デジタル編集者は今日も夜更かし。 -11ページ目

デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!


「21歳の夏は一度しか来ない」という理由で、主人公の女性は躁病で入院している福岡の病院から逃亡する。軽い気持ちで誘ったのは、24歳、名古屋出身で東京かぶれのサラリーマン。彼は鬱病の入院患者だ。
躁と鬱の二人組は、車を駆って九州を南下しながら逃げる。ロードムービーならぬ、ロードノベル。

躁病の患者が主人公でインパクトのあるタイトルだから、筒井康隆系のドタバタを想像していたけれど、今どきそんな小説が出版されるわけもなく、逃亡の旅は思いの外淡々と進行する。しかし、頻繁に起こる小さなトラブル、発作と病状悪化の危惧、逃げていることの罪悪感、などなどが九州縦断のロードマップに沿って物語を盛り上げる。

ふたりは逃げているのだけれど、何から逃げているのか、追っ手の姿は見えない。
それぞれが秘めている郷土愛、そこで培った発病前の思い出への愛着が、逃亡体験を通して自覚されていくのだが、もしかしたら彼らは逃げているのではなく、探し求めているのではないか、と思えてくる。
時々クスリと笑わせてくれる楽しい小説で、驚いたことに、最後には爽やかな感動を味わってしまった。

「熊本来たら辛し蓮根げな食べんでもよかけん、いきなり団子食べな」

名古屋vs九州のお国自慢が続くなかで、熊本に着いた途端に主人公は「いきなり団子」
の看板を発見する。彼女の説明を聞いても(読んでも)、ボクは名古屋青年と同じで、何それ「ぽかん」とするばかり。「ばりうま!」と聞けば、しかし、食べてみなければなるまい。で、即ネット検索して、イチバン美味そうな店を見つけ注文してみた。

そして今朝。クール宅急便ではるばる熊本から送られてきたのだが、これがなんと“ばりうま!” 本当に美味しいぞ。
阿蘇外輪山の麓で採れたカライモ(サツマイモ)を生のまま輪切りにして、あんことともに小麦粉で包んで蒸したもの。ホクホクのサツマイモのほのかな甘さと、それに勝ちすぎない適度な甘さの小豆あん。包んでいるのは、きんつばのように薄い小麦粉の皮でもちもちしていて絶妙のバランス。冷凍で送られてくるのだが、電子レンジでチンしてフーフーしながら食べる。古今東西のスイーツ好きのボクだが、いやいや、久しぶりの大ヒット。

手元にある昭和53年刊『丹羽家のおもてなし家庭料理~娘に伝える手作りの味』(丹羽文雄夫人・丹羽綾子著/講談社)には、「中村丁女先生直伝のおやつ」として紹介されている。
「小麦粉と塩少々を熱湯で耳たぶ程度の堅さによくこねて丸め、薄くのばして厚さ1.5cmの輪切り(皮をむく)にしたさつま芋を包み込み、充分蒸気の上がっている蒸し器に入れて20~30分かけて蒸し上げます」とあり、ここでは小豆あんを入れていない。
さらに「熊本では、砂糖じょうゆで召し上がると伺いましたが、我が家ではこのままです」とあるので、あんこ無しが本来の姿なのかもしれない。熊本出身の方には、まさに懐かしい味なのだろう。

「いきなり団子」を教えてくれた、『逃亡くそたわけ』のポイント高し。
小説をこんな風に評価しちゃダメかな。


逃亡くそたわけ/絲山秋子

【楽天市場】いきなり団子:火の国 美選館
いきなり団子

ボクはひねたオトナを永くやりすぎたのかもしれない。死んだり殺したりの小説ばかり読んでるしね。
素直な子どもの、素直で可愛いセリフに、しばらくはついていくことができなかった。
どちらかといえば、鳥肌モノ。言葉は悪いけど。
読み始めても、あちこちの書評ブログでの絶賛に近い評判が解せず、腹さえ立ってきた。

しかしエピソードを重ねていくうちに、小学生の男のコのてらい無き素直さに次第に心が惹かれていった。もしかしたら、このコは本当に良いコなのかもしれない…。
そして、さらに読み進めていくウチに、ストーリーに取り込まれていった。

