僕は僕のフィールドで
今日家に帰って、夕食を食べている間、
ふとテレビをつけてみたら、なでしこジャパンの試合がやっていた。
おぉ、今日はアメリカ戦だったのか。
試合は前半の35分が経過したところ。
気になって見てみたら、
世界トップのアメリカを相手に、1-0とリードしている!
おぉ、これは応援せねば!
と思っていた矢先、アメリカの同点ゴール。
……。
続けて2点目の失点シーン。
……ゴ、ゴメンナサイ。俺がテレビをつけてしまったからだろうか。
なんだか自分が疫病神な気がして、
思わずテレビを消してしまいました。
基本的に、夏季も冬季も五輪にはあまり興味が沸かないのだけど、
普段接する機会の少ないスポーツが取りあげられ、
自分の知らなかったストーリーがあることを知るのは、結構好きだ。
「テレビ」というメディアの、力の大きさを痛感する。
普段テレビが取り上げないスポーツを、僕はほとんど知らない。
僕自身は、あまりテレビを見ないほうだと思っているけど、
それでもテレビから受け取る情報量は、圧倒的だと思う。
不思議と、自分の意思に関わらず、
一度テレビ等で触れた情報は、結構記憶に溜まっていく。
そのせいで、妙に芸能人とかに詳しいと思われてしまうことがあるのは嫌なんだけど。
でも、僕の知らないところで、
真剣に、ひたむきに頑張っている人が数多くいるのは事実。
普段人からあまり注目されないスポーツに、
人生をかけている人がいるのも事実。
マイナーなスポーツであるが故の、
歯がゆさやつらさを味わうことだって、あると思う。
それでも、負けずに、頑張り続ける。
自分の中にある夢や目標に、挑み続ける。
ひたむきに。ストイックに。
結果は、残酷と思えるほどに、明快に示される。
何年もの月日が、一瞬とも思えるような時間で、
数字によって形作られる。
特に3位と4位の間に大きな溝が横たわる世界。
「3」引く「4」の解が、とても「-1」とは思えない世界。
「厳しい」という言葉では、表現できないものがある。
僕が身を置く、ビジネスというフィールドで、
同じくらい真剣に、ひたむきに頑張らなくていい、なんて理由はない。
メジャーとか、マイナーとか、そんなことは、
そのフィールドに身を置くプレーヤーにとっては、
さして重要でないのかもしれない。
頑張らなくちゃ。
まだまだ、「頑張っている」なんて言えないや。
そして、以前読んだ漫画によれば、
「努力が評価されるのは、義務教育まで」らしいから、
頑張って、努力して、工夫して、結果につなげていかなくちゃ。
僕はビジネスというフィールドで、
人生をかけてゆくのだから。
ちなみに、なでしこジャパンで活躍されている、
安藤梢選手は、うちの『あいかた』の、高校の同級生らしい。
別に親しくはなかったみたいだけど。
同級生。条件は一緒。
僕らは、スポーツ選手にしては、もう若くない年齢でも、
人生という観点で見れば、まだまだまだまだこれからだ。
全力で頑張れるかどうかは、自分の意思次第。
いつか現役を引退するとき、
自分の中で表彰台の真ん中に立てるように、
悔いのないように進んでいこう。
ふとテレビをつけてみたら、なでしこジャパンの試合がやっていた。
おぉ、今日はアメリカ戦だったのか。
試合は前半の35分が経過したところ。
気になって見てみたら、
世界トップのアメリカを相手に、1-0とリードしている!
おぉ、これは応援せねば!
