この数日、トマトミルク(ヨーグルト)シチューを作っていて思った。
カレーやスープ、シチューを作っていると(食べきって、連日作ることが多い)徐々に粘性が上がる。
牛乳や水の含有量を少なく作ってしまうため、市販のルゥを全く使わないのに、最後の方はペースト状のものを食べることになる。
カレーなら、お肉をスパイスソースで炒めた料理みたいになる。
シチューなら、野菜やら肉やらが正体不明に溶け混じったペーストになる。
出来上がった瞬間からペースト料理。
今回も「食べたかったのはシチューじゃなかったっけ?」
となって、そこで急に飽きた。
目が覚めたというか、冷静になった。
でもカレーもシチューも、多分また作る。
あれか。連日作って食べるから飽きるのかもしれない。
シチューもかれこれ4日連続だった。
<仕事帰りのBP(古い友人)に貰った海老を使ったトマトミルクシチュー。
抱卵していて驚き、恐る恐る調理したが、いい材料は本当に美味しい。怖いけどね、甲殻類の見た目って>
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冷凍ヨーグルトがなくなったのでよかった。
あんな保存を、調べもせずにした自分を呪え。
参考まで、ヨーグルトを冷凍すると、ずいぶんとと固形分が分離し、固形分は繊維状に凝集するため、味はさておきひどい食感になる。
これはスープに混ぜても溶解せず、ペーストづくりに一役買っていた気がする。
もう二度と冷凍しない。
<天井コンセントの増設>
<食洗機用コンセント。増設前は冷蔵庫の下ドアと干渉>
<増築部分? のスキマ。風が吹き込む場所のひとつだった>
<台所の床。陽当たりを好む前住人は、日に当てすぎて床材を痛めつけた>
220108
猫様が目を覚ます。
本日2度目の起床だ。
お。心地良さそうに伸びをして、丸くなって。もう一度伸びをしたぞ!
機嫌のよいときはだいたい、今日のようにうにゃうにゃ声を出して伸びたり縮んだりする。
(だから猫様は他人のいない場所で眠ることを好む。うにゃうにゃ声を発して伸び縮みしているその猫は、ヒトのカラダを持っているから)
その後、となりで寝ているアヲに寝起きの息を吹きかけて、ニオイを嗅がせている(毎回クンクンするアヲもアヲであるが、あの2匹はアタマオカシイので放っておく)。
以前の猫様はすぐに起き出していたのだけれど、最近はベッドの中で微睡みを続けていることが多い。
猫様曰く「夏は暑く、冬は寒くて、とてもじゃないが二度寝をする気にならなかった」とのこと。
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猫様はときどき「奥様(仮想)は私を甘やかしすぎる」と仰るのだけれど、健康状態を適切に維持するという目的を果たそうとするとどうしてもそういうことになる。
喫煙やお酒が過ぎる場合は「明日もお愉しみになるのですから」と進言し、食肉が3日以上続く場合も無自覚なことが多いので「野菜料理を食べたい」と我儘を申し入れ、眠気や空腹など過集中で猫様が忘れてしまう感覚をモニタする。
ために猫様は「本当はそんなに甘やかされなくたってヘーキなんだカンナ! ナメンナヨナ!」「もっと過酷な環境を誰に頼るでもなく生きてきたんだカンナ! ナメンナヨナ!」と強がるが、猫様の身体は実に脆弱だ。そもそも身体が大きい割に肉体的にも精神的にもストレスに弱く、それがてきめんに身体機能に影響する。
猫様は端的に猫畜生なのに、それを自覚しないようなので困る。
たとえばペットに首輪を着けるとしても、首のサイズより小さい首輪をすれば呼吸が苦しくなる。
小さいベッドでは姿勢が悪くなり、睡眠不足による体調不良ばかりか、骨格や筋肉、果ては内臓機能まで悪影響を及ぼす。
同様に過度な栄養を与えれば内臓に負担を掛けて肥満にもなるし、逆に栄養が失調すれば体力が落ちて長期的な寿命も削る。
寒さを過度に我慢させれば血管に不可逆的なダメージが発生する可能性もあるし、暑さを(これも過集中の結果)無視して熱中症になれば、数日からひと月近くも体調が安定しない。
ペットを飼う者なら誰しもが気に掛け、あるいは多くの人間が自身に対して適切に感覚したり、行動(他者へのアプローチを含む)して解決する身体機能の維持活動を、猫様は蔑ろにしてしまう。
