ショーエイのアタックまんがーワン -32ページ目

ショーエイのアタックまんがーワン

タッグチームLiberteenの漫画キャラクター・ショーエイが届ける、笑えるブログ・ショーエイの小言です。宜しくお願いします。

どうも…ショーエイです。

世界中で色々言われている人権問題。

ミャンマーのロヒンギャ問題で、アウンサンスー・チーさんは

人権団体アムネスティから与えられた賞をはく奪されたとか、

中国のウイグル問題など…

ある意味、イスラエルのパレスティナ問題を人権的視野で解決できないのなら、

こうした話も受け入れようにも受け入れられないのが事実です。

 

イスラエルはパレスティナの独立は認めない。

更にはパレスティナ人の法律的参加も認めたくない。

ある意味、ユダヤ教ベースの国家を維持したいから、

イスラム思想を入り込ませたくないと言うのがそもそもの障壁に成っているのです。

 

こうして考えるとミャンマーのケースも仏教ベースの国家であることを望む故に、

イスラム思想に対して抵抗が有ると言うのはイスラエルと同じ主張に聞こえてきます。

 

イスラエルの人権侵害を見て見ぬふりして、

それ以外の人権侵害には口を挟む。

これでは全く説得力が無いのではと言えます。

 

人権侵害を指摘する事は重要な事です。

アムネスティのこうした活動には敬意を払いますが、

その人権侵害の改善が進まないからと言って圧力やプレッシャーを掛ける行為は、

逆にハラスメントに値して人権侵害を与えている事に成るとも言えます。

 

いわば今の世界は欧米風スタイルの風邪を吹かせて、

強引に他の国のコートを脱がせようとする行為ともいえる話です。

特にトランプの様に話の筋がブレる様な政策をするやり方は、

ただ単に抵抗を呼び込み、挙句の果てには壁を作る…

いわば戦争に備える思考を増長させるだけです。

まあ、そうなれば何れは戦争勃発は免れなく成るかも知れません。

 

逆に北朝鮮の場合、

風を吹き続けて逆に核装備まで増長させた状態に対して(日本のアホ首相が継承中)、

日の光を照らしだした文在寅大統領のやり方で

その核武装を解除できそうな状態に進行した訳です。

 

単純な人間心理で考えてみれば

「君が悪い!!」

と悪者扱いされた場合、その人は抵抗しその理由すら聞こうとしない。

むしろ自分の正当性を誇示する。

これは寧ろ徴用工判決で日本人が韓国に抱いた不信感と同じと言えます。

いわば第二次大戦の戦争問題は補償も含めて既に解決しているのだから…

韓国が日本にその行為の反省が無いとか言われても…

終わった話で、もう世代も違うので「意味不明!!」

と、いって返しても問題有りません。

ただ、こうして韓国に風を吹き付ければ、

韓国もアホ首相の靖国参拝や日本会議など思想的に許せない部分を追及して、

風を吹き付け返そうとします。

※オッサン先生の場合は、一旦韓国との関係を断絶して一切の話を無視して、

相手が頭を冷やすのを待った方が良いのでは・・・

経済的リスクは出るだろうがその方が今後の為にも効果的だとか…言ってますが…

 

これらの紛争は誰もが持つ自尊心から生まれるモノです。

そして人は誰しも対等で有る事を望む…

まあ、実際は人は人を支配したいという願望に捉われると言うのが実態で、

それ故に支配するモノ、支配されるモノが生まれてくる訳です。

しかし、支配するモノは常に下から追われる恐怖に怯え、

支配されるモノは隙を狙いながら耐え忍ぶ。

日韓関係はある意味そういう因縁も有るといえ、

日本が経済的に優位な時と、韓国が台頭してきた今と見比べれば

解りやすい話かな…

韓国が昔の様に日本の言う事を聞かないし、

日本の足元を掬おうとしてきている状態で見える事です。

 

ある意味、こうした関係性は

どの道疲れる状況を生み出しているだけに過ぎない話です。

これが人間個人であり企業の話ならば、人間の嵯峨なので仕方ないかなと言えますが、

一、国家同士の話でやられると最終的に戦争というモノが常に付きまといます。

 

【リーダーとボスの違い】

リーダーとはある意味日本語で代表=表の顔を皆に代わって預かる存在

解釈は色々変わると思いますが、

ここでいう代表とはそういう意味です。

ボス=支配者です。

ボスと言えばボス猿などでも言われるように、

力を無くせば下に取って代わられる存在です。

 

リーダーの下では他の人も対等です。

あくまで複数の人たちの話を纏めていく存在で、

皆から敬意を持たれてもその人が絶対王者では無いのです。

勿論、このリーダーの資質は簡単では有りません。

それ故に誰もが面倒に感じて支配者=ボスとして権力を翳そうとするのです。

しかし優秀なリーダーであればその下に居る人は対等に扱われ、

ある意味チームとして強固な構成が見込めます。

 

逆にボスに成れば下は居心地悪く、

半目の存在を増長していきます。

 

まあ、人間の資質の問題なので社会ではリーダーであっても追われ、

ボスでも君臨できる事は多々ありますが、

それは国の法律の下で保護される故に、

戦争という殺戮の事態はヤクザでない限り発生しないとも言えます。

しかし、国家間同士ではほぼ無法状態とも言えるわけで、

ハーグ裁判で有り、条約破棄など気ままに行えてしまいます。

 

そんな世界にボス猿が存在すれば何れはそれに取って代わろうと試みる、

新たなボスの台頭を招くだけです。

今のアメリカ、中国、欧州、ロシアがそういう中で葛藤しようとしているのでは…

一方が風を吹き付けれて派閥を拡張しようとすれば、

もう一方も風を吹き付けて、または日の光を当てて別な派閥を構成しようとする。

双方が風を吹き付け合えば、お互いに唾を吐き捨てるまで吹き付け合う様に成ると言えます。

 

ある意味ヤクザな話で…

「テメエ!!唾吐き付けやがったな!!」

「テメエが吐き付けたんだろう!!」

なんて話に成れば…仁義なき戦いの始まりだよね…

 

皆さんは知らず知らずの内にこんなアホみたいな話に成っているのを、

馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?

 

正直、誰がリーダーに相応しいか…

偏見ぬきにしてアメリカ合衆国なのは現状妥当なのですが、

大統領がボス猿気取りだと、

折角のリーダーとしての資質も台無しです。

日本がそれに代わる?

ハッキリ言って、まず有り得ない話です。

特にボス猿の手下に成り下がった状態では…

 

まず、世界的なリーダーは、

人種、宗教、性別などの面で政治的に充実し、

文化面の発信力が大きな国であることが望ましい。

文化面の発信力で華やかさであり、生活力の豊かさをアピールする事で、

他の国はそれを規範として目指そうと考えやすく成ります。

 

現状に今の日本も、韓国も、また中国でありロシアも、

文化面の憧れはアメリカ合衆国に魅了されたからだと言えます。

それに魅了されて、人権に於ける平等意識なども広まりやすく成るのです。

 

太陽の力とはこういう効果で、

風を吹かせるのではなく、自分の判断でコート脱がせて、

そして身軽に成ってもらう事なのです。

時間は掛かると思いますが、

長期的な視野であり、戦争に成らない方法という安全面を考慮しても、

こうした国際社会の在り方がベストなのではと言えます。

これがグローバリゼーションの目指す意味です。

まあ、ウチの魔仙妃ちゃんの場合、

チョーどSな性格で、

ボス猿を完膚なきまで叩きのめして

地獄を見てもらうのが何よりも楽しいそうです。

スタンリー・キューブリック監督の「時計仕掛けのオレンジ」

韓国の政治なんてそんな社会にも見えますが、

結局、支配者というのはそういう忌み嫌われるモノなのかも。

 

逆に、日本代表の長谷部キャプテンの様なリーダーは、

その存在が居なく成る事を悔やまれる程なので、

人間同士の関係は気を使ったモノが勝者なのではと言えます。

 

どうも…ショーエイです。

アメリカの中間選挙の結果が出た訳ですが…

民主党が下院で過半数を獲得、上院は共和党が維持と言う形で決着が着き、

ねじれ議会と成りました。

一見、民主党が下院を制したのでトランプに歯止めが掛かるのではと

思われたかも知れません…

確かに前よりも暴走気味に成る事は無いでしょうが、

実際は既に滅茶苦茶な状態にしてしまった状態にあるので、

民主党が躍進しても時すでに遅しと言えます。

 

イランとの核合意破棄は既に進行しており、

イランへの制裁も再開した訳です。

更には中国にたいする関税も既に問題水準まで悪化させた状態で、

これらを軌道修正するのに下院だけの議決権では不十分と成ります。

 

唯一、弾劾に向けて動けるか否かが残るのですが、

これも上院で阻まれる可能性も濃厚です。

※弾劾は下院が訴追し、上院が裁判する仕組みで、

弾劾決定には上院の2/3が必要に成るからです。
 
そして問題は下院議長にペロシ民主党院内総務が復活する点です。
このペロシは民主党内での権力に固執しているだけの人物で、
正直こいつが居るから民主党を応援する気が無かったと言っておきます。
まあ、ペロシもトランプマンも同レベルな感じで、
恐らく米国議会は批難合戦と化するだけの状態に成ると言えます。
 
