称徳女帝と武甕槌命(タケミカヅチノミコト) ~ 春日大社に四柱祀られているわけ。
春日大社は、平城京の守護のために創祀されました。
茨城県の鹿島神宮より、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を第一殿に、
千葉県の香取神宮より、経津主命(ふつぬしのみこと)を第二殿に、
大阪の平岡神社より、天児屋命(あめのこやねのみこと)を第三殿、
比売神(ひめかみ)を第四殿に迎えられ祀られています。
もともとは、タケミカヅチ一柱だけが祀られていました。
しかも、当時には、社殿がありませんでした。
(榎本神社に山の神様もいらしていましたが・・・)
あるときのことでした。左大臣藤原永手(ながて)は、思案に暮れていました。
永手はかねがねから、藤原の祖先とされるアメノコヤネノ命とその妃・ヒメ神を都のちかくにお遷ししたいと考えていました。
しかし、今のタケミカヅチの聖地に、そんな勝手なことはできないだろうとあきらめていました。
そんな夜、称徳女帝の夢枕にタケミカヅチが現れました。

「南向けの神殿を造って、アメノコヤネ、ヒメ神を祀れ。
フツヌシも呼んでやれ」
とお告げになりました。
その話を聞いた永手は、よろこんで実行にかかりました。
永手は、四柱にりっぱな御殿を建てたのでした。

こうして今の春日大社が完成したのでした。
春日大社とタケミカヅチのお話、いかがだったでしょうか。
意外な姿もあったのではないでしょうか。
さて、奈良ではそろそろ、あのお祭りがはじまります・・・
ヾ(@^▽^@)ノ
↓↓↓↓↓
茨城県の鹿島神宮より、武甕槌命(たけみかづちのみこと)を第一殿に、
千葉県の香取神宮より、経津主命(ふつぬしのみこと)を第二殿に、
大阪の平岡神社より、天児屋命(あめのこやねのみこと)を第三殿、
比売神(ひめかみ)を第四殿に迎えられ祀られています。
もともとは、タケミカヅチ一柱だけが祀られていました。
しかも、当時には、社殿がありませんでした。
(榎本神社に山の神様もいらしていましたが・・・)
あるときのことでした。左大臣藤原永手(ながて)は、思案に暮れていました。
永手はかねがねから、藤原の祖先とされるアメノコヤネノ命とその妃・ヒメ神を都のちかくにお遷ししたいと考えていました。
しかし、今のタケミカヅチの聖地に、そんな勝手なことはできないだろうとあきらめていました。
そんな夜、称徳女帝の夢枕にタケミカヅチが現れました。

「南向けの神殿を造って、アメノコヤネ、ヒメ神を祀れ。
フツヌシも呼んでやれ」
とお告げになりました。
その話を聞いた永手は、よろこんで実行にかかりました。
永手は、四柱にりっぱな御殿を建てたのでした。

こうして今の春日大社が完成したのでした。
春日大社とタケミカヅチのお話、いかがだったでしょうか。
意外な姿もあったのではないでしょうか。
さて、奈良ではそろそろ、あのお祭りがはじまります・・・
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