君に伝えたいことのすべて
君がおれといると最高に幸せと言ってくれることは、おれにとっても最高の幸せだよ。
"幸せ"という表現では、全然足りないかもしれない。
君の一瞬にして永遠な笑顔。
瞬間的におれの記憶を占領していくんだ。
それに完全に支配された脳は山手線のおれを呆然とさせるし
呆然とした自分を思うと、君がおれを覆っていることを知るよ。
その笑顔を一生、側で見ていたいんだ。
朝も、夜も、晴れの日も、雷が鳴り響く好奇心に満ちた日も
(おれは雷が鳴るとなぜか少しの好奇心が沸く人間なんだ)。
たまには怒ったりもするんだろうね。
でも大丈夫。それも愛せるさ。
トイレットペーパーがシングルかダブルかくらい、きっと振り返ればどうだっていいことなんだ。
そんなときは、その日のうちに、振り返って正直に話そう。
おれが間違ってたら謝るし、君が間違ってたら一緒に笑おう。
そして、毎日笑顔で過ごすんだ。
悲しい日もあるだろうね。
そんな日は一緒に泣こう。少しお酒も付き合えよ。そしてまた一緒に泣こう。
泣き疲れたら、抱き合って寝よう。
次の日も悲しかったら、また一緒に泣こう。
そうやって何日か過ごしていれば、ある朝には一緒に前を向けるさ。
君とおれは支えあえる関係だから、最後には上と前を向いて一緒に歩けるんだ。
それ以外の日は、毎日君の笑顔を見させてくれ。
いつだって君が笑顔でいれるように、最大限の努力をするから。
楽しかったら一緒に笑おう、面白くなかったら目を見詰め合ってクスクス笑おう。
おいしかったら、おいしいよ、ありがとうって言うから一緒に笑顔でいよう。
まずかったら、ニヤニヤしながら食べるからまずかった?って聞いてくれ。
「体によさそうな味だね」って言うから、一緒に笑おう。
子供が出来れば一緒に遊ぼう。
いろんな場所に車で行こう。海とか山とか。
子供の運動会でおれが一番をとったら、子供みたいにおれを誉めてくれ。
幸せだったら、幸せだねって照れずに言おう。
毎日が本当に幸せだよ。
考えてごらん。今、苦しいのはほんの一瞬なんだ。
その後はやっぱり幸せなんだよ。
おれといればやっぱり幸せなんだよ。
*
毎日をおれと過ごしてくれないか?いいだろ?
* *
何で私と結婚したいの?
─おれが君といれると幸せだからだよ。
幸せなおれが愛する君を必ず幸せにできる自信があるからだよ。
何で私といると幸せなの?
─おれのすべてを受け入れてくれる器とその表情と、君すべてがあれば
どんな日も必ず楽しいからだよ。(答えになってるかな?)
私以外にもそう思える人が出てくるよ。
─ごめん。それには興味がないよ。不確定な話をするときりがないよ。
おれは今の君を愛しているんだよ。
私はこういう人間だから今更すべてを変えることなんてできない。
─君にそれができないなら、おれのすべての勇気と力を貸す。
君は決断だけしてくれ。
その後は、君はおれの後ろにいればいい。必ずすべてをうまくいく。いかせる。
砂肝みたいな想いで伝わらないなら、君が許してくれる範囲内のすべてをしてそれを伝える。
伝わっても、踏み切れないっていうならこう考えてくれ。
「今のままの未来よりも、おれといる未来はずーっと幸せなんだ」って。
それでも動けない、なんて絶対に言わないでくれ。
君を幸せにしたいんだ。
* * *
マキを幸せにしたい。
心から思う。
この誓いが”結婚”だろ?”紙切れ”じゃないんだ。
誓うよ。必ず幸せにするよ。
マキ、おれと結婚してくれ。
明日、これについて話そう。最後にするから(最初にならない限りね)。
世界一の場所へ連れてってあげる。
世界一残酷な思い出にはしたくないんだ。
その前に、今日は夢で会おう。
キスしたり抱き合ったりする素敵な夜にしよう。
一緒に。
世界一の朝、世界一の夕方について
彼女が朝(あるいは昼)に電話をしてくれて、
