いまのしゅんかん -422ページ目

学ぶということは(3)

偶然であるが、同じアパートに、日本人の学生さんが住んでおられる。
別に意図していたわけではないが、彼女がこのアパートに来た9月から年末まで、殺人的に忙しかったので、ほとんど会話を交わせることもなく、今に至ってしまった。
それが、昨日、偶然大学の学食で会ったので、翌日一緒にランチしましょうと約束した。

そして、今日、一緒にランチしたのだが、偶然また別の日本人の学生さんが来て、一緒にごはんを食べた。
彼女はこの大学の正規の学生であるが、別の学生さんは日本の大学からの交換留学生。他にも10数人いるそうな。
この国はとてもマイナーなので、去年は他の日本人一人もみかけなかったのに!と驚いていたら、どうも去年の9月からこの国と日本の間で交換留学の制度が始まったようだ。

だけど、どうもその実態はあやふやなようで、要求されていることは何もなく、何をするかは本人次第とのこと。こっちで単位をとっても、それが日本でも認められるかどうかも不明だそうだ。
したがって、彼は授業をとらず、修士のテーマとはまったく異なる研究を今やっているようだ。
で、単純な質問として、何のためにこの大学に来たのかと聞いてみると、「交換留学制度が始まるという情報を入手したから。」というなんともあやふやな返答。(というか答になっていないような。)
まぁ機会があったから応募したといったところであろう。

そして、同じアパートに住む彼女も、会社を休職して来ているものの、特に仕事に関係のある分野というわけでもなく、かといって学んだことを将来に生かす道に進むかどうかは決めてないそうだ。
今は、とても厳しい単位取得要件を満たすために、ひたすら授業や課題に励む毎日である。
今履修している短期集中授業は、たまたまわたしが専門とする分野であるので、早速家庭教師を頼まれてしまった。
どうして反応が起きるのか、ということから、少しだけエネルギーの話をしたけれど、まったく知識がないらしく、本当に基本から教える必要があるようだ。

なんか、やっぱり、違うなーと思ってしまう。
まぁ、目的も、何を学ぶのかも本人次第だから、わたしがとやかく言うことではないけど、日本人は環境に求める傾向があるように思えてならない。
特別な環境に身を置けば、何かを得ることができる、というような。
現に、最近留学情報誌もたくさんあるし、旅行代わりに短期留学する人も多いと思う。
何かをするため、というよりは、何をしたいのか見つけるために海外に留学する、といったところだろうか。
目的すらも環境に求めているような気さえする。

わたしの彼は、今、大学生である。
でも、学位は別にいらないという。
30歳のときに、それまでばりばりの数学者で国立の研究所に勤めていた彼が、机上にしかありえない学術的分野ではなく、もっと実社会に還元できるような仕事に就きたいと思い、そのためのバッググラウンドを積むため、大学で学ぶことを選んだ。
どうも、大学生のときに、夏休みを利用して、ある会社で膨大な顧客のデータを整理し、会社にとっていかに無駄があるのかをレポートに書くという仕事をやった経験から、ずっとその分野に興味があったのもひとつの理由らしいが。

英語の授業で知り合った女性は、かなり英語が堪能で、単位もすでに要件をみたしていたので、なんで授業を受けているのかと聞いたら、「この返された課題みてわかるでしょ。わたし話すのは得意だけど、書くのは苦手なの。だから書く能力を改善するためにこの授業受けているの。」と。

環境に何かを与えてもらうのではなく、環境の中で自分が何を得るのか。
学ぶって、そういうことなんだと思う。

ちなみに、彼は数学者であるが、化学は苦手といいつつも化学反応の本質を知っているし、歴史などにも詳しい。とても話題が豊富。
学ぶことのセンスをもっているような気がする。
興味があれば自分でどんどん学んでいく。

どんな環境であろうとも、刺激を受けるかどうかも、いかにそれを自分の中に取り入れることができるかどうかも、本人の感性によるところに大きい。

本当の絆


クリスマスイブのときの写真。
(珍しくホワイトクリスマスだったそうだ。)
彼のご両親宅は自然豊かなところにあり、このとおりソリ遊びする場所に事欠かない。

***************

今週は、なんだかんだいって、毎日彼のお父さんに保育園のお迎えを代行してもらっている。
娘も、とてもうれしいようだ。

やっぱり、子供って、洞察力にすぐれていて、本当に子供が好きな人をかぎわけて近づくものだ。
わたしは、本質的に子供が苦手なので、やっぱり子供に人気がない。
彼も彼のお父さんも、真の子供好き。
本当に幸せそうに遊んでくれる彼のお父さんのことが、娘は大好きなのである。

