個人の認識の違い
「ねぇ、次の投稿論文名前どうする?あなたは、もうTさんじゃなくて、Mさんでしょう。正式な名前がMさんになったのなら、将来のことも考えて、今のうちにMとして論文投稿したほうがいいんじゃないのかな。」
「でも、この国でまだ名前変更の登録してないし、、、、変えたら、いろいろやることがあって大変そうで。そもそも、名前変更の証明するための戸籍謄本をまだ送ってもらってなくて、しかも送ってもらったら大使館で訳してもらわなければならないし。」
「証明なんて必要ないんじゃない?この国は、住民番号制で、その番号が個人を認識するための絶対的な情報であって、名前はその番号にリンクした情報のひとつでしかないから、それほど重要じゃないし。パスポートさえあれば、簡単に変えられると思うし、万が一変えたとしても、大学や銀行で名前変更する必要ないから。」
「マジで!?日本では、本当に名前変更するの大変なんだから!大体戸籍謄本ができるのだって、2週間かかったし。」
指導教官とのやりとり。
ちなみに、娘の戸籍謄本はまだできていない。
裁判所の決定に1ヶ月近くかかったからである。
わたしはてっきり、名前変更には、日本の正式文書が必要だと思いこんでおり、娘の戸籍謄本が出来次第、わたしのと一緒に送ってもらう予定で、そのあとどうするべきか考えるつもりだった。
「この国では、名前を変えなくても何も問題ないよ。」
と恋人が言っていたのは、そういうわけなのである。
つまり、個人認識番号が絶対情報であり、実際には名前ではなく、番号が大学やら銀行などの機関に登録される。だから、名前がどうであろうと、番号は不変だから、たいした問題ではない、と彼は意味したのである。
なんという違いだろうか。
日本では、名前こそが個人を認識するための唯一の情報であるがために、結婚や離婚に伴って名前が変わると、大変煩雑な処理を必要とされてしまう。
銀行口座の名義人の名前変更には、免許証か保険証が必要である。そして、免許証の名前変更には、保険証が必要である。
名前は、変わりうる絶対的な情報ではないにもかかわらず、個人を認識する唯一の手段であるから、大変なのである。
これこそ、日本の家族単位を基本とした社会システムに起因するのかもしれないが、日本はこの国よりもずっとずっと名前を重要視しているような気がする。
結婚に伴って名前が変更になることが、一種のイベントのようになっていたり。
というか、名前だけでなく、その人が独身か既婚であるかとか、子供をもっているか否か、職業はなんであるかなどなど、その人がもつ属性というものをものすごく意識するような気がする。
血液型を意識するのもそのひとつ。
人を血液型という属性に分類するのが好きなのである。
でも、この国では、属性など意識されることなど滅多になく、その人の人柄そのものが重視されるような気がする。
日本では名前が重要であるがために、ものすごく名前決定に時間をかけるが、この国はあっさりとしている。一般的な名前から適当な名前を選択するだけで、ひとつのデパートメントに同じ名前の人がいることはごく当たり前の現象である。
でも、名前とか職業とか関係なく、交流でもって人を判断するところがある。本当にその人自身をみているのである。
ちなみに、必要がなければ、仕事のことが話題になることもない。いまだに、何の仕事をしているのかわからない保護者もたくさんいる。普遍的な話ばかりである。
でも、そういったどの属性の人も参加できるような話題の会話の中で、相手の意見を聞くことによって、どういう感性をもっているのかどういう価値観をもっているのか判断することはできるものである。
わたしはやっぱり、属性って下らないと思ってしまう。
どんな属性であろうとも、その人はその人であることに変わりがないから。
娘の歯医者
歯医者に行ってきた。
先週末、娘の歯に、虫歯があることを発見したからである。