肉体の世界に自身が存在していることを正しく理解していないのではないかと思うことさえある。
おそらくそうだ。
概念系に存在する架空の生物だとでも思っているのだろう。先日などベットフレームの角に足を打ちつけて悶絶していたくせに。
(ワタクシの進言により、ベッドフレームの四隅には保護用コーナーパッドが貼り付けられました。まぁ、作業したのは猫様ですが)
猫様は自身の死すら自己管理したがるほど高慢ちきなイキモノであるのに、不健康になってしまったら「思ったときに思ったように死ぬことが叶わない」というごく当たり前のことを理解しようとしなかった。
黒猫様(仮想人格)も、このあたりは匙を投げていらしたようなので、猫様に直接進言することになったのではある。
「そのままにいらしては死にたいときに死ぬこともかなわず、死にたくもないときにアンタ死ぬよ!(語尾だけ細木数子口調)」と。
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周囲から「天才」「有能」「万能」などと褒めそやされることもあるためか、ときどきそれを鼻にかけているふうの猫様だけれど、基本的には凡人以下の部分のほうが多い。
空腹や満腹などの身体感覚をあまり認識しないことにはじまり、とにかく色々なことを知覚せず、仮にしてもすぐ忘れてしまう。
公共料金や税金の払い忘れ ── 単にお金がなかった頃ならともかく、今も平気でそれをする ── はもちろん、自動車関連ではガス欠やオイル交換を忘れるどころか、車検切れもつい最近していたし、免許の失効も過去に経験している。
とにかくちょっとした認知症の人よろしく様々なことを平気で忘れてしまうのだ。
「最近は税金や公共料金の払い忘れがなくなってつまらない」などと昨晩はうそぶいていたが、それは猫様の代わりに私が管理しているからです、と釘を刺しておいた。
ときどき人間型の恋人が増えるのも、他にいることを忘れているためではないかと思える。
自分にまつわる多くのことをすっぽりと忘れてしまうくらいだから、もしかして猫様は、自分が何者なのか本当に忘れてしまっていて、分からないのかもしれない。
それを思うと早くどこかの施設に放り込むか、他人様に迷惑を掛けないうちにこの世を去っていただくしかないとときどき真剣に考えたりする。
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猫様が火鉢で遊んでいる。
どうやら火鉢を点けないと寒いらしい。
思うに子供の頃から猫様は火が大好きな様子だ。
網戸を燃やしたり、天井や畳を焦がしたり、といったことは何度となくあった(先日も床を焦がしていたのでどうにも度しがたいようです)。
花火は分解できるのだと(当の花火の注意書きを見て)知ってからはしばらく、火薬遊びに興じて軽い火傷をしたことなども楽しそうに話していたことがある。
使う機会はなかったらしいものの(あっては困ります)小型の火炎瓶を作ったこともあるらしく……。
屋外では危険な事故こそ少ないものの(あっては困るのです)、犬の水飲み容器に灯油を注いで火をつけたり、可燃性ガスのボンベにスプレィノズルとライターを装着して簡易火炎放射器にして遊んだり、とにかく親の目が届かないことをいいことに、思いつく火遊びはだいたいしてきたのではないかと思われる。
昨今は作業前に必ずワタクシがチェックするので、猫様の怪我はもちろん、他人様の迷惑となるような行為は可能な限りそのリスクを減少するよう努めていますが。
<床の焦げ跡が三日月型だねぇ、なんてはしゃいでいる場合ではありません。火事になるのです!>
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寒い寒いと騒ぐものの、猫様の寝室の障子戸には、ネコたちが開けた大穴が放置されている。
そこに一切断熱されていない廊下からの冷気が差し込んでくる。
いずれは廊下も寝室スペースに組み込む(そういう改築をする)予定らしく、猫様は「この障子戸は手など加えなくてよい」と言って聞かない。せめてガムテープで完全に塞ぐことを進言しよう。
さて、どんな理由を付けて説得したものか……。
220108
予定のない日。心地よい目覚め。