彼のお父さんは、毎日娘を連れて買い物に行っているそうだが、青い瞳をもつ紳士が、黒い髪黒い瞳をもついかにも純東洋人の子を連れていたら、まったく知らない人にとってはアダプトの子と思われるかもしれないが、ちょっとした知り合いにとっては好奇心の的になるらしい。
以前隣人だった人に店でばったり会い、「あなたのお孫さんですか?」と聞かれたそうだ。
そのとき、「いいえ」とも「はい」とも言いたくなかったそうだ。
「いいえ」と言ったら娘を傷つけるし、「はい」と言ったらそのための長い説明をしなければならない。
親しくもない人に、彼の離婚のことや新しくできたガールフレンドの話などしたくないであろう。
結局、軽く「いいえ」と言ってそれ以上は何も語らないまま隣人の人は去ってくれたらしいが。

娘は、彼のお父さんが、本当の祖父でないことは痛いほど認識していると思う。
娘は、彼のお父さんには決して逆らわないし、わがままを言わない、きわめて従順な子であるらしい。

お父さん「初めてあったときの方が、もっと「わたしが」「わたしが」と自分を主張していたような気がするけど、今はもっとおだやかになったような気がする。それが気がかりで。」
わたし「それは、今あなたのことが本当に好きだからです。でも、本当のおじいちゃんでないこともわかっているんです。あなたに嫌われたくないから、あなたには素直なんだと思います。」

娘は本当に賢いというか、ものすごくよく気がつく子供である。
生まれてから、いろんな人に関わってきたけれど、常に状況をよくみている。
決してわたし以外の人にはやんちゃを言わない。
それどころか、よく手伝うし、いろんなことに気がついてそれを報告してくれたりもするんだそうだ。

だから、わたしの挙動にもものすごく敏感である。
もっと気をつけなければならないんだけど。

彼のお父さんは、娘に、「嫌われる心配」をして欲しくないようだ。
本当の「孫」のようにかわいがってくれている。
たとえ血がつながってなくても。

関係というのは


わたしは今、長いレポートを書いているが、
彼もまた、弁護士のところに相談に行く前に、結婚生活の実態、具体的に何を望んでいるのかについて長いレポートを書いたそうである。
その方が、弁護士にとっても相談者の背景が把握しやすく、的確なアドバイスを与えることができる。時間ごとにコストがかかってしまう弁護士とのやりとりをいかに短縮するために、あらかじめできるかぎりの準備をしたのである。

彼にとってもっとも重要なことは、100%の養育権を得ること。
そのために、奥さんがいかに育児を怠っていたか、具体的なエピソードをまじえながらすべて書いたそうだ。

わたしもまた、なぜ夫に対する愛情を失っていったのか、細かくその過程について書いている。
なんせ5年間もセックスレスですから。
こっちでボーイフレンドを得たのは一結果であって、それが破綻のすべてではない。

でも、書きながらつくづく思った。
関係っていうのは、お互いが責任をもって築くものなんだってこと。

はっきりいって、書いていることっていうのは、何も特別なことでもない。どこにでもありがちな問題を書いているにすぎない。正直、「こんなこと、誰でも経験しそうなことですよね。」と弁護士に言われるんじゃないかと恐れているくらいだ。
だけど、彼や彼のお父さんとつきあって、わたし自身はなんら変わってないのに、とても好ましい関係を築いていて、わたしも自然と何かしたいというきもちになるにつけ、やっぱりお互いのきもちが大事なんだなと痛感している。

夫は、いつも自分中心。
「口論なら誰にも負けない。」と自負していることからも窺い知ることができるように、相手の状況を慮るよりも前に、いかに自分の主張が通るかに力を注ごうとする。自分の言い分を相手に納得させるために、いかに「正論」をひねりだすか。そういうことに努力するタイプだ。だから法律にもものすごく興味をもっている。
でも、「正しいこと」って、そんなに重要なことなのだろうか?
まずは、お互いのきもちを理解することが先ではないか?
お互いの認識を共有してから、「正論」にすりあわせていけばいいだけのこと。

確かに、夫はいつも「正しいこと」を言っていたかもしれない。
でも、毎回毎回わたしのきもちを理解してもらえないというきもちだけは残っていって、たとえ「正しいこと」が行使されていたとしても、夫へのきもちは冷めていったのだと思う。
もし、わたしのきもちを理解しようという努力を夫から見出すことができたなら、結果的にわたしの言い分が通らなかったとしても、こんなにも不信感を募らせることはなかったと思う。

現に、彼や彼のお父さんも、いつもわたしの意見に同調するわけではないし、時には反対することだってある。
だけど、彼らが徹底しているのは、まずは「人の話をちゃんと聞くこと。」。
聞いてもらっているという安心感があるから、わたしも相手を信用することができ、相手の意見を素直に聞くことができるのである。

