味わいのある人生(2)
昨日の日記に困難に直面することがつらいと書いたばかりだけれど、苦しいときはもがいて周囲が見えなくなってしまっているけど、乗り越えてみるとその過程で得たものは大きいことに気がつく。
簡単にこなせてしまうと、これほどまでに大きな感動を得ることもないだろう。
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昨日、彼のお父さんと興味深い話をした。
お父さんは、保険に関するコンサルタント事務所を営んでいるのだが、常に顧客が途切れることがなく、しかもクライアントは大きなところも多いという。
けれども、依頼される内容は、変わったものばかりだとか。
例えば、事務所を立ち上げて最初にきた依頼は、
「今度、わが国で、S島とF島を結ぶ橋を建設する大事業があるのだが、そういったプロジェクトに精通した保険会社を探して欲しい。」
というもの。
この国では、日本のようにそういう建設事業の経験は少なく、はっきりいってお父さんもそれに対する保険の知識は皆無だったそうである。
しかし、お父さんのもつ人脈を見込まれ、そういう難題をもちかけられたのである。
結果的には、いろんな国に視察に出かけ、アジアの某保険会社を探し当て、その事業に見事貢献された。
そのほかにも、聞きかじりで正確には把握してないが、グリーンランドに保険会社を設立する援助をしたり、10年後の年金システムの変遷を予測する仕事を請けたり。経済がらみの訴訟問題に関してアドバイスを与えたり。実にエキサイティングな仕事ばかりなのである。
お父さんはいつも言っている。
「はっきりいって、簡単に解決できない仕事ばかりで、失敗するリスクも多いにもっている。失敗したら、そのクライアントは二度とわたしのところには来ないだろう。わたしは仕事を失う可能性も多いにもっている。将来のことは予測つかない。」
でも、
「他の人には解決できないような仕事を引き受けてきたからこそ、困難な問題を抱えたときにわたしのところにやってくる人が多い。単なる計算とか分析だったら、自社でこなせる人はたくさんいるだろうしね。そもそも、事務所を立ち上げる前に働いていた会社でも、そういう仕事ばかりだった。だからこそ、その過程で信頼を得て、多くの人脈を得ることができた。」
お父さんのやっていることは、大学で学んだ統計学だとか経済学とか保険数学の知識だけではこなせられない仕事ばかりである。
多くの困難を引き受けてきたからこそ、実際上の問題を認識し、それを解決する知恵を求められ、結果的に大学で学んだ以上のことを獲得してきたのだと思う。
というか、困難なしでは、成長できないと思う。
自分がすでに簡単にできることを連綿と続けているだけでは、そこから学ぶチャンスは少ないであろう。
わたしたちがインフルエンザになったとき、お父さんも罹患しながら、息子さんを引き取ってくれたのだが、特に薬を飲ませることが大変だったという。中耳炎を治すために、ペニシリンと解熱剤を飲ませなければならなかったのだが、子供用ではないので非常に飲みにくく、鼻血を出しながら体で思い切り拒否を示したそうだ。
「それでも、わたしは子供の面倒をみることが好きだよ。困難を伴ってもね。」
わたしは、そこまでの心境にはなれない。
さすがお父さんである。どんな困難でも受け入れる。
多くの人に信頼されているのも、大いにうなずける。
というか、わたしでさえもお父さんなしでは生きていけないほどに、尊敬の念を抱いている。
成長しようとするかどうかは、本人が決める問題であるが、わたしはやっぱり困難に直面する人生の方が味わい深いと思っている。
たとえ、ときどき絶叫したくなっても。