と思っていた矢先、アメリカの同点ゴール。
……。
続けて2点目の失点シーン。
……ゴ、ゴメンナサイ。俺がテレビをつけてしまったからだろうか。
なんだか自分が疫病神な気がして、
思わずテレビを消してしまいました。
基本的に、夏季も冬季も五輪にはあまり興味が沸かないのだけど、
普段接する機会の少ないスポーツが取りあげられ、
自分の知らなかったストーリーがあることを知るのは、結構好きだ。
「テレビ」というメディアの、力の大きさを痛感する。
普段テレビが取り上げないスポーツを、僕はほとんど知らない。
僕自身は、あまりテレビを見ないほうだと思っているけど、
それでもテレビから受け取る情報量は、圧倒的だと思う。
不思議と、自分の意思に関わらず、
一度テレビ等で触れた情報は、結構記憶に溜まっていく。
そのせいで、妙に芸能人とかに詳しいと思われてしまうことがあるのは嫌なんだけど。
でも、僕の知らないところで、
真剣に、ひたむきに頑張っている人が数多くいるのは事実。
普段人からあまり注目されないスポーツに、
人生をかけている人がいるのも事実。
マイナーなスポーツであるが故の、
歯がゆさやつらさを味わうことだって、あると思う。
それでも、負けずに、頑張り続ける。
自分の中にある夢や目標に、挑み続ける。
ひたむきに。ストイックに。
結果は、残酷と思えるほどに、明快に示される。
何年もの月日が、一瞬とも思えるような時間で、
数字によって形作られる。
特に3位と4位の間に大きな溝が横たわる世界。
「3」引く「4」の解が、とても「-1」とは思えない世界。
「厳しい」という言葉では、表現できないものがある。
僕が身を置く、ビジネスというフィールドで、
同じくらい真剣に、ひたむきに頑張らなくていい、なんて理由はない。
メジャーとか、マイナーとか、そんなことは、
そのフィールドに身を置くプレーヤーにとっては、
さして重要でないのかもしれない。
頑張らなくちゃ。
まだまだ、「頑張っている」なんて言えないや。
そして、以前読んだ漫画によれば、
「努力が評価されるのは、義務教育まで」らしいから、
頑張って、努力して、工夫して、結果につなげていかなくちゃ。
僕はビジネスというフィールドで、
人生をかけてゆくのだから。
ちなみに、なでしこジャパンで活躍されている、
安藤梢選手は、うちの『あいかた』の、高校の同級生らしい。
別に親しくはなかったみたいだけど。
同級生。条件は一緒。
僕らは、スポーツ選手にしては、もう若くない年齢でも、
人生という観点で見れば、まだまだまだまだこれからだ。
全力で頑張れるかどうかは、自分の意思次第。
いつか現役を引退するとき、
自分の中で表彰台の真ん中に立てるように、
悔いのないように進んでいこう。
家探し活動日記
先日から続いている家探し。
どうしたものか。
今度入社する会社は、
特定の範囲内に住めば住宅手当を出してくれるとのことで、
前回はその範囲内で検索してみた。
で、今回はもう少し幅を広げて、
会社のある駅まで、乗り換えなしで行ける、
僕が住んでいる県内で検索してみた。
や、安い……。
同じくらいの家賃で、前回調べた条件と比べ、
面積が1.5~2倍弱違う。
駐車場代は1/3くらいだ。
通勤時間の差は、25~30分くらいか。
前回がだいたい会社のある駅から15~20分(徒歩含む)くらいで、
今回がだいたい45分(同上)くらい。
な、悩むなぁ。
つーか、ぐらっと傾くなぁ。
正直に言うと、通勤時間と終電と、恐ろしく電車が混むってこと以外は、
今回調べた方がいいな、と感じる。
今住んでいる家の目の前には、野球のグラウンドひとつに、
アスレチックスペースみたいなものもある、
結構大きな公園があって、
生まれてこの方、ずっとここで暮らしているから、
多分あまりゴミゴミした場所に住むのは苦手な気がする。
まぁ慣れなのだろうけど。
でも、今回調べた方は、以前調べた辺りに比べれば、
ずっと広々している。
きっと緑も多い(っていってもたかが知れているけど)。
あとは、一緒に暮らすまでの間、
『あいかた』さんに遊びに来てもらいやすい立地っていうのも、
なんだかんだで大事。
さらに、すぐにではないにしろ、やっぱり車はほしいから、
駐車場代の価格は大きい。
あとは、休日に過ごす場所として考えた場合、
やっぱりあまりゴミゴミした場所は好きくないし、
一人でいると会社に行ってしまいそうだから、
すこしくらい離れていた方がいいかなって思いもある。
ただ、結構なハードワークが予想されるし、
日付変更線を越えて働くこともあるかもしれない。
それを考えると近いほうがいいのだけど。
あとは朝があまり得意でない僕には、朝の20分は、結構大きい。
うーーん。
でもまぁ、一定期間でもそこに一緒に暮らすこともありそうだし、
そうはいっても、通勤時間も20分かぁ。
混雑は予想されまくりますが(日本でもトップクラスじゃないの?)、
それでも……。