更には、今後米国の景気は急激に落ち込むとは言いませんが、
ピークを過ぎて下降線に向かう事が考えられます。
先ず、言っておきますがこれは既に想定済みの現象で、
トランプマンのせいでも誰のせいでもない自然現象です。
それをトランプマンは逆に民主党が議決を阻むせいだと批難して、
米国民の無知な層に錯覚を与えようとするだろうと思われます。
 
無能なペロシではこの批難に
トランプを批難する事でしか対抗しないと思われるため、
ポピュリズムの世論操作の観点から、
逆にトランプの方が良く見えてしまう現象に成るのではと危惧します。
 
ただし、対中貿易の悪化から急激な景気後退が発生した場合、
トランプの責任は免れなくなるだろうとは言えます。
その際は、リーマンショックに近い爆弾が爆発した時で、
その爆風で日本のアホ総理も一緒に吹っ飛ばされるのではと思います。
ただ、これを期待してしまうと日本の国民にも被害が出てしまうので、
何とも言い難い話なのですが、
その時は、国民があんなアホを首相にしたまま放置していたことを
悔やむしか無いと言えます。
 
因みに現状色々と怪しげな状況も見受けられます。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181107-00000023-jij_afp-int

↑のニュースでは、トランプは今回の結果を大成功と言ったそうです。

これをトランプの強がりなのではと考える人は多いと思います。

でも、上に記した内容であり、

民主党がサウジアラビアの記者殺害事件で、

サウジとの外交を拗らせようと動くのなら、

仮に対中貿易から派生する大恐慌に成ったとしても、

サウジとの外交悪化で、投資引き上げが原因で

どっかの銀行が潰れそうに成ったような流れにも出来てしまう。

※実際は中国の投資が引き上げた場合でも、

同様に大きな投資をしているサウジと要因が重ねられる為、

世論に錯覚を与える意味で、

サウジとの裏取引でそういう要因操作する事も既に計画済みだろうと思われます。

 

悪者を作る事に執念を燃やすトランプなら、

こうした計算はしてそうなので、

次の大統領選までは何が起こっても自分は悪くないという姿勢で、

色々誤魔化してくることが予想されます。

そして下手するとポピュリズム思考の人たちは

間抜けな程に騙される事に成るだろうとも考えられます。

 

因みにリーマンショック級の事態が発生した場合、

トランプにオバマ前大統領の様な対応は考えていない事ははっきり言えます。

恐らくその大恐慌を切っ掛けに大きな戦争を起こして、

自分が英雄に成ろうと画策している事でしょう。

それに日本のアホ首相も乗っかりたいという感じかな…

そしてそのキーマンはロシアです。

ロシアさえ巻きこまなければ

中国相手の戦争なら勝算が有ると考えているのでしょう。

 

所詮は戦争ごっこに執着するアホな連中の妄想なのですが、

結局、ポピュリズムはその妄想に乗せられ流されていくだけなのかも知れません。

 

言っちゃ悪いが、自分は安全な場所で妄想を画策して、

戦争で国民及び無垢な人々を犠牲にしようとするなら、

彼らにさっさと死んでもらった方が良いと思いますけど…

 

もう一言付け足せば、今の世界に戦争をする必要性は何処にも無いです。

いわば戦争したい人間が色々引っ掻き回して「憎悪」を増幅させて、

理由を生み出そうと画策しているに過ぎないのです。

そして多くの庶民はそのことにすら気付く情報が与えられていない。

庶民が無知なのでは無く、庶民が無知にさせられていると言うのが実情です。

それを知っても無知で居る人間は間抜けとしか言いようが無いのですが・・・

どうも…ショーエイです。

正直、アホ政権に肩入れするつもりは有りませんが、

国際調和の観点から、

韓国最高裁の判決は双方の国に再び怨恨を齎す意味を持つので、

これには断固として認めない姿勢で良いと思います。

 

問題は戦後の賠償が終了した事で、

戦時中の問題をぶりかえして賠償を命じる事は、

戦争終結の意味を失わせるというモノです。

よって本来ならば賠償を受けた韓国政府がその損害賠償を支払うというのが筋です。

 

これに対抗する手は、

韓国の裁判で被告と成った企業が韓国政府に、

その判決によって被る損害賠償を請求するという事です。

日本の裁判でこれが出来るかは知りませんが、

可能ならば行う、又は韓国大使館宛に損害賠償を起こすなどの手を考えるべきです。

その上で逆賠償とそれによって被る企業イメージ低下に対する慰謝料請求で、

更に賠償額を上乗せするのも有です。

 

ハーグの裁判に訴えるのは構わないが、

法的拘束力が薄いので相手に無視されれば大きな意味を呈さないのと、

韓国側の判決に大きな打撃を与える程では無いかも知れません。

そういう意味では日本国で逆訴訟を行って、

韓国側がその判決で言い渡した額面を

その企業に賠償しなければならない様にしてしまうのです。

さらに慰謝料請求も追加されれば、
こうした判決が逆に国として余計な損害を招くのだという前例を作ってしまうのです。
 
その上で外交交渉によって双方の国がどう和解するかで、
示談交渉成立と言う形に持っていく方がいいと思います。
 

まあ、あくまで他国を訴訟対象に出来るかどうかがポイントですが、

多分、出来るような気はします。

出来なくてもどういう相手にして訴訟するかで色々可能性は有ると思います。

 

 

どうも…ショーエイです。

一か月ぶりの投稿ですが、正直呆れモード故に何か言いうきも失せてた…

まあ、実際は米中間選挙次第で今後どうなるかが決まるような感じで、

それまでは様子見と言うのが本音です。

 

では、ここまでの気に成る話題にコメントします。

先ず、「松本人志」の話題では、

「死んだら負け」というコメントが気に成ります。

まあ、その言葉を発したい気持ちは良く解らんでも無いですが…

正直、松本人志さん…あなたは社会的立場上人を追い込む側の人間です。

そういう人が「死んだら負け」なんていえば、

自身の責任回避の言葉に聞こえるのも事実です。

また、死にたいと思うほど苦しい状況の立場を

理解できていないのではとも捉えられます。

 

ある意味、何、復讐したいほど憎い相手に復讐するのに、

アメリカの様に銃乱射して暴れて捕まれば良いの?

 

まあ、相手を殺すか、自分が死んで相手に罪意識を与えるか…

それほど追い込まれた人の選択肢です。

そういう意味で他人を犠牲にせず

自らの命を絶つことを選択したのは、

可哀想ながらも、良心的だと言えます。

 

日本では金さえあれば損害賠償請求など、

弁護士を雇って報復する事も出来ましょうが、

それはあまりにも高額すぎるのです。

それ故に自殺という選択肢が唯一の手段に成り得ることは、

この国の司法システムが齎した汚点と考えるべきです。

 

次に安田純平さんの件ですが…

確かに自己責任という言葉は、

彼の為に国がテロリストに身代金を払ってまで開放するべきかという議論では、

そういう見解も有ると思います。

ただ、運よく生還された事は、

とりあえず「生き延びられて良かったね。」と労うのがイキなはからいだとは思います。

その上でどういう経緯で解放されたのか…

問いただす先は外務省です。

安田さんの本心は知りませんが、

国に身代金を払ってもらいたくないとは、

逆に日本が自分の為にテロリストまたは犯罪組織へ

資金源を与えて欲しくないという気持が有ったのではと察します。

たしかにそういう話に成れば、

彼一人の命で更に多くの命を奪う資金を、

そういう組織に与えた事に成るわけです。

 

ただ、死ねと言われて人間簡単に死ねるわけでは無いので、

誘拐組織(テロリスト)によって必死に助けを求めた動画が流されて事は、

人として許容してあげるべきだと思います。

 

安田さんだって苦しい中、死にたくない思いと

国民に無様に迷惑を掛けている自分との葛藤が有ったのだろうと思います。

そういう人間の嵯峨は誰しもが持つものと理解してあげて欲しいと思います。

 

また、国がそれでも手を尽くしたという件も、

国として国民の生命を黙って見過ごす事が出来なかったという判断で、

政治家ではなく、彼の開放へ尽力を尽くした外務省の職員は称えるべきだと思います。

外務上位官僚、外務大臣(河野太郎)は無力で何もしていないとハッキリ言えるが、

そこで働く職員に国民を守りたいと言う責任感が彼の開放を導いたという

美談は評価すべきです。

その美談を何もアクションを起こしていない大臣やらが自分の手柄にしようとしたなら、

思いっきり叩くべきだと言えます。

 

本題に戻ると…

とにかく世界情勢はアメリカの中間選挙次第。

トランプが更に暴れるか、それとも大人しく成るか…

 

仮に前者だとすれば

安倍も含めたポピュリズムを完膚なきまで駆逐する為に、

世界は再び大不況を起こして、

世界総反省させることに成るのかも知れません。

 

忘れないで欲しいのは、今の好景気は、

リーマンショックから立ち直るまでの政策が功を奏した状態です。

それ以後の政治家はその流れに甘んじて、

自分の手柄の様にのさばっているだけです。

逆に、彼らの無能さはこれからの状況を悪化させる方へ

徐々に侵食していくのです。

 

 

どうも・・・ショーエイです。

ホンマでっかTVを見ていた時、脳科学者(評論家)の澤口先生が

「嘘をつけるのは賢い奴」という事を言っていましたが…

まあ、実際はその嘘の質によるという事を付け足すべきかなと思います。

 

嘘と言うのは、実際は悪質なイメージが有ります。

勿論、その悪質なイメージの嘘は質が悪いという事です。

???

