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cb650r-eのブログ

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その時はこう伝えてくれ。

 

しばらくの沈黙が続き、田下部長が重い口を開いた。「万策尽きたか…。」
「山本次長、何か『打ち手』があるか?」

俺は目をつぶり、天井を見上げた。その先に浮かんでいたのは、あるシーンだった。
それは、親父の葬式で、若き日の宇都宮理事長が弔辞を読んでいる場面だった。
俺はふと、自問した。......恩を仇で返すことにならないか。

「井村さん、うちのプランに自信はあるか?」
「もちろん、ベストだと思います。」
「そうか…。」

決意を固めた俺は、静かに言った。「井村さん、アポを頼む。」
「事務長ですか、それとも院長ですか?」

「いや、理事長の宇都宮 清悟 先生だ。今月であれば、いつでも、何時でもいい。もちろん、休日でも構わん。」

「理事長とは我々もお会いしたことがなく、そもそも82歳のご高齢で、会っていただけるかどうか…。」

「そうだな。だが、その時はこう伝えてくれ。山本 頴二の息子、山本 直太郎が会いたいと。」

田下部長が顎に手を当て、目を閉じたまま言った。「山本次長、この件に関しては、俺の全権をお前に委任する。」
「分かりました。ありがとうございます。」

そう言って、4人は重い空気を背負いながら会議室を後にした。

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

CB6050Rも雪には勝てん。

ということで、ニューヨーク・タイムズ紙が「2025年に行くべき所」に選定した「富山県」に行ってみた。

 

レッドバロン富山五福店は開店休業て感じ。

ちなみに、バイクは一台も走っていなかった。

 

ガラスの美術館に行って、

路面電車(LRT)に乗って富山駅に行き、

北陸新幹線に乗って、

小松空港から脱出。

春が待ち遠しいね。

 

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どうする、俺。

 

早いもので、2016年の3月上旬のある日の午後、気づけばもう1年が過ぎようとしていた。田下部長が会議室のドアを開けて顔を出し、難しそうな顔をして俺を呼んだ。

「山本次長、ちょっといいか?」

「はい」と、俺は返事をし、会議室に入った。そこには、医療・介護グループのチーフ、真崎と井村さんが困り果てた顔で並んで座っている。田下部長と俺は、その正面に座ることになった。

「井村、要点だけもう一度山本次長に説明してくれ。」と、田下部長が言った。

「はい、大阪北病院の件です。」

「あぁ、あれか。事業承継と病院本体の建て替えが同時進行しているやつだな。医療法人頴悟会(えいごかい)だな。」と俺は答えた。


「はい、うちが3年ほど前から仕込んで、ようやく本格的にスタートする手はずが整ったんですが…。」

「何かトラブルか?」

「はい、これまで院長先生を窓口に話を進めてきたのですが、ここにきて、理事長の清悟先生が猛反対されています。『自分は「大阪経営」に任せたい』と譲らないらしいんです。」

「大阪経営、あぁ、藤沢社長のところか。」

大阪経営は西日本では、圧倒的な数の医療機関や介護施設のクライアントを持っている。特に藤沢社長は、カリスマ経営者として名高い。

「確か、大阪北病院の事務長は元住銀行のOBで、宇都宮先生はコンサルタントが嫌いで、医療コンサルは契約してないんだよな?」

「事務長の話だと、1年ほど前の医師会主催のセミナーで藤沢社長が講演したのをきっかけに、半年ほど前から、藤沢社長が直接宇都宮理事長にアプローチしていたそうです。」

「で、息子の院長は何と言っているんだ?」

「自分は娘婿だし、理事長の意見は絶対だと言っています。」

「なるほど、事業承継も『出資持分あり』から『なし』へのプランだったな。」

「で、手数料はどんな感じなんだ?」

「はい、ざっくりですが、事業承継で約300万円、建設会社からの建替えにかかるキックバックが建設費の1%で約2,400万円、新病院の電子カルテや機材の納入利益で300万円は固いと思いますので、少なくとも3,000万円ですね。」

「3,000万円か…。でかいな。」俺はつぶやいた。

 


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田下部長。

 

