読書雑記 -31ページ目

読書雑記

読書日記。

ほとんど自分のためのものです。

原発ホワイトアウト/講談社

¥1,680
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☆☆☆☆★

 本書は「現役キャリア官僚によるリアル告発ノベル」と銘打たれている。プロフィールには「東京大学法学部卒業。国家公務員Ⅰ種試験合格。現在、霞が関の省庁に勤務。」と紹介されているのみ。

 2013年の9月に出版されているので、7月21日の参院選の自民党大勝の事実を踏まえて書かれている。参院選後、衆参のねじれが解消し、原発が息を吹き返すための政治状況が整ってから、全国の原発が次々と再稼働するまでの、いわば原子力ムラの復活劇だ。

 この小説に書かれていることはどこまでが事実なのか。
 実在の人物あるいは実在の人物を想起させる人物を随所に登場させながら、保守党(=自民党)、経済産業省、日本電力連盟(=電気事業連合会)を中心とした政官財癒着の構造がリアルに描かれている。
 これらが事実と大差ないということであれば、慄然とする思いだ。

 参院選当日、保守党(=自民党)の単独過半数が見えてくると、日本電力連盟(=電気事業連合会)の常務理事が今後の課題を3つ書き留める。
 ①再稼働(追加工事の猶予期間、新崎県知事(=新潟県知事)対策)
 ②電力システム改革の阻止(発送電一貫体制、原発の堅持)
 ③世論対策(電気料金値上げの容認)

 3つの課題を課題を解決するため、電力会社の超過利潤の一部をプールして得た工作資金を武器に、あるときは検察、警察、マスコミなど、ありとあらゆる手段を使って、原子力ムラを復活させていく。
 内部告発した官僚や再稼働に反対する地元知事の逮捕などの国策捜査、原発に反対するデモの取り崩しといった場面は本当にえげつない。

 原子力規制庁の若手官僚が嘆く。
 『・・・規制当局の意識は急速にフクシマ以前に戻ってますよ・・・』
 『・・・このままなら、原発はまた、爆発します・・・』

 小説の若手官僚の告発、本書の筆者の告発のようなことが、現実に起こっていること、あるいは今後起こりうるものとして、重く受け止めなければならない。
オー!ファーザー (新潮文庫)/新潮社

¥788
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☆☆☆☆★

解説で初めて知ったのだが、この本のタイトルは、マドンナの曲のタイトルから取っているそうだ。しかも、その曲はマドンナが少女時代に父親から受けた虐待やトラウマについて歌ったものらしい。

物語は、そんな陰鬱な曲のイメージとは違って、テンポの良い笑える会話とともに、伏線となる様々な出来事が見事に一つの結末に収斂していく。

読み始めると、主人公には4人の父がいる、という突飛な設定で物語への期待感が一気に高まり、最後までその期待にきちんと応えてくれる。
人に強くなる極意 (青春新書インテリジェンス)/青春出版社

¥880
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☆☆☆★★

一般的に、よりよく生きるための生き方本や、よりうまく仕事をするためのビジネス本などは、その世界で一流の人が書いたものであり、かつ、その人の生き方や仕事ぶりに共感しているのであれば、感銘を受けることが多い。

これまでにも、藤田晋氏の『藤田晋の仕事学』『憂鬱でなければ、仕事じゃない』『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほと見ていなくはない』や、佐藤優氏の『読書の技法』『子供の教養の育て方』などを読み、参考になることが多く、読んだ後にはやる気が湧いてくるような感覚もあった。

とはいえ、当たり前と言えば当たり前のことなのだが、読むだけではだめで、実践しなければ意味がない。読んで気分は良くなるものの、自分は何も変わってないことが多いので、生き方本やビジネス本の新刊はなるべく買わずに、むしろ以前読んだ本を読み返し、実践できていないことを反省した方が身になると思っている。