記憶の片隅にしかない母親は、外国にいると聞かされている。
母とは定期的に文通をしているが、仕事を理由に帰ってこないし、なぜか電話さえも許されない。
父も叔母も彼には優しいけれど、小学校三年生になった少年は、母が日本にいる証拠を見つけてしまう。そして、黙って家を出て、母に会いに旅に出る。
読者は、彼よりも早く、母の存在に秘密があることを知ることになるが、それでも最後には勝手に想像していた事情以上の事実に驚くことになる。

オトナたちが、少年のため、といいながらつき通していた嘘を、ボクは認めることができなかった。しかし、旅を通して成長した少年は、その嘘を許す寛大さを、身を持って教えてくれた。

泣く。そういう小説だ。
でも、新堂氏は、誰のためにこの物語を書いたのだろう。


僕の行く道/新堂 冬樹
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とんでもない小説だった。

フワフワとした文章、分かりにくい構成に、なんじゃ、こりゃ?、読みにくい小説だなぁ、と思いながら最初の1~2章はかなりガマンをしながら読む。
“理想の家族”を構成する両親、兄、妹、“僕”、そして愛犬サクラがそれぞれ次第に魅力的に思えてきて、それだけでしばし読み進むことができた。
ただ、予約していた村上龍の新刊『半島を出よ』が届いたばかりなので、早くそちらを読みたくて、最後まで気力が続くかなぁと危惧しながら。

そして…
気が付いたら、朝だよ。
参ったな。
悲しさとか、切なさとか、感動とか、そういった感情とは別の涙がにじむ。何だか、普通の小説とは違う魅力があった。力があった。
だから、読みにくい。
展開する物語と登場人物たちと正面切って向き合うのに、体力と精神力を必要とした。
疲れた。けれど、もしかしたら、自信はないけれど、読んで良かった。

家族の愛。子供たちが成長する過程で出会っていく、それぞれの愛。
そして、どんな家庭でも起こりうる事件を通して、あっけなく崩壊していく“理想の家族”。

帯に「奇蹟」とあるが、奇蹟はない。決して、いま流行の奇蹟の物語ではない。
しかし、救いはある。
「それでも、僕たちはずっと生きていくー。」
帯に大きく書かれたこの言葉が、この小説の本質を表していると思う。

マジメに読めばそれだけしんどいけど、読んでみて損はしない小説。

さくら/西 加奈子
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*写真は、本を読む前に一本だけ満開となっている都内某所の山桜をバックに写した。でも、内容とは無関係の写真になってしまった。タイトルの『さくら』は、もしかしたら愛犬サクラのことかな? サクラの名前の由来はたった一枚の桜の花びら。さりげなく象徴的なエピソードとして書かれているけど、満開の桜とは、関係がない。

オトナを対象にした情報誌を、創刊から数年間担当した。
その間、新規にオープンするおいしい店には何軒も足を運んだし、都内の美味いと評判のお店にはなるべく出かけるようにしていた。
おかげで素敵な店をたくさん知った。
それでも、その当時に知った店で、いまも通う店は数少ない。

何度か訪れる店の条件は、いくつかある。美味しいことはもちろん、コストパフォーマンス、客層やサービスも含んだお店の雰囲気。そして創意。これはボクにとってかなり重要で、新鮮な驚きが毎回欲しい。
オトナになると、店の馴染みになって「いつもの!」と注文ができる店が居心地良いことは確かだ。でも、ボクは、まだまだ刺激が欲しい。退屈を心地よさに勘違いするほどには、枯れてはいない。

最近、これはもしかしたらしばらく続けて通うことになるかもしれないというお店にいった。

紀尾井町の超有名料亭で修行をしたというシェフの名刺には、食ディレクターとある。
都心だけど、駅からは少し遠い。和食だけど、20%くらいフレンチのテイストが加わる。13席しかないけど、急かされることなく、ゆっくりゆったりと食事ができる。そして、これが重要なのだけれど、すごく美味しいのに、ゴクゴク一部の人しか知らない(^.^)
店名でGoogle検索をかけても、ほんの数件しかヒットしないお店なのだ。

こういう店は、大切にしたい。情報誌をやっていたのにこんな事を書くのは矛盾するけど、雑誌に紹介された店は、急に混みはじめて荒れることが多い。
紹介して良い店と内緒にしておきたい店があるのだ。だから詳細は、ここでは内緒にしておきたい。