そして、わたしたちがいつもしていることは、「相手に対して感謝すること。」
別に意識しているわけではない。
お互いに助け合っているうちに、自然と相手に感謝するきもちが生まれているだけのことである。

でも、夫とは、感謝するどころか、「やってあげている。」だった。
お互いが「こんなにも尽くしているのに。」という感覚だから、支えあうのも気分悪い。
相手に何かするのもしてもらうのも徒労だけが残ってしまうのである。
娘のことでお願いするのも、いつも苦痛だったなぁ。
あとで、「こんなにも面倒みているのに。」といわれるのが嫌で。

今や、彼のお父さんに「あなたが望むなら、保育園のお迎えはわたしがするから。」と言ってくださり、連日お願いしてしまっている。
あとでお礼を言うと、「You are welcome」だ。
素直に助けてくださることが、本当にうれしいし、わたしも何かできることをしたいと思う。

思えば、夫とは最初から不毛な関係だったかもしれない。
いつも聞いてくれないという不満が募り募って、「好きでやっていた」はずの彼のためのごはん作りも、苦痛になっていったなぁ。

そう思うと、いろいろエピソードを書いているけど、事実というのは、あくまでも二人のお互いへのきもちの結果にすぎない。
相手への思いやりを失ったら、もうそこでおしまいなのかもね。

自分の正しさだけを信じて、それで相手を屈服させようと考えているうちは、誰とも関係を結べない。

別離(3)

なかなか同意書の内容に納得しなかった彼の元奥さんであるが、今日やっと納得し、後日今月から受け取れるお金をもらいにサインしに来るという。
明日から、一人ぐらしするアパートが決まった安心感も手伝って、前向きにとらえてくれるようになったのではないか、とのこと。

この国は、本当住む場所を確保するのが難しいといわれている。
わたしが住んでいるアパートは、狭い割りにものすごく高い。
場所がいいのと、家具がついているおかげもあるが、同じアパートに住んでいる学生の回転は早い。
同じ学科のクリスマスランチで、偶然同じアパートに住んでいた女性と再会したのだが、彼女いわく、高いのにバスもキッチンも共同で、個人スペースがものすごく狭いことが不満で数ヶ月で出て行ったという。
わたしも、去年別のところに移ることを考えて探したものの、娘を伴うので立地条件のよさを譲ることができず、まぁわたしの部屋はバスルームもついて完全孤立しているので納得して住んでいるが。
大学にも保育園にも駅にもショッピングセンターにも近い今の立地条件を満たすところなんて、他にないであろう。おまけにこの市は自然豊かで遊ぶ場所にも事欠かない。
実際、休日も含めて生活圏はほとんど自転車で移動する範囲内におさまっているので、交通費はほとんどかかっておらず、無駄な出費がない。

彼の元奥さんは、彼が住んでいる同じアパートのウェイティングリストに名前を入れている。
あと半年ぐらいしたらゲットできるのではないか、というのが彼の見解であるが、わたしは懐疑的。
数百人の名前があるわけだし、そもそも条件の見合う物件がまたタイミングよく空くかどうかは予測できないからだ。
でも、この国は、手に入れるのが難しいからこそ、とりあえず名前だけは入れておく、という人が多いのだそうで、彼も息子さんの名前を今からウェイティングリストに入れているそうである。

だからこそ、少々条件が悪くとも、とりあえず一人暮らしする場所が確保できただけで、安心したのかもしれない。

彼のほうは、これでほぼ終わった。

別離(2)

今日、わたし自身の離婚のことで彼のお父さんと話し合うため、保育園のお迎えをお願いし、その間わたしは大学である書類を作成、その後彼の両親宅にお伺いした。

昨日の顛末についても聞いた。
彼女は、養育費の義務について認識していなかった。
しかし、彼が月7万円という額を約束したと言い張り、最後まで納得しなかったそうだ。
最終的には同意書などを再度読むことを勧めたが、彼女は大事な書類などすべて彼のアパートに置き忘れてしまったそうだ。
それで、明日、その書類を取りにアパートに来るが、今月からもらえるはずのお金を受け取るか、もしくは同意書の内容を変えるべく行動を起こすかどうかは、彼女次第という。

彼と、彼のお父さんは、意図的に、彼女に養育費についてはほとんど語らなかった。
養育費の義務はこの国の法律に基づくものであり、同意書にその記載はないので、一見して実際受け取ることのできる額面はわかりにくい。
しかし、彼女は、同意書にサインする前に、市から法律や納税の規則等、離婚に関する詳細の説明を通訳付きで受けており、養育費については知らされているはずなのである。
彼は彼女が同意書に満足しないことを予想してあえて詳細の説明をしなかったが、その内容について知るチャンスは与えられていたのである。
認識不足は、完全に彼女の落ち度によるものである。