でも、やはり、藤田晋氏や佐藤優氏の本はたまに買ってしまう。本書も本屋で目にして早速買ってしまった。説得力ある具体的な経験やエピソードに基づいて書かれているので、案の定、触発される。後は、実践あるのみ。
いかにして問題をとくか・実践活用編/丸善出版

¥1,470
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☆☆☆★★

ハンガリーの数学者・ポリアによる『いかにして問題をとくか』は、半世紀を超えて読み継がれる世界的なベストセラーである。数学の問題解決に留まらず、世界的なIT企業の社員教育で用いられている例もあり、ビジネスなど実社会で起きている課題の解決にも応用できる書として定評がある。

ところが、『いかにして問題をとくか』は、一般化した表現であること、やや古い文体で直訳的な翻訳の箇所もあることなどから、大変読みにくい、わかりにくいという声もある。

そこで、『いかにして問題をとくか』で述べられた、あらゆる分野の問題を解決するための一般化した発見的教授法なるものについて、「日常の生活やビジネスとはどのように結びつくのか」といった視点から、豊富な実例を交えて解説したのが、本書だ。

「算数+α」の知識レベルを前提に書かれており、説明も大変わかりやすい。このような教え方をされれば、算数や数学が楽しく学べるし、生きていく上で数学的なものの考え方が大切であることも納得できる。また、対比的にいわゆる「ゆとり教育」では十分に教えられていなかった事項について随所に取り上げられているのも興味深く読めた。

問題解決の4ステップを説明した序章のほか、第1章「帰納的な発想を用いる」、第2章「定義に帰る」等、全部で13の数学的なアプローチが各章に一つずつ具体例を挙げて解説されている。

ただ、一つ一つの具体例はわかりやすくおもしろいのだか、各アプローチの例としてはピンと来ないこともある。ひとえに、自分に「算数+α」の知識や考え方が欠如していることに起因するのだろう。著者の芳沢光雄氏は『新体系・中学数学の教科書(上・下)』なども書いているので、再度勉強してみようと思う。
オレたち花のバブル組 (文春文庫)/文藝春秋

¥690
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☆☆☆☆★

オレたちバブル入行組』の続編。

東京中央銀行がメインバンクとして200億円の融資を実行したばかりの老舗ホテルが運用失敗で120億円もの損失を出すことが明るみになった。

しかも、目前に迫った金融庁検査で、業績の悪化した老舗ホテルに対する融資に回収懸念があると判断された場合、銀行は巨額の引当金を経費として計上せねばならず、銀行の業績を直撃する痛手となる。

ホテルを再建に導き金融庁検査を乗り切る任務を遂行するババを引かされたのはまたもや半沢直樹だ。

銀行合併前の旧行ナワバリ意識、足の引っ張り合い、一筋縄ではいかない取引先の面々と、奮闘する半沢の前には、例によって次々と障害が立ちはだかる。
しかも、今回は「金融庁の嫌な奴。銀行業界の嫌われ者」である黒崎調査官が登場する。
実際の銀行もここまで競争や権力争いの激しいところなのだろうか。金融庁の検査官はこんなに傲岸不遜なんだろうか。

ともあれ、前作同様、難局を切り抜けて行く半沢の活躍は痛快で、特に黒崎調査官との対決は見ものだ。

「ほんとうのことをいうのなら今のうちだ。後からでは容赦しない」
「基本は性善説。しかし、やられたら、倍返し」
半沢節も健在である。

半沢の同期で一時は心の病から休職を余儀なくされた近藤の復活劇もグッとくる。


データでわかる2030年の日本/洋泉社

¥1,680
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☆☆☆☆★

人口の減少、少子化、高齢化、世帯構成の変化、晩婚化、貧困の拡大等々を傾向としては理解していても、具体的な数字は知らないことが多い。これらの基本的なデータを知れば、今の日本が直面している問題がより鮮明になる。ビジネスパーソンにとっては知っておくべきあるいはすぐに参照できるようにしておくべきデータばかりだ。

