最後のデート (上) | 彼女が結婚したとしても

最後のデート (上)

今夜はストレートだけでいい。氷も水も要らない。シンプルに酔わせてくれ。
チーズがあるからそれを食べよう。他には何も要らない。
おれの想い、彼女の想いの弔いであり、葬式的なものなんだ。
朝までストレートで飲み続けよう。これまでの2人について考えながら。


*


彼女は薄いグレーのコートを着てコンビニの前から僕の車に乗った。
そして、ほっそりとした綺麗な体をそっと助手席のシートに置いた。
顔を見ると、生命の誕生のような美しい笑顔がそこにあって
僕はこの世の奇跡をみたようにそれに見とれた。


彼女と新しいオフィスについて話したり、消防署が好きだとかそんな話をした。
走りながら僕たちはかんたんな仕事の話をしたり、仕事場の人の話をした。
僕について僕が話し、彼女について彼女が話してくれた。
次、信号で止まったらキスをしてもいいか、と聞いて彼女はクスクス笑ったりした。


そして、三宅坂の交差点でキスをした。


日比谷の交差点で有楽町電気ビルを見ながら、どんな話をしたんだろう。
思い出せないな。また仕事の話でもしたのかな。


有楽町から晴海通りを抜けて僕たちは走った。
彼女は時々、外をもの珍しそうに見たり、ここは知ってるということを話してくれた。

彼女と一緒になれたら、一緒にコンタクトレンズを買いに行かないか?、ということを
話そうと思ってやめた。それがないと、わかってたからだ。
僕が見てる景色と同じものを彼女にも見て欲しいと思ったけれど
それができないとわかって以上言えなかった。


晴海ふ頭に着く前に目を閉じて、と僕は言った。
彼女はまじめに下を向いてしっかりと目を閉じていた。
そういう彼女の一貫性といえるまじめさがすごく好きだ。
そして、目を開けていいよと言って目を開けたときの純粋な笑顔が大好きだ。


駐車場に車を停めて、僕たちは歩いた。
彼女の手は彼女自身が自分の手だとわからないんじゃないかと思うくらい冷たかった。
僕は彼女の手を握り締めて夜の晴海ふ頭公園を歩いた。

彼女は僕の右側を歩きながら、僕の左側にあるお台場の夜景を見た。
僕はそんな彼女の顔を、時にはまじめに、時にはおどけながら覗き込んだ。
彼女は照れながら、夜景を見たほうがいいよと言った。
君を見ていたいんだ、と正直に言った。
彼女はもっと照れながら、「もう・・・」とだけ言った。


誰もいない2階のテラスで彼女を後ろから抱きしめたり、右から肩を抱いたりした。
そして、優しくキスをしたりした。

真正面にレインボーブリッジが構え、左にはお台場が、右手には東京タワーや高層ビルが見えた。
それらは、僕たちが去った後には何も残らないのではないかと思われるくらい
夢のように完璧な空間だった。
それは彼女と過ごしている僕にとって完璧さをより完全にさせたし
いつか消え行くろうそくをただじっと見続けるように
物理的限界を有する事物を見る行為の切なさを僕に教えた。


下に降りて夜景の見え方が違うということについて話した。

スキーについて話したり、少しくだらない話をした。
彼女のアクティブさについて話して、それが好きなんだよと言った。

彼女の唇に唇を合わせようとしたとき、ジョギングをしている中年の男性が現れた。
僕は構わずそれを続け、彼女はまた「もう・・・」と言った。


彼女を後ろから抱きしめて、左から確認していった。

「お台場の夜景、覚えた?レインボーブリッジは?上の月の形は?

東京タワーとその周りは?おれの感触は?」

彼女は全部覚えた、と言った。


* *


一生忘れないでくれ。

結婚前に君をこれほど愛している人間がいて、そいつと一緒に見た夜景と

おれの感触と、おれ自身のことを。

どんなときも忘れないでいてくれ。片時も忘れないでいてくれ。


あそこにはもう行かないでくれ。


* *


意味のないドライブをした後、城南島海浜公園の近くで
羽田から飛び立つ飛行機を間近に見た。

僕は助手席の彼女を後ろから抱きしめたり、またキスをしたりした。

何度も何度もキスをした。


そして、空気が読めない警視庁の刑事による任意捜査が行われた。
数年前の世田谷一家惨殺事件の捜査に紐付けられた質問が行われ
僕は正直に話して親指の指紋提供に応じた。
彼女に、捜査が行き詰っているんだねと話した。
その話をしたとき、彼女はなぜか妙に興奮していた。
ああいったことは女性の人生ではなかなか経験し得ない分
彼女は興奮したんだろうなと考えた。
かく言う僕だって経験しがたいものなんだぜ、と思った。


* 


彼女は僕の家に行くことを真剣に悩んでいた。
でも、その結論を彼女はやっぱり譲らなかった。

品川側からレインボーブリッジを見て何度も熱くキスをしたり彼女を抱きしめた。


* 


90年後、一緒になることについて話した。

僕は彼女のベールをめくって、誓い合ってキスをした。

「誓います」って言ってくれた彼女がとても愛おしかった。

そのキスをする前の彼女はとても幸せそうな微笑を浮かべていた。

心から幸せにしたい、と思った。


* *


本当は、今すぐ君と一緒になりたいんだ。今すぐに。

おれたちを運命と言わないで誰を運命と言うんだい?

お前が勝手に決めた運命じゃないなんて信じないよ。

結婚しないでくれ。


* *


走りながら僕は、『君がいるだけで』を歌った。

彼女は泣いていた。

"めぐり合った時のようにいつまでも変わらずいられたら・・・”の部分が好きなんだと言った。

彼女はやっぱり泣いていた。僕もずっと泣きそうだったんだ。


*


くだらないハイテンションな歌を歌いながら、笑顔でいようと2人で話した。

そして晴海ふ頭へ戻ってきた。



* * * * *


涙が止まらないよ。


君が結婚してしまったとしても、僕は君を愛してる。