コース料理しかない。日常の夕食としては安くはない。でも接待で行くような店でもないので、特別の人と特別な日に行く店を想像して欲しい。
どれだけ美味いか。たとえば、3月24日にボクが食べたメニューを紹介してみる。食ディレクターのテーマは“待ち遠しい春”。


最初に出てきたのが、千葉産蛤のスープ。
エキスたっぷりの白いスープに、すがすがしく透明で深い緑のトレトレ生海苔と春の鮮やかなグリーンピースが浮いている。そこに桜道明寺が添えられていて、芳醇な海のスープに、春の香りを運ぶ。

前菜は、
富山の蛍烏賊をプロバンスの家庭調味料タブナード(ブラックオリーブベースのソース)和え、新グリンピース豆腐、生雲丹桜花餡、諏訪湖の公魚フライにバジルタルタル、岩手もち豚の炙り、自家製唐墨味噌漬けとリコッタチーズ、を少しずつ。
旬の蛍烏賊、公魚(ワカサギ)は、胎内に春を閉じこめたまま調理され、ソースはその香りを損なわない程度に美味さの手助けをする。バランスが絶妙。最後につまんだ唐墨(からすみ)とリコッタチーズが舌の上でとろける。

次に、
フォアグラとタケノコ豆腐のソテー&木の芽最強味噌に、タケノコ餡掛け。最強は字をあてた洒落らしい。フランス料理の素材であるフォアグラと、木の芽の香り豊かな味噌を塗った豆腐を香ばしくソテーし、青椒牛肉絲のようなタケノコ餡がかかっている。奇を衒っているようで、なんの矛盾もなく一体化した一皿。

魚は、
淡路島の桜鯛と春のフレッシュ旬野菜with自家製ちり酢のジュレ。鯛の甘さと、ジュレの酸味がほどよく絡む。

次に天ぷらが出る。
もうこの辺りになると素材を覚えていないのだが、野菜だけのひと皿と銘打たれた皿には、たとえばいまの季節だけに咲くアロエの花の天ぷらなど。

そして、髭ダラの一人鍋。真ダラよりも鍋にすると味が良いと言われる髭ダラの、小皿のような鍋だ。出汁がきいていて、お行儀悪くも思わず最後まで飲み干す。添えられた新潟のかんずり(唐辛子を雪で晒し、数年の熟成を経てまろやかな辛さとなる伝統的調味料)を少しずつ加えて。

さらにさらに宮城牛肉と姿筍のシンプルな炭火焼き。添えられているのはローズマリー&岩塩と特製金山寺味噌。大好きな岩塩で食すも、味噌も美味くてこれは、そのままいただく。

ご飯は、小ぶりのじゃこ飯焼きおにぎりのお茶漬け。これだけの品数を食べても、さらりと胃に収まる。

そして、デザートもスペシャル…。


満足、満足。
シェフとの会話も楽しく、13席の空間でゆったりと、目でも舌でも春を感じることができた。どうやら、来月発売される某オトナ向け雑誌2誌で紹介されてしまうらしい。開店から十ヶ月、まだまだ満席にならない日もあるとのことで、シェフは雑誌掲載が嬉しそうだったけど、ボクとしては微妙。いつ、予約の取れない店になってもおかしくない実力があるからだ。

こんな店には、時々、せめて季節毎に通いたい。続いて欲しいから、繁盛を祈るけど、でも、予約の取れない店になってしまうのも少し心配だ。

*このblogを読んでくださっている方には、ぜひぜひご紹介したいので、左フレームのプロフィールからメッセージをくださいな。ご連絡します。


突然、ジェラートが食べたいなぁ、と思った。

とりあえずネットで検索しながら、イチバン美味そうな店を探す。
デパートのレストラン街を散策するように、マウス片手にプラプラと。

おお!これだ、これだ!と、見つけたのが、シチリア出身のジェラートマエストロ(職人)が手作りするという逸品。大阪のイタリアンレストランが送ってくれる。

愛犬ソピアが、ひと舐めさせてくださいませぇ、とよだれを流してガマンしているのは、届いたばかりの“苺と20年熟成バルサミコ”のジェラート。練って練って、空気を含ませ、イタリア直送のジェラートカップに詰めた。
他にも、ZiCaffe社のエスプレッソ、シチリア産ピスタチオ、伊リキュール漬大粒さくらんぼ、卵サヴォイアルディたっぷりのティラミス、フレッシュミルク、illy社のエスプレッソを練りこんだカプチーノ、パンナコッタベリーソース、ココナッツ、シチリア産フレッシュリコッタチーズ、シチリア伝統ラムレーズン、ヘーゼルナッツの香りの伊チョコレートなどなどが控える(^.^)