彼らは、彼女に同意書にサインさせるために月々の送金についても条件に入れたが、本来なら養育権を一切もたない彼女に経済援助する義務はないのである。
彼から離れ、養育権も完全に放棄した彼女は、もはや自由の身。どうやって生計をたてるかは、もう彼女自身で舵取りするしかないのである。

彼のお父さんは、同意書のほかに、彼女が息子さんと会う約束を守らず失望させたこと、彼のアパートを汚しっぱなしにしていたことを、厳しく叱ったそうだ。
その厳しさに、彼女は彼らの前で泣きくずれてしまったそうだ。

彼女は知っている。
彼のお父さんが正当な人間であること。
彼のお父さんには決して逆らえないこと。
同意書に不満だからといって、もはやどうすることもできないこと。
お父さんに無心するほかは。

***************

実は、大晦日のとき夫に電話したとき、「あんたの不貞行為で離婚ということになったのだから、不利な同意書でも納得してもらう。そうじゃなければ裁判所で争うから。」という冷たい一言に、思わず彼と彼のお父さんの前で号泣した。
日本では、不貞行為に対して慰謝料を払うことが一般的であることは知っている。
だけど、この国に来る前からすでにわたしたちの関係は破綻していたのに、夫がその事実を一切省みることなく、わたしだけの過失が離婚事由として主張するのが悔しかった。
それを彼のお父さんは静かに受けとめてくれ、
「心配することは何もないよ。わたしたちが助けてあげるから。」
と慰めてくれ、不思議とわたしのきもちは和らいだ。

このお父さんは不思議と安心感を与えてくれる人だ。
それは、いろんな困難、苦しさを経験し、その都度都度問題に対して真摯に取り組み、学んできた、とても深い方だからだ。
人生の深いところを知っている。何が正しいのかを知っている。

今、彼のお父さんの助けを借りながら、日本の弁護士の助けを得るべく、結婚に至るまでの過程、結婚生活、離婚意志に至るまでの背景などを手紙に書いている。
だけど、結果的に、慰謝料を払うことになってもいい、と思っている。
ただ、わたしの言い分もあるから、それだけは主張しておきたい、と思っている。

彼のお父さんは、ご両親の離婚を事例に挙げて、
「関係が悪化するというのは、結局両者に原因があるんだよ。」

激しく同意である。
わたしにも落ち度がある。
不貞行為とかではなく、もっと基本的なわたしの問題。
手紙を書いていて改めて認識したが、わたしたちの関係の問題は、つきあい始めて1年目ですでに気づいていたのだ。
だけど、女性として自分に自信のなかったわたしは、初めて得た関係を失うことが怖くて、問題を認識しつつも彼と話し合うことができなかった。
細かい不平不満はもちろんもらしたけれども、別れてもいいぐらいの覚悟で「これだけはがまんできない。」と主張することができなかった。
自分に自信があり、自分を守ろうというきもちがあったのなら、もっと早くに問題に取り組んだであろう。
問題が怖くて避けていたから、さらに問題は深刻化してしまった。わたしの過失である。

そのことを彼に話したら、
「僕も同じだ。妻を得たことがうれしくって、失うことが怖かったから、彼女が問題を起こしても何も言わなかった。でも彼女は僕の自信のなさを認識していた。それで彼女は僕を利用するようになったんだよね。彼女が頻繁に問題起こしたのは、僕のせいでもある。」

本当、彼らと話すと安心する。
彼らは自分の感情だけで物事をみない。
つとめて客観的に洞察しようとする。何が正しいのか、知ろうとする。異なる意見を取り入れながら、常に成長しようとする。

彼らと出会えて本当によかった。

別離(1)

大晦日、息子さんと一緒に過ごしたいという申し出をキャンセルしたかわりに、元旦である昨日、一緒に過ごしたいと言っていた。
しかし、昨日1日中彼女と連絡がとれなかった。
息子さんの落胆たるや、想像して余りある。

それも問題であるが、なんといっても今日中に彼女は彼のアパートを完全に引き払わなければならないのである。
合意書は1月1日までの居住許可となっている。
それを、2日は日曜日で事実上警察に通報できないこと、それに何よりも息子さんと一緒に過ごしたいという申し出を慮って、特別今日まで許していたのだった。

もっとも、彼女は2週間後に新しいアパートに入居できることになっており、それまでは両親の家に暫定で住む予定で、そんな短い期間中に荷物を転々とさせるのが煩雑であるため、新しいアパートに入れるまで荷物は大部分残すということになった。
だけど、わたしが固執したのは、彼女から鍵を没収するということ。
いくら事実上別居になるとはいえ、彼女が鍵をもっている限りは彼女の意志の赴くままに彼のアパートに帰れてしまう。
これから彼のアパートに頻繁に遊びに行くことになると思うけれど、不意に彼女が帰ってくるなんてことは絶対嫌である。しかも、彼女の図太さからして、もう居住権利がないのもおかまいなしに、我が物顔でふるまうのは目に見えている。

