お客さん、来るかな。来るかな。
お客さん、来るかな。来るかな。


ふかふかにしておいてね。
こわくないように、ここちいいように、あんしんなように。
あったかくね。やわらかくね。たいせつにね。


お客さん、来るかな。来るかな。
お客さん、来るかな。来るかな。


いつ来るかわからないからね。
用意しておいてね。ちゃんとね。


おうたいさんは、待っている。


お客さん、来るかな。来るかな。
ふかふかなのにな。あんしんなのにな。
さいこうのお布団なのにな。
来てほしいなあ。


……来ない。


来なかった。


来ないので、失礼します……
撤収……


じゅうよっかかんの短期バイトだ。


お客さんが来たら!


ごかげつかんの雇用延長。


      *       *       *


排卵を感じるとき。
もうすぐ生理が始まりそうなとき。
生理が始まったとき。

「女性のからだ」講座で聴いた、この話を思いだして、胸がキュンとなる。


おうたいさんというのは、黄体ホルモンのこと。
排卵後、


「たいせつなお客さん(受精卵)が来るから、お布団をふかふかにして待っているように!」


という十四日間の特命を受けて、まだ見ぬ「すてきなお客さん」のために、毎日、お部屋を快適にととのえて、ベッドメイキングをして、待っている。いつ来るかもわからないのに、毎日、まっている。
いじらしくて、せつなくて、もどかしい。発令通知は十四日間だから、十四日間、待っている。来なければ、すべて、撤収……。
心をこめて、世界でいちばん、ふかふかに、ととのえたお布団が……。


(ご、ごめんなさい!!!) 


生理が始まると、ホントに、思う。心の底から、頭をさげる。


(黄体さん、ごめんなさーい!!)


どれだけ、待ってるのだろう? 
待っても待っても、来ないのに。
もう、ぜったい、「お客さん」は、来ないのに。


だけど、はたらきものの、わたしの黄体さんのもとに、かつて、二度だけ、「お客さん」が来た。


十二歳で初潮が始まったとして、初産が三十四歳だったから、二十二年間。
一年に、生理が十一回ほどとして計算すると、二百四十二回も、


「お客さん、来るかな、来るかな」
「来ないので、失礼します……」


をくりかえしたことになる。そして、

ある日、本当に、本当に、やってきた!


どんなにうれしかったことだろう。
ふかふかで、やわらかくて、あったかくて、こわくなくて、あんしんで、だいじょうぶな、おふとんに、リクトが、ポンって、とびこんできた。

どんなにおどろいたことだろう。二百四十二回ぶりなのだ(笑) どんなに、ほこらしいきもちだっただろう。

さっそく、十四日間の短期アルバイトから、五ヶ月間の派遣社員に格上げになった、黄体さんは、しっかりした胎盤ができるまで、毎日、毎日、お世話してくれた。

どんなに、かわいかったことだろう。どんなに、いとしかったことだろう。二百四十二回×十四日間、まちわびて、まちこがれた、お客さん。


その後、また、「来るかな、来るかな」「来ないので、失礼します…」を、くり返させたあと(わりと短期間で)、コツメが、チェックインしてくれた。二回目だから、おうたいさんは、とってもお世話上手だった。コツメも、たいせつに、たいせつに、してもらった。


      *       *       *


さまざまなホルモンが、毎日、分泌されて、女性のからだは、できている。
招待状を出して、待っている。毎日、毎日、待っている。
撤収されて、それでも、また、毎月、招待状を出して、まっている。


(もう、いいよ、もう、ぜったいに、来ないから)


って、言いたいけど……、
言ってあげたいけど……、言えない。


毎月、待ちぼうけさせて、本当に、ごめんって思う。もう少ししたら、待ちぼうけするのは、わたしのほうなのだと思うと、ちょっと、せつなくなる。


たった二回だけど、黄体さんを、よろこばせてあげられて、よかった。リクトとコツメの笑顔や、寝顔、一生懸命な姿をみるたびに、


(ありがとう)


って思う。


(わたしの黄体さんのために、きてくれて、ありがとう)


リクトが飛びこんできたとき、コツメが舞いおりたときの、黄体さんの気持ちを思うだけで、わたしのほうが、高揚する。みちたりた幸せ感で、いっぱいになる。自分のなかに、宝物が宿ったことを知った、あのときのように。


      *       *       *


「お客さん、来るかな」 


このことばで、わたしは、

〔いじらしくて、せつなくて、けなげで、くるおしくて、ただ、手をあわせて、いのりたいような、こうふく〕


で、泣きだしそうになった。
リクトとコツメが、いとおしくて、いとおしくて、だきしめたくて、たまらなくなった。


女性ホルモンのことも、妊娠・出産のメカニズムのことも、知識としては、もっていた。だけど、こんなふうに、自分のからだにおきていることを、あたたかく受けいれられる情動を感じたことなど、なかった。それは、受けもってくれた講師の「人間力」だと思う。


こんな講座を受けたい。何度でも受けたい。もっともっと受けたい。


わたしも、理屈や原理ではない、


〔そのひとの生活や人生に、物語のきざしを投げかけるような〕、


そんなことばを、つむぎたい。


浜田 えみな