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ほんのにちようび

心に残った本のあらすじと感想をつづります。

(時に映画、マンガ、音楽などについても)

著者: 絲山 秋子
タイトル: 海の仙人
新潮社 ★★★

[あらすじ]

銀座のデパートで働いていた河野勝男は、宝くじがあたったのを機に、仕事をやめて富山の海辺へと住み着いた。魚を釣ったり、島へ行ったりして悠々自適に過ごす勝男の前に、ある日「ファンタジー」という神があらわれる。勝男は相変わらずの生活を続けるうちに、一人の女性と親しくなるのだが、その女性はなぜかファンタジーを知っていて・・・。

私にとって初の絲山作品。勝手に「難しいんだろうなあ」「読みにくいんだろうなあ」という先入観を持っていたが、予想に反してものすごく読みやすかった。それどころか、読み終わったあとの余韻でしばらくぼうっとなってしまった。

登場人物はみな、どこか性別とか人間性を超越したところがあって(ファンタジーはもともと神だから当然なのだけれど)、でも、何かしらうまく泳いでいけない障害を抱えている。勝男は閉じた暮らしをしているけれど、デパート時代の唯一の友人である片桐という女性や、海で知り合ったかれんという女性、そしてファンタジーなどから、ゆるやかな好意を投げかけられている。

幸せってきっと、完全無欠なものではない。勝男のようにトラウマを抱えていたり、片桐のように届かぬ想いを持ち続けたりしていても実は身近なところに幸せがあって、でも、その幸せを失いかけるまでなかなか気がつかなかったりする。この話のなかで、ファンタジーは何の指針も示さないし、何の奇跡も起こさない。来てほしいと思うときにはやってこない。でも、彼がいる空間は、なぜだかうらやましい。

心を許せる人がそばにいる空間の、あの居心地の良さが文章になったような小説だった。

ちなみに・・・

文中で出てくる主人公、河野勝男のニックネーム「カッツォ・コーノ(注釈でイタリアの卑語と書いてある)」の意味が気になって調べてしまった。たぶんこれのこと?

http://ch.kitaguni.tv/u/2753/%A5%D6%A5%ED%A5%B0%C8%F7%CB%BA%CF%BF/0000097838.html

絲山作品は「イッツ・オンリー・トーク」も面白そうなので、次に読んでみようかな。

BGM:Moment Scale/Silent Poets

 

著者: 吉田 修一
タイトル: 日曜日たち
講談社 ★★☆

子どものころ、一週間で一番幸せな日は日曜日だと思っていた。社会人になったら、一番幸せなのは土曜日、さらには金曜日の夜へと変わってしまった。それでもいまだに、「日曜日」という言葉は、あたたかい日ざしと、毛足のながいじゅうたんの上で満足そうに目をつぶる猫を私に連想させる。このブログタイトルも、そんな言葉のイメージからつけたものだ。

これは、さまざまな人たちの日曜日にまつわる出来事を描いた短編集。大人の日曜日って、幸せなことばかりにはいかないらしい。

猫:私の日曜日はとっても幸せですけれどね。

それぞれが独立した作品かと思いきや、ところどころに登場する「風景」としての少年たちの正体が、最後の作品で明らかになる、という心にくい形式になっている。

吉田修一は、最初に「パークライフ」を読んで、「ふーん」と思ったまましばらく他の作品には手をつけていなかったのだが、「パレード」でラストの展開に驚き、「春、バーニーズで」でそのセンスに驚き、最近すごく見直している作家(最初に見抜けなかっただけ?)。

この本の前に読んだのは、「最後の息子」という作品で、これは「春、バーニーズで」の冒頭の短編で再会するオカマとその若き愛人(ヒモ)だった主人公の恋愛時代の話が収録されていると聞いたので、手に取ったもの。オカマの話も面白かったけれど、最後の高校生活を描いた青春群像ものもうまくて驚いた。

何がうまいんだろう、と考えてみると、きっと「雰囲気づくり」なんだろうと思いあたった。自分の言葉によって相手が傷ついたり、怒ったそぶりを見せたときの、その後の気詰まりな空気。予定調和的な人生を歩む人への、嫌悪感と少しの羨望が混じった口ぶり。そういう心の揺れが良く伝わってきた。

 