4月になり、俺は旧関西貿易本社ビルの5階にある、大阪ビジネスコンサルタンツに出社した。「医療介護経営コンサルタント部 次長」それが俺の新たな肩書だ。

まず、部長の田下さんに挨拶した。「平成二年入社の山本です。よろしくお願いします。」


田下部長は書類を見ながら顔を上げようともしない。噂通りの強面だ。昔は剣道をやっていて、礼節には一切妥協しないらしい。関西貿易時代には、鬼軍曹と呼ばれていたという話だ。
 

顔を上げずに、ただ一言、「山本次長か。ちょっと別室にいいか。」と、小会議室を指さした。
俺が先に入って待っていると、しばらくしてから、田下部長が入ってきた。


「すまん、すまん。急ぎの案件があってな、失礼した。」
「いえ、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。俺は平成元年入社で君の一つ上だ。山本次長の活躍は耳にしているが、にしては出世していないなぁ。出世や金には興味がないのか。それとも何か、やらかしたのか?」
「まぁ、そんなところです。」
「奥さんが医者なのがよくないのかなぁ?」
「関係ないですよ。」


「俺は部下にとことん厳しい。ただ、今日初めて集まったメンバーは、旧関西貿易、旧大阪貿易、ほぼ半々だ。俺は組織で仕事をするタイプだ。まずは社員同士の融和を優先する。次長の仕事はまずは融和の旗振り役だ。」
「承知しました。」

確かに、田下部長は社員の前では俺に容赦なかったが、別室では「先ほどはすまなかった」とフォローをしてくれた。この人は信頼できると俺は確信した。

 

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片道切符。

 

2015年の年明け早々の月曜日の朝、俺は日本経営新聞の企業面の小さな記事を見つけた。
 

「大阪貿易と関西貿易が4月をめどに経営統合」
「ついにこうなったか。」
 

記事によると、両社でホールディングスを設立し、両社が経営統合して傘下に入るとのことだ。
「出勤すると、総合企画部から電子メールが入っていた。」
「本日の日本経営新聞の朝刊記事は、まだ、協議の段階です。外部からの問い合わせについては、承知していない、または総合企画部に問い合わせるようご回答ください。」

だが、数日後には正式にマスコミリリースが行われ、2015年4月1日付で、大阪トレーディング・ホールディングスの設立、大阪貿易と関西貿易の経営統合して「西日本E&Iジャパン」に改名。ホールディングスの傘下入りが発表された。俺は、プレス発表資料の中で、ホールディングスの傘下に「大阪ビジネスコンサルタンツ」という会社があることに気づいていた。

3月中旬に4月からの新人事が発表された。

山本直太郎 西日本E&Iジャパン 人事部付(大阪ビジネスコンサルタンツへ出向) 

48歳。片道切符の出向か。


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運も実力のうち。

 

ここからの話には、壮大なドラマは無い。初芝病院は、1年半後に回復期リハビリ病院として再スタートを切った。病院名は変わったが、黒田院長は、三顧の礼で留任した。医療法人カジマの関連の医療法人が新たに設立され、黒田院長が理事長に就任した。

調印式は、帝国ホテルの会議室で行われた。予想通り、かなりのマスコミが取材に来ていた。記者会見後に、帝国ホテルで関係者による立食パーティーが開かれ、みんなで祝った。全員がWin-Winの関係で、俺が知る限り、最高のM&A案件だった。

パーティーの途中、俺は声をかけられた。「山本君、今回は本当にありがとう。」カジマの井上理事長だ。「こちらこそ、大変ありがとうございました。」俺は恐縮しながら返事した。

「君はすごいねぇ。今の職場がイヤになったら、いつでもうちに来なさい。部長待遇を保証するよ。」

「はぁ、今回は運が良かっただけで…。」

「そうか、そうか。でも山本君、運も実力のうち。この業界は謙虚だけじゃダメだよ。ハッタリも大切だ。」

「肝に銘じます。」

「今後も、よろしく頼むよ。」

「はい。よろしくお願いいたします。」と井上理事長の背中に向かって俺は言った。

 

会場で、ひと際ギャーギャーうるさい女性がいる。

「あ、有永副社長。」

なるべく近づかないように...しときましょ、ここは。

その後、医療法人カジマとの新しい取引が始まった。もちろん、規模は大きくはなかったが、それでも俺たちにとっては大金星だった。


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可及的速やかに。

 

