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お越しいただき
ありがとうございます
12歳違いの妹が誕生し
と同時に彼女の体を
人生最大の病が脅かし始めてた
小学校6年の頃です。
毒母の無知
無知の頑固な思い込み
料理が自己流で下手くそ
など
食育の失敗により
彼女の食は細いまま
偏食も改善されず
身長は伸び
体力は落ちる一方でした。
知識も教養もない毒母は
ポテトチップスやスナック菓子でも
栄養だと思い
買い与え
一人っ子故、
一袋
誰にも邪魔されず
食べきるまで止まらず、
そして味が濃いので水を飲む。
お腹いっぱいになり
夕飯は入らず。
塩分の浸透圧を変えるための水分補給はすれど
体を動かして喉が乾くことはないので
昨今のような
デトックスのための水分摂取をする意識などは全くありませんでした。
なので相変わらず便秘も改善していません。
いつも体は重く
入浴時に
湯船に浸かると
胸が押しつぶされそうなほど圧迫感を感じ息苦しい。
それくらい
常にけだるかったのです。
ある日学校に向かう途中
尋常でないしんどさを感じましたが
始めての皆勤賞を目の前に
無理をして登校しました。
しかし
学校に着くなり
1時間目から保健室のお世話になり、
この日を境に
数ヶ月人並みに動くことができなくなりました。
しばらく家の布団で養生していましたが
その間
1日にりんご1個を食べる日々
体調は戻らず
鼻は完璧につまり
就寝中
口呼吸で
朝起きると舌が干からびており、
枕元の水を飲むと
舌が乾きすぎて
しみて痛い。
今も残る舌の亀裂はこの時にできたものです。
(後日アメンバーのみ閲覧可能にして写真アップしておきます)
体には赤い湿疹が出来始め
舌は顕著な
苺舌
白目は出血し真っ赤でした。
近所の内科に往診に行ったところ
「リュウマチ熱
の疑いがありますので
当院では手に負えませんので紹介状を書きますね。」
と言われ
地域で一番の大病院へ。
そこでは今度
「川崎病」の疑いをかけられ
即検査入院に。
妹が生まれて2ヶ月
小学校卒業を3月に控えた頃の話です。
もし川崎病なら
治療法はなく
当時の対処法は
緊急事態に備えるために
当面3年は入院生活をすることになるだろう
と言われました。
彼女も
ぼんやりした頭で
同級生が中学卒業しちゃうんだなぁ・・・と
思ったそうです。
ここからは今になって思うことですが・・・
それまで彼女一人に向けれられてきた
毒親たちの関心は
新生児の妹に向き
そのことで
彼女は生まれて初めて
毒親からの過干渉から解放され、
精神的には解放されましたが
食事管理や生活習慣では
毒親の監視が外れ自由になり
偏食三昧。
もともとギリギリだった栄養状態に
しわ寄せがいき
限界に達したのだと思います。
じつは
彼女がこのブログを書くきっかけになった要因でもある
これまで
幼少期からの
彼女の体に起きてきた
あんなことやこんなこと
人間関係や
生きずらさのあんなことやこんなことは
実は両親が
毒親だったことに原因があったのだ!と
確信を持った出来事があったのです。
親に死んでくれ
と思って良いと教えてくれた
本
世界一醜い親への手紙
も
呪いから解放してくれた
大切なきっかけでしたが
実は昨年
NHKのある深夜番組を偶然見たことで
さらに
身体の不調の原因が
晴らされたのです。
そのある番組とは・・・
つづく
同じような境遇の方
彼女の言いたいこと
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