IGS-report

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未来の為になる取材やイベント活動を行うメディアを目指して活動しております。

令和6年6月9日(土)  (・・・今回、代行して頂いたので写真が無い!!)

 

今月は私が、(あまりにも)多忙から、自己免疫を壊したのか?、身体を壊しまくっていた。

なんとか『居場所作り』には治そうと無理矢理栄養を取ったり頑張ってみたが、普段からの(無駄に半年間ある施設に振り回されてきた)蓄積限界を突破したのか、近年に稀にみる身体の壊し方をし(まだ微妙に治療中)、

団体創設当時のメンバーに「代わりに出来ない?」と頼んだが、ヤハリ障碍があると自信が無いのか?大人として安易に約束も出来無くて(←勿論、それも解かるんだぁ~)

他のメンバーにも相談をしてみたが『策』も見付からず、高熱の中で考え苦しんでいた。

そんな時、

身体の方の介助の方(←メンバー)に、ふと、お願いをしてみようと考え

障害保健福祉センターの事務所に電話で数日前から職員達にも相談をしておいたし、

「事務処理と鍵のやり方(等)」をメールで説明し、、、

その介助される方も、以前から私がするやり方を『何度も観ている』し、

①仮予約を本予約にし、

②事務所で鍵(等)を借り

③鍵を開閉する

④使ったり、移動した備品を元の場所に戻す。

(余裕がアレば、部屋にある看板に「グリーン」と書いて出すが、基本1Fと7F・他のホワイトボードにグリーン又は、まだ片仮名に変更をした事が浸透していない為、Greenと書かれているので、看板はアマリ必要の無い主催者側の『自己満足の作業』なので出さなくても、そこはいい!!)

という作業を何度も観ている為、多分大丈夫だろうなと。

 

 その介助が必要な方は、どうしても(子供よりやや大き目の)大人用の障碍者トイレが必要で、

町中の商業施設等には乳幼児・子供用のトイレは増えているがどうしても”大人の障碍者用のトイレは少ない”という事が、世の中の『本当の現状』で、それは障害保健福祉センターや三田の障害者福祉会館とかにしかない。

その為、行く場所が限られるか?or介助者を増やし体を支えているしかないという事が世の中の本当の現状だ!!

だから、私も含め、必要な人達に必要な場所を作る事が、居場所作りの『目的』だった為、、、

 

(ただどうしても、目に映る身体障碍の人々は送り迎えの巡回バス等が出ていない為『物理的』に外や施設へ出て来る事が出来ない・・・)

もっと私達を使って欲しいのだが・・・。

で、今回の様に、私に何かあった時の為に、何か対策を講じておかないとなーと、昨年の12月末ぐらいからずっと考えていたのだが、何せ、(プライベートの人生の中で起きた)余計な事で多忙過ぎ、この件について考える、、

時間も

体力も

心の余裕も

無かった!!!

(本当に無かった、無かったんだ!!!・・・

 

だが今回その根性・度胸・行動力が有り、『コダワラナイ』という事が出来る内面が大人の介助者の方が代行をして下さった事と、事前に状況を知っていた職員側の『合理的配慮』で、

今月の居場所を代行して頂き、開催をする事が出来た。

(又、最初に代行を頼んだ障碍者の方も来て下さって、介助者の方々を楽しませて下さったとの事。感謝だ!!←来るなら「来る」と言えばいいのに~笑、でも『感動』と『感謝』!!←ヤレば出来るじゃない?、人は『責任感』が出来れば・・・!!と言う事にも通じるのかも?しれない・・・)

そして、その後、私が回復をし、今回お世話になった方々へ(施設側む含め)今回の謝罪(?←とまでは大袈裟ではないが礼儀として)と、『お礼』を言って回っている中で、

「今度、こういう時の対策を考えましょうね」と、色々話している中で、

(一刻も早く、先ず優先してこの問題を”なんとかしないと”と考え続けていた)

ある日、「今回の様な件が起らない様に、今週、介助の方が予約をしてみましょうか?」と、

先ずは私が1度立会いの下、その介助して下さった方を事務所へお連れし、

職員にも「今回の様な件が起らない様に」と(最初、偶々だが、午前中にこの件について軽く話し・更にその場で同じ話をし)、実際に連れてきて「今週使うので!!」と私が伝え、予約をして頂き

(他の団体の方でも、代表だけではなくメンバーの方が予約をしていた事も何度か観聞きしていたので・・・)

職員側も、「今回の様なケースもあるから」と、私が横で「こう書く」・「こう書く」・「うちの団体の情報=まぁ番号等ぐらいだが=は、こう」と、代行で御伝えしながら予約をして頂き、1度予約をして頂き、実際に御本人達だけでお使い頂いて

(無論、誰でもが予約を出来る訳ではなく、私が職員に伝えたメンバーの方々が予約を出来る「カタチ」と職員側へは、伝えておいた!!)

で、無事、何事もなく何日か日々が過ぎた為、

翌週に、この流れと結果をまだ知らない(このグリーンの団体事業サロン事業の計画当初から携わっている、比較的私の担当の)職員にも、先週からの流れと同じ情報も報連相をしておき、今後同じ『件』が起きても毎回が完全に『同じ』とも限らないかもしれないが、今回の様な『合理的配慮』で対処出来る様に御理解を頂いておいた!!!

そして更に数日後もう1方の介助者の方にも「これからは予約出来るから!!」と伝えておいた。

 

本当に今回の病気はツラかったし、偶々だったけれど

 

恰好よく言うとただでは転ばずに済んだ!!(けれど・・・)

 

もう、そういう”時期”にきていたのかもしれないなー

 

(多くの人に『感謝』だ!!!)

 

『追伸』


以前、40年間ぐらい障碍者団体をされている方が私に「障碍は良くはならない。年齢と共に重くなっていく事が殆どだ」と言っておられて、なんとなく感覚では伝わってはきていたが・・・

最近の課題はやはり体調の管理だと痛感をする。

(これでも以前よりは)みんなの為にも、結構いろいろな事を”摂生”してはいるのだが・・・やはり『多忙さ!!』だろうか。。。

 

 

 

令和6年5月11日(土) 障害保健福祉センター 会議室2

前回(前々回)の記事はマニュアルを兼ねていたので(必要な部分を抜き出しマニュアルを作る)、長くなってしまった事と、

・GWとか連休は障碍者にとってツラい。

・障害保健福祉センターで居場所の確保・担保を兼ねて。

・1度三田の福祉会館を使わないと登録証が発行されない。

障害保健福祉センターの和室が日中1日支援事業として区が年間を通して抑えているので、和室が予約出来なかったので和室を使うとどんな感じなのか?というのも知りたかった。

という様々な理由が重なって(まだ三田の福祉会館に慣れていないなー)、5月3日に三田の福祉会館で1度居場所を開いたのだが、メンバーの皆様のご協力の下、大盛況に終わったが、

 

今週は、いつものペースに戻し、毎月の第2土曜日の開催となり2週連続で無理かなぁ?とも思ったが、

(ちょっと木曜日の朝、私自身にアクシデントがあり、体調も絶不調だったし・・・)

『社協さんのボランティア募集に掲載』をした事もあって、

頑張って遂行をした!!


(変わる事も『行き着く所は同じ』だと思うが続ける事の大切さ。

 

でも皆さん集まって下さり、ちょっと前回、航路というか、行先や方向を拡げ過ぎ、流されて操舵を失いかけていたが、今回遂行出来た事で、再び舵を(なんとか)握り締める印象。

以前、誰かに「船長は舵を切らないモノ」と教わったが、まだ私の中と、世の中との兼ね合いで、『適宜』、手探りで進めるしかない訳で・・・(;^_^A

今回からいつも重い想いをして1Fから借りてくるラジカセはやめたが、

(だって皆、他人に邪魔にならない範囲でスマホで好きな音楽を聴いているので、ま、『今の段階では』、それでいっかなと・・・あまり大音量で流す人が居たらラジカセで又、昔みたいに”ボサノバ”とか”カフェ”音楽へ、統一をしないとならないだろうが・・・。)

しかし今回に限ってメンバーに頼まれていたCDを代わりに買ってきたので、こういう時は臨機応変に借りてもよかったかなと。

(「トランプか書道をする」とVISIONを観せながら、荷物と体調の事もあり、ずっと話し込んでしまったので、今回CDラジカセぐらいはあっても良かったかな?と・・・これでもワリと真剣なのよ。)

 

又、今回は前日の就業時間ギリギリにジョイントマット(「正式にはセラピー・マット」と言うとの事。)を借りてみた。

以前、体育室で皆で映像を観た時、メンバーの肢体が少しツラい子が気持ちよさそうに寝ていたし、私自身も(一人っ子だからか、やはり日本人として)畳とか床に胡坐をかいて自分のスペースを確保した時、ユックリ出来、気持ち良かったので、普通の会議室で使ったらどうなるだろうか?

