オートバイをもう一度(106) | cb650r-eのブログ

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大政奉還

 

「清崎さんが元住銀行香港支店の成績に寄与するために、無理をして外債を買い込んだのではないか――有永はそう言っています。彼女は外銀を渡り歩いてきたバンカーで、見る目は確かです。ジャンク債とまでは言いませんが、投機に近い銘柄が多い。ポートフォリオの体もなしていない。むろん、手数料の高いアジアものばかりだ。」

「……貴重なご意見、ありがたく頂戴いたします。」

「いやいや、礼には及びませんよ。ただ、そちらのけじめだけは、しっかりつけてくださいね。お宅の信頼にも関わる話ですから。」

「承知いたしました。私、田沼が真相を究明し、必ずや納得いただける幕引きをお見せします。」

電話を切った瞬間、田沼は小さく息を吐いた。だが、事態はすでに動いていた――。

1997年の中間決算発表にて、1998年3月期決算予想にかかる後発事象として香港支店の撤退等を発表。外国債券を一括消却し、大幅な赤字を計上見込みであることと、債務超過に陥る可能性が高いことが説明された。だが、当社は非上場のオーナー企業であったため、メインバンクの元住銀行や、取引先からの反対意見などは出なかった。

清崎社長はあっさりと引責辞任した。そのニュースが社内に伝わると、さらなる驚きが待っていた。
次期社長に就任したのは、専務でも常務でもなく、取締役東京支店長の松岡健一郎氏だった。

「おいおい、専務と常務をすっ飛ばして松岡支店長が社長に?」
この報せに、俺は驚きを隠せなかった。思わず、上海から大阪の小川部長に電話をかけた。

「部長がクーデターでも起こしたんですか?」

「バカ言え、そんな器用なことできるかよ。」

小川部長はけらけらと笑ったが、すぐにトーンを落とした。

「ただな、メインバンクが相当反省したんだろうよ。経営を創業家に大政奉還したって、もっぱらの噂だ。」

「えぇ? じゃあ、俺たち松岡社長のお気に入りは、前途洋々、出世街道まっしぐらってことですか?」

「そうだといいがな。だが、松岡さんは一筋縄ではいかねぇぞ。何せ、石橋を叩いて叩いて叩き割って、それでも渡らない人だからな。『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』なんてことになったりして。」

「ははは、確かにそうですね。」

受話器越しに小川部長の笑い声が響く。

世の中は“失われた30年”に突入していたが、我が社にとっては、これが一つの節目だった。だが、この先に待つのは安寧か、それとも――。

 

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