今日になって、彼はやっと彼女と連絡がとれた。
昨日は、大晦日からのパーティで飲んだくれて酔いつぶれたため、一日中寝ていたそうだ。
しかし、今日も彼女は問題の深刻さを認識していないようで、いつアパートに戻るのかあいまいのまま。
結局、夜の7時くらいになってアパートに戻ったという連絡が入った。

8時頃、彼と彼のお父さんはアパートに行ったそうだ。
しかし、新年のあわただしさの中、アパートを引き払わなければならないことに不満があるのか、ずっと機嫌が悪かったそうだ。
鍵はすんなり渡してくれたそうだが、問題は、合意書の内容を彼女が正確に把握してなかったということが判明し、そこでパニックになったそうである。

以前、ブログで書いたことを引用する。
「家を出る来年1月から、彼は彼女に対して、最初の半年は月7万円、次の2年間は月6万円程度送金することになっている。
しかし、よくよく聞いてみると、100%の養育権をもつ彼に対して最低2万円の養育費を彼女は支払う義務が発生するために、自動的にその分差し引かれ、なおかつ彼は半分税金で返金され、彼女は逆に税金を支払わなければならない。従って、彼の実質の負担分は最初は13,000円、あとの2年間は7,000円程度のもの。彼女は手取りで最初は4万円、あとの2年間は3万円程度になるとのこと。」

彼女は、養育費を払う義務について認識してなかったのである。
合意書に記載されている額面の半額しか正味受け取れないことなど、予想もしていなかったであろう。
彼とお父さんは、合意書などの書類を再度確認することを勧めたそうである。

それにしてもわたしの想像したとおりだった。
実質4万円弱しか受け取れないのに、彼女がよく合意書にサインしたなぁと思っていたのだ。
彼は、彼女はこの国の法律についても知識があるから、養育費のことは知っているといっていたけど、わたしは正直、彼女が本当に賢いとは思っていなかった。
いくら言語能力、言い訳能力にすぐれていても。

もし、彼女が本当に賢かったら、コストがかかっても弁護士のところに相談に行ったと思う。遊ぶ金を節約して。そして、提示された合意書が妥当かどうかプロに判断してもらっただろう。
自分の権利、法律などをよく知らないまま、同意書にサインするのは非常に危険である。
彼女はいつもディスカッションをしない。
いつもその場での感情だけで動く。
問題を深く認識しないままその場で判断するから、最終的に大きな誤りを犯すことになる。

まぁ、彼女の不用意さのおかげで、結果的に彼の思惑通りにいったわけである。
ちなみに、彼の担当弁護士は、離婚問題に関してはこの国トップの弁護士だそうである。

パワーゲームみたいな感はあるとはいえ、至って道理にかなっていることではあるが。
養育権を一切もたない彼女は、本来自力で生きていくべきなのに、特別彼が援助することになっているのだから。

まだ大部分荷物が残っているとはいえ、鍵を取り返した彼は、これでほぼ彼女との関係がきれたことになり、心底ホッとしたという。

Happy New Year


ヨーロッパは、日本と違い、クリスマスは家族と過ごし、お正月は友達と過ごすのが普通なのだそうだ。
クリスマスは比較的古い慣習に従ってしんみりと過ごすけれど、お正月は大概のことはOK、ハメをはずすことが許されるイベントなのである。
パーティがあちこちで繰り広げられ、新年明けるのと同時にプライベートでの花火の打ち上げがあちこちでみられるのだそうだ。

だから、クリスマスほどには期待してなかったものの、大晦日も彼のご両親のところでささやかなお祝いをした。

わたしは、パーティが嫌いだ。
見知らぬ人とすぐ仲良くなれるほど器用な人間ではないし、何よりもそういう刹那的な出会いというものに徒労を感じてしまうタチだ。
わたしは、表面的な関係をたくさんもつよりも、数は少なくても親密な関係をもちたいと思う。

彼も、彼のお父さんも、わたしと同じく、安定した関係を望むのだそうだ。
それに対して、彼の元奥さんは、自由でありたいがために、むしろそんな関係はもちたくないと思っているのではないか、とお父さんは推測している。

皆家族と過ごし、お店も軒並み閉まっているクリスマス期間中は毎日のように電話してきたり遊びにきていた彼女であるが、大晦日息子さんを引き取りたいという彼女自身の申し出を自ら断ってきた。
レストランを手伝うというのがキャンセルの理由であるが、そのあとのパーティに出ることの方がメインの目的であると思う。
息子さんのことはもちろん愛しているし、かわいがってもいる。
だけど、それは責任をもたない範囲であり、自分が気が向いたときだけ一緒に遊ぶといった類のもので、子育てよりも自分の欲求を優先させるのである。