 

もしかしたら体育室を1度開けて(←あの【電子の鍵】に、まだ慣れていなくて)借り、

グループ会社が新しくなって(まだ慣れていない?)防災センターさんに返す”複雑な工程を踏まないとならない”のだろうか?とかが解からなかった事と・・・、

 

複数枚だと『重い』という事で、躊躇をしていたが、職員さん達と話し「2枚だろ・2枚・2枚だな・・・」と何となく(体調不良もあったので)流されるまま2枚にする流れに乗ってみた

前日ギリギリだったので借りて防災センターさんへ運ぶ時、確認をさせて頂いたのだが、2枚と3枚の重さを自らの手で持ってみて、

あれ?2枚だと軽いな!!?・・・

(コレならイケるわ!!)、2枚にして良かったと・・・。

実際3枚にして持ち上げてみたら結構重いんだ。

(ただ3枚だと付き添いのヘルパーさんが横に座れるんだ・4枚だと付き添いの人とかが一緒に横になれるor私が1枚使う可能性があるが、欲張らない、障碍の世界も『安全・第一』、そこに尽きるから、老子の『足るを知れ!』ではないが、少しモノ足りないぐらいが丁度いいのかもしれない

そういえば昔の不便な”ファミコン”や『ガラケー?』の方が気がラク!!みたいな感じがあった、白黒付けず仕事以外、遊びとか解からない事を解からないままにしておいて、想像力を働かせるというか、そこが又、楽しい・・)

 

ただ今回このマット、「色を同じにしようか」と話して2種類をテキトーに択んだら、メーカーだか種類が違くて、ジョイント出来無いんだ!!

マジか・・・↓

隙間が出来て大丈夫かな?と感じたが、1枚が結構大きいのでつなぎ目の隙間は気にならなかったが

実際(セラピー・マットが空いている時に)自分で寝転んでみると、体育室で木目の上に敷いた時より、若干硬い印象があった。

(下が木目とコンクリの床では、ここまで違うモノなのだな!!)

ただ、私もだが、身体の人とか内臓ヘルニア・頸椎ヘルニア?『等』のある人は、同じ体勢にしていると内臓がこわばってしまうので内臓は鍛えられない)、『途中で』態勢を水平にする事は本当に必要な事なんだ。

私なんて痛みの最中、横になると骨がベキボキバキといって、空気が抜けてラクになる事が10年近く続いている。

前回から『13時ー21時半まで予約を取っている』ので

(シマッタ、社協さんのボランティア募集には、今までの17時までにしてしまったが、17時の時もあるかもしれないし・・・それが『今の段階』の基本だから)

メンバーの方が沖縄へ行かれた時のお土産である「ちんすこう」を皆で賞味させて頂いたのだが、、

ムース食しか食べられない子も、砕いてトロっとふやかして、食後、少しだが(不思議そうに)美味しそうに食べていた。

帰る時、満足そうな、その子の表情を観ていて、よし、やって良かった、頑張った、そして帰路に着きながら”振り返って”、今日来て下さった皆様のお陰だなと。

 

メンバーへの『感謝の念』が、凄く大きく私の肩や背中を温めて下さる感じだった。

私の体調次第で、かなり雰囲気も変わるなぁ、木曜日の突発的なアクシデントだったが、コレからはもっと、更に注意をしよう。

食べ物とか、睡眠とか、休息とか、不毛な事に振り回される事とか!!

(ただ福祉・福祉全体・未来への福祉への信用・信頼はガタガタにはさせない!!)

「もうアナタだけの身体ではないのですから!!」という年長者のメンバーの方のお言葉が脳内へ喚起してきていた。

『塩梅』なのかな・・・

 

あとあとで『糧』になる事があったような気がする。

 

 

 

令和6年5月3日(金)障害者福祉会館 2F 和室B

(↑車椅子が動き易い作りの気がした)

前回、偶然にも見付けたスペースを1回使うと登録を出来るという理由で、1ヵ月ぐらい前に、

確かロックミュージシャンの名言集の中に書いてあった「1人で行う夢は夢だが、2人(以上)で行う夢は具体的(現実的)だ」的な言葉を思い出し『実践』、直ぐ、その場でフットワークの軽いメンバーに連絡をして相談をし日程を決めておいた。

審査が通れば、好きな時に使えるのかな~ぐらいの心境だったので、「1回使ったら」「今この場で日程」と、急な事だったので、2人とも焦って、携帯電話で(←通信費が・・・)ザっと相談し、

本当は三障碍(身体・知的・精神)全ての障碍者にとって、GW(ゴールデンウイーク)や連休は結構ツラいものだから、連休の半ばに行ないたかったが、相棒?の相棒さんとの予定の兼ね合いで、ゴールデンウイークの最初の日である5月3日に行なう事にした。

私達障碍者にとって金曜日が休みというのは土日と続いて連休になってしまうので、

引きこもるキッカケになってしまったり、

引きこもったら人って、健常・障碍問わず病むモノじゃないですか???

その振り幅が大きい。

・身体の人(←内部障碍の人含む)は、前回も書いたが急に重症化し易いので、誰かの目が無いと怖かったりずっと同じ体勢をしていると内臓が固まって硬直をしてしまったり、(骨の人の内臓Ver.だと思ってくれたらいいが、内臓は鍛えられないから痛いのなんのって・・・それでいて外部からは観えないし、下手をしたら話せない人にとって伝えられなくて助けを呼べなかったり、そんなこんなで物理的に怖いというか危険を含むのが休日、それは医療人の気持とも密接に関係をしていると思う。

 

←私自身が都下の中規模の総合病院「みたいな」所で、主任代理の業務も1部してきたから=主任代理ではない、あくまでも現場で額に汗してバイトの現場業務をしつつ主任代理の仕事も1部実践をしていた←それで時給800円→840円にUPしかも往復3時間、フレックスにして貰っていたが・・・でも『やりがい』はあった=)

 

・知的の方は(詳しくはまだお聞きしていないのだが)作業所等へ行けず、ご家族と過ごすのかな???

ただ知的の子専門の福祉団体の方へお聞きしたら「健常者もそうだけれど、年を取って時間が経って良くなる事は無い・健康が悪くなるのが人間だというのは当事者も・御家族も同じだ」との話はお聞きした。

 

・精神の方は、ヤハリ1番健常に近いので、身体が(身体障碍の人よりは)動く人が多い分、(他の障碍の人より)行き場所や人と『適度に(多過ぎてもダメなんだろうけれど)』会わないとフラストレーションが溜まるのではないだろうか。

ヤハリ、人と会う、人が居るという安心感(←それは三障碍共通だが)は、必要だと思うし、

以前「。。。俺達はお陽様に当らないとダメなんだよ」って教えて下さった兄貴分みたいな方が居た。。。

外へ出る事の大切さ、コレは健常・障碍を問わないが、行き場所や、物理的に行ける場所は限られている。

いくらユニバーサルデザインにしてくれている場所でも、

『合理的配慮』(←人によって違うから「どうしたい?」と訊くとか、そういう観念だと私は講座・研修で教わった。)が健常・障碍双方に求められたり、何でもかんでも一緒くたにすればいいというモノでもない、し、現実は教科書やテストの答えみたいに割り切れるモノでもないんだ(と感じる)。