すると、案の定3本虫歯があり、そのうち1本は痛みを強く伴う深刻な虫歯で、今日即座に治療してもらうことになった。
この国では、すべての公立小学校に歯科医院が併設されているのだが、娘はかつてその小学校である体操教室に通っていたため、なじみがあり、歯医者に行くことへの恐怖など微塵にもなく、むしろその小学校へ行くことへの期待が大きいようであった。
さんざん、「虫歯になったら注射されるよ。」と脅しではなく、事実として言っていたのだが。
しかし、本当に麻酔することになり、注射されたときはともかく、そのあとの麻痺の感覚にとてつもない嫌悪感をもったらしく、注射されたあとは大泣きであった。
その後の削る治療も嫌がっていたが、わたしも上から観察してみると、歯間から思いのほか大きな穴があいていることがわかった。
「きっと、1ヶ月前から痛みを自覚していたと思うわ。」
娘が痛みを訴えだしたのは、先週末である。
まぁ、それでも、娘なりに治療を受ける苦痛をがまんして、なんとか処理が終わった。
ずっとぐずぐず言っていたが、最後におもちゃの指輪をもらって、なんとか機嫌も直った。
「求められていることをこなすことが仕事である。」
エラソーに言いましたが、娘の歯のケアに関しては、わたしはまったく怠惰であった。
1日一回の歯磨きで、しかもわたしの具合が悪いときは放置。
ごめんなさい<娘
かくいうわたしも、すべての歯に疾患経験があり、歯によっては2箇所虫歯ができたこともあったり、4本はすでにセラミックス製の義歯である。
「あなたは、過去に数え切れないほどの問題があったわね。」
かかりつけの歯医者さんに言われたセリフである。
それも、わたしの怠惰からきた結果である。
ああ~、過去の教訓が生かされていない。やっぱり、面倒くさいことには怠惰になってしまうわたしである。
「今後、ケアに気を配れば、虫歯が再発する可能性は低くなるでしょうか。」
「1日2回の歯磨きを怠らないことと、甘いものを断つこと。これが守れれば、問題は起きないでしょう。」
甘いものを断つ、か。。。。。
ううう、かなりキツイ。
この国は、18歳まで全額政府が負担してくれるので(そのかわり、18歳以降は全額自己負担である)、お金の問題はないが、わたし自身小さいころから頻繁に虫歯になり、その苦しさをリアルに知っているだけに、できる限り娘には虫歯にさせたくない。(だったら、もとからケアすればよかったのに。)
虫歯がクセになると、大人になっても問題を抱えやすい。とてつもない長い道のりになってしまうのである。
わたしは今でも定期的なチャックが欠かせられない。それに対して、過去に虫歯になったことがほとんどない彼など、しょっちゅう甘いもの食べるし、歯磨きは10秒間ぐらいしかしないのに、虫歯にならない。
これからは、気を引き締めて、歯のケアに努めるつもりである。
面倒くさくても。
仕事とは(1)
わたしの指導教官が、日本での特許出願でもめにもめているので、その支援者としてお願いするためわたしの日本の指導教官とコンタクトをとりたいと、わたしに新しいメールアドレスを聞いてきた。
元来の好奇心旺盛というか、おせっかいの性でもって、具体的にどのような支援を必要としているのか、逆に尋ねてみた。
すると、彼の特許は、容易性で特許法に抵触するということで、出願拒絶をされたのだが、その後容易性に抵触しないことを示す理由書を提出したものの、毎回拒絶され、やはり言語の壁があって互いに誤解をしている可能性もある、今までのように翻訳者を通じてではなく、英語を理解でき、なおかつその技術に精通した日本人に直接理由書を作成してもらおうと、その適任者としてわたしの指導教官に白羽の矢を立てたらしかった。
すでに、何社かライセンス料を支払っているほどの有用な特許だけに、日本での出願にも固執している彼である。
それで、
「ねぇ、もちろんメールアドレスも教えるけど、わたしも手伝えないかな。」
と言ってみた。
純粋に、手伝いたいという思いだけである。
