大切なひととのクリスマス
クリスマスが終わった。
彼も彼のご両親も、わたしにこの国独特の文化をみせようという気遣いで、慣習どおりのクリスマスを体験させてくれた。
アヒル料理と甘いじゃがいも料理
ミルクがゆをさましたものにクリームを加え、アーモンドを入れてそれをあてたひとにプレゼント
もみの木に本物のろうそくをたて、火をともし、そのまわりを皆で手をつないでクリスマスソングを歌う
もみの木の下に置いてあったプレゼントをひとつひとつ出して配る
24日は、オーナメントを飾ったり、プレゼントの包装をするなど準備で忙しかった上に、さらにホワイトクリスマスの名のごとく大雪が降ったので、ソリ滑りまでしに行き、あわただしい一日となった。
でも、プレゼントをゲットした子供たちは大はしゃぎで、夜中まで眠らなかった。
わたしは、ご両親に写真たてとデジタルの写真、彼にこの国の言語で書かれた日本のガイドブック、彼の息子さんには、今年の鉄道年鑑、娘にはディズニーのシールセットをプレゼントにしたのだが、いずれも喜んでくれてよかった。息子さんはずっと鉄道年鑑を眺めていて(かなりの鉄道好き)、大人向けの本なのに気に入ってくれて安堵。
彼の奥さんから、クリスマス中、24、25日と立て続けに電話があった。
もちろん息子さん目当ての電話なわけだが、23日にも息子さんを連れて両親とともにクリスマスディナーを過ごしたにもかかわらず、翌日翌々日と連日電話してくるのは珍しかった。だけど息子さんは電話が苦手なようで、いつもすぐ話すのをやめてしまう。
わたし「K(息子さんの名前)は、電話が得意じゃないみたいですよね。」
お父さん「まだ幼いからね。でも、きっと彼女にとって、このクリスマスはつらいに違いないよ。」
わたし「えっ。どうして。彼女は、ボーイフレンドと過ごしているんじゃないんですか。」
お父さん「違う。彼女いわく、24日は女友達のところに泊まって、25日はアパートでひとりなんだそうだよ。彼女のいうことだから本当のところはわからないけれど、こう連日電話してくるということは、きっとボーイフレンドとは過ごしてないことは真実なんだと思う。」
26日も、わたしたちが一旦家に戻っている間に息子さんに会いに訪れたそうだ。
孤独であることは、きっと本当のことなのかもしれない。
「彼女は、美しいし賢いし明るいから、きっとボーイフレンドはすぐできるんだと思う。だけど、関係を維持するのは困難なんだろうね。」
10月には明らかにラブラブな感じで電話で愛をささやきあっていたのが、11月にはボーイフレンドに怒りをぶつけている場面もみられたのだという。
12月になると頻繁に息子さんを連れ出すようになったから、もしかすると今月破局したのかもしれない。
彼の場合も、4年前の3月に出会ってから半年は良好な関係だったにもかかわらず、翌年の1月にはある重大なウソが判明し、3月から身重であることを理由に8月の出産まで会うことがかなわなかった。
出産してからは、ご両親に対して彼の悪口を漏らし始め、挙句には「結婚なんてしたくなかった。子供なんて欲しくなかった。」と告白したそうである。
彼女はいつも、文句ばっかり言ってたそうである。
どんなに尽くしてもありがとうなんて言わない。
そして、常に周りの目を気にしていた。
彼女は、そのままの自分を受け入れていない。
常に今の状態に満足していない。
周りが自分を悪く評価しないように気配りをしつづけた。
そして、その理由を周りに求める。
「もっとお金を出してくれたら幸せなのに。」
「彼女を家に呼ぶから、わたしが隣人に無視される。」
きっと、そんな姿勢が、彼女自身を苦しめるんだろうな、と思う。
だって、幸せは誰にもらうわけでもない。自分自身で得るものだから。
彼は、小学校中学校時代、いじめられ続けていた。
だまされ、暴力も受けていた。
だけど、一切人の悪口は言わなかったそうである。
どんなに悪い状況になろうとも、決して人を責めない。その状況の中で自分ができることをする。
奥さんに対して受け入れ続けていたのは、別に一人になるのが怖かったせいではなく、常に前向きにとらえて最善を尽くそうとしていたからだと思う。
今も、奥さんのことを、料理上手だとか賢いとか褒めてたりする。
「彼女こと嫌いじゃないよ。というか、僕には嫌いな人なんていない。」
彼は、いじめのせいで恋愛に対して臆病になってしまったけれど、自分自身を見失うことはなかった。
「怒るなんてエネルギーの無駄だよ。それよりもどの道がよいのか考えるほうがいいでしょう?」
わたしは、無敵の味方を手に入れたのかもしれない。