BGM:Sunday Morning/Maroon5

著者: 中島 らも
タイトル: なれずもの
イーストプレス ★★★

知らずに読んだのだが、どうやら中島らもの遺作らしい。

あとがきに、中島本人が「夢をかなえられない人のための本を作りたい」と提案した、とある。

内容は、中島らもとそれぞれの著名人の対談形式で構成されている。

相手に選ばれているのは、柴山俊之、竹井正和、宇梶剛士、安部譲二、本上まなみ、松尾貴史。


柴山俊之とは、音楽家であり、多数の歌手に詞を提供した作詞家でもあるらしい。

70年代~の音楽界について語りながら、どうして音楽をはじめたか、周りに反対されても続けざるを得なかったか、という二人の思いが語られる(らももバンド活動をしていた)。 


出版社リトル・モアの社長である竹井正和と中島らもの意見の一致が面白かったのが、ブルーハーツについて。二人とも「青空」という彼らの曲の詩を絶賛している。自分より若い人の才能を素直にすごいなあ、と言える彼らは読んでいて好感が持てた。


最初の柴山俊之といい、この竹井正和といい、「最先端で無茶した友達はみんな死んでいった」という発言をしていて、それにらもが深くうなずいている。「友人の死」は3人に共通したひとつのテーマであるかのようだ。「彼らにあこがれていたけれど、そうなりきれなかった僕たち」、それが「なれずもの」なのだろうか。


私が意外だったのが本上まなみが対談相手に入っていること。でも、読んでみると、ほかの人とは違ったやさしい語り口で、でもほかの人と遜色のない対談になっているから面白い。ちなみに、らもは本上が書いたという「ぱたのはなし。」という絵本をずいぶん誉めていて、ちょっと読んでみたくなった。



最後はらも主宰の劇団の一員でもある松尾貴史。二人の過去の話が語られる。

松尾が劇団できちがいのインドおかまの役をやったとき、台本には


「ホーホッホッホッ。ホーホッホッホッ」

きちがいインドおかま登場、ここで5分間わけのわからないことをする


とだけ書いてあったという。これには笑ってしまった。


つまみぐいのような紹介をしてしまったが、ここで話している6人と中島らもは、みんな、最初からやりたかった職業についた人々ではなかった。野球選手になる夢に破れ、神童と呼ばれたのに落ちこぼれ、それでも確固たる「今」がある人たちだった。



ちなみに、あわせて読んだ本として・・・



「中島らも列伝」鈴木創士

河出書房新社★☆



作者の私的な回想録の域を出てない感はあるが、中島らもの青春時代と奥さんの話は興味深かった。


余談だが、中島らもの本の中で「今夜、すべてのバーで」を殿堂入りにしたけれど、タイトルで一番気に入っているのは「永遠も半ばを過ぎて」だ。終わりのないものの終わりを感じさせるこのタイトル。

文中ではこのように続く。



永遠も半ばを過ぎた
私とリーは丘の上にいて
鐘が確かにそれを告げるのを聞いた
私たちは空を見上げる。満天の星を。
永遠の書物を。
私とリーはまだその表紙を開いたところだ。
いずれにしても、立ちあがりそして立ち去らねばならない。
星々の香気を追って、旅を始めねばならない。私はリーの細い手を取った。



彼が突然この世からいなくなってしまったのが、本当に残念だ。

先月渋谷でやっていた中島らも追悼写真展に行けばよかったな。



BGM:ハイブリッドレインボウ/The pillows





著者: 酒見 賢一
タイトル: 泣き虫弱虫諸葛孔明
文藝春秋 ★★★

[あらすじ]口げんかでは無敗をほこる、かわいげのない子どもだった孔明。成人するにつれて奇怪なおしゃれをするようになり、話が宇宙哲学に及び始めると、町に変人孔明の噂が流れるようになる。そんななか、孔明の姉は、孔明のために嫁探しをするのだが…

デビュー作「後宮小説」では、「(管理人注:皇帝は)腹上死であった、と記載されている」、の一文で始まるという、なんとも人を食った筆の走りっぷりが痛快だった酒見賢一。最近は「陋巷に在り」シリーズで、孔子の愛弟子である顔回についてそれほど遊びのない文章でみっちり書いていたが、ついに原点回帰ともいえる遊びごころたっぷりの本作が出た。