何を言いたいのか不思議に感じる事と思います。

 

さて、ここで面白いのが時代劇でお馴染みの

水戸黄門であり、暴れん坊将軍を思い浮かべて下さい。

水戸黄門は自分を越後の薬売りとしてます。

暴れん坊将軍は自分を遊び人の徳田新之助としています。

これもある意味設定上は嘘を偽っている訳です。

 

実は質の良い嘘と言うのは、

その嘘がバレた時に相手に更なる衝撃を与える嘘です。

いわば「能ある鷹は爪を隠す」の意味に近いモノと言えます。

 

逆に一般的につく嘘は、

質の悪い方で

バレた際に自分を苦境に追いやる嘘に成る訳です。

確かにそれでも騙し切れば賢く見えるかも知れません。

でも、騙し切れる相手ならという事を知らない人が多いのも事実です。

 

今回、おっさん先生は友人の刑事裁判で

証言台に立って答弁した訳ですが・・・

裁判の鼻っから、友人が無理な嘘で固めている為

すでに検察も裁判官も呆れている状況にあった訳です。

更には担当の国選弁護士ですら対応に困っていた感もあったのです。

 

正直な見立てとしては情状酌量を勝ち取って、

執行猶予処分を勝ち取る事は出来た訳で、

オッサンは答弁で友人に事実関係をしっかりと整理して

裁判の場で改めて認めるべき事実は認める様に促したのですが…

※証言台で立った人間がこれをやるにはある種のテクニックが要ります。

普通はその流れを証言台で作るのは難しいので
大げさな嘘と捉えてもらっても構いません。(主題にそって注を入れます。)
 
結局、自分が警察と検察に供述した内容を突き通した為、
辻褄の合わない内容で裁判を終える形と成りました。
判決は後日出ますが、
恐らくは…懲役でしょうね…
 
嘘を当然のモノとして扱う職種・・・
裁判官や検察官または弁護士に
いくら自分の本心は誰にも解らないからと言って、
辻褄の合わない話をすれば
その内容に信ぴょう性は生じません。
いわば素人が小説を書いても内容が滅茶苦茶に成るのと同じです。
 
まあ、例えるのなら・・・
下戸(ゲコ)のくせに
酒を盗んで酒を飲んで忘れようとしたなんて話は通らないでしょう。
ましてや証拠として酒(高級酒)を転売していた事実が出てるのに、
今回は売るつもりは有りませんでした…
 
ここまでくるとバカとしか言いようがない話に成ってきます。
 
情状酌量を勝ち取るのに
自分の犯行動機を少しでも軽く見せる。
いわば転売して利益を得る目的では無く、
衝動的な犯行でしたと主張したかったのでしょうが、
そもそもそこに辻褄が合わなければ
嘘で固めて反省していない様にしか見えなく成ります。
逆に「生活苦に追い込まれて、生きるためにやむを得ずやりました」
とすれば実際は情状酌量を考慮する材料に成ったと言えます。
 
一般の人にとっては犯罪は犯罪なので
何が違うのか解らないかも知れませんが、
ポイントは…
社会に出た際に再犯の可能性は有るか無いかに成る訳です。
いわば辻褄の合わない嘘で固めたまま
人は騙せるという状態で社会に出してしまった場合、
また同じことで騙せると思い再犯を犯す。
逆に素直に認めて反省した上で、
人は騙せないという事を認識したのなら、
再犯を犯す衝動にかられた際、
自制を促す心理効果が見込まれます。
こうした点を考慮して情状酌量として認めるか否かの
材料となる訳です。
 
そこで執行猶予という話で懲役を一時的に免除して
社会活動に再チャレンジできる機会を与えるか否かが、
その犯罪に対する処罰の量刑となる訳です。
 
さて・・・この呆れた嘘と同じ様な嘘で固めている政治家が居ますよね…
実際に専門的な有識者からすれば明らかなデタラメなのに、
日本国民は何故これを駆除しないのか?
まさか、アホを支持している人たちは
この程度の嘘つきが世界を出し抜く策略家の資質の様に
勘違いしているのでしょうか?
ハッキリ言って嘘で自滅した人間と同レベルでしかないのにね…
 
では・・・有名な策略家として語られる諸葛亮孔明の話をします。
実は孔明の策略は、嘘は用いないのがそのテクニックです。
これは史実の証言でもある様に、
孔明は奇策を用いないという風に書かれております。
奇策とは・・・嘘で相手を出し抜く策の意味に成る訳ですが…
孔明は前述にも説明したように、
嘘がバレた時のリスクを嫌ったのではと言えます。
いわば嘘である奇策の方を見抜かれた際に、
そこから生じる被害は甚大なものに成るからです。
???
じゃあ、嘘を用いないとはどういう策略?
 
時代劇の設定と同じ嘘を用います。
いわば…サプライズの方に嘘を仕掛けて、
相手がそのサプライズに入り込むように仕向けて行くのです。
???
例えるなら空城の計・・・
三国志演技では兵隊を故郷に帰して殆ど残って居なかった城の門を開き、
敵を警戒させて追い返したという記述に成ります。
実際にこれでは質の悪い方の嘘に成ってしまいます。
もし相手が騙されなかったら・・・
その策で孔明は命を失う愚か者に成った訳です。
では、質の良い嘘としてこの策が為された場合は・・・
勿論、相手が警戒した通りの結末を用意していたという話です。
 
いわば兵隊との約束を守って帰しちゃった事実を逆利用して、
城一つ油まみれにして焼き尽くすつもりで誘っていた。
仮に敵が侵入すれば、敵に大打撃を与える代わりに、
城・・・いわば前線の拠点一つ失う事に成る。
できれば今後の為にこの拠点は活かしておきたい。
故に、相手の判断に委ねて、
空城の計として誘い込んだ訳です。
 
こう説明すると…
敵が侵入してきたら拠点が一個潰れちゃうけど
まあ、仕方ないわな・・・
的な感覚で、
相手が警戒して去ってくれれば、
油まみれにしたものは復旧は可能な訳で、
拠点としての機能をそのまま残せるならラッキー
的な感覚の策に成る訳です。
 

ある意味・・・孔明先生の場合…

嘘だと思ったら殺すよ…的なやり方なのです…

同じ策士でも

質の悪い嘘を巡らす策略家と、

質の良い嘘・・・

嘘と言うより嘘と思わせる演出を巧みに操る策略家と、

どっちが敵にして怖いか想像してみて下さい。

 

ただ、残念な事に政治的な話では

ヒトラーや大日本帝国時代の政府の様に

質の悪い嘘でも国民を騙して利用出来てしまうのも事実で、

その民意の質に依存せざるを得ない事は嘆かわしい話です。

 

まあ、嘘を突き通すまたは嘘に対して白を突き通す・・・

そういう人間は基本信用するべきでは無いと言っておきますが、

この国ではそういう人間が多すぎて、

低俗なレベルで認め合っているのかも知れません。

 

逆に嘘のつけない奴はバカだと言わんばかりの話もある訳ですが・・・

まあどの嘘も見え見えでバレバレの嘘ばかりなので、

それで誤魔化し切れてると勘違いされてもね…

 

ある意味戦争にでもなれば、

その低俗な嘘で国民は再び大惨事に巻き込まれて、

再び苦渋を味わうだけの話に成ると思うけど…

だってそんな見え見えの嘘で固めた戦略で

戦争に限らず経済戦争においても勝てると思っているのって話です。

敵は誰も信用しないし騙されもしない話です。

 

だいたい人の話に対して

嘘か本当かを気にし過ぎなのです。

問題は話の内容にメリットが有るか無いかです。

メリットが有りそうな話なら、

自分で確かめる、または試してみてその効果を探る。

デメリットの話なら自分の状況を再確認して、

嘘だとしても予防線を張っておく。

そうした中で「嘘から出た真」という事に成る事も有るのです。

 

話の内容を自分で確かめもせずに、

嘘だと信じ込んでチャンスであり情報を逃す、

本当だと信じ込んで騙される。

論理的に可能性を探る労力は惜しんでは成らない事なのに、

そこをツイツイ怠ってしまう・・・またはその探り方を知らないのか…

 

誰誰が言っている

著名な先生が言っている

 

これ自体も実際は充てにならない話で、

自分自身が納得するまで探求できなければ、

結局そうした情報も上辺だけのモノに成ってしまうのです。

 

 

どうも・・・ショーエイです。

先ずはこんなニュース!!

