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上海市武昌路301号。

 

5分ほど歩くと、武昌路301号があった。俺は、そこで足がすくんだ。「林社長、ありましたね」「ああ、年齢的に覚えているはずはないんだが、懐かしい気持ちがする。」 

 

しばらくの沈黙の後、後ろからスッと華さんが出て来たかと思うと、いきなり301号の扉を強くノックした。「すみません!だれかいませんか?」と日本語で言っている。ちょっと間があり、中年の中国人男性がドアから顔を出した。

 

そこで、俺は片言の中国語で言った「突然すいません。実はこちらの日本人男性は、ここで生まれたそうです。」通じたかどうかは分からないが、奥さんらしき人も出てきて中国人夫婦は最初は硬い表情だったが、やがて笑顔になった。恐らくだが「昔ここら辺は日本人が多く住んでいたことは聞いている」みたいなことを言っている。

 

俺は片言の中国語を続けた。「家の中を少しだけ見せてもらえませんか?」と言うと、「好的(いいよ)」と返してくれた。林夫婦は、扉の内側に招かれ、その間、俺と華さんは扉の外で待っていた。すると、華さんが俺に小声で話しかけてきた。「山本さん、百元札(約1500円)ある?」「ああ、百元札なら何枚かありますよ。」「じゃあ、百元、いや念のため300元借りていい?」「いいですけど、何するんですか?」「任せといてよ。」と言うと、300元を左右のポケットに入れ、林夫妻が戻るのを待っていた。 

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

上海市武昌路(ぶしょうろ)。

 

翌日。大西洋ホテルのロビーに11時に集合である。今日も謝さんが一日運転手を務めてくれる。俺と謝さんは、集合時間の30分前にロビーで地図を広げて武昌路301号を調べていた。地元っ子の謝さんも、戦前にそのあたりに日本人街があったことは聞いたことがあるという程度だった。

 

 「そうか、じゃあまずは『豫園(よえん)』に行って、昼ごはんに南翔小籠包を食べることにしよう。それから武昌路に行ってみよう。」そう話し合っているうちに林ご夫妻と華さんがロビーに集合した。「では、参りましょう。」 平日にもかかわらず、上海の『豫園』の「南翔小籠包(なんしょう しょうろんぽう)」は大盛況である。謝さんに携帯電話で席を予約してもらっていたので待たずに入れた。今日は謝さんも一緒に食事である。謝さんが注文してくれるので心強い。

「昨夜も食べましたけど、小籠包といえばここが元祖です。」 小籠包以外も頼んだが、5人で、4個入りの丸い蒸しセイロを一体何杯食べたことか。 

 

さて、満腹のまま、いよいよ武昌路301号付近に到着。謝さんは運転席で紙の地図を開いて、なにやら真剣に考えている。そして片言の日本語で俺に説明した。「山本さん。車ここまで。私車で待ちます。皆さん、歩いて行きます。」 

「謝さん、車で待ってて。」そう言いながら我々4人は車から降りた。さて、ここからは歩きである。上海は治安は良いと言われるが、それでもこの辺りは薄暗くて、少し怖い。ましてスーツ姿1名と観光客3名である。周囲の雰囲気からは、相当浮いている。地元の住民からは、怪しいものを見る目で見られている気がする。

 

 

 

 

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ご夫妻の上海訪問の本当の目的とは…。

 

上海蟹を堪能いただいたあと、待ってもらっていた謝さんの車で、外灘(ワイタン)の夜景を見に行った。

 

「緑の三角の屋根が和平飯店(ピースホテル)です。川の向こうの高いタワーが東方明珠塔です。その横には、数年後に世界で最も高い森ビルが建つ予定です。」と俺は簡単に説明した。奥様と華さんは、夜景の美しさを楽しんでいた。

 

 