うーーん。
何を基準に選ぶか。
ま、もう少しだけ気長に考えてみますか。
i-phoneよりmy-phone
結局あの後、猛烈な睡魔に襲われ、
耳をすますことなく、僕は眠りにつきました。
てことで、せっかくなので(?)取り戻してきた僕の電話をご紹介しようかと。
![]() | WILLCOM - 9(nine) |
以前はソフトバンクを使っていました。
vodafone時代に、ラブ定額に加入していたため、
『あいかた』さんとの通話とメールが無料になったからです。
僕と『あいかた』さんは、コンビ結成以来、
ほぼ毎日電話をしているので、通話料無料というのは、
必須に近い条件です。
ただ、『あいかた』さんは、auへのこだわりを持っているため、
2台目としてソフトバンクを持っていました。
で、ある日WILLCOMの方が基本料が安くて、
通話も24時間無料だから、という提案を『あいかた』さんからいただきました。
僕自身は、キャリア(携帯会社)のこだわりは全くなく、
2台目を持つ気もさらさらなく、
デザイン的に気に入ったものがあればそれでいいので、
ひとまずWILLCOMのサイトに端末を探しに行きました。
そこで出会ったのが、この端末です。
結構ひとめ惚れに近かったです。
僕が携帯を選ぶ基準は、以下の通り。
必要条件
・軽いこと
・薄いこと
・大きくないこと
・道路交通情報が見れること
・電話が出来ること
・メールが出来ること
・電話帳があること
・アラームがついていること
十分条件
・ストレートタイプであること
・必要条件以外の余計な機能(カメラやワンセグなど)がついていないこと
これらの条件を全て満たしたのが、この端末でした。
実は当初は、マイクロソフトのオフィス機能がついた、
スマートフォンにも興味を示していたのですが、
予想以上にエクセルが使いにくそうだったことと、
ことごとく自分の端末に求める条件に反していたことから、
今の端末にしました。
au design projectの某端末に似ていると思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、これはこれで、グッドデザイン賞を受賞している端末なんです。
まがい物などでは、決してありません。
ただ、カメラに関しては、
最近はあってもいいかもなぁ、と思い始めています。
ブログを書き始めた影響でしょうか。
その瞬間に出会った風景とかを、パッと写真に収めるには、
やっぱり携帯についていると便利だなぁと思います。
先日も首都高を走っていて、恐ろしくきれいな夕景にめぐり合い、
写真を撮りたくなってしまいました。
まぁ仮に携帯にカメラがついていたとしても、
運転中だったのですが。
でも、やっぱりカメラはカメラで持ちたい気持ちもあるなぁ。
実は狙っているデジカメがあって。
知り合いから教えてもらって、もうデザインに惚れ込んでいるのですが。
ちょっと高いんですよねぇ。
![]() | Rolleiflex MiniDigi |
あー、やっぱほしいなぁ。
ちっこくて、結構使いづらそうなんだけども……。
少しだけ、自分のことを。
耳を澄ます前に、少しだけ、自分のことを。
少しだけ、親子ネタに弱い自分のことを。
僕が小学校5年に上がる時の春休み、
僕の両親は離婚しました。
実はその1年前くらいから、
資格試験かなんかの勉強に集中するとかで、
父親は家を出て、別居していました。
今考えれば、不自然な理由ですし、
4歳上の兄は、さすがに気づいていたようですが、
「離婚」ということに、なぜかすごく抵抗感を感じていた僕は、
無意識にフタをしていたのか、全く気づいていませんでした。
その話を切り出されたときのことは、
今でもはっきりと覚えています。
母と祖母と兄と、横浜に旅行に行っていたときでした。
本牧にあるホテルに帰ってきて、
中華街で買ったカンフースーツに早速袖を通し、
何だか大はしゃぎしていた気がします。
涙が止まりませんでした。
その話を切り出されたときは。
人生でも、一番泣いた時じゃないかな、と思います。
なんだかんだで、大好きな両親だったので、
何年も後(というかむしろ数年前)に聞いた話だと、
「何で家族なのに別々に暮らさなきゃいけないんだ」
とか言ってたらしく、子供ってすごいこと言うな、と
母が感じていたらしいです。
その当時から(今でも変わりませんが)、
自分の両親のことは尊敬していたので、
その両親が、自分たち子供のことをまったく考えずに、
こういう決断をしたんだとは考えませんでした。
むしろ、子供たちのためにそういう決断に至ったのだと、
ひょっとしたら無意識に思っていたのかもしれません。
「このことで、グレたりしないでほしい」
というような祖母の言葉に、
「もっともっといい子になる」と、
泣きながら、でも意識的に言ったことを覚えています。
多少無理をしてでも、その場で考え得る最大限の、
