昨日、「癒しフェア」のブースで伝えてもらった 《ヒューマンデザイン》→ ブログ記事 「ヒューマンデザインとインナーカラー」
生まれた時刻は違うけれど同じ生年月日のともこちゃんとは、ほとんど同じチャートだと思う。
わたしがとても嬉しかった言葉……
“受けとったものを、自分のなかで変換して、自分の感性で伝える力”
を、ともこちゃんなら、どう受けとめるだろう?
ともこちゃんは、独自のアンテナで、おもしろそうなこと、わくわくすること、ドキドキすることをみつけ、みんなにキラキラ輝いてほしくて、講座を企画している。
講師が伝えていることが大好きで、講師のことが大好きで、ともちゃんは、ただ、大好きな人の、大好きなことを、みんなに知ってほしい想いだけで(誰の講座であっても)、まるで自分のことのように熱く、あふれる想いを、語りひろげている。
それは、自分が受けとったものを、独自の感性で変換した、ともこちゃんの世界だ。
講座に集まる人たちは、ともこちゃんの魅力にハマったひとたちだと思う。そして、会場で“何かやりたい人” “伝えたいものをもっている人” の輪の中から、また、新しい企画がたちあがっていく。
彼女が、いちばん反応すると思うのは、
“意識して何かをやると形になる”
“目標をハッキリ決めて宣言すると手伝ってくれる人があらわれる”
という言葉だ。わたしが知っている限りにおいて、まさに、このとおりだからだ(笑)
ともこちゃんのスタートは、ちっちゃな「おうちカフェ」
自分ひとりで、何から何までやろうと思うと、どうやっていいのか想像もつかないことばかりで、頭打ちになる。でも、ひとり集まり、ふたり集まり……、みんなで共同で作業すると、それぞれ得意な分野があって、いろんなことができていく。大きなことができていく。
(自分で全部、やらんでもいいんやー)
って、ともこちゃんは、びっくりしたという。魔法みたいだ。
こんなことやりたいなー って、口にするだけで、「あ、いいやん、それ! やろやろ!」という声が、あがる。 ともこちゃんは、あっという間に、りっぱなイベンターになっていた。
“だれもやったことのないことで成功する”
“へぇ~ あんなことで成功するんだ~”
という言葉も、細々と文筆しているわたしには、あまりピンとこないけれど、ともこちゃんなら、ありえます。
ともこちゃんの
“だれもやったことのないこと”
“あんなことで”
は、たぶん、もう、動きはじめてるよ!
また、
“周囲の声に気をまわしすぎてへこむ”
のは、ともこちゃんもわたしも同じで、そんな自分をなんとかしなければと思ってきたのだけれど、
「“感じやすい”システムをもっているのだから、しょうがないのよ。自分をダウンさせるのではなく、アップさせるほうに使うのよ」
と言われたら、
(なるほど、そうなのか!)
とわかる。「向かい風」ではなく、「追い風」にかえて、進んでいけばいいのだ。
(らくちんやん!)
と、何も解決していないけれど、嬉しくなる。人間関係のストラグルも、どんとこい! だ。
(ほんまかー)
ともこちゃんとわたしは、好きなことも、夢中になっていることも、目指しているものも、ちがう。でも、今いる場所で、今の自分が置かれた環境のなかで、メッセージを受けとり、自分の駆動力にすることができる。
“
わかる” ことで、“気づく” ことで、生まれる力。
「名前のことだま」も、同じ。ことだまの使命を、過去・現在・未来に設定する。そこに収束するもの。そのエネルギーを実感できたら…… 体感できたら……
自分が大好きなこと。自分がやってきたこと。自分がやっていること。自分がやりたいこと。自分が人のためにできること。
過去のすべてが、収束していく!
(そうなのだ)
とわかる。過去も現在も、すべてが未来につながり、使命の実現に向けて、エネルギーが収束していく。
ふるえるほどの感覚。
……具体的に何をするねん? と言われたら、
(ははは)
なんだかよくわからないのだけれど(苦笑)、なんといおうか、わたしは、このことだけで、「今」元気になれる。(これは特技? 個性?)
わくわくできる。どきどきできる。ものすごく楽しいことが待っているような気がする。
おめでたいと言われたらそれまでなのだけど、全てうまくいくような予感につつまれて、「書くチカラ」を手にすることができる。
「今」!
「今」「書ける」 それで、いいんだ。
一生つづく「癒し」などない。一生つづく「元気」などない。
今、一瞬だけでも、とらわれているものから離れられたら。
一瞬だけでも、エネルギーが湧き出してくる感覚が生まれれば。
その一瞬いっしゅんのくりかえしで、ひとは生きていくのだ。一瞬が、もう少し、長くなれば、もっといい。
癒しって、そういうものだ。セラピーって、そういうものだ。受けとる用意さえあれば、世界は、そんな癒しであふれている。
気づくだけ。わかるだけ。受けとるだけ。
明日は、書けないかもしれない。でも、「今」「書ける」
その一瞬いっしゅんの積みかさねで、わたしは、書いていく。
そして、卵ながらも、セラピストとして、癒しを、伝えたい。
「いっしゅん」でいいから、どこか別の、あかるくて、あたたかくて、安らげる場所、元気があふれる場所へと、目の前の人のこころを運ぶことができますよう。
「いっしゅん」
「失望」や「絶望」を断ちきって、「希望」をもてたら。
ひとは、それを、つないでいくことができる。
ぜったいに。
浜田えみな