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/【自民党総裁選】安倍晋三首相「角福戦争のころは、こんなものじゃない」-斎藤健農水相への“辞表要求”は「脅しではない」/ar-BBNrwoP?ocid=spartanntp

 

果てさて…こんなこと言って忖度政治やら圧力政治やらをアピール中ですか…

まあ、家の魔仙妃ちゃんもそれらしき動きに悩まされて、

アホのせいでプロジェクト一つ飛んだとか…何とか…

 

「角福戦争のころは、こんなもんじゃない…」って…

要するに当時から自民党の政治家は

政治理念やら国民第一というのは

「綺麗ごと」で言っているだけで、

実際は出世欲と自己の利益しか考えていない、

「口だけ良い人」という事ですね。

 

人の信念と言うのは、

苦境に立たされた時のその行動で決定づけられる。

いわば安倍の圧力に屈した政治家は

全て利己主義とも言うべき、

「自分の進退だけに執着している人達」

まあ、よくも国民の皆様はこんな詐欺政治商法に騙されますわな…

オレオレ詐欺ならぬ「ヤルヤル詐欺」と言う感じです。

 

正直、石破さんも自民党なので

一概に応援するとは言えませんが、

何となくまだ論理的に考えられる人の様なので、

アホより遥かにマシという感じで今は言わせてもらいます。

仮にアホを駆逐してくれて

実際に真面な政治手腕を発揮してくれれば、

ボクらもとりあえず何も言う事は無くなるだけかな…

 

そして石破さんが駆逐できない害虫政治のままなら、

自民党は分裂でもすればいいのに・・・

更には国民もさっさと見限って、

他の政党に任せた方が良いです。

 

害虫を長く蔓延らせるより、

定期的に駆除して、

「政治理念と誠実な実現」が必須の状態を

常態化するのが国民の責務とも言えます。

どんだけ害虫頭の政治家でも、

国民の目が怖ければ不祥事は起こせなくなる。

そういう風に日本人が考えられれば、

この国は更に素晴らしい国に成って行けるのではと思います。

どうも…ショーエイです

約1っか月ぶりの投稿ですが…

アメリカのマケイン共和党上院議員が亡くなりました、

ご冥福をお祈りします。

 

日本の人でこの方をご存知の人はあまり多くは無いと思います。

まあ、オバマくんと大統領選を争った人という位な印象かも知れません。

彼はベトナム戦争で捕虜となって生還した経歴の持ち主で、

アメリカでは英雄の一人として見られていた人です。

 

性格は真っすぐな人で、

逆に権力者に対しては厳しい姿勢を見せた人でも有ります。

ロシアやイランなどに対しても正直筆者とは反対の立場で、

妥協しない人だったと言えますが、

こればかりは色々な先入観が錯誤するので、

彼の実直な性格を物語る意味では理解できる考え方だったと言えます。

 

正直、人間関係というのは非常に難しいです。

自分には許せることでも、他人は許せない事が有る。

他人を信じ切ると裏切られることも有るので、

人を疑ってみる…

利用し利用され合う中で、

足元を見たり、足を引っ張ったりと

個々の理想は常に覆される。

そういう色々な考えが入り乱れて社会は成立しているのです。

 

ただ、こうした環境で腹の探り合い…

いわば日本の外交でよく言われるカードゲームの様な交渉をするのは

実は一番愚かしい話です…

無論、アメリカ人でもそういう交渉のやり方をする人間は居ます。

しかし、実際こうした腹の探り合いは

相手が余計に警戒する様な行為でしかない事を気付くべきです。

 

では、世界基準で最も有効的な交渉術は…

利害の一致と契約です。

いわば自分の利益と相手の利益が噛み合う所が

実際の落としどころで、

それでこそ円滑なビジネスが成立するのだという発想です。

一方の足元を見据えて自分が如何に有利な方向で話を進められるか…

まあ、こういうビジネスだとほぼタイミングを見計らって足元みられた側は裏切ります。

またこういう交渉をする人間は必ずどこかで裏切ります。

故にそういう相手とは賢い人は取引をしないのです。

 

トランプマンのやり方は足元を見る側の方法で有り、

更には契約すら無効にしてしまう様な事をします。

 

トランプマンはこういう手段の下で

「アメリカを再び偉大な国にする」と言っている訳ですが、

マケイン氏はこれに対して「アメリカは常に偉大であり、今も尚偉大だ」

と反論したそうです…

マケイン氏は取引する相手を慎重に見極めようとして、

取引成立まで猜疑の目を向ける人でしたが、

一度成立したものに対しては実直に守ろうとする人だったのでは思います。

そういう意味では利害の一致と契約を大事に考えた人だと言えます。

そしてこれこそがアメリカンスピリットで有り、

アメリカを偉大にしているのだと言いたかったのかもしれません。

 

ジョン・マケインという人物の情報は

日本では色んな方向で錯綜しており、

今一つかみどころの見えない人物に成ってます。

米ロ関係の縺れから、

ロシアが制裁対象として彼を選んだ時、

彼自身がとても驚いていたそうなのですが…

まあ、クリミア問題であれだけロシアをバッシングすれば

そういう拗れは生じるかもと思えます…

ただ、今となってロシアに対して彼を弁護するならば…

マケイン氏はクリミアの件で

一目置いていたプーチン氏に裏切られた様な気持ちに成ったのではとも言えます。

いわばディールをするに相応しいと思っていた人物が、

何故クリミアを併合したのかと困惑したんだと思います。

まあ、ロシアにとっても色々許せない事情が有った訳ですが…

結局未だにこの部分は未解決な状態の様です。

ある意味、国家機密に関する部分で隠蔽された情報が有るゆえに

双方に見えていない部分が存在しているわけで、

それ故に一政治家の視点が困惑している状態に有ると言えます。

 

まあ、一般の人には余計に解らない事情に成ってしまう訳ですが…

前後の流れや、不可思議な状況を精査すれば見えてきそうな話なのになと

オッサン先生は不思議に思っているそうです・・・

まあ色々な考えが入り乱れての社会ゆえに

国益で考える人間も居れば、相手への猜疑で考える人間も居るなど

ややこしい思考が事を余計に引っ掻き回しているだけなのかも知れません…

でも、結局そういう中で何が一番の利害に成るか明確にすれば、

ややこしい思考も整理がつくのではと思えるのです。

まあ、戦争と平和と言った部分でしょうが・・・

と、は言え

足元見て自身の優位性を保とうとする人間が

戦争を態々呼び寄せようとするのも事実です。

ねえ、イスラエルのネタヤニフくん!!

どうも…ショーエイです。

フランスの優勝おめでとうございます。

応援しないと言って、エムバペ選手に期待していたので

嬉しいのですが・・・

正直、応援しないと言っていた分、

ベルギーが負けてクロアチアも負けたのは

残念です。

本気で応援していなかったので、

やっぱり優勝したのかな・・・?

 

先ず、準決勝のフランスvsベルギー戦ですが、

2対1の場面でメルテンスが登場したのは大きかったが、

その後でフェライニを下げた時点でベルギーの敗退は決定した。

 

フランスはメルテンスからのアーリークロスに

ルカク、フェライニのダブル・ハイタワーが突っ込んでくる状況に

かなり押されていた。

逆にカウンターは取らせない姿勢で挑んでいたので、

ベルギーが同点に追いつくチャンスはその攻撃しか無かった。

ベルギーは実は

ゲーム組み立てからの攻撃はあまり得意では無いのです。

アザールのドリブルは強烈でも、

細かいスペースでのパス回しはさほど繋がらなく、

決定的な崩しを齎すには役者不足と言えます。

一方でカウンターの様に流れと、パススペースが広がる場面では、

その連携は最上位になるというモノです。

フランスは運よく2点先制したので、

守りに徹してカウンター取らせない作戦に出た訳ですが、

結局、それが功を奏した感じに終わったのです。

そうした状況下で、中々枠に行かなかった

メルテンスからのアーリークロス…

あの攻撃をもっと続けていれば、

ベルギーが追い付く可能性は高かった。

でも、フェライニを下げてしまった時点で、

フランスのデシャン監督がほくそ笑んだ姿が

目に浮かんだ感じです。

 

クロアチアvsイングランドは、

正直最後は根気の勝負でした。

そうなると苦戦続きのクロアチアが有利で、

結局、イングランドは隙を与えてしまった。

 

決勝に関しては・・・

2点目のハンドPKを取られた時点で、

すでに決着が着いたと言えます。

スコアは4対2でも、あの2点目が無ければ、

その後の2点は頑張れたという試合です。

何故か・・・

クロアチアは疲労感が有るのは明白で、

モチベーションだけでアドレナリンを出して戦っていたのですが、

あの2点目が入った時点で、

疲労感が一気に押し寄せてきた感じです。

試合は最後までクロアチアは活発に動いていたのですが、

結局、ディフェンス面で後れを取り、

精神面でもカウンター覚悟で攻める姿勢が濃くなった。

それによりフランスにとってはやり易い試合展開に成ったと言えます。

 

