初めてのキスについて | 彼女が結婚したとしても

初めてのキスについて

渋谷駅を降りて歩き始めた僕たちを待っていたのは雨だった。

スクランブル交差点からタワレコへ行って、彼女と翌日のドライブで聞く曲を探した。

彼女と仕事場以外で、食事の席以外で一緒にいるのは初めてだった。

僕は運動会の前日の子供のように、ごみの日の朝のカラスのように嬉しく、すこしはしゃいだ。

明日のドライブで何の音楽を聴くかについて話した。

好きな音楽を選ぶと、どれも他の思い出がある曲になってしまうという話をした。

それは仕方ないことだよ、2人とも27歳なんだ。色んな思い出を引き連れてるんだ。

その思い出を上書き保存しようと、話した。


2枚買ったCDを手に、小雨が降る渋谷を少し歩いた。

傘を差している人は全体の5分の1程度しかおらず、この雨がふいに降ったものだと教えた。

西武の脇からセンター街を横切って、文化村通り沿いにある店に入った。

店は思いのほかよい雰囲気の店でビールよりもワインが似合うような少し落ち着いた店だった。

2人が遠された席は、半個室でL字型のソファがあった。

奥に彼女が座り、手前に僕が座った。少し狭いソファは僕たちの距離を縮めてくれた。


僕はビールを2杯飲み、ウィスキーを2杯飲んだ。彼女はカシスオレンジを1杯飲んだ。

何品かの上品に盛り付けられた、そこそこ美味しい食事を食べ

彼女にいつも彼女を思って聞いている曲を教えた。

聞きたい、という彼女にポータブルオーディオのイヤフォンを貸して、聞かせた。

聞き終えた彼女に、どうだった、と聞いたが、彼女は言葉にしにくそうな表情を浮かべた。

少し当惑している表情だった。

こんな風に思われてるんだ、って思ったと彼女は静かに言った。

そんな話をしながら、彼女にキスをしてもいいか聞いた。

彼女は、1回だけならいいよ、と言った。

キスをする前で一番緊張したかもしれない。

ファーストキスよりも緊張した(僕のファーストキスは奪われたものから緊張が必要なかったからだ)。

L字型のソファの奥に座る彼女に、そっと近づき彼女の唇に僕の唇を合わせた。

1秒も合わせてなかっただろう。でもずっとそうしたかった僕にとっては、それを離したくはなかった。

彼女の唇は、力が入っていていた。

それから何度かキスをした。

その間、閉店を告げる『What a Wonderful world』が流れてきて、その間も軽くキスをしたりした。

それは、まさにワンダフルな世界だった。

彼女と僕ののために、すべてがあるとさえ感じられた。


そして、L字ソファのコーナーで彼女を抱きしめた。

彼女のほっそりとした体を抱きしめたとき、本当に彼女を自分のものにしたいと考えた。

彼女が僕を振りほどき、その時も同じ曲がかかっていた。

それはとても切ない曲にしか感じられなかった。


雨はさっきよりもずいぶん強く降っていた。地下道を歩いて駅に向かい明日ね、と別れた。


3週間近く待った日がついに明日訪れる。

彼女とドライブだ。プランは完璧だ。

ただ、天気が気になる。