彼女が結婚したとしても -3ページ目

昼の光と夜の闇

5、600m泳いだ。

泳いでいる間は、水の掻き方とか足の動かし方とか

水中姿勢とかだけを考えていればそれでよかった。

全力で泳げば、息が乱れ、普段使わない筋肉たちが悲鳴を上げた。

その後、大胸筋と腹筋、背筋、上腕を鍛えた。

80kgのベンチプレスが1回しか上がらなかった。

仕方なく、50kgを20回×3セットした。

筋トレをすれば、彼女のことを忘れられるはずだった。

しっかり彼女はおれの頭の中に登場した。

体を作り直すことで、彼女が振り向くはずもないのに。


*

おれは彼女に、他のやつの助手席になんて乗らないでくれと言った。

彼といる彼女の返信は遅く、その時間におれを冷静にさせた。

おどけた本音ではないメールを送ったら、彼女からの返信が来た。

また隣に乗せてね、と彼女は言った。

ついさっきまで、彼の運転する車の助手席で幸せそうな笑顔を浮かべていたんだろう

と考えるととてもやるせない気持ちになった。


 * *


彼女はこの金・土で、彼と先方の両親と、彼女の両親とで旅行に行っている。

この旅行で、彼女は完全に現実的な、完璧にすべてが決定事項となった世界を見ただろう。

そして、彼女の世界にはおれは出てこない。

出てきたとしても、もう”ともだち”としてなんだろう。

彼女を愛している男ではないんだろう。

まして、3年後に結婚する相手ではないんだろう。

彼女に会いたいのに、次に会う彼女は現実的世界に目を向けて

おれになんて目もくれないんじゃないか、そう思うと怖い。


耳の奥で聞こえる。地獄への招待状に書いてあるのもきっとこんなだろう。

”私の幸せを邪魔しないで”


誰も知らない海が荒れている。

誰も知らない島の木々が倒れている。


誰でも知ってる街で、彼女は彼に抱かれ今日も眠る。


”昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか”と誰かが言ったことを思い出した。


* * *


おれは、いつも、ひとりぼっち。


神は死んだ、って誰かが言ってたな、と思いながら目の前のウィスキーを一気で飲んだ。







孤独と嫉妬について

きっと彼女は彼と、両親2人ずつの6人で賑やかに食事でもしてるんだろう。

少し気を遣いながら肉料理でも食べてるんだろう。

八ヶ岳のホテルなら、きっと驚くくらい綺麗にな星空が空を西から

北から南まで完全に囲むだろう。

それを5分も見上げれば流れ星が見えて、横を見れば彼がいる。


そうすれば、おれのことなんて頭の端っこからもなくなるだろう。
部屋に戻って風呂に入り、今夜は彼に抱かれてホテルの暖かいベッドで君は眠るんだろう。


 *


そして、目の前の完璧な現実を認め、おれの存在をまた消そうとするんだろう。


 *


おれは誰にも気付かれない世界の端でひっそりと生きている

誰もおれをおれと知らないところで、静かにビールを飲んでいる

泣きたいときに限って泣けない。

外はいつも暗いし、寒さは全てを凍らせ、ふとしたこで涙す、そんな生活だ。
そしていつも考えることは、彼女のことと、彼女と過ごした幸せな時間、彼女との未来の3つとそれ以外だ。


