講座の余白(12) ~ドアの話~
夜おそく、好きなブログを訪れると、画面いっぱいに、ドアがあった。異国のたたずまい。蒼い扉。わくわくする物語は、いつだって、扉をくぐりぬけるところから始まるのだ。素敵な文章が添えられていた。提示されていた物語は、三つ。「行き先をコントロールできる、こんなボタンはどうですか?」と。 ・今一番行きたい場所・一番会いたい人がいる場所・記憶していないけれど、昔とても大切だった場所うろ覚えだけど、このような三ヶ所だったと思う。記事を読んだ瞬間、イメージが広がった。「今一番行きたい場所」 想いえがく場所は、地点ではなく、到達点のようなものだ。私は何になりたいのか。どう在りたいのか。どうなっていたいのか。タテマエじゃなく、プライドじゃなく、虚勢じゃなく、誇張じゃなく、夢じゃなく、願いじゃなく。どこに行きたいの? どこにたどりつきたいの? そのとき、私のまわりには何があるの?私は、何になりたいの?「一番会いたい人がいる場所」 誰がいるんだろう? 「記憶していないけれど、昔とても大切だった場所」 いちばん、行きたい。今すぐ見たい。きっと原点だ。私だけの感性が培われた場所。伝えたいという衝動のルーツ。流れはそこから起こってくる。風はそこから吹いてくる。ドアの向こうには、世界がある。たとえ、今、ドアを開ける用意がなくても。ノブがみつからなくても。たしかにある世界。そのことを確信できた気がした。「心の中にドアがもてました」と、すぐにコメントを書いた。* * *心の中にドアがもてたと書いたら、その夜、夢を見た。昔あったテレビ番組の「あいのり」みたいに、がやがやとワゴン車の中だった。はるか二十年近く昔の職場での同僚三人(男二人・女一人)と、三年前の職場の同僚(女一人)。なぜ、今ごろ、もう会うこともないのに、当時のままの姿で(私もだ!)、夢に出てきたのかはわからないのだけれど、この同僚三人とは、かつて、こんなふうに同乗して遊びに行ったこともあるし、あと数名のメンバーと一緒に、ワイワイがやがや、やっていた。楽しかったなあ。もちろん、仕事もやった。「残業友の会」という名称だったのだ(苦笑)メッセージ的なものを読みとるのなら、「文章を書け」ということだろうか。このころ、私は手書きで小説を書いていた。「自分の作品を活字にする」というのが、プロになることと同義だった時代から、自分で活字を打てる時代への移行期…… 年末年始の休みに、ワープロを貸してもらって、ノートや原稿用紙にぐちゃぐちゃと書いていた原稿を、浄書した。それを、段組し、製本してくれたのが、Sくんだった。短大のころから、十年くらい、もやもやとあたためていた構想を、〈とりあえず、文章にしました!〉 という恐ろしい作品。タイトルを思いだすだけで、ぞわぞわと鳥肌がたつくらい恥ずかしい。あらすじなど覚えていないけど、たぶん、核などない。山ナシオチなしメッセージなしだ。絶対に読みかえしたくない。「恥」「恥」「恥」だけど、大人になってから、初めて完結させた作品だから、もしかして「処女作」? (どひゃー)よく考えたら、Sくんは、あの小説の、ただ一人の読者だった。 どうか、忘れてくれていますように。今思うと、コメントをもらった記憶がないので、おせじの感想も書けないくらい、ひどかったのだろう。でも、Sくんは浜田省吾のコンサートレポートを「大絶賛」してくれ、その後、二年ほどに渡って、私が調子に乗って、ぞくぞくと書いた小説やエッセイのよき読者だった。今おもうと、よくぞ読んでくれましたと頭がさがる。私より、ずっとウィットと情感にあふれた緻密で熱い文章を書く人だ。得意とする分野も多岐にわたり、私は彼の文章のファンだ。今でも大ファンだ。たまに、あまり更新されていないHPをのぞく。本当にうまい。* * *同僚その二のYくんも、文章を書く人だ。SくんはYくんと二人で、当時、不定期のコラム紙のようなものを刊行していて、そのコラム紙にコーナーをもたせてもらうことが、私の夢だった。早く上手な文章を書けるようになって、エッセイでも雑感でもなんでもいいから、記事を書かせてもらいたい、いっしょに創りたいと、ずっと思っていたのに、言いだせなかった。そのうち、二人ともがそれぞれに忙しくなって、コラム紙そのものがなくなってしまった。文章が上手くなってから… などと思わずに、「書かせてほしい」とお願いすればよかった。復活しないのだろうか。今なら自分で売りこみに行く。いや、勝手にコーナーを創って投稿する!* * *同僚その三は、二十七歳の誕生日に、岩崎ちひろが挿絵を描いている「たけくらべ」(樋口一葉)の本をくれた同期入社のKちゃん。私は岩崎ちひろが好きなので、挿絵はとっても嬉しかったが、どうしても本文は読めなかった。ちひろの挿絵に嬉々として、ページを開くやいなや、目に飛びこんできたのは、日本語なのに、現代文なのか文語なのかよくわからない「雅俗折衷体」。いったい句点はどこにあるのか? もしかして、一文は一ページ分の長さだという決まりがあるのか? 文章の美しさや格調高さを味わう以前に、どこまでも続く、テンだけでマルがない文章に疲れ、息苦しさに負けて、早々にリタイヤした。人からもらった本を読まずに本棚におきっぱなしにしたのは、この本だけだ。今、読むときなのかもしれない。ひらいた本には、手紙がはさまっていた。「美登利のりりしさが好きだ」と書かれてあった。「りりしさ」という単語に、久しぶりに出会った。 りりしさ* * *文章表現にかかわった過去の人たちのなかで、なぜだか、後部座席で、私の隣に座っていたMちゃん。同僚三人との接点はない。彼女は、アロマテラピーのボディトリートメントの認定試験の前に、練習台になってくれ、めちゃめちゃホメて自信をもたせてくれた人だけれど、それをきっかけに彼女自身がアロマセラピーのとりこになり、リフレクソロジー・ボディトリートメント・フェイシャルの技術を修得して、わたしより素晴らしいセラピストになってしまった。ずっと年下のMちゃん。帽子職人のMちゃん。彼女の存在は、植物の力をとりいれるフィトセラピーの大事さを告げるメッセージだ。文章だけでなく、てのひらから伝えるものもあるのだと。* * *夢のなかでは、ワゴン車は、どこかに向かう途上。・今一番行きたい場所・一番会いたい人がいる場所・記憶していないけれど、昔とても大切だった場所まだ、どこの場所でもなかった。ゴトゴト揺られながら、笑いころげていた。みんな、二十代だった。どこに向かうのだろう?そこに誰がいるのだろう?どこにも着いていなかった。でも。あるのだ。その場所が。わたしの到達する場所が。わたしの原点が。ドア。心のなかにドアをもてたら、世界は、すぐそこ。手のなかにある。 浜田えみな奇しくも、その後、大地震が起こり、わたしは手書きで原稿を書くようになった。手書きで推敲するなんて、ありえないと思っていたのに、手書きでないと、しっくりしなくなった。「古典にかえろう」が新たなテーマになった。日本語の歴史も興味深い。夢というのは、いろいろなヒントをもっている。まだ、気づいていないメッセージは、なんだろう?楽しみだ。ドアのむこうに。→ Ruriさんのブログ記事 「Wherever Door」