私はかの有名な三国志を今まで読んだことがないのだけれど、この本はそもそも著者自身が「かの有名な三国志をようやく読んでみたら、孔明って意外となさけない男なんですよ、ほら」というスタンスで書いているので、予備知識がなくても、全然問題なく読み進んでいける。

また、歴史小説なのに地の文で横文字がけっこう出てきたり、著者がいきなり語り始めた挙句、「正直、すまん」などと(地の文で!)出てくるという無邪気っぷり。このあたり、坂口安吾の「信長」などにも通じる自由さが感じられて面白い。
主役の孔明の変人ぶりもさることながら、脇を固める人物らのキャラクターもそれぞれ個性的で、久々にこんなに登場人物が魅力的な話を読んだな、と感じた。面白い本を読みたいな、というときにおすすめ。


「後宮小説」殿堂入り
“シンデレラ+三国志+金瓶梅+ラスト・エンペラー”の面白さ、と評された、輝かしき第1回ファンタジーノベル大賞受賞作。この茶目っ気と毒がたっぷりのいわゆる「ファンタジー」とは一線を画する作品を、作者があえてファンタジーノベル大賞に応募した、という、それだけでもう賞をあげたい気分になる。

あらすじはというと、前皇帝が崩御し、新皇帝の妃を集めるために素乾国(思いっきり中国っぽい仮想国らしい)で宮女狩り(妃募集)が行われる。応募者は女大学で講習を受けたのち、選ばれたものだけが後宮に残ることができる。田舎娘の銀河は「お妃になれば三食昼寝付き」と聞き、早速応募することにしたのだが…というもの。

何しろ、後宮といえば皇帝用のハーレム。お世継ぎを誕生させるのが最大の使命であるからして、女大学で教えることも房中術(いかに子をつくるか)が中心となる。このあたり、しらーっとした文体で平然と房中術について書き連ねている作者が想像できて面白い。
さらに、後宮は女性の子宮を模したもので、最初に応募者がくぐっていく長いトンネルが産道、月に一回応募者から脱落者が出るのを月経に見立てている、など、設定も練られている。

話は後半に向かうにつれてどんどん展開し、面白さを増していくのだが、この話にはさらにもうひとつの楽しみ方がある。この小説をアニメ化した「雲のように 風のように」(昔金曜ロードショーでたまにやっていた)を、これを読んでから見ると、子ども向けに性的な部分が見事なまでに削除されていて、それなのによく見ると読んだ人にはちょっぴりわかったりするので、アニメ制作者の苦労が偲ばれてなんとも面白い。


BGM:風をあつめて/はっぴいえんど
著者: B-ing編集部
タイトル: プロ論。
★★★

最近、書店に行くと「これでもか、これでもか」と並んでいるので、つい買ってしまった。

カルロス・ゴーン、楽天社長・三木谷浩史、糸井重里、藤子不二雄Aなどなど、各界の著名人50人が自らの体験と仕事観を語る、という内容。なんせ、帯からして、
『仕事、好きですか? 毎日がつまらないのは、あなたが「真のプロ」じゃないからです』
ときている。ここまで挑戦的な文句をつきつけられたら、もう読むしかないでしょう。

読み終わって、さすがに真のプロたちは良いことを言っているなあ、としみじみ実感した。以下、いくつか特に心に残ったもの、はっとしたものを要約して抜粋。


佐々敦行(元内閣安全保障室長)
・自分のことばかり考えている人はいい仕事ができない。最大多数の最大幸福 を念頭に。
・危機管理の基本は、悲観的に準備し、楽観的に対処すること。楽観的に準備し、いざとなると悲観的になる人のなんと多いことか。



糸井重里(コピーライター)
・迷ったときは、何が欲しいのかではなく、何が捨てられるかを考えてみる。
・自分が欲しいものは宣言しておく。そうすれば誰かが助けてくれるかもしれない。



中島義道(電気通信大学教授)
・挑み続ければ、負け続ける。でも、一流を目指そうとするその気概と苦しみ は、必ずいい仕事を残してくれる。一流を目指すことと、二流でいること。いずれにしても苦しいのだから、一流を目指す苦しみのほうが、自己欺瞞で苦しんだり、プライドを捨てたりするよりよっぽど楽。