彼は彼女にボーイフレンドがいると思っているが、彼のお父さんはいないと思っている。
それは、彼女の性格から、とてもステディといえるボーイフレンドをもつとは思えないからだそうだ。もちろん、一緒にどこかへ出かけたり、セックスする相手はいるのかもしれないが。

でも、実際のところ、相手に誠意のない、責任をもたない関係で充足できるのだろうか、と思う。
自由かもしれないけれど、同時に相手にとってもあとくされのない、いてもいなくてもいいぐらいの存在にしかなりえないのではないだろうか。
その瞬間は楽しいかもしれない。
でも肝心なときに支えてくれるような関係にはならない。
本当に必要なときにそばにいてくれない。
現実、彼女はクリスマスのときに孤独であった。

彼や彼のお父さんは、わたしの心境をそのまま受け止めてくれる。
だからわたしも愛情を返してあげたいと思う。

離婚の原因も、まさに夫との関係不全であって、彼の存在のせいではない。
法律によって婚姻関係を保障するけれど、ひとのきもちは、結婚してようが誠意がなければ簡単に冷めてしまうもの。
結婚してても、相手に対して責任をもつことが大切なんだと思う。

みんなが寝入ったあと、彼とふたりで、年が明ける瞬間、シャンパンと新年ケーキで乾杯した。
そのあと、外に出て、無数に上がる花火を観にいった。
すごくうるさい年明けだったけれど、なぜか心があたたまった。

New Year Eve


あっというまに大晦日。
前厄にふさわしく、本当に困難の多い年だった。
お正月から夫と大ゲンカしたり。(笑)

というか、自分のもつ問題から逃げられなくなった年だった。
自分の言語能力の乏しさを認めるだけでなく、それを改善させなければならない局面にあったり、
社会性の乏しさを克服しなければならなくなったり、
夫をもはや愛してないと認めなければならなくなったり。

本当は、結婚1年目からすでに破綻していた。
でも、底意地の悪い夫のことが心底怖かったのと、一人で生きていく自信がなかったということから、その事実を認めることがなかなかできなかった。
とはいえ、一緒にいるのが苦痛だったし、何よりも産後は完全なセックスレス。手をつなぐことすらできなくなっていた。
この国に来てから、本当に幸せを感じていた。
そんな状況にありながら、自分をだまし続けていた。

そんなある日、スーパーの前で、太っていて、はげかかった、結婚指輪をはめている男と偶然出会って、いきなり関心を寄せてきて、保育園の行事でずっとわたしのあとをついてきたり、保育園の帰りに息をきらして追いかけてきて買い物についてきたり、わたしの大体の登園時間をチェックしてその時間に合わせて登園してきたり、まるでストーカーチックなことをされるようになってから、わたしの人生が変わった。

結婚しているのになぜあからさまな好意を寄せてくるのかがわからず、彼が怖かった。
でも、同時に、わたしの拙い英語にも「うんうん」と笑顔で応えて、心にしみるような言葉をかけてくれる彼のことを意識するようになっていた。

そうしているうちに、わたしがパニックでやつあたりしたのを、彼が静かに受けとめてくれたとき、彼のことが好きだということを認め、どんな困難があろうとも、彼と共に生きる、と決心したのだった。

そのあともいろいろあったけれど、その度に彼は決して逆上することなく、冷静に事実を受け止め、素直に非を認めることもあった。
今は、かなり彼のことを信頼している。

今日、夫にある事情から電話したのだが、底意地の悪さは相変わらず。
半日気分悪くなった。
今に限らず、夫とのやりとりで後味の悪さが残るのは、つきあい始めた当初からのことであったが。
人の話を聞かず、屁理屈であっても、自分の意見をどこまでも押し通そうという夫の意地が、コミュニケーションを困難にさせていたのだと思う。
電話では、ケンカしなかったことなんてなかったのではないか?というほど、頻繁に衝突して、そのためになかなか切れないなんてこともしょっちゅうだった。
人のきもちを慮るよりも前に、自分の事情で相手をコントロールさせようとしていたから。
彼とのやりとりでいつも幸せなきもちにさせられるのと正反対だ。