自分の部屋で、深夜ふと思った「ジェラートが食べたい」衝動。

毎朝北海道から取り寄せているという新鮮なミルクとシチリアから空輸する原料で、
イタリア国内で11年のジェラート職人経験のあるマエストロが、
イタリア人が食べて美味い!と思うジェラートを大阪で作る。
マエストロのイタリア人の友人がデザインしたという化粧箱に入れられて、
クール宅急便で夜を徹して東名を突っ走り、翌日には届けられる。
そのジェラートをシチリアの小さな工房で手作りされるカンノーリか、イタリア製のジェラートカップに詰めて愛犬とともに舐める。

なんという贅沢の極み。

LINEUPのなかで唯一想像を超えているのが、瀬戸内海から直送される新鮮なメカジキマグロをイタリアのリキュールに漬け込み、レモンのさっぱり感を添えて、という「カジキマグロのファヴィニャーナ風ジェラート」。どうなんだろう…。食文化には、乗り越えなくてはならない壁がある…かも。



『ファッブリカ アルカンジェロ』シチリア流儀のジェラート
*購入したのは、ギフトセット12個入り。カンノーリと、ジェラートカップが付いてくる。

巨大マグカップで、毎日、コーヒーを飲む。

このカップは、もしかしたら家にある唯一のディズニーキャラ製品。ミッキーの顔は見えないけど。
とにかくでかいカップを探し続けて、数年前に下北沢のおばさん御用達雑貨ショップのショーウィンドに飾ってあったのを見つけ、即買いした。めいっぱい入れると800cc入る。
このカップが見つかるまでは、コーヒーはガラスポットに落として、カップと共に部屋に持ち込んでいた。

カフェオレ用のカップには、たっぷり大きなサイズのものもある。
これは、フランスの“笑う牛”印のカップ。これも巨大なのだが、構造上、たくさん入れると重すぎて、取っ手では持てない! カフェオレは、両手でカップを包み込むように持つのが正しいのかもしれない。従って買ったはいいけど役には立たず、可愛いからもっぱらディスプレイ専用。



肝心のコーヒーは、食事のあとのエスプレッソやベトナムコーヒーは別として、スッキリとした酸味がある豆が好き。そして、酸味が引き立つ浅煎り気味が好みだ。

いま飲んでいるのは、コロンビア。同国内で森林保護、良質のコーヒー栽培などの面から"理想の農園"として評価を受けているメサデ・サントス農園産(サンタンデール州・サンギル地区)で、カンツーラという品種で、酸味だけでなく、香りも際だつ豆だ。ボクにはいつもより少し「重たい」感じがするが、寒いときのコーヒーはこのくらいがちょうど良い。毎朝煎れるコーヒーは、だいたい6~7杯分の豆を使ってカップに8分目くらい。だから、豆からミルで挽いて煎れるなんて悠長な事はやってられないのだ。豆はペーパー用に挽いてもらってまとめ買いをし、真空パックで冷凍庫に保存している。

コーヒー好きの人たちのなかでは、酸味を嫌う人も多い。中学のときに初めて友人たちと入った喫茶店で、頼んだのが、経緯は忘れたけどなぜかコロンビアだったので、ボクはその時の味が基準になっているのかもしれない。

季節はずれのアイスコーヒーについて先日書いたが、基本はやっぱり、じっくりと煎れるコーヒーが好きなのだ。

最近、コーヒーの効能が言われるけど、やっぱり飲み過ぎかな…。

この本の最後の十数ページを、池袋ウエストゲートパークのベンチに座って読んだ。マコトが言うところの石油パイプラインのような、あのベンチで。
なんという贅沢。至福の時。

シリーズをずっと読んできたファンにとっては、好ましく高品質な安定供給ぶり。
期待通りにマコトはトラブルに首を突っ込み、魅力的な新キャラと絡み、そして最後にはいつものように、せつなく、爽やかに決着をつけてくれる。

