老婆心ながら
その頃、日本では――。
国際業務部の田沼部長は、静かに受話器を置いた。ちょうど成田空港に到着した小川部長から香港支店の撤退ミッション完了について詳細な報告を受けたばかりだった。
「さて、次は四菱だな…」
田沼部長は手早く四菱銀行の榊原部長に電話をかけた。
「このたびは、ご助力いただき、誠にありがとうございました。」
定型文の礼を述べる田沼部長に、受話器越しの榊原が応じた。
「いやいや、田沼さん。今回の件、うちの有永副部長からも話を聞いておりましてね。老婆心ながら一つ、あなたのお耳に入れておきたいことがあるんですよ。」
田沼部長の表情がわずかに硬くなった。
「何かございましたでしょうか?」
「アジア通貨危機は誰も予測できなかったと言えばそれまでですが、あまりにおかしな話が多いんです。特に、大阪貿易さんの香港支店の外債ポートフォリオですよ。調べさせてもらったら、外債を積み始めた頃の元住銀行の香港支店長と、そちらの清崎社長が赤門の先輩後輩の間柄だそうじゃないですか。」
「……ええ、それは承知しています。」
「さらに、その二人が元住時代に共に営業成績優秀で、役員まで務めたのもね。まあ、ここまでは偶然の範囲だと思いましょう。でもですよ、今回の外債購入の規模とスピード。失礼ながら、御社の規模であれはどう見ても異常ですよ。」
榊原部長の声が低く、鋭くなった。
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