部屋に青酸ガスが充満してから十分が経過した頃、空調が作動した。充満していたガスが、みるみる吸い取られていく。全てのガスが吸い取られてから数分経って、静かにドアが開き、三人の屈強な男が入ってきた。
男たちは冷ややかに、床に倒れている悟とカレンを見下した。
二人とも、うつ伏せに倒れている。カレンの右手には銃が握られていた。鍵を撃ち壊そうとしたのだろうが、間に合わなかったようだ。
三人が顔を見合わせ頷きあうと、一人の男がカレンの側に歩みよった。もう一度冷ややかな眼でカレンを見ると、足でカレンの腹を蹴って転がし仰向けにした。
「馬鹿な奴らだ」
男が、カレンの遺体に嘲笑を浴びせた瞬間、カレンの目がカッと開かれた。
三人の男たちが驚く暇もなく、素早くカレンの手が動き、あっという間に男たちの心臓を射抜いた。カレンが手にしていたのは二十二口径なので、それほどの音はしなかった。
男たちが倒れたときには、カレンはもう起き上がっていた。
「馬鹿は、あなた達よ。死んでるかどうか確かめもしないで、油断するなんて」
今度はカレンが、倒れた男たちを冷ややかな目で見下した。
「まあ、そう言うたんなや。普通、この状況では助からんやろ」
悟も起き上がって、カレンの肩に手を置いた。
「それは、素人の考え。プロはね、相手の死を確かめるまでは、絶対に油断しないものよ。最後まで何があるかわからないからね。事実、私たちはこうやって生きているでしょ」
「そうやな」
悟が頷いた。それから、好奇に満ちた目をカレンに向ける。
「しかし、よう、あんなもん持っとったな」
「言うと思った」
カレンがぐるりと目を回す。
悟が言っているのは、ガスマスクのことである。
部屋からガスが噴き出したとき、悟に息を止めさせ、素早くポケットから折り畳んだガスマスクを取出し悟に被せると、自分にも装着した。そのマスクには、十分は持つ小型の酸素ボンベが付いていた。
悟はずっとそれを言いたくて、うずうずしていたのだ。
「あんなものは、スパイの常備品でしょ」
カレンが、しれっとした顔で応える。
「いや、ガラス切りや探知機はわかるけど、あれは違うやろ」
悟がすかさず突っ込みを入れた。
「いいじゃない。男は、いちいち細かいことを気にしないの」
カレンが、悟の頭を軽く小突いた。
「まあ、ええか」
何が良いのかわからないが、悟はそれで納得した。
「それにしても一体、カレンのポケットはどうなっとるんや。まるで、どっかの猫型ロボットの、何でも出てくるポケットみたいやんか」
ポケットに触ろうとする悟の手を、カレンが途中で掴む。
「この中は、ヒ、ミ、ツ」
「またか」
うんざりするように言ってから、ふと思いついたように尋ねる。
「なあ、何で俺らが入ったのを見計らったように、ガスが噴き出したんやろ」
言いながら、悟が部屋を見回した。
「カメラでも付いてるんやろか」
「カメラが仕掛けてあれば、こいつらは不用意に入ってはこないわよ」
確かに、カレンの言う通りだ。カメラで監視していれば、二人がガスマスクを付けたことはわかっていたはずだ。
「もし、あったとしても、私の機械で映像はブロックされているから、壊れたとでも思ったはずよ。まあ、カメラが付いているかは別として、多分、あの絵が、センサーになっているんでしょうね」
「探知機には引っ掛からんかったんか」
「この探知機には、センサーを探知する機能はないの」
あっけらかんと言い放つカレンに、悟が呆れた顔をして「中途半端やな」とぼやいた。
「言ったでしょ。男は、細かいことをいちいち気にしないって。さあ、行くわよ」
そう言って、カレンがすたすたと歩き出した。
「都合が悪くなると、いつもこれや」
小声でぼやきながら、悟もカレンの後を追った。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その名から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?