Happy New Year
ヨーロッパは、日本と違い、クリスマスは家族と過ごし、お正月は友達と過ごすのが普通なのだそうだ。
クリスマスは比較的古い慣習に従ってしんみりと過ごすけれど、お正月は大概のことはOK、ハメをはずすことが許されるイベントなのである。
パーティがあちこちで繰り広げられ、新年明けるのと同時にプライベートでの花火の打ち上げがあちこちでみられるのだそうだ。
だから、クリスマスほどには期待してなかったものの、大晦日も彼のご両親のところでささやかなお祝いをした。
わたしは、パーティが嫌いだ。
見知らぬ人とすぐ仲良くなれるほど器用な人間ではないし、何よりもそういう刹那的な出会いというものに徒労を感じてしまうタチだ。
わたしは、表面的な関係をたくさんもつよりも、数は少なくても親密な関係をもちたいと思う。
彼も、彼のお父さんも、わたしと同じく、安定した関係を望むのだそうだ。
それに対して、彼の元奥さんは、自由でありたいがために、むしろそんな関係はもちたくないと思っているのではないか、とお父さんは推測している。
皆家族と過ごし、お店も軒並み閉まっているクリスマス期間中は毎日のように電話してきたり遊びにきていた彼女であるが、大晦日息子さんを引き取りたいという彼女自身の申し出を自ら断ってきた。
レストランを手伝うというのがキャンセルの理由であるが、そのあとのパーティに出ることの方がメインの目的であると思う。
息子さんのことはもちろん愛しているし、かわいがってもいる。
だけど、それは責任をもたない範囲であり、自分が気が向いたときだけ一緒に遊ぶといった類のもので、子育てよりも自分の欲求を優先させるのである。
彼は彼女にボーイフレンドがいると思っているが、彼のお父さんはいないと思っている。
それは、彼女の性格から、とてもステディといえるボーイフレンドをもつとは思えないからだそうだ。もちろん、一緒にどこかへ出かけたり、セックスする相手はいるのかもしれないが。
でも、実際のところ、相手に誠意のない、責任をもたない関係で充足できるのだろうか、と思う。
自由かもしれないけれど、同時に相手にとってもあとくされのない、いてもいなくてもいいぐらいの存在にしかなりえないのではないだろうか。
その瞬間は楽しいかもしれない。
でも肝心なときに支えてくれるような関係にはならない。
本当に必要なときにそばにいてくれない。
現実、彼女はクリスマスのときに孤独であった。
彼や彼のお父さんは、わたしの心境をそのまま受け止めてくれる。
だからわたしも愛情を返してあげたいと思う。
離婚の原因も、まさに夫との関係不全であって、彼の存在のせいではない。
法律によって婚姻関係を保障するけれど、ひとのきもちは、結婚してようが誠意がなければ簡単に冷めてしまうもの。
結婚してても、相手に対して責任をもつことが大切なんだと思う。
みんなが寝入ったあと、彼とふたりで、年が明ける瞬間、シャンパンと新年ケーキで乾杯した。
そのあと、外に出て、無数に上がる花火を観にいった。
すごくうるさい年明けだったけれど、なぜか心があたたまった。