しばらくして、林社長が俺の所に近づいてきて声をかけた。「実は山本、今回の上海旅行には大事な目的があってな。実は私は、上海生まれなんだ。私の実家は当時としては珍しい洋菓子店をやっていてね。戦争で、日本国内では砂糖がなかなか調達できなくなって、上海に疎開してきたんだそうだ。その家の住所がこの外灘の近くだと思うが、『武昌路(ぶしょうろ)301号』。ここが俺の生まれた場所だ。実は、この生まれた場所を妻と一緒に、一度見ておきたいと思い夫婦で上海に来た。 山本。明日、私たち夫婦を、その武昌路301号に連れてってはくれないだろうか。」

 

すると、奥様も近づいてきて「山本さん、お願いします」と言った。その後ろから、華さんが無邪気に「私も行きま~す」とはしゃいでいる。すると奥様も「華さんも一緒に来てちょうだい」と言った。

 

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上海蟹が旬

 

さて、夕方5時半になり、俺は大西洋ホテルのロビーに華さんと林社長夫妻を迎えに行った。そして、ホテル入口そばに停めてある謝さん運転の車に3人を乗せた。そして、謝さんに「王宝和酒家(ワン・バオ・フー・ジウジア)へヨロシク」と言った。「この店は、上海蟹の料理で有名な店なんです。皆さん、蟹アレルギーは大丈夫ですよね。」

 

全員問題なしということで、若干渋滞気味ではあったが、予約の6時に店に到着した。小姐(女性店員)がテーブルに来た。そこで俺は、上海蟹のメス二匹、オス二匹をそれぞれ頼んだ。そして、暖かい紹興酒を頼んだ。あと、小籠包など、上海名物の料理をいくつか頼んだ。

 

 

この店に限らず、上海蟹は一般的に雌の方が人気で、暗黙の了解で、雌の数が雄を上回ることは許されないそうだ。

 

さて、上海蟹が運ばれてきた。俺は、奥様と華さんに雌を勧めた。「実際には、どちらが美味しいというわけではないんですが、雄のカニミソ、雌の卵が美味しいらしいんです。この料理には、やはり紹興酒が合うんです。それも、ホットで刻みショウガの入ったやつが。」

「うん、確かに食べる部分は少ないが、味は美味しいなあ。」と林社長が唸る。奥様と華さんも「美味しい」と絶賛してくれた。

 

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カンバック組の宿命か。

 

左足の先が痛い。CB650 E-clutch のギア・チェンジ・レバーは硬い。

特に、1→2 は相当硬く感じる。(個人の感想)

 

ところで、CB650 E-clutch のシート高は 81cm である。

ド・短足の俺の相棒は、この厚底シューズ。

こいつのおかげで、ベタ足ができる。

 

ただ、足が痛くなる。(黄色でカッコったところ)

 

 

<結論>

安全靴並みのつま先部分の強度!ワークマン+のシューズ購入。

 

この優れもの、この物価高に衝撃プライス!

なんと980円(税込み)

 

<取手 先輩 のコメント>
ワークマン+の商品の値付けは、なかなかの衝撃だな。

 

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それなら4人で

 

「それなら、今日明日、私たち4人で行動しましょうよ。山本さん、いいでしょ。」 

謝さんは、何となく察したのか、指でOKサインを出している。「私、車で待っています。」と謝さんは片言の日本語で言った。

実は、謝さんには、食事も同席してもらうつもりだったが、辞退の意向らしい。

「ご夫妻がよろしければ、私は、かまいませんが…。」

「じゃあ決まり。」 奥様は何かうれしそうである。

 

まず、大西洋ホテルに林社長ご夫妻をチェックインさせ、俺は、華さんを歩いて揚子江ホテルに案内した。

 

チェックインが終わってロビーのソファーに座っていた俺のところに、華さんが戻ってきた。そして俺の顔をじっと見ていった。「山本さん、肌荒れてるねぇ。」

そう、この半年、水が合わないのか、食事か油か。顔の吹き出物がひどい状態だった。

華さんは、ポーチを取り出して、ごそごそしだした。「やっぱり、持ってこなかったか。」そういうとオレンジキャップの小さなチューブを差し出した。

「『VG』という薬で、ステロイド系の強い塗り薬。本当は「アクアチウム」がいいと思う。ただし、これは私が、置き忘れたものをあなたが拾って、勝手に自分で、塗ったのである。私は処方しておりませんので、そこんとこヨロシク。」 

「はあ、ありがとうございます。」と俺は言った。実は、上海に来て唯一の心配が、この顔の吹き出物であり、本当にありがたかった。

 


 

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上海でのご予定は?