なぜかというと、わたしの指導教官は、能力的に支援ができるかもしれないが、いかんせん40年間の研究キャリアがある分、自分の経歴に誇りをもっており、モチベーションのムラが激しい。
なんでこうなるのか、と、バリバリにアカデミックに追究することを生きがいにしている先生が、どうやったら容易性に抵触しないかというような、法律にも関係した、とてもサイエンスからはかけ離れた仕事に、先生が興味をもつか懸念をもったからだ。
事実、別人の論文の査読も、長いこと放置してしまうような先生である。
自分が面白いと思う仕事に対しては、寝食忘れて取り組むのに、興味をもてないことに対しては、とことんプライオリティを低く置いてしまう。もちろん、義務である大学の業務はやっていたけど、どちらかというとボランティアでやる仕事は、きっと後回しにするのではないか、と。
確かに、今までの日本とのやり取りをみせてもらったが、彼の出したクレームを読みこみ、それに対する出願拒絶理由を読み込み、なおかつ文献を用意して、その技術が決して容易に発明したものではないと証明しなければならず、かなりハードな仕事である。
わたしも、民間の企業で働いていたときは、特許の仕事は嫌いで、弁理士とのやり取りもなおざりになりがちであった。
なぜなら、その頃のわたしは、大学院を出たばかりで、アカデミックなことしか興味をもてなかったから。修士でアメリカの雑誌で投稿論文がアクセプトされ、得意の絶頂にあっただけに。
わたしこそ、やる気のムラが激しかった。
でも、結婚して、出産して、ご飯を作ったり、掃除をしたり、ミルクをあげたり、おむつの交換をしたり、やりがいからはかけ離れた泥臭い日常の仕事を担うようになってから、少しずつ仕事に対する意識が変わったような気がする。
どんなに興味がなくても、どんなに自分の独自の能力を使える仕事からかけ離れていても、求められることをこなすことが仕事なのだ、と。
(2)につづく
仕事とは(2)
事実、出産後に、水の検査の仕事と、環境事業に関係した仕事を得たが、どちらもアカデミックな仕事ではなかったものの楽しかった。
水の検査のときは、「臭いの検査」というものがあって、皆で、具体的にどういう臭いなのか、どう表現するべきか話し合ったり、その基準を行政の人に指導したり、
環境事業の方では、いろいろあって、なぜか包装の仕事があったり、HPのトップページに飾る写真撮影のために材料を買ってコーディネートする仕事があったり。
とにかくいろいろあって面白かった。
彼のお父さんも、専門から離れた仕事も多いのに、とても楽しそうに仕事をしている。
2人の子供の面倒も楽しくこなしちゃうからなぁ。
わたしが膀胱炎になったら、体を冷やしてはいけないと、早起きしてまで車で迎えに来てくれたり。
ちなみに、彼の離婚について、法律事務所のアレンジをしたのは彼ではなくお父さんであり、離婚に至るまでの過程や経済状況など詳しい情報を盛り込んだ弁護士への報告書を作成したのもお父さんである。
どんなに面倒臭そうなことでさえも、必要とされることをいち早く察知し、すかさず対応するのである。
その姿勢が本当だよなぁ、と思う。
やりがいとか、利益など、自分の欲求に固執すると、求められることを認知する感性にも乏しくなってしまうので、本当に大切なことを失ってしまうこともある。
わたしの尊敬する教育学者の人も、子供からの相談がひきりなしにあるそうなのだが、登校拒否の問題を解消しようと自分の成果を求めることは一切なく、ただただその子供の苦しさを理解して、少しでも子供のきもちが浮上するべく、子供の立場を慮って真摯に取り組んでいる。ただ、「助けてあげたい」というきもちだけである。
ちなみに、先生は、よく企業からの相談を受けるのだが、企業が必要としている技術を認識する前に、自分のペースで自分の興味のもっている現象について延々と語るなど、とんちんかんなコンサルもよくあるそうだ。