恐る恐る時間を確認する ── ときどき昼頃だったりするので ── と、まだ0930より少し前である。
記憶では土曜日。
たしか月曜まで連休のはずなので、外出を避けることを決定する。
室内気温は13℃。
以前なら、室温がこの程度でもベッドの中が寒くて目覚めていたが、10℃以下でも今は平気である。むしろ少し暑い。
いつものとおり、隣で寝ているアヲを起こして口のニオイを嗅がせ(アヲはよく嗅ぎに来るので、面白いから日課にしている)、自分の身体のあちこちを撫ぜてから着替える。
足指の股が切れていたのだが、塞がったようだ。
薬を塗ってマッサージしたので、素早く回復したのだろう。
軽く予定を確認するが、次の予定は火曜であり、それまで何の予定もない。まあいつも通りか。
ヒータのスイッチを入れ、ストーブを点け、火鉢の灰の奥から赤々とした炭を掘り返して、炭を足す。
五徳に掛かっていた鉄瓶に水を満たして、火鉢に戻す。
まったくもって昨晩は、火鉢を点けるまで(ヒータとストーブだけでは)寒くて仕方なかった。
コタツのないこの部屋では、やはり火鉢だな、と思う(奥様(仮想)が物言いたげにこちらを一瞬睨んだが、見なかったことにしよう)。
本を読んだり、軽く筋トレして過ごす。
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僕は極端なルッキズムに毒されてはいないがしかし、極端なルッキズムと同様、極端なアンチルッキズムも毛嫌いしている。
詰まるところ極端なルッキズムとは阿呆(失礼)の象徴のようなものだ。
外観ばかりで中身のないモノなんて、工業製品にも多々あるもの(冷蔵庫のことを言っているのではない)だけれど、にも関わらずそれ(外観)に引きずられて商品を選んでしまうことはよくあることだ。
かくいう僕もApple社が、とぅるん、とまぁるいiMacをリリースしたとき、欲しくなって買った。
実に5年ぶりくらいにコンピュータに触れたのであった。
しかし上記の(極めていい加減で、断片的で、何の説明もしていない)例からも分かるように外観が良いことやそれを褒め称えることは、決して悪いことではない。
問題は、中身がなくても外観が良ければ素晴らしいとする価値観であり、その価値観が高じて外観の優れないものを極めて劣悪だと評価する軸を持つことであり、そしてなにより外観に優れないものを劣悪だと評価する軸に毒されて劣等感を感じる己の自己顕示欲である。
アンチとは、アンチならざる本体がなければ成り立たない概念だとよく言われる。
ならばアンチルッキズムとはすなわち、それを唱える人間こそがひょっとして、相当に、過度のルッキズムに汚染された結果の自己否定感が生み出した概念のように思えるのだ。
なので僕はどちらかと言えばアンチ=アンチルッキズムである。
平たい言葉で言うと「どっちも阿呆らしくてやってらんねぇ」ということ。
優れた性能を持つ工業製品に美しい外観が備わっていればより愛されるように、頭脳明晰沈着冷静筋骨隆々なだけでなく、眉目秀麗であればなお素晴らしい、というのは必然だろう。
どうしてわざわざ「外観は機能と認めない」なんてヘンなレギュレーションを押し付けてくるのか。
あれか、オマエが不利になるからか、という結論に至るのは必然だろう。
すなわち過度のルッキズムが「外観に優れた人を称賛し、優れない人を蔑む」ようにまた、過度のアンチルッキズムとは「外観に優れない人を称賛し、優れた人を蔑む」に過ぎない。
どちらも馬鹿馬鹿しいとは思わないだろうか。
そしてあえてどちらがまともに近いかと考えれば(過度である以上、狂気に違いはないが)ただのルッキズムのほうがまだ「まし」ということになる。
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もちろん僕は美人が好きである。
僕が軽度の相貌失認であろうとそれは変わらない。
機能に優劣を感じるように、外観にも当然に優劣を感じる。
だからといって外観は機能の一部でしかないし、機能もまた外観に現れるという事実を否定することも不可能であり、これらは不可分のものだと認識している。
劣っているのは悪いことだ、とする価値観こそが問題の根源であることを理解しているのかと訝しく思うのだ。