おれがその安らぐ声で目覚めることは
世界が変わるくらい素晴らしいことなんだな、と考える。
雨が降っていて、スーツの裾がずぶ濡れになるような朝も
オーブントースターで焼かれている様な暑い朝も
季節の変わり目を感じる肌寒い朝も
夜積もった雪のせいで部屋中真っ白に感じるような朝も
彼女の隣で目を覚ますことができれば
それは、どれも最高の一日の幕開けになる。
そして、夜もきっとそうだ。
どんな最低でファックな一日も彼女の隣で眠りにつければ
きっとそれは慰めとして最良のものだろうし
明日を最高のものにするための勇気にすらなる。
*
そして、世界一の朝を迎える。
それは世界の端っこにあるちっぽけな朝だとしても、誰より幸せな、世界一の朝だ。
彼女の声で昨日もその前も目を覚ますことが出来た。
それは、振り返れば世界一の朝だったし、絶望しかない世界で唯一の救いだった。
* *
そして、その世界の救いは、夕方なのに、ふいに舞い降りてきてくれた。
明日彼女と二人の完全な時間と空間と、少しの感情を共有することを許された。
──彼女からの"秘密のデート"の誘い。
*
彼女は南北線でおれの隣に座り、笑ったり、まじめな顔をしたりした。
彼女の笑顔はおれをどこまでも和ませ、彼女のまじめな顔はおれをおどけさせた。
「バイバイ」は、この世の終わりのセリフにも使えるくらい絶望的だったし
3軒飲み歩いてもそれはおれの心を蝕んだ。
あの一言のように。
でも、明日は忘れよう。そう努力しよう。
現実を現実と受け止めて、おれは努力し始めた。
明日は、それとは関係がないんだから、忘れよう。
じゃないと、彼女がくれた世界一の夕方の意味がなくなってしまう。
世界一の朝は来たとしても、世界一の夜は来ないのだから。
死・文明の終わりについて
あらゆるモノは自然的に死んでいく。
草も、花も、虫も、鳥も、人も必ず死んでいく。
そして今日、僕のとても大きな想いも殺された。
自然的ではないようだが、これはきっとごく自然的で一般的な死なんだろう。
*
『完璧な文章はない。完璧な絶望がないように』と言った作家がいた。
確かにそうなのかもしれない。
彼女はおれを好きだと、心の中で言ってくれた、ようにおれは受け取った。
これは絶望の中のほんの僅かな一筋の光の筋、の、断片の、幻覚か?
自然的死が存在する以上、完全な絶望ではないということなのかい?作家さん。
それでも、これほど愛していても報われないものなのかい?作家さん。
作家さん、無責任過ぎるよ。
わずかなビールとウィスキーが多く入れば、おれはこう言うね。
「完璧な絶望は存在するよ。おれはそれを経験したことがあるんだ」
*
おれは今日泣いた。
大粒の涙が頬を流れ続け、鼻水が止まらなかった。
その涙は、雨のドライブを思えば、なお止まらないし(そしてまた電話をした)
彼女を考えれば、より強く流れた。
どうやって諦めればいい?
どうすれば忘れられる?
瀕死のおれをいくら撃ち抜いてもおれは諦められないし、忘れられないんだ。
と、声がない彼女に伝えた。
これがまさに完璧な絶望なんだな、と考えた。
"死"そのものが絶望的なのではない。伝達方法が失われること。
『文明とは伝達である』と誰かが言った。
ひとつの文明が失われた。
文明が死んだ都市の復活はない。
歴史が証明している。
エジプト、インダス、メソポタミア、黄河。奈良、京都、鎌倉…、切りがない。
失われた、死んだ文明都市たち。遺産しかない街たち。
今日、ひとつの文明が失われた。
復活なき、失われた文明。
遺産という名の"思い出"しかない時間的空間。
──それでも今も、おれはマキをとても愛している。
だから、今夜はシーヴァスを飲み続けよう。
そうでもしないと。
なぁ、
なぁ、マキ。
なぁ、君ならわかってくれるだろう?