国勢調査や国立社会保障・人口問題研究所の統計資料等に基づき、日本の過去・現在・未来を表す主要なデータについて、「人口」「高齢化」「結婚・家族・世帯」「教育・所得・福祉・住宅」の4章に分け、グラフも交えて大変わかりやすく説明されている。

本書に載っている統計データのいくつかを紹介してみよう。

(人口)
・2010年の日本の人口は、1億2,806万人。1900年はまだ4,385万人だった。2110年には再び4,286万人まで減少すると予測されている。20世紀に100年かけて3倍に増えた人口が、21世紀の100年をかけてまた3分の1近くに減るということだ。

(高齢化)
・65歳以上の高齢者の割合が総人口の7%以上14%未満の社会を「高齢化社会」、14%以上21%未満を「高齢社会」、21%以上を「超高齢社会」と言うそうだ。1970年には高齢化率7.1%で高齢化社会だった日本は、1995年には14.6%で高齢社会、2010年には23%で超高齢社会と、ものすごい勢いで高齢化が進んでいる。これが、2030年には31.6%、2060年には39.9%と予測されている。

・人口が減り、さらには高齢化が進むと、当然ながら働く人の数も減っていく。15歳から64歳までの生産年齢人口は、明治以降1995年まで増え続けていたのが、2000年には減少に転じたということだ。1995年には8,622万人いた生産年齢人口は、2015年には7,682万人、2035年には6,343万人、2055年には4,706万人になるという。さらに、生産年齢人口に対する年少人口(0~14歳)+老年人口(65歳以上)の割合を見ると、1965年から2000年までは47~48%くらい、つまり、生産年齢人口10人でその他の5人を支える社会だった。それが、2025年を過ぎると70%を超え、2075年には100%を超える。つまりは、10人で10人を支える大変厳しい社会になる。

(結婚・家族・世帯)
・1947年から49年まで毎年約270万人が生まれ、3年間の出生者数は800万人を超えた。第1次ベビーブーム、いわゆる団塊の世代だ。団塊の世代が生まれた後に出生者数が急激に減っていくのは、1948年に優生保護法が施行され、妊娠中絶が合法化されたからだという。その後、団塊世代の女性が結婚・出産するようになり、1971年から1974年には毎年約200万人以上の子どもが生まれる(第2次ベビーブーム。団塊ジュニアの世代)。1974年以降、再び出生者数が減り始めた背景には、団塊世代の女性の出産期が過ぎたのと、1973年の第1次オイルショックによる高度経済成長の終わりが影響しているようだ。近年、出生者数は100万人台で推移しているが、あと数年で100万人を切り、2030年には75万人、2060年には48万人まで減少すると予測されている。

・出生者数が減ったのは、そもそも結婚する人が減ったからだという。加えて、結婚しても晩婚化が進んでいるということもあるだろう。25~29歳の女性のうち未婚の女性の割合は、1950年に15%だったのが、2010年には60%になっている。2010年の未婚率をさらに詳しく見ると、第2次ベビーブーム(団塊ジュニア)の世代である35~39歳の未婚率は、女性で23%、男性で36%となっている。団塊ジュニアは人口は多いが、未婚率が高く、子供をあまり産まなかったということだそうだ。

・2010年の家族構成別の世帯数は、一人暮らし世帯は1,678万世帯、夫婦と子供からなる世帯は1,447万世帯、夫婦のみの世帯は1,027万世帯、ひとり親と子供の世帯は454万世帯、その他が578万世帯となっている。

・一人暮らしというと従来は若者がするイメージで、事実、1985年の一人暮らし790万世帯のうち、20~24歳は180万世帯、25~29歳は107万世帯と、20歳台が多くを占め、85歳以上は5万世帯、65歳以上でも120万世帯程度に過ぎなかった。それが2010年には、20~24歳は166万世帯、25~29歳は168万世帯と依然として多いが、ほぼ全年齢区分で100万台を超えており、85歳以上だけでも66万世帯に増えている。さらに2035年になると、85歳以上が最も多く、211万世帯となる。今後、高齢者の一人暮らしがどんどん増えてくるということだ。