ボクもある時期、訳あって出かけた池袋だけど、久しぶりに出かけてみると他人の縄張りに踏み込んだような居心地の悪さを感じる。
ウエストゲートパーク=西口公園にだって、日が暮れて立ち寄る勇気はない。豊島区の公園紹介には、“芸術の香りをただよわせています”なんて冗談が書かれているけど、もちろん、石田衣良の描写の方が正確だ。

ミッソーニのSAMPLE品のようにド派手なセーターを着たオジサンが、煙草を吸いながらJRの階段を昇ってくるのをみた。
背中にディズニーライクな、でも、プルートでもグーフィーとも違う巨大な犬キャラを背負ったジャージ姿の母と娘が仲良く歩道にしゃがんでいた。
少人数の撮影クルーが、過剰な化粧をした見たこともない女のコを、レフなしでスチール撮影していた。

マコトは、そんな池袋で生きている。
今回、マコトはいつもの池袋を出て、なんと六本木ヒルズにまで足を延ばす。似合わねぇ~。あまりマコトを池袋の外に連れ出さないで欲しいな。彼だって、六本木は居心地が悪いに違いない。それが唯一、気になったところ。
池袋ウエストゲートパークは、とってもドメスティックな“青春小説”だ。
だからこそ、たとえどんな事件が起ころうがディテールにリアリティがあって、事件と正面から向き合うマコトの真摯な生き方とともに、作品の魅力に繋がっている。

I.W.P.G.、“池袋ウエストゲートパーク”のシリーズを一冊も読んだことのない人は、もしかしたら、日本一の幸せ者だ。なぜなら、これからサルやキング、ヒカルにだって会えるのだから。ボクも、もう一度、シリーズを最初から読み返してみようと思う。
(もしI.W.P.G.未体験なら文春文庫になっている第一作『池袋ウエストゲートパーク』から読んで欲しい)


反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパーク5/石田衣良
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163237704/ideabowl-22/

*写真は、池袋ウエストゲートパーク=池袋西口公園を見下ろす某所よりいつものように携帯で撮影。同心円の周囲に銀色に光るのが、小説にもたびたび登場するパイプのベンチ。画面右方向に池袋駅、左側に芸術劇場が隣接する。正面奥に西口ロータリー、その先に、マコトの果物屋がある西一番街通りがある。


浅田次郎『ポイズンホテル』はヤクザ直営任侠団体御用達ホテルの物語だが、その“しのぎ”を“出版社”に置き換えたらこの『とせい』、と言ったら作者のお二人に怒られるだろうか。

勧善懲悪の度合いからすれば、名作の誉れ高い『プリズンホテル』と比べても、こちらの方がスッキリ痛快な物語だと思う。
ヤクザが主人公の小説なのに“勧善懲悪”もないかもしれないけど。白黒ハッキリのスッキリ爽やか、日本に溢れるグレーゾーンが存在する余地のない、元気が出る小説なのだ。

ヤクザ渡世では落ちこぼれの組員たちは、おもての稼業で次々にその才能を開花させ発揮していく。若気の至りで道から外れてヤクザになった彼らにも、それ相応の役割を与えれば先行きに光も見えてくる。成功潭が目白押しで、最初から最後まで気分が良い。そして、ホロリと涙も、クスリと笑いも、忘れていない。これぞ、エンターテインメント。

ボクはリアルに出版社の編集者で、週刊誌もグラビアも経験しているので、おい、おい、そんなやり方はないだろ、と突っ込みたくなること多々。
でも、いや、だからこそ、こんな風に仕事ができたらいいな、と羨ましくなる。
成功のノウハウは単純明快だけど、好きなように彼らは突っ走る。

男の小説だけど、この手の小説に馴染みのない女性たちにも勧めたい。受け入れてくれるだろうか。


とせい/今野敏
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/440853465X/ideabowl-22/

*でこぽんさんのブログで、今野敏を最近読んでいないことを思い出した。多謝。面白かったです!