今大会はコメンテーター達が語るように

セットプレーとVARなどによるPKでの得点が目立った大会です。

ただ、その理由は…

前回のブラジル大会ではディフェンスの組織力強化が目立った為と言えます。

キーパーと連動したディフェンスを

組み立てで崩すにはかなり難しい状態と考えられ、

意表を突くセットプレーでどれだけ得点できるか、

それがキーとなった大会に成った訳です。

その反面、クラッシクック10番と呼ばれる、

ゲームを作る選手がフランス、クロアチア以外に不在だった。

フランスにはポグバが居て、クロアチアにはモドリッチが居ます。

ベルギーのアザールにしても、アルゼンチンのメッシ、

ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド、そしてネイマールは、

ほぼセカンドトップ的な存在で、

味方からの絶妙なパスによって

切り崩すポイントを生み出す選手です。

そういう意味ではスペインのティキ・タカの様なパス回しでのゴールは、

スペイン、クロアチア以外からはほぼ見られなかったと言えます。

 

特徴的なのは、ペナルティエリア付近の1/5ラインで、

攻撃を探る感じが目立った。

これはブラジルも同じで、

ネイマールからウィリアン、そしてネイマールと繋いだ攻撃も、

1/5ラインからの仕掛けです。

一方で、モドリッチ率いるクロアチアは1/4からの仕掛けが

よく見られた・・・

モドリッチのポジションが下がり気味に見えたのは、

そういう意図があっての事かとも思えたほどです。

 

堅いディフェンスを崩すのに、

ペナルティエリアに固まられては、

それこそスペースが無くなる状態を齎します。

1/4ラインからならなば、

それだけボランチとディフェンスの縦距離が開き、

さらにトップも少し下がるだけで、

キーパーとディフェンスの間も開きます。

フランス戦で見せた

ベルギーのメルテンスからのアーリークロスは

その典型的な状態を感じさせます。

いわばディフェンスとキーパーの間にスペースが生じるから、

あのアーリークロスが脅威に成る訳です。

 

そういう意味でクロアチアの得点は崩してからの状態が

目立った感じで1/4ライン効果を考えるうえでは

参考に出来るのかも知れません。

 

ところで日本は日本独自のサッカースタイル

何てこと言い出している様ですが、

正直、そういう事は考えない方が良いです。

 

何故か…

日本のサッカー指導者の頭が・・・

日本人は変な型に嵌めようとして、

個性を潰してしまいます。

いわばドリブラーの様な個人技を潰して、

パスサッカー変調な指導に行きつくのが目に見えているからです。

ブラジルの選手が凄いのは、

個人技がしっかりしているからです。

個人技がしっかりしていると、

パスは何処にでも出せます。

最終的にはメンタルな部分で、

ゲーム全体を見渡す洞察力が有るか無いかだけですが、

パス変調のサッカーでは、

技術力が少なくなる分、

洞察力が養われても「出来ないプレー」が多すぎて、

機能性は劣ってきます。

逆に個人技がしっかりしてさえすれば、

洞察力さえ養えば何でも対応できるわけです。

 

ブラジルにはサンバとういう踊りが有ります。

サンバの動きは足首を柔らかく動かす為、

サッカーに取り入れた際には、

右足アウトサイドで左方向へパスが出せる程に成ります。

右足インサイドを使ってヒールで左に出すのとは訳が違います。

 

更に吸い付くようなドリブルで培ったパス技術は、

精度は基より、強弱の調整も自然と絶妙に成って来るのです。

 

日本人のサッカー少年はあまりダンスをしません。

というよりも日本の伝統的なダンス?

盆踊り?日本舞踊?

まあ、固い動きですね…

逆にアメリカ流のヒップホップ、もしくは

お勧めはマイケル・ジャクソン

意外とサッカーの動きにマッチングするダンスは、

日本でも学べます。

例えるならマイケル・ジャクソンのスリラー・・・

足を外から内に滑らせるような動きがある訳ですが、

実はこれを上手くできる様になると、

ボールも同じように滑らせて捌く動きが出来る様に成る訳です。

先ずは幼少期からこういう動きを覚えさせることから始めるのがベストです。

リフティングよりもこちらが優先です。

ダンスで体全体を柔らかく動かせれば、

自然と体が色々な動作に馴染みやすく成るが、

リフティングだけだとけん玉と同じで、

バランスの崩れた状態でのコントロール面で、

大きな差が出るのです。

 

因みにオッサン先生はマイケル・ジャクソンを中学生に成る前に習得し、

アメリカに行った際に、ブラジル、メキシカンと真面にサッカーし始めて

プロテストを受けるまでに成った訳ですが…

その際には、あのエラシコを延々と繰り返してドリブル出来たほどです。

今思えばスピードがあまり無く、スタミナも無かったのが欠点だったというのですが、

ボールが吸い付くというより吸着した様なドリブルが出来たと自慢してます。

吸着って…

まあ、日本に帰って草サッカーやってた状態で言えば、

スライディンス三方向から飛んできても全部避けきれたほどだそうです。

 

そしてパスの精度はかなり高かった様で、

味方の全力で走る足元にパスが出せた程だそうです。

それの何がと言えば、

浮いたボールであれば味方は誰でも簡単にボレーが打てた程で、

低いボールでもワンタッチシュートで枠に飛ばせた程だそうです。

更には360度右足一本でどこでもパスが出せた・・・

右アウトサイドで左にもパスが流せた…

オッサンが出来るのを知っているから

そういう芸当は日本人でも可能なのだと言うのです。

無論、ブラジリアンバーでサンバを踊って

ブラジリアンも魅了できた程なので、

サンバやダンスの重要性を熟知している点でも

多少はご理解いただけるかも知れません。

 

オッサン先生曰く・・・

マイケル・ジャクソンのスリラーとビートイットをマスターすれば、

サッカーのボールコントロールはお手の物に成る!!

 

 

因みにブラジル以外の南米では、

サルサダンスというモノが有ります。

 

動画の様に、適当に見様見真似で、

クラブで踊るような感覚で楽しむところから始めるものです。

子供にもなじみやすく、

足の柔らかい動きが自然と文化的に浸透していく訳です。

 

所が・・・

日本では・・・

以下の2件のレッスン動画を先ずご覧ください

 

とても丁寧ですが、

何だか敷居の高い踊りの様な印象に成ってしまいます。

 

これはサッカーの技術についても同じですが、

変に基礎を教える分、

楽しい動きから離れた形で身についてしまいます。

オッサン先生に言わせると

ダンスなんてのは見様見真似で始めて、

楽しく適当に踊っていれば良いわけで、

体が音楽のリズムに同調するように成れば、

それなりに踊れるように成って来る。

リズムが3拍子か4拍子でステップも自然と変わって来るわけで、

基礎を覚えなくても、楽しく音楽に合わせて踊れば、

基礎のステップは自然と沁みついてくるのです。

その上でプロ・ダンサーに成るのなら、

採点を意識して動画の様な基礎を改めて学べばいい。

 

こうした違いが体育教育の面で違いを見せる訳です。

 

前述の通り、リフティングから教えると言うのは、

日本では基礎から始める事を意味します。

基礎がしっかりしていてもリズムと同調した動きで無ければ、

動きに柔らかさは生まれません。

基礎を先に仕込まれると、

人間はその基礎に囚われて自由な心を奪われます。

その状態でリズムという表現力に移行しても、

心理学上、

頭の思考が邪魔をして楽しさが表現に伝わりにくくなるのです。

その逆の場合…

いわば楽しさという表現力を先に覚え、

後から基礎を固めた場合、

意外と思考はその基礎が表現を更に美化するツールとして、

考える方向に成るのです。

 

例えば…日本と海外の指導法の違いを見ても解ります。

日本では基礎から入る故に、

表現力が足らないとダメだしされ、

結構困惑します。

海外の場合、基礎がしっかりしていないから

雑な仕上がりに見えると指摘されます。

 

貴方はどちらの指摘の方が修正しやすいと思いますか?

 

話を戻せば、

サッカーの指導法が

日本独自のスタイルにと成れば、

前者の様な事に成るだけと言えます。

教育に於いても同じで、

日本は基礎(知識)に縛られる故に、

表現力に該当する論理的思考が伴わない・・・

そういう事です。

 

まあ、根本から子供の頃には表現力重視で、

色々な遊び・・・スポーツやダンスに於いても、

楽しませる事を優先して「教える」のではなく「遊ばせる」。

遊んでいる中に自然と向上心が生まれて、

逆に望んで基礎の重要性やその効果を実感できる。

遊びの中に自主性とその中で生まれる競争心を上手く取り込んで、

仕上げていく。

こうした思考が指導者側に浸透しない限り、

日本は天才を潰してしまうだけの国のままに成るのです。

 

日本は1億2500万人の人口で、

サッカー頂点に達するような選手は居ません。

一方で、ベルギーは1千万人でほぼ東京都と同じ、

クロアチアは4百4十万人と横浜と川崎を合わせた人口で、

アザールやモドリッチといったスターが誕生しています。

ブラジルに関しては、1億5千万人で、

ほぼW杯毎にスターが2~3人は登場します。

野球と違って表現力(テクニック)が最後にモノ言う世界で、

日本独自と言うには、片腹痛いような戯言にしか聞こえません。

どうも…ショーエイです。

W杯の歴史を見て感じた事ですが、

1986年のマラドーナが活躍したW杯は随分昔の話の様で、

オッサン先生からするとついこの間の様にも感じる様です。

 