そんな事もあって、連休(ゴールデンウイーク)を択んだのだが他のメンバーの親御さんとも相談をし

以前から、親御さんがお仕事から迎えに来るまでの間、ヘルパーさん達に観て頂くのだが、迎えに来るのが夜になるまでの行く場所が必要で、今までの私達の活動は1時~5時までで、それ以降は、その子の親御さんが迎えに来る8時とか9時まで、別の場所等へ移動しないとならなくて、自身の体調の事もあり、長時間出来ていなかった事に『何か』疑問を感じたり、『(偽善とか)自己満足になっていないかな?』という事も、気になっていた。

勿論、長く続けていく為に、全体の事を考え、無理は出来ないから、そのもどかしさがあった訳なのだが、

今回、

初の午後1時~夜9時までという長時間にトライをしてみる事に・・・。

正直、初めての場所だった事もあり、前日までは、かなり心配ではあったが、、、

 

他の作業の合間に、休憩で何気なく読んだ伊達政宗の事が書かれた本をパラパラ読んでいたら

「気ながく、心おだやかにして・・・」という一節が目に留まり、昔子供の頃、この「気ながく、心おだやかにして」の一節を読んだ時は、そこまで気に留めていなかったが、今回なんかグッとくるものがあって、コレだ!!、そういえば以前オペをした時、休日とかに盲目のランナーと一緒に『ブラインドマラソン』で『伴走(ばんそう)』をしている研修中の若い20代の医師(←空手も出来るが当然むやみに暴力は振るわない・人を守り・自身を鍛えるモノだから)が、

「グラスに入った水をユックリ飲む様に生きて下さい」と私に助言をして下さった言葉があり、それを『その時は』心に誓ったのだが、ああ~、伊達正宗の「気長く、心穏やかに・・・」という言葉と、何十年か経って「グラスに入った水をユックリ飲む様に生きて下さい」という言葉とリンクをしたな・・・って気がラクになった。

その数日前も他の施設で冗談で「生き急いでない?」と言われ、「ちょっと、何言ってんすか(笑)」と、皆で笑い合った事があったが、内心、まぁ遠からずな部分も(人間)あるよな・・・って記憶もあって。

 

そんな訳で5月3日の1時~9時までへのプレッシャーを乗り切り、

 

ドキドキしつつも、皆と楽しもうとワクワクしながら、のぞんだ。

 

1時からだったが「最初は説明がある」とのことで、私だけ少し早めに行き、赤い玉を上げて使用をしている事を表示。

このルールは覚えていた。

その後、説明はそんなに無かったが、予約をした和室の部屋を案内して頂き、

(血行の悪い人や、ずっと車椅子の人にとっては、横に慣れる事の大切さ、それを鑑みて和室にしたという事と、障害保健福祉センターでは日中1日支援で「区が1年間を通して畳の和室を借り切ってしまっている」と聞いたので、このグリーンの活動が始まる前は私も含め皆、和室を楽しみにしていたが、それも叶わず、1度ここでカタルシスを解放して和室を体験してみようと・・・)

横に慣れる事は、やっぱりラクなんだよね・・・

 

それに畳ってヤッパリ落ち着く。

(外人さんにとって、畳ってどういう感覚なのだろうなぁ・・・やっぱり彼等にとって日本から海外の自宅に帰って「やっぱ家が1番落ち着くよねー」って感覚は同じなんだろうけれど・・・畳という文化の感覚は打ち出していってもいいのかもしれない・・・)

 

皆で旅館とか民宿にでも来たか?の様な感覚。

ま、後日、皆にどうだったか?、修正点・課題点・良かった部分や感想は直に聞いて、次へ繋げていこうと思うが・・・

F1のジャック・ビルヌーブ(←懐かしい~、まだやっているのか)曰く、

 

「ノウハウは発明ではない、時間をかけて構築をしていくものだ」という言葉を思い出す。

 

で、荷物を置いて、もう1度1Fへ降り、ポットと、(少し特殊なカタチの)延長コードを借りて、

『ヤカンは給湯室に置いてある』という事を確認し、携帯でメンバーの向かっている状況を確認。

(時間どおりに集まらないのが、うち・・・ま、別に学校や会社ではないんだし、パラパラ来て、いつ出ても=人に迷惑をかけない範囲なら=何をしてもいいのだが・・・←うちのギリギリの無秩序さは、それぞれが相手の障碍や立場を少しづつ理解する『優しさ』と、自身が率先をして、動いていく大人な精神がフンワリとした感覚であるので成り立っている気もする・感謝だ!!)

 

 

『畳でアフタヌーンティー』

 

今回、更に(私の中の裏テーマとし)初の試みとしてヴィジョンを軽めに『明確』にしておいた。

(別にやりたくなければやらなくてもいい・うちに『強制』は無い!!一切無い・私が強制が嫌いだから・・・)

そのヴィジョンとして、

『畳の上でティーパーティー』

基本、DIYで作った手作りのケーキスタンド(←キャンドゥー・セリア・ダイソーの部品を全て使った・・・)を使い、いつものアフタヌーンティーを畳の上で『和』を取り入れつつやってしまおうかと・・・

アフタヌーンティーで、煎餅があってもいいじゃない?

基本に忠実に、

上段:ケーキ

中断:スコーン(クロテッドクリームとジャム)

下段:サンドイッチ

で、こうでないと、頭がコリ固まって動けないのは、まだアフタヌーンティーに慣れていない証拠なんじゃないだろうか?という事に、ふと今回準備をしていて気付いて、もっと自由に出来ないかな?と・・・

ちょっと皿が重かったけれど、分解出来る仕組みにしておいたので、持っていった!!

人によっては「和室だから抹茶を立てて飲む!!」という発想で、家に抹茶が余っていて(←だよな、家で抹茶立てて全部飲み切らないよな・・・)、「茶軸と、茶筅(←知らない人の為にシャカシャカ泡立てるヤツ)・茶碗を持って行く」と言うので、

「割れたら大変だから、自己責任で、安物でいいからね!!」と『何度も』念を押しておいた。

本当に重い想いをして持ってくるのかなぁ?と思っていたら、本当に持ってきおった・・・スゲーな・・・

まあ、お湯は沸かせるからポットに入れておけるのでいっかと・・・

 

とりあえず、何とかなりそうなので、「喉が渇いたね」と、その人とジュースを買って(←なんと何十年ぶりかに自販機のジュースが当った!!ら、そのメンバーが口が悪く「今日の運使い果たしたね」「ウルセー」って憎まれ口を叩ける関係性を作れるのは、その人が、機転が利き大人だから!!だろう・・・)

部屋でジュースを飲みながら、少しまったりしてベッチャクッテから、他のメンバーが来るのを待ち、1人フラッと来てから、2人を残して私は給湯室へ行って湯を沸かす。

 

前回、福祉会館の職員さんに給湯室を案内された時、

「上に都営の住居があるので、アナアさん=団体の代表=の責任で火を使って下さい!!・絶対・離れない様に」と強く何度も説明を受けたので、多分、コレが基本中の基本の『キ』なのだろうなと。

ヤカンの中を1度すすいでから、水を満タン近くまで入れ、左側のゴトクの火力が強い事を確認し、火にかけつつ、

ポットの中を何度か?シャカシャカして洗浄←大丈夫だとは思うが、皆に何かあったら私の責任だモノね・・・

福祉会館の方に何度も『責任』について言われたのは、そういう意味もあったのだと感じた。

 

換気扇のスイッチも押す。 

 

※ヤカンの持ち手が熱いが大布巾が無いので持ってくること!!

※次の人が直ぐ使う時に火傷をしない様に全体を冷やしておいた!!