特許の問題については、とりあえず先生の対応をみてみるつもりだが、いずれにしても手伝ってあげようと思う。
味わいのある人生(1)
彼が、試験に合格した。
クラスで一番の成績を収めたそうである。
その試験は、半年前、パスできなかった課目である。
前回は、3週間前にあわてて試験勉強を始め、おまけになかなか理解できない様子で危なげであり、案の定落ちてしまったが、今回は毎晩遅くまで集中して勉強しており、理解も深めていた様子がうかがえ、わたしも合格できると予感していたが、思いのほか高得点をマークできたようで、何よりである。
彼は、不器用なタイプで、表現力に乏しい感があるが、思考力は抜群にすぐれており、難しい問題に対しても果敢に取り組んでいけるタイプである。
さまざまなトピックに対しても、彼は実にユニークな意見を出してくれるので、大変面白い。
ところが、前回の試験のときは、別居直後で、実質同居生活が続いている状況で、元奥さんの勝手なふるまいに翻弄されるばかりで、集中して勉強することがなかなかできなかったと思う。
しょっちゅう問題が生じて彼は疲弊するばかり。毎日疲れ果てて、9時には寝ていたようだ。
殊更堪えたのは、奥さんがある事件に巻き込まれた結果、夜の仕事にいけなくなってしまい、わたしと思うようにコンタクトがとれなくなったことと、奥さんが弁護士に接触して、すでに発行されている合意書を変えて親権の一部を獲得することもできるのだと示唆されたことであった。
おまけに、すでにセパレートしながら、一緒に住んでいるがために、毎日理不尽なことで文句を言われたり、無心されたり。名実とともに別居するまで、彼の貯金は0であり、それどころか給料日前にすでに貯金がなくてお父さんから前借することもあったという。
わたしとつきあうようになって、幸せになれたといいながら、頻繁に問題を抱えて時には眠れないという彼をみて、わたしも同じように心を痛めた。
彼は、本当に仕事が好きで、勉強が好きな人である。
にもかかわらず、元奥さんのことで常に精神的に不安定な状態で、とても好きなことに専念できるような状況ではなかったのだと思う。
それが、今、多少の問題は抱えながらも、ようやく生活が安定してきて、集中して勉強できるようになったのだと思う。
小うるさいガールフレンドがいるけど。
実は、今日、わたしも夜な夜な書いていた次の論文が、ほとんどたたき台みたいなようなものだけれど、指導教官の賞賛を受けたのだった。
「ストーリーもこれで大体いいし、何よりも英語力が格段に進歩したね。前回よりもずっとよくなっているよ。」
まぁ、彼は甘めの評価を下すほうなので、きっと厳しい指導教官には真っ赤に修正されることは間違いないが、一応進歩したことを認めてくれたのがうれしかった。
そのほか、いろいろディスカッションしたのだが、わたしの知らなかったことも気づかされて、まだまだ勉強しなければ、と思った次第である。
彼は、昨日の夜はほとんど眠れなかったという。なまじ1回落としているだけに。
だからこそ、試験を高得点でパスできたときには、ものすごい満足感が得られたそうである。
わたしも、論文の構成には悩んだ。
正直なところ、判明していないことも多くて考察が難しく、論文の中で、一体何を強調するべきか、どうやったら印象深い内容になるのか、PowerPointに移植したデータを何回も眺めつつ考えに考えた。
おかしいけれど、病気の間も論文のことばかり頭にあり、なかなか決まらないことにどんどん悲観的になっていくばかりだったのだが、インフルエンザから回復してからふとアイデアがわき、急激にストーリー構成が出来上がっていったのであった。
今の状態に満足しているわけではないが、苦しさを超えた実感があるせいか、ある種の爽快感がある。
味わいのある人生(2)
昨日の日記に困難に直面することがつらいと書いたばかりだけれど、苦しいときはもがいて周囲が見えなくなってしまっているけど、乗り越えてみるとその過程で得たものは大きいことに気がつく。