 

「いえ、ご夫妻のお泊りはウエスティン大西洋ホテルで、揚子江ホテルは、隣の隣の建物になります。」 続けて林社長が「車には4人乗れないのか?」と俺に尋ねた。

「いえ、 4人乗ることはできますが。」 奥様の続ける、「じゃあ、一緒に乗せて差し上げたら。」 

「はあ。」 と俺が気のない返事をすると、その女性は「助かります。ぜひお願いします。」と満面の笑顔で俺たちに語りかけてきた。 ということで、謝さんの運転する黒塗りのアウディに4人で乗って虹橋経済開発区に向かうことになった。

 

車の中で話しを聞いたところ、その女性は大阪大学病院の皮膚科のドクターで、上海世貿商城(マーケット)で開催されている医療関連機器の見本市を見学に来たという。見学はとってつけたものらしく、何かのご褒美出張らしい。

 

その女性はわずか社内の十分足らずで、すっかり林夫婦と打ち解け、奥様は「山本さん。もしよかったら、こちらの女性と夜ご飯もご一緒にできないかしら」といった。 

 

女性の名前は寺田 華。 大阪大学医学部出身の2年目の皮膚科のドクターらしい。ただ、九州の福岡の出身らしい。それで、言葉が九州訛りなのか。 

 

「華さん、この後のご予定は?」 「はい、その上海マートとやらで開かれてる「全国最新医療器具展示会」とやらの皮膚科関連ブースをちゃちゃっと覗いて、カタログをの5~6冊、もらってくれば終了です。所要時間15分の予定です。」 

 

「で、明日のご予定は?」と奥様が尋ねると、「完全にフリーです。」と華さんは言い切った。


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上海空港名物か

 

このままスルーするのもアリかな、なんて一瞬よぎったが、さすがに見て見ぬ振りはできない。「林社長、少々お待ちください。」と告げ、揉めている二人のもとへと足早に向かった。

「どうしましたか?私は日本人駐在員ですが……。」と話しかけると、女性が困惑した表情で振り返り、声を張り上げた。
「どうもこうも、このタクシーの運転手よ!行き先を書いたこの紙を見せたら、一旦積んだトランクの荷物を下ろして、乗せないって言うの!」

運転手は全力のジェスチャーで怒りをアピール中。しかし、その隣で女性の怒りはその倍増しで加熱していた。

俺は状況を見てピンときた。これは…上海虹橋空港あるあるの「長時間客待ちしてやっと乗せたのに近距離かい!」の巻だ。

「あー、それはですね、説明すると長くなっちゃうんで…。ここでタクシーに乗るのはやめておきましょう。」
「ちゃんと並んで待ってたんですよ!なんで乗れないの!」と女性が抗議するが、俺は「まあまあ、ここで揉めても勝ち目はありませんから」となだめ、女性を林夫妻が待つ出口付近へと連れ戻した。

ふとタクシーの方を見ると、運転手のもとには公安が駆け寄り、罰金を課している。「あ、これもあるあるだな」と一瞬思いつつ、女性に問いかけた。
「どこまで行きたかったんですか?」
すると彼女は、小さな紙を差し出してきた。そこにはこう書いてある。
“会場:虹橋開発区 上海商城(マーケット)、宿泊:揚子江飯店(ホテル)”

「なるほど……。言いにくいんですけど、国際線のタクシーは長距離を期待してるんですよ。会場もホテルもここから近いので、運転手が嫌がったんだと思います。」

「そんな馬鹿な話があるの?」と女性が信じられない様子で返す。
「まあ、ここは中国なんで。こういうことも普通にありますよ。ちなみに、バブル期の東京のタクシーはもっとひどかったらしいですけどね。」

