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IGS-report

未来の為になる取材やイベント活動を行うメディアを目指して活動しております。

令和8年8月8日(土) 竹芝小記念ホール 

 

この日は『障碍者ポスター展』の画を描く人と、好きな絵を描く人・そして食事介助のスペースの3つのパターン(の居場所)を作った。

前回カーテンを閉めて帰るのか?開けて帰るのか?防災センターさんに電話したり、管理部門に訊いたりしたが、今回後ろのほうだけ閉まっているという柔軟なパターンに出くわし、こりゃいいや!って。)

 

 昨年もこの時期に「家に居るとやらないんだよねー」と『障碍者ポスター展』の絵を描いていたが、

私はどうしても今年は下絵のイメージが湧かなくて、

さて、何を描くか?考えながら皆が来る前にセッティングをするか・・・)

 

(近年『障碍者ポスター展』を観てきて、精神障碍者がほぼ居る『あいはーと』の様な才能ありコダワリがある人々と、愛の手帳の子が多く、昨年「バリアフリーって何?」というトコロから教えないとならなかった障がい者福祉事業団や、友愛十字会のアクティの人々とを、同じ土俵で金賞・受賞・入賞等にして正解なのか?・・その前は健常者の小学生ばかりだったし・・・、という疑問が湧き上がってきていて・・・愛の手帳の人々の中には複合で心療内科にも通い=計画相談や親亡き後の事業の方々が精神の手帳を取らそうとする文化を近年体感してきて、=自分も医療事故4回を隠蔽されてきて、それで精神にされたら隠蔽がまかり通ってしまう事を知っていて福祉の人が精神の手帳を取らせようとしたり、・・・=以前あいはーとの職員が演劇の関係で「世界の精神の1/3の病床数が日本にある」と調べ上げたのに、確かに様々なフェアやイベントに精神の人々は、身体・知的に比べ、福祉タクシーや巡回バス・人手が、そこまでは要らなくて出易く福祉の人にとっては実績を出し易いけれど・・・)

 そんな事を実際に中に入って体感をしてきたら、インクルーシブとか共生とか理想は掲げるけれど、

(優秀な人や、御世話をしなくていい人や1部を観てきた人はいい・・・当事者本人や御家族の意向は?とか

現場を観てきて、本当に、そんなに何でもかんでも一緒にしていいの?・状況を解かっている?1回でも状況や現実を(自分の子以外に)観に来た事がある?

 でも、私達自身も他の障碍の人々を観て・知って・学ぶ事は、成長に繋がる。

センターに来たばかりの子が車椅子の麻痺の子を観て、何故?身体が弱いか?解からない・・・

観れば解かるじゃん!!・コレが当たり前じゃん!!の世界が通じない。

※でも、センターに長く居る子達は、最初は車椅子の子が何故弱いか?解からなかったけれど、長く居てイロイロな人々が居る事を知り、何故、車椅子の麻痺の子が弱いか?を知る。

だから来年障害保健福祉センターを分断する事について、より混乱が起こるだろうな・・・、と・・・

陸奥宗光の「政治はサイエンスではない!」という言葉を思い出す。

そんな中テーマが「バリアフリー」ではなく、毎年「心のバリアフリー」で、人によってはバリアフリーから教えないと解からないし、拙い私の語譚や知識では、バリアフリーって何か?を、愛の手帳の重度の子に解かり易く教えられない、そんなスタートも何もかも違う中、同じリングに戦わせていいの?って、そういう疑問があって・・・

最近、「階級制じゃないけれど、部門で分ければいいのにね」とワリと1年掛けて多くの人と話し合ってきた為、

どうしても今回は急(せ)かされて書く事は出来なかった為、

(↓絵に飽きた子と『漢字の書き取りごっこ』や、ホワイトボードに絵を描いて遊ぶ、意外と難しい漢字書けるのよ・・・)

 

先週だか先々週に体調不良で出られなかったアート講座の無地の団扇代300円を支払っていて、

出席をした賢い子に、どんな事をしたのか?コツはどうだったか?を聞いていたので、ソレを独自にアレンジし水彩画で描いた。

(他の人は色鉛筆・・・自分の分は自分で用意するコトがうちの鉄則!←誰かがお金を出して損をさせ、喧嘩になれば『私闘を許さず』という【鬼の鉄則】に反するので、ユルく観えて、新選組の如く、意外とキビシイのよ・・・信長・家康・秀吉・政宗・曹操みたいに大きな事は出来ないしペースも遅いが、堅実に実務や現実を優先する・・・そりゃ喧嘩や殴り合いをすれば俺は後が無いので、それなりには結果を出すだろうが、それではうちは何かが違うと感じる・・言ったもん勝ち、声が大きい者勝ちの世界は偏るので嫌だから・・・)

その団扇に(独自のエッセンスを入れ)描いた、↓こういう事をするから「又、人と違う余計な事を」と言われるのだが・・・

B型だもの仕方ないじゃん!!・みんな同じ作品なんて逆にキモチワルイ(気もして)。

 

(道具を持ち運ぶ時はご寄付頂いた袋に入れて)

 

片付けは皆がやる様になったし(ここまでくるのに3ヶ月、B‘zじゃないが、多分親御さんの『ミエナイチカラ』も借りて)

(カーテンは今朝来た時と同じ柔軟な方法で後だけを閉めて帰宅)

 

食事介助のヘルパーさんと情報交換も出来たし、今後の方針もなんとなく話し、イズムを少しでも伝承出来たと願う。

(私だって永遠にいつまでもここには居られない、なら継承出来る血脈は作っておこうと・・・その為には様々な私が障碍保健福祉センターや、社協のバリアフリーマップ作製の体験・他の施設・コミュニティハウスでの経験した事を次の世代に媒介するコトも使命の1つかなと・・・。)

 今日も無事に終わった・・・。

 

追伸:描いていて、最近誰かが言っていた「描いている時は嫌な事が忘れられていい」という言葉をフト思い出しながら描いた。

(コダワラナイから、いいのかもなー)