二人は階段を上がって、四階へと向かった。どうやらこのビルは、どの階もすべて同じ構造になっているようだ。
四階も他の階と同様、奥まったところに部屋があった。
「ここにいて、顔を出しちゃ駄目よ」
悟を階段の陰に残して、カレンは右手に銃を握ったまま部屋へ近づいていった。
足音を立てぬようドアの前まで行き、ドアに耳を近づけて中の物音を窺うカレンの目がキラリと光る。
カレンが、ノブをそっと握ると静かに回した。それから一気に引き開け、素早くドアの陰に隠れた。
開いた空間から、銃弾の雨が降り注いできた。カレンが、ジャケットのポケットから小さなボール状のもを取出し、体を低くしてそれを部屋の中へと転がした。
数秒後、部屋から閃光が走った。閃光が収まると、すかさずカレンが部屋の中へ転がり入り、矢継ぎ早にくぐもった銃声が聞こえた。
カレンが部屋から出てきた時、悟が両手を挙げて、階段の陰から出てきた。悟の後ろには、大きな男が二人、悟の背中に銃を突き付けている。
「油断したな」
訛りのある英語で、一人が言った。
「銃を捨ててもらおうか」
もう一人が、悟の頭を銃で小突く。
言われた通り、カレンが銃をそっと床に置いた。
カレンは、決して武器を粗末に扱わない。投げ落としたりすれば、故障する可能性がある。どんな状況であっても、カレンは反撃するチャンスを狙っている。命ある限り、生き延びようとする意志を捨てない。そうやって、これまで幾多の修羅場を潜り抜けてきた。
悟に銃を突き付けていない方の男がカレンに銃を向け、今にもカレンに向けて引金を引こうとしたとき、悟が思いもかけぬ行動に出た。床に身を投げ出したのだ。
意表を突かれて、男たちの行動が束の間遅れた。その一瞬が、男たちの生死を分けた。
男たちの喉を,メスのように細いナイフが貫いた。男たちは、驚いたように目を見開いたまま、膝から崩れていった。
「ナイス、サトル」
カレンが満面の笑みを浮かべる。
「ごめんな、足手まといになってもて」
バツの悪そうな顔をしながら、悟が起き上がった。
「なに言ってるの、謝るのはこっちよ。あなたを一人にした私が馬鹿だった。ごめんね、危険な目に合わせちゃって」
カレンは唇を噛んでいる。
「気にするな、お互い様やないか」
一歩間違えば死んでいたかもしれないというのに、悟はケロリとした顔をしている。
「よく、タイミングよく見を投げ出したわね」
「ああ、カレンやったら、あそこで絶対何かするやろうと思ったからな」
笑いながら、殺到が答える。
「さすが、私の旦那様ね」
カレンも嬉しそうに笑った。
「ところで、あんなもんどこから出したんや?」
どうやら悟には、命を落としかけたことより、ナイフの出所の方が重要みたいだ。
「ここよ」
カレンが、ジャケットの裾を叩いてみせた。
「ポケットだけやなく、そんなところにも詰め込んどったんか」
悟が呆れたように、カレンの顔を見る。
「ぐずぐずしている場合じゃないわ。上に行くわよ」
カレンは悟の言葉を聞き流して、銃を拾って弾倉を交換した。後一発残っているが、どんな状況が待ち構えているかもわからないので、用心のためだ。
それから、階段へと向かいかけたとき、「あの部屋は?」と悟が奥の部屋を指さした。
「モニタールームよ。五人くらいいたかしら」
こともなげに答えて歩き出す。
「なあ、オコーナーはおるんやろうか」
階段を上りながら悟が訊く。
悟は、これまでのことから、CIAの裏切り者がカレンを罠に嵌めようとしているのではないかという危惧を持っている。
「上に行けばわかるでしょ」
「隠れ部屋があるんとちゃうか」
「そうかもしれないけど、とにかくあと一階よ。そっちを先に調べましょ」
邪魔する者もなく、二人は五階に上がった。
「どうやら、ラスボスのお出ましのようね」
何かを感じたのか、部屋のドアを見た瞬間、カレンの目が鋭くなり、顔から表情が消えた。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その名から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
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