回顧録 Vol.4 幻のハンドメイドタイ
80年代の後半から90年代中くらいにBEAMSのスタッフや顧客様から絶大な支持を受けていた英国のネクタイブランドがありました。
ロンドンにあったショップDEBONAIR(デボネア)のネクタイ。
DEBONAIRと聞いてピンとくる人がいるとすれば、それはかなり90年代の英国のクラシックに精通する人だと思います。
DEBONAIRはロンドンのROYAL OPERA ARCADE(ロイヤル オペラ アーケード)にあったハンドメイドのネクタイを扱うショップでした。
80年代後半頃に当時のBEAMSのロンドンオフィスのスタッフ(現高円寺 MOGI Folk ArtのTerry Elis氏)が街を散策中に偶然見つけたショップで、その小さな店に入り店主に話を聞くと、その店主(POUL SAADE ポール サード氏)はもともとTURNBULL&ASSER(ターンブル&アッサー)に勤めていて、独立してその店を始めたということ。
そして、ネクタイは地下の工房で裁断から縫製まで全てハンドメイドで作られていることを知り、そのロンドンの小さな店でしか売られていなかったネクタイをBEAMSで展開することになりました。


上の画像は1989年に初めてロンドンに行った時に撮ったDEBONAIRのディスプレイ、下は1991年に同じく私が撮ったディスプレイです。
当時すでにBEAMSで英国ブランドのネクタイをいくつも展開していましたが、デボネアのネクタイは英国のクラシックをストレートに表現した柄とソフトでふかふかした芯地、ひと目でハンドメイドとわかる縫製が他のブランドにはない雰囲気で、スタッフや顧客様の間で大人気となりました。
毎シーズン新しい柄が入荷するとすぐに完売するほど人気があり、当時クラシック好きのスタッフはデボネアのネクタイを競うように購入していました。
このネクタイは私が唯一所有しているDEBONAIRのネクタイです。
1990年か91年に購入したものですが、当時ネイビーブレザーとあわせようと思い購入しました。
当時はイエローベースのネクタイが人気だったこともありこの柄を選びましたが、実際に着けてみるとストレートな英国のクラブタイの雰囲気がブレザーとあわせると制服っぽく見えてしまい、なかなか自分のものにするのが難しかったことを今でも覚えています。
DEBONAIRのショップは初訪問した89年から90年代中頃までロンドンに出張に行く度に訪れていましたが、今では少なくなってしまった英国紳士の為の洋品店という雰囲気が色濃く感じられるショップでした。
実はDEBONAIRのネクタイはBEAMS Fではなくインターナショナルギャラリーで展開していたので、私はバイイングしていなかったのですが、上司がバイイングする際に毎回立ちあって生地を選ばせてもらっていたので、自分にとってもとても印象深いネクタイなのです。
当時を知らない人にとっては、なぜインターナショナルギャラリーでこれほど直球な英国のネクタイを展開していたのかと思う方も多いと思いますが、90年代に入り英国調がトレンドとして台頭してきたこともあり、世界のトレンドをいち早く紹介するインターナショナルギャラリーにとってブリティッシュスタイルを打ち出すことは自然な流れでした。
ちなみに、それ以降英国でニューテーラーのムーブメントが起き、インターナショナルギャラリーでRICHARD JAMES(リチャード ジェームス)を展開しましたが、それも90年代の英国調のトレンドの流れであることは言うまでもありません。
それほど人気だったDEBONAIRのネクタイですが、実は私が購入したのはこのレジメンタルタイ一本だけでした。
当時BEAMS Fの英国のネクタイの主力ブランドはDRAKE'Sでしたが、DRAKE'Sは英国ブランドでありながら英国よりもイタリアやフランス、アメリカが主なマーケットだったので、ジャーミンストリートやサビルローの老舗で売られているネクタイに比べると色使いも柄も洗練された雰囲気がありました。
自分はどちらかと言えば、ジャーミンストリートの老舗で売られているようなコテコテな英国調のネクタイよりもDRAKE'Sのような洗練された英国調のネクタイが好みだったので、ド直球な英国調のDEBONAIRのネクタイにそれほどはまらなかったというのが理由です。
デボネアは2000年代前半に閉店してしまい、当時ロンドンの数あるアーケードの中でも地味な存在だったロイヤル オペラ アーケードも、今ではお洒落なカフェやアートギャラリーが並ぶ洒落たアーケードに変わりました。
90年代は色々な意味で英国のクラシックが元気だった時代。
当時はロンドンの街で小さくてもこだわったものづくりをしていたショップがたくさんありました。
このDEBONAIRもそのひとつで、私にとってとても印象深いショップであり、オーナーであるPOUL SAADE氏の物腰が柔らかい口調で語るネクタイへの情熱が今でも印象深く記憶に残っています。
DEBONAIRのネクタイは日本ではBEAMSが独占的に販売していたこともあり、販売した本数もそれほど多くなく、ヴィンテージのマーケットで見つかることも少ないと思います。
ロンドンでも知る人ぞ知るというショップだったので、ビンテージマーケットで見つけるのは難しいでしょう。
古着を買わない自分が言うのもなんですが、英国好きの方は古着屋さんで程度が良いものが見つかれば、迷わず購入することをおススメします。
DEBONAIRのネクタイは、英国好きの方にはたまならい幻のハンドメイドタイです。
秋冬の買い物 カジュアル編
前回に続き最近購入したものをご紹介します。
今回はカジュアル編です。
このブログでもYoutubeでも私のリコメンドアイテムとして何度も紹介しているので、読者の皆さんには説明はいらないと思いますが、私が細部までこだわって別注したブルゾンです。
20年前のモデルをベースとしているので、現在のCINQUANTAのラインとは少し違い、ラテンのラグジュアリーな雰囲気も感じさせるブルゾンです。
自分が企画して別注したものなので、これは絶対に着たいものなのです。
ということで、すでにこんな感じで着ています。
コーディネートは難しくありません。
自分は画像のようにベージュやホワイトのパンツと合わせてワントーンのコーディネートで着ることが多いです。
もう少し寒くなったら、ブラウンのウールのハウンドトゥースのパンツを合わせようと思っています。
ご予約もたくさんいただいたので、残りはあと8着だけになりました。
おそらくこのモデルを継続展開することはないと思うので、気になっている方は是非実物をご覧いただければと思います。
世界で50枚だけ、BEAMSでしか買えないCINQUANTAです。
自分は古着は着ないので、デニムジャケットはORSLOWのサードタイプのデニムとホワイトデニムを着ています。
数少ない私がデニムジャケットを着ている画像です(笑)
サードタイプは細身なので、少しユルめのものが欲しくて探していました。
BEAMSでも色々なブランドでデニムジャケットを展開していますが、色々検討して最終的に原宿のBEAMS PLUSで購入したのが、このREMI RELIEFのセカンドタイプでした。
選んだポイントは、肩幅と身幅に余裕を持たせたBEAMS PLUS独自のパターンなので、サイズアップしなくても少しユルめに着られるフィット感。
そして、旧織機で織られた13.5ozの生地は、ウオッシュ加工されていて試着した時から柔らかくてとても着やすいところも気に入りました。
こだわる人からすれば邪道かもしれませんが、自分のように休日はリラックスしたシンプルなカジュアルスタイルがしたいオッサンには、加工されて柔らかい着心地と言うのはとてもありがたいのです。
そもそもこだわる人からすれば、そんなことよりも日本のブランドのレプリカ自体が邪道かもしれませんが・・・(苦笑)
私のように古着やビンテージでなくてもいい人には、おススメしたいデニムジャケットです。
サイズバランスと着心地がとても秀逸なデニムジャケットです。
綺麗なグリーンとカシミアのようなタッチが刺さり展示会で個人オーダーしました。
2023年秋冬にモックネックで展開した、ウール70%にナイロンを30%混紡したカシミアにように柔らかい糸を使ったケーブルのタートルです。
ちなみに、2023年秋冬に展開していたのがこのモックネックです。

今でも気に入って冬になるとよく着ています。
本当はバイイングして展開したかったのですが、昨年暖冬で軒並みミドルゲージのタートルの動きが悪く、年末くらいからやっと売れ始めるという状況でした。
今年もおそらく暖冬だろうという予想のもと、ミドルゲージのタートルの展開を減らしたのでオーダーには至りませんでした。
自分は冬になると休日でもミドルゲージのタートルをよく着るので、気候には関係なく必須アイテムでもあるのです。
特に一枚で着てもサマになるケーブルのニットは、シンプルなコーディネートが好きな自分にとっては何枚あってもいいアイテムです。
ということで、今年もやはり暖冬で12月末くらいまでは着れそうもないですが、早く着たい気分です。
こんな綺麗な色のケーブルのタートルはなかなかありません。
RENCONTRANT フォックス ウール シャギー カーディガン
今シーズンのバイイングをした2月の展示会で個人オーダーしたのがこのカーディガン。
当初バイイングはしていなかったのですが、私が気に入って個人オーダーしたのなら展開しようという話になり追加でオーダーしました。