簡単にこなせてしまうと、これほどまでに大きな感動を得ることもないだろう。
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昨日、彼のお父さんと興味深い話をした。
お父さんは、保険に関するコンサルタント事務所を営んでいるのだが、常に顧客が途切れることがなく、しかもクライアントは大きなところも多いという。
けれども、依頼される内容は、変わったものばかりだとか。
例えば、事務所を立ち上げて最初にきた依頼は、
「今度、わが国で、S島とF島を結ぶ橋を建設する大事業があるのだが、そういったプロジェクトに精通した保険会社を探して欲しい。」
というもの。
この国では、日本のようにそういう建設事業の経験は少なく、はっきりいってお父さんもそれに対する保険の知識は皆無だったそうである。
しかし、お父さんのもつ人脈を見込まれ、そういう難題をもちかけられたのである。
結果的には、いろんな国に視察に出かけ、アジアの某保険会社を探し当て、その事業に見事貢献された。
そのほかにも、聞きかじりで正確には把握してないが、グリーンランドに保険会社を設立する援助をしたり、10年後の年金システムの変遷を予測する仕事を請けたり。経済がらみの訴訟問題に関してアドバイスを与えたり。実にエキサイティングな仕事ばかりなのである。
お父さんはいつも言っている。
「はっきりいって、簡単に解決できない仕事ばかりで、失敗するリスクも多いにもっている。失敗したら、そのクライアントは二度とわたしのところには来ないだろう。わたしは仕事を失う可能性も多いにもっている。将来のことは予測つかない。」
でも、
「他の人には解決できないような仕事を引き受けてきたからこそ、困難な問題を抱えたときにわたしのところにやってくる人が多い。単なる計算とか分析だったら、自社でこなせる人はたくさんいるだろうしね。そもそも、事務所を立ち上げる前に働いていた会社でも、そういう仕事ばかりだった。だからこそ、その過程で信頼を得て、多くの人脈を得ることができた。」
お父さんのやっていることは、大学で学んだ統計学だとか経済学とか保険数学の知識だけではこなせられない仕事ばかりである。
多くの困難を引き受けてきたからこそ、実際上の問題を認識し、それを解決する知恵を求められ、結果的に大学で学んだ以上のことを獲得してきたのだと思う。
というか、困難なしでは、成長できないと思う。
自分がすでに簡単にできることを連綿と続けているだけでは、そこから学ぶチャンスは少ないであろう。
わたしたちがインフルエンザになったとき、お父さんも罹患しながら、息子さんを引き取ってくれたのだが、特に薬を飲ませることが大変だったという。中耳炎を治すために、ペニシリンと解熱剤を飲ませなければならなかったのだが、子供用ではないので非常に飲みにくく、鼻血を出しながら体で思い切り拒否を示したそうだ。
「それでも、わたしは子供の面倒をみることが好きだよ。困難を伴ってもね。」
わたしは、そこまでの心境にはなれない。
さすがお父さんである。どんな困難でも受け入れる。
多くの人に信頼されているのも、大いにうなずける。
というか、わたしでさえもお父さんなしでは生きていけないほどに、尊敬の念を抱いている。
成長しようとするかどうかは、本人が決める問題であるが、わたしはやっぱり困難に直面する人生の方が味わい深いと思っている。
たとえ、ときどき絶叫したくなっても。
ブルーな週末(1)
娘が、彼の実家で摘んできた花
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土曜日、悪夢で目が覚めた。
眠りも浅かったのだろう。頭痛がする。
なぜか、夫と一緒に舟に乗っていて、いつものように口論している。そして、おどしのように「自殺する」と言って、舟から冷たい海に身を投げてしまった。幸い、死に至らずに済んだのだが。