精一杯の「いい子」なセリフを言いたかったのでしょう。
今考えれば、きっと子供にそれを話さなくてはいけない親の方が、
すごく辛かったろうと思うので、
子供の頃の自分に「グッジョブ」と言ってあげたいです。
それ以来、今日に至るまで、
離婚した両親のことを恨んだり、憎んだりしたことは一度もありません。
もし、人生をやり直せるとしても、
ひょっとしたら離婚することを止めようとしないかもしれない(笑)。
これも後日母親から聞いた話ですが、
僕ら子供の前では、ちゃんといい夫婦でいようと、
絶対に喧嘩している姿を見せないようにしようと、
決めていたそうです。
だからこそ、家の空気が悪くなったりする前に、
別居という手段を選択したのでしょう。
そういう判断は、本当に尊敬します。
それから、母が父親と母親の二役を担うことになり、
祖母が母親役をフォローすることになりました。
父ともたまに会っていて、まるで友人のような感覚です。
兄がわりとやんちゃをした、というより、
やんちゃをする友人と仲が良かったこともあり、
母親は色々苦労したみたいです。
その時に、中学生くらいになると、
もう頭ごなしに何かを言っても通用しないと気づき、
「私はこう思うけど、君はどう思う?」という
対話のスタイルに教育方針を切り替えたそうです。
一人の大人として、扱うようにしたそうです。
僕はと言えば、兄のやんちゃの影で、苦労している母と祖母、
そして父を見ていたので、大した問題を起こせるはずもなく、
わりといい子のポジションを守りきれていたように思います。
まぁ母親曰く、何か辛いことがあっても隠そうとする子だから、
「ただいま」といって帰ってきたときの目をしっかり見ていた、
とそれなりに心配はかけていたようですが。
で、僕が中学に上がったあたりから、自然と兄の時の教育方針が適用され、
やっぱり早い内に、一人の大人として扱ってくれていたように思います。
ちゃんと自分で考えて、それを尊重してくれていたと思います。
僕が「年の割りに落ち着いている」と言われるのは、このあたりの影響でしょう。
性格的なものもあるとは思うのですが、
自由を与えられた分、逆に心配はかけたくないと、
あまりはっちゃけるようなことをしなくなったと思います。
そしてそれが、今でも身に染み付いているのでしょう。
今僕は、兄が数年前に結婚して家を出たので
(結婚する前から家を出て同棲していたけど)、
母と祖母と三人で暮らしています。
父はその後再婚して、子供を二人生みました。
だから僕には15歳下と18歳下にかわいい妹がいます。
ちなみに、父の結婚式に出席するという、
ものすごく貴重な経験もできました(笑)。
その父ともよく会うし、父の家に遊びにいったりもします。
だから妹たちとも、さらには父の再婚相手の方
(なんと表現したらいいのやら。普段はあだ名で呼んでますが)とも、
良好な関係を築けています。
さらに不思議なのが、父と母も非常に仲が良いです。
高校の頃から付き合っていたこともあり、
お互いをだいぶわかりあっているからでしょう、
たまに父が母のところに遊びに来ます。
(まぁ無用な心配をかけないために、再婚相手の方には内緒なのでしょうけど)
さらにさらに、以前母親がお付き合いをしていた方も、
よく自宅に遊びに来ていました。
母と祖母とその方と、僕と僕の『あいかた』とで、
北海道に旅行にいったこともあります。
うーん、何だか不思議な家です。
自分で言うのも何ですが。
でも、この家に生まれてきてよかったと、心から思います。
ここまで育ててくれた母と祖母には、本当に感謝しているし、
母が父を嫌わないでいてくれたおかげで、
僕も父を嫌わないでいられたのだと思います。
ポニョに出てくる、ソースケの母親は、
信じられないくらいすんなりとポニョを受け入れていました。
そしてソースケを寵愛しながらも、対等に扱おうとしていたようにも思えました。
少しだけ、自分の母と重なったような気がします。
両親が離婚してから、ひとつだけ心に決めていたことがあります。
それは、両親が離婚したことを「負い目」に感じるようなことは、
絶対にしないようにする、ということ。
周りから「両親が離婚しているから」と言われるようなことは、
絶対にしたくない、と思っていました。
今のところ、無事それは果たせたのではないかな、と思います。
まぁ両親の中にはどうしても「負い目」に感じてしまう部分はあるかもしれませんが、
それでも常に幸せを感じながら生きてこれたし、今もとても幸せです。
でも、親子ネタに弱いのは、やっぱり両親が離婚しているからなのかなぁ。
ところで、兄には今4歳くらいになる息子がいます。
すごいな、と素直に尊敬しています。
僕は子供が好きだけれど、未だに子供がほしいとはなかなか思えない。
どうしても「父親像」をイメージできないのです。
でも、兄が実際に子供を生み、育てている姿を見ていると、
子供が父親を育てるんだな、という気もします。
