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cb650r-eのブログ

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どっちに転ぶか。

 

小川常務と行動を共にするのは、香港支店の一件以来である。
今回の舞台は東京行きの新幹線。その車内での会話である。

「あ、黒田院長への手土産、買うの忘れました。」
「そんなこと、どうでもいいさ。手土産の有無で態度を変えるような人物じゃないだろう。」
「それは、よく存じてます。」

常務はふと話題を変えた。
「ところで、BMWにはまだ乗っているのか?」
「いえ……。5~6年前でしょうか。左手の握力が急激に落ちてしまって、クラッチを切れなくなったんです。それで、泣く泣く手放しました。」
「そうか、ずいぶんとお気に入りのようだったからな。」
「親父の形見みたいなもんだったんですよ。大学入る前に親父が亡くなって、お袋が全額出してくれました。中古でしたけど。」
「その話は初耳だな。」

常務が腕時計をちらりと確認する。
「ところで、今日と明日で確定しているスケジュールを教えてくれ。」
「まず、今日の午後に黒田院長と面談します。木曜の午後は非番だそうです。」
「それで?」
「売らない、と笑われたらそこで終了です。」
「万一笑われなかったら?」
「……都庁に行きます。」
「都庁だと? 展望台でも上るつもりか?」
「初芝病院の決算書を3年分ほどコピーします。」
「ほう、そんなことができるのか?」
「はい。医療法人には決算書の提出が義務付けられているんです。」
「なるほど。分かった。」

常務は満足げに頷きつつ、ふと別の話題に移った。
「夜の部は俺が担当だ。18時半から日本橋で夕食だ。有永も来るぞ。」
「有永さん、懐かしいですね。今どうしてるんですか?」
「四菱銀行の関連会社、四菱ビジネスコンサルタントの副社長だそうだ。」
「あと、誰か連れてくるといってたぞ?」
「誰か?」
「誰かまでは言わなかったな。有永のやつ。」
「久保田さんですかね?」
「なら、そう言うだろう。」
「そうですね。」

常務は肩をすくめて笑う。
「まあ、会えば分かるさ。」

 


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常務、出番です!

 

「うちの東京拠点は外為系の分室だけで、医療・介護については足がかりがありませんよ。」
チーフの真崎がリストを一瞥して言い放つ。

「東京の医療担当は誰だ?」
「山本さんですが……。」と、やや頼りなさげに真崎さんが応える。

「いくら何でもハードルが高すぎるでしょう。こんな東京の大病院、面談のアポイントを取る時点で門前払いですよ。それ以前に、どこに電話していいかも見当がつきませんし。権限者にたどり着く前に、他の業者に先を越されますね。」
真崎さんのトーンが明らかに上ずってきた。

「やりもしないで白旗を上げるな!」田町次長が声を張る。
「ガッツがあるやつはいないのか、全く!」松下部長が腕組みをした。

その時、俺は手元に回ってきたリストを見て、ふと目に留まった病院名に胸がざわついた。

「初芝病院……黒田さん、まだいるのかな。」

懐かしい記憶がよみがえる。俺はスマホを手に取り、インターネットで初芝病院を検索してみた。「院長 黒田晃大(あきひろ)」とある。

――黒田さん、院長になったのか。

会議が終わり、俺は小川常務に電話をかけてた。

「常務、今から役員室に伺ってもよろしいですか?」
「なんだ、急に。俺はもうバイクは降りたぞ。」
「前にお聞きしました。承知しております。」
「……まぁいい、来い。」

俺は8階の常務室のドアをノックした。

「どうした、珍しいじゃないか。」
「ええ、実は、東京の初芝病院の黒田さんについての件なんですが。」
「黒田?あぁ、あの黒田か。院長になったとは聞いていたが、どうかしたのか?」

「いえ、もし可能であれば、月内にお会いできないかと。夜でもいいですし、休日でも構いません。」
「用件は?」
「……初芝病院を売っていただけないかと。」

小川常務は目を丸くし、眉間にしわを寄せた。
「お前、気は確かか?病院を買う?このご時世に?おまえ、仕事のやりすぎで、頭おかしくなったんじゃないか?」


「逆なんです。部内では仕事がなくて失業状態でして。」

俺の言葉に小川常務が軽く吹き出した。
おれは、事の成り行きをかいつまんで、小川常務に説明した。
「なるほど、話の筋は通ってるな。わかった、アポが取れたら俺も一緒に行くぞ。いいな山本」

俺は深くうなずき、静かに常務室を後にした。

 


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初案件は…。

 

妻の華に新しい職場の話をしたときのことだ。
「あら~、まさかの医療コンサルタント。いいじゃない」と言ったかと思うと、「でもね、うちの病院にもいるのよ、怪しいコンサルタントが」と笑いながらワインを一口。けらけらと無邪気に笑うその姿を見て、少しムッとしたが、まあ気にしないことにした。

実際、リーダーの真崎君は優秀なコンサルタントだ。一緒に取引先を回っていると、なるほどと思うことばかりで、勉強になる。そんな彼の指導のおかげで、半年間机上で猛勉強した成果もあり、医療経営コンサルタントの資格を無事取得した。ただ、俺も「怪しいコンサルタント」の一人に仲間入りということで、複雑な気持ちだ。