ガスの元栓をキチンと戻す。

 

お湯を沸かして火傷をしない様にポットへ入れ部屋に戻ると、他のメンバーもパラパラと来る。

ま、『最初は』なんとなくいつものメンバーが集まる。

昔銀座で10年続いた異業種交流会の筆頭秘書(←学生のインターンさんが多かったので年長者的に責任は感じた。)をしていた時は定刻に始め~定刻に終わっていたが、あの時は時間貸しでホテルのレストランをいつも借り切ってだったからだろうな~って違いを認識。

うちは今はこのスタイルでいいのかな。

10年銀座で続いたビジネス主体の交流会とは多分、今後も方向性が違うから、今は流動的にし、コレでいいんだと思う。

 

ショート・メール(←既読とか既読スルーで心が傷付かないからラクなのよ・・・私はガラケーなので、打てる文字数が少なく、余計な心境や文字は描かないから必要な事を伝えるだけでいい為、無駄な心身の誤差が生じにくいからラク)で、

他のメンバーの到着進捗を確認しながら、

皆と相談しつつ、「車椅子の子は横になって寛いでもらうから、玄関で車椅子を置いておいて、俺がヘルパーさんと共に足を運んで、危なく無い様に部屋のあの角の方がいいね」と、大体だけれど、部屋の中での人員の割り振りのイメージを共有する。

 

(ティーバッグだが)ティーパーティーの準備をし(←畳が汚れたらコワいなと一瞬思ったが、流石にそれは今更感があったので・・・少しドキドキしながら目を瞑る=現実逃避=)、なんとなく菓子とお茶を・・・。

抹茶立てを持ってきた人のは、本当にやるのかな~?と思いつつ、和室で飲む紅茶もいいもんだね。。。

ホッとする。

 

そこへ他の人や、車椅子の子達(今回は2人)とヘルパーさんと親御さんが次々と登場。(←今回は11人:過去最高の人数)

さっき決めておいた位置にヘルパーさんと二人で、車椅子の子の1人を運び、下に座布団を敷いて寝かせる。

ここの所、お互い諸事情でお会い出来無かったので、久し振りの再会だ!!!!!

皆もその子に会えて喜んでいる。

 

『奇跡のお抹茶について・・・』

そのうちにもう一人の子と親御さんが来て、コンセントで、ハンドミキサーを使い『流動食を準備する』間、僕が男の子の方の面倒を見る。

その子は繊細なのでミキサーの音が苦手という事で(←耳が良いんだな・・・)、私が気を引いて落ち着かせたら意外に平気だったので、皆驚く。

障害の世界は大小問わず奇跡に触れる機会が多い気がする、そこに感動があるのではないだろうか!!?

例えば、今回、抹茶と茶碗を持ってきた人が茶を立てようとしたが、よく知らなくて(←知らんで持っていた・持ってきたのかい!!?と内心ツッコミつつも、うちの団体の場合それはマストな関係なので、皆それはツッコマナイ)

「こうかな?」「ああかな?」と立てているのを、

(私自身も子供の頃、和菓子目当てで親に連れていかれていたので多少は知っていたが、子供だから抹茶を立てた事は無いし、大人になってからはフードプロセッサーやハンドミキサーで立てた事しかなかったので・・・)

紅茶を飲みながら微笑ましい光景で、眺めていると・・・

ヘルパーさんが「実は裏千家で1年間学んだ事があって・・・」と、超本格的なお茶を皆に何杯も振舞って下さった。

みんなが「おぉ~!!」と、まるで外国人観光客の様に感嘆をしながら茶碗を3回横に回してから飲んでいく。

茶碗は1器しか無かったので、1回飲んだら、概ね私か、飲んだ人、立てた方が1回1回給湯室へ洗いにいって、偶々持ってきていた布巾に近いハンドタオルで周りを拭く。

(そういやここの給湯室は障害保健福祉センターとは違いキッチンペーパーが無かったな、←ま、規模が違うモノな・・・そこは今後、何かをする時、注意をして準備をしておこう

こうやって和室で抹茶を立てられる人が偶然居るとか、手前味噌だが、このグリーンという団体をしていると奇跡から→感動へって事を目にする回数が非常に多い。気がする。

無理に「立てて」・「立てて」とせがまないし、他人に干渉もしない、

あと、皆、優しい事もあるが、『精神的に大人』というか『成熟をしている』というのがあるのではないだろうか?、とコレを書いていて改めて感じて思う。

私が1番、ペーペーなんだよね・・・

年齢とか性別に関係無いとはいえ、言葉ではなく行動とか背中で、学ぶ・学ばさせて頂く事や機会が非常に多い。

だから感動があるんだ!!

 

その後も、もう1人の方がいらして(この方も『江戸流』のお茶を立てられるらしいが、「折角だから裏千家を飲んでみたい」と飲む側へ、私も抹茶を用意した人に「(5月だから)柏餅を食べて」と言われ和菓子を頂いた後で、2杯頂いたし・・・)

いや凄い体験だった!!

 

無論、その間も、安全第一に目を気は配っていたが、気を配って皆様を観ていたからこそ、なんとなく皆の満足そうな表情を観て初めての方同士の優しい気な交流を目の当たりにしたり、

(シャイでシャイで仕方が無い男の子が、初めての『福祉の資格も持つ男性』に背中を預けるとか・・・ヤハリ男同士リラックスをする様子とか・・・)

まぁ今回もやってよかったなと・・・。

 

『その他』

 

業者さんに車椅子の子の配達弁当(←流動食ではないがムース食)をここに運んできて貰って、座椅子に座らせて食べさせてあげようとなり、L字型の座椅子が無いか?福祉会館の職員さんへ訊きに行ったりしたが、流石に無く福祉会館の職員さんが「座布団をL字型にしてはどうでしょう?」とアイデアを下さったので

(多分、中にスポンジが入っている軽い座布団=軽いから片付けやすい

座布団をいくつも並べてL字にし、座らせ食事をさせたり、(その子は誤嚥性~や消化器の問題で、固形は食べられないので、食べて栄養を摂取する事が日々の人生の仕事。そういう事を他の障碍のある人々が目の当たりにしていく中で、知識ではなく実際の中で学んだり・・・→いろいろな人が居て、『目に映る事だけではなく』、それぞれが『違う』という事を身を持って『現実』で知る場。)

その中で、レンジがある調理室を急遽予約をして、温める為の調理室の借り方の申請の仕方を学んだり、

レンジ1個1回だけ使うだけでも、予約が必要で

紙に書いて

温め終わったら

職員さんに確認をして頂く

という行程が必要になってくる。

障害保健福祉センターもだがレンジの『扱い』って難しいんだな・・・

もし、他の団体さんと調理室がカチ合ったら近くの、コンビニで温めるのだろうか?とふと疑問が。

(ま、その時になって考えるか?、職員さんを介して使っている団体さんにお願いし、レンジだけ使わさせて頂くか?)

(↑※あとお弁当業者さんに住所を伝える時、急に訊かれて解からなくてアタフタとしてしまったが登録証の裏に書いてあったのね。)

 

※夜半に部屋を使う場合は災害時の避難の為、車椅子の方何人?視覚障碍者の方何人?、これから来る人も含め全体で何人?という事を19時半までに書いて、外のBOXへ入れておく必要がある。

 

私達の活動が基本、月第2土曜日なので、他の土曜日もここを使える様にと、ヘルパーさんと1Fの受付へ行き、

「もし私が身体を壊して予約が出来ない時、他の人が予約をしてもいいですか?」とか、電話とか色々案を頂いたり・・・

福祉会館の職員さんから、給湯室の件で何度も念を押された様に、私がもし来れなくても人に貸すというのはそれなりに責任が生じるし、瞬間迷ったが(←障害保健福祉センターでも、まだそれはした事が無かったので、向こうの施設だと支援担当の大ボス・小ボスの職員に報告・連絡・相談をしながらサポートも受けられるが・・・、車椅子の子は昔出入りをしていた様だが、私はここはまだ初めてでホームでも無いから)、実際、土日祝日・GW等の連休でも(私なら→)痛み・障碍や介護は続く、

それに土日祝日・GW等も他のメンバーも行き場所が出来るというメリットもある!!

それも考えると、ここは、ま、福祉会館のルールが皆に浸透するまで私も来て、サポートをするカタチにし、

それが障害保健福祉センターでも『応用』を出来れば・・・。

 

ヤカンの取っ手を持つ大布巾かタオルを持って行かないとキツい

 

他、メンバーの中に視覚障碍者の方々の代表をされている方(4月の居場所作りの時、私の目の前で40年続いた福祉団体の会長も移行された方)の、パン作り体験講座を手伝う事になったが、

(補助の人も1人1人に付くし、視覚障碍の方々が「生地を触ってみたい」という事で開催をするそうなので、リーフレットの取材を兼ねてと思ったが・・・)

パンだと(←講師の方が「キチンとしたモノでないと教えられない」と断ったらしく)、発酵の時間が、そんなにかからないナポリ・ピッツアなら私が作れるという事で、もしかしたら私が講師になる?かも?しれない・・・

衛生管理責任者と調理師はあるが、安全第一を考えると、そして又、人へ教えるとなると・・・私の独学の技術で教えるまで出来るだろうか?

