読書雑記 -36ページ目

読書雑記

読書日記。

ほとんど自分のためのものです。

はじめて出会う政治学―フリー・ライダーを超えて/北山 俊哉
¥1,890
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 政治学を少し勉強してみようと思い、とっかかりにこの本を読んでみた。「どのような話題からはじめれば、高校を出たばかりの学生たちを政治学の講義に引きこめるのだろうか。」という配慮もあるため、かなり「つかみ」の話題提供に紙幅を割いているから大人にとっては若干じれったくなるようなところもあるが、その分気楽に読める本である。


 政治関連のニュースや話題は、日常的に新聞やテレビ、一般向けの書籍等で見聞きすることが多いため、本書を読んでみても、政治学が扱う対象はたいへん身近なものだと感じた。自分たちの暮らしや生活に大きく関わる政治というものを、学問の体系に基づき整理して、政治学の大まかなアウトラインを示してもらったような気がする。


 1997年に初版が出て、2003年に新版が出ている。学生が入り込みやすいように、その時注目された話題や時事問題を随所に取り上げているからそろそろ改訂した方がよさそうである。


 「政治学では、法制度を前提としながらもそれと同時に、まず現実を知ろうとしなければならない。そしてもし現実が制度から予想される事態と異なっているのであれば、どうしてそうなのかをまた問わなければならないのである。」

 心して勉強しようと思う。



ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊/立花 隆
¥1,890
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 政治、経済、哲学、思想、サイエンス、社会問題、時事評論等、およそ人間に関わるあらゆる領域に関心を持ち、評論家・ジャーナリストとして活躍する立花氏は、常々「いいものを書くためには、IO比(インプットとアウトプットの比率)を100対1くらいに保つ必要がある。」と言っているように、100冊にも及ぶ著作がある氏の読んできた書物は半端な数ではない。


 本書は、そんな立花氏が自分の「人格形成期の中でも特に重要と考えられる二十代後半から三十代前半に」読んだ、「血となり肉となった」本、「血にも肉にもならなかった」本(あまりまじめでないやわらかい本という意味)の紹介と、新刊の読書案内を目的として雑誌に連載された読書日記の2部構成になっている。


 気の遠くなるような読書量や関心領域の広さにはただただ呆然とするばかりである。総量としての読書量もさることながら、1つのテーマに対象を絞ったときの集中的な読書の仕方もすごい。ある分野に関しての書物や資料が本棚何個分とかいう話がポンポンと出てくる。


 そして、読んできた膨大な量の書物が血肉化しているところがまたすごい。本の概要は言うまでもなく、その研究領域や学問における位置づけ、歴史的意義や社会に与えた影響、また、立花氏個人の人生における意義、読むこととなったきっかけ等が頭の中できちんと整理されているのは驚きである。普通の人間ならたとえ氏の何分の1かの書物を読むことができたとしても消化不良を起こして体の中を素通りして終わってしまいそうである。


 そこまでの読書ができなくても、立花氏の次の言葉に共感できる心持ちは常に保っていきたいと思う。


 「人間が生きている限り、そして人間が知的欲望を失わない限り、『もっと本を読みたい』 『新しい本にもっと出会いたい』と思うものです。もっと読みたいと思う本が次々にあらわれてくるということが、知的人間にとっては、生きている証しといってもいい。もしその欲望がなくなったら、その人はすでに知的に死んでいるといっていい。」

 

ナイチンゲールの沈黙/海堂 尊
¥1,680
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 現役の勤務医である海堂尊が描く大学病院を舞台にしたミステリーの第2弾。前作の「チーム・バチスタの栄光」 の続編とも言うべき設定であるが、本作は看護師が物語の中心となる。


 ベストセラーとなった「チーム・バチスタの栄光」に続く2作目として読者の期待も大きくなるがゆえに、「チーム・バチスタ」ほどのインパクトは感じないかもしれない。また、本作の肝の部分でもあろうが、看護師の浜田小夜や伝説の歌姫・水落冴子の歌声が聴く者に与えてしまう影響など、リアリティに欠けちょっとついていけないところもあった。


 それでも、読者をグイグイと引きつけるテンポの良い文章は魅力があるし、田口・白鳥コンビも健在で、事件の捜査をする警察庁の加納警視正や看護師長の猫田など、さらに強烈なキャラクターが加わって、この著者の人物描写はやはり読んでいて楽しい。

読む力・聴く力/河合 隼雄
¥1,575
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 「絵本・児童文学研究センター」主催の第10回文化セミナー「読む 聞く」(2005年11月20日・小樽市民会館)において、河合隼雄氏・立花隆氏・谷川俊太郎氏の3人が、「読むこと」、「聴くこと」の現代的意義を語った内容を収録してまとめたものである。