なので、個人オーダーしたものは3月末には仕上がってきましたが、桜が咲く時期だったので着る機会もなく、結局今シーズンもまだ着れていません。
このカーディガンはフォックスが50%も混紡されているので、とにかく軽く柔らかく触れるだけで高級感が感じられるところが刺さりました。
そして、このクオリティーで¥53,900(税込)というのも破格のプライスです。
RENCONTRANTはフランス人のデザイナーがディレクションして日本で作られていますが、このクオリティーでヨーロッパ製であれば間違いなく8万円はするでしょう。
今シーズンの私のリコメンドアイテムですが、キープがあと数点残っているだけでほぼ完売しました。
ありがとうございました。
このプライスのニットにしては多いオーダーでしたが、全然足りなかったですね・・・
自分も寒くなってこれから着ようというのに早すぎる完売でした。
すみませんでした・・・
LOOPWHEELER スエットパーカ
久しぶりにプルオーバーのスエットパーカが着たくて、個人的にはスエットと言えばLOOPWHEELER一択なので、原宿のBEAMS PLUSに買いに行きました。
しかし、今シーズンBEAMS PLUSで展開しているLOOPWHEELERのプルオーバーのスエットパーカは、なんとスーパーヘビーウェイトだけ・・・
試着してみたところ、やはりかなり重くて硬い・・・
こだわって別注したのでクオリティーの高さは理解しつつも、アウターのインナーにも着たい自分にとってスーパーヘビーウェイトのスエットパーカはオーバークオリティーでした。
LOOPWHEELERの公式サイトを見ると定番のウェイトのパーカを展開しているので、オフィスから徒歩数分のLOOPWHEELER千駄ヶ谷で試着して購入しました。
LOOPWHEELERのスエットはフロントジップのパーカとクルーネックは持っていますが、プルオーバーのパーカは初めてです。
少し前にSNSで ”パーカ オジサン”とディスられて、オジサンが着てはいけないアイテムになっていましたが、そんなことは全く関係なく数十年ぶりにアウターの下にスエットパーカをレイヤードして着たい気分なのです。
どういう気分かと言うと、自分はリアルアイビー、80年代アメカジ世代なので、パーカのレイヤードはある意味懐かしいコーディネートで、そのイメージをアップデートさせて着たいという気分なのです。
ちなみに、グレーのクルーネックもだいぶくたびれてきたので買いなおそうと思っています。
クルーネックは定番のウェイトタイプを展開しています。
”BEAMS 百名品”
マイサイズのSも在庫があるので、近々BEAMS PLUS 原宿店で購入します。
カジュアルアイテムも色々購入しました。
基本的に仕事の時はジャケットやスーツを着るので、カジュアルは休日と土曜出勤の時に着るのがほとんどです。
もちろん、ドレスとレイヤードできるニットなどは仕事の時にも着ます。
休日のスタイルはほとんどインスタでアップしないので、どんな服を着ているのかお客様にもよく聞かれるのですが、ご想像にお任せします(笑)。
休日に家族に写真を撮ってもらうのは嫌なので、最近土曜日出勤のスタイルをアップしています。
ちなみに、誰もいないのでセルフタイマーで撮っています(笑)。
その方が気が楽だったりします。
自分のカジュアルコーディネートなど特別なものはなにもないのであまり参考にはならないと思いますが、キレイめでシンプルなコーディネートをしたいという方の参考になれば嬉しいです。
というこで、またなにか購入しましたらご紹介します。
最後に前回のDOPPIAAのコーデュロイジャケットのその後のお話です。
お直しのミスからリカバリーして仕上がってきました。
実はジャケットを2着同時にお直しに出したのですが、もう一着のジャケットの袖丈の寸法でお直しされてしまいました。
袖がかなり長く上がり、ボタンホールも開けてしまったので直しようがないという状態になりましたが、工房の提案で肩から袖丈を詰めることになりました。
肩から詰めるのは基本的にはNGですが、着用感が悪くなることもなく袖付けも綺麗に仕上がりました。
こんなミス今まで聞いたことがないですが、本当にお客様のものでなくて良かったです。
自分のものはミスされてもきちっと仕上がれば結果OKです。
修理を担当したスタッフがかなりビビッていたのが可哀想・・・(笑)
本当にお客様のものではなく自分のもので良かったなと思います。
秋冬の買い物 ドレス編
やっと寒くなってきて、自分の買い物もオーダーしたものが上がってきたり、予約したものを購入したりと、やっとエンジンがかかってきました。
今回は最近購入したジャケットやスーツ、コートをご紹介します。
昨年オーダーしたALFONSO SIRICAのジャケットとスーツが仕上がってきました。
ジャケットはネイビー×ホワイトのハウンドトゥース
糸は英国のシェットランドを使って織っていますが、英国のものよりウェイトが軽めです。
最近個人的にハリスツイードのフェザーウェイトでも重く感じるので、このくらいのウェイトのツイードの生地が好みです。
白黒のハウンドトゥースではなく、白ネイビーのハウンドトゥースを選ぶのも自分っぽいと思っています(笑)。
スーツはブラウンのグレンプレイド
最近個人的にハリスツイードのフェザーウェイトでも重く感じるので、このくらいのウェイトのツイードの生地が好みです。
白黒のハウンドトゥースではなく、白ネイビーのハウンドトゥースを選ぶのも自分っぽいと思っています(笑)。
スーツはブラウンのグレンプレイド
生地はFOX BROTHERSのフランネルです。
このグレンプレイドは独特な色のブラウンでFOX BROTHERSにしかないブラウンなんです。
なので、迷わずこの生地一択でした。
なので、迷わずこの生地一択でした。
パンツは2プリーツのサイドアジャスターにしました。
初めてALFONSO SIRICAでスミズーラしましたが、あまりの仕上がりの良さに驚きました。
ナポリのサルトリアで今まで何着も仮縫い付きのオーダーをしましたが、正直今回の仮縫いなしのMTMの方が仕上がりがいいのです。
前下がりが結構ついているので、仕上がり後前丈のみ1㎝詰めましたが、それ以外は全く問題なし。
ナポリのサルトリアで今まで何着も仮縫い付きのオーダーをしましたが、正直今回の仮縫いなしのMTMの方が仕上がりがいいのです。
前下がりが結構ついているので、仕上がり後前丈のみ1㎝詰めましたが、それ以外は全く問題なし。
SIRICA本人が仮縫いをしなくても仕上がりに自信があると言っていましたが、それも嘘ではありませんでした。
その理由も彼に聞いたのですが、長くなるのでまた別の機会に書きます。
その理由も彼に聞いたのですが、長くなるのでまた別の機会に書きます。
袖とパンツの裾はフラシで上げたので日本で仕上げをしています。
スーツはフランネルなのでもう少し寒くならないと着れませんが、今から着るのが楽しみです。
スーツはフランネルなのでもう少し寒くならないと着れませんが、今から着るのが楽しみです。
TITO ALLEGRETTOでオーダーしたスーツも仕上がってきました。
生地は英国のARTHUR HARRISONのサキソニーのグレンプレイドです。
ダブルブレストは重く見えるので、フランネルではなくサキソニーにしました。
モデルは以前BEAMSで展開していた6ボタンの下掛けモデル。
パンツは2プリーツのサイドアジャスターにしました。
TOTO ALLEGRETTOはパターンオーダーではなく、生地の乗せ換えだけなのでサイズ44でオーダーしました。
やはり前下がりがきついので、SIRICAと同様に前丈のみ1㎝お直しで詰めます。
イタリアのジャケットは胸の厚みのあるイタリア人の体型に合うパターンで作られているので、自分のように胸に厚みがないと前丈が下がるので長く感じるのです。
一方日本人は反身の人が多いので、前丈が上がる人が多いとSTILE LATINOのVINZENZOが言っていましたが、自分は反身でも屈身でもないので、前着丈が長く感じ直すケースが多いです。
ちなみに、私はSTILE LATINOでスミズーラする場合、やはり前丈は1㎝短く指定しています。
ALFONSO SORICAも次回オーダーする場合は1㎝短くしようと思います。
私のように身長が低いと前丈が長いジャケットを着ると脚も短く見えるので、調整は必須なのです。
今シーズン展開しているTAGLIATOREのナッピングウールのコート
今シーズンの私のリコメンドアイテムですが、どうしても欲しかったので展示会の時に自分用に一着オーダーしました。
このモデルは今シーズンから展開する新しいモデルですが、オーナー兼デザイナーのPINO LERARIOの名前を冠したラインなので、本国ではTAGLIATOREではなく、PINO LERARIOのネームで展開されています。
サルトリアにあるようなカーブしたフラップポケットが特徴。
こういった濃いディティールもこのコートの良いところです。
定番で展開しているダブルのコートRICHに比べるとワンサイズくらいゆったりしているので、サイズは44でもタイトにならず適度にゆとりをもって着られます。
着丈は103㎝くらいなので、ひざが隠れるくらいでちょうどいい長さです。
生地はコレクションにはなく探してもらったものなので、このコートは世界中でBEAMSだけの展開です。
昔の厚くて重いナッピングウールではないので、日本の今の気候にも合っていると思います。