他のはコダワリが無いから、大丈夫だが、製菓・パン類は、その日の気温・湿度・その他いろいろなレシピでは書かれていない要素が多い事と、私自身が痛み止めと消化器・他の内臓の問題、自身の団体活動の事、自身のリーフレットや、人生を進める問題、

ステロイド外用薬の(犯罪的)副作用の問題(←製薬会社と医者・国・広告営業の問題が絡んでいるらしい問題)の他・・・、

・更に他の施設の問題でこの半年は身体が疲れているから、出来るかな?と・・・少し自信を無くしているので、う~ん本当に出来るのかな?と・・・あまり冒険はしたくない。

(今の所ピッツアだが、重曹を使いほぼコネず発酵も要らない、英国の『ソーダブレッド』という案も出ているが、生地を触りたい又はコネたいんでしょ???と・・・)

【発酵を早くする方法も】ある事はあるのだが・・・

 

製パンの、ボランティアさんが居て下さったら・・・

 

『それぞれの近況や現状の報告と、今後の展開を話し情報交換と、イメージの共有』

 

そんなこんなや、夜半にはそれぞれ、グループで分かれて部屋以外のスペースも使えるし)、最近の情報交換等や、今後の団体活動の助言を聞いたりオシャベリを・・・。

(トランプを持ってきて下さった方も居たのだが、とにかく大人しい人が多い無秩序状態なので、特に何かしようぜーって感じにはならなかった、私も百人一首を持っていって『坊主めくり』でもしようか?と考えていたが、どうせいつものよ~うに、ダラダラっと自由な奔放状態になる事が解かっていたし、手作りのケーキスタンドが重いので、『今回は』持って行く事をやめた。だからトランプを持ってこられた方のお気持ちは超解かる・解かるのだが、出たり入ったりも自由だし、出て戻って来た人も居るし・・・それぐらい『自由』なので。ま、『自由』という事は他社や自身への責任というモノが常に付きまとうので、本当はキビシイのだが・・・)

 

最近の(各)福祉施設の現状←個人的な事は細かくは言わないが。

折角大勢(←過去最大の11人)集まったので映像会の日程を決め

映像会後のアイデア(3ヶ月に1度とか=←それが『ビジョン』に繋がるのかなぁ=アンケートとか)

そうこうしているうちに、

気付けば8時半にはっていたので、9時には現状復帰をして、福祉会館の職員さんに確認をして貰わないとならない。

ワリと広い分、荷物や食べ散らかしたお菓子の袋(←片付けながらやっていたツモリだったが、自由過ぎるだろ、うち:笑)

等を、それぞれがコツコツと身体の動く範囲で片付けて下さった。

サッカー観戦の日本人サポーターではないが、

『立つ鳥跡を濁さず』で、

言わなくても『片づけ』をして下さる、そういう所がうちのメンバーは『大人だなぁ~』・・・って。

(片付けの説明書に合わせ

(ふすまは開け、閉めた鍵が観える様にしておく)・(座布団は10枚づつ)

 

(椅子の直し方並べ方がビミョーに違っていて難しかった。福祉会館の職員さんに直して頂いた。そうだったのかーという微妙な違い・・・!!)

その中の1人が、片付け前に「なんかあっという間だったね~」と言った言葉を聞いたり、

夕方には帰ってしまう人も多いかもと思っていたのに、夜に用事あった1人の方以外、全員最後まで居て下さったり、

(安全・安心の)安全第一を大切に考え、なるべく皆を観る様に目を配っていたのだが、

皆、なんとなく最後までウキウキとしている様子で、(非日常楽しんでいるというか)、コレはコレでやって良かったのではないかなーって。

 

私自身も伊達政宗の「気ながく、心おだやかにして」や、VISIONを学ぶ事が出来たし、全体的な皆の居場所での過ごし方の経験値が更に積み重ねられた様な感じがした(毎回、回を重ねる毎に、それが積み上がっていく気がする)。

 

『今回の課題』

 

片付けが終わって、さぁ、福祉会館の職員さんに部屋の原状復帰について確認をして頂こうとした時に、忘れ物のコンセントはともかくとして、マジで透明なビニールの拳の半分ぐらいのゴミがあって、コンセントに続いて連続だったので、少し職員さんに気を悪くさせてしまって、初めてなので(コレが広い居場所の場合の注意点なのかな?)、そこは「立つ鳥跡を濁さず」をキチンとしたく赤顔の想いとなった。

(「完璧!!」と言っておいて、完璧ではない!!という事に注意を払おう!!)

 

もし飲み物をこぼした時の事を考え、後で「テーブルを出すべきだった」という意見も終わってからあったが、テーブルの角で頭とか打つといけないし、テーブルが無く広く使えるから、気持ち良いゴロゴロ出来るのであって、そこは試行錯誤かなぁ・・・と・・・。

 

次回はティーパーティーでもなく、百人一首や坊主めくり、トランプやUNO等でもいいのかもしれない!!と。

(障害保健福祉センターで「和室で百人一首をしてみたい」と言っていた人も居たし。)

 

延長コードは受付で借り、ポットは事務所で借りる使い分けだが、ポットを返す時、湯とはいえシャカシャカして返した方が礼儀正しかった。

(うちの団体だけではなく。皆が使う共有のモノだし  最近銭湯とかでシャンプーやボディーソープを大瓶に詰め替えて持って帰ってしまう人が居て、そこはサービスで置いて下さっていたのに、もう置かなくなって皆が困ったという事件があったり、シャワーを出しっぱなしにしたり、身体を洗わず湯船に浸かったり、ブドウ球菌がある髪の毛まで潜水の如く湯船に浸かる恐らく50代の人が居たり=←そういう世代こそ、キチンと入って若い人に行動で語って欲しい。若者の方がキレイに入る。=そんな事が起きているようだという、日本の美徳が失われ、人として最低限の文化に対する危惧を折角だからここに記しておこう。差別はダメだけれど、何でもかんでもごちゃ混ぜも、”郷に入っては郷に従え”が出来ていないと、ダメだと思う・・・)

 

安易に他の団体のパン作りを講師的に請け負って大丈夫か?メンバーさんや視覚障碍者の方を助けたい気持ちもあるが・・・自信と健康面、体力への不安が・・・

 

色々やっていたので、個人的に持って行った文庫本2冊を一切開かず、無駄に重かったなと。

 

※あと、本来帰りに来た時に上げた受付の赤い玉を上げて戻さないとならなかった、なんだか事故無く・皆が安心・安全のまま終わらせられた事で、安心をしてしまって、その赤い玉を戻し忘れて帰ってしまった事を夜にハッと思い出し、

皆の安心・安全に目を向け、いくら疲れていたとはいえ、ダメだよなーって・・・。

翌日9時になってから詫びの電話を1本、福祉会館に入れておいた!!

それがスジかなって。

そこら辺りが気掛かりとなった為、次回への反省と課題にしていこうと思う!!