まぁ、お金のことでもめそうだけれど、どんなに不利な条件になったとしても、この決断を後悔しない。

彼は言った。
「問題を受け入れることが大事なんだと思う。解決できることもあるし、できない場合もある。それでも認めなければ、自分をだますことになるから。」

***************

彼のお父さんは、一回も美人の女性に恋したことがないのだそうだ。
見た目よりも、内側に惹かれるのだとか。
彼のお母さんは、はっきりいって美しくないし、かなり太っている。話し方もがさつである。
でも、実はものすごい繊細で純粋な心をもっていて、今でもオランダに行ってしまった息子のことで毎日一回は泣くのだそうだ。
とても印象的なエピソードは、新潟の地震が起きたとき、わたしが日本人だということで、その情報を得ようととても慎重にニュースを観てくれたこと。彼やお父さんが大きな声で話してたら、「うるさい!日本の地震のニュースを聞こうとしているんだから!」とどなったときには、密かにじ~んときたものだ。
つきあい始めてから40年たった今でも、お互いに深く愛しているのだそうだ。

それに対して、わたしは、、、かなり表面的な部分で夫を選んだのかもしれない。
ハンサムで、優秀な研究者で。
今となっては、本当に愛していたかどうかもわからない。
ただのぼせて、ふりまわされていただけかもしれない。
なんといっても、自分のことを好きではなかったから。自分のこともわからないのに、相手の内側なんてみえなかったと思う。問題を問題と認識さえもできなかった。

わたしは、彼にも彼のお父さんにも言った。
「わたしは西洋人だからといってB(彼の名前)に惹かれたわけじゃない。Bだから好きになった。」

問題は山積みで、来年は厄年にふさわしく、さらに困難な年になると思うけれど、もう問題を怖がらない。

バレエ観劇


バレエを観に行って来た。
彼が、クリスマスプレゼントとして、チケットを入手してくれていたのである。
小さいときからバレエ漫画にはまっていて、しかも自分自身モダンではあるけれどバレエを習っていたので、ずっとバレエには関心があったのだが、なんとなく敷居が高いような気がして日本では行こうと思わなかった。
しかし、この国は何気にバレエが有名であり、知り合いなどが観にいった話を聞くとうらやましかった。
わたしには娘がいる。バレエは大抵夜8時スタートである。物理的に不可能として諦めていたのだった。
それを、彼が実現させてくれたのだ。
子守は彼のご両親にお願いして。

場所は王立劇場。
かなり古い建物で、それだけでも見ごたえがある。
館内には、劇場に関わった人たちの像がずらり。

最初は、オーケストラの音楽から始まり、凝った舞台装置の中、プリマのソロダンシングからスタートした。
題目は、「Sylfinden」。
若い青年が、婚約者がいるにもかかわらず、森の妖精に恋をし、結婚式当日に失踪してしまう。婚約者は失望し、かねてから求愛されていた男性と結婚することを決心する。青年は、相思相愛でありながら、妖精をなかなか手中におさめることができず、イラだちから魔女に渡された魔法のベールで妖精を獲得する。しかし、ベールで自由を奪われた妖精は羽を失い、死に至る。青年は絶望の淵に落ちる。
という、悲恋ものである。

漫画で既にバレエ観劇の予備知識はあるのだが、やはり生のオーケストラ演奏の迫力と、バレエダンサーの豊かな感情表現に、予想以上に感動させられた。
セリフは一切ないのに、踊りとそぶりという体での表現だけですべてが伝わる。
人間の情というものが、あんなふうに表現されるなんて、初めて知った。

彼も興奮したらしく、終わったあとは、お互いに感想の雨あられだった。
こういうのがいいなぁと思う。

初めて彼に好きだと告げた翌日、子供も含めて一緒にアートのイベントに参加したのだが、ギャラリーの中にあった太陽がモチーフの絵に互いに魅了され、手をつなぎながらグラデーションの美しさにじーっと見入ったとき、ああ幸せ、と思った。
わかちあえるというか、感性が交わるという感触。
得がたいもの、と思ったのである。

夫は、博物館に行っても素通りで、出口のところでひたすら待っていたり、映画を観に行っても居眠りするような人だ。講演会を聞きに行っても、意見を交換するというよりは、「きれいごと」と一言で一蹴したり。
趣味や興味が交わらないのは、違った人間同士ある意味しかたがないのかもしれないが、感じたことをまったく理解してもらえないのは物足りなかったしさみしかった。
わたしがどんなに感銘を受けてそれを伝えようとしても、徒労に終わってしまうむなしさ。

彼もまた、奥さんと感動をわかちあえなかったことが不満だったそうだ。
どこかへ行くことを提案しても、家にいることに固執し、いつも子供と二人での外出だった。
奥さんはこの国のことばが堪能であるにもかかわらず、話すことといえば金のこととか現実的な内容ばかり。充実した会話など望むべくもなかったとか。

わたしも彼も、最終的には相手に対して、意見を言うことを諦めてしまっていた。
相手への信頼を喪失するとともに、愛情も失ってしまったのである。

バレエが素晴らしかったのはもちろんだけれど、二人して繰り返し言ったのは、
「感動をわかちあえる相手にめぐりあえて幸運だったね。」
ということ。
愉しい初デートだった。