今出た結論について
もちろん砂漠しか残らない世界は好まないしそれを望むわけがない。
けれど、全てが終わった後に砂漠しか残らないとしても、正直に生きることを選んできた。
失ったもの、裏切ったもの、ただ無視したもの、
避けてしまったもの、踏みにじったもの、怖くなるくらい
たくさんのものをなくしてきた。
そして昨日またひとつのものを捨てた。
それは20代前半という成長の一過程ではとても重要な要素だった。
しかし、人生全体で最も重要な核になりうるものを見つけた以上
他方は捨てられるしかない。
仮に後に砂漠しか残らないとしても、後悔はしない。
あらゆる時に彼女を真っ先に思い
脳のあらゆる回路を使ってうまくいく最高の知恵を絞り、
行動に移すときは全身の力をそこに傾け、
まさに全力で彼女を手に入れに行く。
そうしたかった。
でも、無理だった。
結論は、さっき出た。
答えは変わらなかった。
光を探した旅と傍らにある暗闇について
彼女をフィアンセと同棲する家の近くまで送り届けて、三度キスをした。
それは、その前にしていたものとは違って情熱的の正反対にあるものだった。
そんな絶望的な挨拶的キスを交わし、別れた。
交差点を左折してすぐ車を停めた。
今日という時間を取り戻すために電話をした。
話中だった。
夜は二度と明けないのではないかと思うような僕の暗闇を目の前を覆った。
もう一度かけてみると予想に反して彼女の声が聞けた。
彼女に今日は家に来ないか、と誘って、断られた。
気が狂いそうになる空気に耐え切れず彼女は電話を切った。
彼女と1日聞いていた3枚のCDは一人で聞けずFMに切り替えた。
くだらないDJがくだらない曲をかけ、くだらないトークを延々と繰り広げた。
そのくだらなさは、あらゆるリスナーに刺さるものだった。
例外なく、そのくだらなさが僕に冷静を取り戻させた。
僕は笑った。一人で環7を走りながら笑った。笑ってみることにした。
首都高を走りながら今日という一日を時系列に沿ってなるべく正確に思い出してみた。
三軒茶屋から3号渋谷線で谷町ジャンクションまでは
午前中に雨の中を東名高速でサンドウィッチを食べながら走ったことを。
そのときに話したこと、そのときの彼女のことを。
東京インターまでの渋滞でキスをしたことを思い出した。
谷町ジャンクションから都心環状線に入り工事で少し渋滞した。
沼津インターを降りて、修善寺に行ったことを、散策したことを思い出した。
彼女の横顔、その会話について。そこでのキスを思い出した。
一碧湖までの山道を丁寧にハンドルとアクセルを操作しながら
山道を登ったり下ったりしたことや
その時にかかっていた曲たちと、彼女が僕に言ってくれたことを思い出した。
熱海の荒れた海とたくさんのサーファーを思い出した。
彼女が左を向いていることを、自分が話したことを思い出した。
西湘ラインに乗らずに入った道で彼女を抱きしめたことを思い出した。
彼女のほっそりとした魅力的な体を思い出した。
5号池袋線では飛ばした。東京での彼女について考えたからだ。
トイザラスでの彼女は相変わらずとても僕を魅了したけれど
フィアンセがいることを確認させられたことについて思い出してしまった。
僕は今にも大粒の涙が出そうだったことについて思い出した。
東京タワーでクリスマスツリーを見ながら僕がしたいキスをしたことと
そのとき彼女は僕のキスに感じていたことを思い出した。
公園の近くの路肩に車を停めて話したり、キスすたり、抱きしめあったこと、
彼女の体が僕を求めていたことを、僕にもその準備ができていたけれど
彼女は僕にすべてを委ねなかったことを思い出した。
彼女が「好き」と言ってくれたことと、僕は感情を抑えられずに涙したことを思い出した。
* * *
僕はこの旅行で彼女との将来についての光を探したかった。
でもそこには常に、傍らに、しかもすぐ隣に暗闇があった。
暗闇は暗い東京でよりその暗さを増し、彼女は結論を譲らなかった。