 カウンセラーの河合氏、ノンフィクション作家の立花氏、詩人の谷川氏は、それぞれが活躍する仕事の分野の違いから異なった読み方、聴き方をしている。


 とくに河合氏と立花氏の聴き方が対照的でおもしろい。

 立花氏がサイエンスの世界を書くために取材をする際には、河合氏のカウンセリングにおける聴き方と対比して、自ら次のように言っている。 「河合氏はひたすら向こうが話すのを待っている。僕の場合は徹底的にとことん聴きます。根掘り葉掘り聴く。『その次はどうなっているのか』、『そこはどうなっているのか』というのを・・・・聴きます。」

 それに対して、河合氏は相談に来た人の話をどのように聴いているかというと、 「『死にます』と言われても『はー』とぼーっと聴いているのです。」 来た人の発言をとらえて掘り下げて聴くのではなく、「・・・・来た人の考えていること、来た人が感じていることよりもっと大事にしているのは何かといったら、来た人の可能性の方に注目している。・・・・その人が「いま死にたい」と言われても死なないというのがあるかもしれない。」


 「読む 聴く」は人間が「生きる」ということに深く関わっていると河合氏は言う。「ところが、科学技術の急激な発展により、便利で快適な生活ができるようになったが、どうしても効率的なことへの追求が強くなりすぎて、短時間で多くの情報をわかりやすく得る方法が進歩しすぎて、じっくり『読む』とか他人の話を『聴く』とかのことがおろそかになる傾向が生じてきた。」

 「読むこと」、「聴くこと」は人間性の基本であり、多様な多彩な読み方、聴き方が人生をより豊かにするものであることを強く感じさせてくれた。




チーム・バチスタの栄光/海堂 尊
¥1,680
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 宝島社が主催する「このミステリーがすごい!」大賞の第4回大賞作品。現役の勤務医が描く大学病院を舞台にしたミステリーである。


 拡張型心筋症に対する手術術式として難しくリスクの高い「左心室縮小形成術」(俗称「バチスタ手術」)。成功率平均6割と言われるこのバチスタ手術を、米国帰りの‘ミスター・パーフェクト’こと桐生恭一助教授率いる「チーム・バチスタ」は成功し続ける。ところが、連戦連勝を続けたバチスタ・チームが3例立て続けに手術に失敗する。


 この小説の魅力は、何と言っても、院長の命令と依頼を受け謎の術死調査に乗り出す、東城大学医学部付属病院・不定愁訴外来勤務の窓際万年講師・田口公平と厚生労働省の個性派官僚・白鳥圭輔の異色コンビにある。田口の「パッシヴ・フェーズ」調査に対して、白鳥の「アクティヴ・フェーズ」調査。あっと驚くトリックがあるわけではないが、対照的な性格の二人が対照的な方法により関係者を聞き取りしていく場面、正反対の性格の二人のやりとりがこの物語の醍醐味であろう。

自壊する帝国/佐藤 優
¥1,680
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 本書は佐藤氏が外交官としてモスクワに勤務していた時期をつづった個人史的側面と佐藤氏が赴任していた時期に起こったソ連の崩壊過程を記録した現代史的側面を持っている。


 個人史的側面については、外務省に入省後モスクワ勤務時代を通じて、佐藤氏の外交官としてのプロ魂には感心させられる。外交官といえば、日本の国益に関わる情報をいち早く収集し分析して本国へ伝えることが重要な仕事であろうが、そのための佐藤氏の人脈づくり、情報収集への並々ならぬ熱意、努力にはここまでやるかとさえ思ってしまう。以前に読んだテリー伊藤の『お笑い外務省機密情報』(飛鳥新社)で叩かれている外交官のイメージとは全然異なる。


 ソ連の崩壊過程の現代史的側面といえば、理論的な解明は、『国家の崩壊』(にんげん出版)に詳しいということであるが、佐藤氏が作り上げた人脈を通じての人間ドラマとして国家が自壊していく過程を本書で垣間見ることができる。また、外国で人脈をつくり、情報を収集するためには、まず前提としてその国の国民の気質や生活、文化などを肌で感じ吸収していくことが基礎になるのだろう。その意味で佐藤氏が感じ取ったロシア人の気質や生活、文化が随所に紹介されていておもしろい。いろんな楽しみ方ができる本である。

楽隊のうさぎ/中沢 けい
¥540
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 気が小さくて自分の殻に閉じこもりがちな主人公の少年・克久が、ふとしたきっかけから中学校の吹奏楽部に入部し、音楽にのめり込みながら、同時に人間的にも成長していく姿を描く。