自分も20年以上前にCARUSOでスミズーラしたナッピングウールのポロコートを持っていますが、今着るとかなり重く感じます。
温暖化で生地に対する考え方も世界的に変わってきているのは間違いありません。
着丈は103㎝くらいなので、ひざが隠れるくらいでちょうどいい長さです。
生地はコレクションにはなく探してもらったものなので、このコートは世界中でBEAMSだけの展開です。
昔の厚くて重いナッピングウールではないので、日本の今の気候にも合っていると思います。
自分も20年以上前にCARUSOでスミズーラしたナッピングウールのポロコートを持っていますが、今着るとかなり重く感じます。
温暖化で生地に対する考え方も世界的に変わってきているのは間違いありません。
このコート、かなりご予約をいただいたので現状残っているのが、ご予約分を除くとあと数着です。
おそらく継続して展開することはないので、気になる方は是非お買い求めいただければと思います。

ジャージの生地は見た目がいかにもジャージという生地が多いのですが、これはフランネルに見えるのがポイント。
展示会に行った時に、この生地とシルバーのメタルボタン、アメリカのブレザーのようなミシンステッチと言うのも気に入って予約を入れました。
サイズは44でジャストですが、寒くなった時に厚手のニットを着たいので46を購入しました。
直した箇所は袖丈と着丈を1㎝詰めました。
腰ポケットの下の長さが長いので、1㎝詰めであればポケットを移動しなくても問題ないバランスです。
ボタンが少し高めなので下掛けで着ています。
これ以外にも気に入っているポイントは色々ありますが、長くなるので神藤さんのYoutubeをご覧ください。
皺にならないので出張の時など畳んで持って行けるのもいいところです。
あくまでもカジュアルなブレザーなので、カチッとしたテーラードジャケットがお好きな方には向かないかもしれません。
私はなんでもかんでも良いとは言わないので、その点だけはお伝えしておきます。
そしてもう一着は、DOPPIAAのコーデュロイのダブルのジャケットを購入したのですが・・・

実はお直しでトラブルがあって、まだ戻ってきていないのです・・・(苦笑)
あまり聞いたことがない珍しいトラブルですが、いずれにしてもお客様のもので無くて良かったです。
自分のものは修正して着られるようになれば問題ないので、どうやってリカバリーしようかこれから考えます。
今回はブルーではなくブラウンにしました。
理由などは仕上がってきたらご紹介できればと思います。
今回はドレス編と言うことで、サルトリアのジャケットやスーツからカジュアルなジャケットまで購入したものをご紹介しました。
自分で言うのもなんですが、相変わらず守備範囲が広いと思っています(笑)。
ブランドや値段や蘊蓄ではなく、着たいと思うものは垣根無く身に着けるのが自分のポリシーなのです。
前回のブログでも書きましたが、もともとこのブログを始めたのも、そういう自分の考えを皆さんにお伝えしたかったということもあるので、20年に向けての初回のブログもブレずに書きました。
次回は購入したカジュアルアイテムをご紹介します。
ブログ 15周年
2010年10月21日に始めたこのブログも15周年を迎えました。
今までブログを始めたきっかけを話したことは一度もなかったので、今回はそのあたりのお話をしたいと思います。
当時90年代中頃から始まったイタリアンクラシックブームも2000年代に入り後染めのジャケットなどが出てきたことによってドレスのカジュアル化が進み、多様化が進んだ時代でした。
そのような状況の中、BEAMSの一部のスタッフの中には高いものや蘊蓄があるブランドばかりをもてはやし、今日身に着けているものが全身でいくらみたいなことを自慢するようなスタッフも出てきました。
正直そういうスタッフは良いものは身に着けているのですが、コーディネートは今一つのスタッフが大半で、逆に全身オリジナルを着ていてもコーディネートを工夫して頑張っているスタッフの方が自分からすれば数倍お洒落に感じました。
そのような社内の状況に危機感を感じるとともに、外に向けてもブランドや蘊蓄だけでなくもっと洋服をニュートラルに楽しむことと、ファッションだけでなくライフスタイルを提案できないかと思うようになりました。
当時メディアの人たちでブログをやっていた人は数人いましたが、バイヤーでブログをやっている人は誰もいませんでした。
BEAMSのホームページでもブログが始まりスタッフの投稿が増え始め、自分のところにも要請が来ましたが、当時はレギュレーションが厳しく自社で扱っているものしか紹介できず、ファッションのネタ以外は基本NGだったので、それでは自分が伝えたいことが伝わらないと思い他の方法を模索しました。
そんなとき、あるイタリア車のお披露目パーティーで知人にブログを始めようと思っていると話していたところ、たまたま近くにAMEBAの社員の方がいて、”ブログを始めるなら是非ご相談ください”と声をかけていただき、パソコンの設定も全てやりますと言われたのですが、その時は珍しくデジタル音痴の私が自分で調べてやってみようという気持ちになり、とりあえず登録だけはなんとか自分で済ませました(笑)。
当時社外のコンテンツでSNSをやることは正式には認められていなかったので、こっそりプレスのスタッフに相談し、デジタルに詳しいスタッフにお願いしてトップページのバナーだけ作ってもらいました。

ちなみに、画像はERRICO FORMICOLAのボート(クルーザー)に乗ってイスキア島に行った時の写真。
取引先のスタッフがこっそり撮ってくれたので、とても自然な感じの写真です。
ジャケットやスーツではなく、ボートの上でラコステのボーダーポロという写真を選んだのも、これから始めるブログの内容の意思表示のようなものでもありました。
公式コンテンツではなかったですが、スタッフが気を利かせて”BEAMS CREATIVE DIRECTOR’S BLOG” と勝手に入れてくれました(笑)。
すべてが整い、あとはブログをアップするだけという段階になり、普通は所信表明のようなものを書いてから始めるところですが、自分はなんでも大袈裟な感じでアピールするのは苦手なので、本当に突然ひっそり?と始めました(笑)
初回は当時気に入って購入したMARIO MUSCARIELLOのコットンフランネルのシャツのお話でした。

ちなみに、ブログ開設を後押ししてくれたプレススタッフのM君の評価はいまひとつでした・・・(笑)
最初は口コミで広がり、その後ファッション誌でも紹介していただきPV数は急速に増えていきました。
自分はデジタル音痴だったので、ブログを始めた頃は周りの人たちに最も苦手とすることをよく始めたとなと言われたものでした。
蘊蓄だけでなく、自分が良いと思ったものはドレス、カジュアルを問わず紹介し、モノだけでなく人にフォーカスしたり、食や車や医療などライフスタイルを紹介するブログは読者の皆さんの共感も得て、月のPV数もあっという間に数十万まで伸びました。
PITTI UOMOの現地レポートなどは、一般の読者だけでなく業界の人たちにも多く読まれていたので、SNSに詳しい人たちからは有料にしたほうがよいとも言われましたが、ブログで儲けようなどという考えは全くなく、むしろ業界の為になればと思って書いていたので、ひたすら現地で深夜まで真面目にレポートを書いていました。
ここ数年はInstagramを中心に、様々なSNSや動画が人気でブログを書く人もかなり少なくなりました。
自分のブログの読者の方たちもブログをやめた人が多く、画像と短い文章だけのSNSや動画の方が今や主流なのは言うまでもありません。
自分自身もfacebook・Instagram・Threads・X・Youtubeと様々なSNSをやっていますが、ブログをやめる気は全くありません。
手前味噌ですが、15年間書き続けてきたことは、その間のファッションの変遷を知る資料にもなっていると思います。
最近は投稿の頻度も減ってしまいましたが、その分内容は濃いものにしていこうと思っています。
「長い文章なんて今どき誰も読まない」という人もいますが、興味のある方に読んでいただければいいので、これからもブログはしっかりと文章を書きこんでいこうと思います。
業界人ウケするようなカッコよくて難しい文章ではなく、一般の方たちにいかにわかりやすく書くか、私が常の心がけてきたスタイルも崩さずにやっていこうと思います。
20年に向けて新たなスタートです。
これからもELEMENTS OF STYLEをよろしくお願いいたします。
ABARTH 二度目のお別れ
3年半乗った愛車のABARTH 595C とお別れしました。
前に乗っていた595 TURISMOも同じく3年半乗ったので、50代以降七年間はABARTHが愛車だったことになります。

4人乗れるカブリオレが欲しくて595Cにしましたが、いざ手に入れると意外とオープンで走ることは少なかったかなと思います。
オープンエアでなくても、それだけABARTHは走りが楽しいということなのです。
マイナートラブルは二度ほどありましたが、全てディーラーの保証でまかなえたので、お金もかからない車でした。
ALFAROMEO MITO、ABARTH 595 TURISMO、ABARTH 595Cと乗り継ぎましたが、大きなトラブルは全くありませんでした。
いまだにイタリア車は壊れると思っている人も多いですが、もはやドイツ車とあまり変わらないのではないかと思います。
走行距離は3年半で8772㎞。
相変わらず距離が伸びませんでした(笑)。