少しだけ、とか言いながら、いつになく長くなってしまった。
しかも取り留めなくなってきた。
さて、それでは、耳をすませてきますかね。
『崖の上のポニョ』を机の上のPCから語る
昨日はレイトショーにて「崖の上のポニョ」を見てきました。
うーーん、面白いことは面白かったのですが、
個人的には少し消化不良感が残ります。
ただ、今までのジブリ作品と比較して、
結構驚いた部分がいくつかありました。
(まだご覧になっていない方もいらっしゃると思うので、詳細は避けますが)
ただ、いつになくスロースターターだな、と思ったら、
割とそのままスローペースで最後までいったな、という感じ。
映画館で、子供が飽きていた、というのは、分かる気がする。
ジブリでは必ずといっていいほど描かれている、
「人間の業」みたいなものも、
今まで以上に表に出てこなかったかな、と思う。
そういうシーンやセリフは確実にあるのだけど。
ただ、5歳の男の子「ソースケ」と、その母「リサ」とのやりとりは、
自分の弱い部分を突かれた感じでした。
声優を担当された、山口智子さんは、本当に素晴らしかったと思います。
映画館で映画を見るのが、すごく久しぶりで、
まばたきをするのを忘れていたこともあり、
その弱い部分を真っ向から突かれたシーンでは、
何故か右目だけボロボロ涙が出てました。
目の疲労にしては、涙の量が多かったので、
多分感動の成分も含まれていたのだと思います。
ただ、そのシーンが来るのは序盤~中盤というところで、
その先は、ちょっとテンポがもたつく感があり、
少々突然過ぎるように感じる展開もあり、
映画としてのハイライトがあまり感じられないまま、
幕を閉じたような印象でした。
でも、とりあえず子供の描写がとても可愛らしかった。
ソースケくんはとてもいい子でした。
以前、プロデューサである鈴木敏夫氏が、
プロフェッショナルに出演されたとき、
こんなようなことを言っていた。
(確かDVDに収録されていた「未公開VTR」の中だったと思います)
「映画には、何も考えずに見て楽しめるものと、
色々なことを考えさせられて、
その考える過程を含め楽しくなっていくものの2種類しかない。
今の時代、映画に求められているものは、
見終わった後も引きずって色々考えるものだと思うし、
作り手としても、やっぱり色々考えているともっと楽しくなるよ、
というようなものを作りたいという思いがある。
ただ、同時に、映画という『娯楽』は、
見終わった後『あー楽しかった』となって、
それで終わり。それ以降のことは考えず、日常に戻っていく。
そんな姿を、どこかで『健全なもの』と考える自分がいる。
そういうものを作れないのか、とどこかで思っている。
『映画』というメディアがもつ、分相応の役割がきっとあり、
それがどこまでなのか、という線引きをいつも作りながら考えている」
ポニョは、見る人によっては、
何も考えずに見て、「あー楽しかった」で終わる映画かもしれない。
僕自身、見ている過程で、これまでのジブリ作品の中では、
そこまで思考を巡らすことは少なかったように思う。
でも、「ジブリ作品」だからという理由で、
色んなことを考えようとしている自分がいるのも事実だ。
そして、色々考えさせられるトピックも、
それなりに散りばめられていたとも思う。
無理矢理に過去のジブリ作品から似ているものを選ぶとしたら、
うーん、『耳をすませば』かな。
大仰なクライマックスがあるわけはなく、
そこまで考えさせられるポイントが前面に出ているわけでもない、
という点において。
てことで、今からDVDで『耳をすませば』でも見てみようかな。
撫で肩ライフ
仕事でアクティブ(能動的)に動こうとしているためか、
逆に休みの日はパッシブ(受動的)に過ごすのが好き。
のんびりと、本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を見たり、
ひたすらまどろんだり。
周りのものを、自分の中に受け入れる感じ。
『あいかた』といるときも、「まったり」するのが一番好き。
あまり、あれもこれも、と予定を詰め込むのは好きくない。
今日は昨日書いたとおり電話を受け取りにいき、
そのあとポニョを見に行く。
最初は髪を切りに行こうかとも思ったけど、
ちょっと予定がたて込んでいるので(笑)、却下。
ポニョはレイトショーで見る予定なので、
電話を受け取ってから相当時間が空くけど、
このスカスカな、時間的余裕あふれる感じがすごくいい。
よくOnとOffと言われるけれど、
僕のスイッチは、3点切替式で、
「アクティブモード」と「パッシブモード」、そして「Off」。
「Off」になるのは眠る時くらいだけど、
寝ている間すら仕事のことを考えてるときは結構あるから、
あまり「Off」は使われないみたい。
のんびりとまったりと。
休日は、撫で肩ライフでいきましょう。
奪取
明日、修理に出していた僕の電話を、