 多感な時期にある少年の心の動き、徐々に大人になっていく息子を持つ母親の心情、克久少年を含めた部員たちのブラスバンドに打ち込む姿、コンクール前の部員たちの緊張感、音楽への情熱等々、登場人物の微妙な心理やちょっとした出来事が丁寧にしかも軽快な文章で表現される。

 中学校で吹奏楽部に入っている友人にたまにブラスバンドの話を聞いていて、その友人から貸してもらって読んだ本であるが、読んでいる中で友人に聞いたような話がたくさん出てきて、解説のエピソードの高校生の話にもあるように、「まるで自分たちのことを書いているのではないかと思うところがいくつもありました」というのもうなづける。

ローカル・マニフェストによる地方のガバナンス改革―自治体が変わる、地域も変わる/UFJ総合研究所国土地域政策部
¥2,500
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ローカル・マニフェストについて、概要、論点、動向がわかりやすく整理されている。


ローカル・マニフェスト導入の意義や課題を知ると、それがいかに地方行政のあり方全般に関わる問題であるかということがよくわかる。本書の第3章から第5章までの章立ても、第3章「ローカル・マニフェストと計画行政」、第4章「ローカル・マニフェストと市民協働」、第5章「ローカル・マニフェストと地方議会」となっていることからわかるように、ローカル・マニフェストが地方自治に携わる全ての主体の問題として解説されており、ローカル・マニフェストの理解を通して、行政(執行部)、市民、議会が地方自治においてどのような役割を果たすべきか、また今後どのように変わっていかなければならないかが見えてくる。さらに、ローカル・マニフェストの基本的な要素(「目標値」、「期限」、「財源」、「工程」が挙げられている)の一つとして、「財源」を示す意味は、まさに昨今の厳しい地方財政の問題でもあるし、また、ローカル・マニフェストとして首長が政策を示していくことは国の関与を排除して地方の独自色を出していくことであり、地方分権の問題でもある。


マニフェストはもともとイギリスが発祥であることを考えると、どうしても小選挙区制、2大政党制との関わりが気になってくる。小選挙区制、2大政党制というとどうしても少数派の意見や利益を軽視してしまいがちなイメージを受ける。本書にも「イギリスでは、当選者は、マニフェストを盾にして、マニフェストで明示された政策以外の住民の様々な要求を拒絶することができるといわれている。」という記述があるが、マニフェストは決して絶対的なものではなく、行政執行部での施策化の段階で十分に検討が加えられ、随時住民の意見に耳を傾けつつ、「多元的な住民の利益を政策に反映させる」役割を持った議会との議論を通じて、マニフェストを実現していくことが重要だと思われる。


2003年が「マニフェスト元年」と言われ、2003年4月の統一地方選挙がわが国で最初のマニフェスト選挙であった。その時、マニフェストを掲げ当選した首長たちは4年目の任期を迎えている。ローカル・マニフェストが導入されてからマニフェストサイクルが初めて一周することになるが、マニフェストがどのように評価され、次の選挙にどう影響するのか大変興味深いところである。


滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか/立花 隆
¥2,310
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滅日経BP社のウェブサイトで連載されている「立花隆のメディア ソシオ-ポリティクス」を編集して出版されたのが本書である。「立花隆のメディア ソシオ-ポリティクス」は立花隆氏が日々のメディア情報(新聞、雑誌、インターネット等々)を基に、「目の前の現実から一歩引いて、より広い視野からそれを捉え直したときに、何が見えてくるかを中心に」書かれた時事評論サイトである。


第1回「ライブドア、ソニー、西武鉄道報道のミッシング・リンクを読み解く」(2005年3月25日)から、第67回「朝日・読売の論説トップが批判 小泉靖国外交の危険な中身」(2006年2月16日)掲載分までを抜粋し加筆修正してテーマ別にまとめられており、日々発信される(あるいは垂れ流される)情報の洪水の中から、後世に振り返ったときに日本にとって大きな転換点となるような事実や事件を抽出し、それらを読み解く一つの視点を与えてくれる。


章毎に印象を拾ってみると、


第1章「ライブドアショック」では、ニッポン放送乗っ取り事件で米投資銀行のリーマン・ブラザーズの果たした役割や元ライブドア社長の堀江貴文容疑者とウラ社会のつながり等事件の背景に関わる記述(推測も含めてだがその推測が結構おもしろい)が非常に興味深い。


第2章「天皇論」では、明治天皇は唯一生き残った直系男子であり、明治天皇は、9人の側室により15人の子供が持ったが、成人まで生きていたのは女子が4人で、生き残った唯一の男子が大正天皇と言う事実を知って驚いた。大正天皇の妃は多産系で4人の男子が元気に育ち、昭和天皇が即位するわけだが、正室の子が天皇の位をを相続するのは実に150年ぶりということである。