実は私ロングドライブが苦手で、故郷の新潟にも車で帰ったことが無いのです。
3時間くらいが限界で、それ以上乗るとかなり疲れてしまうんです(苦笑)。
でもそれは、もしかすると車が小さいからかもしれませんね(笑)。
今回買取してもらったのは、前回のAUDI TTの時と同じハッピーカーズ伊勢崎店
前回も査定していただいた業者の中で最高の高額査定でしたが、今回も複数の業者に査定してもらって結果的に最高額で買い取っていただきました。
AUDI TTの時にもこのブログで少し触れましたが、会社名を出さなかったので多数の読者の方から問い合わせがありご紹介しましたが、ここは車を見ないで電話で査定額を提示してくれて減額は一切なしの現金一括払い、さらに名義変更も当日という、信じられないような対応です。
GOO NETの総合評価は5.0でクチコミ件数も1299件というダントツの好評価もうなずけます。
車を売る予定のある方は是非問い合わせてみてください。
ALPINE A110と行きたかったのですが、なかなか出モノに出会えず・・・
ならばA110に乗る前に2シーターの車の生活はどんなものかと、ある2シーターの車を買いました・・・
なにかは・・・ 内緒です(笑)
威張れるような車ではないですが、運転がとても楽しい。
あまり詮索はしないでくださいね(笑)。
CUSTOM TAILOR BEAMS IN SINGAPORE
9月25日から10月3日までシンガポールに行ってきました。
要件はシンガポールのセレクトショップCOLONY CLOTHINGでのCUSTOM TAILOR BEAMSのオーダー会。
3月のオーダー会が好評で今回が2回目の開催になります。
オーダー会の様子を少しお見せします。

今回も前回と同様3日間とも11:00~20:00までフルアポイントで、前回以上の多くのオーダーをいただきました。
日本はこの時期のオーダーは秋冬の生地ですが、シンガポールは常夏なので春夏の生地でのオーダーです。

半年前にリリースされた生地なのでソールドアウトの場合も多く、私のリコメンドの生地は多めにピックアップして全て生地在庫を確認しました。
さらに、今回同行したスタッフの佐藤がリコメンドの生地を全てオーダーして、お客様がイメージしやすいように大きな台紙に生地を貼るという、気の利いた事前準備をしてくれたお陰でお客様からも大変好評でした。
ビンテージの生地も新しいものが少し追加されたので、興味を示されるお客様も多くいらっしゃいました。

バンチは30冊ほど持って行ったので、気に入った生地がなく諦めるお客様は一人もいませんでした。
写真を見てもわかると思いますが、生地のアドバイスからメジャーリングとフィッティング、裏地やボタン選びまで相当細かく行うので、おひとり40分~60分の枠を設けていますが、二時間かかったお客様もいらっしゃいました。
仮縫いの無いMTMはフィッティングの精度が重要なので、細部まで慎重にチェックしていかなければなりません。
シンガポールはアジア人だけでなく欧米人も多く、さらにほとんどの人がトレーニングで鍛えているので、体型のバリエーションが多くフィッティングがとても難しいのです。
自らフィッティングをチェックし、気になる所はフィッターがさらに細かくチェックをしていきます。
修正はミリ単位で自分がかなり厳しい要求をするので、フィッターの矢吹もハンドタオルで汗を拭きながら奮闘していました(笑)。
前回は3日間飲まず食わずでオーダーを取りましたが、今回はサンドウィッチを用意してもらい少し時間が空いたタイミングでバックヤードで軽くランチ?をとることができました。
日本と違い3日間しかオーダーができないので、あくまでもお客様のアポイントが最優先でゆっくりランチをとる暇などありません。
初日が終わり夕食後ホテルに戻る道で今回同行した一番若いスタッフの佐藤が、「ちょっと忙しすぎませんか」と小声でボソッと・・・(笑)。
確かにゆとり世代にとっては忙しすぎるかもしれませんね(笑)。
でも、それだけシンガポールのお客様に期待されているということなので、自分たちはそれに応えなければなりません。
昭和のオヤジは忙しくてなんぼなんです(笑)。
大盛況だった3日間を終え、最終日は8:30からマリナベイサンズで動画の撮影。
パッキングもあったので6:30起きでした・・・
我ながら本当にタフです。
月曜日の早朝のマリナベイサンズでスーツ着てタイドアップしているのは私だけ・・・(笑)。
優秀な撮影クルーがこだわって撮影してくれたので良い動画が撮れたと思います。
公開されたらお知らせしますね。
二回目のオーダー会も大盛況でした。
河村さん、佐藤さん、ありがとうございました。
次回のオーダー会は来年の3月。
その前に他のアジアの国でオーダー会を開催する予定もあるので来年は忙しくなりそうです。
還暦過ぎのオッサンですが、まだまだ元気なのでランチ抜きのフルアポイントで頑張ります!(笑)
回顧録Vol.3 PITTIじゃなくてパリのSEHM(後編)
前回に続き、90年代ヨーロッパ最大の展示会であったパリのSEHMのお話です。
前回は会場内の雰囲気や出展ブランドをお見せしましたが、今回は来場者のスナップや著名人のコーディネート、そしてSEHMが衰退しPITTI UOMOの隆盛が始まる流れもお話ししたいと思います。
1994年のSEHMの会場で私が撮ったスナップです。
当時のSEHMでスナップをとる人はほとんどいなかったので、ある意味貴重な写真かもしれません。
日本のメンズ雑誌では、おそらくメンズクラブのバックナンバーでスナップを見たような気がしますが定かではありません。
90年代に入ると本格的な英国調のブームが広がり、この頃になるとVゾーンが狭い3つボタンのジャケットやスーツを着た人がSEHMの会場でも多く見られるようになりました。
それでも肩幅が広く着丈が長く、パンツも太く、なんとなく80年代を引きずった英国風も多く見られたので、まだまだ確立されていない部分も多かった印象です。
上の3枚はおそらくフランス人だと思いますが、フランス人はこんな感じのフィッティングやシルエットに無頓着な人が多く、4枚目もおそらくフランス人だと思いますが、こんな感じがOLD ENGLANDのディスプレイのようなフレンチブリティッシュで洒落た感じのフレンチスタイルでした。
このあたりの人たちはイタリア人だと思われます。
この頃すでにイタリア人は明らかにフランス人や英国人と違うフィッティングやシルエットのジャケットやスーツを着ていたので、すぐにイタリア人とわかる雰囲気でした。
パンツのシルエットも大きく違っていた印象です。
特に3枚目の人はネイビーのスーツにネイビーの無地のネクタイ、大きなノット、テーパードしたパンツと、現代にもつながる明らかなイタリアンクラシックなスタイルです。
当時は展示会場でスナップなど撮る人など誰もいなかったので、隣の女性が ”なんで撮るの” という感じで睨んでいますが、本当に知らない人に写真を撮られるのを嫌がる人がほとんどでした。
カジュアルなスナップはこれしかありません。
この人たちもおそらくフランス人だと思いますが、男性も女性も80年代のフレンチアイビーな感じのカジュアルスタイルです。
著名人たちのスタイルはこんな感じでした。
MICHAEL DRAKE

皆さんご存知のDRAKE'Sのデザイナーのマイケル ドレイクです。
1994年なのでまだスリムですね(笑)。
着用しているスーツはBELVEST、シャツはBROOKS BROTHERSのオックスフォードBD、靴はおそらくCHURCH'Sのダークブラウンスエードのチャッカブーツ(RYDER)だと思います。
彼と初めて会った1989年頃から引退する2010年頃までずっと彼のスタイルを見てきましたが、彼が英国のスーツやシャツを着ているのを見たことがありせん。
当時DRAKE'Sの共同経営者だったCARRINGTON HULL氏が英国のBELVESTのエージェントだったこともあり、マイケルはいつもBELVESTのネイビーかグレーのスーツを着ていました。
イタリアのスーツにBROOKS BROTHERSのボタンダウンにCHURCH'SのRYDERと言うのは、当時イタリアで流行っていたスタイルです。
ちなみに、2000年代に入るとナポリのサルトGENNARO SOLITO(ジェンナーロ ソリート)で仕立てたスーツを着るようになり、シャツも同じくナポリのカミチェリア FRANCESCO MEROLLA(フランチェスコ メローラ)でスミズーラしたセミワイドのシャツを着るようになりました。
当時彼のビジネスで最も重要なクライアントだったナポリのMARINELLAのMAURIZIO MARINELLA(マウリツィオ マリネッラ)の紹介でオーダーするようになったとマイケル本人から聞きました。
この写真を見ても、マイケルがMARINELLAのようなプリントのネクタイをしているのがわかります。
唯一英国人らしいと思った点は、イタリアのスーツを着ていてもブレイシーズ(サスペンダー)はずっとつけていたところです。
JOHN DAVIDSON
JOHN DAVIDSONって誰?と思う方も多いと思いますが、彼はJ&M DAVIDSONの創設者で、J&MのJは彼の名前からとっています。
Mは奥さんのMONIQUEからとっているので、JOHN&MONIQUE DAVIDSONがブランドネームの由来となっています。