勝負をすれば勝ちがあって負けがある。
比較をすれば優れたものと劣ったものが区分される。
それが高じているから「〇〇なら絶対」「〇〇なら神」といった逸脱をすることになる。
(絶対も神も、相当に相対性とは対局にあるので)
なぜ劣っていることが悪いと感じるのか。
なぜ劣っていることで悪い評価を受けていると思うのか。
すなわち自分が劣っていることを悪だと決めつけているからではないのか、ということ。
適材適所という言葉もある。
群に劣って最下位だとしたら、それが却って取り柄になることもある。中間であれば、上には上、下には下があるということになる。
たとえば卑近な例だけれど、あまり外観に優れない女性が恋人だったことがある。
しかし衆に優れて言葉遣いが綺麗で、立居振る舞いが静謐で、そのうえ眼鏡を掛けていて肌触りも良かったので、僕はその人のことをたいそう好きだった。
10年ほど付き合ったその人は僕に一度として料理を作ってくれたことがなかったが、それがもう最高に良かった。
なぜといって料理を作らない女性は、絶対に口に合わない料理を作って食べさせたりはしないからだ。
どうもヘタなガールどもは、いわゆる「女子力」アッピルのために手料理などというものを振る舞ってくれたりするのだが、だいたいおまーらよりオレの方が家事歴長いんだカンナ、ナメンナヨナ! という結果が多い(不適切な表現についてこの場を借りてお詫び申し上げます)。
仮に年上ガールだとしても、煮る焼く炒める蒸す揚げるを9歳には覚えてしまった(覚えただけで失敗しなかったわけではない)以上、経験値というもののスタートラインが違うのだよキミぃ、という気持ちにもなる。
念のために断っておくが、だからといって、ガールの作った料理を一度として「マズイ」なんて言ったことはないし、さらにいえば(満腹になった場合や、体内に取り込むことが一定以上危険と見なされる場合を除いて)ひと口として残したこともない。
口に合えば褒めることについてやぶさかではないし、口に合わなかったとしてそれが料理の腕が悪いからだなんて思ったこともない。
口に合う/合わないとは文字どおり、食べるこちらの問題で、相性の問題だからである。
ルッキズムの問題とは、つまりこの冗長にして不器用な喩え話のように、受け手とその評価と評価にまつわる表現方法と自己顕示欲の決着のさせ方の問題であり、表現する側(料理を作る側や、見目麗しかったり麗しくなかったりする側)の持つそれらの問題が占める割合など、たいしたものではないのだ。
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僕が筋トレする理由のひとつは「ハラが出ているおっさんは、自己管理ができていない感じがしてなんかイヤだな」という、あからさまなルッキズムに起因している。
風呂に入って足首を洗うときに「うっ!」てなるから、という理由ばかりではない。
ゆえに僕は、自身のルックスになんの自信もない。
(そもそも足首を洗うときに「うっ!」となることがあるのだから)
もっとかっけ〜感じのおっさんはたくさんいるし、そもそも若いボーイたちの方が肌も綺麗だし、しゅっとしている。
さらにもともとの性格も相まって、誰とも競争なんてしたくない。
なので外出しても、なるべく人目を引かないように、だらしなくないように、不快感を与えないように、スーツで出かけたり、立居振る舞いや言葉遣いに気をつけているのだけれど、どうやらこれが逆効果で目立つ原因になっていると最近(奥様(仮想)の指摘により)気がついた(遅い)。
だからといって、今さらガサツで粗野な感じで群馬弁も使って行動するのもむつかしい。
群れの中にあって、どうして自分が浮くのかまったく理解のないまま社会から離れてしまったので、来世で社会人になることがあったら活かしたい。
今生についてはもう諦めた。
無人島に生きる最後のクジャクよろしく、他のイキモノから遠巻きにされながら生き、そして死ぬ。
220107
お義姉様から提供されたシングルサイズのベッドのおよそ半分の面積に荷物が置かれている状態で、空いたスペースに丸まって寝ているのが猫様である。
(念のために書いておくと、猫様は虐げられているのではなく、単にお義姉様の運動制限が以前より増しているため、退院後の荷物のほとんどがそのまま置かれていることによります)