平尾誠二(神戸製鋼所 ラグビー部ゼネラルマネージャー)
・時間は命の一部である。今の時間を大事にできない人には、未来への道は開けない。


秋元康(作詞家)
・自分にとって何が幸せなのか、どうすればドキドキできるのかをしっかり考えておく。
・正直に生き、嫌われる勇気を持つ。
・行動を起こした人が成功する。



白石孝次郎(海洋冒険家)
・大切なことは大志を抱き、それを成し遂げる技能と忍耐と仲間を持つことである。その他はいずれも重要ではない。


笑福亭鶴瓶(落語家)
・人に認められるには、まず自分の型を持つ。生きていくうえでの基本的なこと、約束を守る、家をきれいにする、お礼の手紙を書く、などの行為を大切に。


きっと、読む人によって心に響く部分は違うのだろう。だが、成功した人が共通して持っているのは、ゆるぎなき信念と行動だった。そして、私の心に一番突き刺さったのは、実は上のどの言葉でもなく、北村龍平監督のこの一言だった。  

  「死んだ顔して生きてるんなら、死ね」  


BGM:アパート/スピッツ


著者: コニー ウィリス, 大森 望
タイトル: 航路(上)
ソニー・マガジンズ ★★★

WEB本の雑誌の新刊採点http://www.webdokusho.com/frame-shinkan.html で好評だったので、手にとってみました。

[あらすじ]認知心理学者のジョアンナは、臨死体験の際に人々が感じる音や映像の原因と働きを解明するために、日々病院で臨死体験者の聞き取り調査に奔走している。彼女の仕事をいつも邪魔するのはマンドレイク。彼は自らの臨死体験本でベストセラーを飛ばした作家で、臨死体験を超常現象だと信じてやまず、ジョアンナにもそれを信じ込ませようとする。そんな彼女たちのもとへ、臨死体験を研究している医師がまた一人現れた…。

訳者の大森望さんはどこかで見た名前だと思ったら、「文学賞メッタ斬り」で
かの名剣士トヨザキ氏のお相手を務めたお方。(概して訳が読みにくいせいで)海外ものが苦手な私でもすらすら読める、読みやすい文章はさすがでした。
冒頭のプロフィールからしてなんとなくアメリカのドラマのノリ。全体を通してそのノリが続くので、ぶあつい上下巻もそれほど気にならなかった。

あらすじに続けてもう少しだけ内容を書くと、新しく来たドクター・ライトという医師は人為的に臨死体験を引き起こして脳の働きを解明しようとしており、ジョアンナと共同研究をすることになる。だが、実験でトラブルが続出し、被験者が不足してしまう。そして、ついにはジョアンナ自らが人為的に臨死を体験することに…と続く。

途中、「まさか、こんな非現実なオチで最後まで突き進むんじゃ…」と不安になったが(もちろんそれは杞憂だった)、そんなくだらない予想がかすんでしまうほどの出来事が後半で起こる。これには本当にびっくりした。

登場人物のキャラクター設定がしっかりしているので、人物の行動やせりふが生き生きしていて楽しい。いろんな方向へ拡散していった話が、ラストに向かって一斉に収束していくのも気持ちよく読めた。


BGM:If it makes you happy/Sheryl Crow



最近読んだなかで、気になったものや面白かったもの。

・春、バーニーズで/吉田修一 ★★☆  
 生意気な言い方だけど、この人うまくなったなあと思った。話に安定感がある。どうやら、冒頭のオカマの話には前編があるらしいので、探して読んでみたい。


となり町戦争/三崎亜紀 ★★★  
 戦争に対する、新しい感覚を示してくれた作品。私の周りでずいぶん話題になっていた。戦争の気配がどこにもないのに、いつの間にか報道される死者の数のみが増えていく日常。気づかないうちに自分が戦時下にいて、感覚もないまま人が殺されていったら…。
 物事が無感覚、無感動になっている現代の、薄い膜がはったようなリアルな非現実感を「戦争」という出来事に集約して表現している。

・明日の記憶/荻原浩 ★★☆  
 彼の作品は、どんなテーマを描いていても独特の「軽さ」がある。それは「文豪」と呼ばれる人々が備えている「軽さ」とはたぶんちょっと違うのだけれど、深刻なテーマでもどこかに笑うポイントがあって私は好きだ。これは若年性アルツハイマーの話。

