仕事とは(1) | いまのしゅんかん

仕事とは(1)

わたしの指導教官が、日本での特許出願でもめにもめているので、その支援者としてお願いするためわたしの日本の指導教官とコンタクトをとりたいと、わたしに新しいメールアドレスを聞いてきた。

元来の好奇心旺盛というか、おせっかいの性でもって、具体的にどのような支援を必要としているのか、逆に尋ねてみた。

すると、彼の特許は、容易性で特許法に抵触するということで、出願拒絶をされたのだが、その後容易性に抵触しないことを示す理由書を提出したものの、毎回拒絶され、やはり言語の壁があって互いに誤解をしている可能性もある、今までのように翻訳者を通じてではなく、英語を理解でき、なおかつその技術に精通した日本人に直接理由書を作成してもらおうと、その適任者としてわたしの指導教官に白羽の矢を立てたらしかった。

すでに、何社かライセンス料を支払っているほどの有用な特許だけに、日本での出願にも固執している彼である。

 

それで、

「ねぇ、もちろんメールアドレスも教えるけど、わたしも手伝えないかな。」

と言ってみた。

 

純粋に、手伝いたいという思いだけである。

なぜかというと、わたしの指導教官は、能力的に支援ができるかもしれないが、いかんせん40年間の研究キャリアがある分、自分の経歴に誇りをもっており、モチベーションのムラが激しい。

なんでこうなるのか、と、バリバリにアカデミックに追究することを生きがいにしている先生が、どうやったら容易性に抵触しないかというような、法律にも関係した、とてもサイエンスからはかけ離れた仕事に、先生が興味をもつか懸念をもったからだ。

事実、別人の論文の査読も、長いこと放置してしまうような先生である。

自分が面白いと思う仕事に対しては、寝食忘れて取り組むのに、興味をもてないことに対しては、とことんプライオリティを低く置いてしまう。もちろん、義務である大学の業務はやっていたけど、どちらかというとボランティアでやる仕事は、きっと後回しにするのではないか、と。

 

確かに、今までの日本とのやり取りをみせてもらったが、彼の出したクレームを読みこみ、それに対する出願拒絶理由を読み込み、なおかつ文献を用意して、その技術が決して容易に発明したものではないと証明しなければならず、かなりハードな仕事である。

 

わたしも、民間の企業で働いていたときは、特許の仕事は嫌いで、弁理士とのやり取りもなおざりになりがちであった。

なぜなら、その頃のわたしは、大学院を出たばかりで、アカデミックなことしか興味をもてなかったから。修士でアメリカの雑誌で投稿論文がアクセプトされ、得意の絶頂にあっただけに。

わたしこそ、やる気のムラが激しかった。

 

でも、結婚して、出産して、ご飯を作ったり、掃除をしたり、ミルクをあげたり、おむつの交換をしたり、やりがいからはかけ離れた泥臭い日常の仕事を担うようになってから、少しずつ仕事に対する意識が変わったような気がする。

どんなに興味がなくても、どんなに自分の独自の能力を使える仕事からかけ離れていても、求められることをこなすことが仕事なのだ、と。

(2)につづく