役員室で、ソリューション推進部の松下部長と俺、小川常務の3人が集まり、話し始めた。

「うちだけでは手に負えそうにもないな。」
松下部長がため息混じりに言うと、小川常務が冷静いった。
「俺もそう思う。四菱の力が絶対に必要だ。」
「うちから四菱はフィー何%とるんだ?」
「0%です。」
「えー、そんなことありえんだろう。」
「松下部長、冷静に考えてみろよ」と、小川常務が言う。
松下部長はしばらく考え込み、ハッとした顔になった。
「あぁ、売り手からとるつもりか。」
「そうだ。契約額の3%」と、常務は冷静に説明する。
これで、利益相反(売り手は高く、買い手は安く買いたい)もクリアできる、ってわけだ。

初芝電産の初芝病院、メインは四菱だ。それも、完全に追い風だ。
何よりも、黒田院長とのタッグは強固で、他社の参入は絶対にさせない。

四菱ビジネスコンサルタントの完璧なM&A提案で、初芝病院の理事会は完全に動き出した。
初芝電産本体も、売却に向けて完全に乗る気になっている。

早速我々も動く。運よく、医療法人カジマの井上理事長との面談のアポが取れた。後で聞いたところによると、初対面でこれはかなり珍しいことらしい。

一通り挨拶を済ませ、いよいよM&Aの提案に入る。松下部長がその場を取り仕切る。
「ノーネーム(病院名や住所などは伏せてある)資料ですが、ご覧願います。」
「さて、お宅の提案書は初めてだな。どれどれ。」
「はい、ご関心をお持ちいただければ幸いです。」

松下部長と俺は固唾を飲んで、井上理事長の反応を見守った。
5分ほど経過しただろうか、井上理事長は老眼鏡を外し、松下部長に向かって言った。


「松下さん、この提案書は最高だ。ノーネームだが、もちろん私にはどの病院かすぐに分かる。」
「正直に言えば、今、一番私が手に入れたい病院だと言っても過言ではない。」
「価格350億円。これも、極めて妥当、いや、安いぐらいに感じる。」
 

「ご検討いただけて光栄です。」
「いや、今すぐ印鑑を押したぐらいだ。交渉に駆け引きは一切不要。」
「可及的速やかに、話をまとめてくれ。」
「確かに承りました。」

こんなにスムーズに話が進むとは、夢にも思ってもみなかった。
 


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35億。

 

一時間ほど、香港の思い出や有永副社長の「武勇伝」について笑い転げていた。
腹筋が限界に達したあたりで、俺は口を開いた。

「小川常務、今回の件、有永副社長には話したんでしょう。だから 富田君が来てくれたんだ」
「具体的な名前は出してないぞ。」
「俺と小川さんが東京の病院を訪ねるって言ったら、あそこしかないでしょう。有永副社長にはバレバレですよ。」
 

「知らないわよ、私、初芝病院なんて……絶対に!」
「ほら、しかも声がでかい。」俺は小声で突っ込む。
 

「まあまあ、昔の戦友だろう? この二人ならいいじゃないか、戦友。」小川常務と有永副社長がまた笑った。

俺は持参したノートパソコンを開き、初芝病院の過去3年間のデータを富田君に見せた。
富田君は携帯の電卓機能を起動させ、エクセルの空欄に次々と数字を入力していく。

しばらくして――約3分くらいだろうか――富田君がぽつりと言った。

「3百......35億。」
「ブルゾンちえみか。」有永副社長がすかさずツッコミを入れる。

もちろん、ざっくりだ。
純資産に3年分の利益を「のれん代」として上乗せして計算してみただけの話。

「ただ、EBITDA※が年々落ちてますし、同規模の急性期病院と比べても見劣りしますね。売るなら、早い方がいいかもしれません。」

※EBITDAとは「Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization」の略で、税引前利益に支払利息と減価償却費を加えたものだ。いわば、事業の基礎体力を表す指標と言える。

それにしても、335億か――なんだか現実味がない数字だが、これが現場の現実というものだろう。

 


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サプライズゲスト。

 