怖かった。
「自殺」が、というよりも、どこまでも自分の想いだけをぶつけようとする夫を思い出して怖くなった。
それから、一度起きたものの、寝不足のために遅くまで寝てしまった。
そのせいで、起きてからはすざましいまでの多忙に見舞われた。
空腹の息子さんを慮って飴を与えていた彼を叱り、子供たちのためにあわててカレーピラフとピザトーストを作り、彼の好物のベーコンエッグを作り、洗濯をし、片付けをして、
子供たちと彼と一緒にショッピング。子供たちは自転車で行くことに固執したため、思いのほか時間がかかり、
帰宅してから昼食の準備。キノコのオムレツとオープンサンドを作り、
買い忘れたものに気がついて、スーパーに再度行き、彼は子供たちを連れて図書館へ。
しかし、約束の時間になっても戻らず、あわてて図書館に行き、彼に激怒し、娘と一緒にバレエ教室へ。
帰宅したら、すでに息子さんは元奥さんに引き取られており、彼は試験の準備で子供部屋にこもって勉強。その間、夕食の準備。ほうれんそうのキッシュを作った。
夕食後、娘は息子さんがいなくて退屈そうだったので、近くの湖へ散策。
そのあと、わたしはまた自覚した。
なんと、再度膀胱炎にかかってしまったようなのである。
1ヶ月前に罹患したばかりなのに、、、。
しかし、彼に頼んで、緊急コールに電話してもらい、そこのドクターから薬局に処方箋をFAXしてもらえることになり、薬がゲットできることに。
おまけに、娘の「痛い」という訴えで、虫歯を発見。はっきりとわかる穴があいていた。
ああ~、娘も、わたしと同じ道を歩むのか。
5年間何も問題なかっただけに、ショック。
彼が薬をもってきてくれたものの、一ヶ月前には問題なく効いてくれた薬が、今回はまったく効かない!
1日に2回服用の薬なので、我慢していたが、また夜眠れそうもなかったので、4時間しかあけずに2回目の服用をした。
そのおかげでかろうじて眠れはしたが、日曜日の朝になってもすっきりと薬が働いている感じがなく、しかも3日間分しか処方されていないことに不安を覚え、病院に行くことに。
すると、サンプルを持参したのですぐさまテストしてもらったのだが、やはり細菌感染していると。
効いてないのなら、薬を変えるのがベストだと思うということで、新たに処方箋をもらい、薬局で新しい薬をもらった。
長いこと行ってなかったのと、彼が試験で一緒に過ごせないということで、娘をプールに連れていく約束をしていたのだが、当然この状況ではわたしはプールに入れないので、娘だけプールに入ってもらうことにした。彼のお父さんと一緒に見学した。
大好きな彼のお父さんに、泳ぎぶりを見てもらうのは、誇りでもあったらしいが、さすがに一人だけでプールに入るのは退屈であるらしく、いつもよりもずっと早くプールからあがった。
彼の実家で昼食をとったあと、彼のお父さんと車の運転の練習に。
夏休みにお父さんに車を借りて、わたしの運転でバカンスに行く予定なので、それまでにこの国での運転に慣れなければならないのである。
今回2度目で、だいぶ日本車と逆の配置に慣れてきて、右手でのギアーチェンジ、左手でのウィンカー操作もだいぶスムーズにできるようになってきたが、車のないところで、どうしても左側走行になってしまう。
それでも、彼のお父さんは気を遣ってくれ、お父さんゆかりの地にいろいろ連れて行ってもらえた。
実家に戻り、しばらく娘とお父さんと庭の鑑賞にふけっていたが、そのあと膀胱炎による寝不足と車の運転の緊張からくる疲労で爆睡してしまった。
おかげで、疲れが少しとれ、薬もきいてきてだいぶラクになり、夕食もおいしくいただいた。
(2)につづく
ブルーな週末(2)
そのあと、例のごとく、彼のお父さんと雑談。
元奥さんは、市から過剰に支援金を受け取ったため、なんと26万円の返金を求められているのだが、それを肩代わりして欲しいとの申し出があったそうだ。しかしお父さんはきっぱりと拒否。「住居に関する支援はするが、それ以外はできない。」