猫:最近物忘れがひどくなってきた管理人にはひとごとじゃない話ですわね。


・東京物語/奥田英朗 ★★★☆  
 奥田英朗の引き出しの多さにはびっくり。「最悪」や「空中ブランコ」とはまた全 然系統の違う、回顧的な青春物語。自分とゆかりのある土地や関連のある職業が出てくるせいかもしれないが、ときどきどきりとするほど自分の心情に近い描写があって、かなり共感できた。特に最後のBachelor Party(新郎の独身最後の夜に催される男だけのパーティー)の場面は圧巻。彼の作品のなかで一番好きかもしれない。  


・夜のピクニック/恩田陸 ★★★  
 夜を徹して80キロという距離を歩き通す一大イベント、「歩行祭」。そして、主人公の女の子とクラスメートの男の子の間に隠された関係。この2つが冒頭で出てきて、「もう、これは面白くならないわけがない!」と期待をしすぎてしまった。青春期の不安定さがもたらす煌きのようなものは伝わってきたが、ちょっと文体(特にせりふ)に感情移入できない部分があったり、稚拙と思えるような心理描写でちょっとさめてしまった。


・漢方小説/中島たい子 ★★★  
 冒頭のテンポのいい文章ですっかり引き込まれてしまった。元恋人の結婚報告を聞いたショックで、ロデオ並みの痙攣がとまらなくなってしまう女性の話。ゆる~い感じでちょっとにんまりできるほのぼの話。ラストの持って行き方がもう少し違ったら、もっと良くなったと思うんだけどな。


BGM: Moments in Love/The Art of Noise



著者: 山崎 ナオコーラ
タイトル: 人のセックスを笑うな
河出書房新社 ★★★☆

39歳の美術専門学校の教師と、19歳の同専門学校学生の恋愛を描いた作品。
特に大きな出来事が起こるわけでもなく、普通に始まって、普通に終わっていく恋愛。描かれている恋愛自体にものすごく共感できるというわけではないし、キャラクターが強烈に魅力的というわけでもない。なのに、なぜ読んだあとに心にあたたかいものが残るのかというと、表現がとても生き生きしていて、ところどころで読み手の感情を揺り動かす力を持っているからなんだろう。

特別起伏のない物語を、「自分の言葉」で、かつ人の感情に訴える豊かな表現で、これほどのびのびと書いている人はほかにちょっと思い当たらない。

私が一番好きなのは、相手の年上の女性について書いたこの部分。

あの、笑ったときにできるシワはかわいかったな。手を伸ばして触ると、指先に楽しさが移るようだった。

そして、すごい表現だなと思ったのが、

「ユリちゃん」
名前を呼んでみたら、
「磯貝くん大好き」
と、言ってくれた。
それはちょっと幸せに似ていた。


「幸せだった」のではない。あくまでも「幸せに似ていた」、その感情。幸せだ、と声を大にしていうにはちょっと面映いような、ささやかでじわっとしたあたたかみ。その微妙なニュアンスが、絶妙な温度で伝わってくる。

次回作が楽しみな作家がひとり増えてとてもうれしい。


 最近読んだ本   

笑犬楼の逆襲/筒井康隆 ★☆   
「笑犬楼よりの眺望」は面白かったんだけどなあ・・・  

・チルドレン/伊坂幸太郎 ★★☆   
 彼の過去の作品のどこかで出てきたようなキャラ設定。  

悪人正機/吉本隆明・糸井重里 ★★   
 興味ある二人の取り合わせなのに、テーマが多すぎて内容が薄いのが残念。

・雨にも負けず粗茶一服/村松栄子 ★★★   
 期待しすぎたので、ちょっとあてが外れた。普通に面白い。  

生きながら火に焼かれて/スアド ★★   
 すごい経験の持ち主なのに、著者の表現が貧弱すぎてそのすさまじさがあまり伝わらなかった。「女盗賊プーラン」の方がリアリティあり。