*


今夜は泣きたい。昨日夜の涙よりも多く流したい。

昨日より辛い夜だから。でも、そんな日に限って涙は出てこない。
だらか今日もウィスキーを飲むことにする。


外は今日も暗く、部屋はいつも以上にがらんとしていて

間接照明だけがぼんやりと部屋中を照らしている。

目の前には煙草と少しのウィスキーが入ったロックグラスがある。

どれも行き場がなくて、ここに居座るしかないようにも見える。

身寄りのないモノたちの孤児院的な家。その主は、もちろん誰よりも孤独だ。

孤独なだけではない。今夜は嫉妬の炎が、体と脳を燃やしていく。


彼女がほかのやつとキスしていることを考え

彼女がほかのやつに抱かれることを考えた。

おれの唇には金曜の夜にしたキスの感触が残ってる。

彼女にはもう残ってないのだろう。


嫉妬で気が狂いそうだ。



妄想と「ラララライッ」

会社は18時半には出よう。
予定だった研修は参加人数の調整と会議室がとれなかったからリスケしたんだ。


地下鉄のホームで会うか、池袋の駅で会おう。


駅から一緒に帰り道を歩きながら話そう。
おれは、「食事した帰りはこの道を通りながら君の事を考えるんだ」と話すよ。

君はきっと、少し笑顔で病気だね、とでも言うのかな。
そうしているうちに、スーパーに着いて具には何を入れるか
スーパーをぐるぐる回りながら楽しく考えよう。
ビールとグレープフルーツジュースを買おう。


おれが野菜を洗うから、君は野菜を切ってくれ。

その間に鍋に火をつけよう。
「おーいいね、なかなか美味しそうじゃん」と言ってしまうと思うよ。
ところで、お米は炊いた方がいいかな。

お餅を入れるなら、おじやはいらないのかな。よくわからない。
多分、食べきれるかがキーポイントだから、これは別途考えよう。


食べ終わったら、おれはまだ少しビールを飲むから
グレープフルーツジュースでも飲みながら話そう。
テレビがついているだろうから、テレビについてでも話そうか。
仕事の話も少しはしちゃうだろうね。気を許して少し愚痴ってしまうかもしれない。
ゲームが欲しいって話もするかもしれない。
スキーツアーのパンフを見ながら、どこの山に、誰と、いつ、どうやって、いくらで行くか話し合おう。
君の昔の話とかも教えてくれよ。おれの話はもういいから。