そして彼女は、市に分割払いを要請し、なおかつお父さんへの借金返済はできないと。
なおさら、その請求がきたあとに、息子さんに35,000円もする自転車を買ったのかわけがわからない。
来月から、別件で彼女あてに補償金がトータルで50万円ほど入金される予定であるが、きっとそのお金も簡単に散財してしまうのだろう。
26万円は確かに痛い出費ではあるが、別居前には働いていながら、家庭には一銭も入れず、彼が保育費を負担しているにもかかわらず彼女が育児手当金(一ヶ月2万円)を受け取り、彼以上に経済的な余裕がある状況にありながら、どうして分割払いさえできないのだろうか。
息子さんが戻るかもしれないということで、7時ごろあわてて帰宅。
しかし、一向に戻る気配はない。
結局帰ってきたのは、9時も回っているころだった。
先週の日曜日も、やはり9時半ごろ戻ってきた。
それで大激怒。
「明日あなたは試験があって、朝早いんでしょう?子供たちだって早く起こさなければならないのに、この時間は遅すぎる!」
帰り際、彼は元奥さんに、金曜日に息子さんを引き取ることを提案してみたそうだ。
ところが、金曜日は仕事があって疲れているので、土曜日に引き取って日曜日に一緒に過ごすことが好ましいと。
思わず笑ってしまった。
「仕事で疲れているって?そんなの皆がそうでしょう?親は、毎日働いて疲れながらも、そのあとに家事をして育児をしているんだよ。そんなの理由にならないよ。もし、本当に彼女が息子さんに会いたいなら、そのため努力があってしかるべき。疲れていようがいまいが、会いたいなら会いにくるのが当然。彼女はいつでも息子さんに会えると思っているから平気でドタキャンすることも頻繁にある。でも、その度にわたしたちは振り回されている。しかも、今回金曜日に引き取るといいながら、急に彼女が予定を変えて、結果的に連続で週末彼女が引き取ることになって、娘やお父さんがどんなに失望したかわからない?それに、日曜日にこんな時間に戻ってこられたら迷惑。月曜日は勤務日。平日の朝、わたしがどんなに忙しい思いしているかわからないの?ちゃんとこっちの状況を考えながら、時には彼女の申し出を拒否することも必要だよ!少なくとも、急に予定を変えることや遅い帰宅を容認しないで!」
彼は、しゅんとしていた。
きっと、週に一度は、息子さんのために会う機会を作ってあげるのがいいと、どんなにふりまわされようとも彼女の急な申し出も受け入れてきたのだろう。
彼は彼なりに、苦悩している。
彼女は、あまりの幼稚さに親戚の人たちに嫌われていたそうだ。それも、彼にとってはつらかったことだったと思う。
人生の中で、思いもかけない困難に直面することは必須である。
理解しているつもりだけど、、、、時々爆発しそうになる。
ダーリンは外国人in北欧
友達に触発されて、わたしもTBに初挑戦することにした。
ちなみに、これと同じタイトルの漫画、2巻とも購入している。
でも、彼と付き合う前に、外国に住んでいて当然だけれど日本人以外の人とばかり接する生活であることから、国際結婚の現実というものに興味があって買っただけである。
まさか、わたし自身も、外国人の彼をもつとは思わなかった。
わたしは、外国に住んでいながら、恥ずかしいことに英語がほとんど話せなかった。
もちろん、仕事に関することならなんとかしていたが、英語で、研究に以外の話題について深く語ることができなかった。
わたしは外見よりも、どれだけ充実したコミュニケーションがとれるか、ということの方が、より重い恋愛基準である。
確かに、申し訳ないけど、こっちの国の人の方が、ハンサムな人が多いというか、生き生きした表情をもっている人が多いような気がする。日本人男性は、30歳を超えると、一様に皆疲れた表情というか、仕事に忙殺されてイマイチ魅力的な表情をもっている人が少ないような気がするのだけど、わたしの偏見だろうか?