人間とは記憶が鮮明に残っていると、

意外と最近に感じる様で、

その部分がボヤければボヤける程、

随分昔の様に感じます。

こうした精神分析を元に人類というモノを考えてみると…

 

例えばペレ選手・・・

映像ではほぼ白黒です。

 

 

クライフ選手に成ると…

若干カラーに入ってきます。

 

 

マラドーナ選手に成ると、

ほぼ完全にカラーと成りますが、画像がぼやけています。

 

 

そして、ジダン選手の頃に成ると、

色もかなり鮮明に残り、映像の古さが若干緩和されます。

 

 

2000年初期から活躍し始めたロナウジーニョ選手に成ると、

デジタル映像化が進み、更に鮮明に成ります。

 

 

今の若い世代はメッシ、クリスティアーノ・ロナウドそしてネイマールの時代ですが、

画像が鮮明に残るジダンの時代を見て古いと感じるのか、

それとも歴史的に近い時代と考えるのか…

 

先ほど話した人間の精神構造…

記憶が鮮明に残るほど近く、ぼやける程遠い…

オッサン先生の様に中年期に成ると、

20代からの記憶はほぼ近い感じらしいです。

 

これを人類と言う1万年規模で割り出して考えてみると…

1万年前から、紀元前4千年までは、

歴史的な産物がほぼ壊滅的です。

人間で割り出せば0歳から10歳位までの記憶に匹敵すると考えます。

いわば人類の幼年期です。

中年に該当するオッサン先生は意外と3歳位の事も覚えているようで、

アキラ君という保育園の友達や、

当時の近所の事まで思い出せるというのですが…

それでも断片しか覚えていないほどボヤけていると言います。

 

そして紀元前4千年~ミレニアム2000年に掛けてが少年期。

ある意味。紀元前4千年~西暦1000年までが小学生、

西暦1000年~1500年に掛かてが中学生、

1500年~2000年までが高校生という感じに成る。

 

ほぼ、1950年~2000年に掛けての映像のクオリティーでも、

古い新しいの感覚は伝わるのではと思います。

更に遡って、アルフレッド・ディステファーノ、プシュカスの時代は、

白黒でもそこまで映像が残っておらず、

ましてや、1930年代のジュゼッペ・メアッツァなど

文章と記録でしか知るよしの無い人物です。

1930年代と言えば…野球ならベーブ・ルースの時代、

1950年はミッキー・マントル、

ペレ選手の2度目のW杯制覇の1962年チリ大会と言えば、

1961年にロジャー・マリスが61号を放った時代です。

 

マラドーナがペレに対して、

「彼はもう博物館に入るべきだ」

と言った様に、ほぼ博物館の様な時代の記憶です。

 

王選手がギリギリ現役の頃の記憶は

幼少期のオッサンも覚えているそうです。

でも、記憶の中では既に博物館モノです。

 

記憶という部分で行けば、書物の品質、

史書の鮮明度などを考えれば

その記録が人類の記憶として徐々に伝えられやすく成ったと言えます。

幼年期から少年期変わる、紀元前4000年から西暦0年までは、

若干の書物が残り、歴史的な動きもかなり詳しくなってきた時代です。

それから西暦0年から1000年に掛けては、

紙の文化が浸透し始めて、

本というモノがその記録を残し始めます。

1000年~1500年に掛けては文化的な書物、

物語、寓話などに限らず、説話、論文なども登場し、

記録がより論理的に残され始めます。

物語などもこの時代のモノは、

若干原本でも小説として読めるモノが登場してきます。

 

三国志というモノを考えれば・・・

陳寿の三国志の記録が西暦250年頃~290年で、

羅貫中作とされる三国志演技が1300年ころです。

現代では三国志演義ベースの印象が強いほど、

書物としての記憶と言う意味では、

それだけ鮮明なモノと言えるのです。

錯覚なのですが、1300年に書かれた三国志演技が

鮮明に現代に伝わった分、

西暦600年の唐の時代より、

三国時代の方が身近な歴史に感じる。

書物が残す記憶と言うのは、

そういう錯覚も生み出すモノと言えるかも知れません。

 

更に、1500年~1800年はその文化が更に広まり、

地球規模へと歩みを進め、

1800年~は音が記録の一種を担い始め、

ラジオなども登場し、それがテレビへと進化していきます。

 

それから2000年までに映像の記録はドンドンと鮮明化していき、

2000年~2018年現在までは、

驚くほど記録としては近い感じに成ったと言えます。

 

故にここを以てして人類は青年期に突入したと考えても

面白いのではと思うのです。

20代からの記憶が鮮明に思い出されるため、

つい最近の様に錯覚してしまう症状と同じで、

これからの人類の記憶は映像、音声としてより鮮明に記録される分、

歴史としてもより近く感じ始める。

20世紀の1900年~2000年までの長さより、

21世紀の2000年~2100年まではかなり身近に感じると思われるのです。

 

例えて見れば1914年~1918年に起きた第一次世界大戦と、

1939年~1945年に起きた第二次世界大戦・・・

この間の20年間は意外に長かった感覚に成ります。

でも、この20年を今で考えれば、ジダンの活躍した時代から、

メッシの時代とほぼ同じ長さなんです。

 

更に、第一次世界大戦は遠い昔の話に感じますが、

第二次世界大戦は、世代としては2世代、3世代経った状態でも、

何故か身近な歴史と思えてしまいます。

それは書物を含みゲームなどでも鮮明に伝わっている点や、

戦車、航空機、潜水艦、大艦隊と現代の技術に類似しているから

とも言えます。

ある意味、三国志演技の効果にも類似しているかも知れませんが、

伝承や記録が鮮明細かく伝わりやすかった時代で、

当時の現役の人たちが生きている時代に、

「はだしのゲン」の様な漫画であり、

写真としても鮮明に残り始めた時代故に、

さほど遠い歴史には感じない。

たったその20年前の第一次世界大戦は、

まるで100年前の出来事かの様に遠い昔の話に思えてしまうほどに…

記録の鮮明度と人類としての記憶の効果は、

こういう点を考えてみても言えるのかも知れません。

因みに日本人にとっては第二次大戦の方が、

ベトナム戦争よりも近い錯覚を覚えるかも知れませんが、

アメリカ人にとってはベトナム戦争が近く、

第二次世界大戦は遠い昔の話に思えるかも知れません。

※アメリカの場合、「プラトーン」「フルメタルジャケット」といった、

映画による記録が二次大戦のモノより鮮明に残された感があるからです。

日本は戦争、戦時中となると第二次大戦を描いて伝える為と分析できます。

 

では、戦争の歴史と人類の年齢を比較して見ると・・・

幼少期はさほど大きな戦争の記録は有りません。

紀元前4000年代に成ると、近場での戦争が勃発し始めます。

まあ、子供が近所の子供と公園の砂場の取り合いで喧嘩するような時代です。

少年期に成ると砂場からクラスでの優位性を争う喧嘩に成ります。

イジメなどもこの頃に発生する時期です。

いわば権力争いで国の実権を誰が握るかの時代です。

まあ、アレクサンダーの場合はマセガキで、

小学校年少の身でありながら、近所の学校を全部シメちゃったみたいな、

そんな感じです。

西暦が始まるころには、マセたローマは別としても、

クラスから学校全体へと意識の広がりを持ち始めます。

まあ、スポーツでみればチームの一番から

市や区の一番に芽生え始める感じです。

1000年~1500年頃に掛けては、

喧嘩する範囲が学校から近所の学校へ目を向ける感じです。

戦争の範囲も徐々に拡大して行った時代で、

まあ、ジンギスカンは少し暴れすぎの中学生みたいな感じ・・・

でも、そういう中学生は偶に居るよね的な…

スポーツだと県大会、都大会制覇などを目指す頃の様な感じです。

ただ、反抗期真っ盛りの年ごろで、

人類の歴史も喧嘩三昧な時代。

キリスト教がイスラム教ムカつくからと十字軍なんてものが

発生したのもこの時期です。

モンゴル軍が日本をシメにやってきたのもこの時期です。

 

1500年過ぎからの高校生・・・

まだまだ反抗期ですが・・・

徐々に落ち着きを見せます。

と言うより、反抗期として小賢しく成って来る時期です。

直接的な暴力から陰湿な手法が芽生える時期。

スポーツだと全国大会を意識する時期ですが、

反抗期としては表面でいい顔して

裏で悪い事する知恵がつき始めるころです。

歴史的にみても

「あなたは神を信じますか?」

といって植民地支配を拡大させた時期でも有ります。

まあ、日本も「植民支配を開放します。」と言って、

植民地を拡大した帝国主義もここに該当します。

 

さて…青年期に入った人類は…

スポーツではプロという状態で世界を目指し始める時期です。

一般的には落ち着く時期に成り、

社会性を意識し始めて友好性を考える年代です。

でも、悪い子ちゃんたちは

犯罪を金もうけの手段として考え始める時期でも有ります。

少年期の終わりごろ…高校卒業する位から、

ドラッグディールなどに染まる子が居るのと同じです。

日本より海外だとより解りやすいかもな話ですが、

歴史的に同時期で考えると・・・

武器の販売や密売が生じ始めた時代です。

テロ組織に誰が武器を流している?