ホットカーペットの上は暖かいから冷え性でも大丈夫。
手が冷たかったら、おれの手を握ってくれ。


23時になったら帰る君を自転車で駅まで送るよ。
自転車2人乗りしながら、家でしてた会話の続きをしよう。
暗くならないように、たまに「ラララライッ♪」って言うよ。


笑いながらバイバイだ。


*

そんな風にしたいだけなんだ。

そのどれをとってみても”幸せ”だと感じれると思う。

幸せな時間になるよ。必ず。


だから、来てくれ。


*


暗い時間にはしないよ。

ラララライッ♪って感じでいこう。



ただ、彼女を幸せにしたいことについて

ホットペッパーで個室の店を探して入った店だけど

通された席はいつもの居酒屋と変わらない感じだった

彼女はいつも通り、カシスオレンジを頼み、おれはビールを頼んだ。

料理は3品しか頼まなかった。

ビール何杯か飲みながらおれの想像する彼女との生活について話した。

そのどれをとっても幸せに感じると思うんだ、と言った。

彼女はおれといることはとても幸せなことだとわかっていた。

だから言っただろう、おれと君は100%なんだってと言った。


彼女は今日も、とても可愛かった。

黒のニットがほっそりとした素敵な体に似合っていた。

その笑みが僕を安心させたし、その笑顔の隣で暮らしたいと思った。

彼女は下を向いて、おしぼりで遊んだりしていたが、ずっと彼女を見ていた。

彼女はやっぱりおれにとって100%だと実感した。


店を出てタバコを吸いながらエスプレッソを1杯飲んだ。

彼女は手に取りそうなマシンガンを手に取らなかった。

だけど、おれと一緒にはなれない、としっかりと言った。

そう簡単に離婚できないように、結納に時間とカネをかけた、と彼女は言った。

そんなの関係ないよと言ったが、宇宙空間でモノをなくしたみたいに

その言葉はどこにも刺さらず、どこかへ飛んでいった。

おれの心もまた飛んでいった。


新宿駅で彼女とぎこちない笑顔を作り別れた。


*


今、家にいる。

ヘッドフォンからは大音量で音楽が聞こえる。

ふと、どうやって帰ってきたかを忘れいることに気づいた。

思い出そうとすれば、覚えていた。でも、あんまり覚えてなかった。

なぜ、コンビニでウィスキーを買ったのか、その判断基軸までは思い出せなかった。

記憶は、重要なものとそうでないものを区別している。

誰かが頭の中に入って、これは重要だからこっち、それはいつも通りだからあっちと

仕分け作業をしているようで、おれの記憶の断片をなくさせる。

彼女との時間は、とても重要なことだから、しっかりと記憶できる。


でも、彼女はおれに振り向いてはくれない。

おれがどれだけ愛していても、重要な時間として位置づけていても

それは変わらないんだろう。

彼女はモテるだろうし、誰かから思いを伝えられること自体慣れている。

そして、彼女の頭の中の派遣バイトたちが、それはいつも通りって忘れる方に持っていく。

そして、いつかおれの存在自体ぼんやりとした帰り道の記憶のようになっていく。


だから、この意味のない文章をたらたらと書いている。

彼女と一緒になりたい、と本気で思うし、それが実現すればこの文章たちも報われる。

彼女と一緒になれない場合、記憶の保存としての一助になるだろうし

おれと彼女の部分的自己療養にもなりうるだろう。


*


彼女も、おれが100%なんじゃないか、って思ってる。

でも、彼女は動かない。


彼女をとても幸せにしたい。

だから、彼女には、結婚おめでとうも、幸せになれよも言わない。


絶対に言わない。


おれが幸せにする、となら誰にでも聞こえる声で言う。

それしか言わない。






彼女のマシンガン、彼女の声について

彼女は真剣におれの元へ行こうか迷ってくれた。
おれは、真剣に彼女との将来を考えた(今だってまだ考えてる)。
結果的に、彼女はおれの元へは来なかったが
今日話しみて、一緒にいて、彼女のおれに対する
気持ちに大きく差がないように感じた。
とても辛いことだけど、「さっき」はとても幸せに感じれた。
結婚は取り返しの出来ないことだけど
彼女を愛している気持ちに変わりはない。


*


今日も彼女はとても可愛かった。
ジャケットのポケットに手を入れて寒いね、
と言いながら僕の顔を見る彼女が、とても愛おしかった。
今日は冬のように寒い日だった上に、陽が落ちた後だったから
なおさら寒かった。
その寒さで気が狂ったわけではなく、いたって正常な状態で
彼女は僕の心にマシンガンをぶっ放した。
彼女のマシンガンは、まさに強烈なものだった。
彼を裏切れなかったという話をして
婚約していなくても僕を選ばなかったかもしれないと言い放った。

ボロボロになった気持ちで残りの仕事を済ませ会社を出た。
酒でも飲みたいな、と思った。
帰りにスーパーで200円引きのシールが貼ってある弁当を買ってきて
ビールで弁当を流し込んだ。
そして、焼酎の2杯目を今飲んでいる。


彼女と電話で話した。
彼女の声はとても僕をほっとさせた。
落ち着く、とはこういうことなんだろうな、と思う。
どんな話をしても、卑屈に受け取ってしまうんだという話をした。
彼女は少し真剣に聞いていて、少し笑っていた。
君と2人で家で普通の時間を過ごしてみたいんだ、という話をした。
そうできれば、とても幸せだと思うんだ、と話した。
彼女は少し笑顔で「うん」と言った。
そして、家で鍋パーティをすることについて話したり
12月8日デートしようということについて話した。


* *


君が眠る前にキスをしよう。
眠った後、しばらく君を見ていたいんだ。
それは考えるだけでとても幸せなことだろうと思うよ。
君を見ながら、僕は静かに眠りに就くんだ。
朝になったらもう一度キスをしてもいいかな。
その日が休みならベッドでごろごろしながら話したりしたいな。
そのどれをとっても最高に幸せだよ。