(教育・所得・福祉・住宅)
・1976年から92年までは、(毎年の19年前の)出生者数と短大・大学の学生数は比例して増えている。ところが、1993年以降、(19年前の)出生者数が減っていくにもかかわらず、学生数は増えている。しかも、短大生の数は減って、4年制大学の学生数が増えている。しかし、大学進学率が上昇したことをもって、社会の高学歴化が進み、日本の知的レベルが向上していると、単純には言えないようだ。というのも、1973年生まれを境に人口が減っていく中、進学率を一定にしていては学生数が減るばかりで大学経営が立ち行かなくなるため、あまり難しい試験はせずにどんどん学生を入学させよう、短大は4年制大学に替えて、4年間学費をもらおう、という大学側の思惑があるらしいからだ。それで、学生の質がどうなったかは目に見えている。

・1984年には8%ほどだった男性の非正規雇用の割合が、2012年には20%に、女性は29%から55%に上昇している。問題なのは、結婚する時期にある25~34歳の男性の非正規雇用の割合が15%もあり、晩婚化・少子化の一因になっているということだ。

・所得も長い間減り続けている。1996年には1世帯あたり平均661万円あった所得が、2010年には538万円まで下がっている。アベノミクスによる賃金上昇は期待できるのだろうか。

・1ヶ月平均の生活保護受給世帯は、1952年度以来、ずっと70万世帯前後で推移し、1992年度には59万世帯まで減少していたのが、バブル崩壊と高齢者の増加によって2005年度には100万世帯を超え、2010年度には141万世帯まで増加している。

・かつて、年間200万戸近くあった住宅の着工戸数は、現在は80万戸ほどであり、2030年頃には40万戸ほどに減るという予測もあるそうだ。また、1978年に268万戸だった空家の数は、2008年には757万戸になり、国土交通省の予測では、2030年には1133万戸、2050年には1549万戸と、現在の2倍以上に増える。

・「道路も橋も要介護になる」。橋は、日本中に15万7,000あるが、できてから50年以上のものの割合は2011年で9%である。これが、2031年には53%になる。1960年代、1970年代にたくさんつくられた橋が50年以上経過するからだ。


本書のデータを見れば、「2030年までの間に、われわれ日本人は、社会のさまざまな仕組み、制度を根本から変えていき、2040年からの社会に備えなければならない」ことがよくわかる。
オレたちバブル入行組 (文春文庫)/文藝春秋

¥690
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☆☆☆☆★

TBSの日曜劇場『半沢直樹』の第7回(9月1日放送)の平均視聴率は、関東地区、関西地区ともに30%台に達したそうだ。

2011年の11月~12月に放送され最高視聴率40%を記録した『家政婦のミタ』(日本テレビ)が、東日本大震災で「家族の絆」の大切さを感じていた視聴者の心に響いたと言われるように、大ヒットするテレビドラマにはその時代を支配する空気や視聴者の心理に訴えかけるものがあるのだろう。

『オレたち花のバブル組』とともに『半沢直樹』の原作である本書は、バブル絶頂期の1988年に都市銀行に入行した主人公たちの十数年後を描いている。バブル経済が崩壊し、不良債権処理に苦しんだ末、その後遺症が残る時代だ。その後、2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災を経て、日本経済はさらに通弊し今に至っている。小説の舞台と今では、10年の隔たりがあるが、通じて先の見えない閉塞感が世の中を覆う同時代であると言えよう。

古色蒼然とした官僚主義や事なかれ主義、保守的で傲慢な体質が蔓延する銀行という組織の中で、したたかに逞しく生き抜く主人公・半沢直樹の姿は、読者にさぞかし痛快に映るであろう。