俺はそう言ってから、案内するように続けた。「1階の国内線のタクシー乗り場へ行ってみてください。ただ、国際線よりも待ち時間が長くて、客待ちのタクシーも少ないんですけど…」

そう言い終えたその時、林社長の奥様が急に口を開いた。
「山本さん、その女性が行きたい揚子江ホテルっていうのは、私たちが泊まるホテルから遠いの?」

 

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林ご夫妻上海到着

 

上海もすっかり秋らしくなった。10月のある日、俺は上海虹橋(ホンチャオ)空港の2階、国際到着ロビーにいた。林元専務の顔はもちろん知っている。だから、「熱烈歓迎」の紙を掲げるような派手な出迎えはいらず、到着ロビーでひとり、林社長夫婦を待っていた。


しばらくすると、懐かしい顔の男性と小柄で上品な女性が姿を現した。「林社長、お待ちしておりました。」俺が声をかけると、林社長はにっこりと笑って言った。
「おお、山本!久しぶりだな。紹介しよう、こちらは妻のヤス子だ。」
「山本さん、はじめまして。2日間、どうぞよろしくお願いします。」
奥様は上品な笑顔でそう言った。俺は笑顔を返しつつ、「ようこそ上海へ!車を待たせておりますので、そちらへまいりましょう。」と案内を始めた。

 

虹橋空港の2階から、謝さんが待つ駐車場へ向かおうとしたその時、ただならぬ雰囲気が漂ってきた。到着出口にはタクシーを拾おうとする人々が長蛇の列を作っていたが、その中でひときわ目立つ騒ぎが。
 

「なんで乗せんとねー!あんた、ふざけとっと?」
振り返ると、一人の女性がタクシー運転手と大声で揉めている。最初は、上海の若い女性が喧嘩でもしているのかと思ったが、耳を澄ますとどうも違う。九州弁――いや、間違いない、日本人だ。それも、九州から来た女性らしい。

 

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林、元専務

 

さて、話は半年ほど飛んで、1997年の秋。ようやく上海での生活にも慣れてきた頃のことだ。
俺宛てに人事部の上釜副部長から電話がかかってきた。


「ニーハオ、仮面ライダー。中国でも元気か?」
「はい、おかげさまで元気にやっております。」
「そうか、それは何よりだ。ところで、ちょっと頼みがある。お前も知ってる通り、林、元専務が当社を退職された後、大阪のメモリーライフの社長に就任されたのは知ってるよな?」
「はい、冠婚葬祭を関西で手広く展開しているあの会社ですよね。」
「そうだ。その林社長が、この秋に上海を訪問したいとおっしゃっている。でな、山本、お前が上海にいると伝えたら、『ぜひ、山本君に案内してもらいたい』と仰ったんだ。」

 

不思議なことに、何故か俺には林 元専務が上海に来るような予感があった。
「そこでだ、平賀支店長にもお願いするが、2日間、林社長のアテンドをお前に任せたい。林社長は奥様同伴でいらっしゃるから、そのつもりで頼むぞ。」
「分かりました。では、平賀支店長に電話を代わります。」
平賀支店長と副部長が話し終えた後、支店長が電話を切り、俺の方を向いた。
「よし、林社長のアテンドは“ファーピアオ(領収書)案件”で対応してよし。」
「ありがとうございます。ただ、林社長には個人的にいろいろとお世話になっていまして……。今回のアテンドは、費用を含め、私に任せてもらえないでしょうか?」
「お前がそう言うなら自由にしていい。ただし、無理はするなよ。」
「ただ一つだけお願いがあります。謝さんだけは、2日間、私につけていただけますか。」
「もちろんだ。安全第一だから、謝さんをサポートにつけるつもりだ。」
こうして、元専務を上海で迎えるという大仕事を任されることになった。波乱の2日間が幕を開ける。

 

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