* *


土日はとても長かった。
早く君に会いたかった。

今日は会えて、2人の時間を過ごせてうれしかった。
電話で話せて楽しかったし、うれしかった。


おれの君への気持ちは変わらない。
君が結婚したとしても。



ただ、マシンガンはあまり使わないでくれ。

誰もがそうであるように、おれも強くはないんだ。

ピエロの作り方

勝者が存在するところにはすべからく敗者がいる。

幸せな人がいる反面、不幸な人もいる。

金持ちが搾取し、貧乏がいる(僕は社会主義者ではないが)。

光があるところには必ず影がある。

彼女と結婚できた人がいて、結婚できない人がいる。希望の反面で絶望がある。


こういった二元論はよく唱えられる。

ここで「光と影二元論」と勝手に名付けることにする。

この光と影二元論の続きを考えてみると、おもしろいことがわかった。

勝者はずっと勝者でいれるか心配だろうし

敗者はずっと敗者ではないか心配だ。

何かを勝ち得た人間はそれが手からこぼれ落ちていくのを恐れ

それを欲しがる人間はそれが一生手に入らないのではないかと恐れる。

光にだけ照らし続けられる人間は、影を恐れるだろうし

影の人間は光が一生差し込まないのではないかと恐れる。

彼女を手に入れた人間は、彼女がずっと自分だけを愛してくれるか心配し

傍らで自分は、彼女だけを愛していけるかを心配する。

彼女を失った人間は、彼女が二度と手に入らない恐れを抱く。


光と影二元論は、ごくシンプルに物事の表面を捉えている点で優れている。

しかし、こうしてもう少し先を考えてみると二元化されていないことがわかる。

勝者も敗者も2点のところに落ち着く。

すなわち、

1.強い人間はほとんどいない。みんな恐れ、不安を抱いている。

2."努力"はとても重要ということである。


*


彼女を失った。

僕は敗者だ。反面には勝者がいる。


勝者は勝者の苦悩をもち、敗者は敗者の苦悩と絶望と持つ。

どちらも弱い人間だ。

どちらも、それを根拠なき自信に置き換え、虚勢をはる。

虚勢は夜の涙へと変わり、翌朝の腫れたまぶたと赤い目に変わる。

朝には、また虚勢をはり、それはいつしか努力に変わる。

努力は時に純粋なものかもしれないが、それが実らない場合

最終的には、自らへの偽りとなる。

自らのへ偽りは、素直な心を徐々に奪っていく。

素直に生きれなくなり、人の幸福を純粋に喜べなくなる。

それがだめなことだとわかっているから、心を閉ざす。

そうして、孤独な人間が出来上がる。

孤独を悟られまい、涙を見られないために、皆の前でおどける。

面白い人、そう言われる。

結構だ。



だが、実にくだらない。


一流のピエロだ。


*


だけど、君の前では心から笑っていれるようにしたいんだ。


こうなってしまったけど、まだそうしていたいんだ。


だから、ほんの少しでいい。おれに力を貸してくれ。









彼女の入籍、そのときの自分について

昨日、12時半くらいに後輩が家に来た。

彼が今好きな女とその行く末について聞いたり、仕事について話したり

夢について話したりした。酒を飲みながら。

3時半くらいになって2人とも水道水をコップ一杯飲んで眠りについた。


朝目を覚まし、メールを読んだ。

それは2人として数ヶ月歩いてきた道の終わりを意味していた。


もう一度眠りについて昼に目覚めて、またコップ一杯の水道水を飲んだ。

そして僕は彼に「おはよう」と言った。おはようございます、と彼は言った。

そして、また彼が好きな女について聞いたり、仕事について聞いたりした。

朝食としてはとてもディープなとんかつを食べに行って、クリーニングを出した。

家に戻ってきて、彼女について考えた。


彼女は今長野にいるのではないか、と考えた。

前にそう言っていたことを思い出した。


コインランドリーに本を1冊持っていった。

椅子に座って本を読んだり、彼女について考えたりした。

たまに、洗濯機の時間表示を見たりした。

時間はなかなか過ぎていなかった。

隣の男は乾燥が終わるのを待つがてら心地よい眠りについていた。

僕はたまにくしゃみをしてしまい(薄着で行ったため少し寒かった)