「ということは、このお話。門前払いってわけではないと考えていいんですね?」
俺は少し慎重に、真面目な口調で確認した。

「そうだ。ただし、情報管理だけは頼むぞ。漏洩でもしたら話は無しだ。
小川常務は少し笑いながらも、その目だけは鋭かった。「了解です」

俺と小川常務は初芝病院を後にし、都庁へと向かった。
都庁では必要な資料をコピーし、資料閲覧ルームの机を借りて、初芝病院の過去3年分の簡易決算書をエクセルに入力する。数字が埋まっていくたびに、俺たちの表情も徐々に真剣味を増していった。

そしてその夜――。

夕食の場は、日本橋にある「ざぼん」という割烹料理店。有永副社長ご贔屓の店で、わざわざ個室を取ってもらっていた。

俺たちが部屋で待っていると、定刻通りに副社長が姿を見せた。

「大阪貿易の諸君。久しいのう」
と、相変わらず有永節である。副社長の後ろには、どこか見覚えのある男が立っていた。

「お久しぶりです、小川さん、山本さん」

その声に、俺と小川常務は同時に顔を上げた。

「おお、四菱銀行香港支店の富田君か! 久しぶりだな」
俺は思わず声を弾ませた。

「14年ぶり、だな」
小川常務が少し感慨深げに言う。

「どうしてここに?」

「それがですね、四菱ビジネスコンサルタントのM&Aグループに呼ばれまして」

有永副社長が横から茶々を入れる。
「お主も東京に戻って、立派になったもんじゃ」

「まあ、ご存じの通り、アジア通貨危機の後、香港は非常に厳しい状況になりましてね。日本企業だけじゃなく、いろんな国の企業が撤退したんです。本土返還の影響もあって、金融の街としての輝きが消えました。」

富田はそう言って少し寂しそうに肩をすくめた。

「上海も検討しましたが……辞めると香港支店長に伝えたとき、有永さんから連絡があって。『東京に戻ってコンサルタントをやらないか』と誘っていただいたんです。それでこうして戻ってきました」

「へえ、そんなことがあったんだな」

話がひと段落したところで、富田君が思い出したように付け加える。

「あと、バイク買いました。レブル250です」

俺は思わず吹き出した。

「おいおい、仕事の話からいきなりバイクかよ。相変わらずだな」

富田の変わらない軽さに、場の空気がふっと和んだ。


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まさかの展開か。

 

初芝病院に到着し、7階の院長室に通された。
「よう、黒田。久しぶりだな」
小川常務が、いきなり声を張り上げた。

「山本さんも本当に久しぶりだねぇ」
「ああ、大変ご無沙汰しています。院長になられていたんですね」
「いやいや、ただ長く居座ってるだけだよ」
そう言いながらも、黒田さんの表情はどこか誇らしげだ。

…それにしても黒田さん、ちょっと老けたな。いや、そりゃそうか。15年ぶりなんだから。

1時間ほど、バイクの話や、かつて一緒に行った箱根ツーリングの思い出話で盛り上がった。
笑い声が飛び交い、あっという間に時間が過ぎていく。

話が一段落し、ふっと静寂が訪れた。すると黒田院長が、少し身を乗り出しながら言った。
「で、今日は何の用できたんだ?」

小川常務が、ちらりと俺を見た。視線に促されるように、俺は緊張しながら口を開いた。
 

「初芝病院を…売っていただけませんでしょうか?」

静寂が戻ってきた。ただし、さっきの穏やかなものではなく、ずっしりと重たい静けさだ。
30秒ほど経っただろうか。黒田院長がぼそりと呟いた。
「やっぱり、世の中の流れはそうなのか…」

そして彼は、椅子の背もたれに深く身を預けると、語り始めた。
「この病院の理事会のメンバーには、ドクターじゃない初芝電産の社員もいるんだ。聞くところによると、会社の状況も厳しいらしい。本業の原子力プラント事業、半導体、家電製品のどれも振るわない。ブランド力も落ちる一方で、最近は『資本集中』とか『本業集中』とか、そういう議論ばかりだよ」

彼の話は続く。
「それに、この病院は急性期病院だが、最近の数字は芳しくない。ベッドの稼働率、平均在院(入院)日数、病床単価――どれも下降気味だ。国の方針も変わりつつあってね、高齢者が増えるからリハビリ中心の回復期病床を増やそう、なんて話も出ている」

黒田院長の言葉は重く、現実を直視せざるを得ない内容だった。しかしその声には、どこか諦めとも覚悟とも取れる響きがあった。
 


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