彼のスタイルはいつも上の写真のように、ネイビーブレザーにボタンダウンシャツにネイビードットのスカーフ、ファイブポケットのジーンズに黒のオックスフォードやモンクストラップという、英国人らしからぬフレンチアイビー的なスタイルでした。
奥さんのMONIQUEはフランス人なので、その影響もあったと思います。
当時パリの街にリサーチに行くと彼ら夫婦をよく見かけました。
パリの街並みに溶け込んだ、二人のシンプルでありながら上品な装いに憧れたものです。
この画像は2015年の画像ですが、二人のスタイルが変わっていないのもいいですね。
LLOYD JENNINGS
本名はASHLEY LLOYD JENNINGS
LLOYD JENNINGSと聞いて懐かしいと思う方は相当な靴マニアだと思います。
1970年代後半頃にロンドンにあった彼の名を冠したショップは、クロケット&ジョーンズやエドワードグリーン製のLLOYD JENNINGSネームの靴を展開し、ビスポークも手掛け、ALDENも扱うショップでした。
ある意味伝説的なショップでしたが、ビジネス的にはうまくいかなかったようで数年後に閉店します。
その後パートナーであるJEREMY HACKETTと1983年にロンドンのキングスロードにオープンしたショップがHACKETTでした。
この写真は私が1989年に初めてロンドンに行った時に撮ったキングス ロードのHAKETT一号店。
自分の持っている写真を確認すると、1991年まではこの一号店の写真が残っています。
ストイックな英国紳士的な着こなしのハケット氏と比べると、彼はどことなくフランス人のような抜け感のあるスタイルでした。
ツイードジャケットにチャコールグレーのパンツに明るいブラウンの靴というスタイルも、英国というよりは少しラテンの雰囲気が感じられるスタイルでした。
彼はその後ALFRED DUNHILLやCORDINGSのディレクターや様々なブランドのコンサルタントを務めます。
私が最後に彼に会ったのは10年くらい前、PITTIが終わりフィレンツェからミラノに向かう列車の中。
私の向かいの席に座った彼は、白のオックスフォードのボタンダウンにホワイトデニム、足元はブラウンのドライビングシューズという、英国人というよりはフランス人のようなスタイルでした。
何度か面識があるのでその場で昔話に花が咲きましたが、気難しそうな雰囲気のハケット氏に比べるとジェニングス氏はフレンドリーでとても社交性のある人でした。
彼とのエピソードはいくつかありますが、2011年に書いたブログで少し触れているのでご興味があればご一読ください。
SEHMが盛り上がったのは90年代中頃がピークで、その後急速に衰退していきます。
きっかけは無料で誰でも入場できたのが入場料を取るようになったこと。
パリはファッションを学ぶ学生が多く、アパレルに携わる人もとても多いので、SEHMはそういう人たちが学んだりリサーチする場でもありました。
入場料(当時の値段で2000円くらい)をとるようになってから、そのような人たちが次第に来なくなり、来場者が急激に減り出し出展者の撤退が始まり、私が最後にSEHMに行った1999年には出展者が数十社という散々たる状況になり、その数年後幕を閉じました。
SEHMが衰退していくのと反比例しPITTI UOMOの来場者が増え、90年代後半頃にはPITTI UOMOがSEHMに代わりヨーロッパ最大の展示会となり現在に至ります。
こうやって当時のSEHMを振り返ってみると、なんとなく今のPITTI UOMOも似たような状況を感じます。
というのも、PITTI UOMOはここ数年急速にサプライヤーの撤退が相次ぎ、ブースの数は全盛期の6~7割くらいに減少しています。
今後もさらに減ることが予想され、PITTI離れが進んでいることは誰が見ても明らかです。
一般の方はSNSでスナップを見て盛り上がっているように感じているかもしれませんが、そもそもスナップに写っている人の多くがファッション業界の人ではなくインフルエンサーで、そのような人たちは会場の中にはいないので、4日間の会期の中で会場内が盛り上がるのは1.5日くらいで後はガラガラという状況なのです。
PITTIもなんとなくこの頃のSEHMと同じような状況で心配ではありますが、協会の旧い体質はなかなか改善されないようで、なんとなくどこかの国の政治に似ているなと思うところもあります。
あれだけ盛り上がっていたSEHMが数年でなくなってしまい、昨今のPITTI UOMOの危うい状況を見ても、時代の流れや時勢をしっかり捉えて早く対応しないといけないことをブログを書きながら思っていました。
40年間世界のブランドやショップの栄枯盛衰を見てきた自分にとって、過去を振り返ることで今や未来が見えることもあります。
”ブレずに正しく進化する”
難しいことですが、自分の仕事はそれが大事だと思っています。
回顧録 Vol.3 PITTIじゃなくてパリのSEHM(前編)
今ではヨーロッパの展示会と言えばPITTI UOMOが有名ですが、90年代中頃まではヨーロッパ最大の展示会と言えばパリのSEHM(セム)でした。
私自身、1989年に初めてヨーロッパに出張に行ってから7~8年くらいはヨーロッパのバイイングはSEHMが中心で、それに合わせてパリやロンドンのショールームを回るのがルーティーンだったので、自分にとってバイヤー駆け出しの頃の色々な思い出もある展示会です。
ファッション業界でSEHMを知る人も少なくなってきたので、今回は1994年と95年のSEHMの画像をお見せしながら、当時のSEHMがどんな雰囲気だったのかお伝えしたいと思います。
SEHMはパリの15区にあるPorte de Versailles(ポルト・ドゥ・ヴェルサイユ)駅にあるPARC DES EXPOSTIONS PORTE DE VERSILLESという総面積が36ヘクタールにもおよぶ広大な展示会場で行われていました。
今の展示会場のエントランスです。
外観は当時と全く変わっていません。
日本で言えば当時は晴海国際貿易センター、今で言えば東京ビッグサイトか幕張メッセという感じでしょうか・・・
広大な展示会場を碁盤の目のように仕切ってブースを設けていました。
ブランドのブースとシーズンテーマを展示しているコーナーはこんな感じでした。
なんとなく雰囲気を感じていただけましたでしょうか。
会場の規模感がわからないと思うので、最近のなにかの展示会の画像をお見せします。
PITTI UOMOしか知らない業界の人は会場の大きさに驚くと思いますが、この広さのホールに碁盤の目のように整然とブースが設けられていました。
当時SHEMでは色々なブランドをバイイングしていましたが、いくつかのブランドの画像とその背景などをご説明します。
AUSTIN REED
同じグループのシャツブランドのSTEPHENS BROTHERSを80年代からバイイングしていて、同じくパリでバイイングしていたOLD ENGLANDのブレザーをAUSTIN REEDが生産しているのがわかり、その後AUSTIN REEDのブレザーをBEAMS Fネームでバイイングするようになりました。
そのような経緯と、当時英国調の流れがかなり強かったこともあり、ツイードのバルカラーコートやカバートコート、ツイードのウェストコートなどもバイイングしていました。
当時AUSTIN REEDはロイヤルワラント二つ持っていたので(チャールズ皇太子・エリザベス女王)SEHMでも大きなブースを構えていました。
ちなみに、この後同じAUSTIN REEDグループのレインコートブランドであったWRIGHT&PEEL(ライト&ピール)を展開し、テーラードのトップラインであるCHESTER BARRIEに型紙を持ち込んでBEAMS Fのオリジナルを作ったりと、90年代はAUSTIN REEDとの繋がりは深いものがありました。
GRENFELL

GRENFELLは当時パリのOLD ENGLANDやMARCEL LASSANCEでも展開されていてBEAMSでも人気のブランドでした。
当時BEAMSでは定番のバルカラーやトレンチコート、ショートブルゾンのGOLFERやKENT、ハンティングジャケットのSHOOTERなどを展開していましたが、この頃は英国調の流れが強かったこともあり、こんなツイードのバルカラーをバイイングしていました。
ちなみに、GRENFELLの定番でもあるショートブルゾンのGOLFERをBEAMSでバイイングするきっかけは、MARCEL LASSANCEで展開しているのを見て、それがMARCEL LASSANCEの別注ではなくGRENFELLの定番だと知ったのがきっかけでした。
そのように、当時は英国ブランドであってもロンドンではなくパリで見つけて展開することも多かったのです。
GRENFELLは当時ロンドンにショールームはなく、SEHMでオーダーするかロンドンのオックスフォードストリートの近くにあった間借り?のスペースに工場からサンプルを持ってきてもらってバイイングするという時代でした。
TRADITIONAL WEATHERWEAR(MACKINTOSH)
現在のTRADITIONAL WEATHER WEARはMACINTOSHのセカンドブランドようなブランディングでアジア生産が中心のブランドですが、当時はオーダーの際にTRADITIONAL WEATHER WEARかMACINTOSHのネームを選ぶことが出来ました。
当時日本には代理店がなく、SEHMでオーダーするかオーナーであるROBIN BEACH氏が来日した時にオーダーするしかありませんでした。