ちらりと横を見た。しかし、彼は眠りから覚めなかった。

洗濯機の時間表示が残10分を切ったところで

靴を履かず、白い靴下でコインランドリーに入ってくる別の中年の男が現れた。

なぜ、靴を履いていないんだろう、と考えたのと同じタイミングで

彼はシューズランドリーから真っ白な靴を取り出し、靴下を脱いで足を入れた。

せっかく綺麗になった靴なのに、なぜ素足で履くんだろう、と考えた。

彼は素足で真っ白な靴を履き、慣れた仕草で靴下をゴミ箱へ入れて足早に去っていった。

頭がとても混乱した。


洗濯が終わって乾燥機に全部放り込み300円入れて家に戻ってきてた。


19:43

絶望的な1日はまだ終わらない。


そして、絶望的な日々はまだ始まったばかりだということに気づく。





独身の君へ、最後に。

マキへ


彼と結婚しないでくれ。

おれと結婚しよう。

君の後悔は、おれが忘れさせる。

一緒に幸せになろう。

ずっと、マキを、必ず、幸せにする。



YESなら、おれに電話してくれ。

どこにいたって、すぐに迎えにいくから。

そこで会ったら死ぬまで一緒にいよう。

ずーっと一緒にいよう。

マキをとても愛しているよ。



最後のデート (下)

晴海ふ頭に戻ってきてからは記憶がなくなるくらいのキスをした。

助手席で彼女に何度もキスをした。

カーステレオからは『離したくはない』が流れていた。

唇に、耳に、首筋に、うなじに何度もキスをした。

彼女の太ももの間にあった僕の右太ももは彼女を熱く感じていた。

そうしているうちに、彼女の美しい目から涙がこぼれ頬をつたった。

そして彼女は声を出して泣いた。

彼女はずっと声を出して泣いていた。

ふいに、彼女は僕に「大好き」と言ってくれた。

もう一度聞かせてくれないか、と僕は言って記憶するために体中の細胞を

集中させて彼女が僕に言ってくれる言葉を記憶に刻みこもうとした。

城南島海浜公園に向かう途中、左に曲がったときも彼女は僕にそう言ってくれた。

ただ、運転に集中していたせいか、歌を聴いていたせいか僕はそれを完全に

聞き取ることが出来なかった。

「あー、やっぱり○○○のことが好き」って言ったように記憶してしまった。

だから、なおさら彼女の気持ちをきちんと記憶する必要があった。

彼女は倒された助手席のシートの上で体を横にしていた。

髪は乱れていて、目は潤んでいて、彼女の上からキスをする僕をしっかりと見ながら

ちゃんと「好き」と言ってくれた。

ちゃんと体中で覚えたよ。

君の顔、体、唇の感触、舌の感触、髪のにおい、服のにおい、髪の感触。

一生忘れない。絶対忘れない。

だから、君も忘れないでくれ。

* *

おれたちが普通に付き合えたらとても素敵なことなんだろうね。

お互いをとても想っていて、キスの相性もとてもいい。

おれたちは100%の恋人になれただろうな、と思うよ。

そして、100%の夫婦になれたんだ。

出会うのが遅すぎた、なんて時間のせいにしたくはないよ。

何かが決定的に足りなかったんだ。

だからおれたちは100%になれたのに、ゼロで終わるんだ。ゼロなんだよ。

おれは君にもう何も足せない関係ということだ。

君は明日、11月18日結婚する。

結婚してしまったら、君は腹をくくるだろう。

おれの想い、言葉はもう届かなくなる。

これまでが幻であったかのように君にはもう届かなくなる。

それが怖い。

今も君を愛してしまっているんだ。

明日もそうだろうし、月曜日も、その次も。

月曜日どんな顔で君を見ればいい?