資格取得後、さっそく担当エリアが割り当てられた。真崎君が案件会議でさらりと言った。
「山本さんには私が担当してきた大阪府以外の地域をお願いしようと思います」

そして迎えたある月曜日の案件会議。
 

通常は、それぞれの進捗状況を報告する場に過ぎないのだが、この日は妙に空気が張り詰めていた。
普段は参加しない松下部長が会議室に一番乗りでスタンバっている。
松下部長が開口一番、「M&Aグループからのマル秘案件だ」と切り出した瞬間、場の空気が一気に変わった。

関西最大級の医療法人グループ、カジマからの情報だという。現在、我々の会社とカジマに直接的な取引はない。それが、いきなりの「M&A案件」だと?

内容はこうだ。カジマは東京にある400床以上の病院を一つ買収したいらしい。この買収を成功させれば、それを首都圏進出の拠点にし、さらに買収を加速させるつもりだという。そのための準備資金は最低300億円。場合によっては増額も辞さないとか。そして、成功報酬は成約額の3%──たった1件で10億円の報酬が転がり込む可能性がある。

松下部長は資料を片手に続ける。
「現在、リストアップされているのは東京都にある400床以上の病院約30施設だ。ただし、あくまでも参考程度。公的病院は除外されている」
部屋の全員が固唾を飲んだ。資料に視線を落とすと、カジマの名が刻まれたロゴがやけに重々しく見える。


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CB6050Rの慣らし運転も完了。

しかし、家の裏山は雪で走行不能。

そこで、逆に南側の岬へ初ツーリングしてみた。

 

まず、これまで力まかせに、こねくり回していたが…。

ツーリングしたことで、3点の気付きがあった。

 

1.E-clutchが(慣らし中に比べ)スムーズ、軽やか、ギア抜けしなくなった。

 

2.腕の力を抜いて、バイク本来の慣性まかせにしたところ、ライディングが上達したような錯覚に陥った。

 

3.バイクの重心がライダーの真下にある感覚、しかも低すぎず高すぎずちょうどよい。

 

改めて、CB650R E-clutch 非常に良いです。

 

2月なのに夏のような海でした。

 

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いざ、ソリューション推進部へ。

 

2011年4月、俺はソリューション推進部に異動となった。もっとも、異動といっても本店の5階から6階に移動するだけ。距離にしてエレベーター数秒の旅路だ。

出勤初日、松下部長と田町副部長は期初の社内会議に出ているため不在。周りを見渡すとほとんどが俺よりも年下の社員。

ソリューション推進部には、三つのグループがある。M&Aグループを率いるのが久保 正平、法人営業グループは今林 清吾、そして医療・介護グループは真崎 孝。この三人がリーダーだ。全員初対面だったが、どいつもこいつも一癖ありそうな面構えで、一匹狼面である。

そんな中、グローバルチームの取手さんが俺に声をかけてきた。
「よぉ、山本ライダー!元気が足りんぞ~」
「取手さん、現場ではご活躍だったそうですね」
「当たりマエダのクラッカーだそ!」
さらに畳みかけるように取手さんが続ける。
「お前、何かやらかしたんだろう? 『オールドルーキー』が異動してきたって、みんな噂してるぜ!」
「まぁ、一等兵には違いありませんけどね」
「何かわからんことがあったら、何でも俺に聞くなよ!聞かれても何もわからんからな!」
「……頼りにしてません。取手さん」

少しだけ疲れた俺に追い打ちをかけるように、医療・介護グループの真崎さんが淡々と指示を下す。
「これからの3か月間、私の取引先訪問に随行してください。それ以外の時間は資料作成などを手伝ってもらいます。あとは、半年後に医療経営コンサルタントの資格試験がありますので、その勉強をしておいてください。不合格はなし、でお願いしますよ」

……「不合格はなし」って簡単に言うけど、そもそも合格する保証もない試験なんだが。俺の新しい職場での挑戦は、どうやら前途多難な予感しかない。

 

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医療、介護?

 

「はぁ。」
「で、私はどこに?」

「医療・介護グループだ。」
「医療・介護グループ?」

「私は外国為替と海外取引しか経験がないのはご存じですよね?」
「もちろんだとも。」

小川常務はにやりと笑うと、手元の資料をちらりと見せた。
「リーダーは真崎 孝、あと若手の大坪 信吾に井村 ひとみ、そしてお前だ。お前以外の3人は医療経営コンサルタントの有資格者で、経験も3年以上。お前は資格なしのオールドルーキーってわけだ。」

「私が異動する理由が見当たりませんね。」
つい、むっとした声が出てしまった。

「行けば分かるさ。」小川常務は、どこか楽しそうだ。

「まず、医療業界ってやつは景気に左右されにくい。お前が生まれた昭和40年代、大きな病院がどんどん建てられた。あれから40~50年が経ち、立て替え案件が今、ラッシュなんだ。それに事業承継だ。同じだろ?どの業界も。医療も例外じゃない。これからピークを迎えるだろうな。淘汰とM&Aも増えるし、介護業界だって医療と切っても切れない仲だ。もう、表裏一体と言っていい。」