■TB■
My Recommend Books!/でこぽんさん他
http://myrecommend.jugem.jp/

夜更かし、寝不足が日常化しているのに、それでもベッドに入って眠れないこともある。

風呂に入っている間に寝てしまって溺れそうになったり、キーボードに指を載せたまま寝てしまい、企画書が「っっっっっっっっっっっっっっっ」なんて文字で埋め尽くされていたりすることもままある。
そんな時でも、寝よ!と思ってベッドにはいると不思議に、頭がさえて眠れなかったり。
そういうの、苦手。

できれば、ベッドに本を持ち込んで3ページを読む間に、ほとんど意識を失うように寝てしまうのが理想だ。
どうも、ベッドに入って灯りを消して、いろいろと思考しながら穏やかに眠りに入る、という自然な眠りって言うヤツが身に付いていない。
だから本を数ページ読んでも眠りに入れそうにないと、エイヤ!と起きあがってもう一度、書斎に戻って眠るまでの儀式を繰り返す。

一時期、いろいろとあって本当に眠れない時期があった。これは苦しかった。
カモミールティーや、メラトニン、時にはクスリも試してみた。
そんな時に出会ったのが、“弾性発泡ポリマー製の耳栓”だ。
指でくるくると小さく丸めて耳の穴に詰め込むと、中で膨らんでピッタリとふさいでくれるタイプ。集中力が増す、とか、騒音防止とかの目的で市販されているタイプだ。カーレースの中継をみていると同じタイプの黄色い耳栓をクルーが耳に入れている。

これが、とっても具合がいい。
眠れないときには、たいていが余計な事を考えてしまっている。グルグル、ぐるぐる。
メカニズムは分からないが、遮音をすると、眠りにも集中できるようだ。
ボクにとっては、睡眠薬なみの効果があった。

最初は2組入りで500円程度のものを使っていた。だが、しばらく使っていると弾性が弱くなってくる。だいたい一週間くらいで遮音効果が薄れてくるので、わりと頻繁に購入することになる。で、最近では工事用の5組入り袋をさらにまとめ買いしている。

騒音防止にはJIS規格があって、85db(デシベル)以上の現場では保護具の着用が必要とされている。電車の中・街の雑踏が80db、目の前にいる人と会話ができなくなる走行中の電車のそばで90db。
ボクの愛用している工事現場用耳栓の遮音性能は、周囲の音を29db軽減する効果があると明記されている。20dbなら、しーんとしてほとんど雑音のない世界だというから、深夜の寝室でこの耳栓をするとほぼ無音の世界に近いわけだ。パッケージに記載されているデータによれば、高周波の領域にはさらに効果を発揮するらしい。

昨日の睡眠時間は、約3時間。さすがに今日はあっという間に眠れると思うけど、それでも耳栓は欠かせない。一日中、テレビや会話や音楽に囲まれ続けている。起きている時間とスパッと切り離して、無音の世界に入ることで脳の休息を助けてくれるのだと思う。今日はマジ、早く寝よっと。

じつは、世の中の矛盾を考えるのが大好きだ。
つまり、あまのじゃく。

人が生きていく上で、絶対に出さざるを得ないゴミは、必要から生じる様々な無駄や矛盾がてんこ盛りで、ボクの大好きな“矛盾”の主要テーマ。経済、政治・行政から始まって、人のエゴ、価値観の違いまで内包する。産業廃棄物のニュースやドキュメンタリーなんて、何を差し置いても見逃せない。断っておくが、決してエコの観点からではない。人間の本質が露呈し、エゴが渦巻く、矛盾だらけのゴミ問題にはなかなか正解が見つけられなくて、楽しくて仕方がないのだ。

この季節、家々の庭先でガーデニングにいそしむ姿をよく見かける。
ボクの家でもプランターや植木鉢では球根が芽を伸ばし始め、冬枯れで寂しかった花壇に植え替えるタイミングを待っている。
また、今年は京都議定書が発効され、東京都では屋上緑化を推進している。
庭のある家庭だけではなく、マンションのベランダでも、オフィスビルの屋上でも、とにかくガーデニング、緑化は、時代の流れだし、何よりキレイな花や緑は心を癒してくれる。
そうなるとインテリアを模様替えするように、何年かごとに、エクステリアの雰囲気も変えてみたいなぁと思うのは当然のことで、便利なことにホームセンターには、ガーデニングに適した多様な土が揃っていて、花壇を作るためのブロックや煉瓦もいろいろな種類がある。

さてさて、ガーデニングとゴミ問題の関係は?

庭の模様替えをすると、当然、ゴミも出る。
枯れて抜いた植物たちは、燃えるゴミ。木の枝は、袋を突き破らないように短く切って指定の袋に入れて出せばいい。ボクの住む区では、50センチ以内にカット、枝の直径10センチ以内、束の直径30センチ以内と細かく規定されている。
では、花壇の仕切にしていた小さな石や、古くなった園芸用土はどうすればいい?
あるいは、マンションのベランダでプランターに使っていた土は、たとえば引っ越しをするときはどうする?
燃えないゴミ? それとも、燃えるゴミ?

