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 清水克衛さんは、東京都江戸川区で、「読書のすすめ」 という名前の書店を経営されている方。読書普及協会理事長でもあるらしい。 清水さんの趣旨に賛同した著名人が集まってこの書籍を世に出したということらしい。

 

 

【本は知恵の結晶 <本田>】
 本はそれを書いた人に直接会わなくても、いつでも、どこにいても、その人のいわば知恵の結晶を分けてもらうことができるのです。こんなぜいたくなことはありません。 (p.56)
 まったく同感である。
 本が好きで読む人々は、知恵の結晶に対して敬意を払っているから、本を放り投げたり、床の上に本を置いたり、ましてや本を跨いだり(!)することなど決してしないだろう。そして、それをする人を見かけたら、その人の知性を全く信用しなくなるだろう。他者の知恵の結晶を跨ぐ。 最悪である。 
  《参照》  『日本の「ち・から」』  友常貴仁  三五館  《後編》
          【<本>を跨いだら「凶」。物覚えが、急に悪くなる】

 

 

【成功者の条件 <七田>】
 ドイツの学者、オストワルトは、かつて 「偉人や成功者たちに共通していることは何かを調べて、二つの共通項を見出しました。
 その一つはプラス思考であること。もう一つは読書でした。読書が偉人や成功者たちの共通の条件であったことを見出したのです。(p.102)
 ブラス思考&読書。この二つは連動している。言いかえれば、読書する人はポジティブ。
 ということは、読書しない人はネガティブなのか? そうである。
 私自身、本を読むようになる前は、「んな・・・バカバカしい」 ということを頻繁に言っていた(!)のである。 読書しない人は、永遠に自分自身の偏狭な価値基軸しか持っていないから他を即座に否定するのである。
  《参照》  『大人のスピード読書法』 中谷彰宏  ダイヤモンド社
          【本を読んでいないと、反対論者・否定論者になる】

 

 

【 『呻吟語』 に書かれている読書 <七田>】
 『呻吟語』 という明代に書かれた書があります。これは呂新吾という、長く官界にいて、中央の要職や地方の長官などを歴任した人の書です。
 ・・・中略・・・。
 読書については次の言葉があります。
「知恵は他なし、書を読むと読まざるにあり」
「智」 と 「愚」 の分かれ目は、他でもない本を読むか読まないかにあるというのです。 (p.104)
 日本では論語的な 『呻吟語』 のみが有名であるけれど、呂新吾(呂坤)は、子供たちや女たちを教育するために童謡風な著作などを工夫して著した教育者としての側面もある。それほどまでに読書を尊んだのである。
   《参照》  『日本精神の道標』  (西尾幹二・他) 明治神宮崇敬会
            【アメリカン・デモクラシー】

 

 

【メモは必要 <七田>】
 本をいくら読んでも、読みっぱなしでは何も残りません。細かくメモをとることが読書にプラスされていなければならないでしょう。 (p.112)
 このメモは、PC内のファイルに記述しておくと便利である。特定な項目や単語に関して、検索機能を使えば、どの本の中に類似な内容が書かれていたか、即座に探すことができる。

 

 

【「徳行は本(もと)なり」 <七田>】
 元禄時代、京都にいた名高い篤学の僧侶で、湛澂という僧侶がいました。この人が出した本に 『一言芳談』 という本があります。この本の序文に「徳行は本なり、人を教うるは又其の末なり。もしその本末を知れば道に近し」 という言葉があります。
 昔の人は、学問といえば知識の学問ではなく、徳に生きることを学ぶ学問が、本業の学問であることをみんな知っていたのです。
 本を読む本来の意味は、そのように知識を得るためではなく、身を修めるためです。
 となると、「座右の書」 を持つことが大切です。
 人は絶えずわが心に理想像を持つ。私淑する人物を持つ。あるいはそのような人物が身近にいないなら、座右の書を持つということが重要です。自らを深める覚悟がなくてはいけません。(p.122)
 七田さんは、読書の目的を多面的に語っている。 「徳行は本なり」 だけでは不完全である。

 

 

【「生きた読書であらねばならない」 <七田>】
 福沢諭吉も 『学問のすすめ』 の中で、「学問とは難しい字を知っていたり、難しい古文を読んだり、和歌を楽しんだりすることではなく、実用の役に立つ実学を学ぶことだ。・・・中略・・・。古事記のことはよく知っていても、米の相場を知らない人間は本当の学問をした人間とはいえない・・・・」 といっています。
 読書が、人間として生きる実人生には役立たない、死んだ読書にならないように注意しなければなりません。(p.129)
 「バキューン」 って、撃たれた感じ・・・・。

 

 

【 「本を読め」 っていう先生 <斎藤>】
 本が好きでしょうがなくなるようなことを学校で教えてほしいんですよ。

 ところが学校って、本嫌いにさせといて、本を読めって言う処が多いでしょ。
 わけわかんないよね。
 
 それより先に、まず先生に本読んでほしいよね。
 自分では読まないのに、世界文学全集を持ってきたりするのは、やめたほうがいいよね。
 そんな本、今どきだれが読んでるかって?
 自分では読んだんですかって?
 聞いてみたくなる。  (p.194)
 んだ。自らは読まずに読めなんて、ねぇ・・・。
 チャンちゃん自身が読書するようになったのは、それなりの縁があったからであって、人に勧められて読むようになったわけではないから、人に 「読もうよ」 なんて到底言う気にはなれないよねぇ・・・。
 でも、人の将来のことを慮れば、やはり 「読もうよ」 って言うなぁ。

 

 

【語彙力 <武蔵>】
 アメリカにおけるある研究によりますと。語彙の多い人が成功すると報告されています。(p.231)
 落合信彦が、カッチョイイ映画俳優のトム・クルーズのことを書いていたのを思い出す。
 彼(トク・クルーズ)は貧しい家庭で育ったので本を買うことができなかった。今や人気者スターになってしまっているけれど、彼は自分自身の語彙力不足を隠すことなく、これを補うために撮影所でも常に辞書を携帯し、待ち時間にはこれを広げて読んでいた、ということだった。
 既に大スターとしての地位があっても、自分自身の劣った部分を隠さずに向上しようとする態度を崩さない。その姿勢が美しいではないか。美系なのは外見だけではない。
  《参照》  『まがいモンたちの終焉』  落合信彦  青春出版社
            【ボキャブラリー】

 

 

【進化・発展に奉仕したい。そのために・・・ <武蔵>】
 人類は、いや宇宙は進化しています。
 正しい心、美しい心、思いやりのある心、人をそれぞれ尊重する心、自分を謙虚に伸ばしてゆく心、自分という人間を少しでも高めようとする心、そうした真、善、美の世界を目指し、一歩ずつ進んでいるのです。
 私の心からでいい。その進化、発展に奉仕したい。そのためにも本を読みたい。
 私の心を高めたい。
 あなたの役に立ちたい。一緒に幸せになりたい。 (p.254)
 こんな風な目的意識でする読書って、いいかも。
 アクエリアンエイジへと向かう地球人にマッチしている。
 
 
<了>