 

『全体的には良かったけれど、ここからだよな・・・』

 

(因みに運営マニュアルには、1回使って次に使う時に登録証という事だったが、1回で渡された・他も借りたからか助かる)

今後は、(今度みなと社協に載る月1回の居場所作りの案内もあるし)要望も考慮し、第2土曜日は障害保健福祉センターで我々はメインに『居場所作り』の活動し、それ以外の土曜日は福祉会館で『居場所作り』の活動をして分けていく事を試していこう。

(あとは夜までが何処まで出来るか・・・?とか・・・。)

先ずは新しい事への『ルール作り』か・・・。全体両方・そして数年後の事も考えないとならないから↑↑↑・・・)

 

 

 

3月後半に、別の障碍者(=障碍者施設)の人権的問題で、更に都内にある別の半公的機関(というか福祉関連団体)からの『指示』があり、ここへちょっと行かなければならないという用事で『東京都障害者福祉会館』へ行き、ここの集会室を団体として登録をする事が出来るとの事を偶然、職員の人と話している中で知る事ができ、

 

(『碍』or【害』←『がい』の字は害虫の『害』ではなく、石があって当事者が前に進めない『碍』の字にしてくれよ~、『3障碍』の当事者と、その御家族の多くが、「害虫の『害』はイヤだ!!」と、当事者とその御家族が言っているんだから~良いじゃないか、戦後GHQだか東大の人達によって、害虫の『害』に変えられてしまったという・・・それまでは”石があって当事者が前に進めない『碍』の字”という『優しさ』がこの国にはあったという=害虫の『害』だと、当事者によって周りの人々が苦しめられているという意味になり、サブミナル効果で害虫の『害』が入ってしまうとも、私が令和3年頃、犯罪的な行為で障碍の上に障碍を背負ってしまった時に、ある障碍の業界に詳しい年長者の方にお聞きする事が出来て『目から鱗』だった!!)

 

本来の目的だった人権的な福祉の件は、管轄が区ではなく都なので、、そっちは前進する事は無かったが・・・それでも、得る事があった!!!!!

 

なんと団体登録をすれば部屋が使えるというのだ!!

コレは3月の居場所の時に、障害保健福祉センターで『4ヵ月前なのに部屋が予約出来なかったという自体』に危機感を感じ、

他のスペース探しを12月頃からみなと社協の人に相談をしたりしながら、数ヶ月ずっと探してきた問題が、やっと解決をする!!と、後日登録をしに行く事にした。

 

書類を書きながら、職員さんとグリーンの団体について色々と話している内に、

(大して、大きな事もしていないし、私達はキモチの問題で動いているので、どうご理解をして頂くか?頭をフル回転して話した・小さい事を1歩1歩細々と繰り返しているので、誇張する事すらもないし・・・)

「先ず1回使わないと団体登録が出来ず、登録証が貰えない」との事だったので、

職員さんが「今、この場で誰かメンバーの方に直ぐご連絡を取って頂き、1回目の予約をしては?」と、勧められるまま、焦って腹心の(←うちの団体のフィクサーの)メンバーに即電話をし、理由を話して5月に1度開催する承諾を付ける!!

他にも頼めば可能な人は居るのだが、まだ居場所に慣れていないし、「人と人を会わせる事は非常に慎重に行わないとならない!!」

そう私は昔のお客様から教えて頂いている事を忠実に『今でも』守っている!!

(昔はビジネスで人と人を会わせて、人と人の『化学反応』を観たり、生み出したりする事が大好きだったが、障碍者の業界の場合は特に『何か違う気がして・・・『何か』ってまだ明確には解からないのだが・・・それぐらい慎重に・大切に守りたい、それは身体障碍の人=特に内臓等観えない障碍=は『急に』普通の人が考えるより重症化し易いし、、、30代の頃=社長達の掌の上で無双をしていた=時とは立場や環境・ポテンシャル・慎重さ等が変わったからだろうか?)

 

先ず来たら、1階のカウンターにある「使う部屋のツマミ」を上げて帰る時に下げる事を教わる。

 

これが1回使えば発行される登録証か。(←先ずはコレを目指すぞ!)


様々な部屋を見せて頂きながら説明を受け、その場・その場で私達のメンバーならどう使うか?寛げるか?をアタマの中で想像をしていく。

※部屋は障害保健福祉センターと同じ様に使い終わったら最後は戻す、それは当然だ、使ったら戻す、報連相と同じ様に社会人として、大人としての基本だ。

↓うちのメンバーはパイプ椅子で大丈夫かな???

 

和室(他の団体様が使っておられたので、職員さんの案内で、ちょこっとだけ覗く・・・今日は自身のプライベートな事案も含め、5ヶ所めだからちょっとハードだ・・・)

他の部屋も。

 

ピアノやTVがある部屋も・・・

DVDデッキも貸し出してくれるそうだ)

 

障碍者にとって大事なのはトイレ!!

「町中に子供や乳幼児向けのトイレは増えてきたけれど、障碍者、特に大人向けの障碍者を横に出来るトイレがある施設は中々少ない」そんなヘルパーさん達の言葉を忘れない!!

だからキチンと確認をしておいた。

 

給湯室もあり、「使用する時は必ず誰か(=特に代表者)がこの場で付いていて下さい、代表者さんや団体さんの責任で!!」と職員さんにキチンと説明を受ける。

「料理等は調理室もありますから、そちらへ」との事。

2階の『飲食スペース』。部屋で食べても良いが、ここでもOK!!

和室には杖の人用の椅子もあり、座ったら立ち上がれない『仲間』にとっては助かる。

 

ここにもTVが

(今の時代は中々TVも観ないからモニターとして、録画したモノ等を仲間内で観てもいいかも・・・)

1階は少し休めるスペース。(「飲食はダメですが自販機があるという事は飲み物はOKという事ですね?」と職員さんへ確認済み・・・夏場助かる)

 

う~ん、こんなスペースがあったとは・・・

人権問題の別件で来たけれど瓢箪から駒でみんなの為に(という気持ちで)こういうスペースを見付けられたとは!!

(『数ヶ月』、別件の事が殆どだったが、常に自分の足で歩いた甲斐があった!!)

 

次回は早速使わせて頂き、登録証をGetしたいと思う!!

勿論、障害保健福祉センターの登録で行政から許可を得ているので、普段世話になっているし、そちらを裏切る様な事はしないが、団体としても代表としても1つに頼り過ぎる事はアブナイので、ここは有りなのかもしれない!!

 

 

 

令和6年4月13日(土)障害保健福祉センター 会議室2

 

今回は初めての参加の人が2名。

私は、(うちの居場所は『何をするって決めていない』事から)好きな事をしよう!!絵を描く道具を持って行ったが、(特に出入り自由の)参加者がパラパラと来るカタチなので、最初に来られた方とお話をしていた。

そこへ2人目の初めての参加者の方が・・・

そしてなんとこのお2方が偶然にも知り合いで、私の目の前で40年続いた団体の引継ぎみたいな事態に・・・

あまりにも大きい出来事だったので、私は圧倒され、どう舵を切っていいか解からず、黙っていた。

ま、そんな偶然もサロンというか交流会というか、居場所で起こり得る人と人の化学変化みたいなモノなのかもしれない。

銀座で10年続いた異業種交流会で、向こうから秘書の名刺を頂くまでグッと我慢し、スタッフとして動いてきた自分が過去にも『何度か見た光景』だ。

その後もパラパラといつもの参加者が来て、それぞれの対応をしていたので、自身の画は描けなかったが、ま、いいかと皆の満足そうな顔を見て思う。

でもここで満足をしてはいけない・・・とも自分に言い聞かせ、身を引き締めた。

初めての参加者の方が和菓子教室で作った草餅・豆腐を水代わりに餅粉に練り込み蒸す事で作られている、甘過ぎず上品でシャープな味が、なんだかハイセンスな味の印象の感じを受けた・美味しかった!!。夏場だと又違うが)

いつもの様に行われた居場所作りだったが、

その中でも(今回は)『色々と驚きがあった』、急に状況が変化するのが障碍なのかも?しれない。

・それでも進む覚悟。

・ポテンシャルを継続させられるか?

・アブナイと感じたら無理をしないでブレーキをかけられるか?

etc・・・

事前に、事前に、状況を鑑みつつ、考えを巡らす事も大切になってきている感じがする。

あとドスンと構える事。

『課題』

結局、いつものメンバーが残り、片付けて、そのままいつもの時間にセンターを出ていく。

帰る時、「バスの時間に合わせ、建物を出ればバス停で待たなくて済む」と気付いて下さったメンバーの方の言葉を、寒暖差の激しい『時期』の事も考え、次は応用・実践をし、根付かせていきたい!!

そこが今回仲間から教えて下さった(自身が気付くべき)課題かな。

 

1つ1つ、歴史と経験を積み上げ、阿吽の呼吸みたいなモノを創り出していけたら。

(そこに今回のような偶然の『人と人の化学変化』が起ればなお良いし、感動も生まれた!!・感謝!!

