逃亡くそたわけ/絲山秋子 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

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出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!


「21歳の夏は一度しか来ない」という理由で、主人公の女性は躁病で入院している福岡の病院から逃亡する。軽い気持ちで誘ったのは、24歳、名古屋出身で東京かぶれのサラリーマン。彼は鬱病の入院患者だ。
躁と鬱の二人組は、車を駆って九州を南下しながら逃げる。ロードムービーならぬ、ロードノベル。

躁病の患者が主人公でインパクトのあるタイトルだから、筒井康隆系のドタバタを想像していたけれど、今どきそんな小説が出版されるわけもなく、逃亡の旅は思いの外淡々と進行する。しかし、頻繁に起こる小さなトラブル、発作と病状悪化の危惧、逃げていることの罪悪感、などなどが九州縦断のロードマップに沿って物語を盛り上げる。

ふたりは逃げているのだけれど、何から逃げているのか、追っ手の姿は見えない。
それぞれが秘めている郷土愛、そこで培った発病前の思い出への愛着が、逃亡体験を通して自覚されていくのだが、もしかしたら彼らは逃げているのではなく、探し求めているのではないか、と思えてくる。
時々クスリと笑わせてくれる楽しい小説で、驚いたことに、最後には爽やかな感動を味わってしまった。

「熊本来たら辛し蓮根げな食べんでもよかけん、いきなり団子食べな」

名古屋vs九州のお国自慢が続くなかで、熊本に着いた途端に主人公は「いきなり団子」
の看板を発見する。彼女の説明を聞いても(読んでも)、ボクは名古屋青年と同じで、何それ「ぽかん」とするばかり。「ばりうま!」と聞けば、しかし、食べてみなければなるまい。で、即ネット検索して、イチバン美味そうな店を見つけ注文してみた。

そして今朝。クール宅急便ではるばる熊本から送られてきたのだが、これがなんと“ばりうま!” 本当に美味しいぞ。
阿蘇外輪山の麓で採れたカライモ(サツマイモ)を生のまま輪切りにして、あんことともに小麦粉で包んで蒸したもの。ホクホクのサツマイモのほのかな甘さと、それに勝ちすぎない適度な甘さの小豆あん。包んでいるのは、きんつばのように薄い小麦粉の皮でもちもちしていて絶妙のバランス。冷凍で送られてくるのだが、電子レンジでチンしてフーフーしながら食べる。古今東西のスイーツ好きのボクだが、いやいや、久しぶりの大ヒット。

手元にある昭和53年刊『丹羽家のおもてなし家庭料理~娘に伝える手作りの味』(丹羽文雄夫人・丹羽綾子著/講談社)には、「中村丁女先生直伝のおやつ」として紹介されている。
「小麦粉と塩少々を熱湯で耳たぶ程度の堅さによくこねて丸め、薄くのばして厚さ1.5cmの輪切り(皮をむく)にしたさつま芋を包み込み、充分蒸気の上がっている蒸し器に入れて20~30分かけて蒸し上げます」とあり、ここでは小豆あんを入れていない。
さらに「熊本では、砂糖じょうゆで召し上がると伺いましたが、我が家ではこのままです」とあるので、あんこ無しが本来の姿なのかもしれない。熊本出身の方には、まさに懐かしい味なのだろう。

「いきなり団子」を教えてくれた、『逃亡くそたわけ』のポイント高し。
小説をこんな風に評価しちゃダメかな。


逃亡くそたわけ/絲山秋子

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