このブラックウオッチのカーコートは当時私が一目惚れしてバイイングしたものです。
ショート丈でスラントポケットというディティールも刺さりました。
当時ゴム引きのカーコートはパリの定番で、HERMESやHEMISPHERS、OLD ENGLAND、MARCEL LASSANCEなどで展開されていたので、自分のこのコートのイメージはブリティッシュというよりもパリのイメージでした。
ちなみに、今シーズンMACINTOSHでHUMBIEというモデルを展開していますが、それがこのコートに似ています。
少し着丈は長いですが、当時のモデルのアップデート版という雰囲気が感じられます。
なので、自分的には少しフレンチっぽい雰囲気を感じさせるコートなんです。
MARK STEPHENS MARENGO
このブランドは、イタリア系英国人のMARK STEPHENS MARENGO(マーク スティーブン マレンゴ)氏がネクタイからスタートしたブランドです。
当時パリのARNEYSやナポリのMARINELLAのネクタイも生産していて、その後ジャケットやスーツ、シャツまで展開し、2008年にはSAVIL ROWの31番地に店をオープンしました(2018年に閉店)。
画像のブレザーは当時バイイングしたもので英国のファクトリーで生産されたものでした。
上ふたつ掛けのボタンが当時のブリティッシュスタイルの典型的なスタイルで、当時はイタリアのブランドでもこのようなモデルを多く展開していました。
ちなみに現在もMARK MARENGO BESPOKEというブランドでネットを中心にブランドを展開しています。
SCIENCE
パリのMARCEL LASSANCEの定番であったモッズコートを作っているブランドということで有名だった英国のSCIENE(サイエンス)。
モッズパーカだけでなく、BARBOURのBEDALEのような定番的なモデルからBELLSTAFFのライダースタイプのジャケット、ファイヤーマンコート等々、様々なモデルを展開していてBEAMSでもモッズパーカやBEDALEタイプのオイルドコート、BELLSTAFFタイプのライダースジャケットなどをバイイングしていました。
この当時BARBOURやBELSTAFFはすでに日本でもバイイング出来ましたが、BEAMS的にはリアルな直球ブランドよりもSCIENCEの方が洒落ているという認識でした。
英国のトラディショナルなアウターを作るブランドでありながら、デザイナーズブランドのようなテイストもあるミックス感がBEAMSにとっては魅力でした。
当時日本の業界人にも人気のあったMAECELL LASANCEのモッズコートを作っているブランドという引きもあって、BEAMS以外のセレクトショップでも多く展開されるほど人気のブランドでした。
PLUVEX
当時BEAMSのロンドンオフィスのスタッフ(現高円寺のMOGI Fork Artのエリス氏)からアメリカの高級百貨店のオリジナルを生産している良いファクトリーブランドがあると紹介されたのが、このイタリアのPLUVEX(プルベックス)というブランドでした。
アメリカの高級百貨店のオリジナルと聞いてピンとこない人も多いと思いますが、当時BERGDORF GOODMANやSAKS FIFTH AVENUE、NEIMAN MARCUS、BARNEYSなどの高級百貨店のオリジナルの生産を請け負うことは、ヨーロッパのファクトリーにとってはとてもステイタスがあることだったのです。
PLUVEXはミリタリーテイストのアウターから英国風のブルゾン、定番的なバルカラーまで様々なモデルを展開していました。
生地に特徴があり、コットンに化繊を混ぜたようなイタリアらしい素材使いも当時英国ブランドのバイイングが主だった自分にとっては新鮮でした。
この頃まだイタリアの貨幣がリラだったこともあり、プライスも信じられないほど安く、BEAMSの顧客様にもとても人気のあるブランドでした。
そして、当時のBEAMS Fはイタリアのブランドをほとんどバイイングしていなかったので、数少ないイタリアブランドのひとつでした。
NEW ENGLAND
英国のニットブランドと言えばクラシックなニットブランドしかなかった当時、女性デザイナーがデザインするアップデートされた英国のイメージが気に入ってバイイングしました。
改めて見るとアーガイルもボーダーも今あってもおかしくないテイストのニットです。
一番下のサックスブルーのベストは2000年代に入っても着ていました。
今あったら面白いニットブランドではないかと思います。
BILL AMBERG
当時インターナショナルギャラリーでバイイングしていたBILL AMBERGのバッグ。
英国人デザイナーのバッグと言えばBILL AMBERGと言えるほどBEAMSでも人気のあるブランドでした。
自分がバイイングしていたわけではないですが、いつもSEHMの会場で上司と一緒のコレクションを見ていたので、BILL AMBERG=SEHMというイメージが今でもあります(その後PITTIにも出店していた時期はありました)。
BILL AMBERGと言えば、このROCKET BAGが代表作です。
BEAMSでも大人気のモデルでしたが、今も作り続けているようです。
最近日本ではあまり見かけなくなりましたが、今もブランドは継続しています。
今も変わらず英国で手作りで生産されているようなので、ご興味のある方はホームページをご覧ください。
DRAKE'S
DRAKE'SもSEHMの常連で、私が初めてSEHMに行った1989年にはすでに大きなブースを構えていました。
DRAKE'Sは英国本国の展開よりフランスやアメリカやイタリアのビジネスがメインという、当時の英国のネクタイブランドでは珍しい存在でした。
こうやって改めて当時の画像を見ると、MICHAEL DRAKEが引退する2010年代までコレクションが大きく変わっていないというのがわかります。
ブランドのテイストを変えずに鮮度や人気を保つのは本当に難しいことなので、ネクタイデザイナーとしてのMICHAEL DRAKEはまさにレジェンドであることは間違いありません。
HOLLINGTON
90年代前半頃に知り合いのインポーターさんから、フランスのミッテラン大統領が来ているジャケットがあると紹介されたのがHOLLINGTON(オリントン)でした。
この方が創業者でオーナーでもあったPATRICK HOLLINGTON。
いま日本ではビンテージARNEYSのちょっとしたブームで、当時のアルニスの代表的なモデルであるフォレスティエールやそれ風のジャケットが人気ですが、当時HOLLIGTONでバイイングしていたのもスタンドカラー(ノーカラー)のアーキテクトジャケットと言われるものでした。
なので、HOLLINGTONはBEAMSで初めて展開したフランスのスタンドカラー(ノーカラー)のジャケットです。
HOLLINGTONもSEHMに出店していたので毎回ブースを訪れていました。
その後PITTI UOMOにも出店していましたが、その頃(90年代後半)はフランスブランドの人気がなかったのでブースも閑散として寂しい感じでした。
昨今の日本の業界人の間のちょっとしたパリブームもあり、今もブランドが残っているか調べてみたところ、創業者でデザイナーであるPATRICK氏は引退したようですが、ブランドは今も継続されています。
ご興味のある方はホームページをご覧ください。
当時のSEHMはフランス、英国、イタリアを中心にヨーロッパのメーカーとアメリカのメーカーも出店していました。
90年代半ばになるとモード系の若いデザイナーを集めたWHO'S NEXTやウィメンズの Salon de preta porter femininaも加わり、 BEAMSや他のセレクトショップもドレスからカジュアル、ウィメンズのバイヤーまで大集合するほど人気の展示会でした。
96年頃にはPITTI UOMOを代表するCLASSICO ITALIA協会のブースも出展して盛り上がりましたが、それ以降ある理由で急速に衰退し、2000年前半頃に終焉を迎えます。
ある理由とは次回お伝えできればと思います。
一回で完結しようと思っていましたが、かなり長くなるので次回の後編に続きます。
後編は当時のSEHMで撮ったSNAPをお見せしたいと思います。
お盆休み
8月10日から16日のお盆休みど真ん中に新潟に帰省していました。
今回は前半ずっと雨で久しぶりに見れると思った新潟祭りの花火大会も中止・・・
13日にやっと晴れて海に行けました。
新潟の家から自転車で5分ほどで行ける海は相変わらずのプライベートビーチ状態。
静かでとてもリラックスできますが、学生の頃の賑わいを知る自分にとっては、ちょっと寂しい感じもあります。
雨が続いたので水が濁っているかと思いましたが、透明度も高く今年の水質はかなり良いように感じます。
テトラポットのあたりは肉眼でも魚が泳いでいるのが見えます。
来年はマスクとシュノーケルを買って小学生以来のシュノーケリングをしてみようと思います。
来年はマスクとシュノーケルを買って小学生以来のシュノーケリングをしてみようと思います。
家からスイムショーツをはいてこんな格好で海に行きます。
セントジェームスはマリンなイメージですが、生地が厚手なので湿度の高い日本の夏では結構暑いんです・・・
持って行くものはシートとバスタオルとペットボトルのお茶だけ。
行きたい時に気楽にすぐに海に行けるのは、都会暮らしでは味わえない良さがありますね。
夕方になると海水浴場の端にある突堤に釣り人が集まってきます。
