<土曜のいつものサルソン>
人が少ない。多分3連休初日と言う事もあるのかな? でも、ひさしぶりの人、初めての人と沢山踊れてOK。あのダイナミックなダンスをするフィリピンアーナとも踊れたのはま良かった。![]()
NYスタイルもトライしたが、相手によって、中々上手くリードが出来ない。一般的なホーメイションではないので、女性の通路を上手に開けて、相手がこちらの意図をはっきり認識してもらう必要があるみたい。中々難しい。
人が少ないこともあり、また基本「一期一会」主義なので、1時間半で退出。 少しもの足らないが、その分、遠回りして親不孝通り界隈を散策。中々雰囲気がいい。
あ、今は「親不孝通り」とは言わないらしい![]()
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昔の名前もまだ健全みたいだけど![]()
<納得の判決>
この様な場合どうしたらいいか? とても判断が難しい。判決にあるように、第三者が判断するには余りある。
<BSの番組>
NHKの中々、興味深い番組。中国が広くかつ多様である事を再認識させるもの。
https://www.nhk.jp/p/ts/Y864JX126X/episode/te/EJR5K24NVM/
つぎは民放のいつものヤツ。
共に病気で村への移住を決意した二つの家族の物語。 色々贅沢な土曜日![]()
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『禍いの科学』8
本の締切返却日がせまってきた。それまでに何とか一章だだけは読めそうだったので、戻って『沈黙の春』を読み始める。これは余りにも有名で説明する必要もないだろう。
レイチェル・カーソン。彼女はこの本が出た2年後、若くして1964年に乳癌で亡くなった事もあり、伝説の人の様に私には感じられた。
ちゃんと本を読んだ記憶は無いが、当時日本は「複合汚染」で環境問題に特に敏感だった事がある。
彼女はDDTを厳しく糾弾したが、1970年の米国科学アカデミーの試算では、「5億人の命をマラリアやデング熱からDDTは救い、逆にDDTで失われた人命はいないとする」
また、彼女がDDTで命を奪われたとする鳥すら、病原体を媒介する虫が減った事で実際は数を増やしていた。p211
では何故、彼女はDDTで鳥達が姿を消したとし『沈黙の春』としたのか?
それはDDTの散布前に既に鳥の数が減っていたからだそうだ。つまり、『沈黙の春』はDDTの所為では無かった。それを彼女は誤って解釈した。
結局、1972年にDDTは禁止され、それ以降、5,000万人の主に子供がマラリアで命を失った。p208 それを著者はカーソンの責任にする。
転機は2006年に来た。WHOは過ちに気がつき、方針を転換した。しかしそれ迄に、多くの子供がマラリヤで命を失った。p216





