これらの事実からすると、天皇制度を存続させようとするならば、女性天皇、女系天皇は避けられず、また、日本国憲法第1条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」の規定を引いて、世論調査で国民の大多数が女性天皇、女系天皇を容認している事実は「国民の総意に基づ

く」という指摘は明快でわかりやすい。


第3章「靖国論・憲法論」では、冒頭の若宮・渡辺対談(朝日新聞社の発行する月刊誌「論座」に掲載された朝日新聞論説主幹・若宮啓史と読売新聞主筆・渡辺恒雄との靖国問題や外交問題に関する対談)の話がおもしろい。それぞれリベラルと保守を代表する朝日新聞と読売新聞の論説トップがそろって小泉政権・靖国参拝を批判し意気投合していることからも、靖国参拝を「心の問題」として片づけてしまう小泉首相がますます浮いた存在に思えてくる。

(靖国問題については、本書出版以後8月15日が近づくにつれウェブサイトに次々と関連記事がアップされている。ちなみに昨日8月15日、小泉首相はとうとうこの日に靖国神社を参拝した。今後の内外の動向が注目される)


第4章「小泉改革の真実」では、郵政民営化問題、法案否決、解散・総選挙、自民党の大勝利といった政局の一連の流れがつかみやすい。未来予測的な記述も多く含まれ、それがはずれることもあるのだが、本章のはじめに著者が「そのような予測があったことも歴史の一部だ」と述べているとおり、修正されることなくそのまま掲載されている。田中角栄元首相の金脈問題で名を馳せた著者が永年見てきた政界の先例、論理に基づくそれらの予測は、どういう事実に基づきそう推測されるかが書かれており、刻一刻と変わる状況の変化の中でたとえその予測が外れたとしても、政局の流れをつかむ視点、政治家の行動や言動に隠された真意を読みとる視点がわかり大変勉強になる。

そして、本章と次章を併せて読めば、小泉改革は、旧経世会の勢力をいかに排除するかという視点でみるととらえやすく、また、日本の国益よりアメリカの国益を優先した改革になっているということを教えてくれる。


第5章「ポスト小泉の未来」では、自民党が総選挙に大勝した後の特別国会で、9月26日に行われた小泉首相の所信表明演説の中身のなさに象徴されるように、ポスト郵政についての具体的な施策の内容が見えてこないと指摘する。前章で言うように、「なるほど破壊者としての小泉首相はそれなりにすぐれたパフォーマンスを見せてきたが、破壊の後に必要となる建設者としての姿は見えてこない」と。ポスト小泉の未来、日本の未来について考えると暗澹たる気持ちになる。

そして、政治家としての小泉首相は、任期延長をしないことを表明していることで、キングよりも闇将軍時代の田中角栄のようなキングメーカーとしての地位を選んだのではないかという。


イラク戦争については、2004年に出版された著者「イラク戦争・日本の運命・小泉の運命」(講談社)でも言及されている。第6章「イラク問題」では、その後、「ブッシュ大統領は、米軍によるイラク占領は正式に終結したと宣言し、連合国暫定当局(CPA)から、イラク暫定政権への主権委譲式が行われた」が、イラク政府は自ら治安を維持し国家を管理できる状況ではなく、イラク戦争に係るコストがアメリカ経済を破綻させる危機にあることが書かれている。そのコスト増を日本にも負担させようとするアメリカに対して政府のとる態度は国益を無視しているとしか思えない。


第7章「メディア論」では、メディア論、とりわけネット社会におけるメディアのあり方についての記述が多い。第1章から第6章までに分類できないテーマも本章に整理されているのではないかと思われる。


日経BP社の連載サイトもリアルタイムに読んでいくとニュースの見方もだいぶ変わってくる。そして、ある時期にまた書籍化されたら一連の流れの中でテーマ別にまとめて読んでみたい。


流星ワゴン/重松 清
¥730
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 「死んじゃってもいいかなあ、もう」と生きる希望をなくした「僕」のもとに、5年前、ドライブ中に交通事故で亡くなった父子の乗るワゴン車が現れ、「僕」にとって大切な場所(過去)へ連れて行ってくれる。

 「僕」は父、妻、息子との関係がうまくいっておらず、過去にタイムスリップしたところで現実をやり直すことはできないのだが、大切な場所(今のようになってしまった過去の分岐点といおうか)に戻ることによって、当時は気づかなかった父、妻、息子の立場・心情を理解するようになっていく。

 父と息子の軋轢、家庭崩壊といったテーマ、それを過去に戻ってやり直そうとするという手法のいずれも昔からあるのに、古くさく陳腐に感じることなく、一気に読ませてくれる。