また、著者の池井戸潤が元銀行員とあって、リアルな迫力ある作品に仕上がっている。

さらに、この作品がいいのは、池井戸潤・文庫最新作の『民王』がきれいに優等生的にまとまっているのに対し、半沢の病的な側面まで描かれているところだ。

確かに、会社の上司、取引先、役人等、理不尽でヒドい奴がたくさん出てきて、相応の罰を受けて当然なのだが、半沢の反撃はあまりにサディスティックで徹底的なのだ。

「オレは基本的に性善説だ。相手が善意であり、好意を見せるのであれば、誠心誠意それにこたえる。だが、やられたらやり返す。泣き寝入りはしない。十倍返しだ。そしてーー潰す。二度とはい上がれないように。」
民王 (文春文庫)/文藝春秋

¥651
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☆☆☆★★

池井戸潤原作の『オレたちバブル入行
組』『オレたち花のバブル組』をドラマ化した『半沢直樹』が高視聴率を維持している。

『オレたち~』が銀行を舞台にした企業小説であるのに対し、本書は、総理大臣をはじめとする政治家や総理大臣の家族、その友人たちが登場する、『政治コメディ』だ。

田辺靖=福田康夫、安西滋=安倍晋三、武藤泰山=麻生太郎 等、実在の政治家を想起させる人物設定やエピソードも散りばめられている。

物語の大半は、皮肉やユーモアたっぷりのドタバタ劇が展開されるのだが、最後は、登場人物が正論や理想を貫き、きれいに終わる。
現実には、正論や理想を押し通そうとすることによる葛藤や苦悩があるわけで、そのあたりの描き方があっさりしすぎている気がする。
解説で言うような『有権者必読の書』というのはちょっと褒め過ぎか。

とは言え、そこそこの頁数(341頁)の割には、一気に読めて、大変楽しい作品である。
ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)/講談社

¥1,785
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☆☆☆☆★

「在日特権を許さない市民の会」(在特会)は、在日韓国人・朝鮮人に与えられた特権を日本から無くすことを目的として設立された「右派系市民団体」だ。

ネット上の掲示板等で人種差別的・排外主義的な書き込みを繰り返すネット右翼の存在は以前から知られているが、ネットの世界から飛び出して、街頭演説やデモ行進を行う「行動する保守」として活動するのが在特会の特徴である。ネットによる簡易な登録が可能とはいえ、会員数は1万人を超え、年間1000万円もの寄付が集まるという。

「ゴキブリ朝鮮人を日本から叩き出せ!」
「シナ人を東京湾に叩き込め!」
「おい、コラ、そこの不逞朝鮮人! 日本から出て行け!」
「死ね!」
彼らは、子供のケンカ以下の聞くに耐えない罵詈雑言を叫びながら、街頭を練り歩く。
匿名が基本で相手が見えないインターネット空間は、攻撃的・暴力的な言葉で溢れているが、そうしたネット上での言語感覚が、そのまま現実の世界に持ち込まれてしまったように思える。

在特会が在日コリアンに付与された「在日特権」として指摘しているのは、
①特別永住資格
②朝鮮学校補助金交付
③生活保護優遇
④通名制度
だそうだ。
しかしながら、在特会が主張する「在日特権」なるものは、「一つひとつ事実を検証すれば、『特権』というよりは、在特会やその賛同者が従来の制度を思いっきり拡大解釈した上で、彼ら独自の見解や根拠の怪しいデータを付け加えた、いわば彼らが後から『発見』したもの」のようだ。
「真実に目覚めた」「真実を知った」など、在特会に関係する者は「真実」という言葉を好んで使うらしい。「新聞、雑誌、テレビによって隠蔽されてきた真実が、ネットの力によってはじめて世の中に知られることになった」というのである。インターネットは既存メディアよりも情報量が豊富な分、情報の確度や価値において玉石混交だ。ネットから自分たちに都合のよい情報ばかり吸収しているのだろう。

「理不尽で、荒々しい力で、彼らを駆り立ててやまないものは何なのか。彼らが口にする憎悪の源には何があるのか。いったい彼らは、かくも過激な在特会の活動のどこに魅了されているのか。」