ようやく取り戻すことができそうです。
「修理をして頂いていた」のですが、
対応がなかなかにあんまりなので、
奪い返してやる、奪取してやる、という思いが強いです。
なんてことを考えていたら、
『奪取』という言葉から、このアルバムを連想した。
![]() | 吉田美和 - beauty and harmony |
言わずと知れた、最高にハッピーなアーティスト。
ドリカムも好きだけれど、ソロ名義の作品はもっと好き。
友人から聞かされたことがきっかけで知ったこのソロアルバムは、
当時の僕のヒーロー的存在だったベーシスト、
チャック・レイニーが参加していたこともあり、
かなりヘビーに聞き込んだ。
収録されている『奪取』という曲は、
彼女らしい明るいポップな歌で、すごく好きな歌。
そして、このアルバムで、というか、吉田美和の歌う曲の中で、
最も好きな曲が、『バイバイ』という曲。
簡単に言えば、恋人から、別に好きな人ができたと、
別れを切り出された曲。
だけど、単純にバラード調のアレンジになるのではなく、
むしろ「強がった明るさ」をイメージさせるアレンジ。
そこが逆にグッとくる。
そして曲が進むにつれ、
その強がりが、寂しさや悲しさによって、どんどん心の隅に追いやられ、
やがて心が涙で支配されていく。
そんな泣き崩れていく様子を、見事に歌詞とメロディとアレンジで表現している。
それはもう、本当に見事。
歌詞と曲と演奏が、感情と完全に結びついた名曲だと思ってる。
彼女のソロアルバムに収録されている曲は、
ライブで何度か演奏したことがあるけれど、
結構難しい曲が多い。
技術的に、というよりは、いわゆる「表現」の部分で。
ソロアルバムで彼女のバックを務めるのは、
アメリカのジャズやフュージョン、R&Bソウルといった分野で活躍する、
超々一流のミュージシャンばかり。
多分そこに吉田美和がいなくても、僕はCDを買っていた。
でも、同時に、そこに吉田美和が入っても、そんな最高のミュージシャンを前に、
全く見劣り(聞き劣り)しない彼女は、やっぱり最高の唄い手だと思う。
友人から借りている(ごめん、ほぼカリパク状態)彼女のライブDVDを見ても、
本当にメンバーから愛されていて、
すごくいい状態でライブができている様子が、
画面を通して真っ直ぐに伝わってくる。
実際、本当に最高のライブだ。
ともすれば、日本のミュージシャンは、
お金の力で一流のミュージシャンを雇い、
言ってみれば、名前を買っている、と思われるかもしれない。
もちろん、そういう例もあるんだろうけど、
少なくとも彼女に関しては、それが一切当てはまらない。
彼女の歌は、どれも響いて、染み渡って、感情を揺さぶるものばかり。
そんな音楽に身をゆだねる時間は、それはそれはハッピーなもの。
もしこのアルバムを聴いたことがない方がいらっしゃったら、
ぜひ一度聴かれることをオススメします。
最高です。
己に克つ且つ勝つ
今日は森でテニスの日。
会社帰りに寄ってまいりました。
7月から始めて、早7回目。
全13回の、ちょうど折り返し地点でした。
一緒に同じコースに通ってる方は、
全く初めての状態でテニスを始めて、
グングンうまくなっている。
今日も、おっ、と思うようなショットを打ってたりして、
時々びっくりする。
すごいなー。
僕も少しずつ硬式慣れしてきているようには感じるけど、
伸び率では全然負けるなぁ。
最近は暑さにかまけて、
あまりオートテニスにも行っていないから、
上達のスピードが落ちてきているのかも。
いかんいかん。
まぁ、テニスで何を目指そうって訳ではないのだけど、
意外と自分自身に対して負けず嫌いなので、
「あまりうまくいってない状態」っていうのが好きくない。
何の根拠もないくせに、
基本的に大抵のことは、そこそこのレベルでならこなせるだろう、
というものすごく勝手な自信を持っているので、
思い描いたプレイができなかったときは悔しい。
特に、頭を使ってプレイするスポーツが好きなので、
相手が打ってくるであろうコースを読んで、
そこを狙い打ったりしたいのだけど、
読めてはいるのに身体が追いついていかなかったりすると、
すごく悔しい思いをする。
初心者コースに所属している以上、
普段はいかに相手が打ちやすいボールを返すかを考えて打っているんだけど、
最後に行われるダブルス形式のゲームのときは、
どこまで力を入れるか、すごく迷う。
結果、ものすごく中途半端なプレイになっていたりして、
まだまだコントロールしきれてない自分の未熟さを実感する。
くそぅ。
逆に、コーチとラリーをする時は、続けるのが目的なくせに、
それはもう遠慮なく、やっつけたる、くらいの思いで打ち返す。
でも、コーチはコーチで、結構厳しい球を打ってくるので、
なかなかやっつけられない。
ちくしょう。
残り半分。
暑さなんかに負けず、オートテニスももうちょい頑張って、
もう少し本気でうまくなろうとしてみるか。