表情豊かな方ではないし、ちゃんと君を見る方法がわからないよ。

* *

その後も僕たちは話したりキスをしたりした。

運転席と助手席のシートを倒して、僕が彼女の方へ体を伸ばして

ゆっくりと確かめあうようにキスをした。

とても幸せだった。人生で一番のキスだった。

しかし、彼女との幸せな時間はいつも有限であるのと同じように

彼女は突然キスを拒んだ。

そして、彼女は申し訳なさそうに「ねぇ、そろそろ帰らないと・・・」と言った。

時間は0時を少し回ったくらいだった。

首都高での帰り道、2人で泣いた。

最初、彼女が泣いて、その後僕が泣いた。そして2人で泣いた。

『離したくはない』がかかっていた。

渋谷から三軒茶屋までは渋滞していた。

僕は外を見たり、右手の指を噛んだりした。

彼女は外の景色ともいえない景色をただ見ていた。

僕は彼女の右目から頬を伝う涙を見ていた。

ほとんど言葉を交わさなかった。

たまに僕はアクセルをキックダウンで踏んだ。

エンジンが高回転で回る音がカーステレオから流れる音を超えて聞こえてきた。

駅前で1度だけキスをした。

2度目はなかった。

そして彼女は去っていった。

「何も言わないよ。またね」と言って車から降り歩いていく彼女の後姿を見ていた。

しばらくそれをただ見ていた。

*

交差点で彼女からの手紙を読んだ。

それは、「ありがとう」で始まり、「ありがとう」で終わっていた。

「”ありがとう”この言葉を何度言っても足りないくらい感謝してる。

あなたに出会って”好き”って感じるまですごく早かった。

いつもわたしを笑わせてくれて、愛してくれて、すごい幸せだった。

でも、あなたとわたしは運命ではなかったんだって、そう思うようにしたの。

わたしは11月18日結婚します。

すごい悩んで考えて泣いて・・・出した結論なの。

でもね、わたしは生まれ変わったらあなたの苗字になりたいよ。

ありがとう」

目から大粒の涙が流れ続け、頬を伝って大きな音を立てて下に落ちていった。

鼻から鼻水が出続け息が出来なくなった。

嗚咽をあげながら運転した。金曜日の夜の環7は空いていた。

60キロで走りながら泣いた。

山手通りに入っていつも通り渋滞した。

もう一度手紙を読んだ。

解釈のしようがない手紙を何度も読んだ。

そしてまた泣いた。

*

家についてウィスキーを飲みながらまた泣いた。

玄関のドアノブに新聞を挟む音を聞いた。 寝たのは4時くらいか。

夢で彼女を見た。けれど何をしていたかなんて覚えちゃいない。

何度か起きて、彼女について考えた。彼女の名前を呼んだ。

そしてまた眠りについた。

携帯がなって目を覚ました。彼女からのメールだった。

それは、0.01%の可能性を感じるものだったから、僕は一生懸命メールを打った。

返信はなかった。

もう一度眠ることにした。また彼女の夢を見て、起きて彼女について考えた。

ちゃんと起きたのは19時を回っていた。

* * *

君は明日、フィアンセと手をつないで区役所に婚姻届を届けに行くんだろう。

事務員は「おめでとうございます」とでも言うのか。

実に見事で、実質的な婚姻だ。

おれは洗濯機でも回しながら君を思っているんだろう。

地獄だな。

最後のデート (上)

今夜はストレートだけでいい。氷も水も要らない。シンプルに酔わせてくれ。
チーズがあるからそれを食べよう。他には何も要らない。
おれの想い、彼女の想いの弔いであり、葬式的なものなんだ。
朝までストレートで飲み続けよう。これまでの2人について考えながら。


*


彼女は薄いグレーのコートを着てコンビニの前から僕の車に乗った。
そして、ほっそりとした綺麗な体をそっと助手席のシートに置いた。
顔を見ると、生命の誕生のような美しい笑顔がそこにあって
僕はこの世の奇跡をみたようにそれに見とれた。


彼女と新しいオフィスについて話したり、消防署が好きだとかそんな話をした。
走りながら僕たちはかんたんな仕事の話をしたり、仕事場の人の話をした。
僕について僕が話し、彼女について彼女が話してくれた。
次、信号で止まったらキスをしてもいいか、と聞いて彼女はクスクス笑ったりした。


そして、三宅坂の交差点でキスをした。


日比谷の交差点で有楽町電気ビルを見ながら、どんな話をしたんだろう。
思い出せないな。また仕事の話でもしたのかな。


有楽町から晴海通りを抜けて僕たちは走った。
彼女は時々、外をもの珍しそうに見たり、ここは知ってるということを話してくれた。

彼女と一緒になれたら、一緒にコンタクトレンズを買いに行かないか?、ということを
話そうと思ってやめた。それがないと、わかってたからだ。
僕が見てる景色と同じものを彼女にも見て欲しいと思ったけれど
それができないとわかって以上言えなかった。


晴海ふ頭に着く前に目を閉じて、と僕は言った。
彼女はまじめに下を向いてしっかりと目を閉じていた。
そういう彼女の一貫性といえるまじめさがすごく好きだ。
そして、目を開けていいよと言って目を開けたときの純粋な笑顔が大好きだ。