一方僕は、彼女を愛していることに気づいた。
*
一日中彼女は、魅力的なその目で僕を見たり、見なかったりしたことを思い出した。
初めてのキスについて
渋谷駅を降りて歩き始めた僕たちを待っていたのは雨だった。
スクランブル交差点からタワレコへ行って、彼女と翌日のドライブで聞く曲を探した。
彼女と仕事場以外で、食事の席以外で一緒にいるのは初めてだった。
僕は運動会の前日の子供のように、ごみの日の朝のカラスのように嬉しく、すこしはしゃいだ。
明日のドライブで何の音楽を聴くかについて話した。
好きな音楽を選ぶと、どれも他の思い出がある曲になってしまうという話をした。
それは仕方ないことだよ、2人とも27歳なんだ。色んな思い出を引き連れてるんだ。
その思い出を上書き保存しようと、話した。
2枚買ったCDを手に、小雨が降る渋谷を少し歩いた。
傘を差している人は全体の5分の1程度しかおらず、この雨がふいに降ったものだと教えた。
西武の脇からセンター街を横切って、文化村通り沿いにある店に入った。
店は思いのほかよい雰囲気の店でビールよりもワインが似合うような少し落ち着いた店だった。
2人が遠された席は、半個室でL字型のソファがあった。
奥に彼女が座り、手前に僕が座った。少し狭いソファは僕たちの距離を縮めてくれた。
僕はビールを2杯飲み、ウィスキーを2杯飲んだ。彼女はカシスオレンジを1杯飲んだ。
何品かの上品に盛り付けられた、そこそこ美味しい食事を食べ
彼女にいつも彼女を思って聞いている曲を教えた。
聞きたい、という彼女にポータブルオーディオのイヤフォンを貸して、聞かせた。
聞き終えた彼女に、どうだった、と聞いたが、彼女は言葉にしにくそうな表情を浮かべた。
少し当惑している表情だった。
こんな風に思われてるんだ、って思ったと彼女は静かに言った。
そんな話をしながら、彼女にキスをしてもいいか聞いた。
彼女は、1回だけならいいよ、と言った。
キスをする前で一番緊張したかもしれない。
ファーストキスよりも緊張した(僕のファーストキスは奪われたものから緊張が必要なかったからだ)。
L字型のソファの奥に座る彼女に、そっと近づき彼女の唇に僕の唇を合わせた。
1秒も合わせてなかっただろう。でもずっとそうしたかった僕にとっては、それを離したくはなかった。
彼女の唇は、力が入っていていた。
それから何度かキスをした。
その間、閉店を告げる『What a Wonderful world』が流れてきて、その間も軽くキスをしたりした。
それは、まさにワンダフルな世界だった。
彼女と僕ののために、すべてがあるとさえ感じられた。
そして、L字ソファのコーナーで彼女を抱きしめた。
彼女のほっそりとした体を抱きしめたとき、本当に彼女を自分のものにしたいと考えた。
彼女が僕を振りほどき、その時も同じ曲がかかっていた。
それはとても切ない曲にしか感じられなかった。
雨はさっきよりもずいぶん強く降っていた。地下道を歩いて駅に向かい明日ね、と別れた。
3週間近く待った日がついに明日訪れる。
彼女とドライブだ。プランは完璧だ。
ただ、天気が気になる。
メールの代用品のようなものとして
男は女性よりもずっと鈍感なんだよ。
だから、僕のところにおいで。何も心配いらないよ。
すべてうまくいくよ。
夜、電話で話すのは会社で話すよりもずっと距離が近く感じるね。
君とずっと同じ時間と場所と感情を共有できればと考えるよ。
君もそう思ってくれるなら、疑念とか不安とか捨てよう。
捨てるのが大変なら僕が手伝うよ。
* * *
今日は外に出てきてくれてありがとう。
君はグレーのストールを背負って寒そうにしながらついて来てくれたね。
黒のスカートにグレーのニット、とても似合ってたよ。
君はシックな色がとても似合う魅力的な女性だよ。
寒かったね。18時を過ぎると昼間とは全く違うね。
18日を過ぎたら僕らもそうなってしまうのかな。
時間がないことを不安に思うのは君より僕なんだよ。