そこで、世の中の“矛盾”が浮かび上がってくる。

じつは、ほとんどの自治体では、「自然物」である土や石はゴミとして出してはいけないことになっている。回収もしてくれないのだ。
さあ、どうしましょ。

とりあえず役所に聞いてみる。
区の清掃事務所に電話をすると、ていねいに応えてくれた。

「捨てないで再利用して下さい」

うん? もちろん、天日干しで殺菌をして再利用をしたりもするけれど、それでも余る土もある。それに、石やブロックは再利用しようがないから捨てたいんだ。

「庭に捲いていただくとか…」

それをしたくないから、正しい捨て方を聞いているのだが。じゃあ、たとえば、マンションの方が引っ越しをする場合、どうすれば?

「それはですね、まあ、近くの公園に捲くとか…」

あ、それって、不法投棄ではないんですね?

「いや、不法投棄ですが…」

困りましたね。まあ、こっそりやってやれないことはないけど、でも、お天道様に恥ずかしくない正しい捨て方をボクは聞きたいんです。とにかく、ゴミ問題を追究(追及ではない)するのが好きだから。

「それでは、残土などを処理する業者をご紹介いたしましょう」

そうですか! そういう業者がいるんですか!
と、教えてくれたのが、区指定の産業廃棄物協会加盟業者数社。
早速、電話をしてみる。

「良いですよ。どのくらいの量ですか?」

えっと、20リットル入りの袋、ホームセンターで売っているヤツで2袋くらいなんですけど。

「え?」

だから、個人の住宅で…

「あ、あのウチ、ダンプで処理するから。まあ、十万がとこいただければやらんことはないけど」

は? 区役所の方で、オタクならやっていただけると聞いたんですが。

「いやぁ、やったことないなぁ」

さらに区役所のホームページで見つけた区長宛のご意見受付メールフォームに、このことを問い合わせたら、貴重なご意見として…と、丁寧だけどあんまり参考にならない回答が帰ってきた。

つまりいろいろと、手を尽くして調べた結果、ガーデニングで出た不要な土や石を正しく捨てる方法はないのだ。
ね? 矛盾でしょ?
ホームセンターやスーパーに山積みされて売られている、鹿沼土や腐葉土や、化粧砂利って、一度買ったら一生付き合わなくてはいけないのだ。ゼッタイ捨てられないのだから。
暖かくなった週末、もし、20リットル入りの土をまとめ買いしてこよう!なんて思っている方がいたら、本当に一生面倒が見られるか、考えた方が良いかもしれない。

もうひとつゴミ問題でアドバイス。
以前、家の前の道路に鉄筋が落ちていたことがある。コンクリート建築の中に入っている鉄の棒だ。長さは、約2メートル。危ないので拾って駐車場のわきに置いた。
さて、邪魔なので捨てようと思うが、粗大ゴミの規定では1.5メートル以内となっている。
どうすればいい?

再び、清掃事務所に電話をする。

「ダメです。捨てられませんし、回収もできません」

えっと、粗大ゴミの回収料金を払っても?

「ハイ」

じゃ、どうすれば?

「業者を紹介しましょうか?」

え!それってまさか例の…。鉄筋1本でも回収してくれるんでしょうか…。

「それは、ちょっと…」

じゃあ、どうすれば良いのかな。

「困りましたねぇ。道路に落ちたままなら回収できるのですが」

うん? じゃ、いまからもう一度道路に捨てたらいいのかな?

「それは、不法投棄です」

キャ!

つまり、正解は、もし家の前に鉄筋やブロックが落ちていて危ないなぁ、と思ったら、決して家の敷地内には持ち込まないで、即、清掃事務所に電話をして、「危ないじゃないか! 早く回収せんかい!」と、苦情を言うというのが正しいのだ。

そんなこんなの結果、ゴミ問題と正対をしているボクの家の片隅には、いまも腐葉土や鹿沼土に、化粧砂利の混じった小山と、錆びた鉄筋が一本、グロテスクな姿をさらしている。
参ったな、奥多摩の山のなかにでも不法投棄しちゃうぞ~!っと。