オリジナルになること。オリジナルであること。
今日、ついに部長を捕まえ、退職の意思を伝えました。
次の会社が決まっているということもあり、
特に引き止められるということはなかったのですが、
「残念だ」とおっしゃっていました。
きっと、さまざまな意味が込められた「残念」だったのだと思います。
やっぱり、転職というのは、重みがあるものだと、改めて感じました。
せめて、今の会社を去る日まで、懸命に今の会社に尽くそうと思います。
で、その帰りに、勝手に親友と呼んでいる友人と食事をしてきました。
といっても彼は既に食事を済ませていたので、
食事をしたのは僕一人でしたが。
彼の近況や、僕の近況や、いつも通りの昔話や、周りの友人たちの話など、
色んな話をした中でも、特に印象的だったのが、
「アイデンティティ、あるいは、オリジナルであること」への意識、だった。
音楽を職としている彼にとって、
「オリジナルであること」は、とてつもなく重要で、大きな意味をもつもの。
「なぜ、自分なのか」
わかりやすく言えば、自分の強みを持っているか。
それが極めて重要な意味をもつ。
でも、それはビジネスでも同じこと。
僕自身、僕の強みは何なのか、はっきりといえる何かをもつ必要性を、
この転職活動を通して、改めて感じた。
「代わりのきかない存在」というのは、ひとつの目指す姿だと思う。
ただ、同時にビジネスというのは、
成功体験を会社で共有し、「仕組み化」していかなければいけない。
極端に言えば、いつ、誰が行っても、
利益を生み出すことの出来る仕組みを作り上げることが、
ビジネスの目的とも言えるかもしれない。
そういう意味で、自分にしかできないことを、
自分にしかできないままにしておくのは、決して評価されることではない。
でも、その上で、それでも確固たる強みを持たなければいけないのだろう。
強みという言葉がそぐわなければ、価値と言い換えてもいいかもしれない。
誰がやっても同じような結果を得られる中で、自分の価値を改めて創出する。
それは周りを巻き込み、上昇していけるリーダーシップかもしれない。
あるいは、その仕組みの元を生み出せる、最初の一歩を踏む力かもしれない。
もちろん、仕事を離れた部分での強み、というのもあり得る話だ。
今はまだ、明確に「これが自分の強みだ」、
「これが自分というものの価値だ」、と言える何かを手にしていない。
結局、いつの日かそれを手に出来る日まで、
挑戦することと、諦めないことを、継続するしかないのかも。
いつも長々書いておきながら、帰結する部分が一緒で申し訳ないですが、
とにかく、諦めずに、捉われずに頑張っていきたいと思う。
自分より頑張っていると思う人に会うと、
もっと頑張らなくちゃと闘志が湧いてくる。
僕も、誰かに頑張りを伝播させることができるくらいに、
もっと頑張っていこう。
少なくとも今はまだ、頑張ることが精一杯なのだろうから。
雨と涙と 後編
無事に家に着き、夕食を食べながらテレビを見ていた。
テレビ東京でやっていた、スーパードクター系の番組だ。
テレビ東京は、彼の医療技術に対して、
「神の手」ではなく、「匠の手」という表現を使っていた。
もって生まれた奇跡のようなもの、というよりは、
不断の努力で磨き続けたもの、というニュアンスにしたかったのだろうか。
その判断を、支持したい気がした。
彼は、巨大な脳内動脈瘤という、
ほとんど不可能と同義みたいな手術(詳しくは知らないけれど)を、
見事に成功させた。
術後、意識を取り戻した患者に近寄る家族。
緊張の糸をほどききれていないお父さんの瞳から、
きっと本人も気づいてないのではないか、と思うくらいに、
そっと、一筋の涙がこぼれていた。
完全にもらい泣きした。
僕の目からは、2筋くらい、ホロホロと涙がこぼれた。
あぅ……。
確かに世の中には、悪いことを考えている医者もいるのかもしれない。
でも、それが全てでは、決してない。
必死に、それこそ自分の身体を省みる暇もないくらい必死に、
患者と向き合っている医者も、きっとたくさんいる。
一部を見て、全部を判断するのは危険なことだ。
特にその傾向は、悪い部分を見たときに起こりがちになる。
きっと僕にも起こり得ること。気をつけなくちゃ。
ここで、完全に「泣き」スイッチが入ってしまった。
その番組が終わったので、NHKに切り替え、
オリンピックの情報を見ることにした。
実はオリンピックにはほとんど興味がないのだけれど、
やはりスポーツ選手のひたむきな姿は、涙を誘う。
何年も積み重ねた成果が、一瞬にして決まってしまう。
そんな、残酷なほどにシビアな世界に身を置いていることを、
素直に尊敬してしまう。
まず最初は、北島選手のニュースだった。
きっと今日、日本で一番ブログに書かれたニュースではないだろうか。
レース直後の、咆哮となって現れた、感情の爆発。
そして言葉にならない思いが溢れたインタビュー。