そういう感じで、

落ち着きを見せ始め世界協調を模索する社会とは裏腹に、

どこかに亀裂を生じさせて武器を売りつけようと企む。

 

普通の人からすれば・・・

「真っ当に社会で働いて安定した生活する方が賢明なんじゃなない?」

いわば世界全体で仲良くやって経済的な安定を目指そうよ・・・

というモノに対して、

「俺らは裏の社会でしか真面生きていけないし、

裏でしか相手にされないんだよ・・・

表に出てただの人で終わるつもりはねぇ・・・」

なんて感じで、

戦争に発展する火種を探してそこに武器を流す…

武器はドラッグ同様に単価も高く、

売れれば儲けも大きい。

ドラッグで快楽を求めて安心感を得る様に、

人間不信、人種不信、宗教不信など、

不安定な精神状態に強力な武器は

ドラッグ同様の安定剤として機能するようです。

 

青年期と言っても、

まだまだ人類は成熟するには至りそうにないのです。

勿論、大人に成れば腕っぷしの力に頼るより、

金と権力の力に頼り始めるという事も有りますが、

喧嘩(戦争)で殴り合って怪我をするより、

まだ怪我しない分マシと考えるべきか…

それともより精神的に苦しむ状態(経済的圧力)になると考えるべきか…

本当の平穏に至るまでは問題が山積みな時期かも知れません。

 

でも、人類滅亡…

まあ、核戦争という交通事故に合わない限り、

まだまだ序盤で有る事はいえると思います。

 

核戦争という交通事故で、

大事に至らなければまだ良いのですが、

下半身麻痺などの症状に至れば、

折角成長した人類がハンディーキャップを背負う事に成ります。

いわば世界の何分の1かが、

放射線に侵されて使い物に成らなくなるなど・・・

 

記録物の鮮明度が進歩して、

更に情報収集の範囲も広がる。

大人に成って新聞でニュースを読み始める様な意味ですが、

もっと大人として自覚を持つべきじゃ…

 

因みにヨーロッパに一言モノ申します。

「人種、性別、宗教の差別にNO!!」

という割には、

ロシアに対すする差別が酷過ぎるのでは・・・

ウクライナの問題も、

正直現ウクライナ政権が悪いので…

デモ隊との和解案が成立した直後に、

和解を無視して革命状態にしたことが、

そもそもの問題点。

クリミアの60%近くがロシア系とい事情も考慮すれば、

住民投票でロシアへの帰順を含めた意思に成るのは当然です。

因みにウクライナ系は25%だとか…

民意の尊重を考えるなら、

60%の民意を尊重するのも大事なのでは…

ロシア語を共用語としない現・ウクライナ政権に

欧州の圧力で戻させるというのも

その住民の意思を無視した話に成るので、

それも疑問が生じます。

 

革命状態で無政府状態となったクリミアでの選挙は、

ある意味国際的な見解では合法です。

いわば、ウクライナの憲法自体が革命と言う

違憲行為によって崩れていた時期の話に成るので・・・

それを現・ウクライナ政府が非難したところで、

元の発端は前・大統領との合法的な処理交渉を

破綻させたからという事に成ります。

前・大統領の不正も合法的、合憲的な処置の上で

追究すべきが民主的な処置であり、

違憲によって倒壊させた後で、

それを理由に正当化しても、

違憲は違憲です。

 

ロシアがウクライナに対して取った行動は、

そういう意味を含めていると考えられます。

 

ヨーロッパまたはEUがそういう議論を無視して、

一方的にウクライナをサポートする意味でロシアを批難するのなら、

彼らの言葉「差別を無くそう」は

口だけの綺麗ごとでしか無いと言えます。

 

高校生の様に、

仲間だから助ける

仲間だから話を聞く

では無く、

大人としてもっと明確に考えるべきなのでは無いでしょうか…

 

あと、ヨーロッパの価値観を押し付けるのも止めましょう。

これはアメリカも同じですが…

オッサン先生に言わせれば、

オリンピックに「政治を持ち込むのは良くない!!」

と言っておきながら、

日本のタバコ社会を「禁煙ムード」に促した行為は許せません。

 

レズ・ゲイの問題に関しても、

個人的には差別する意識もないし、

マツコ・デラックスは面白い方と思っているので、

受け入れる側なのですが…

宗教的な見解で解れる問題で、

この分野の差別を無くすことをごり押しするのも、

内政干渉行為です!!

精神的な症状と言うよりも、

人間としての機能を考慮した場合、

男と女の物理的な意義を否定するのは

どうかという考えにも理解を示すべきです。

その上で行政的な差別は何処まで緩和されるべきか…

その国々の教育的見解も分かれる話です。

いわばそれを安易に認めれば、

安易に放棄出来てしまう社会を生み出すことにもなり、

人類としての生物的機能が損なわれかねない。

と、考えるのも当然です。

欧州では、それも含めて自由をと考えるのは、

そういう社会構成を目指す上なら、

それはそれで批難できません。

かといって正解か不正解では無いのです。

 

もし彼ら彼女らのそういう問題を世界的に解決したいのなら、

レズ・ゲイの移民をEUやアメリカが一方的に受け入れる形で対処してください。

それが出来ないのなら、

自国の見解は自国の寛容さで割り切り、

他国は他国の事情と見解を尊重すべきです。

 

最近の欧州ではポピュリズムに流されているせいか、

意見の尊重という分野では、かなりの劣化が目立ちます。

本来、意見の尊重は欧州の思想であり、

その尊重の下で議論する事が欧州の教育の素晴らしさだったはずです。

特に英国の劣化は酷い感じがします・・・

 

自由には其々の尊重が大事で、

其々の権利は侵害しては成らない。

トランプの様に圧力を掛けて従えようとすることに反感を感じる様に、

同じ圧力を以て従えさせようとすれば亀裂しか齎さない事も理解すべきです。

無論、相手が明らかな犯罪を犯した場合は別ですが、

確証の無い事で外交上の問題を取り上げるのは、

ある意味偏見にしか見えません。

 

因みにオウムの松本を死刑にした件で、

ドイツが人道的な意味で何か言ってきたようですが、

死刑に対する見解は其々で異なります。

ドイツはドイツの考えで死刑を廃止すれば良いが、

日本は日本で、

被害者の心情を元に人道的な意味を考えて

議論する話です。

 

これらは被疑者の人権を優先すべきが、

被害者の心情を人権として優先すべきかの議論であり、

平行線を辿る話にか成りません。

 

ただ、オッサン先生に言わせれば

死刑を廃止すると言うよりも、

両者の人権を考慮する意味で議論するのなら、

死刑は死ねばその時点で懲役の苦痛から解放されるが、

無期懲役なら生きている限り懲役の苦痛が続くと考えて、

死刑による終止符を設けるべきか否かを議論するべきという事です。

その上で、死刑は無期懲役に比べて緩すぎるという話に成れば、

自ずと最高刑は無期懲役に成るのではという事です。

 

善悪、敵味方を付けて議論するのは人間の未熟さなのか

まだまだ課題の残る人類の青年期なのかも知れません。

 

因みにW杯ベスト4の話を決戦前に言っておくと…

ベルギーとクロアチアは色んな意味で強い!!

でも、個人的にフランスのエムバペに頑張ってほしいのと、

イングランドの3バックシステムに頑張ってほしいという感じです…

 

でも、ミーハーミーハーしてスター選手追いかけたり

個人的に好きなチームを応援した結果…

全敗だったので…もう応援しないで見る様にします。

どうも…ショーエイです。

W杯ベスト8戦がいよいよ始まります。

特にどうこうと分析するのはスポーツ紙がやればいい事なので、

あまり言及しません。

 

フランスvsウルグアイ

ブラジルvsベルギー

ロシアvsクロアチア

スウェーデンvsイングランド

 

技術的に注目するのは上の2試合。

 

ロシアvsクロアチアはロシアがスペイン戦に勝って

浮足立っていないかどうかがカギです。

日本代表に対して述べた様に、

自信を持ち始めてチャレンジャー意識が薄れると、

必ず気を抜く場面が生じてそこをクロアチアにやられます。

 

チャレンジャー意識とはディフェンシヴに成る事では無く、

敵の隙を逃さない様に、敵に迂闊な隙を与えない様に

常に集中力を高めて挑む姿勢です。

 

人間どうしても自信を持つと何処かでポカをします。

そしてそのポカが原因と成って自信が逆に焦りや恐怖に代わって、

頭を混乱させるのです。

 

正直、自信なんてモノは能力が至らない人間が

自己暗示で必要とするモノに成っているので、

自信を付けさせるという行為は逆効果です。

 

「自信を持つ」と言う意味は、

自分自身を磨き上げる為に必要なモノで、

勝負の際は邪魔に成る。

 

