genkurou-inari.com/
>大和郡山 洞泉寺町 源九郎稲荷神社 社伝
「神仏おそれぬ羽柴秀長、 白狐源九郎に折伏される」
源九郎稲荷神社のとよさんのブログです。「とよの源九郎稲荷塾 ~絆~」
日本三大稲荷の源九郎稲荷神社 関連記事源九郎稲荷神社とは・・・?
「源九郎さん出番ですよ!―日本三大稲荷の「源九郎稲荷神社」」
異聞 源九郎稲荷神社とよさんをはじめとする源九郎稲荷神社復興の軌跡(ダイジェスト)
「序・幸運論と奇蹟」
「1.はじまりは、とよさんでした。」
「2.大和郡山の町中に響く法螺貝の声」
「3.闇の中からいずるものたち」
「4.ひろがるキセキ。 還るべきところ」
「5.源九郎さんのヒミツ」
「語り部~伏見稲荷大社と源九郎稲荷神社」
「キツネさんの受難! お色直しキツネさん。」
「ええ!そんなことしちゃったの!?」
奈良、早くいろんなところにいきたいですね。
(-^□^-)
↓↓↓↓↓
ただいま! 素盞鳴神社 【生駒市鹿畑】
「素盞鳴神社」(すさのおじんじゃ)
祭神は、読んで字のごとく、素盞鳴尊(すさのおのみこと)。
天正3年(1575)に生駒の鹿畑の鎮守として祀られました。
町内には八王子社を中心に、東に龍王四天、西に西ケ峯四天、南に三王四天、北に上之貝四天が祀られています。
「素盞鳴神社」は、鹿畑町の高台にあり、鳥居をかえりみると、のどかな風景がひろがっています。
「素盞鳴神社」、実は、私の近所の神社です。
このブログでもチョロチョロと名前はださせていただいています。
奈良に帰ってきたので、あいさつにいきました。
ただいまーと。
ヾ(@^▽^@)ノ
関東から戻ってきました。
ここ数日風邪で体調をくずしておりました。
m(_ _ )m
コメントのお返しは、近日必ず・・・
↓↓↓↓↓
称徳女帝と武甕槌命(タケミカヅチノミコト) ~ 春日大社に四柱祀られているわけ。
春日大社は、平城京の守護のために創祀されました。
茨城県の鹿島神宮より、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を第一殿に、
千葉県の香取神宮より、経津主命(ふつぬしのみこと)を第二殿に、
大阪の平岡神社より、天児屋命(あめのこやねのみこと)を第三殿、
比売神(ひめかみ)を第四殿に迎えられ祀られています。
もともとは、タケミカヅチ一柱だけが祀られていました。
しかも、当時には、社殿がありませんでした。
(榎本神社に山の神様もいらしていましたが・・・)
あるときのことでした。左大臣藤原永手(ながて)は、思案に暮れていました。
永手はかねがねから、藤原の祖先とされるアメノコヤネノ命とその妃・ヒメ神を都のちかくにお遷ししたいと考えていました。
しかし、今のタケミカヅチの聖地に、そんな勝手なことはできないだろうとあきらめていました。
そんな夜、称徳女帝の夢枕にタケミカヅチが現れました。

「南向けの神殿を造って、アメノコヤネ、ヒメ神を祀れ。
フツヌシも呼んでやれ」
とお告げになりました。
その話を聞いた永手は、よろこんで実行にかかりました。
永手は、四柱にりっぱな御殿を建てたのでした。

こうして今の春日大社が完成したのでした。
春日大社とタケミカヅチのお話、いかがだったでしょうか。
意外な姿もあったのではないでしょうか。
さて、奈良ではそろそろ、あのお祭りがはじまります・・・
ヾ(@^▽^@)ノ
↓↓↓↓↓
茨城県の鹿島神宮より、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を第一殿に、
千葉県の香取神宮より、経津主命(ふつぬしのみこと)を第二殿に、
大阪の平岡神社より、天児屋命(あめのこやねのみこと)を第三殿、
比売神(ひめかみ)を第四殿に迎えられ祀られています。
もともとは、タケミカヅチ一柱だけが祀られていました。
しかも、当時には、社殿がありませんでした。
(榎本神社に山の神様もいらしていましたが・・・)
あるときのことでした。左大臣藤原永手(ながて)は、思案に暮れていました。
永手はかねがねから、藤原の祖先とされるアメノコヤネノ命とその妃・ヒメ神を都のちかくにお遷ししたいと考えていました。
しかし、今のタケミカヅチの聖地に、そんな勝手なことはできないだろうとあきらめていました。
そんな夜、称徳女帝の夢枕にタケミカヅチが現れました。

「南向けの神殿を造って、アメノコヤネ、ヒメ神を祀れ。
フツヌシも呼んでやれ」
とお告げになりました。
その話を聞いた永手は、よろこんで実行にかかりました。
永手は、四柱にりっぱな御殿を建てたのでした。

こうして今の春日大社が完成したのでした。
春日大社とタケミカヅチのお話、いかがだったでしょうか。
意外な姿もあったのではないでしょうか。
さて、奈良ではそろそろ、あのお祭りがはじまります・・・
ヾ(@^▽^@)ノ
↓↓↓↓↓







