ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊 | 読書雑記

読書雑記

読書日記。

ほとんど自分のためのものです。

ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊/立花 隆
¥1,890
Amazon.co.jp


 政治、経済、哲学、思想、サイエンス、社会問題、時事評論等、およそ人間に関わるあらゆる領域に関心を持ち、評論家・ジャーナリストとして活躍する立花氏は、常々「いいものを書くためには、IO比(インプットとアウトプットの比率)を100対1くらいに保つ必要がある。」と言っているように、100冊にも及ぶ著作がある氏の読んできた書物は半端な数ではない。


 本書は、そんな立花氏が自分の「人格形成期の中でも特に重要と考えられる二十代後半から三十代前半に」読んだ、「血となり肉となった」本、「血にも肉にもならなかった」本(あまりまじめでないやわらかい本という意味)の紹介と、新刊の読書案内を目的として雑誌に連載された読書日記の2部構成になっている。


 気の遠くなるような読書量や関心領域の広さにはただただ呆然とするばかりである。総量としての読書量もさることながら、1つのテーマに対象を絞ったときの集中的な読書の仕方もすごい。ある分野に関しての書物や資料が本棚何個分とかいう話がポンポンと出てくる。


 そして、読んできた膨大な量の書物が血肉化しているところがまたすごい。本の概要は言うまでもなく、その研究領域や学問における位置づけ、歴史的意義や社会に与えた影響、また、立花氏個人の人生における意義、読むこととなったきっかけ等が頭の中できちんと整理されているのは驚きである。普通の人間ならたとえ氏の何分の1かの書物を読むことができたとしても消化不良を起こして体の中を素通りして終わってしまいそうである。


 そこまでの読書ができなくても、立花氏の次の言葉に共感できる心持ちは常に保っていきたいと思う。


 「人間が生きている限り、そして人間が知的欲望を失わない限り、『もっと本を読みたい』 『新しい本にもっと出会いたい』と思うものです。もっと読みたいと思う本が次々にあらわれてくるということが、知的人間にとっては、生きている証しといってもいい。もしその欲望がなくなったら、その人はすでに知的に死んでいるといっていい。」