 

 

 

令和6年4月6日(土) 芝 

 

今回は普段の居場所作りとは別に映像会の様な特別企画。

参謀(裏ボス)が「花見をやりたい!!」と突然言い出し←(・_・!)

・でも障碍の特性上幹事が出来ない事と、

地域を私の方がよく知っているという事と

(20年近く前に出版社の頃の仲間と花見をした場所を知っていた!!)

・意外に人気者の参謀よりも、私の方が人々の連絡先を知っている事が発覚し、

代わりに人集めの幹事をする事に・・・汗

一応、今回は私自身の提案企画ではない為、その参謀の企画として人を集める。

しかしまあ当日は声を掛けたほぼ全員が来た。

 

私自身がちょっとその週に体調が悪化したので開催出来るかな?と不安だったが、私が人集めをしてしまったし:汗

『今まで』社会的にここから!!って良い所までいってはいつも体調で社会的に全てを何年も失う事が4回もあったから、もうここで又社会的に信用を失う訳にはいかないと、(医者は止めたが)歯を食いしばって、「OS1」と仲間が持ってきて下さった麦茶で花見に参加。

少しはモノを食べられる様になっていたので(こういう時って自分自身でも驚いたがコンビニで和菓子を択ぶのな・・・)

そしてなんとか皆様に、昔、出版社の頃の皆と花見をした穴場の花見スポットをご案内する事が出来た!!

 

『ラジカセ1個の音楽会』をしようと思ったけれど、コピーしたCDが再生されなかった。

(あと他の花見客と密集をしていると大きな音は喧嘩の元にもなるから音が出なくて正解だった、参謀が「花の下でないと嫌だ」というので、どうしても他の花見客のシートと近くなってしまったので・・・)

 

それでもなんともなしに、皆が多分楽しんで下さり、普段あまり障碍者の過ごし方等について話さない方とも、深くその事について話す事が出来たり観ていて、様々な方々との交流が見て取れた。

(他の人達もこの穴場を見付けていて、結構混んでいた)

頑張ってやってよかった!!

企画者は元気なので、もっとやりたそうだったが、

・他の参加者達が夜は目が観えないとか、

・寒さに弱く今後も人生は続くし、寒さで何かあったら良く無いから、

(私自身もグロッキーだったので)

適度な所で終わりにし

大人としてゴミを片付け、

「増上寺」の方面まで皆を案内してから、

・帰る人は帰る人・プリンスホテルでお茶をする人は残ると・・・、

そこで解散にした。

 

多分やって良かったと思う!!

(区民祭りで使う手作りの『台車』を持ってきてもよかったな・・・)

 

20年近く前、出版社の奴等とここで花見をした時は我々だけだったけれど、もうここは穴場ではなく結構混んでいて、なんと渋谷区とかからも来ていた企業の若者達が居た。

(渋谷区にもいっぱい花見の場所はありそうなものだが・・・と後で私達は不思議がった)

でも、適度な所で終わらせられた事は、20年近く前の、出版社の頃の皆と花見をした時の経験も活きていたからだと思う。

(20年近く前は30代~20代ばかりだったけれど、この花見の時期はまだ寒かった・・・男より寒がりな女の子達とかは特に寒そうでその感じや表情も覚えていたから・・・)

今回は御成門駅に12時半に集まって(参謀は遅れた:汗)→そこからコンビニに寄ってから皆に歩いて頂いたし、皆それぞれに身体が強い訳では無かったので無理はさせなかった!!

(私自身が弱っていたので、丁度皆とのテンポや体調の具合が良かったのかもしれない!!)

今回の肌で感じた「経験」は、又忘れず大切にしておきたい!!

いや忘れないだろう・・・!!

 

そして次へ繋がる1歩だとコレも思う!!・手は抜かない!!

 

 

 

令和6年3月31日。

 

うちのメンバーが障害保健福祉センターや「区民祭り」や「ぷらざ祭り」に飾る作品の額縁を作ってあげる約束をしていて、それが(1度失敗し他のメンバーのアイデアを受け入れて作り直し)なんとか完成をしたので引き取りにきて頂く序でに、ティーパーティーをしながら今後の事を少し相談した。

(うちでやるのは、最初の区民祭りの1回目の打ち上げの労いにもあたる、秋刀魚パーティーの時やその後のアフタヌーンティーパーティー以来だな・・・)

本当はここをサロン代わりにしようと色々と改造をしたのだがバリアフリーではない事と、再開発』の波に飲まれ・・・

 

頂き物の『ヨークシャー・ティー』を以前から「仲間に飲ませる」との、このお茶をくれた人や仲間との約束だったので、その約束も果たす事が出来た!!

※小さい約束ほど、1つ1つ守っていきたいな・・・!!!

(そこは変わらない)

 

その後、仲間が何処からか聞いてきた「虎ノ門ヒルズの42回にある無料の展望台へ行ってみたい」との情報で、

(展望台とか高所で、高い所が怖い私のドギマギする姿を観たいという主旨らしい・・・汗)

虎ノ門ヒルズを案内した。

昔の職場が入っていた・いる?から(←散々近くの支社からオフィス等の鍵でもあるパスを総務で書類を書いてイチイチ貰って書類を持って、又そのパスを総務に返して書類にサインを何度もしてきたし)嫌なんだよなー

※虎ノ門ヒルズの中だろうと、マンションの1室だろうと、仕事自体って(やることは)そんなに大差無い!!

・『社風に差』はあるけれど・・・(←アソコは障碍者自体が嫌いな会社だったなー、出来る上司達とは『良い思い出』もあるけれど・・・)

 

結局、虎ノ門ヒルズの42回にある無料の展望台は『ガセネタ』で展望台は無かったが:笑

(店員さんに「六本木ヒルズか?麻布台ヒルズでは?」と・・・)

レストランみたいな所で軽く一杯だけした。

 

 

 

令和7年3月9日(土) 障害保健福祉センター 体育室

 

昨年12月1日に「4ヶ月後の居場所の予約が全部埋まっている」と取れなくて焦ったが

その3秒後に団体や居場所立ち上げから関わって下さっていた職員さんから「実はその日センターのボッチャ大会があるんですよ、だからグリーンの居場所をボッチャ大会にしませんか?」と言われ

最初んな偶然あるか~いと思ったがそれも良いなと思いでも(人によってはボッチャすらも出来ない人も居るかも?と想像し)、決っして私の一存で決めて良い事では無いと思ったので

「(概ね、その方向にしますが)最終的には皆に訊いて謀ってからにします」という事にしておいた。

 

で、最近よく来て下さる方々1人づつ皆に聞いていくと

「あ、それもいいんじゃない?、何かをするっていうのも!!」という答えが多かった。

身体が動く人は、”なにかをしたい!!”という気持ちがまだ全員が『何もしないという事に』当時は慣れ切っていない為、一気にボッチャ大会参加へと方向性が決まったので、施設に代替えで参加の報告をしておいた。

「グリーンとして参加するか?どうか?」

「グリーンのメンバーが同じチームになるか?どうか?解からない」

「それでもいいか?」

との事だったが、

 

敢えて、複雑にして、手を煩わせる事も無いし、各自の参加の可否も含め、今回は自身の団体の事だが、施設側の行事の手筈もあるし、皆もいつも行事参加の手順の方が混乱が少ないだろうと「そのままお任せします」と伝えて、なんとなく(別に施設側の回し者でもなんでもないから、無理強いもせず!!)、皆の参加動向を他の事をしながらノンビリと見守っていた。

決っして施設や職員に投げっぱなしや、今回は全て手放す訳ではない・・・)

 

で、(3月になり)当日は他の参加者も含め、私も主催側ではなく1利用者として参加をする。

私達のグリーンからは大体よく来るメンバーの半数が参加をして下さった。

(「下さった」というと、なんか職員側的になってしまうが・・・)

メンバーのお手伝いなんかもした。

結局、私ではなく他の方達が上手だったので1位になってしまったが・・・

(チーム編成はクジ引きだから運だな・・・笑。)

ま、優勝とか勝ち負けではなく、楽しむ事、私達にとっては大事で、

こっちというか障害保健福祉センターの人は、あまり勝ち負けにコダワラナイ。

楽しめるか?どうか?