今や泳いでいる人よりも釣り人の方が圧倒的に多いです。
1988年に工事が始まり2023年に完成したので実に35年もかかって完成した突堤ですが、第一から第五まであって新潟の人にとってはまさに ”釣り人天国” です。
なにが釣れているか見てみると、手のひらよりも小さな石鯛や鱚(キス)がチラホラ・・・
大モノが釣れているのはまだ見たことがありません。
私が子供の頃はこのあたりでも鱚(キス)がバカスカ釣れて、近所のおじさん達が釣りに行くと何十匹もおすそ分けをいただくので、毎日鱚(キス)を食べさせられて飽き飽きした思い出がありますが、今となっては贅沢な話です。
若いカップルや親子連れも多く皆楽しそうで、思わず ”釣りやろうかな” と思ってしまいます(笑)
若いカップルや親子連れも多く皆楽しそうで、思わず ”釣りやろうかな” と思ってしまいます(笑)
連日の雨で墓掃除も出来ず、少し晴れ間もあった11日の昼に墓掃除をしました。
本家と分家と祖父の妹の墓を綺麗にして、花と蝋燭と線香をセットして親戚がいつ来てもいいように準備するのが私の役目。
小学生の頃からずっと続けてきているので、私にとってはお盆に墓掃除をしないと夏が終わらない感じなんです。
墓掃除の帰りに下町を少し散策しました。
築110年の古民家を使った魚料理の店とカフェ。
建物は国の重要文化財になっているようです。
行ったことはないですが、江戸時代から漁業を営んでいる魚屋さんがやっているので間違いなく美味しいのではと・・・
ホームページを見ると庭園もあってなかなか趣のある店です。
三千円のコースは小食になった父でも食べられそうです。
一度行ってみたい店です。
三千円のコースは小食になった父でも食べられそうです。
一度行ってみたい店です。
アイスクリン(アイスクリーム)が有名な老舗の和菓子屋さん。
創業は100年以上前ですが、アイスクリンを売り出したのは1960年ということです。
30年くらい前に下町の病院に入院していた母親が三河屋のアイスクリンが食べたいと言うので買いに行ったのがいい思い出。
味は卵と水、砂糖だけで作られているので、素朴な味でシャーベットのような口当たりがとても美味しいです。
大福が有名で並びもでる和菓子屋さん。
亡くなった叔母がここの大福が大好きで、自転車で買いに行って家によく届けていました。
皮が薄く甘さ控えめのあんこがずっしり入った大福はとても美味しい。
久しぶりに大福を買おうと思い、店内をのぞいたら注文待ちの人だかりで諦めるも、口が大福になっていたので家の近くの隠れた名店へ。
家から徒歩5分のこのお店は、昔からある街の団子屋さんという風情。
地域密着型でさわ山のように車に乗ってこの店を目掛けてくる人はいないと思いますが、実は私はさわ山よりこのお店の方が好きです。
大福や団子だけでなく、新潟名物の醤油おこわや手作りのおにぎりも絶品です。
今回も帰省中何度も通っておにぎりや醤油おこわや豆大福、コーヒー大福を食べました。
子供の頃から馴染みのあるお店ですが、調べてみると嘉永年間創業で100年以上の歴史があるらしい・・・
何気なく通っている近所のお店でも知らないことが多いものです。
次回は気になっている抹茶クリーム大福を食べてみようと思います。
次回は気になっている抹茶クリーム大福を食べてみようと思います。
帰省する度に悩むのが父親の食事。
来月90歳になる父親は食が細くなったうえに猛暑でさらに食欲がなく、帰省した初日は色々な魚が食べられて寿司もある居酒屋に連れて行くもあまり気に入らなかったようで・・・
翌日は蕎麦なら食べられると思い、以前よく行っていた長岡小嶋屋で ”天へぎ” を注文するも天ぷらは半分残して結局自分が食べることに・・・
新潟のへぎそば(海藻を練りこんだ蕎麦)はのど越しが良くて本当に美味しいです。
東京でもへぎそばを食べさせるお店は多く、私も今まで何軒も行きましたが、最近行った中野の桂屋はかなり美味しかったです。
結局今回も父親が一番喜んだのは、家の近くにある ”寿し処 天狗”
食欲がないと言っていたのがウソのように、つまみ三品と握り十貫をペロッとたいらげていました(笑)。
それと久しぶりに親戚と行った老舗の中華レストランの四川飯店が気に入ったようで、また行きたいと言っていたので新たなレパートリーができて良かったです(笑)
それと久しぶりに親戚と行った老舗の中華レストランの四川飯店が気に入ったようで、また行きたいと言っていたので新たなレパートリーができて良かったです(笑)
寿司、中華、焼き鳥、この三つで美味しい店であれば間違いないことが改めてわかったのが今回の収穫?です。
父親に合わせて早い時間に夕食を食べて、量も父親に合わせて少なくすると夜中に小腹が空きます。
東京ではまずやらない深夜ラーメンも新潟では別です(笑)。
久しぶりに食べた拾番のラーメン。
自分にとっては拾番のラーメンが日本一美味しいラーメンなんです。
東京ではあまりラーメンを食べませんが、拾番が東京にあれば間違いなくヘビーローテーションです。
画像を見ているだけでまた食べたくなります。
店主さんがご高齢で夕方から2時までの営業なので、近い将来食べられなくなる可能性が高いです。
読者の皆さんにも新潟に行ったら是非食べてもらいたいラーメンです。
帰省中に連絡がつく人だけで中学校の同窓会をやりました。
最後は有志?5人で3次会まで。
自分は酒は飲めませんが、付き合いだけはいいんです。
お陰で行きたかったオシャレなマスターのバーに行くことが出来ました。
家を掃除していたら小学生の頃のアルバムがあり、久しぶりに開いてみると面白い写真がありました。
小学6年生の修学旅行で会津若松に行った時の写真。
周りは皆野球帽なのに自分だけウェスタンハット。
デニムのサファリジャケットに同素材のベルボトム(フレアー)のジーンズ。
シャツの襟もロングポイントでしっかり70年代ファッションです(笑)。
この頃母の実家の羅紗屋(生地屋)が多角経営のためにメンズショップと子供服屋をやっていました。
そんなこともあり、小学生の割には良い服を着ていました。
そんなこともあり、小学生の割には良い服を着ていました。
ちなみに、この一年後中学校に入学するとアイビーに目覚めるので、私の70年代ファッションはこの年が最後で以降一度も着ていません。
いま70年代ファッションがちょっとした流行りですが、自分は今後もおそらく着ることはないと思います。
いま70年代ファッションがちょっとした流行りですが、自分は今後もおそらく着ることはないと思います。
お盆と正月の年に二回の帰省は、一人暮らしの父親の暮らしぶりや体調を確認するための帰省でもあります。
一月に帰省した頃に比べるとさらに耳が遠くなり、話しかけても少し反応が遅くなったかなと思います。
新潟も猛暑が続いたので散歩にも行けない日も多かったようで、足腰も少し弱くなったのが心配。
怪我や病気をしたら動けなくなるかもしれないので、それだけは注意するように何度も話しました。
一月に帰省した頃に比べるとさらに耳が遠くなり、話しかけても少し反応が遅くなったかなと思います。
新潟も猛暑が続いたので散歩にも行けない日も多かったようで、足腰も少し弱くなったのが心配。
怪我や病気をしたら動けなくなるかもしれないので、それだけは注意するように何度も話しました。
最近はGパンが好きらしく、GUでストレッチのデニムを2本買ってはいていました。
丈の長さもいい丈で上がっていたので、スタッフさんがしっかり対応してくれたのだと思います。
ラブラ万代のGUのスタッフさん、ありがとうございます。
ラブラ万代のGUのスタッフさん、ありがとうございます。
90歳でGUのジーンズをはいているのは、おそらく新潟ではうちの父親だけだと思いますので、これからもよろしくお願いします(笑)
次の帰省は年末年始。
夏の新潟は大好きですが、冬の新潟は鉛色の空と冷たい風が苦手なんです・・・
8月生まれの私はやはり夏男です。
8月生まれの私はやはり夏男です。
好きなスタイリング
出張中にスナップを2回アップしましたが、余裕がなく全くコメントも入れないままアップしました。
いち早く雰囲気をお伝えしたかったので、なんとなく雰囲気は感じていただけたのではないかと思います。
帰ってきて自分の撮ったスナップを見返してみて、特に個人的に気に入ったスタイリングの人をピックアップしてみました。
コスプレみたいな人はいないので、安心してご覧いただけると思います(笑)。
ということで、今回はリアルで個人的に好きなスタイリングをご紹介します。
ジャケットに使うくらいの大柄のガンクラブチェックのスーツがとてもいいですね。
上襟の地の目の通し方や袖付けの雰囲気、片倒しのステッチ、ナチュラルなショルダーラインなどを見てもサルトリアで仕立てたスーツだと思われます。
ネクタイも奇をてらわず、スーツの柄の色を拾った段落ちのストライプが良くマッチしてしています。
チェックのスーツにストライプのネクタイを合わせるときは、スーツやジャケットの柄より幅広の柄を合わせるのがポイントなので、このコーディネートは良いお手本だと思います。
ここ数年BEAMS Fのオリジナルでガンクラブチェックのスーツを展開していますが、実は自分が好きで選んでいるんです。
なので、このコーディネートは一目見て刺さりました。
王道のイタリアンクラシック的なジャケットコーディネート。

ボタンダウンのボタン外しに段落ちのネクタイ、2プリーツのテーパード トラウザースなど、まさに90年代のイタリアンクラシックのアップデートと言えるようなコーディネートです。