時間の経過が怖いんだよ。
君を独占したいと本気で思ってるんだ。だからいつも会いたいんだ。
そう思う僕の気持ちは、誰か他の人の気持ちであるかのように冷静だし
それは雨のようにずっと振り続けているよ。
周りがどうであろうと振り続ける雨のように降り続いているよ。
雨はあがるのかな。
雨の後の傷跡は誰がどうやって癒すのかな。
結論と絶望について
そう言うと思ってたよ、と僕は言った。
地球の端っこから宇宙空間に放り出されたような気分だった。
ポップに言うと、”お先真っ暗”。
シンプルに言うと、”へこんだ”。
本音を言うと、”ついに言われた”。
彼女はそういうタイプの人間だから仕方ないってわかってた。
僕は、彼女にとってそういう存在であることも自分自身でわかってた。
ただ、”わかっていた”=へこまない というわけでもない。
試合中に勝ち目がないとわかっていても、試合が終わって敗北が確定すれば
悔しいのと同じだ。
僕は、可能性で今の恋愛をしている。
しかもそれは圧倒的に低い可能性の中での恋愛だ。
その可能性を大きくするための最大限のことをするしかないなんだろうな、
と帰りの電車で考えた。
家について、マッカランをロックで飲みながら彼女について考えた。
彼女と家で2人でいる時間と空間について考えた。
彼女と2人でドライブに行くことについて考えた。
なぜ彼女といるとあれほど安らぐのかについて考えた。
そして、彼女は婚約していてもうすぐ結婚することについて考えた。
希望が絶たれる、と書いて”絶望”と言うんだなと考えた。
そして、10日の旅行について考えながら、ほんのわずかな可能性に期待しながら
この意味のない文章を書いている。
フィアンセと旅行に行っている彼女について
秩序正しく、それぞれの組がホテルの部屋に戻り、秩序よく彼女は彼氏に抱かれる。
彼女は今日、フィアンセとその友達カップル総勢4人で旅行に行っている。
ありふれている。
僕もそういう経験もあるし、おそらくマンションの隣の住民もある。誰にでもあるんだ。
平安時代の人もやってただろう。誰でもあるんだ。
そして、必ず2000年後も同じことが同じように繰り返されるんだろう。誰にでもあるんだから。
ただ、僕にとっては初めての経験という側面を持っていた。
好きな女性(限りなくシンプルに言って)が他の男と旅行に行き
その間の連絡を途絶えされられ、自分には何もできないという経験は
自分がこれほど嫉妬深い人間だということを知らしめた。
ただ、これは誰にでもある、人間の生活と欲求において
ごくありふれた記号的なものでしかないと理解していても、僕には耐えられない。
彼女はもうじきその男と結婚してしまう。
もう時間がない。完全に、完璧に、圧倒的に時間がない。
昨日の夜から、ずっと彼女のことだけ考えている。
今日は眠れない。とても眠れない。
壁の時計の秒針が嫌味に、五月蝿くゆっくりと時を刻む。
記憶について
彼女はこれまでのことを、これからのことを、どれくらいの期間記憶できるのか。
ルーティンワークの毎日のように、3週間も経てば忘れるのか。
それとも、痛みを伴う記憶として10年単位で記憶されるのか。
僕はこれまでのことはおそらく10年単位で記憶される。
10年前、僕は17歳だった。
それ以降の、最も印象深い出来事のそれぞれを
まだ僕は80%程度事実に従って記憶している。
しかしそれ以前については時間の経過に伴って
歪曲されて事実に即さない部分を包含する80%未満の記憶として無残に残っている。
今の思いもこれまでがそうであるように、今後10年は正確に記憶できるだろう。
しかし、僕の記憶力が37歳になって劇的に進化するか、あるいは
彼女が僕のそばに10年後もいてくれなければ思い出として歪曲された
80%未満の事実として人生に刻まれることになる。
僕にとってこれは今までにない思いだから、 正確に記憶しておきたい。
そして彼女にも正確に覚えていて欲しい。
決して忘れないでくれ。
おれを。