世界悪女物語/澁澤龍彦 ★★★   
 名前のとおり、世界の名だたる悪女の生い立ちを集めたもの。知識欲が満たされてなかなか面白い。  

家守綺譚/梨木香歩 ★★★   
 不思議な世界をなにげなく描いていて心地よい。やや川上弘美風? こんな家に私もお邪魔してみたい。  

親指Pの修行時代/松浦理英子 ★★   
 よくよく考えると奇想天外な話だが、淡々と書いてあるのですんなりその設定を受け入れられる。主人公の恋人になる盲目の少年のキャラ設定が新鮮だった。  

・ダ・ヴィンチ・コード/ダン・ブラウン ★★★☆        
 話の大筋はオーソドックス。ただ、中で語られるキリスト教にまつわる謎の解明部分がかなり面白い。あのボリュームでも読む価値あり。  


 BGM:藍色夏恋/原田郁子

あっという間に新年も20日近くが過ぎました。
2004年の読書生活を振り返ると・・・

読んだ本の数:145冊

そのなかで特に面白かった本10冊(ベスト順ではありません)  

暗いところで待ち合わせ/乙一 
 話のアイデアが面白かった。乙一はノワールなものと、爽やかなものの2タイプに作品が分かれるが(どこかのサイトに黒乙一、白乙一と書いてあったが、言い得て妙)、この本は爽やかタイプ。読後感すっきり。  

オーデュボンの祈り/伊坂幸太郎  
 個人的には、伊坂幸太郎の最高傑作だと思う(世間の評価は重力ピエロかな?)。なぜなら、この作品にはあまり純文学の匂いが漂っておらず、純粋にストーリーを楽しめるから。他の作品は「文学的表現」を意識して書いているようなところが見受けられて、読んでいてもなんとなく気持がさめてしまう。  

雷桜/宇江佐真理 →100冊入り  
 文句なしの名作。登場人物が生き生きと描かれていて、好感を覚えずにはいられない。設定・ストーリーも秀逸。江戸時代版オオカミ娘(正確には「神隠し」にあった娘なのだけど)の話といったところ。
 主人公のお遊とその母が一緒にうめぼしを漬けるシーンでは、思いがけず号泣してしまった。  

人生劇場/三浦しをん  
 しをん本を読むきっかけになった一冊。ダメオンナ的おばかエッセイ(本当はすごい才女なんだろうな)。抱腹絶倒とはまさにこのこと。電車の中で噴き出してしまって、ちょっと恥ずかしかった。おばかを装っているが、文中に散りばめられている豊富な知識を見ると、どうみても只者ではない。年齢ごまかしてないか? なんて。  

アラビアの夜の種族/古川日出男  
 とにかく構成がうまい。語り手が紡ぐ話自体はファンタジーとしてどこかで読んだことがありそうなものだが、なぜ語り手は話しはじめたのか、その話がどんな現象をもたらすのか、といった背景の作りこみが非常にうまくて引き込まれた。新しいタイプの作品。  

終戦のローレライ/福井晴敏  
 祝・映画化でございます。この感想は12/3のブログ にあります。  

樅の木は残った/山本周五郎  
 「さぶ」を超える傑作。伊達藩のお家騒動の話なのだが、主人公原田甲斐のキャラクターの描き方が素晴らしい。どこまでも自分の信念を貫き通す原田は、読んでいて痛々しくなるほど。目が離せない。  

クライマーズ・ハイ/横山秀夫  
 こういう話を読むと男同士の友情にあこがれてしまう。何かに全力で打ち込んでいる人の姿は、見る人の心を打つものだ。“純愛”ブームにちょっと食傷気味だったときに、男女の恋愛とは違ったところで純度の高いこの本を読んで、はっとした。

幸福な食卓/瀬尾まいこ  
 12/16のブログにも感想を書いたが、2004年は瀬尾まいこさんを知ったというだけでも実りのある年だった。他にも「図書館の神様」や、「天国までまだ遠く」を10冊に選んでもいいくらい。

人のセックスを笑うな/山崎ナオコーラ
 瀬尾まいこさんに続く2004年の注目株。この本については次のログで書きます。



 BGM:Happy talking/SUPERCAR   ←解散なんて・・・衝撃。



著者: 瀬尾 まいこ
タイトル: 幸福な食卓  講談社 ★★★★★100冊入り!