大切なひととのクリスマス


クリスマスが終わった。
彼も彼のご両親も、わたしにこの国独特の文化をみせようという気遣いで、慣習どおりのクリスマスを体験させてくれた。

アヒル料理と甘いじゃがいも料理
ミルクがゆをさましたものにクリームを加え、アーモンドを入れてそれをあてたひとにプレゼント
もみの木に本物のろうそくをたて、火をともし、そのまわりを皆で手をつないでクリスマスソングを歌う
もみの木の下に置いてあったプレゼントをひとつひとつ出して配る

24日は、オーナメントを飾ったり、プレゼントの包装をするなど準備で忙しかった上に、さらにホワイトクリスマスの名のごとく大雪が降ったので、ソリ滑りまでしに行き、あわただしい一日となった。
でも、プレゼントをゲットした子供たちは大はしゃぎで、夜中まで眠らなかった。
わたしは、ご両親に写真たてとデジタルの写真、彼にこの国の言語で書かれた日本のガイドブック、彼の息子さんには、今年の鉄道年鑑、娘にはディズニーのシールセットをプレゼントにしたのだが、いずれも喜んでくれてよかった。息子さんはずっと鉄道年鑑を眺めていて(かなりの鉄道好き)、大人向けの本なのに気に入ってくれて安堵。

彼の奥さんから、クリスマス中、24、25日と立て続けに電話があった。
もちろん息子さん目当ての電話なわけだが、23日にも息子さんを連れて両親とともにクリスマスディナーを過ごしたにもかかわらず、翌日翌々日と連日電話してくるのは珍しかった。だけど息子さんは電話が苦手なようで、いつもすぐ話すのをやめてしまう。

わたし「K(息子さんの名前)は、電話が得意じゃないみたいですよね。」
お父さん「まだ幼いからね。でも、きっと彼女にとって、このクリスマスはつらいに違いないよ。」
わたし「えっ。どうして。彼女は、ボーイフレンドと過ごしているんじゃないんですか。」
お父さん「違う。彼女いわく、24日は女友達のところに泊まって、25日はアパートでひとりなんだそうだよ。彼女のいうことだから本当のところはわからないけれど、こう連日電話してくるということは、きっとボーイフレンドとは過ごしてないことは真実なんだと思う。」

26日も、わたしたちが一旦家に戻っている間に息子さんに会いに訪れたそうだ。
孤独であることは、きっと本当のことなのかもしれない。

「彼女は、美しいし賢いし明るいから、きっとボーイフレンドはすぐできるんだと思う。だけど、関係を維持するのは困難なんだろうね。」

10月には明らかにラブラブな感じで電話で愛をささやきあっていたのが、11月にはボーイフレンドに怒りをぶつけている場面もみられたのだという。
12月になると頻繁に息子さんを連れ出すようになったから、もしかすると今月破局したのかもしれない。

彼の場合も、4年前の3月に出会ってから半年は良好な関係だったにもかかわらず、翌年の1月にはある重大なウソが判明し、3月から身重であることを理由に8月の出産まで会うことがかなわなかった。
出産してからは、ご両親に対して彼の悪口を漏らし始め、挙句には「結婚なんてしたくなかった。子供なんて欲しくなかった。」と告白したそうである。

彼女はいつも、文句ばっかり言ってたそうである。
どんなに尽くしてもありがとうなんて言わない。
そして、常に周りの目を気にしていた。

彼女は、そのままの自分を受け入れていない。
常に今の状態に満足していない。
周りが自分を悪く評価しないように気配りをしつづけた。
そして、その理由を周りに求める。
「もっとお金を出してくれたら幸せなのに。」
「彼女を家に呼ぶから、わたしが隣人に無視される。」

きっと、そんな姿勢が、彼女自身を苦しめるんだろうな、と思う。
だって、幸せは誰にもらうわけでもない。自分自身で得るものだから。

彼は、小学校中学校時代、いじめられ続けていた。
だまされ、暴力も受けていた。
だけど、一切人の悪口は言わなかったそうである。
どんなに悪い状況になろうとも、決して人を責めない。その状況の中で自分ができることをする。
奥さんに対して受け入れ続けていたのは、別に一人になるのが怖かったせいではなく、常に前向きにとらえて最善を尽くそうとしていたからだと思う。
今も、奥さんのことを、料理上手だとか賢いとか褒めてたりする。

「彼女こと嫌いじゃないよ。というか、僕には嫌いな人なんていない。」

彼は、いじめのせいで恋愛に対して臆病になってしまったけれど、自分自身を見失うことはなかった。

「怒るなんてエネルギーの無駄だよ。それよりもどの道がよいのか考えるほうがいいでしょう?」

わたしは、無敵の味方を手に入れたのかもしれない。