在特会やその関係者、既存の保守運動家、在日コリアン等への1年半にわたる取材を通して、筆者はこの問いに答えようとする。

街頭で憎悪を剥き出しにして荒々しく叫ぶ在特会のメンバーを取材するために、身構えて一人ひとりに会ってみると、筆者は拍子抜けの連続だったという。とても真面目で礼義正しい人物が多いのに驚いたということだ。

在特会を至近距離から見てきた人物が言う。
「連中は社会に復讐してるんと違いますか?私が知っている限り、みんな何らかの被害者意識を抱えている。その憤りを、とりあえず在日などにぶつけているように感じるんだな」
現代社会で「うまくいかない人たち」が、本来なら自分たちが享受するはずのものを「奪われている」という喪失感、被害者意識を持っている。これが外国人嫌いと結びつくと、外国人を略奪者にたとえるシンプルな極論が一定程度の説得力を持ってしまうのではないかと筆者は分析している。

社会への不満を持つ者の馬鹿げた非常識な行動だと斬り捨てるのは簡単である。その意味である在日コリアンの次の言葉が印象的だ。
「でもね、本当に怖いのは、在特会じゃないような気もするんです。」「在特会ってわかりやすいですよね。腹も立つし、悲しくもなるんやけど、あまりにわかりやすいだけに恐怖を感じることはないんです。僕が怖いのは、その在特会をネットとかで賞賛している、僕の目に映らない人たちなんです。いっぱい、おるんやろうなあと思うと、正直つらくてしかたないんですよ」

在特会とは何かと聞かれるたびに、筆者はこう答えるという。
「あなたの隣人ですよ。
人の良いオッチャンや、優しそうなオバハンや、礼義正しい若者の心のなかに潜む小さな憎悪が、在特会をつくりあげ、そして育てている。街頭で叫んでいる連中は、その上澄みにすぎない。彼ら彼女らの足元には複雑に絡み合う憎悪の地下茎が広がっているのだ。」
安部政権のネット戦略 (創出版新書)/創出版

¥756
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☆☆☆☆★

先の参院選では、自民党が大勝した。

本書によると、自民党のFacebookの「いいね!」の数が38,000に対し、民主党は1,800、2013年5月時点で、安倍首相のツイッターのフォロワーが35万人に対し、民主党の細野豪志幹事長は4,800人余りだったらしい。

ネットによる政治活動や選挙運動がどの程度自民党の得票につながったのかはわからないが、ネット戦略において、自民党が民主党を圧倒したことは間違いないようである。

そもそも自民党がネットに対してすごく積極的になったのは、2009年に政権を失ったことが大きいとのことである。世耕官房副長官も元NTTの広報マンだそうだ。

ネットも含めた「メディア対策はもちろんどの政党もやってきたことだが、安倍政権の場合、それがかなり戦略的、システム的に行なわれている」らしい。

また、安倍政権とネットとの関係を語る上で外せないのが、ネット右翼(いわゆるネトウヨ)の存在だ。
安倍政権の主張を強力に支持し積極的にネットに書き込むコアな人は、10万人いくかいかないくらいで、これを多いと見るか少ないと見るかは意見の分かれるところとあるが、彼らはあまりにも多数の書き込みをするため、ネット上の巨大勢力となり多大なる影響力を持つに至っているという。

しかし、安倍首相の怖いところは、Facebookで「特定のコメンテーターを名指しで批判したりしている」ところだ。民主党政権では、「それをやったら権力によるメディアへの圧力になってしまうと思って自粛して」いたのとは対照的である。

安倍首相は、ネットの軽いノリで、「改憲」や「国防軍」を主張していく。
ネットにより、政治家は自らの主張を「発信しやすく」国民はそれらを「受け取りやすく」なったのはいいが、我々の将来を決める重要な問題については、一つ一つ丁寧に議論していきたいものである。