[あらすじ]
「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」、ある朝佐和子の父はそう宣言した。とはいえ、“元”父さんは父さんを辞めた後も家を出るわけでもなく、最近、大学へ進学するために勉強を始めた。神童として名をはせた兄の直も、今は農業の仕事を楽しんでいるようだし、母さんは別居をはじめてからおおらかで奔放になった。少し変わった家族だが、ここはそれなりにあたたかい。しかし、やがて梅雨の季節がやってきて、自分の家族に起こったある重大な出来事を佐和子はまた思い出してしまう…

来ました! 久々の大ヒット。
素晴らしい本に会えた日は、体の中から汚れたものが一掃されていくような、とても爽やかな気分になる。思えば、こういう瞬間に出会いたくて本を読んでいるようなものだ。

まず、この少し不器用な家族を淡々とつづったぬくもりのある文章がとても心地よい。そして、この人の小説全般に言えることだが、話の中に、いやな人や、“○○タイプ”と言い表せそうなステレオタイプ化されたつまらない人物が出てこないのもいい。どの登場人物も魅力的。主人公も等身大で、過度にエネルギッシュでも無気力でもなく、それなりに地に足がついた考え方をしていて好感が持てる。

そして、この人の描く愛はとてもあたたかい。それは必ずしも友情や恋愛感情、家族愛などというカテゴリーに押し込められたものではなく、そういう分類を超えた大きな愛が作品から感じられる。

彼女の小説は全部好きだが、この作品が一番、登場人物のセリフが素晴らしかった。誰でも生きていくなかで一度や二度、信じられないくらいの、まるで奇蹟のようにあたたかく優しい言葉をかけてもらう瞬間があるだろう。この本の中には、そんな大切な言葉がいくつも光っていた。

最後の章は、吉本ばななの傑作「ムーンライトシャドウ」(キッチンに収録)を想い起こさせる味わい深い作品。「ムーンライトシャドウ」との大きな違いは、「家族」の存在がこの主人公を優しく包み込んでいることだろう。

-------------------瀬尾まいこ 既読本-------------------

「天国はまだ遠く」新潮社 ★★★☆
 
[あらすじ]
自殺を決意し、誰も知らない町で最後を迎えようと旅に出た千鶴。やがてたどりついた山あいの村の民宿で最後の宿をとる。民宿のオーナーである田村は素朴な人柄で、彼と数日を共にするうちに千鶴はゆっくりと癒されていった…

仕事で追い詰められたことのある人はきっと、深く共感できる話でしょう。

猫:誰のことを言ってるんですの?

ご、ごほん。とにかく、この「田村」という登場人物がとても魅力的。田舎の情景もうまく描かれていて、特別な出来事が起こるわけでもないのに心に静かに響いてくる、雰囲気のある小説になっている。



「図書館の神様」マガジンハウス ★★★★

[あらすじ]
清、という古風な名前を持つ主人公は、あるアクシデント以来、傷ついた心をかかえて生きることになった。文学に興味もないのになんとなく高校の国語教師になってしまった清は、部員がたった一人の文芸部顧問までも任されてしまう。家へ帰っても不倫相手のケーキ職人を待つだけの日々だ。しかし、そんな暮らしも、彼女自身の成長によって少しずつ変わっていく・・・。

初めて読んだ瀬尾まいこの本。きっと盛り上がりに欠ける淡々とした話なんだろうなあ・・・と(失礼にも)期待せずに読み始めたが、予想外にあたたかく爽やかな読後感を残す本だった。たしかに物語は淡々と流れていくのだけれど、読み進めるうちにだんだん心地よい気分になっていくのがわかる。垣内君と清が図書館で交わす何気ない会話がとても心地よい。



「卵の緒」 マガジンハウス ★★★

[あらすじ]
表題作は自分は捨て子だと確信している育生と、マイペースな母、そして周りをとりまく人々がつむぐ優しい日々の話。同時収録の「7’s blood」は異母姉弟の七子と七生が、事情により突然同居することになる話。距離をはかりかねてぎこちなく接している二人に、ある大きな出来事が襲い掛かる…

デビュー作にしてすでに安定感のある、素晴らしい作品。子どもと大人の関わり合い方が、見ていてうらやましくなるほどにあたたかい。
余談だが、本作か「図書館の神様」のあとがきで、著者が同僚の先生のところへ食事に招かれたときの話を書いていて、それがまた本編に負けず劣らず、ぬくもりのあるいい話だった。

BGM:トレモロ/クラムボン