生命の糸
(なんやろ、これ?)翌日の準備をしようと、通勤に使っているリュックサックをあけると、白いビニール袋に入ったものが、取りだし口をふさいでいた。(? なんか買ったっけ?)持ち上げると…… 重い!(ビン?)ジャムのビンくらいの大きさだ。(ジャム?)(あああああああーーーーーーーーっっっ!!!)(がーん………)(たきたてごはん……)「てんちゃん、てんちゃん!」「なに?」(パソコンから目をあげない)「“食べるラー油” 食べたことある?」「ないないっ」(こっちを向く)「今日な、職場の人にもらってん! ほら!」「おおお……」(目がキラキラ)「伸介のプロデュースしてるやつやねんて。沖縄やで! 宮古牛がはいってるねんて! ほら、肉だらけ! 今日、食べようと思ってたのにー。忘れてたー。めちゃ、ショック。……今から、食べる?」夜の十一時すぎだ。「いや……」(目が一瞬、泳いだが)「じゃあ、明日! キッチンのカウンターに出しとこう! ぜったい、食べよな」(十年前なら、今からでも、ごはんを炊いたやろなー)* * *食べるラー油! 食べるラー油! 食べるラー油!爆発的人気で、どこに行っても売り切れ状態で手に入らなかったのは、いったい、いつのことだったろう? 元祖食べるラー油はともかく、それっぽいものなら、あちこちで見かけるようになった。種類も多くて、どれにしていいのかわからないくらいだ。中に入っているものも、さまざま。そもそも、「食べるラー油」が何なのか、よくわからないのだった。なんで、そんなに人気があるのかも。ディンクス(double income no kids)時代なら、新しいもの、おいしそうなもの、ちょっとだけ贅沢なものを、二人で探して楽しむことは、生活の一部だったけれど、デュークス(Double Employed With Kids)となった今、子どもに関係のないことは、生活から遠ざかっていく。食べるラー油が、浜田家のレジかごに入らなかったのも、小さなリクトやコツメには食べられないと思っていたからだろう。デュークスという言葉も、最近知った。「Employed」という表現は気が滅入ったが、「With Kids」というのがいい! With Kids! With Kids! With Kids!話は戻る。ラー油といえば、火を吹くような唐辛子のエキスが抽出された、真っ赤な油で、中華料理店などで、小さな多角形のガラス瓶に入っていて、ほんのちょっぴり、耳かきくらいの匙ですくって、餃子のタレに入れるものだ。食べるラー油は、辛くないのだろうか?いただいた人の話によると、「おかずですよ」は、そんなに辛くないとのこと。ラベルの原材料を見ても、「唐辛子」は、一番最後に書いてある。ビンからのぞく中味も、そんなに辛い色に見えない。コツメは無理だけど、リクトは喜びそうだ。さあ、たきたてごはん! たきたてごはん! たきたてごはん!「ジャーン! 食べるラー油ですっ!」「おおお!」小さなスプーンで、ほかほかごはんの上に、のせる。ほかほか。ほかほか。(辛いかな? 辛くない!)(どこかで食べたことのあるような味…… )(これは、なんの味だろう?)「んーーーっ スタミナ弁当!」(そうか! スタミナ弁当だ! リクト、うまいこというやん! それやそれそれ!)「スタミナ弁当!」てんちゃんも、うなづいている。「リクト、スタミナ弁当、食べたことあるの?」「ない」「てんちゃん、あるの?」「ない」え、二人とも、ないの? スタミナ弁当って、なに???食べたこともないのに、妙に納得してしまった「スタミナ弁当」「リクト、なんで食べたことないのに、スタミナ弁当なん?」「なんか、そんな味やから」たしかに!ところで、「スタミナ」って、久々に耳にした。スタミナ。スタミナ。「てんちゃん、スタミナって何語?」「知らん。自分で調べたら?」ちぇ。知ってると思ったのに。調べると、今は英語になっているが、本来はラテン語だった。 ラテン語の「縦糸」を表す stamen の複数形が stamina だという。神話では、運命の三女神が紡ぐ「生命の糸」の意味で用いられ、「ありとあらゆるものの根源的・本来的要素」として使われていた言葉だ。それが、今日の「精力、耐久力・一定の運動を長く持続できる能力」を表す言葉として定着した。運動を長く続けるために必要なエネルギー源となるのが、食べ物=「スタミナ弁当」というわけだ。「スタミナ定食」でもいい。その言葉から、わたしがイメージしたものは、モツ炒めのようなものだ。モツ・ニラ・たまねぎ・ニンニク・卵……あらためて、「おかずですよ」を味わってみると、マーボーナスみたいな、肉味噌みたいな味がする。やや甘め。食べるラー油は、手作りしてみたいなあ。松の実なんか入れると、おいしそうだ。創作意欲が湧く。「あーっ もうなくなってきたー」みんなが、ティースプーンですくっては、ごはんの上にのせていくので、あっというまに減ってきた。しかも、「おかずですよ」は、宮古牛の、わりと大きな切れ端が、わんさか入っているので、一匙すくうだけで、どんと残りが少なくなるのだ。「めっちゃおいしい! 明日も食べるから、残しといて!」「うんうん。また、明日も食べようなー」「すぐなくなるなあ~」「でも、食べるラー油って、どれも小さいビンやんなあ。大ビンなんて、見たことない」「なんでやろな」…… それは、「油」だからだろう(苦笑)競争みたいにして、ごはんに山盛りのせていたが、具以外の液体は、スープではなく、ゴマ油なのだ。油を山盛りほおばっていたと思うと……(汗)* * *スタミナ。スポーツの世界で使われることが多いけれど、どんなことにでも必要だ。それは…… たくさんの縦糸。運命の女神が紡ぐ生命の糸。すべての根源。本来的要素。このことを知っただけでも、うれしい。いつでも取りだせる引きだしに、入れておく。リクト、ありがとう。浜田えみな