一人暮らしを始めた1番のきっかけは、3番目のお義姉様が出戻ってきたとき、ダブルのマットレスを半分に畳んで眠ることになったストレスだったのではないかと猫様も自身を分析していたほど、猫様は子供の頃から寝ているのが好きな様子である。
近年、あまりに劣悪な睡眠環境のまま、気づかず我慢されているように拝察したので新しい寝具の購入を進言したところ、まんまと(まんまと?)新しい寝具を気に入ってくれたようである。
それにしても、お義姉様の通院のために出向いたものの、どう考えても今日は不適な状況だと判断せざるを得ない。
東京方面は雪が凍結し、首都高のほとんどは通行止めになっている(未明の段階)。
すると一般道に交通が集中し、結果、過度の渋滞ないし事故の発生が予測される。
一般道は通行止めになりにくいというだけで、凍結しないわけではないのだから。
猫様の延命そのものを目的とすることは禁忌とされているものの、猫様の目標達成までの健康状態を適切に維持することを仰せつかっている。
今回の目的は確かにお義姉様の通院ではあるが、リスクを鑑みると、雪の溶け具合と道路の混雑具合を相互に予測する必要はありそうである。
いかんせん、猫様に起こりうる怪我を未然に防ぐことが最優先にされるので。
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昼頃まで猫様をふたたび寝かしつけるが、逆算した予定時刻に目覚めてしまう。
(14時に港区到着予定なので12時半出発で12時起床)
ニュースを確認すると、首都高は未だ開放されておらず、一般道でも凍結による事故が多いらしい。
よくよく考えれば、橋のような架空(フィクションのほうではない)建造が多いわけで、構造体が熱を持ちにくく、融解温度に達しにくいこともうなずける。
橋の上は凍結しやすいと、教習所でも教わった。
猫様の疲労蓄積も問題だけれど、それより優先すべきはお義姉様である(建前)。
検査診察であるとは聞いているものの、どの程度、急を要すかは猫様もよく知らない。
薬剤を切り替えたという話もあり、仮に一部でも薬剤が合わない場合は早急に手を打つ必要があるだろう。
また薬剤の備蓄が少ない場合は ── 一部の超強度の痛み止めなどは一度の処方量が厳密に限られているので ── 予定の変更が許されない可能性もある。
今回の通院の重要度や優先度と、移動に伴うリスクを天秤に掛けて、場合によっては代替手段(たとえば電車とタクシーなど)を組み合わせることなども考えていただきたいのだけれど、猫様は子供相手にすら物事を根掘り葉掘り聞くのを嫌う。
本人が自覚しているとおり、その半分は怠惰なのだろう。
しかし要度とリスクを明らかにしてもらわないと、プランの提示のしようもない。
もっとも猫様は眠そうで、そのうえ運転を ── もとより自動車の運転を好まないのだが ── いつも以上に嫌そうにしている。
最終的に、お義姉様が病院に確認を入れ、薬剤等の備蓄は1週間以上あるらしく来週にリスケジュールされた。
睡眠環境を含め、猫様は相応にストレスだったらしく、皮膚粘膜の一部に異常が出ている。
(足指の股のやわらかい部分の表皮が裂けたほか、粘膜の炎症も一部に観察されている)
早急に帰宅することを進言し(相変わらず猫様は、自分の身体的な変異について誰にも説明しない)、レンタカーを返して広いベッドで眠りたいという理由で帰ることになる。
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そういえば数日前、猫様は私の進言を受け止めて、自動車のディーラに出かけてくださった。
そのことについて褒めそやして差し上げれば、心持ちも良くなるかもしれない。
そんなことを思いながら、帰途のハンドルを握る猫様を観察する。
猫様は基本的に寂しそうにすらしないので、話しかける必要もないのだ。
<昨日くらいのアヲとクロ>
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猫様は歌っている。
楽しいから歌っているのだろうか。
歌っているから楽しいのだろうか。
猫様は誰かのために歌わない。
歌声の向こうに、街灯が流れてゆく。