皆で楽しめるか?

そこに主眼をおくと、地味に落ち着いているけれど、結構雰囲気が良くなるんだ。

 

(勝ち負けで殺伐としていないというか)、優しさがそこに表れてくるというか

(身体・知的・精神の『三障碍』居るからだと思う)

気が疲れないし・・・。

その後、珍しくいらした普段ゆっくり話せないメンバーの方と、最近よく来て下さるメンバーと販売機のお茶を飲みながら、4人で色々と話せた。

そこで得た、それぞれの状況の話は、『今後の展望』にいつか多いに役立つ、布石となっていくことだろう・・・

イレギュラーな事でホンの少し僅か~にドキドキしていたけれど、結果上手くいって良かった。

 

あと、もし居場所が取れなかった時、その対処方法を探す事を考え、12月から必死に探していくキッカケとなった。

(実は、この数ヶ月これを解決するヒントに出会った、この続きは又後日談で・・・

 

無駄な事は何も無い!!

 

 

 

 

 

令和6年2月17日(日)港区立スポーツセンター

 

 最初、去年と同じ様に、あいはーはーとみなとで参加を誘われたが、もう既に5人揃っていたので(今回は5人で1組のチーム編成・別に1人~2人参加でもいいようだったが)、最近私が尋常ではなく多忙な為「ワザワザあいはーとが2チームも出る必要はないだろう!!」と断っておいた。

 

・・・、

断った3日後、障害保健福祉センターでメンバーから「車椅子の子と一緒にボッチャ大会に出たい!!!」と皆に言われ、

それは俺が出ないとメンバー間の調整が出来ない!!!、あ~、もう・・・ヤハリ、俺は今回も出る運命にあるのか!!!!!と、

車椅子の子のお母さんに御連絡をし、5人揃う様にメンバー調整の声掛けをアチラコチラにして、社協さんと事前に話し合ったりもして『みなと社会福祉協議会』へ登録をし出場出来た!!

幸い車椅子の子のお母さんもヘルパーさんを手配出来たし、基本、休日のスポーツ・センターに居る事も多いから、ヘルパーさんを頼んで頂いて参加をする事も可能だった!!

Greenは勝ち負けとか上達とか、あまり気にしていない『集まり』なので、(そりゃ勝てば嬉しいだろうけれど)、それよりも普段は「YESだったら指を握ってね」と(毎回では無いけれど結構握るし、『意思』を表明するのよ・・・)普段、みんなも手を握るだけの事が多いこの子と一緒にボッチャを出来るという所に、皆の気持ちの『重き』が置かれていた!!

(Greenはそれでいいの!!亢竜悔い有り』で欲張り過ぎ無い、「足るを知れ」という古語ではないが、ユルい感じが心地良いし長く続く秘訣!!のよ~な気がする・・・多分。

無理はしない、Greenは身体障碍・知的障碍・精神障碍と三障碍が居るので事故に繋がる事はしたくないし、安全第一がモットー、←というのも、今回知的の方は不参加だったが、身体の人とかは何かあった時や後で『重症化』もし易い人も居るのよ・・・だからユックリのんびり愉しむ・・・!!!

 

(チーム数が多くコート数を増やす為、意外に距離が短く、床も磨かれているし、普段の距離感で投げるより球が転がる)

普段はプラスチックの「ランプ」(スロープに事)を使う事が多いが、高さを調整出来る木製のランプがあった・・・

ボールをセットし穴からチョコンと押すだけで転がっていく・・・。

(真っ直ぐ転がれば拍手喝采!!・・・私もコレを使った方が上手くいったかな

 
終わった後、メンバーの皆と車椅子の子のお母さんが仕事から迎えに来るまでリーブラの1Fに何人かと居たのだが、リーブラ1Fのロビーは夜は寒いのよ・・・

体育館とは全く違う寒さ!!

(競技中は人々の熱気もあったが、階層の高さで熱は上に行くとか、空調とか完備をされていたのだなーと)

これは俺が居場所をもっとやれば、この子(のような子達)を温かい場所で夜まで過ごさせてあげられるんだろうなーって。

 

今回で2度目のボッチャ大会。因みに今年で開催は2年目だが、去年より車椅子の方の人数が増えている様に感じられ、『みなと社協』の福祉への意図というか志とかイズムが市井まで届き始めたのかな!!という印象も受けた。

※「元々、ボッチャ自体をパラスポーツとして紹介をした事が拡がりが悪かった」と私に教えて下さったあいはーとの年長の利用者さんがいた。

誰もが出来る競技、それがボッチャなんだ・・・

 

『まとめ』。

 

・今回偶々だったが、最初に対戦をしたのは車椅子の子が出た小学校の子達とお母さん達の混合チーム社協さん、中々『心』ニクイ、恰好良い事をして下さったなーと、その学校の後輩達がうちの車椅子の子の指を握ってくれたりしてご本人も喜んでおられたのではないか?と感じられた、そういう事がGreenでは、競技で勝つ事よりも、1番大切だったような・・・そういう光景を何度も僕達は観る事を出来た!!!!!

 

・お母さんへ今日のボッチャの件を相談をしたら、モノ凄く喜ばれていた!!

 

・翌日~後日に掛け、皆「疲れが出なかったか?」(元気そうな1人を除いて←夜まで居なかったし)皆夫々に訊いたが、全員、大丈夫だったとの事!!で、

(俺が1番疲れて翌日夕方まで横になっていた、やはり安全面や、メンバー調整で気を遣っていた事もあったのかもしれない・・・←最近多忙過ぎるし・・・

 

でも、その子のお母さんが「この日の夜は(グッスリと)寝ながら良い夢を見たのでは?」

という言葉を聞く事が出来た時、ああ~、みんなで参加をして良かったなーって!!

 

 

 

令和6年2月10日(土) 第2会議室。

 

昨年末から尋常ではなく多忙になったので、果たして今回上手く開催を出来るのだろうか?と、心配だったが、人間なんとかなるもので、(無事)開催をすることが出来た!!

もう、慣れが出てきたのか(=慣れが出てきた頃こそ、事故・事件に注意をしたいと思う)、写真を殆ど撮る事すら忘れて、(多忙過ぎて)CDを持ってき忘れたので音楽もかけず(皆スマホがあるので、人の邪魔にならない程度の音量なら好きな音楽かければ~?って・・・無法地帯状態でいいのか?笑)、ただ漠然と雑談をしたり、様々な障碍がある人々同士が交流をしあった!!

普段、そこまで時間を合わせ、交流をしたり触れ合わない人々同士が、身体の弱い子を中心に集まり「かわいいねー」と愛情を沢山出して交流をしている光景を観ていて、前回の映画会で感じた『感動』みたいなモノが、俺が皆様のご協力の下、作らせて頂いた『Green』という団体、ここには絶対確実にある!!

そして、私達と一緒に居て下さる車椅子の子の周りでも更なる感動があるんだ!!

そういう事を確実に『実感』をした瞬間と・・・

皆が笑顔で、交流をして話している光景を観ていて、ほのぼの感が伝わって来て、皆が居場所だから何かをしなくてはならないとか、気負うモノが何も無くなっている事に気付いた!!

今までの、肩に力が、ホンの僅かに入って、やや硬かった気がした部分が、観えない、凄く人の向こう側まで透き通る様に透明で居場所や部屋・人が一体化している。

(きっとこういう場が、『落ち着いていられる場』なのだろうなーって・・・)

そういう事を強く・強く感じられた居場所の会だった・・・

(そういえば昔憧れた職場のボスに「アンタのサロンを作りなさい」と言われた事があったけれど、サロンなんてそんなまだそこまで凄い事ではないけれど、多分こういうモノなのだろうな、と・・・)

 

みんな、人さえ居れば、お菓子も音楽もモノも何も要らないスマホも要らん、もっと人と人の息遣いや温かい温度さえあればいい世界というか空間がそこにはあった。

その事に『確実に』気付いた瞬間だった!!

 

もしかしたら毎回が今回みたいに上手くいかないかもしれない、でも、、何かが1段階進んだ事は間違いないという事を強く『実感』出来た!!

ここまでくるのにご協力をして下さった方々に感謝!!