常務は資料を閉じ、指を組む。
 

「物を右から左に動かして金を稼ぐ――そんな古典的な商社機能だけじゃ、もうやっていけない。分かるだろ?ソリューションを提供して、そのフィー(手数料)で稼ぐ。それがこれから生き残る唯一の手段かもしれん。要するに、早い者勝ちだ。」

「ここからは、俺の独り言だと思って聞いてくれ。」
小川常務は少し声を潜め、顔を近づけてきた。

「わが社もだな、昨日までの敵と手を組む…異業種とコラボする、なんてことも、そう遠い未来の話じゃないかもしれんぞ。」
その表情には、どこかしたたかな企みがにじんでいた。

 

 

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貿易投資相談所の行方は…。

 

2011年3月のある日、小川常務から突然の電話がかかってきた。
「8階の俺の部屋に来れるか?」
「えっ、私、何かやらかしましたかね?」
「いやいや、相談ごとだ」

そのやり取りだけで、なんだか妙な胸騒ぎがした。小川さんの「相談」と言えば、たいていは面倒事か厄介事に決まっている。

「山本、お前、貿易投資相談所で何年になる?」
「12年ですかね」
「バイクには乗ってるのか?」
「いや、BMWは手放しました」
「俺もだ。役員になったときにバイクは卒業したよ」

どうやら雑談から始めるつもりらしい。


話は遡るが、2005年頃のこと。
週末の朝、俺は新聞を広げながら、コーヒーを一口すすっていた。ところが、その時、マグカップが突然手の中でガクンと傾き、コーヒーがテーブルに派手にこぼれた。
「もう、よそ見するからよ!」と妻の華が呆れ顔で注意する。

だが、それは単なる不注意では済まなかった。その後も何度かカップが手の中で滑るようになり、どうも左手に力が入らないことに気付いたのだ。

久しぶりにBMWのクラッチを握ってみた時も同じだった。
「重い…」と思わずつぶやく俺。愛車K75は元々クラッチが重めで、しかも油圧式ではない。だが、握る感覚が以前とは違う。さらにバイクの下を見ると、地面にオイル染みが広がっているのが目に入った。エンジンブロックからオイルがにじみ出ている。
「もう潮時か…」そう俺はつぶやいた。

バイクはお世話になったバイク屋に引き取ってもらうことにした。

「さて、本題だ」と、小川常務が言った。
「法人ソリューション部を再編して、新たに『ソリューション推進部』を立ち上げることにした。次年度から稼働する。その名の通り、お客様の“お困りごと”に解決策を提案するのが仕事だ」
具体的には「法人グループ」、「M&Aグループ」、「医療・介護グループ」の3つで構成されるらしい。

「で、山本、お前にはソリューション推進部に異動してほしい」
「えっ、私が…法人グループですか?」
「まあ、グローバルチームは作る。3人構成だ。リーダーは取手 豪、あとお前の同期の吉富 太郎、それにお前の相棒だった北浦 勉。どうだ、ベストメンバーだろ?」

やたら満足げな顔の常務に、俺は言葉を詰まらせた。
「貿易投資相談所はどうなるんですか?」
「グローバルチームが全部引き継ぐ。それで問題ないだろ?」

常務の決断はあっけなく、そしてやけに強引に感じた。

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CB6050Rの慣らし運転も完了したところ、急にF15が見たくなり、空自に行ってみました。

さすがにバイクで、F15との並走することなど、許されるはずもないですが…。

バイクで並走といえば、映画「トップガン」。

 

トップガン次回作では、トムには、是非とも「K社」のバイク「N」でなく、HONDA CB650R E-clutchでF15と並走してほしいものです。

 

まあ、コンプライアンスが厳しいこのご時世、アライの「マーベリック」レプリカヘルメットを着用していただければと思いますが…。

 

 

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貿易投資相談所。

 

その後も仕事は順調だった。相棒の北浦君は、見た目と仕事ぶりが全く違い、あっという間にお客さんと仲良くなって、新規案件をどんどん取ってくる。当時は、韓国や中国、アジアから輸入される海産物がピークに達していた。回転すしネタの状態にまでカットされた刺身や、パン粉がまぶしてある白身魚などが、次々と門司港に輸入されていた。

さて、俺についてだが、周囲からは「万年所長」と揶揄されることもあったが、実際、1999年4月から2011年3月までの12年間所長を務めた。

 

商社業界も大きく変わった。大手商社の寡占が進み、我々のような中小商社は、どうにかこうにか生き残ろうと、ニッチ市場に焦点を当てるようになった。例えば、南半球のオーストラリアでイチゴを生産し、冬のクリスマスケーキの時期に合わせて輸入したり、あの手この手を使って生き残りを図った。

ただ、祖業の貿易だけでは、この厳しい競争に立ち向かうには、到底かなわないことを誰もが感じていた。

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