駐車場に車を停めて、僕たちは歩いた。
彼女の手は彼女自身が自分の手だとわからないんじゃないかと思うくらい冷たかった。
僕は彼女の手を握り締めて夜の晴海ふ頭公園を歩いた。

彼女は僕の右側を歩きながら、僕の左側にあるお台場の夜景を見た。
僕はそんな彼女の顔を、時にはまじめに、時にはおどけながら覗き込んだ。
彼女は照れながら、夜景を見たほうがいいよと言った。
君を見ていたいんだ、と正直に言った。
彼女はもっと照れながら、「もう・・・」とだけ言った。


誰もいない2階のテラスで彼女を後ろから抱きしめたり、右から肩を抱いたりした。
そして、優しくキスをしたりした。

真正面にレインボーブリッジが構え、左にはお台場が、右手には東京タワーや高層ビルが見えた。
それらは、僕たちが去った後には何も残らないのではないかと思われるくらい
夢のように完璧な空間だった。
それは彼女と過ごしている僕にとって完璧さをより完全にさせたし
いつか消え行くろうそくをただじっと見続けるように
物理的限界を有する事物を見る行為の切なさを僕に教えた。


下に降りて夜景の見え方が違うということについて話した。

スキーについて話したり、少しくだらない話をした。
彼女のアクティブさについて話して、それが好きなんだよと言った。

彼女の唇に唇を合わせようとしたとき、ジョギングをしている中年の男性が現れた。
僕は構わずそれを続け、彼女はまた「もう・・・」と言った。


彼女を後ろから抱きしめて、左から確認していった。

「お台場の夜景、覚えた?レインボーブリッジは?上の月の形は?

東京タワーとその周りは?おれの感触は?」

彼女は全部覚えた、と言った。


* *


一生忘れないでくれ。

結婚前に君をこれほど愛している人間がいて、そいつと一緒に見た夜景と

おれの感触と、おれ自身のことを。

どんなときも忘れないでいてくれ。片時も忘れないでいてくれ。


あそこにはもう行かないでくれ。


* *


意味のないドライブをした後、城南島海浜公園の近くで
羽田から飛び立つ飛行機を間近に見た。

僕は助手席の彼女を後ろから抱きしめたり、またキスをしたりした。

何度も何度もキスをした。


そして、空気が読めない警視庁の刑事による任意捜査が行われた。
数年前の世田谷一家惨殺事件の捜査に紐付けられた質問が行われ
僕は正直に話して親指の指紋提供に応じた。
彼女に、捜査が行き詰っているんだねと話した。
その話をしたとき、彼女はなぜか妙に興奮していた。
ああいったことは女性の人生ではなかなか経験し得ない分
彼女は興奮したんだろうなと考えた。
かく言う僕だって経験しがたいものなんだぜ、と思った。


* 


彼女は僕の家に行くことを真剣に悩んでいた。
でも、その結論を彼女はやっぱり譲らなかった。

品川側からレインボーブリッジを見て何度も熱くキスをしたり彼女を抱きしめた。


* 


90年後、一緒になることについて話した。

僕は彼女のベールをめくって、誓い合ってキスをした。

「誓います」って言ってくれた彼女がとても愛おしかった。

そのキスをする前の彼女はとても幸せそうな微笑を浮かべていた。

心から幸せにしたい、と思った。


* *


本当は、今すぐ君と一緒になりたいんだ。今すぐに。

おれたちを運命と言わないで誰を運命と言うんだい?

お前が勝手に決めた運命じゃないなんて信じないよ。

結婚しないでくれ。


* *


走りながら僕は、『君がいるだけで』を歌った。

彼女は泣いていた。

"めぐり合った時のようにいつまでも変わらずいられたら・・・”の部分が好きなんだと言った。

彼女はやっぱり泣いていた。僕もずっと泣きそうだったんだ。


*


くだらないハイテンションな歌を歌いながら、笑顔でいようと2人で話した。

そして晴海ふ頭へ戻ってきた。



* * * * *


涙が止まらないよ。


君が結婚してしまったとしても、僕は君を愛してる。