例えるならメッシの様な選手に成れるという自信を持つことは大事です。

その自信の下でメッシに出来る事は俺にも出来る。

そう信じ込んでテクニックを鍛え上げれば、

自ずと近づける。

それを日本人は良く・・・

南米の選手じゃ無きゃあの動きは出来ないとか、

人種が違うと言ってあきらめてしまいます。

根本的にこの部分で自信を喪失しているのが問題です。

その中途半端にあきらめた技術で自信を持たれても、

結局は中途半端なままの戦力にしか成りません。

 

そういう意味で戦いに於いてはこんな自信は不要に成るのです。

 

兵法を知っていて兵法を知らない日本人が、

今回のワールドカップを見て良く解ります。

 

基本中の基本、

「己を知り、彼を知れば百戦危うからず。」

日本人は彼を知ることに全てを集約し、

己に関しては常に過信するのが特徴です。

太平洋戦争に於いてもそれは同じです。

 

己を知るというのは、

決戦に於いて自分たちに足りない部分を

明確に把握して対策を取るという事です。

 

サッカーに於いては、常に自らの弱点を知り、

その弱点が付かれない様に神経を尖らせる、

そして弱点を突かれた際に、如何に集中力を高めて

それを阻止するか。

例えば身長の高さ、体の強さで、

クロスからのハイボールに対応できないのなら、

先ずは正確なクロスを上げさせない事に集中する。

まあ、多少この辺は出来ていた様に見えますが、

次にそれでもクロスを上げられたら、

得点されると警戒を強めて、

とにかくボールの軌道に集中する。

 

人間の集中力は常に最大限に持続させることは不可能です。

それ故にどこで最高潮に高めるかがポイントに成ります。

そしてそれを知っていればスイッチの切り替えが明確に成り、

見えないモノも見えてくる。

 

日本人は野球にも精通しているので野球のバッティングで説明すれば、

150Km/hの剛速球でも、集中して見ればその軌道は見えます。

打てる打てないは別として、

それを怯えて見ると軌道どころか玉の存在すら見えない状態に成ります。

集中力を高めた状態においては、

それだけ時間が緩やかに進行する感覚に成って来るのです。

これがサッカーに於いて言うなれば、

相手の首の向きからヘディングのコースも判別できる・・・

なんていう状態も見えてきます。

無論DFにしても、一瞬の隙を察して素早いカバーにという事も出来ます。

いわば相手がシュートを打つポイントは、

自分達が齎した隙で、その隙を自ずと察知出来れば、

絶体絶命のコースをカバーする反応は可能に成る。

正直、長友選手の動きだけがこうした点に集中できていたと言えます。

 

色々な状況変化で隙が生じるのは仕方のない事です。

しかし、隙を生み出してしまった後に、

絶対に通しては成らないポイントを察せるか否かは、

その集中力と判断力に依存します。

これは真剣勝負の武術に於いて、

隙を与えて相手が突いてきた瞬間に、

防御または回避によって致命傷を防ぎきれるか否かのモノと

同じなのです。

 

サッカーに於いては、

ドリブルで突破された、裏を抜かれたという状況で、

如何にゴールキーパーが安心して反応できるかを

DFが最終的にサポートするかが現代サッカーの特徴なのです。

例えるなら、ゴールの内側はGKに集中させて、

ディフェンスは外側へボールが流れない様にブロックする。

それでも外側へ流れてゴールに結びついたら、

それは相手の技術が一枚上手と割り切る。

ただし、こういう状況下では攻め手も判断が鈍る状況下で、

簡単にゴールさせないという気持が大事に成ります。

 

相手に簡単にゴールさせないという気持でコース限定プレイを心がければ、

自然、それだけ失点率が下がるという理論です。

 

要約すれば、

点を取られるなら、簡単なプレイで取られてはダメで、

取られるなら相手のスーパープレイで取られろ。

 

ベルギー戦の最初のゴールはスーパープレイです。

誰もあそこからヘディングであの軌道によるボールが

飛んでくるとは思えなかったから・・・

しかし、クロスからのヘディングで決められた2点目、

そしてカウンターでやられた3点目は、

ごく普通の得点シーンです。

 

2点目なのどは、フェライニをフリーにしていた事が、

大きなポカ。

フェライニをフリーにせずに技術で押し切られたのとは

訳が違います。

自分たちの弱点を把握せずに

その警戒心を薄れさせた失点であるのは明白で、

それ以外にもルカクのフリーでのヘディングなど、

ボールが川島の正面に行ったから良かっただけの事を、

守ったと言っている様なレベルでは、

全くスカスカな状態を理解していないと言えます。

 

先ず、日本人は日本を強くしたいのか、

それとも現状で満足したいのか?

 

強くしたいのなら敗戦をたたえる前に、

敗戦をしっかり把握しろ!!

正直、過去の敗戦傾向から、

自信を付けた時の日本が崩れやすいのは

何度も繰り返してきた落とし穴です。

それをまた繰り返しているから呆れたのです。

正直、セネガル戦の時の状態が一番よく、

あの状態で戦いを挑めば、

あの2点のチャンスも見す見す逃すことは無かった。

格上相手だからという事は一切関係ありません。

 

え?W杯に参加すれば良いだけの話なの?

優勝またはそこに近づく事が目標じゃないのか?

まあ、日本の雰囲気はそのレベルに達していないと言えます。

 

話を戻してそうした精神的な作用を考慮して

ロシアがクロアチア相手にどこまでやれるのかは見ものです。

日本と同じように自信が過信と成ってしまえば、

クロアチアに簡単に崩されるのではと言えます。

 

そしてスウェーデン対イングランド…

正直、スウェーデンにも頑張ってほしいですが、

政治的な意味で考えると、

イングランドにはもう少しロシアで良い思いをしてもらいたい。

亀裂の入った両国が、W杯を通して少し緩和する環境になれば

望ましいと言えます。

そういう意味でイングランド代表に頑張ってもらいたいと思います。

 

因みに西野監督は退陣を表明しましたが、

正直な所、「何故続けようとしない」と言えます。

敗戦で意気消沈してしまうような自信だったのなら、

その時点で用済みです。

自信があるのなら自分の手で

もう一度「戦える日本」を作り上げるべきなんじゃないのかな?

それが自信というモノです。

それに反して負けたから辞めるという話では、

彼が選手に与えようとしていた自信は、

単なる過信に終わってしまう事を意味するのです。

 

まあ、結局、その程度ならさっさと消え去れ!!

悔しいのなら続けて見せろ!!

と…オッサン先生は言っています。

 

「出来る」というのは過信です。

「出来る様に成る」という気持が自信です。

日本がW杯で優勝できるようになるというのは「自信」で、

日本がW杯で優勝できるというのは「過信」です。

 

野球のサムライJapanに「自信」だとか「過信」なんて言葉は

必要ないですよね…

ただ一試合一試合を真剣勝負として

勝つための駆け引きに没頭する。

抑える「自信」とか、撃つ「自信」なんてものは関係なく、

抑えなければ負ける、撃たなければ負ける

集中力を高めるスイッチがそもそも違うのです。

そこには個々が「自信」の下で達成した、

メジャーでも通用するという実績が有るからです。

 

日本のサッカー界もそういう状態になって初めて、

真面に勝負と向き合えると言えます。

それが出来ない内は、

常に挑戦者という立ち位置を自覚して、

如何に最大限に集中して

ミスをしない様に戦い続けるか…

そういう戦い方が求められるのです。

 

因みに日本で言う「自信」なんて言葉は、

自信の無い人間が欲しがる言葉です。

そんな人間に自信を与えて何になる?

日本総勢で「ゆとり教育」ですか?

 

手ごたえを探るのは当然で、

その手ごたえが見えない内は確信が持てない。

確信が持てないから自信が無い…

これが日本の脆弱さです。

 

確信が持てないなのなら確信が持てるまで探り続ける。

そして確信が持てる様に成ると信じ切るのが「自信」です。

 

簡単に無理だ、無駄だと言い捨てる社会で、

そもそも「自信」をもてる環境には適していません。

そうした中で中途半端なもの同士が

責任を転嫁する意味で「自信を持て」と

おだてる意味で使われているのも事実です。

 

「背中を押されて」死地に飛び込まされる…

ある意味、日本人のやり方、美談は常にこういうモノです。

そして背中を押す人間は常に自分に自信の無い人間です。

 

本当の意味で「自信」が有るのなら、

側線して自らが立つモノです。

自分以外に誰がやれる・・・

無論、過信に行ってしまうケースもあり、

海外では逆にこちらの方が迷惑ですが、

日本人は直ぐに責任を誰かに押し付けようとする分、

質が悪いです。

本田選手は自信過剰ですが、

その分の責任は潔く取る姿勢を見せる分、

評価できます。

 

そういう意味では人間性が大事になるという部分で、

バランスも考慮される話ですが、

日本代表で例えるなら、

柴崎選手の様な貪欲な姿勢、

長友選手の様な向上心、

乾選手の様な割り切り方、

長谷部選手の様な責任感…

これら全てを兼ね備えた人間性をもっと育成すべきで、

社会的にもっと評価するべきです。

 

因みにこれらを全て兼ね備えているのは、

野球のイチロー選手のみで、

かつては王貞治選手がそれに値します。