本日2回目のもらい泣き。
あうー。
さらにクレー射撃の中山選手。
娘さんの、涙交じりの応援姿。
ホント、親子ネタ(ネタっていっては失礼だけど)弱いわ。
もう全然ダメ。ボロボロ涙がこぼれる。
あうあー。
もうこなっては手がつけられず、
何でもかんでも涙が出てくる。
バトミントンのペアが、中国に逆転勝利を収めたシーンでも、
喜びを爆発させ、その場に崩れ落ちた彼女たちの姿を見て、
またしても涙が出てきた。
スポーツ選手というのは、それまでの努力が、
これ以上ないくらいわかりやすい形で、はっきりと示される。
そしてその結果の差には、もしかしたら努力だけではどうにもできない部分も、
含まれているのかもしれない。
だから彼ら、彼女らが試合後に見せる感情・表情は、
途方もないほどの重さがあると思う。
そんな中で、極めて冷静だった谷選手は、本当にすごいと思う。
夏季五輪の種目で、ルールを全て把握しているのは、
サッカー、テニス、バスケ、野球くらい(変更後のルールには自信ないけど)か。
要は、大部分が詳しくは知らない競技。
だからだろうか、余計に「選手」に目が向いてしまう。
よく知っている競技より、よく知らない競技の方が、感動しやすいかもしれない。
しかし、本当に涙もろくなったな、と改めて感じた。
「涙もろい」っていうのは、きっと泣きのスイッチが入りやすくなり、
それでいて戻りにくくなることなんじゃないかと思う。
年のせいなのかな。
だとしたら、年をとるのも、悪くはないか。
テレビ東京でやっていた、スーパードクター系の番組だ。
テレビ東京は、彼の医療技術に対して、
「神の手」ではなく、「匠の手」という表現を使っていた。
もって生まれた奇跡のようなもの、というよりは、
不断の努力で磨き続けたもの、というニュアンスにしたかったのだろうか。
その判断を、支持したい気がした。
彼は、巨大な脳内動脈瘤という、
ほとんど不可能と同義みたいな手術(詳しくは知らないけれど)を、
見事に成功させた。
術後、意識を取り戻した患者に近寄る家族。
緊張の糸をほどききれていないお父さんの瞳から、
きっと本人も気づいてないのではないか、と思うくらいに、
そっと、一筋の涙がこぼれていた。
完全にもらい泣きした。
僕の目からは、2筋くらい、ホロホロと涙がこぼれた。
あぅ……。
確かに世の中には、悪いことを考えている医者もいるのかもしれない。
でも、それが全てでは、決してない。
必死に、それこそ自分の身体を省みる暇もないくらい必死に、
患者と向き合っている医者も、きっとたくさんいる。
一部を見て、全部を判断するのは危険なことだ。
特にその傾向は、悪い部分を見たときに起こりがちになる。
きっと僕にも起こり得ること。気をつけなくちゃ。
ここで、完全に「泣き」スイッチが入ってしまった。
その番組が終わったので、NHKに切り替え、
オリンピックの情報を見ることにした。
実はオリンピックにはほとんど興味がないのだけれど、
やはりスポーツ選手のひたむきな姿は、涙を誘う。
何年も積み重ねた成果が、一瞬にして決まってしまう。
そんな、残酷なほどにシビアな世界に身を置いていることを、
素直に尊敬してしまう。
まず最初は、北島選手のニュースだった。
きっと今日、日本で一番ブログに書かれたニュースではないだろうか。
レース直後の、咆哮となって現れた、感情の爆発。
そして言葉にならない思いが溢れたインタビュー。
本日2回目のもらい泣き。
あうー。
さらにクレー射撃の中山選手。
娘さんの、涙交じりの応援姿。
ホント、親子ネタ(ネタっていっては失礼だけど)弱いわ。
もう全然ダメ。ボロボロ涙がこぼれる。
あうあー。
もうこなっては手がつけられず、
何でもかんでも涙が出てくる。
バトミントンのペアが、中国に逆転勝利を収めたシーンでも、
喜びを爆発させ、その場に崩れ落ちた彼女たちの姿を見て、
またしても涙が出てきた。
スポーツ選手というのは、それまでの努力が、
これ以上ないくらいわかりやすい形で、はっきりと示される。
そしてその結果の差には、もしかしたら努力だけではどうにもできない部分も、
含まれているのかもしれない。
だから彼ら、彼女らが試合後に見せる感情・表情は、
途方もないほどの重さがあると思う。
そんな中で、極めて冷静だった谷選手は、本当にすごいと思う。
夏季五輪の種目で、ルールを全て把握しているのは、
サッカー、テニス、バスケ、野球くらい(変更後のルールには自信ないけど)か。
要は、大部分が詳しくは知らない競技。
だからだろうか、余計に「選手」に目が向いてしまう。
よく知っている競技より、よく知らない競技の方が、感動しやすいかもしれない。
しかし、本当に涙もろくなったな、と改めて感じた。
「涙もろい」っていうのは、きっと泣きのスイッチが入りやすくなり、
それでいて戻りにくくなることなんじゃないかと思う。
年のせいなのかな。
だとしたら、年をとるのも、悪くはないか。