90年代や2000年代前半頃は、本当にこんなコーディネートの人がたくさんいました。
個人的に好きなコーディネートですが、こういうリアルなクラシックなコーディネートの人はスナップに撮られることが少ないので、ネットのスナップではほとんど見られないコーディネートです。
なので、皆さんにも見ていただきたくシャッターを押しました。
ブラウンのダブルのリネンスーツにピンクのウェスタンシャツ。
ウエスタンの流れがあるので、コットンやリネンのスーツにウェスタンシャツという人は結構見かけますが、ピンクのウェスタンシャツはなかなかいません。
最近自分もコットンやリネンのスーツに綺麗な色のシャツやポロを合わせるのが気に入っているので、このようなカラーコンビネーションは刺さりました。
靴の色がダークブラウンではなくミディアムブラウンと言うのもポイント。
シャツが明るいので、ダークブラウンの靴では足元が重たすぎますね。
ちなみに、このタッセルはクロコダイルですが、彼のキャラクターには合っていますね。
自分なら無難にスエードかカーフです(笑)。
同系色でまとめたパターン オン パターンのコーディネート。
ウィンドウペンのジャケットにグレンプレイドのパンツ、微妙にトーンをずらして同系色でまとめたコーディネート。
絶妙なコーディネートで思わずシャッターを切りました。
パンツのクリースも完全に抜けてパンツの丈もずるずるで、足元もビルケンのサンダルでゆるゆるの脱力系コーディネートですが、これをきちっとしたクラシック系のバランスでやったら雰囲気のいいコーディネートにならないかなと思います。
個人的にはやらない(できない)コーディネートですが、こなれ感があってとても好きなコーディネートです。
シアサッカーのダブルのスーツにネイビーのTシャツのコーディネート。
今回のPITTIではシアサッカーのスーツを着た人がとても多かったですが、彼のようにTシャツを合わせたシンプルなコーディネートの人は意外と少なかったです。
シンプルと言ってもジャケットの襟を立てたり、イエローのベースボールキャップやオレンジのトートバッグなど、ちょっとした小技?があることでこなれた雰囲気になっているように感じます。
テーラードのスーツをこんな風にコーディネートをするのも今の時代感なのかなと思います。
自分はベースボールキャップはかぶりませんが、こんな風にカジュアルにシアッサッカーのスーツを着るのもいいなと思わせるコーディネートです。
デニムのブレザーのセットアップにスキッパーのコーディネート。
着こんだ感じのデニムのブレザーに同じ生地のパンツのセットアップスーツ。
シンプルに白のスキッパーに足元も白のレザースニーカー。
インディゴ×ホワイトの清涼感のあるコーディネートがいいですね。
イタリアに行くと、いい年の人がカジュアルなスーツやジャケットスタイルにスニーカーを上手に合わせているのを目にしますが、日本だとなかなか見かけません。
化繊のペラペラのセットアップにスニーカーという人はたくさんいるのですが、個人的には ”そうじゃないんですよね・・・” とういう感じなんです。
なので、こんなコーディネートができる大人が増えればいいなと思っています。
浅いネイビーのスーツにスキッパーのコーディネート。
靴もネイビーでシンプルなネイビー×ホワイトのコーディネート。
シンプルなコーディネートですが、Tシャツやポロシャツではなくスキッパーを合わせることでこなれた印象になります。
スポーティーに見えるパッチポケットのスーツでドレスダウンしているのもポイントです。
今回はサプライヤーからスキッパーの打ち出しがとても多く見られたので、ジャケットやスーツにスキッパーを合わせた人も多く見られました。
ストライプのボタンダウンにチノパンというアメカジ風コーディネート。
シャツはラルフローレン、パンツもおそらくラルフローレンだと思います。
ぱっと見は普通のアメカジに見えますが、おそらくシャンボールセリエと思われるバックルに特徴のあるベルトやグルカサンダル、ネットのバッグと、ところどころにハズしがきいたコーディネート。
これでベルトがレザーのメッシュで靴がニューバランスでバッグがトートバッグだったら、本当にただのアメカジになってしまします。
やり過ぎずいい具合にハズしているのがいいですね。
最近はビンテージアメカジみたいな連中がPITTIにも多いですが、彼のようにトラッドベースでうまくハズしている人は意外と少ないです。
サファリジャケットにホワイトTシャツのシンプルなコーディネート。
アースカラーのトーン オン トーンでまとめて、足元はレザーサンダルというこなれたコーディネート。
イタリア人はTシャツを着るのが下手な人が多いなかで、彼のようにこなれた感じでコーディネートしている人は本当に少ないです。
本来カジュアルなスタイルでも襟付きのモノを着るのが当たり前だったイタリアで、Tシャツが積極的に着られるようになってまだ10年くらいなので、イタリアはいまだにフィッティングも着丈の長さもダメダメな人が多いのです。
彼はもともとアメリカのテイストが好きなので、ナポリ人でありながらTシャツの着こなしもうまいです。
ゆるい脱力系?コーディネートですが、なんとなくイタリア的な色気があるのもいいところ。
我々日本人が真似をしてもこの雰囲気を出すのは難しいですね。
ユーティリティーシャツにホワイトのTシャツ、ネイビーのパンツというシンプルなコーディネート。
ミリタリーアイテムを使って綺麗に着こなしている人って意外と少ないんです。
後ろ襟を軽く立てていますが、こういうこなしも我々日本人はあまりやらないですね。
パンツは太くもなく細くもないオトナが穿くには丁度いいテーパードで、足元がスニーカーではなくビーフロールのローファー(そらくSEBAGO)というのも大人っぽくていいですね。
ミリタリーとトラッドを混ぜながら、アメカジでもトラッドでもなく適度にラテンな雰囲気もあるカジュアルスタイルです。
自分くらいの年齢になると、こんな肩ひじ張らないシンプルなカジュアルスタイルがいいなと思うものです。
綺麗なグリーンのダブルポケットのシャツにホワイトのチノパンを合わせたコーディネート。
最近綺麗な色のシャツがマイブームということもあり目にとまったコーディネート。
シャツはゆったりしたサイズ感でパンツも少し太めですが、オーバーサイズ過ぎないこなれ感がいいですね。
インナーはベージュのニットでしょうか?・・・ 白Tじゃないのもポイントです。
実は来年ダブルポケットで綺麗な色のリネンのシャツを展開したくて色々探しているんです。
裾をアウトでもインでも両方使えるようなものを探しているのですが、これがなかなか見つからないんです・・・
結ばず垂らしたスカーフとチェーン、迷彩のバッグなど小技も使っていますが、あざとさがなく自然なのも好きなところです。
パッチワークのマドラスチェックとデニムのコーディネート。
パッチワークマドラスはオープンカラーと思いきや、よく見るとテーラードジャケットのような襟型で、半袖のジャケット?のような雰囲気。
どこかで見たことがありますが、思い出せないんです・・・
デニムにブラッチャーモカシン、トートバッグとアイテムは直球のアメカジですが、そう見えないところがポイント。
自分もそうですが、この歳で直球のアメカジだとどうしても昔の服を着ているみたいで古臭く見えてしまうんです。
なので、こんな感じで定番的なアイテムを身に着けていてもアップデートされた雰囲気に見えるコーディネートが個人的に好きです。
ちなみに、このコーディネートでベースボールキャップをかぶっていたらアウト。
やり過ぎじゃないところも自分好みのコーディネートです。
今回もバイイングやリサーチの合間に3日間で100枚以上のスナップをとりました。
なるべくシンプルで肩ひじ張らないコーディネートの人を探して撮っていますが、そういう人はなかなかいないんです・・・
基本的にスナップ撮られたい人は盛ったコーディネートで、そういった人の方が被写体としては目立つので、ネットで見る多くのスナップは自分が見ても ”この人たち何やってる人なんだろう・・・” というスナップばかりです。
ファッション業界以外の人からは ”PITTIってこんな人ばかりなの?” と思われ、逆にイメージが悪くなっているのかなと思います。
なので、限られた時間の中で撮ったスナップではありますが、今回はその中からなるべくシンプルで個人的にも好きなスタイリングを紹介しました。
自分が撮ったスナップを見返すと ”さりげないこなれ感” がポイントだなと改めて思います。
実はそれが最も難しく、わざとらしくなくこなれ感を出せれば、クラシックやトラディショナルをベースにしたスタイリングにおいては最強かなと思います。
自分もその域に達していないので偉そうなことは言えませんが、そういったコーディネートを皆さんにご提案していければと思っています。
普通で気の利いたコーディネート。
それが一番難しいんです・・・
2025 AUTUMN&WINTER NAKAMURA NOTE
是非ご視聴ください。
https://m.youtube.com/watch?v=_roLVHkYfNY






































































































































