にもかかわらず、わたしは誰にも惹かれることはなかった。
まぁ、わたしは結婚していたし、というエクスキューズも通用するかもしれないけど、結婚してようがしてまいがありがちな感情、「この人なんか好み」とほのかに好意をもつことさえナッスィングだった。
つまり、誰とも、価値観とか感性とか、その人の深部が垣間見れるような会話を交わすことがなかったので、誰にも興味をもつことはなかったのである。
というか、英語力に自信がなかったから、自ら壁を作っていたんだと思う。その方がラクだったから。
「結婚しているし、子供もいるし、わたしは3年間の研究生活に専念するだけでせいいっぱいい。」と、自分で言い訳していたと思う。英語を話さなくていいための言い訳。
それが、彼がわたしに興味をもってきて、正直最初は、「うざい」と思っていた。
わたしは結婚しているのに、そしてそれをはばからずに明言しているのに、なぜあからさまに女性として興味をもっていることを示してくるんだろう。
おまけに、彼の英語も、完璧な現地語なまりで聞き取りにくい。最初は会話も面倒だった。
でも、彼のなまりにもだんだん慣れてきて、別に口説くというわけでもなく、いろんな話題で話すようになり、ある話の中で、
「わたしは、英語力に乏しいし、人の何倍もいろんなことに時間がかかる。だから、自信も失いがちなんだよね。」
と告白すると、
「君の英語力は問題ないと思う。僕は、君の言っていること完璧に理解できるし。」
と言ってくれ、それが素直にうれしかった。
国では、ほとんどの人が完璧に英語を話せる。
だから、わたしの拙い英語に顔をしかめる人だっていることはいる。
それが、彼の場合、どんなに聞き取りにくい英語であろうとも、ふんふんと聞いてくれ、しかも楽しそうに会話してくれる。
わたしとの交流を純粋に楽しんでくれることが、彼の前では失敗しても許されるという信頼に変わり、次第に緊張感なしに彼との交流を楽しめるようになったのである。
そして、次第に彼の感性を見えてきて、好意をもつに至ったわけであるが。
わたしは、今、彼を外国人と意識することがほとんどない。
毎日必ず彼に対して怒っている。
でも、外国人だから、という困難ももちろんある。
幸いにして彼と価値観の違いでもめることはほとんどないが、彼のアジア人である元奥さんの刹那主義にはほとほと辟易する。
育ってきたバッググラウンドが違うと、当然考え方価値観は異なって当たり前。
それを認めるのは、やはり難しいと感じている。
植物に癒される
我が家のプランター。
トンボとチョウがかわいい。彼が、どこからかみつけてきて、プランターにさしたのである。
今月初旬にタネを植えたのだが、どうやら芽が出ている様子。
どんなふうに成長するのか楽しみである。
ちなみに、紫陽花は、わたしがインフルエンザにかかっているとき、外で自然を愛でることができない寂しさから、どうしても家に花が欲しくなり、フラフラになりながらも買いにいったものである。
やっぱり、桜とか紫陽花は、日本人だからかとても見ていて和まされる。
このプランターの置いてあるベランダはテーブルなどが置けるスペースがあり、子供たちが寝たあとに彼とコーヒーを飲みながら椅子に座って、紫陽花を観賞しつつ、雑談にふけったのだが、とても楽しかった。
もっと暖かくなったら、ここで夕食も食べようと思っている。
日本にいるときは、忙しくて世話する余裕もないし、帰省のために長期で家を空けることが多かったので、花にはあまり興味がなかったのだが、この国では家に植物を飾ることがどこの家庭でも当たり前のようにやっていて、大学でも常になんかしら花が飾ってあって、それに感化されるようになった。
絵と花を飾ることは、無意識の習慣のひとつらしいけれど、そのせいかどこでもなんとなく和む空間となっているのである。
この国のインテリアが、日本でも人気になったらしいが、本当にどの家庭もおしゃれにみえる。
やっぱり、年の半分が冬で、家にいる時間も長いから、必然的に家の空間造りには余念がなくなるのだろう。
そのきもちはよくわかる。
おかげで、朝夕に水遣りの仕事が増えてしまったが、それはそれで楽しみのひとつになっている。

